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MITSUBISHI キッチンドライヤー ホワイト TK-RS6S-W
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とってもとってもお金持ち、という家庭でもなかった、と思う。何だか失礼な言い方になるけれども。けれど、広々とした庭(まさに走り回れるくらいはある)のある家に住み、夏休みという余暇(主に子供たちだったけれど)を利用して、日本からの学生を受け容れてくれるくらいには余裕のある家庭であった。
私のホスト・ファミリィは、夫も妻も仕事を持ち、子供ふたりに犬一匹の5人家族で、忙しい毎日を過ごしていただろう。
特に、妻でありホスト・マザーであった彼女は、いわゆる「家事」をほぼ一手に引き受けていたらしいので、仕事もしつつ母親としても存在していたとなれば、多忙であっただろうことは想像に難くない。

そんな家庭ならば、おそらくごくフツウにあるものなのかもしれない。

はい、食器洗い機~(ダミ声で)。

食洗機、というのだろうか? 要は食器を放り込んでおけば洗ってもらえる、というヤツ。あれが、家具の一部として、グリルのようにシンクの中に存在している(引き出すタイプで、下の方に付いていた。入れる時も取り出す時もラクでいいやね)。故に、画像のような、というか、日本でよく見られる「外付け」タイプとはちょっと違う。

働く主婦、あるいは家事もする男性にとって、食器を洗ってくれるマシンというのは便利なものであろう。

しかし、私は断然手洗いがよい。家庭規模ならば。

ホテルの厨房だとか、大量に一気に洗わなくてはならないのであれば、食器を洗ってくれるマシンは必須だと思う。無いと大変。それでも、大まかな汚れは前もって洗って取ったりして、最終的な仕上げ洗いをさせるに留まるケエスだってある。
でも、家庭レヴェルならば、手洗いでいいや、と思っている――それは私が「仕事を持つ主婦」という大変な立場に立ったことが無いからかもしれないけれど。

食器洗いは嫌いではないのだ。むしろ楽しい。黙々と洗っていると、無心になっている時がある。何も考えずひたすらに手を動かしているのはいい気分転換にもなってくれる。ひとり暮らしの時なんて嬉しくてしょうがなかったくらいだ。

それに、利点、というものがある。それは、

洗い残しが無い

こと。これに尽きる。
そしてそれを実感させられたのがアメリカだったのだ。

「水を飲みたいので、グラスを貸して下さい」
と言ったら、ホスト・マザーが「そこに入ってるから、何時でも自由に使ってね」と教えてくれたのが、シンクの下にある引き出しで、まさに其処が食器洗い機、だった。開けると成る程、グラスやら何やら入っている。ひとつ適当に取り出して水を注ぎ入れ飲もうと思った瞬間気づいた。
「あれ。何だ、コレ」
グラスの其処に、白く輪が見える。

ええと。えーと。これって、洗い残し? それとも、……洗剤!?

ちょっと困ってしまったが、これはこの家庭において、「洗ってある、清潔な状態のもの」である。見れば子供たちもフツウにそのグラスで飲んでいる。グラスのデザインに迷っちゃってるフリをしてその中にあるもの全て見てみたけれど、どれも同じように「白い輪」があるではないか。

洗いたい。正直、これはちゃんとスポンジ使ってゴシゴシして洗って取ってから使いたい。

しかし、「郷に入っては郷に従え」である。彼等が何とも思っていないものを、わざわざ目の前で洗って使うのは、失礼な気がした。ので、そのままその水を飲んだ。ちょっと微妙な気分にはなったけれど。
そして、「ちゃんとひとつひとつ手で洗ってたら、こんなことにはならないよなー」としみじみ。いや、忙しい時やっつけ仕事のように洗ってたら、汚れ残ってるかもしれないんだけど。皿洗いが気分転換になることもある自分にはちょっと無さそうだし(茶渋なんかはムズカシイけれど、同日たんまり紅茶を飲んだカップの汚れくらいは、丁寧に洗えば塩素系漂白剤使わなくても十分落ちる)。
家庭用の食洗機では、業務用と違って馬力は無い。平たいものの油を落とすくらいの力はあるだろうけれど、深く細長いカタチのものの奥深くをキレイに洗える程のチカラは無い、のだろう。それとも、使用していた洗剤のせいだろうか。判らない。

でもって、どんな「忙しさ」だと食器を洗うのも機械任せにしたくなるのだろう、とお気軽な身分の私は思うのであった。
小さい子供居ると1日3食つくって食べさせることもあるだろうから、まあ確かに鬱陶しいのか。ちょっとの手間でも省きたくなるくらいバタバタもするのかもしれない。区切りをつける、というか、一日に適度にコンマ打てて、好きだけどなあ。駄目ならまとめ洗いって手もあるし(マメな男性に「ちゃんと食事毎に洗うべきだ!」と言われたことがあるが、それこそお互いガクセイという身分だから言えたかもしれない)。

「人的資源」を尊ぶアメリカにあっては、皿洗いなんぞ機械にやらせて人間サマはもっと「やるべきこと」をこなすがよい、という考え方なのであろう、か。「そんなこと」をするヒマがあるなら、もっと生産的なことに時間を費やしなさいな、と。でも私、ちゃんと洗えてるのか気になっちゃって使えないわ、きっと。そして気になってもう一度洗うくらいなら、最初から手で洗った方が早い。確認する時間のがもったいなくないか?

自分で食ったもんの後始末くらい自分でやったっていいではないの、と思うけどな。綺麗な食器で飲み食いする方が、いい。
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I Will See You in the Morning
Mike Jolley Mique Moriuchi
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アメリカに滞在している間、ホーム・ステイ先とドーム(=寮。ドミトリィとも言うけれど、私たちは大抵 dorm と呼んでいたし、それがソコでは一般的だった。同じ単語何度も使いたくない時にドミトリィ使ったくらいかなあ)とに滞在した。
ドーム生活は気楽だった。私は当初一緒に楽しむ筈だった友人が、事故に遭って急遽来られなかったために、ほぼいつもひとりだった(なので、サビシくはあったけれど)。むろん、周囲がそれなりに気遣ってくれて「一緒にランチ食べてもいい?」なんて言ってくれるのだけれど、気遣わせてるなあ、とそれが気になって、結局ひとりで行動することを選んでしまう(英文科のコからは「日文なのにエイゴ出来てスゴイわねえ」的皮肉を言われるし、同じ日文のコからは「私たちなんかとはチガうものねえ」みたいに見られていた。それも何となく一緒に居づらかった理由。……私、別に堪能って訳じゃないし、それどころかダメダメだったからこそ研修に参加したのに)。
そういう訳で、部屋もひとりで使っていた。

基本は2人~4人部屋、だったらしい。私が割り当てられていた部屋は2人用だった。夏休み中故に本来の寮生は居ない。家具はベッドと机が備え付けられており、後はチェストくらいなもので、こざっぱりしている。ひとりだったので余計広々としていた。
環境が変わると眠れないタチだし、自分以外の誰かが同じ部屋に居ても眠れない(余程疲れているか、気を許している相手だと別だけれど)。なので、ひとりはある意味好都合だった。シャワーは隣室との間にあって、ドアとドアとで繋がっていて、私の部屋の隣はちょうど誰も使っていなかったのでその辺りもラクで良かった。

