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冬のソナタ DVD-BOX vol.1
ユン・ソクホ チェ・ジウ ペ・ヨンジュン
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先日「冬のソナタ」を観ていたら、ペ・ヨンジュン氏演ずるミニョンがこれまでに秘められてきた真実を知ってしまう、という物語の中のひとつの山場を迎えていた。
自分がかつては「カン・ジュンサン」と名乗っていた人間であり、今は異なる人間「イ・ミニョン」として在り、歩んできた人生等に思いを馳せ、愕然とする。そんな彼が、ある時書類にサインを求められ「イ・ミニョン」と記されているのを見て、自分は誰なのか、「カン・ジュンサン」なのかそれとも「イ・ミニョン」なのかと思わず呆然としてしまう…というようなシーンを見て、…物語にまったく関係ないことを思い出していた。……待って、ユジンさん!(壊)

以前、院生有志で論文集を編集・発行しよう、となった時のこと。とにかく留学生が多く、特にアジア圏からの学生がほとんどだった。与えられていた研究室には留学生しか居ない部屋まであったほど。何が問題になった、って、名前の表記の仕方、だった。

論文集・紀要の類は、カヴァ無し・並装がフツウである。表1と表4(えーと。本がありますね。その表紙にあたる部分が表1、そのすぐ裏のページが表2、本文ぶっとばして最後、裏表紙の裏側に当たるところが表3で、最後、その表3の表の部分、裏表紙そのものが表4、です)には、日本語による論文タイトルと著者名、英語表記による同一内容のものが印刷されることになっているのが通例かと思う(もちろん、大学や発行している機関によって、多少はフォーマットが異なる場合もあるので必ずしもこの限りではない――おそらく)。

「どうするべきだと思う?」
どういうわけか、巡り巡ってその件が私のところにやってきた。だからあれほど私は日本文学専攻だと言っただろう!(いや、こうなる理由がないでもないんだけど、……)
「名前の、英語のほうの表記の仕方、ですか?」
「うん。例えばさ、オレたちなら、ヤマダ・タロウなら、Taro Yamada ってフツー書くじゃない? 英語の表記でいけばさ。でも、韓国のひととか、中国のひととか、どうしようかな、って。実際、姓を先にしないのはおかしいとか、何でそうしなきゃいけないんだ、みたいなことも言われてさ。そうすると、オレたち日本人の名前の表記の仕方にも関わるわけ」

……つまり。ユ・ヨンジンさん(正しい?英語表記で韓国の方の名前を表記する自信がないので、今手元にある SHINHWA のアルバムから作詞やアレンジを担当した方のお名前を拝借させていただいております。御了承下さい)の場合。Yoo Young Jin、で、姓と名の間に「,」を入れて表記することになる、わけです(実際そうクレジットされてる)。
で。その時問題になっていたのは。
「Taro Yamada」に倣うのであれば「Young Jin,Yoo」と書くべきであろう、それはよい。だが、同様に表記されていたら、日本人の名前の、どちらが姓でどちらが名か判然としない可能性もある、と言う。
「書き方は統一しないとわかりづらいだろうし」。

……そうですね。ごもっともです。そうなんです。ていうかさ。なんつーの、こう、違うと思うんだなー。ああもう。

「ほかの紀要とか、ご覧になってみました?」と尋ねると「外国のひとも同時に載ってる紀要、そんなになくて、あっても欧米のひとのばっかでさ、通常よく見る表記なんだよね」。
ああ、そうか。John Smith はそのまんま書くわな。それが彼ら(=欧米人)にとっては当たり前つーかフツウだし(でも、場合によっては姓から書くことも別に珍しいことではない)。私たちもそれを「妙だ」とは感じない。まさに無問題。
「名前、というのは大事だと思います。その表記の仕方も、やっぱり当人たちが納得できないなら、強いるわけにもいかないでしょう。『郷に入っては郷に従え』、でも幸いここもアジアの一国です。別に、欧米の表記に引っ張られる義理も、まあ、ないと言えばないじゃないですか。要はわかればいいんですよね? というかですね、別に欧米のひとたちに名前名乗る時に、何もわざわざ姓を後にしなくったっていいんじゃないかと思うのですが」
最後は蛇足だなあ。

……私が提案したのは。
「YOO,Young Jin」「YAMADA,Taro」と表記すればいいのでは、ということだった。これなら日本人だろうが韓国人だろうが中国人だろうが、同じ。

その時、ふと、私(たち)はあまり疑問も抱かずに、英語で名前を尋ねられれば「ハナコ・スズキです」などと答えている、という「現実」について思いを巡らせてしまった。……「ふだん」そんな風に言うことなどまずない。日本人同士で。相手にとってわかりやすかろう、というある種の配慮もあろうが、……何も日本に居る時まで、英語で名前聞かれたからと言って、ファースト・ネームから名乗らねばならん、ということもなかろう。というよりも、何故相手の国の文化に合わせて「差し上げて」おるのだろうかと、妙に悶々とあれこれ考えてしまった。
そりゃあ、相手にとってわかりやすかろう、という配慮ですよ。あるいは、そういうものだ、と教えられたことを素直に踏襲してる、それだけの話です。わかってはいるのですけれどもね。
同時に、韓国や中国のひとたちは、ごく当たり前に「私たちの文化では姓・名の順に名乗るのだから、尋ねられたらそう答えるのがフツウ、という感覚がある」、ということも改めて実感するに至った。彼らは姓名を反対にしてなど名乗らない。結婚しても姓が変わったりはしない(違うっけ?)韓国・中国において、あるいは儒教的な背景等考えれば、むべなるかな、という気もする。東欧辺りにも、確か姓・名の順になっている国があったのでは(ブルガリア? ハンガリーだったか? 思い出せないー↓)。彼らとて、名前を訊かれたら、やはりふだん名乗るように姓・名の順で名乗るではなかろうか(まあ、フル・ネームで名乗るような状況であれば、ということで)。

…などとあれこれ考えてしまったのですよ、ミニョンさん。それともチュンサンと呼(略)。

あれこれ考えて検索していたら、興味深いページを見つけた。よかったら御一読下さい。ひじょうに面白いです。

「鼎談・英語帝国主義」

サイト制作者でいらっしゃる三浦淳氏は大学の教員をしておられ、「nemo」なる雑誌を私的に発行しておられるそうである。なかなか興味深いタイトルではないか。

nemo――それはラテン語で、「誰でもない」を意味する。
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ハリー・ポッターと賢者の石
ダニエル・ラドクリフ J.K.ローリング クリス・コロンバス
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あらすじ:鍼師の堀田は親戚の家に厄介になることでようやくどうにか生活している体たらく。42歳の誕生日に奇妙な手紙が届く。それは家庭裁判所からの出廷命令であった。どうやら失踪した妻が実力行使に出たらしい。慌てた堀田は近所に住む知り合いの医者に相談を持ちかけ…


…激しく観る気にならねえよ。

パロディタイトル典拠は森田一義氏。さすがだ、タモさん!
オレ的第2弾は「鍼師堀田と秘密のヅラ」
…暴力はいけません、暴力は。何事も話し合って(略)。

もとい。御多分に漏れず(?)、TVで放映されたハリポタ、鑑賞いたしました。映画館で観るほどの迫力はないけれど、それでも楽しめました。……カットされてはいなかった、のかな? 記憶が定かでない。DVDを所有しているというのに…(でもって、ちゃんと映画館でも観てきたのに…)。いずれゆっくり観よう、と思っていたら、ハードがいかれぽんちで観られない状態。くそう、字幕でもう一度ちゃんと観たいぞ!

流行れば流行ったで、やれ物語に深みがないの過去のファンタシィ作品には及ばないだのと揶揄もされましたが、私個人はとても楽しめる作品です。原作のローリング氏はこの作品を上梓するまでホントに小説を書いたことがないのだとしたら、それだけで大したものだなあ、と単純に感心してしまう。
しかし。原作は未だ未読。ハードカヴァは値が張るし、文庫で出してくれないかなあ、と思っていたら「携帯版」と称して児童文庫系の判で出され、またしても手にするチャンスがやや遠のいてしまった…(自分にとって読みやすい判やページの組み方があるので、どんなに読みたくても手が出ない時も…)。おまけに誤訳が多く訂正されていない、とも聞いているので、さらにさらに遠のくのでありました。
…原書いっとく? 読むならイギリス版かなあ…。アメリカ版とイギリス版だと、同じ作品でも単語が違うので、せっかくなら本国のヴァージョンで(そのまんまだと理解しづらい、あるいはできないのだろうか、と思うほど、結構単語が変えてあって驚いたことがあります。しみじみと、英語、とひとくくりにできない時がある、と実感)。しかしまだそこまでの読解力は私にはまだないわけで。
図書館で借りるという手もあるものの、借り物の本は何となく落ち着かず。…今に至るのでございます。あーあ。

第3作目もようやく公開。「今の配役のまま全部映画化!」という説もあるようですが、……さすがに少々無理ないか? 予告を観て「うわー、育った!」と思ったのは私だけではなかろう。
ロンが、ドラコが、うわーうわー、オトナの顔してるー!! ハリーもハーマイオニーも。当たり前だけど。
原作がちゃんと時間が経過するタイプ(永遠に高校2年生のまま小学1年生に身をやつして探偵やっててすでに何度も夏休みだのヴァレンタインを経験してるヒトのお話とは違う、という意味♪)、当然物語内の登場人物たちも成長するのだし、いいといえばいい、のですが、……ホントに最終巻分の映画まで?? 違う意味で期待しとこうか…。

どのキャラクターも魅力を感じるけれども、個人的にいちばん好きなのはハーマイオニー(というかエマ・ワトソン嬢かも)。
可愛すぎる。雑誌で「ウチの夫は『ハーマイオニー』を『オーマイハニー』だと思っていた」という投稿を見た時に「そりゃアンタの願望だ!」と爆笑したが、キモチはわからないでもない(笑)。可愛いよー可愛いー!!
負けん気が強くて、マグルであるが故に誰よりも努力を怠らない、そういう姿勢がまた好き。ベタな設定ではありますが。