最初の朝、ほとんど眠れず、ひたすら明るくなるのを待った。誰にも気兼ねも遠慮もなくて良かったから、空が赤みを帯びてくるのと同時にベッドから身体を起こし、身支度を開始。
まだ目覚めきっていないキャンパスを散策するのだ。それは自分の中で随分と前から計画の内に入れていたように思う。
そもそも夏休み。通常居る筈の学生たちはほぼ皆全米に散らばっている。私たちが滞在している州に家がある学生も居ただろうけれど、いずれにしても帰省中だ。

夏だけれど、日本のように湿度は高くない。朝はそれなりにすっきりと気持ちよかった。それに、誰も、居ない。

そう、思っていたのだが。甘かった。予想ぐらいついた筈なのに。

朝の散歩やジョギングを楽しむひと、に何人も出会った。そのたびに大抵は笑顔を向けて "Mornin'!" とか "Hi!" とか声をかけてくれる。学生らしき年齢の女性から、年輩の男性まで。
キャンパスは広い。日本の大学でも、某C大学くらいになると学部から学部への移動に自転車を利用するらしいが、アメリカはその比ではない。片田舎とはいえ総合大学、郊外にあり敷地はたっぷり取ってある。そして、誰もが道路に面した前庭とそのぐるりを取り囲むように敷かれた道路を自由に闊歩出来るのだ。
緑はたっぷり、空気も程良く、まさに風光明媚。ひとでごった返す筈もない時期に時間。
私だけの筈がない。楽しまなくてはもったいない。

私もそれ以降、朝の散策のたびに、出会うひと出会うひとに挨拶をした。時々「何だお前は?」と怪訝そうに見つめ返すだけのひとも居たけれど、大抵は穏やかに、あるいは快活に挨拶を返してくれた。

思うに、これは、互いに互いが「アヤシイモノではないですよー」という意思表示でもあったのだろう。そして、ひとに会ったら既知・未知問わずとりあえず挨拶をする、それが当たり前なんだろう。
すれ違う誰かと挨拶をする、なんて、日本での私には経験がほとんど無かった。見知らぬひとともなると尚更で、せいぜい向こう三軒両隣よりやや範囲くらい。妙に新鮮で、とても心地よかった。

翻って見るに、今の日本ではその「心地よい」行為はともすれば「危険行為」になってしまう。不審者の声掛け、というヤツだと思われてしまうのだ。こちらが大人で相手が子供だったり、相手が男性でこちらが女性だったりすると尚のこと避けた方が無難だろうか、と思ってしまう。
学校では見知らぬひとに声をかけられても答えるな、と指導しているらしい。その反面、「挨拶しましょうね」と言われてもいる子供が挨拶をしても、不審者と思われたくないが故に、それを無視する大人が居る。
ヘンな国になっちゃったな、と、少し淋しくなる。
知らない街で、知らないひととだって挨拶を交わすのに。

その後、私同様皆も朝の散歩をし始めてからは、なるべく他のエリアも見たいな、と思ったこともあって、出来るだけ毎日ルートを変えた。遠くから日本人同士の「おはよー!!」という挨拶が聞こえてくる。
ま、朝は挨拶からだよ。そう思いながら、その日一日の予定をあれこれ思い出しつつ、広いキャンパスをてくてく歩いた。
食べ物だもの(み○を)。……パクるなよ。それにしても随分久しぶりの「S.S.S.」だなあ。

手間暇かけた料理は、そりゃあ美味しい。材料吟味して時間かけて、手間も惜しまずにつくって不味いなんてことがあるだろうか(しかし皆無だと言える勇気も無い私を許せ)。手間さえかければ美味いか、というと、それは違う、こともある、だろう。
とりあえず、美味しく食べられれば、個人的には何がどうあっても平気である。住んでる町に原発あって、そこから汚染物質が川に流れ込んでて魚に奇形が見られるのを釣ってくる(@The SIMPSONS)とか、昨日まで名前までつけて愛でていた豚をシメました、とか(食うつもりの家畜には名前はつけない方がいいと思います……)、明らかに化学合成物質が9割を占めてるのがわかる、とか、そういうのでなければ。レトルト食品でも平気だし、混ぜて焼くだけ、とかお手軽なのでも結構。
なので、手間暇がすべてだ、それを惜しむとは何事だ! とまでは思わない。かけられるに越したこたあないけれど、……そんなゆとりはなかなか無いのが「現実」というものだ。

海外研修でお世話になったホスト・マザーは仕事も持っていて、所謂専業主婦ではなかった。故に、家事で抜ける手は上手に抜いておられたと思う。栄養素に偏りがないか、ジャンク過ぎないか、そういうことには結構細かくていらしたけれども、毎日手間暇かけて調理して食事を饗してくれたことはない。彼等にとっての「いつも」をそのまま提供してくれた。
朝はシリアルかパン、それとフルーツ。ジュウスかミルク、お好みで。夜もキャセロオル料理やチキンのグリル等々、手軽につくれるものが多かった。それで困ったことはない。衣食住、何がおざなりになってもさほど苦痛を感じないかって、私の場合は「食」なのだ。好き嫌いはほとんど無いし、大抵のものを受け容れる。美味しければ「美味しいなあ」と思うし、それほどでなくても「うん、これはこれだね。アリです」でオシマイ。

ホスト・マザーがつくってくれたもので記憶に残っているのは、リクエストしてつくってもらったパイ(アップル・パイをお願いしたのだけれど、いいのが手に入らなかったわ、とピーチでつくってくれた。酸味と歯ごたえが適度にあって、美味しかった)と、スウプ。
このスウプ、ごっつい簡単につくったのに、妙に美味しかった。あまりの美味さに日本で再現しようしようと思って、未だにしていない(「キャンベル」の缶詰、お値段がちょいと張るので↓ ああ、貧乏って厭…!)。
用意したもの。
キャンベルのホール・トマト缶(確か↓) 1つ
ミルク 適量(ガロン入りのプラスティック・ボトル1本もあれば十分♪)
水 水道は近くにあるかい?
――以上。これ以外の何か、を見た記憶がない。これ以外にあるとすれば、固形のスウプ・ストックとかチキン・ブイヨンくらいだろうと思うんだが、……そんなもん見た記憶が無い。
おまけに、鍋ひとつあればおっけーなのだ。
鍋にトマト缶をぶちまける。そのトマト缶を水で満たし、鍋に投入(まあ、無駄が一切ないわね! 台所から排出される汚水の減量にもなってるし、空き缶をリサイクルに回すのもラクよ♪)。適量ミルクを加えて一煮立ち(ミルクも、缶一杯、だったかなあ。記憶が~~~~投網を投げても投げても引っかかってくれねえ↓)。
はい、しゅーりょー。どんどんどんぱふぱふ。

トマトの旨味、ミルクのコク。多分、それが旨さになってるんだろうと思う。嵩増しと濃度調節のためであろう水で適度なお味に。あ、待て、塩くらいは加えていた気がする。うん、それはあった気がする(何しろ古の昔の記憶なので定かではなくなりつつある↓)。
よーく混ぜて、あとはカップなりスウプ皿に入れるだけ。トマトはホール缶だったのか、それともトマト・スウプ缶だったのか、ちょっと自信がない。とりあえずつくってみればわかるんだろう(いい加減)。

時間だってかからなかった。15分もかかっただろうか? せいぜいが10分か? さほど大きくもない鍋で3~4人分程度だったか。あつあつでまろやかな酸味がとても美味しかった。「キャンベル」偉大ナリ! 缶のデザインが可愛くて洗練されてるだけじゃなく、中身も美味しいわVv(素の状態で味わってねえだろう、お前)
思い込みなのだけれど、「キャンベル」のじゃないとあの味にならないような気がしている。
「作り方教えて!」と思わず迫ってしまったが、「この通り、見たまんまよ。簡単でしょ?」。……そ、そうかも……↓

あの時は夏だったけれど、でもとても美味しかった。冬、寒い時期にほんの10分もコトコトいわせれば出来てしまう、でも私にはちょっと特別なスウプ。

キャンベルズ キッチン 缶スープで作るから簡単!便利!おいしいレシピ54
河出書房新社編集部
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この本を見かけたらふと思い出したのでした。「キャンベル」からは色々な種類のスウプやら何やらの缶詰が出てるから、さぞあれこれ楽しめることでしょう。

ブイヨンからつくったものとか、そういう手間暇には、そりゃあ負けるだろう、と思う。でも、時間を縫ってつくられた、手抜きならぬ工夫でつくられた料理だって、それはそれで美味しいのだ。

自分でもつくれるであろうに、それはまだ「幻の味」のままだ。味蕾にだって思い出は残るのだと思いたいのだろう。

上田 恵介 柚木 修
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何というか、閑雅な空気すら漂っていたように思う。……むろん、思い出というのは時を経て如何様にも美化できるシロモノなので、実際はそれほどでもないのだろうが、それでも、個人的にはとても「理想的な朝」ではあったのだ。
ホスト・ファミリー宅に滞在させてもらっていた間、もちろん何から何までお世話になっていた。かといって、彼らはトクベツなことをしようとはしない。いい意味で見栄というものがない(そりゃ私たちにわからない程度のナニカはあるかもしれないけれど)。ふだん通りの生活の中に、私たち日本人学生という異物が侵入する。それでも、やはり「ふだん通り」なのだ。あるいは、「ふだん通りであろうとする」。さしあたって、「ふだん通り」でなかったのは私くらいのものだろう。

朝の基本はシリアル。小さい子供たちも居たせいか、シュガア・フロストのものや、チョコレイト味のシリアルを常備していて、それに冷たいロウ・ファットのミルクを注ぐ(ちなみにガロン。ホスト・マザーは買い物がさほどお好きではないそうで、また、アメリカでは大量まとめ買いなんてフツウなので、一度にどかん! と買ってちょこちょこ出かけずに済むようにしているのだろう。紙パック1,000ml入りなんていう「華奢」なミルクはその家ではついぞ見なかった)。
ボウルに好きなだけざらざらとシリアルを入れ、好きなだけミルクを注ぐ。あとはフルーツ。これが吃驚だったなあ……貧乏人(性格にはみみっちい、とか貧乏性、か)の私には。

朝からねえ、メロンがたっぷり! 饗されるの。それも honeydew(日本では「ハネジューメロン」とか呼ばれてるらしいんですね。売り場で見かけるたびに「…は、はねぢゅー…はねぢゅーかよ…」とちょっと絶句する)だとか cantaloupe なんかの果肉の赤い(夕張メロンを連想させる。でもってブランド=高級、というカナシイまでの貧乏臭い発想が展開されるのであった)メロンを、ざくざくと惜しげもなく切り分け、皿に無造作にてれれん、と並べて「さ、好きなだけ食べて♪」。
これがねえ、美味しいんだわ。甘くてジューシィVv ウマー。遠慮なくパクついていた。バナナもよく出してくれた。パンがメインの日もあったけれど、欠かせないのはフルーツだった。必ず出てくる。そういえば cantaloupe はアメリカ人がもっとも好むメロンだという。なるほど、そういう意味でも彼らの「日常」を満喫できたわけだ。

私は毎日同じようなものが続いてもさほど苦痛にはならない。何でも美味しくいただける。手間はまったくといっていいほどかかってなかったけれど、何の不満もなくぱくぱく平らげていた。日本では逆に絶対やらないパターンだったし(ガクセイの頃、自炊だろうが何だろうが、朝にシリアル、というのはほとんどなかった。……朝、食べるなら和食メインか稀にトースト+α、であって、そもそも「シリアル」というものは私の選択肢には存在してなかったのだ。……何故ってそれは高くつくから~↓ どこまでも貧乏はついてまわるのだな)。新鮮といえば新鮮だった。

でもって、朝起きて階下に行くと、ホスト・マザーと子供たちがもうダイニング・キッチンに居る。子供たちと揃って食べることもあれば、私たち学生たちだけでゆるゆると食べたこともあった。ある朝、ふとホスト・マザーが注意を促すように、そっと叫んだ(妙な日本語だなあ)。
「ほら、見て! 私たちでも滅多に見られないの! 日本ではよく見るのかしら」
窓を外を視線で示す彼女。それをまた視線で追うと。窓辺に添って飢えられた花々の蜜を吸いに、 hummingbird が目では捉えられぬ速さで翼を上下させ、ホバリングよろしく空中に留まったまま花を啄んでいるではないか。
初めて見た! 小さい! 思ってたより、ずっとずっとずっと小さい! だからこそ身体が軽くて、だからこそあんなに長いこと一定の場所に留まるかのように飛んでいられるのだろう。朝顔の花にも、彼らにとっては十分な蜜があるのだろうか?
「初めて見ました! 可愛い! それにあんなに小さいなんて知らなかった!」
「見られたアナタたちはとてもラッキーよ! ホントに、滅多に見られないんだから!」
私たちは一様に子供のようにはしゃいだ。まあ、幾分しとやかに、ではあるけれど。子供たちも、窓に敢えて近づかぬようにして、遠くからそっと見つめていた。皆少しばかり息を潜めていたかも知れない。

それは長い時間だったのか、短い時間だったのか、よくはわからない。ただ皆一様に見入っていた。そして、ふい、と小さな小さな鳥の影が消えてから、ようやくそれぞれ席に戻り、落ち着いて座り、ミルクを啜ったりフルーツを口に放り込んだりし、また和やかな空気を取り戻した。
見るとその日一日ラッキー、みたいなことも言ってたような…。
「ねえ、日本語では朝顔のことをなんて言うの?(ええ、もちろん、英語では "morning glory" ですね)」
なんて会話を交わしながら。
「うーん、直訳すると、もーにんぐ・ふぇいす、かな。朝だけに見られる顔、ってカンジで」
「そう、朝の顔、って言うの。それも何だか可愛くて素敵ね」
ホスト・マザーが笑う。