あとハグリットのようなキャラクターにも弱い。あの、ちょっとうっかり屋さんで懐深くて優しくて頼もしいのに涙もろいとこが。イギリスが誇る名優がこういう作品で拝見できるとは。
アラン・リックマン(テロリストだった頃の君は、もう少しほっそりしていたね…ルルル♪・涙)を久々に観られたのも嬉しかった(?)し、マギー・スミスが相変わらず毅然とした、上品かつ知的な美を保っているのも嬉しいところ。

子供はやっぱりハリーに感情移入して読むんでしょうかね。
シチュエイションや物語を読んで追体験してなりきりモードでわくわくするのでしょうか。冒険も友情も謎もてんこ盛りの毎日。あれほど魅力的に見える全寮制学園生活もそうはあるまい! 私もああいう学校なら入学してみたかったですよ。ただ、寮は間違いなく腹黒さが災いしてスリザリンになるかと。それだけが残念(笑)。
さあ、新作を観に今度は映画館だ♪
ボールド 粉末 1.7kg
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滞在中、ちょっと困ったことがありました。――それはお洗濯。特にホーム・ステイ先で。
私は当然、「自分のヨゴレモノを洗わせるわけにはいくまい!」と思い、「洗濯機の使い方、教えて下さい。お借りしたいんです」と言ったら「いいのよ。洗って欲しいものがあったら私に言って」、とホスト・マザー。ええええええええっ。
「でも、その、下着とかもあるから、そういうものをお願いするってちょっとどうかと思うしですねっ」私なりに思うところを述べ、あれこれと主張してみました。
「いいのよ。私たちは家族じゃないの」。……うっ……。
ホスト・マザーは野球観に連れていってくれた時も、チケット代を払わせてくれなかった。「私たち、ちゃんとお支払いします」と言っても「今は家族だからいいのよ」と。うううううう。
……結局、そこまで言っていただいて、それ以上抵抗?するのは逆に信用していないみたいというか、失礼に当たるのだろうか、と思って、素直にお願いしたんですが、……やっぱり……、申し訳なさと気恥ずかしさが消えませんでした↓
あるいは、自分の家の中のものをよくわかりもしない状態の人間に使わせるのがイヤだったのかも、とも思ったり(ほかの御家庭にお世話になったコの中には、「洗濯してくれる、って言うからお願いして、その中に下着も入ってたんだけど、そしたらさ、『こういうものは自分で洗わないとダメよ』って返されちゃった」というひとも居て、その家庭・ひとそれぞれ、なのかもしれませんが、……やはり、自分で洗うほうが
ベターですよねえ。……最後の最後まで気になってひっかかり続けてました。小学生の子供、とかじゃなかったわけですし)。本当の長期のステイならやらせてくれたのかしら…? うーんうーんうーん……(悩)。

で。dorm で生活してる間はそういう意味では気がラク。quarter はかかせませんが!(電話代にしろ自販機利用するにしろ洗濯するにしろ、とにかく入り用だった…)私は日本で言うところのコンパクト洗剤を1箱買い、共同利用の dorm 内にあるコイン・ランドリーを使用。

私は基本的には現地で調達することを選ぶ。スーパー見るの、楽しいし。値段のあり方が自分の目でわかるし。
初日、大学着くなり「いちばん近い店、どうやって行くの? 私、シャンプーとリンスが欲しいんだ」と尋ねた女(ちなみに、「いちばん近い店」がそこそこ遠かったため、世話役の学生が「車出してあげるよ。ほかに買い物したいコがいないか訊いてみて」と言い出し、「団体行動ダイスキ」なお嬢さん達がほぼ全員車に乗り込んだのは言うまでもない。でも、確かにそれなりに遠かったのだが、後日私は記憶を辿り、途中わからなくなれば通行人に訊いて、その連れて行かれたモールへ行き、道を憶え、それ以来勝手に自由時間があればひとりで赴いていた)。
アメリカのものを使ってみたかったから持ってこようという気もさらさらなかった。はっはっはー。……でもムボウだったか↓

で。この洗剤がですね、やはりというか何というか、もののミゴトに余ったのです。さすがにまとめて洗うし、コンパクト洗剤の良さは少量で十分に洗える点なわけで。余ったの、どうしよう……。

まずは、ホスト・ファミリーに言ってみた。
「これ、よかったら使って欲しいんです」。しかし。
「いいのよ、あなたが買ったものなんだから、あなたが使って」。
……ひょっとしたら、やんわりと、自分で選んで使ってるふだんの商品とは違うから、断られたのかも。あはははは…(しーん)。
さあ、どうする!? この残った洗剤を!!

モールに出向き、私は箱入りの小ぶりなビニール袋を買った。本来はサンドウィッチを入れるためのものらしい(てかそんなもんが商品として存在するのか!)。1枚ずつ取り出しては、おもむろに洗剤についてきたスプーンでざくざくと適量(適当、とも)詰め込んでいく。詰め込んだものをセロファン・テープでしっかり留めて、こぼれ出さないようにする。4ヶ所ほどテープでぐるぐる巻きにし、見てくれはヴィニルに包まれたおしぼり状態。
……そう。私は何と、これを持ち帰ることにしたのだ。箱ごと、ではすでに開封済みなのでこぼれるどころか、スーツケース内が粉まみれになるだろう。小分けにすればスーツケースの隙間を埋めるようにして仕舞える。laundry room に置いていく、という選択肢は私の中に一切なかった。ナゼって、ケチだから。
たかが数ドルとは言え、身銭切って買ったものなので、置いてくのが忍びなかったのよ~!(てか貧乏性……↓)

で。持っていくための工夫をこらしたのはいいのですが。
スーツケース内の四方八方、隙間という隙間につめられた白い粉末……って、ヤバくないか……? 白くて、粉状、って。 
手荷物チェックで X-ray 通された時に、係官が不審に思ったら? 私は別室に連れられ、粉を調べられ、あまつさえそれが洗剤と判明するまで勾留せられ、洗剤とわかった時点で笑われた挙げ句誤解されるようなことはしちゃダメよ、と説教される……という vision が瞬く間に脳裏を走り過ぎる(笑)。
いや、香りとかでわかってもらえるとは思うけど、万が一、とか言ってちゃんと調べがつくまで帰国/出国はダメ! となったらオオゴトではないですか! …でも持ち帰るのな、私♪ とりあえず機内持ち込み手荷物にしなかったのは正解かな↓

ゲート抜けて飛行機搭乗するまで、気が気じゃなかったです。でも、とりあえず問題ナシと思ってもらえたのか、X-ray のチェックでも何も言われず、そのまま帰国できました。

帰国後、友人数人に「…という顛末を経て持ち帰ったわけ。あげる。使ってみ。まあ、フツーに汚れ落ちると思うし」と贈呈。
「いやー、焦った。もし『スーツケース開けて!』ってなったらどうしようかと思った。こう、連れ去られた宇宙人状態でさ、両脇屈強な係員に抱えられて連れてかれるの~」
「アンタねー! フツー誰かにあげるとかするだろ! ホントに、よくひっかかんなかったよねえ。まかり間違ったらマフィアとかヤクザの手先じゃん!」
…とあらぬ方向まで進んで盛り上がる馬鹿一団(笑)。

手元にそれでも残った洗剤を使って、私も洗濯しましたとも。
粉の粒子が、日本のものより大きめで、さらさらしてない。一粒一粒がむにむにぽくぽくしてて、指先で磨り潰せる。ああ、アメリカの洗剤なんだよなあ。当然だけど、使ったら、消えてなくなっちゃうんだよなあ……。

「当社の洗剤は、ヨゴレは落としても、
    あなたの心に染みついた思い出までは洗い落としません」

……キャッチ・コピィまで作るなよ。
タロット大全―歴史から図像まで
伊泉 龍一
4314009640

TAROT。英語的にはタロットだけれど、フランス語的には最後のTを発音しないからタロー、になる、んでしたっけ。

ごくごくお遊びの域でだけれど、タロット占いをする。自分のことはどうもうまく占えないのだが、友人の相談事にはそこそこ役に立ってくれることがある。
「すっごーい! 当たってるー!!」
あらまあ。そうなの? ふふふ、でもね、「当たる」ものなの。

多分、タロットってものがどんなもんかわかれば、誰でも当たる、ような気がする。私がしてる程度の「占い」の域であれば。

いきなり何も尋ねることなく「あなた、小さい頃にお父さんを亡くされているわね。それも水難事故」とか、そんなことをカードから読み取ったりする、なんて芸当は、むろん、できない(うまくカードの解釈を組み合わせて、そんな風に言うことは簡単だが、当たるかどうかは話が違うのでねえ…)。
タロットは二者択一の問題を相談したい時に向いている、らしい。
「ねえ、今の会社、辞めたいんだけど、どうだろう? 辞めたほうがいいかな? それともまだ我慢すべき?」
「占ってほしい」のだと彼女は言った。だから私は「占」う。

「いい? これはね、あくまでも『可能性』の話なの。結果が、『決定』ではない。決めるのはアナタ。アナタがどうしたいかで、未来なんていくらでも、どうとでも変わるのよ」。

必ず「占う」前にはそう告げる。「私」には何もわからない、と。

「で? 何を占ってほしい?」。
ここで、私は相談者の話をあらかた聞いてしまう。そこで占い開始。あとはカードを開いてはそれを「読む」、だけ。

「このカードはね、年上の男性を象徴するの。つまり、悩みが会社のことなわけだから、あなたにとっては上司、という可能性があるわけね。あるいは、あなたを心配する男性、お父さんかも」
うん。上司とは、ソリが合わなくてさ。オヤも心配してる。
特に、父親、公務員だからかな、手堅さ第一だから、辞めたいって言っても、「根性がない」とか「辞めるなんて」って。
「カードに、精神系の病気が出てる。何か覚えある?」
うん、胃に来ちゃってさ、ごはんとかまともに食べらんない。おまけに、夜よく眠れないしさ。

……わかりますね? 「当たる」理由が。
相手からある程度情報を得た上で、ひとつひとつ想像できることを確認しつつ、相手の状況や心情を慮っていれば、そりゃあ相手にとっては「当たる」内容を私は告げることができるのです。100%当たってなくても、相手も色々と自分なりに解釈の可能性、というものを持っているので、「そうかも」、と思ってしまう。よって、たとえ、相手が知らないひとであっても占える。

「友達の相談なんだけどさあ…」。…一応の詳細を聞く。
カードを展開させて、読み取る。読み取る時、あくまでも相手の事情に添ってゆく。よほど突飛な相談事でもない限り、カードを繋げてゆけばだいたい「そうだよね」な結果が得られる(血液型占い、と称して、その血液型の特徴を羅列した紙を封筒に入れて自分の血液型のものを選ばせる。皆中身を読むと「当たってる」と答えるそうだが、実は中身はランダムに入れられ、必ずしも自分の血液型の特徴ではなかったりする。――とある実験)。

私はカードに内包されている意味なんて、ほとんど記憶してない。
回数をこなすうちにぼんやりとは憶えてきているし、絵がかなり具象性を持っていることもあるので、そこから意味を思い出すことだってある。おまけに、親切にもフツーに市販されてるカードには、やり方とカードの意味を解説する本がついてくる。ここに書いてあるどれかを適度に選定してやることができれば、誰だってある程度は「当たる」占いができる、と私は思っている。
良い結果が出たら「このままで大丈夫」と言い、悪い結果なら「今後改善すべき余地がたくさんあるってことね。アナタ次第でどうとでもなるから気にすることじゃないわよ。こうなりたくないなら、ならないようにすればいいんだから」。
「じゃあ、どうすればいいのかな?」と来る。
「こうしたらこうなるよ、と出てる逆をやってみるってのは?」
相談者はそうか、と一応の安心を得る。

私がやっていることは、実は、未来を読むこと、などではない。当然ですが。……私がしている・できること、というのは。相手が自分の抱える問題をしっかりと把握し、半ば出かかっている回答を相手から引き出す手助けをする、これだけなのだ。
崖っぷちに行ったひとの背中をとん、と押しているだけ。
答えは相談者の中に眠っているのだ。それを引き出す。それだけ。
カードにはそりゃあいろんな意味が内包されていて、やってて「よくもまあこんなにうまいことカードが出るもんだねえ」と感心することは、確かに、ある。失敗と挫折と堕落、とかがつるつると連なって出てくると、へえ、すごいや、と思う。

それを偶然と見るか、必然と取るか、それも相手の自由。

ソレでアコギなことしてるヒトはまあ別として、「占い」はそれなりに存在する意義があるのだ、と思っている。

未来が見えないから不安になる。カードで占う、という行為で、「可能性のひとつ」を見せる。それだけで、少しキモチがラクになるというなら、いいではないか。「絶対」を求めない限り、占いはそれなりの「効能」があるのだ。

前にTVに出ていた、ものすごくよく当たるタロット占い師がこんなことを言っていた。
「運命はね、運ぶ命、と書くでしょ。自分で動かすものなの。だからね、最終的には、何だって自分次第なのよ」。

カードの山を仲介するだけで、少しだけ自分の抱えている悩みを、客観的に見ることができる。これは占う「私」の意見でもなく、占われる「アナタ」の意見でもない。2人しか居ない中で、ワタシとアナタ以外が「語る/騙る」、「可能性」のカケラ。

「で? アナタの悩みは?」。
私に尋ねられて、改めて相談者は自分の内面と向かい合うのだ。そのお手伝いを、私は「占い」と呼んでいる。決して、「未来」を伝えたりはしないし、できない。
「可能性」。あるかもしれないしないかもしれない。起きるかもしれないし起きないかもしれない。

信じてもいい、信じなくてもいい。結局はアナタ次第。

……で? アナタの悩みは?
香り豊かなひととき ~ザ・コレクション・オブ・ネスカフェCM~
CMソング 中川共 小野リサ
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自分では憶えているんだけど、周囲に「知ってる?」と尋ねると「知らない」「どういうのだっけ?」と返されるのがCMソング。かなり流行ったりインパクトがあるものはさすがに憶えているみたいなのだが、「すっごい昔にさ、缶入りワインが発売されて、それのCMソングがすごくよかったじゃない?」と同年代の友人に言ってみても、まず「ああ、あれね!」という回答は返ってこない(ちなみに「キ・サ・ラ恋人」by石川セリ。ワインの名前も「キサラ」であった。某社ジェニーのお友達ドールではない)
Suzanne Vega の「Tom’s Diner」もそのひとつで、それでも曲そのものの良さか、歌ってみせると「ああ!」と反応がある。ついでにいうなら、その歌には呪いが込められていて、そのCMに出演した男の子は死んだのだ、という奇妙な噂が立ってじきに消えてしまったクリ○クス・ティシューのCMソングも大好き(これは OPUSⅢ の曲らしい。いい曲なのに…呪いて!)。
そんなに私の好みはコアなのか!? ちきしょー。

こういうオムニバスCD、もっとばんばん出してくれないかなー。「銀座ジュ○リーマキ」と「カ○リアダイアモンド」なんかもいいアーティスト、いい曲が多かったんだよなあ。ん? もしかして出てる? …探してみよう。

最初このアルバムを見つけた時に、真っ先に珈琲のCMソング=スザンヌ・ヴェガと連想してしまい大喜びしてしまったのだが、あれはAGFのCMであった……。これはネスカフェです…。
でもラインナップを見直して、欲しいなあ、というキモチがむくむくと。すでに持ってる「Open up」も収録されているけど、好みの曲が多いんだよなあ…さてどうしよう(まあ、スザンヌ・ヴェガだってすでにCD持ってるけど)。

とりあえず珈琲でも立てながら考えることにする。本来は紅茶党なのですが。そういえば、紅茶のCMって、あんまりない。何故!?(嗜好品としてのTOPは珈琲だろうけど、紅茶はせいぜい紅茶「風」飲料がほとんどだからかなあ…。ティ・バッグのCMというのも何となくしまらないか。茶葉でポット使用、なんてヘンに気取った印象もたれてるしなあ。缶入り紅茶「Pekoe」のCMで双子っぽい女の子が歌う謎の歌、あれも好きでした。どこかで歌詞掲載されたのを見た記憶があるんだけど、……どこで見たんだろう……うー気になる!)

とりあえず、飲んで落ち着こう。
旅の会話集〈4〉ドイツ語・英語
地球の歩き方編集室
4478031754

タイトルは、実際に英語の教科書にあった例文だそうです。
「あれは花ですか?」と尋ねるからには、花に見えるものの、本当に花かどうか判然としないのでしょう。
翻って回答。「いいえ、馬です」。

出てこい、教科書検定の担当者。

英語教えることについて考える前に、日本語を学び直せ。頼む。
「花かなあ?」と問われ、「馬だよ」と断言できるような、そんなシチュエイションを生み出せる物体の正体を、誰でもいいので教えてくれい!! UMAか!? 新種のUMAでも存在するのか!? 情報請う!(←壊れた)

でも、語学関係の本は時折(頻繁に?)そういうナイスな笑いを提供してくれるのであなどれぬ。数年前見つけたこのドイツ語会話集もかなりイカレ…いや、イカした内容で、私を大爆笑させてくれた。

序盤はごくありきたりである。ドイツ語の文法を簡単に解説し、使用頻度の高そうな会話集を掲載している。ページを繰るうちに、妙な章にでくわすのだ。そこから、石が転げ落ちてゆくようにオカシくなってゆくのであった。

「友達をつくろう編」。
まあ、滞在しているうちに友人ができる、ということはないこともなかろう。しかし。「つくろう」とはまた、随分と意気揚々、やる気十分ではないか。キッカケづくりとして、どう声をかけるか、何を話題にするか、ほうほう、なかなか内容が豊富で御座いますなあ。
ユース・ホステルで知り合ったひとと情報交換、これにまつわる会話集などは、それなりに活用できそうです。しかし。
その次の「友達になったら――4 GF・BFをつくる」、ここらあたりからジェットコースターが落下するくらいの勢いでナニカがオカシくなり始めてゆくのです。

《ほめる》
「髪がきれいだね」。「そのセーターすてきですね」。
うん、…まあ、こういうのは言わなくはないよね、性別問わず。
《口説く》……は?
「君といると時間を忘れそう」。「きのう君の夢を見たよ」。
……えーと。
「君と朝まで一緒にいたい」。
……???
《口説く・口説かれる(上級編)》…いかん、腹筋が!
「キスしてもいい?」。
許可なんぞとらんで、とっととせんかボケ(地味に問題発言)。
「きみとベッドをともにしたい」。「素敵な夜だったわ」。
旅行行く前から臨戦態勢なのか!?
想像してごらん(@じょん・れのん)。旅立つ飛行機の中、黙々とこのフレエズを暗誦している彼あるいは彼女の姿を……。

いや、そりゃ、恋人つくるな、とも思わないし、旅行先で恋に落ちない、という可能性が皆無だとも思わないですよ。でもなあ。ここまで、こう、…………やる気満々つーカンジだと、ちょっと……いや、かなり、……(笑)。

ドイツに行ってみたいなあ、という憧れだけがあって、旅行に実際行く予定などは一切ナシ。面白そうだと思って、さして中身も確認せずに購入したら、いやあ、笑わしてくれる~♪
一応、巻末には単語集があったり、そこそこ実用性はあるとは思えなくもないのですが、私にとっては暇つぶし用に最適です。
いやあ、乾いた心に一服の清涼剤。笑わしやがるぜ!
ひとによっては荒んだ心に一滴のニトログリセリンですが。

これは読者の要望によって供給されたものなんでしょうかねえ? だとしたら、エライ読者抱えとるのう、ダイヤモンド・ビッグ社よ。

ついでに、母から譲り受けた古~~い三省堂の国語辞典にも、私を笑わせてくれた項目がありました。
「こんな」。
へえ、それこそ「こんな」単語も載せてるのかあ。意味は?
「このような」。
ははは、まんまじゃないの。あ、例文もあんのかー。
「例 こんな女に誰がした」。
わははははははははははははははははははははははははは!
すげえ例文! この短い文から、いらぬ含みまで読みとろうとしてしまうじゃないの。ナイス三省堂! テクスト・クリティークの問題にまで発展よ!