穏やかで和やかで喧噪とは無縁の、でも楽しい朝の食卓。贈り物のようにやってきたハチドリ。家の内部の雰囲気も違えば、食べるものも違うし、流れる空気も違う。
どこで迎えたって朝は朝なのに。どこかトクベツだった。

だから「思い出」になるんだろうけれど。
The 15-Minute Gourmet: Vegetarian (15-Minute Gourmet)
Paulette Mitchell
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食べ物の好みに極端にウルサイひととの食事というものは、気疲れするものである。やれ何が嫌い、やれ何が食べられない、好き嫌いだからある程度はしょうがないけれど、何でもかんでも嫌い・食べられない・不味いのひとことで済ませるひととは、正直一緒に食事をするのは苦痛である。お皿の端に寄せられて積まれてゆく食べ物。この皿に上るまでどれほどの手間暇がかかっているのかと思うとおいそれとは残すことすらできぬ恵みの数々。私は実は生のせろりが嫌いなのだが、それでも残すことはない(告白すると、「塩つけてぱくっと! これが一番!」とか「マヨでしゃくしゃく食べちゃう」とか、信じられない・笑。トシ食ったら平気になるものだ! と言い聞かせて食べてみるたびに後悔する。煮込んであるものは平気。というか、カレーとかミート・ソースに入れると絶品だと思う♪ しかしだ。ナマ。……あれ、美味しいですか、そうですか……・涙)。
そこ行くと私は単純というか節操がないとでもいうのか、何でも食べられるので、大抵は文句ひとつ言わずに食べる(昆虫はあと数十年ほど検討させて下さい……)。今までに「不味い」と明確に思ったのは「どう考えてもまだ作り方を満足に教わっていないバイトの高校生の女の子がつくったラーメン」くらいのものだ(ちなみに、それは、箸で麺を引き上げようとしたらざばあ! っとすべての麺がほぼカタマリ状態で飛び出したホラーちっくなシロモノで、正直食材への冒涜だとまで思った。しかし、高校生にもなって、麺をほぐしつつ湯に入れる、くらい知らないもんなのか、お嬢ちゃん……。インスタントの麺だって少しはお箸でほぐしながらつくるでしょ、って、そうか、カップ麺しか食わないのか! ええい、たまには鍋で煮てつくって食えよ! 野菜も忘れるなよ! 宿題やったか? また来週! ←ミゴトにドリフ世代。もとい。正確に言うと、不味い、というのともちょっと違う。だってまず食べ物・料理として存在してないモノと化してたんだもの↓ でも完食。思えば作り直してもらえばよかったんだろうけれども、時間もなかったしで居合わせた全員でぶーたれつつ食べた。ここまでくるとエライのか馬鹿なのか謎である)

そして、その店なら店、家庭なら家庭、流儀というものが御座いましょう、と比較的あるがままを受け入れる。「そうか、ココではコレはこういう味付けね」とか「あ、この家ではコレはこう食べるのが好きなんだ」とか、あっさりと受け入れる。誠に扱いやすい人間である。出されたものは文句ひとつ言わず食べる。美味しければ美味しいと褒め、そうでないものもそれなりにいただく。食べ物とゆーものは感謝していただくものだ、と思っている。まあ、何だか優等生的発言ねえ。卑しいだけじゃね?(真実は時にひとを傷つけるのであまり口に出さぬように)
しかし。その私を少々辟易させたものが、アメリカのホーム・ステイ先にはあったのだった。それは。

くったくたになるまで茹で抜かれた巨大ブロッコリ。

これには参りました。日本において、緑野菜ちうもんは、あの鮮やかさを留める程度にしゃっきりと茹で、水に晒し…なんつーことをして食うのが常ではないかと思うのですが(ポトフとか、煮込み料理はその限りにあらず。当然ですが)、アメリカでも茹でに茹で抜いて食うモノのようです(林望氏の有名なエッセイ「イギリスはおいしい」でイギリスではもれなく野菜をとことん茹で抜いて食べるというエピソオドがあり、それを当時すでに読んでいたのだが、源流を一にするとやはりこういうものであろうかなどとひとりごちた記憶がある)。
温野菜として饗してくれたのだけれど、こう、旨味も栄養分もきっとゆで汁にすべて溶けだしているわねー、コレはその、なんて言うのかしら、……残りカスみたいなもんかしら~…強いて言うなら食物繊維…オウ! ないすあいでーあ! そう思えばいいのか! ……というよりソレ自己欺瞞じゃないかいや明らかに誤魔化してるだろつーか何故こうくったくたになるまで煮るのだ茹でるのだ味がないぞ塩入れて茹でてはあるけど旨味イマイチだから今ひとつ味つーもんがわかんねえなどうしようかねコレとかゆーてる間に食い終わったわ~ってまだ皿に残ってるじゃんさあ食え食うんだそれにしてもでけえだろこれが通常の販売されてる時の一房の何分の一なんだよ――私の意識は遙か宇宙の果てくらいにまでトリップしていると思いねえ。あるいは無我の境地に至ったのか。とにかく無心に食うのであった。
ここで「ねえ、もっとこう、あっさり茹でたほうがいいんじゃなくて?」などというクソ生意気なことはヌカさない。私は世話になっている身分であり、相手はアメリカ人、するりと家の中に入れてくれはするものの、家族しか入れぬような部屋にまで入れるまでが長いという、イギリス人とは正反対の人々に、そんな大それたことをヌカせるほどの度胸はない。……まあ、日本に居ても言わないなあ。余程親しくて軽口も言い合えるくらいの仲じゃないと。「自分の思うところは主張すべきだ」、ということと、「何言ってもいい」、つーのも別ですし。ええ。
しかし。しかしなのだ。何故そうまでして茹で抜く~~~? ヴィタミンが壊れるどころか完膚無きまでに叩きのめされて後さらに石抱きの刑に処せられているくらい徹底しとるぞ。コレが「いつも」で「フツウ」だから、疑問を抱かないんでしょうね。私が「野菜は(ものにも料理にもよるけれど)しゃっきり茹でるもの」と思ってしまっているのと同じように。

日本人ならホーム・ステイなんかで受け入れすると、毎日何を食べさせたらいいかしら、なんて悩むところかもしれないけれど、向こうの方は「いつもの私たちの生活」をそのまま提供してくれるので、トクベツなことは一切しません(私のお世話になった家庭はそうでした。でもって、ヨソにお世話になった子が、「毎朝同じようなのばっか食べさせられて飽きちゃう」とコボしていたので、もしかするとどこもそうだったかもしれないけれど)。なので、たびたびこの「巨大くったくたブロッコリ」にはお目にかかり、食べる機会に恵まれました。
慣れますね、人間とゆーものは。確実に。「うん、ま、これはこれでアリかな」と何とも思わず平らげる私がダイニングにおりました。うすーい甘みが、いくらもない香りと一緒に口の中で解けていく。もうとろとろなのでそりゃもうするりと。繊維質もアリで(ははは)。