書店の語学コーナーに行くと、ついつい、実用性のある本と一緒に笑わせてくれる本はないだろうかと探してしまうのでありました。
アジアンごはん
ソング・オブ・ザ・ネイティブ・ランド・アンサンブル フェイ・ジェンロン トンディー・スジャリックル
B0009V1H52

「ねえ、Cくんが一緒にランチ食べに行かないか、って言ってるんだけど。何か、美味しい韓国料理のお店、知ってるんだって。そこのお店なら、『ごはん』食べられるって」。
目の前に居るのは、一緒に海外研修に参加したAさん。私よりひとつ学年が下で、勝ち気そうな美人タイプ。
そもそも何の面識もなく、たまたま同時に参加してた以外には何の繋がりもなく、互いにトモダチにはならないわね、と心のどこかで判断していたように思うのだが、ハテ、何故私を誘う?
「そうなんですか? せっかく誘っていただいたから、御一緒させていただきます。ごはんも久しぶりだし」。
結構です、とお断りするほどの理由もなく、何事も経験だわ、と一緒に食事に行くことにいたしました。
ちなみに、私は基本的には現地の食事に馴染むタイプで、限られた期間滞在する分には日本食が恋しくなることはほぼ皆無。

「じゃ、行こうか」。3人でキャンパスから歩き出す。
Cくんは Taiwanese だと言う。何度か dorm 内で会って、多少の会話も交わしたことはあったけど、全部日本語だったぞ。
「日本語ペラペラじゃないですか」
「オレ、片親日本人だもん」
……なるほど。彼は私たちが研修で来た姉妹校提携を結ぶ大学の留学生でした。
「どうしてまた私たちを誘ってくれたわけで?」と私とAさんとが尋ねると、吐き捨てるようにひとこと。
「だって、アイツら、すぐ群れるじゃん。キライなんだよね」。
私たちが研修でアメリカを訪れたのは8月。夏休み中。よって、基本的に皆学生は帰省して居ないのだ。残っているのは、この国に帰るべき家・場所を持たないひとか、私たち研修で訪れた学生の世話をすべく大学で働くひとくらい。Cくんは、どうも御同胞とはツルみたくない御様子。
中国語系の音声のみが聞こえる一群は確かによく見る。ひょっとしたら、彼らは大陸のひとたちかもしれない。だとしたら、なおさらCくんなら近づきたくない、と感じるかも。
でもねえ、Cくん。私と一緒に来た日本人のオンナノコどもを見てないの? 「アイツら」も群れるの大好きよ。ひとかたまりになって日本語でぴーちくぱーちく囀ってるじゃない。

何の接点もない3人は、ピーカンの空の下、てくてくと歩き続ける。

「あら! いらっしゃーい。また来たの? 今日は女の子2人も連れて来たかあ!」
……お店の暖簾をくぐったら、…日本語? Cくんは頻繁に訪れているらしい。楽しそうに会話している。
人生を顔に刻んだ、にこやかに笑うおばちゃんが2人そこにはいた。
「何食べる? カルビ定食とか、うまいよ」。
Cくんが勧めてくれたものをもらうことにした私とAさん。
「いただきまーす」
おいしい。本当に久しぶりの、「炊いた」(状態に近い)ごはん。野菜としてのコメじゃなく、主食としての米。おいしいなあ。
「日本語、お上手なんですね」。時折英語は混じるけれど。
「うん、昔、習ったからね」。おばちゃんは照れたように笑う。
……そうだった。私はうっかりし過ぎていた。少々年輩の韓国の女性たちが流暢に日本語を話せる理由など、予想できてもおかしくなかったというのに。何だか申し訳ない気分になってしまった。
「えーと、何だっけ、まだ歌える歌もあるんだよ」。
まるで私の気持ちを察したかのように、おばちゃんたちは朗らかに、記憶をたぐり寄せるようにメロディを辿り、ちょっと覚束無げに日本の童謡を歌ってくれた。
「おいしかったです。ごはんなんて久しぶりです。ごちそうさまでした」
あつあつのごはん。ほんとに美味しかった。
「ありがとう! またいつでもおいで!」
来店した時と同じ、元気で明るい笑顔で送り出された。

「うまかったろ?」とCくん。
「うん。おいしかった!」。Aさんも私もおなかいっぱいだった。おばちゃんたちはサアヴィス満点だったから。
おばちゃんたちの屈託ない笑顔とたくましさ。故郷の食事が恋しくなった留学生達や、韓国料理を食べたいと訪れるみんなに、美味しさと明るさをわけてくれてるこぢんまりしたあのお店を構えるまで、どれだけの時間や苦労があったんだろう?
今でも、Virginia で元気に料理つくっててくれると嬉しいな。

そういえば、ホスト・ファミリーは行きつけだというチャイニーズ・レストランに連れていってくれた。オーナーと親しいらしく、私たちにまで紹介してくれた。
「こちらのご主人はね、とても苦労してこの店を構えたの。でも見て。こんなに素敵なお店でしょう? ここで美味しい料理を提供して、息子さんと娘さんを立派に育てられたわ。息子さんはとっても優秀で、 Harvard に入学したのよ!」
うわお。ホントにスゴイわ。
誇らしげに、でもちょっと照れを潜ませたオーナーの笑顔。

華僑といわず韓僑といわず、みんなたくましいなあ、としみじみ思わずにはいられない。アメリカの東部の片田舎に、ちゃんと根を張って生きてる。

地に足をつけて生きるって、簡単に見えて難しい。彼らはくじけずにちゃんとそこに立っていた。
だから笑顔があんなにも美しかったのだと思う。
…まさに! そうとしか呼べぬシロモノ。あれはいかがなものなのか、北米人よ。

「リコリス」、と言ったかなあ。綴りは Licorice 。Licorice社より販売されている、ツイストされた棒状の…うーん、キャンディ? です。食べたことのある方、いらっしゃる? ……あれは、……激しくワタクシの味覚から逸れる食い物。特に、特にあの、アレ、あの味が……!

実は後に思い出したのだが、私が食べたソレは正確には Hershey's の "Twisslers" というヤツでした。こんなの。
リコリス・チョコレイト味。


最初、ガッコで、アメリカに研修に行ったコがお土産でわけてくれたのを食べた。……皆しばし無言。
「カタイ…」
「いや、何だな、もらっておいて言うのアレだけど、……マズいな」
「てか、食い物?」
もう皆言いたい放題。しかし。買ってきてくれた本人が真っ先にこう言ったのだ。ちょっと困ったような笑みを浮かべ、皆に配りながら。
「うーん。あんま期待しないで食べてね。何て言うのかなあ、……食用蝋燭? ってカンジなの」。

をい!!

いえ、食いましたけどね。
「まさに! 食用蝋燭! 食える蝋燭を開発するたあ侮れぬ、アメリカ合衆国!!」
……井の中のJAPな私たちは、それはそれはもうその味故にあの国を礼讃しましたとも(笑)。

その後、私も研修でアメリカ行った時、店で見つけてしまい、チョコレイト味とイチゴ味、ふたつ購入してみました。袋を開ける。取り出す。ああ、懐かしや、ツイストされた毒々しい赤色の棒よ。逆アルデンテなその姿(中心は細い空洞)。
ぽくっ。
何とも言えぬこの食感。噛み応え。……マズイ(涙)。
しかし。ぽくぽくと食っているうちに、これはこういう食い物だ、という認識が私の体内及び脳内に構築され徐々にインプットされてゆくのです。てか侵されてゆくのよ~(呪い?)。

味が中途半端。「これイチゴなんだよね」と誰かの胸ぐら掴んで確認したい衝動に激しくかられまくるナニカと、チョコレイトというものの味の定義を根本から考え直すいい機会を与えてくれるナニカ、の味が私を魅了する。
あははは。あはははははは。何だコレ。
美味い不味いで語る菓子じゃねえんだ!
食えるか食えないかで語る菓子なんだ!
……1本、また1本と食う毎に壊れてゆく私。

むろん土産にして、友人たちに配りましたとも。
「うおい! 何だこの味は!」
「これは…………(絶句)」
もらった手前捨てられない友人たち。手にはいつまでもいつまでもブラウンと毒々しいレッドの棒が握られている。ふふふふふふ、味わえ~~味わうがいい~~。それがあめ~~りかの味なんぢゃー!!

…すみません。思い出に浸っていたら壊れました。
私が住んでる近辺では手に入りませんが、稀に輸入食材を扱う店なんかでは売られてるみたいですね。
以前同僚がカナダの実家からクリスマス近くにあれこれ家族から送られてきたものの中に、このリコリスが入ってました。子供たちに配るんだけど、誰ひとりとして完食できず(笑)。
「無理して食べなくていいわよ。子供たちもダメだったみたい」。
「大丈夫。あたしは食ったことあんのよ。好きよ、結構」。
そう。私はたいていのものは許容できる。ので、もらった菓子はありがたく食べた。ただでさえ甘いのにさらにシュガア・コオトされたカラフルなジェリィも、極彩色 popsucker も。しかし。
しかしだな。黒のリコリスだけはいかん!!
これってば甘草、まさに「リコリス」味、じゃないのさ!これはダメだった。私には無理。どうしてこれを美味だと思うのよ~(号泣)。

「これってね、あたしたちには、ちょっと懐かしい味なのよね」
とカナダ人の同僚は言った。
「子供の頃、よく食べたの。すごくかったいでしょ。(日本の)子供たち、噛みにくそうにしてたわー。でも、ホント、小さい頃よく食べたなあ…」。
ぽきん! と小気味よい音を立てて食べる彼女。

どうやら郷愁まで誘ってくれるらしいです。そうかー。そういうものなのね。
もちろん、アチラの国でもニガテで食べない・食べられないひとはきっといるんでしょうけれど。

びば・食用蝋燭。ぜひ皆様も北米への御旅行の際はお土産に。
殴られても責任はお取り出来ませんが…。
ぶ○ぐにおいてニガテなあれこれ。これがあると読みたい気持ちが半減したり減退したり無くなってしまったりするあれこれ。

●絵文字が多用されまくっている

今日はダーリンの誕生日だったので、お祝いをすることにきゃっ


こんなカンジで、短いセンテンス中にナンボほど使うんだろう、というくらいになると、ブログ開いた瞬間「はい、さよーならー」と閉じるか、ヨソのサイトやブログを見に行ってしまう。
正直、あまりにもやたらめったら使っているのを見ると、「……気持ち悪い……」とか思ってしまう。本人は「可愛いでしょーVv」という気分で使っているのだと思うけれど、子供っぽくなり過ぎてしまうのと、大抵自分の文章や書いてる内容に酔いしれまくっていることが多いので、「うわあ……」とゲンナリ。ちょこっと使ってるのは、それこそアクセントとして可愛いなあと思わないでもないんだけど。
あと、不思議なほど主婦の方に多く見られる。何でもかんでも「いいトシして止めなさい!」と言われるのって不愉快なものだけど、……この絵文字に関しては思ってしまう。主婦と言ったって年齢層まちまちで、何歳か、なんて判らないんだが。
あとは、純粋に文章だけで表現出来ないんだな、と思うと、読む程のものでもないか、と思ってしまうし。頼りまくってるようにも見える。やたらめったら多用しているのを見ると。顔文字の多用がややゲンナリするのと同じ感じ。
……なので、私は絵文字・顔文字は使用しないことにしてる。それこそ、友人との短いメエルのやり取りには便利だな、と思うけど。字数を使わずニュアンスを伝えるには便利だから。そういうことのためにあるんだろうとも思ってるし。

●「続きを読む」を多用している
これも、読むのが萎えるもののひとつ。そういえば、中には「続きを読む」があると読む気がしない・そもそも読まない、というひとも結構居るらしい。同胞が居たか、やはり。
自分で使う場合、「映画・書籍等で直接バラさない方がいい・バラすとマズイものに関する記述がある」、「特に読まねば読まなくてもいい程度の内容でしかない」時しか使わないので、「そこが本編で、そこがキモなんだよね?」な記事をいちいち「続き」にされて、……面白くなかったら最悪じゃないか↓ そんな、一応伏せておくほどのこと? とか思っちゃうし。もちろん、スクロオルが長くなり過ぎて、画面全体が間延びした感じになるのを避けるため、とか色々理由はあるのだと思うけれど。俗に言う「誘い受け」っぽくて(笑)個人的にはニガテ。
中には、面白いオチが待ち受けていたりして、そういうモノは読んでいて本当に楽しめるんだけど。大抵「……たいしたことないような……」とか思うようなことしか無かったりしちゃうんだよな、私が見に行ったサイトなんかでは。ううむ。

●いわゆるギャル文字文章
「ぁたしわ、小学⑤年生の女子ですo」……ははは、もう論外だな。文章として読む気にならない。「自分たちにとってフツウ」なんだろうけど、「公開してる」モノでソレはやめてくれ、と思う年寄りの私であった。単純に読みにくいし、そんな「読みにくいなあ」と思いつつ読む程の内容も無さそうなので(暴言)、読まない。「こ○ぴく」の名刺(自己紹介カアドみたいなもので、自分の好きな内容を書き込める)なんかでもよく見かけて、大して読みもせず、ソッコー削除してしまう。

以上3点、ぶ○ぐを読む気が失せるポイント。私の場合は「長文である」ということが読み手を遠ざけている、と思う(はっはっは)。
下妻物語 スタンダード・エディション
中島哲也
B0002X7IXC

小説は未読。買う予定ではあるけれど。

本日映画を観て参りましたの。友人と一緒でしてよ。
予告がかっとんでたので観てみる気になった、というひとは結構いるのでは。私もそのクチ。あの野ばらちゃんの原作をどう映画化するのであろうかと興味津々でもあったのですが。さすが原作者御本人にも好評とあって、面白い仕上がりになっておりました。場内も笑いに包まれておりましたです。

まずは単純に、深田恭子嬢が可愛い。ロリィタ服がお似合いです。
「BABY,THE STARS SHINE BRIGHT」のあのお洋服。惜しみなく手間暇かけてつくられたレエスとフリルとリボンの嵐。サマア・ドレス、ナイティなどのアイテムも可愛らしくてよ。alice auaa とかのハードめのがより好みだけれど、やはりレエスとフリルの乱舞はたまりません。目の保養。
そして「天然ですかい?」と尋ねたくなるほどに見事なまでのヤンキーちゃんっぷりを御披露下さった土屋アンナ嬢に拍手(でもって、ヤンキー・イチゴには地味ダサな過去があるのだが、この時のアンナ嬢もまた何やらいじらしさがあって可愛いのだ)。

これは、「セケンサマ」には背を向けて、あくまでも己の愛する世界にのみ生きることを貫こうとする、ふたりの女の子の出会いと、育まれてゆく友情を、笑いとヴァイオレンスたっぷり(?)に描いている物語。
設定とか描写がアレなだけで、実はとてもオーソドックスな友情モノではないかと思います。
ヤンキーとロリィタ。互いに好むところはまったく違う。
でも、お互いの好むところを無理に好きになることはせず、イヤならイヤ、とはっきり主張し合うものの、「否定」はしない。そこがこの2人の「友情」を育ませる素、かな。
お互いがお互いの好む世界に在るまま、それを否定し合うことなく、でも一緒の時間を過ごすことはできる、トモダチで居られる、というのは、簡単そうでいてムズカシイ。
相手が好むものを無批判に自分の中に取り込むことも、かといって何も知りもしないくせに否定もするでもなく、接点などなにも見つけられなくても、それでも、ヒトとして、ひとりの女の子と女の子として、共有できるナニカを見つけられる、そういう「友情」を得るのはとてもとてもムズカシイのではないかと。
それを彼女たちふたりはやってのける。ちょっと、時間をかけて。
何も同じセカイに在ることが、共通の趣味だの話題だので繋がるだけが、「友情」を育むわけではないのだと、すこーんと描かれていて、キモチよかったなあ。

もたれ合わず、主義を変えず、愛する世界も捨てず。それでも2人は互いを「友人」だと感じることができる。……シアワセではないですか。フリルとレエスで武装した(いやこれが彼女の日常のワアドロオブではあるのだが)桃子(深田恭子)が原チャリで爆走し、イチゴを助けにゆくシーンはおかしくも爽快。ロリィタ服で啖呵切るぜ! いいねえ。

しかし、観ていて思ったのですが、茨城県民はこの作品を、……許容できるのか?(笑)ついでに尼崎の人々も。それがちょっと気になるわ(私ははなわに自分の出身県の歌を歌われた時は、「畜生!」と思いつつ大笑いしました……いかんいかん・笑)。

ちょこちょこと小さい笑いを取りにきます。それも執拗に。そこがまた楽しかった。でもってちょっとセツナイところもアリ。
原作通りだ、とも言われているので、今度は文章で堪能したいと思っております…が、この文庫、なくなり次第通常版に切り替わる、というちょっとだけレアver.なのです。私は通常版が欲しい…。
しばらく待つことにします。
その前に、深田恭子嬢の写真集買ってしまいそうだわ。

それにしても宮迫(雨上がり)よ。無駄に演技巧くてどーする。

パッケージというかジャケットというか、やはりコチラ↓のスペシャル・エディションのが可愛いなー…。
下妻物語 スペシャル・エディション 〈2枚組〉
深田恭子 嶽本野ばら 中島哲也
B0001M3XHO

あとはコレ↓も欲しいわ。可愛すぎる!! お洋服がお似合い。やはり可愛いコが着てこそのロリィタなのね…(涙)。
深田恭子 in 下妻物語
深田恭子
B0001WGLZA
ゴミと罰
ジル・チャーチル
448827501X

大ざっぱに分類すると、ハヤカワと東京創元社は翻訳モノ、特にミステリ系に強い出版社。という思い込みが私の中にある。その認識、間違ってもいないが、むろん、正確でも決してない。
でもって、ミステリといえばクリスティだのディクスン・カーだのクイーンだのを思い出しがちなオールド・タイプの人間。
クリスティ作品の版権の大半を独占しているハヤカワからほぼすべての作品が刊行されいる、というわけのわからない理由で勝手に肩入れをしていた。ポケミスとかもあるしなあ、とか、装訂いいのが多いなあ、そんな理由で。どうせこだわるなら訳者だのにすりゃあ格好もつくってのに。

クリスティ作品は統一感のある真鍋博氏のイラストで彩られ、それがたいそう上品かつ内容に添っていてとても好きだったのだ(よって、現行の「クリスティ文庫」を激しく憎んでいる・笑。何もあんな表紙にしなくったって…・涙。何かありきたりで安っぽい雰囲気になってしまったのがとても残念。判型も違うし! でも、新訳そのものは歓迎する向きはあっても、あの装訂、ファンにもあまり好評ではないらしい……)。
…そんなしょーもない理由で創元推理文庫にはなーんとなく触れずに人生の今に至るまでの大半を過ごしてしまったのだが。