時々、ホントに時々ですが、そのくったくたブロッコリ、食べたくなることがあります。ただ、実際に茹で抜く勇気が湧かないのでできないのですが(笑)。
私が滞在させたもらったホームステイ先には2人子供が居た。上が女の子、仮にKとしよう。当時10歳くらいだったか。下が男の子で、Jは5歳くらいと記憶している。どちらも快活で行儀がよく、可愛らしい子供たちだった。
Kはショート・ヘアで一見ボーイッシュ。でも趣味はテディ・ベア蒐集で、結構なコレクションを所有していた。地元の何か(広報誌めいたものか新聞だったか…)でも紹介されたほどだという。私ものちに贈ったことがある。部屋がまたこれでもかというほどに可愛らしく、母親の影響か本人の趣味か、なかなかに上品でもあった。本を読むのが好きで、でもスポーツも大好き、とバランスよく色々と楽しんでいたように思う。歯列矯正をしていて、笑うとシルバーの輝きがちらりとのぞく。
Jはやんちゃでちょこまかとよく動き回る、よくいる男の子。お風呂が嫌いらしく、母親が手を焼いていた。
どちらもよく陽を浴びた干し草のような色の髪をしていた。

私たち学生にも懐いてくれて、何くれと無く「世話を焼いて」くれていた。そう言うのがぴったりなくらい、客をもてなそう、という気持ちが行動に表れていた。この一家はほぼ毎夏、私たち日本から来る学生をボランティアで受け入れてくれていたので、「もてなす」のも慣れていたのだろう。それでいて、自分たちの生活のペエスは乱さない。今でもボランティア、やってるのかなあ? とりあえず、元気でいてくれているとは思うけれど。

で。ここの家庭、ホストマザーは主婦業:仕事=7:3くらいの割合で、主婦業がより優先されてはいたものの、仕事も持っていたため、時々留守にすることがあった。私たち学生と、子供たちだけで留守番をすることになる。
子供たちは慣れたものだろうが、私たち日本人は少しばかり緊張していた。それなりに慣れはするものの、子供の英語は大人の英語とはまた違うムズカシさがあるので、ちゃんとコミュニケイトできるかが気がかりだったのだ。もっとも、そんなものはとっとと杞憂に終わり、皆でわいわいと楽しく過ごすことができたのだけれど。
「ねえ、面白いもの見せてあげる!」
長女がすっくと立ち上がる。
「来て!」
私の手を引っ張るではないか。ほかの学生たちもたき付け、ゆかから立ち上がらせると、「こっちこっち」と家の中を導いてくれるのだが。
おい、ちょっと待て。そこは、君たちの両親の寝室、だったと記憶しているのだがそれは間違いだったか? 何故そんなところへ~~。
「ねえ、そこ、お父さんとお母さんの寝室でしょ。私たちなんかが勝手に入っちゃダメだよ」
一応、抗弁してみる。誰のであろうが、やはり留守中に寝室に入り込む、というのはいかがなものだろう。当然の躊躇だ。
「いいのいいの♪」
なおもKは私たちを中に入れる。そして、ドアを閉めた。
「そこ、座って」
チェストの前にぺたりと座ることになった。
「待っててね」
Kが、企み度100あるゲージの95くらい突破した笑顔を見せる。をいをいをい。私たちは顔を見合わせてただ座っていた。
「見て見て~~~♪」

をいをいをいをーい!!

えーと。ブロンドのお嬢さんがバレーボールくらいはありそうなおムネを、惜しげもなくお晒し遊ばされてコチラに向かって微笑んでいらっしゃいますが。おムネだけならまだしも、ほかの部分も「どうよ!?」と言いたげなほどで。
またあのテの雑誌のモデルのポージングのお約束通り、「ほおら、ご覧なさい♪」と言わんばかりの堂々たるもの。素っ裸でそんなふんぞり返って微笑まれましても。いえ、大層お美しい方々ばかりではいらっしゃいましたが。
…………どうしろっちうんぢゃー!! というのが正直な感想。

私たちは気の抜けた笑いを漏らした。
「ヤバくない、コレ?」とMちゃん(同じくステイさせてもらっていた学生)が日本語でつぶやく。もちろん苦笑しつつ。
「お父さんの?」
冗談混じりに私が尋ねてみた。すると、Kは満面の笑みで
「ううん、お母さんの!」。
ええええええええええええええええええええ!? マジで!?
吃驚した。
ホストマザーにしろその御夫君にしろ、あけすけな、というかオープンにそういうことを語るタイプではなかったし(まあ初対面同然の私たちにいきなりそのテの会話してくるのもどうかと思うし、あり得ないと言えばあり得ないけれど)、想像もしてなかったから、単純に吃驚しただけ、なのだが。
別にこういう雑誌見てるくらいなんてコトない(大人だし)。ただ、「パパの?」とベタに訊いたら「ママの!」ときた(笑)。
ホストマザーは楚々とした雰囲気の、ごく優しいお母さん、という感じの方だったから勝手にギャップに驚いてしまった。それにしても何故「ママの」だとわかっているんだ??(多分、隠し場所からそう見当つけた、んだろうなあ)

数頁繰って見せてくれたけれどアラレもないお嬢さん満載。お嬢さんしかたまたま見てないだけかもしれないけれど、……ひょっとして記事の中には××で○○なアレとかコレも……混じってないか?(…………きっとそう↓)

病的なまでに隠蔽しておくのもどうかとは思うがの、子らよ、オトナにはあえて伏せておきたいものがあるのぢゃ。……ってまあ、その辺りわかってるからこそ、こうして親の留守時に探検をしては「ヒミツ」の在処を発見してこっそり楽しんで(?)いるわけだけれど。
さらには、私たち「オトナ」が彼らを見てオロオロしてみせるところをまた期待しているわけで。まったくもう。

でもって、その時、しみじみと思った。「こーゆーオトナがコドモに隠しておきたいものに限って、子供って、ちゃっかり発見してたりするんだよなあ……」と。洋の東西を問わないなあ、ホントに。
不思議と嗅ぎつけるものなのだ、子供というのは。

秘密にするから暴きたくもなるのだろうし。いやはや、子供って面白いわね(←見事なまでの他人事だ)。世のお子さまを持つ皆様方、「ココなら大丈夫」てな場所、まずないと思った方がよいのかもしれませんねえ。
……ええ、まあ、ワタクシの経験上から言っても。

Q:このオンナは過去一体、何を見つけたのでしょう(笑)。
「行列のできる美味しいシェイクがウリの stand があるけど、寄ってく?」と、世話係をしてくれていた学生L君が言った。
バンに私たち日本人学生がわんさと詰まって乗り込んでいた、買い物帰りの途中、運転席から素敵な提案が♪
彼は、私が dorm に着くなり「シャンプーとか買いたいんです。いちばん近くにあるお店を教えてもらえませんか?」と尋ねたら、ちょっと考えてから「車出してあげるから、ほかに行きたいコ居ないか訊いて」と言ってくれた、陽気で親切なひと。
「行きた~い♪」と皆が喜びの声をあげた。
「今日は混んでないといいんだけど」などと言いつつ、件の「行列ができる」stand まで車を走らせる。
「いちばんウマイのはバナナかな。でも、色々あるから、好きなの頼むといいよ」。私はその「お薦め」に決めた。バナナ味が大好きなのだ。オススメがバナナでらっきー。