……私が馬鹿でした……。面白いものは面白いのねん…↓

きっかけはこの本。
料理で読むミステリー
貝谷 郁子
4140880554

この本自体もとても興味深いです。料理とミステリが好きならオススメ。著者による作中登場する料理の再現?レシピ有。
この本で紹介された作品はどれも面白そうだったり著名だったりで今すぐどかんと買い揃えてどっぷり浸かりたいくらいなのだが、ふとまず選んだのはジル・チャーチルの ジェーン・ジェフリィ シリーズ。
第1作目は『ゴミと罰』(原題:"Grime and Punishment")。
シカゴに住む3人の子供を抱えた未亡人。ひょんなことから事件に巻き込まれ、いつしかそれを解決する糸口を見つけて…という、cozy mystery の定番のような設定。
アメリカの主婦の日常描写が、いきいきしていて(大変そうで)、これがいい。しかも、その日常の描写が作品のキモなのだ。ジェーンがトリックを看破したり、そうなるきっかけは、彼女を取り巻くもの――「日常」の中に潜んでいる。彼女はそれを見逃さず、理論的に考えを導き出し、結論を出す。食事をつくり、学校の送り迎えは当番制、飼い犬・猫の面倒を見、庭を手入れし、買い物にでかけ、子供たちの長電話に目を光らせ、ご近所やPTAの集まり、とつきあいも忘れない。ああ、日常こそが戦場。
最初の事件で知り合った年下の刑事・メルとのほのかなロマンスもちょっとしたスパイスになっている(もっとも、メルは彼女の鋭敏さに敬意を表してはいるものの、事件と言えば遭遇するので少々迷惑…否、心配な様子・笑)。
本格ミステリ好きには物足りないのかもしれませんが、アメリカの日常生活の雰囲気が伝わってきて、私はそこが好き。何せジェーンはばりっばりの専業主婦! だし(未亡人なのに専業主婦で居られる理由は本編で御確認を♪)。
隣家に住む親友・シェリィとの忌憚ないおしゃべりもまたよし。
日本にナンボほどあるんじゃ、と言いたくなるほど数ある変な離れ小島にあるみょうちくりんな館に行っちゃあ人殺しに遭遇してるヒトたちの話も悪くないけど、私はこちらのほうがより好みなようです。日常の些末な描写あってこそ、のコレが。
不機嫌な顔した古書店経営する憑き物落としの拝み屋だって、大好きなんですけれどね。

このシリーズ、必ず名作のタイトルのパロディになっていて、ファンにとってはそれも楽しみのひとつ。いちばん最近の作は「エンドウと平和」ときてます(原題は "War and Peas"!)。邦題も原題をちゃんと活かしたり、どうしてもゴロが悪いと内容に添って、別な名作のタイトルのパロディにしたり、となかなか手が混んでいて、そこもまたスバラシイのです。
ミステリとしてもなかなかの出来ではないかなあと思います。
主婦ならずとも、お暇な時に御一読あれ。

蛇足ながら、私が一方的に「あんまりイクナイなあ…」などと思っておりました装訂ですが、創元の文庫のほうも、慣れてしまえばこれはこれか、と(ただ、カヴァーの紙質が薄めなので、耐久性が低いような気がする…汚れやすいし)。作者のJ・チャーチル自身は、日本語版の装訂がもっとも気に入ってるのだそうです。
パズルDE貯金箱・1ドル札
パズルDE貯金箱・1ドル札
学生時代に「海外研修」と称してアメリカに行った。
姉妹提携している大学のキャンパスにある dorm を借りての生活が基本ではあったけれど、ホーム・ステイもすることができた。学生たちがそれぞれの家庭に任意で振り分けられ、散ってゆく。だいたいは2~3人が一家族にお世話になる。私ももう2人(でも2人のうち一方は名前すら憶えていない…ほとんど会話なかったしなあ…)と一緒だった。

お世話になった家庭は、夫婦に子供2人の4人家族(しまった。5人家族だ。オンナノコを追加。ただし犬)。家そのものは、向こうの家にはしてはこぢんまりしていたけれど、そのかわり(?)庭が広々として気持ちよかった。子供たちが走り回るのに十分なほど。

ホスト・マザーの御実家の御夫婦が私たちを招いて下さった。
女性陣(ホスト・マザーとその御母堂)がディナーを用意したりして下さっている間、私ともうひとり――とりあえずMさん、と呼ぶことにする――はホスト・マザーの御尊父に「もてなして」いただいていた、のであった。
彼はかつて新聞記者だったのだそうで、御自身が書かれたのだという記事のスクラップを誇らしげに見せてくれた。見れば壁に色々と賞状が貼られているし、トロフィのようなものもあちらこちらに点在しているではないか。過去の「勲章」なのだ。

「ねえ、言ってること、わかる?」。Mさんがこそっと尋ねた。
「ううん。正直、声がくぐもってらして、よくわかんないとこも」。
ホスト・マザーの御尊父は、現役を退かれてからすでに10年以上は経過してらっしゃるようにお見受けした。すなわち、かなりの御高齢でいらしたのだ。子供の英語がちょっとたどたどしてくわかりづらいように、高齢な方の英語もまた、慣れぬ私たちには少々聞き取りづらい。
でも、ゆっくりと、懐かしむように話して下さって、その時間がとてもゆるやかで心地よかったのは確かだった。なーんとなくの理解でしかなかったけれど。
「これは、その新聞社からもらったものなんだ」と立派な置き時計を見せて下さった時の笑顔はとても誇らしげだった。

「君たちにささやかだけど、プレゼントをあげるよ」。
銘々に、ちょっとだけ古ぼけた緑色の紙が手渡された。
「2ドル札だよ。もうつくられてないんだ。うちにもあと何枚かしかない。でもせっかく日本から来てくれたお客だからね。たいしたものじゃないけど、少し特別な物だよ」。
私にはとても嬉しい贈り物だった。だって、もう発行されてなくて、それなりに希少なモノでしょう。それをわざわざ下さるなんて! しかも何日か滞在する、見ず知らずの日本人にー!!(涙)
「君はこっちで誕生日を迎えたんだって?」。
私を呼んで、御尊父が言う。
「おめでとう。さ、ちょっと手を出してごらん」。
私がはてと思いつつも手を差し出すと、ひらん、と何かが触れた。
「君にはもう1枚。何せ、誕生日だからね。娘(ホスト・マザー)
からさっき聞いたから、何の準備もしてなかったんでね」。
「え! でももうあまりないものなのに! もう十分に頂戴してますから!」とか必死で遠慮したら、「いいんだよ、記念だよ」を繰り返して笑うばかり。

帰国後、1枚は父に「家宝にするがよい!」(笑)と譲り、もう1枚は大切に大切にしまってあります。

帰国して何度かホスト・マザーと手紙のやり取りをしたけれど、ある日悲しいニュウスが綴られていた。

「父が、病気で亡くなりました。高齢でもありました。でも皆に愛されて、神様の元に召されたのですから、悲しいけれど、父は幸せな人生を送ったと信じています」。

…そういう内容の手紙でした。しばらく呆然。確かに御高齢ではいらしたけれど。いつかはみんな、誰だって「その日」が来るんだけど、けど、…。

私は彼らにとっては、ほんの一時、一緒にボランティアで過ごしたたくさんの中のひとりでしょう。でも、あの背の高い、笑顔の優しいハンサムな御老体のことは絶対に忘れないだろうな、と思います。

2ドル札は私の大切な宝物です。
あらゆる意味で、もう手に入らないものだから。
マツケンサンバII
松平健 吉峰暁子 宮川彬良
B000244RYY

私の友人は高校で非常勤講師をしている。でもって、歌舞伎の大ファン。九州在住で、「博多座」に足繁く通っていた頃があった。
「博多座」は上演する演目ジャンルを問わない。歌舞伎ありミュージカルあり宝塚公演あり。
ある時学校の休み時間、ひとりの生徒と観劇について話す機会があったとかで、「どういうのを観にいくの?」と尋ねたそうな。そうしたら。彼女から返ってきた答えとは。
高校生にして、松平健「サマ」の大ファンだ、というのである。
……し、シブイわね、アナタ。
友人から話を聞いた時、思わずつぶやいたわよ。
「でしょー? それだけでもすごいのにねー、その子が言うにはですね、『マツケンサンバ』っていう歌が、あるらしいんですよー!」
…………はい?
「サンバ? サンバって、あのサンバ? こう、サンバ・ホイッスルぴーぴーぴーぴぴーぴーぴぴーぴ♪、みたいな、あれ?」
(その表現もどうかと思う。知識が乏しいにもほどがあるだろ)
「ま、そこまでかどうかは私もよくわかんないんですけどね、何か、エライぎらんぎらんの衣装着て、ああいう公演って、2部構成になってて、2部で歌謡ショウみたいなの、やるじゃないですか。その時に歌うらしいんですよ!!」

九州に住まうことになり、件の友人と出会う前、私が住んでいた街でも彼の公演がありました。かなり何度もチケット販売及び日程の告知CM流れてましたねえ。その時、マツケン(すでにこう呼ぶ)がですね、花柳社中の皆さんみたいなのをどばーっとバックにはべらしーので歌い狂っておられる映像が流れたのです。

上様、御乱心召されたかー!

(いや、どっちかってーと、乱心してるのは私なんだが)
砂に吸い込まれて蹄の音など響かぬはずの海辺をぱっぱかぱっぱかウマ走らせた時だって、弓矢の練習する腕にBCGの跡をうっかり見つけた時だって、妾はこれほどまでに吃驚致しませんでしたわ!(あまりのショックに一人称まで壊れる)ボックスみたいなステップまで踏んじゃって……あああああ…。
その着流しはどーなの~~~? その踊りは~~? うた~~…当時周囲に触れ回り、皆でその歌を歌ったものです(笑)。あまくやさしいめをしてる~~~~ぅ♪(←なんて唄なんだろう……)
ショックは共有することでやわらぐのよっ。一部友人と「舞台観に行くか!?」まで盛り上がったね!

後日、その友人が「これ、例のコが貸してくれたんですよー」とパンフレットを差し出した(当時は私も九州在住)。
「マツケンサンバ」。ああああああ楽譜付で掲載されてるよ…。
すげえ! すごすぎるよ、マツケン! 
つかシブい趣味の女子高生にぶらぼー!