……それにしても今回一緒にこの「海外研修」に参加した女の子たちはシャイなのか遠慮深いのか牽制し合っているのか、英語を口にしなくてはいけない時になると、何故かそれまで虫がダイヴしそうなほど喋りまくっていた口を閉ざしがちになる。
「紫堂さん、決まってるなら、先どーぞー」
……ハイハイ、私にはハジもガイブンもなーんにもありませんともさ。どうせね。
「バナナ・シェイクひとつ下さい」。
フツーに。言いましたとも。もちろん英語でしたが。
誰かが買うと安心するのか、そのあともようやく次々とそれこそ列を成して買い始めるお嬢さんたち。
「あたしも、バナナかなー」
「あたし、バニラがいい」
「あ、あたしも、当たりはずれあったらヤだから、無難なのにしておこうっと! バニラなら大丈夫だよね」

少しずつストローからまろやかな味のシェイクを啜りつつ、皆が買い終えるまで待っていたのだけれど(ああ、ウマー♪)。数人目あたりから行列のひとが動かなくなった。あれ?
学生A:「One ばにら shake, please」。
店員 :"Banana shake?"
学生A:「あれ? 発音ダメなのかな? バニラ…ヴァニラ!」
店員 :(ちょっと困った顔をしつつ)"Banana?"
L君がどうした? というように彼女たちの様子を見ていた。
学生Bが「あれじゃない? Vの発音がマズイとか」と提案ともアドヴァイスとも付かぬ助け船を出す。学生Aがそれを受けて「V」を殊更に強く発音してみた。でも、結果は"One Banana shake, O.K.?" と店員さん。
L君が学生たちの何に問題があって、何を言いたいのかを察してくれた。そして、丁寧にゆっくりと発音してくれる。
"Va-ni-lla!" ……そのひとことを受けて、店員さんが安心したように微笑んで「ああ、ヴァニラね!」と
Aさんが希望したものをせっせと用意し始めた。そこで他の学生たちが一様に発音練習を開始する。しかーし。その発音を聞くでもなく聞いていたらば。「ヴァニラ」というカンジに聞こえるのだった。
あくまでもアタマの「V」にポイントがある、と思っている、らしい。それで、とにかく「V」にチカラを入れる。ああ、下唇そんなに噛まなくても大丈夫だよー……。
それでもイカン、と気づくと、どういうワケか、今度は
「ねえ、ばにら、の、『ら』の、Lが発音できてないのかな?」
などと言い出す子が出てきて、今度は巻き舌練習に挑戦する。

いや、そうじゃないと思うんだよ……。どうしたもんかとみんなを眺めていた。そうじゃなくてね、みんな。L君の発音でわかるじゃないの。ねえ、気づいてよー。

……読んで下さっている方ならおわかりでしょう。ヴァニラを発音するならば、ヴァラというカンジで、この「ネ」の部分を最も強く発音しなくてはならない、のに、彼女たちは何度もL君が発音してくれるのを聞いても、なかなかそれに気づけず、いつまでもいつまでも店員さんとバナナ/ヴァニラで問答よろしく終わらないオーダーをし続けている、のである。数人はちょっと混乱していた。
「ばなな…ばにら…う゛ぁなな…違うって、う゛ぁに…えーと?」

アクセントの問題ではない。発音がどうこう、というのともちょっと違う。要は、一番大事なこと、「英語は stress 、強弱が重要」ということが、すっこーん! とヌケてしまっている、のだ。
L君は繰り返し繰り返し、ヴァネラ(「ニ」より「ネ」に近い。イギリス英語だとちゃんと?「ヴァにラ」なのかしら?)と発音するとき、「ネ」のところに stress つけて言ってくれてるのに。それも、ものすごく強調して。

日本語の感覚が抜けないんだろうか? 日本語の感覚から抜け出せないのかな?

日本人なんだから、発音が日本語っぽくても、stress の位置が間違ってなかったら、伝わる可能性は高い気がする。
"What time is it now ?" を「掘ったイモいじくるな!」と言うと伝わる、という joke にして事実(?)は、その英文の強く発音すべきポイントを押さえた音と、日本語の冗談みたいなその文章が持つ強弱のポイントが、合致するから、だろうし。要は、「英語らしい」発音がどうの、ということではなくて、やはり強弱がより問題かと。
……そのことに気づけないということは。
知識として「英語は強弱の言語である」と知ってはいるけど、「話す」という実践面においては何ら反映されるところまでは行ってない、んでしょう。じゃあふだん講義で何を(以下略)。

バナナ・シェイクは、美味しかったです。
「ねえ、すっごく量多くない!?」「多いよねー!」
しまった! 日本女性には多い量だったのかー! その感覚だけなら私は間違いなくアメリカ人並みだった。「たっぷりで嬉しいな」としか思わなかったよ……(涙)。
……と頼むまでもなく「さあ、今日はあなたたちを野球観戦に連れてってあげるわよ!」とホスト・マザーが微笑んだ。
日本にいても当時まだナマで野球観戦なんてしたことのない私には初体験と相成った。……そうだなあ、せいぜい中高生時代の、学校の応援で試合を見た、くらい……?
ちなみに、ホスト・ファミリィがチケット代を払って、私たちには払わせてくれませんでした。「家族ですもの!」って。

地元に大学野球のチームがあって、所謂メジャーではないけれど、やはり地元のチームなればこそ、注ぐ愛情が違う。球場には行くたびに結構な人出で、随分とまた愛されておるなあ、と肌で感じた。その一帯のひと、みんな来てる!? ぐらいの勢いを感じる。もうぐるり見渡してもひと・ひと・ひと。
「彼らはいつかやってくれる(メジャー入りしてくれる)わ!」
と気の入れようも違う。「いつかメジャーに!」は、きっとどこのチームにとっても目標というか夢なのねえ、と実感。
売店でちゃっかりホットドッグ買っちゃう辺り、馴染み過ぎだろ、と自分にツッコミ(ははは…)。さて、席につかねば。
ホスト・ファミリーが誰かとすれ違うたびに、私たちを紹介してくれる。何人か、他の御家族にお世話になってるコたちともすれ違った。

何とも言えぬ熱気。グラウンドでは選手たちが肩慣らししてる。地元の大学生がチーム構成員なわけで、そうなると、もう家族ぐるみで応援してるだろうし、その友人だ何だで、……そりゃあみんな球場に出向くよなあ……。

さてゲーム開始。アレが体験できるのかなあ、とドキドキする。アレ、とは。そう、国歌斉唱。球場に居るすべてのひとが立ち上がって、胸に手を当て、歌う。

「どういうわけか日本の学生たちは知りたがるんだよなあ」
私たちの世話人を務めてくれたA氏が不思議がりながら楽譜を用意して歌わせてくれたので、私たち学生もアメリカ国歌が歌えちゃったりする(私も実はちゃんと歌詞を知りたいなあ、と思っていたクチであった。ホントに、何で知りたがってんだ? しょっちゅう耳にする割にちゃんと歌詞を知らなかったから、でもあるんだけど。でもって、戦争にまつわる歌だから、国歌を変えようという運動がある、ということもこの当時知った)。


アナウンスは微妙にくぐもって聞こえるし、野球のルールを厳密に知っているわけではない私には何が何やらで、解説してくれてるのに本当の意味では理解できていない。でもノリで何となく。映画の "Major Reague" も何回かは観てるんだし、と思うことにして。いいのだ、ノリで!
「今日は日本から来た女の子たちも見に来てくれてます!」
みたいなアナウンスは聞き取れて、しかも周囲のひとたちから拍手されて、どうしていいかわからずとりあえず笑って見せる私たち……確かひとりがプレゼント当たるか何かしたもんだからなおさら拍手喝采で。それだけでひと盛り上がり。

誰も彼もみんな笑顔で和気藹々と楽しんでるとこがよかった。和やかなんだけど、熱心、というカンジ。

その後、一度だけ福岡ドームでダイエー×日ハムの試合を観戦したことがあって、外野席から観ていたのだけれど、私設応援団のにーちゃんたちの威勢に気圧されそうになる。
「くぉらぁっ、小○保! きさん、なんをしよるかこのボケ! そんくらいのボールくらい取らんとやろ、ああ!?」
「よっしゃ、それでいいんじゃ!! 次もその調子で行けや!」
応援団のにーちゃんたちのエールに、笑いが起きる。……こわいよー、でもちょっと楽しいよー(泣笑)。どうでもいいけど応援グッズのあのVメガホン、特許は福岡ドームのものらしいですね。知りませんでした。


いいプレイには惜しみない拍手と歓声、ポカをやらかすと明らかな落胆、あるいは隣同士で意見交換。
「あそこでもっと走ってりゃ取れたんだよ」
「だよなあ!」
さらには罵声…じゃなかった、怒号…でもないか、力づけるべくエールを送る。野球に熱中するおっちゃんたちの姿というものは、何故ああも国を問わず同じなのでしょう(笑)。

滞在中、2~3回はそのチームのゲームを観戦しただろうか。ある日、別な家のご主人の車に乗せていただくことになった時、誰が助手席に座るか(=もっとも英語を話さなくてはならない場所に座るか)でやんわりとモメ、気づけば私が座ることに。
「昨日のゲーム、観たかい?」
と尋ねられる。やばいなー。野球用語(?)知らないぞー。
「観ました。楽しかったです。ひとも沢山ですごかったです」
「結果は、どうだった?」
「残念ながら、負けちゃったんですよ」
「そうか! そりゃあ残念だ」
そこで、何を思ったか、その当時憶えたばかりのフレエズを得意げに言ってしまった私。使ってみたかったんだねえ。
"But, no big deal!"
「たいしたこっちゃない」なんて、どのクチが言うのか(笑)。それまでの戦績を知っているわけでもないクセに~~!
「ハッハ! そうだ、確かに、たいしたことない!」
と、ご主人は笑って下さって、それからもちまちまととりとめのない話をしながら目的地まで乗っていったのだった。

メジャー・リーグほどは hot な盛り上がり方ではないだろうけれど、手作りの応援用横断幕を持ってやってくるひとたち、チームの帽子を被って意気揚々球場に足を運ぶひとたちを見て、ああ、野球はホントに愛されてるスポーツなんだなあ、としみじみ思った。でもって、やはり地元故の愛情がひしひしと。いつか自分たちが応援するチームからメジャーへ、と期待を寄せて、足繁く球場に通うのを見ているだけで、何となくふんわりした気分に浸ることができる。

メジャーもいいんですけどね。小さい街の小さいチームで大きな期待寄せられて頑張ってる選手たちのゲームを観る、というのもオツなものだなあ、と。
でも、どこの街もあんなに球場ひといっぱい、なものかしら?

マイナー・リーグを巡る旅、なんていうのも面白そう。その前に野球のルールと用語、ちょっと憶えなくちゃ↓

ちなみに、私が観戦し、にわかファンとして応援したチーム、VBL(←リーグ名)で2003年度優勝したそうです。ぶらぼー♪
ホスト・ファミリーの家に滞在させてもらった時、ホール(玄関)に抽斗つきのテエブルだったか、チェストのようなものが置かれており、guest book があった。
「滞在の記念に記帳してね。手紙も書きたいし」と仰って下さり、へったくそな字で名前やら住所やらを記入したのだが、その天板の上に、2体の人形が飾られていた。何となくだけれど、ありふれた人形ではない気がした。かといって、いわゆるキャラものではない、ような……。
比較的写実的なモデルを元に、可愛らしく適度にデフォルメされているなあ、とわかる(何故かは私にも不明…)。ドレスのテイストがそれぞれに違っており、それは彼女たちのキャラクタアによるものというよりも、時代の違い、のようなものを感じた。本当に、何となく、なのだけれど。
多分「これは単なる単体で存在する人形ではなく、背景を持つ、何かの登場人物ではないのか!?」と私に思わしめたのは、一方が「眼鏡をかけていたから」、だった。
眼鏡。チャーム・ポイントでもあるけれど、……あえて、別段意味もなく人形にかけさせるだろうか、とその時思ったのだ。眼鏡をかけてこその人形だから、かけているに違いない! おまけに、2体の顔立ちや大きさ、つくりは同じものである。これは何かの物語の登場人物の人形なのでは~~? と、勝手に推論を立てていたのだが、後日大当たりであると知る。

"The American Girls Collection"
2体の人形は、このシリーズのヒロイン2人、だったのだ。多分、アメリカではメジャーなシリーズだと思われる(時々、日本でも大学等でテキストとして採用される教員がいらっしゃるので、見たことのある方もおられるかも…)。

ある日ホスト・マザーが「今日は娘を図書館に連れていかないといけないの」と言った。「返却して、また新しいの借りるの」とは当時10歳の娘さんの談。彼女の手に抱きしめられていた本こそが、まさにその "American Girls Collection" 数冊だったのだ。
当時からすでに、物語のヒロインたちは件の如く人形として販売され、少女たちに愛されていた、のであった。
ホスト・ファミリー宅のお嬢さんが持っていたのは、長いブルネットが美しい少女と、おさげに眼鏡が可愛い子。
Samantha Story Collection (American Girls Collection)
Susan S. Adler Maxine Rose Schur Valerie Tripp
1593690517

Molly's Story Collection (American Girls Collection)
Valerie Tripp Nick Backes
1593690533


強いて言うなら女の子を読者対象として書かれた、イラストと写真・史料(資料)の豊富な、アメリカの歴史がわかる読み物。各時代(というか、年。アメリカにとって、歴史的に節目を迎えるような具体的な年号)ごとにひとりのヒロインがおり(例えば Kit という少女は1934年のオハイオはシンシナティの生活ぶりを教えてくれるヒロインである)、彼女たちの暮らしぶりを通して、アメリカの「当時」を垣間見られる。