……とまあそんなわけでCD発売である。喜べ下々の民草よ(涙)。ただいま絶賛予約受付中である! 頭が高い! 値も高い!(ちょこっとだけね・はぁと)かてて加えて「Ⅱ」よ、「Ⅱ」!! 
「マツケンサンバ」は「Ⅰ」も「Ⅱ」もあるのよ! さらに言うなら「マツケンマンボ」だってあるわ! いっそ「マツケンテクノ」に「マツケンボッサ」はどうよ!? あまりのことに思わず購入を考えてしまったわ。
これを聴いたら、多少の悩みは一気に吹っ飛ぶ気が致しましてよ。
特典DVDもついて来るんですってよ、奥様! やっだー!
見て頂戴、このジャケ写! 今こんだけヒカリモノが似合うのはサバかコハダかマツケンくらいよ!(完全崩壊)

いや、もう、ねえ…。流石で御座います、上様……。今度井戸から巷に抜け出して、あっしの町にも来て下せえ。みらあ・ぼおる用意して、長屋で待ってやす…。
摩天楼(ニューヨーク)はバラ色に
マイケル・J・フォックス ハーバート・ロス ヘレン・スレイター
B0006M17VI

「マネキン」という映画が好きだと言った超! 映画好きの知人に「へえ…これが好きなんだ…」と言われた作品。この場を借りて彼女に私信。……「お互い様だろ!」(笑)。

別にM・J・フォックスの熱烈なファン、ではない(いい役者さんだなあ、とは思っても)。とにかくこの作品が妙に好きなのだ。
「ベルリン・天使の詩」をワカッタフリして「アレはイイよね」とホザくくらいなら、私はこれを傑作だ、とヌカしてみせる。

コメディです。ベッタベタに。
"Tha Secret of My Success" という原題通り、ある青年が社会に出て成功を収めるまでの、ベッタベタなわっかりやすいサクセス・ストーリィです。でも好きなんだ。いい。好き。何回も観てしまう。

ド田舎から大都会N.Y.へ。喧噪と雑踏。なかったものだらけ。足を棒にして就職活動する(この状況を笑って見られる新卒者は果たして今の日本にどれくらいいるのだろう…)ものの、どこへ言っても不採用。ポっと出の若輩をハイハイと雇う「慈善事業家」など、生き馬の目を抜くココには居ない、のだ。
叔父を頼って入社するももらった仕事はメール・ボーイ。部署から部署へと渡り歩いてそれぞれに届いた手紙を渡す、……それだけ。ホワイト・カラーとブルー・カラーの歴然たる違い。
ところがひょんなことから会社の重役に成り済ますことに成功して、そこからはもう転がる石。止まらない勢い。爽快? 痛快!
二重生活を始めてからの主人公がイキイキしてて、観てて楽しい。恋も仕事もどっちも手にすべく、大奮闘する。いいねえ。

N.Y.の早朝、眠れなくて部屋の窓から下を見下ろすと、もう街が目覚めてんの。ゴミを集めたり、掃除してるひとがいる。
それが滞在1日目、初めての朝。
ああ、この街で今あたしみたいに眠れない夜を過ごして珈琲啜ってるひとがいるかもなあ、とか。仕事をようやく終えて家路を辿ってるひとがいるかもなあ、とか。ひょっとしたら恋人と眠ってるのかもしれないし、誰かが路上で冷たくなってんのかもしれない。毎日誰かが成功を夢見てふんばってるかもしれない、成功収めてペントハウスから地上見下ろしてるのかもしれない、惨めな気分で昨日食べ残したテイク・アウトのヌードルをマズそーな顔して食べてんのかもしれないし、明日死ぬかもしれないと思いながら犬を抱き寄せてるかもしれない。
私にとっては、N.Y.というのはそういう街。
今も誰かが明日の成功を夢見て、必死に、あるいは軽やかにでもみんな精一杯生きてるんだなあ、と感じさせてくれる所。
綺麗も汚いも綯い交ぜになって、確かにそこに在る、という。
……どこだって同じなのにね。同じなんだけどなあ。

立ち並ぶ摩天楼(skyscraper とはよく言ったものだ!)は、上を見て歩くためにあるのかしら、と思うほどよ。俯かずに歩いていくために。
俯いてもまた見上げることができるように。いつか来る日の成功を(あるいは挫折を)見据えられるように。

ギリなとこがこの映画のキモ、かなあ。
「あるわけねえだろ! と思うんだけど、もしかしたらあり得る? つかぜってーねえ! って思う反面アリかもしんねー」という、絶妙にギリギリなとこ。まさに American Dream ってヤツで。
ありそうなんだもの。あの街居ると。あの街だったら。
観ながら「ありえないって!」とツッコんだって、どこかで思ってる自分に気づく。「あるかもなあ」って。
「この街」ならあるかもしれないよなあ、って。
「絶対ある」とは誰にも言えない。なら「絶対ない」とも誰にも言えないんだから。
「あるかもしれない」という希望をこれだけ鮮明に楽しく描かれて、逆にそうではないかもしれないところまで勝手に感じながら観る。

誰が名作と認めなくとも好きだなあという映画、というのは誰にでもあるのよねえ、と。思うのでございます。はい。

いいなあ。この映画。大好き。
ハングル手紙の書き方―手紙・FAX・Eメール
古田 富建 金 勇振 倉本 善子
4877312390

タイトルのネタ元が古すぎる…。色づく街をー歩いているとー♪

もう随分昔のこと。何人かの韓国の同世代のひとと手紙のやりとりをしてました。きっかけは語学関係の出版社「アルク」の募集。「『日本語ジャーナル』の韓国語版で、日本語を学ぶ韓国のひとたちと文通したいひとを募集しています」というような告知があって、応募してみました。興味本位と好奇心で。
数ヶ月後。来るわ来るわ、エア・メイルが週に何通も。こんなに来るとは思ってもみなかった…(人数でいくと、最大で17~18人くらいはいました…返事出すだけで大変)。おまけに女性希望、と書いたはずなのに男性からまで届く届く(なーぜー無視して寄越しやがる~~!!)。
でも大抵はいつの間にか返事が来なくなって自然消滅。最終的にはたったひとり、同い年の女の子だけになりました。
彼女との文通は本当に楽しくて、届くのが待ち遠しかった。カラー・ペン使ったりシール貼ったり、いかにもオンナノコー! な工夫も嬉しかったなあ。クリスマス・カードをやりとりしたり。

とても積極的というか、とにかく日本語で実際に話してみたい、と思ったのか、私の電話番号を尋ねるや、国際電話をくれました。当時の私は奨学金もらってガッコに通う立場で、バイトらしいバイトに専念したこともなく、国際電話なんてとてもとても、という状況だったけれど。時差もないから気兼ねもナシ。
積極性ここに極まれり、といえばいきなりの来日。私の住んでた街に遊びに来てくれて、下宿にご宿泊~♪ 色々案内して、夜遅くまで話し込んで。懐かしいなあ。

でも、email が一般化し始めて、彼女がアドレスを取得して以来、引越の多い彼女となかなか連絡が取りづらくなって、とうとう今では音信不通になってしまいました…。
とても残念。私がPCを入手したのは割合最近。友人がアドレス取得した頃はソウルあたりではとうにネット・カフェが増え始めて…という頃だったので、彼女は自宅にPCがなくてもネットできたのよね。対して私は携帯自体もかなり遅れて持つようになったし(何度かは携帯にメールをもらった)。住んでる街が田舎だから、ネット・カフェすらないわよ~↓

慣れないハングルで宛名書いたり(たいていは、彼女のほうが私のために漢字で表記していてくれたんだけど、急いでたのか時々ハングルで書いていたこともあって、前の手紙の封筒が見つからなかったりすると、それをトレースするしかなく、……頑張って書きましたよ。よく届いたなあ…)、互いの国のアイドル雑誌を送り合ったりもしました。
当時彼女はSPEEDが好きで「ヒロコ、歌うまいし可愛い!」と手紙くれたなー。私は宇多田ヒカルを推してたんだけど(笑)。どうしてるんだろう。元気だといいなあ。

印象深かったのは、とある男性からの手紙で、何と当時徴兵されて軍事教練参加真っ最中、という方。ひえええ!
「お元気ですか? 僕は今、レーダーを見ています。……」
す、すごい手紙だ……。レーダーレーダーレーダー…(エコー)。
海軍所属だそうで、艦橋らしきところで仲間に撮ってもらったと思しき写真が一葉添えられたこともありました。ちょっと幼さの残る顔と、制服の醸し出す雰囲気が合わなくて、なんともアンバランスだった。
「確かに訓練は厳しいですが、男たちだけの清い世界です」。
どああああああああああ!!
イヨーに衝撃を受ける手紙でした…。のちに「同性愛」をテーマに卒論を書いた友人にはイタくウケておりましたが(いや私もかなり……)。
韓国では、新婚旅行に花嫁の親友がくっついていっちゃうことも、という話をアルクの会員用情報誌「CAT」(今は「CLUB ALC」)で読んだことあるけど(つまり、そんだけ仲がいい、らしいんですが…ちょっと…うーん)、男性同士の友情も同じつらさを乗り越えた同志、みたいな共感なんかを以て結ばれるのかしらねー、などと思ったり。そういや「JSA」観た時アホ泣きしたなあ……。

当時は英語の学習で精一杯(日文専攻なのに、英文の講義も取り、自分から出席を請うて予習もせんで出席、なんて失礼過ぎ! と思って、日文・英文に専念してたのです)で、「韓国語なんて私には無理!」 と思ってたけど、今にしてみると、やっておけばよかったなあ、とちょっと後悔。そしたら「ホテル ビーナス」ももっと楽しめたかも、だしSHINHWAカラオケで歌いまくりだし、韓国人の友人(前の職場仲間)とも、あれこれ盛り上がれたのになー(お互いの年齢の話になった時、「最初に相手に年齢訊いて、自分より年上だったら『~お姉さん』とかつけなきゃダメ、なんでしょー?」と訊いただけで「詳しいねえ!」ときた。私レヴェルでもまだ「詳しい」ほう!? どんだけ田舎だ…↓)。
遅まきながら、英語もやりつつ、韓国語もやってみようかなあ、などと。思ってみたり。
「ねえ、何かいい教材ってあるー?」と件の職場仲間だったYさんに訊いたら。
「えー? ダ○ソーにあるじゃん。あれでいーよ、あれで~」
……マ、マジっすか? 購買意欲はそそられるのだが、学習意欲はそそられるものなのか? …今度確認してこねば。
WSD ( Woman Self-Defense) 戦闘糧食II型 「それゆけ! 女性自衛官」バージョン
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本日、ランチにMREのメイン・ディッシュを食べました。
……いきなりカーキ色やカーキめいたサンド・ベージュ色の袋をがさごそと取り出すアヤシイ女…見るな…誰もオレを見るなー! ……という気分は味わいたくないので家で食べるのでございます。外で食ってナンボかしら、と思わなくもないんだけど。いずれにせよアヤシイ行動をしているひと、には間違いない……。