現在、ヒロインは8人。皆住む場所、過ごした時代が異なる。私が最初に出会った頃は、まだ4人しかヒロインがおらず、African American、Hispanic系の少女は登場していなかった。今はどちらもおり、Native American のヒロインもいる。
…政治的正しさの追究の結果、というヤツでしょうか。でも、ないほうがおかしいよなあ。Chinese American とかアジア系にも目を向けてほしいものです(差別問題とか絡んで難しいかもしれないけど。でも、だからこそ!)。
それぞれの日常、学校生活、誕生日、夏休み、どんな風に過ごしていたか、物語で綴られる。巻末に当時の史料が盛り込まれていて、物語を読んで興味を持ったら、さらにちょっと学習できるようになっているわけです。日本の学習まんがっぽいカンジ。さほど厚くはなく、薄め。ほぼA5サイズで、まさに教科書のような風情。表紙にはその時のストーリィを彷彿とさせる姿のヒロインが描かれています。上品で可愛らしい。
本屋では、箱入り全冊セット(各ヒロインごとのセット)、ハードカヴァーでコンプな1冊、あるいは並装・バラ、いろんな形態で販売されていました。ちゃんとコーナーがある。
人形なんかは、ちゃんと専門店があって、そこで買える模様(もちろん、通販大国アメリカ、家に居ながらにしてもちゃんと購入できてしまうのですが)。
でもって、あれやこれやとスピンオフが出まくるところがまたアメリカで、これでもかと関連書籍も出ています。そりゃあ買うより図書館で借りたほうがいいかもしれないなあ…。
私も滞在中に何冊も購入し、今でもぽつりぽつりと購入しています。

公式サイトが充実していて楽しい(神経衰弱めいたゲエムがあるのだが、今これの虜である。単純故にクセになるのです……涙出るほどやるな、自分!!)。興味のある方はゼヒ。基本的には子供を対象にしているので、英語は極端に難しいということもなく、楽しめるかと思います。
公式サイトはAmerican Girl

歴史が浅いと言われがちではありますが、やはり彼らなりに自国の歴史を愛し、大切にしようという意識が伺えます。……その気持ちをヨソの国にも向けて欲しいもんだと思う。今は、中東とか中東とか中東あたりに、特に。
1000ピース マーチャーシュ教会 1000-476
B000GRUUPW

ホスト・ファミリー宅では、毎週日曜日、きちんと服装を整え、教会に通っていた。宗派は First Presbyterian Church(第一長老派教会)。
私が通っていた教会とはまた少々異なるのだけれど、何事も経験だと思っていたし、一応同じプロテスタント系の教会に通っていたわけだし、アメリカでの礼拝に出席してみたかったので、御一緒させていただくことに。ふだんやんちゃで元気な子供たちもちゃんとおめかししているのが可愛い。
「もしよかったら、一緒に行ってみない? もちろん、家で休んでいてくれてもかまわないわ。私たちには習慣だから行くけれど、強制したりしないわ」とホスト・マザーは言った。
いえいえ。かつては私にとっても「習慣」だったのでございます。大学も一応キリスト教系で、礼拝もあったし。
「皆さんに御迷惑でなければ、出席させて下さい」とお願いした。同じくお世話になっていたMさんも一緒。

教会は少々大きめ(何を基準にかというと、私が行っていた日本での教会、なのだけれど…)で、広々としている。それこそ、映画で見るような、何列にも椅子が連なるアレだ。
ホスト・ファミリーたちが御友人と思しきひとたちや、牧師さんに紹介して下さり、挨拶を済ませると、いよいよ礼拝に。ちらほらと、他の家族に世話になっている学生たちも見え、どうやらその辺りではこの宗派に属しているひとたちが多かったらしい。やはり一様にきちんとした格好で来ていた。
基本的には私が通っていた教会と、大きく異なる所はなかった。英語力が低くても、聖書には多少親しんでいたので、それなりに牧師さんのおはなしは理解できた。少しほっとする。

ホスト・マザーは choir のメンバーで、教会の壇上の一翼で他のメンバーたちと高らかに聖歌を歌い上げていた。高音が伸びやかで美しい。聴いていると昔を思い出す。
私が「とても素晴らしかった」と絶賛すると、どういうわけか私とMさんも「一緒に歌ってみる?」と誘われてしまった。
歌うこと自体は嫌いではない。しかも、聖歌、賛美歌の類である。「はい、ぜひ。嬉しいです」とほいほい参加を決意する私。

楽譜をもらい、何度か歌って聞かせてもらい、あとはいきなり一緒に歌う、のだ。私はソプラノのパートに入れてもらった。Mさんはピアノを習っていたそうなので、譜面を読むのに問題ナシ。私は聞いたそばから憶えて一緒に歌うことに慣れていたのでやはり問題ナシ。皆で歌う歌う。和やかだけれども真剣に何度も練習した。高音出すとスッキリ♪ 当然の如く、次の日曜日が「発表」の日、なのだった。

さて本番。わざわざ牧師さんが私やMさんが飛び入りで参加していることを教会に集まったひとたちに紹介して下さり、場内から拍手をいただく……ちょっと緊張。
"Jubilant Song" というタイトルの曲は、まさに歓喜に満ちた、高揚感のある曲で、歌っているととても気持ちがいい。どれほど高音を出しても怒りの目で見られることがないのはキモチがいいなあ♪(中学生の頃、クラス対抗合唱コンクールで楽譜通りの高音を出したら同じパートの女子から睨まれた経験有。ピアノの伴奏のキィを下げていないのだから私は間違ってはいなかったと思うけれど、そのキィが出せなかった女子たちにぎりぎりと睨まれて困惑したことがある。女ってコワイ……)
しかーし。翌日キャンパスで落ち合った学生たちからあれこれ言われ、気恥ずかしい思いをしてしまったのだった。

思えば、確かにそれは教会内にあった。
ちゃんと確認したわけではないので自信はないのだが、どうやら教会に直接足を運べないひとのためになのか、礼拝の模様をTV中継し、各家庭にありながら教会に同席し、devotion time を分かち合えるようになっていた、らしい(たかだか2人の日本人女子が飛び入り参加したくらいでは、いわゆるローカル局であっても「取材」などするとは思い難いので、とりあえずそんな推論立ててみました)。
楽譜と指揮者を見るのに集中していたが、確かに、居並ぶ椅子と椅子の間の通路には、TVカメラがあった……。

「昨日さあ、ホスト・マザーがTVつけたら、水玻さんとMさんが映ってるんだもん! びっくりしたー!!」
「歌ってたよねー。何、飛び入りー?」

み、観られていたのか……。というよりですね、いつの間に放映!? でもって、事前に言って下さい、周囲の皆さん……。ナンボコンサートのステージで歌ったことあっても(教会主催のゴスペルのコンサートがあって、皆でステージで歌った)、ココロの準備ってものが、……。それとも言われていたのに気づかなかったのだろうか(英語力の貧困さの故に↓)。

これで、日米ローカルTV局出演を果たしてしまったではないか(日本でもうっかり取材された映像が流されてしまい、田舎故にあちこちから電話がかかってきて恥ずかしかった…)。
歌いたい気持ちと、公共の電波にのってそれが放映されるのとは、ハナシが別でございますよ……。熱心に歌っていたので、きっととてもとてもおマヌケな顔をしていたに違いない…。教会内に居る方から見えるのは、せいぜい豆粒大の私の顔。カメラというのは、ズーム・アップも可能ではないですか!! やめてくれー!!

今でも楽しい思い出のひとつですが、しみじみと思い出すと気恥ずかしさでいっぱいになるのでした。
  
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