加熱用のバッグですが。結果からいくと、やはりムラがありました。
これは、指示を遵守するよりも、すなおに発熱剤(?)にまんべんなく水が触れるようにひたひたにするのがベターのよう。だって、ホントに水に浸ったとこしか熱くならーん!! 軍規には触れまい。次回はひたひただ、ひたひた!!(いや、アンタ米軍に所属してないし)
おまけに、加熱して食べるべきであろうものが2種類あったけど、2つを一度に、は無理!! 余裕、とかそういうものは考えんのか! ひとつでもキツイくらいでありました。ぎうぎうですよ。

とりあえずハムは鍋に湯を張り、そこでレトルトまんま茹でる。で、もうひとつ、バタで味付けしたとかいうパスタをバッグで加熱することにしたのですが、…半分しか加熱できない…。何だって昼食食うだけにこんだけ手間をかけているんだろう、実際従軍中はそんなんなっても冷たくてごわっとしたのを食うのか、とか空腹のせいかいらぬ考えがぐるぐる駆け巡る始末。

ハム。…うーん。何て言うんだろう。こう、 texture が。むに、ともふ、とむち、を足して3で割ったカンジ…。「お~にく~♪」というのとはちょっと違う。日本でよく食べてるハムとは違うなあ。あ! ちょっと、こう、かすかすしてる気がする! 肉汁ぎうぎう、のジューシィさがない。歯で噛み切ると、あっさりほぐれてきちゃう。「肉食ってるどー!!」という食感ではない、気がします。塩気は強め。肉体労働には塩です。ナトリウムです。摂取必須!

意外にも美味ではないか、と思ったのがヌードル。強いて言うならタリアテッレみたいな幅広のパスタ。クセがない(ちなみに、ハムのあとに同じ鍋にやはりレトルトの状態で加熱し直しています)。思ったよりクドくもなく。塩気もちょうどいいくらい(私は本来塩気が強いほうが好みだがこれはちょっと控えめで、でもそれがいい、と思った)。でもタバスコ馬鹿(何にでもかける。カレーにもかける。納豆にもかける。ホワイト・シチュウにもかける。ウマー)なのでタバスコを加える。あーら、もっと美味♪

炭水化物+動物性脂肪及び蛋白質……日常がっつり食ってはいかんナイスな組み合わせですが、働くひとには有益なハズ! 贅沢言わなければ食べられるお味ではないかと思います。少なくともこのメニュは。別なのがそうとは限らない~~↓

あと一袋控えておるですよ。「ビーフ・テリヤキ」…。日米融合の究極メニュ、牛の照り焼き!! 美味いのか!? 美味いんだろうな!?

……実は某サイトですでに試食レポートを読んだ私はすでにちょっと萎え萎えだったりするのだった……。

いいえ! 食べてみせますとも!(失うモノなど何もない!)

とりあえず、賞味期限切れててもヘーキっつーことは我が身が実証。
ああ、楽しみだなー(棒読み)。
ミリメシ食べたい No.1
4846527115

MRE。Meal-Ready-to-Eat, Individualのことで、要するにC-ration。コンバット・レイション…野戦食…非常食? 米軍の携行食糧です(あ、「戦闘糧食」が正しい、のかな)。どうやら1食分が一袋に入っている模様。
沖縄あたりでは結構簡単に入手できるみたいですし、ネット上で販売してくれるお店もあるのでさほど珍しくもないもの、だったんですね。私は頂戴するまでその存在を知らなかった。C-ration、K-ration くらいで知識が止まってました(古…)。

20041216204746.jpgカーキ色と茶色の中間くらいの塩ビっぽい袋。もうぱんぱん。どんだけ中身入ってんだ!? ぐらいあります。つーか、こんだけデカくてほんとに「携行」用なのか…?(それを言ったら自衛隊のはほとんどが缶詰だ…重いぞ…)まあ身体が資本だし食べぬことには十分に活動もできないから量的には少ないくらいなのかもしれないけど(自衛隊で、隊員が駐屯地内で実際に食べている、という食事をいただいたことがありますが、結構なボリュウムでした。トンカツ、どん!! キャベツ、わさっ! ごはん、もふっ! …というカンジで。でも食べ盛りの若いひとや働いてるひとにはこれくらいは要るよね、という量。フツーに、美味しいです。食堂は学食をもっと整然としたカンジでした。見学者なんてそう毎日のようにわさわさ、それもオンナばっかりで来るなんてないので注目をあびまくりながら食べました。見ないでくれよ……↓)。
自衛隊のだと(私が知ってた頃は)缶詰が主流で、鰹風味の沢庵とか、なかなか美味しかったです。まぐろみたいなちょっと煮ちゃうとのど越し悪いかなー、という魚はやはり水が欲しくなります。白飯より赤飯がうまい、らしい。

もらったのはメニュ・ナンバー3「ビーフ・テリヤキ」とナンバー4「ハム・スライス」の2種。これがメイン料理ですね。
4はすでに開封済み。…出てくる出てくる。すごいわ、これ。すべてレトルトや真空パックになっていて、年単位で保ちます。ひとつひとつ、すべて細々とカロリーや原料が記載されてる。義務づけられてるんだろうか…(多分、というか確実にそうだろう)。
中身は…
1:Cooked Ham Slice with Natural Juices Smoke Flavoring Added Packed in Water
2:Noodles in Butter Flavored Sauce
3:Vegitable Crackers
4:Cheese Spread
5:Pound Cake(味にヴァリエーション多少アリ)
6:Cocoa Beverage Powder
7:Iced Tea Drink Mix(レモン・ティです)
8:Tabasco(いちばん小さい瓶。可愛い)
9:Iodized Salt
10:Gum(すげえ色。ライム・グリーンなのでそんな味?)
11:紙ナプキン、マッチ、ウェット・ティッシュ
12:加熱用バッグ+加熱剤
…「11」で細々したものをまとめてしまいましたが、これで全部。このうちの3、4、5、7は試食済みです。
クラッカーは歯ごたえがあって固め。噛む回数が多いと満腹感に繋がるからでしょうか? それともアメリカ人の好み? これはどのMREにも大抵入っているみたいです。
チーズ・スプレッドも同様。乳製品は必須よね、うんうん。色の濃いチェダーっぽいもので、クラッカーにつけて食べる模様。…ちと塩気強めだったかなあ…働くひとには塩分不可欠。
パウンド・ケーキはもっちり固め。ざっくり、とかさっくり、とかどっしり、とかではない…かな。もっちり、じなっとしたカンジ。アイス・ティはフツー。「ああ、紅茶飲料だねえ」という。紅茶ではなく、「紅茶風飲料」。そういうお味。

メインの料理は加熱して食す。一応熱々(?)が食べられるのね。加熱用のバッグは袋に説明書きがあるのですが、まだちゃんとは読んでおりません↓ でも、おそらく水を使用するので石灰等と化学反応を起こさせて発熱するものかと。
……この中に入ってる heater の性能にはムラがあるらしく、ちゃんと十分に発熱するものもあれば不十分なものもあるそう。……おのれアメリカ! そんなところで従来のザッパさを発揮か!
デザート(甘みのあるもの)まであって、…興味深いですなあ。一応糖分も必要だから、とか、それなりに栄養バランスを考えた結果、なのかもしれません。でも戦場でケーキ……。
野菜はちょっと少ないかなあ…。ナトリウムは豊富そうだけど。あ、ちゃんと vegitalian 用のMREもあります。
宗教上の問題・個人の嗜好、…色んなひとたちで構成されているから、そういうのはちゃんとしてる。そういうとこは、ね…うん……。
ちなみに、「ひとつひとつパック入りだし、ゴミとかどうする!? 置いていくのか!?」などと思われる方がひょっとしたらいらっしゃるかもしれませんが、それはないかと。戦地にあって自分たちが居たという形跡を残さないのは基本でしょうから。大変だろうが持ち帰るハズ(多分…。その場で焼いて処分、も考えられないし。煙出してどーする! 土に埋めたら自然に還る素材だったりする?? でも掘る→埋める、もうまくやらないと時間かかるし形跡バレバレだし)。

「米軍 MRE」で検索をかけてみると、販売してくれるサイトもひっかかりますが、それ以上に「試食レポート」にかなりぶち当たります。……これがまた面白い。やはり味覚はひとそれぞれ。「美味しい」、「食える」という好意的な意見もあればバッサリ切り捨てるような批評まで、まさに千差万別です。「昔は不味い不味いって言われてたけど、今はかなりマシ」というのが平均的な意見らしいですが。
韓国にはビビンバもあるんですってよー! …すごいなあ。

私も開封しちゃったのもそうだし、もう一袋あるので、試そうとは思ってるんですが。問題がひとつだけ。……賞味期限、切れちゃってます……。
自衛隊の方が「この間の合同演習の時もらったんで、お裾分け」とわざわざ下さったんですが、ああ、もう2年は経過したわ~↓ でも食うぞ、私は! 菱沼聖子ぐらいの胃袋はあるハズだ! 
試したら多分ここでレポートします…生きてれば。いや、食って生還してみせる!(…決死の覚悟かよ)。

…テーマ、一応「ぐるめ」にしましたが…間違いですね…。
英語のサインを読む―アメリカ生活情報早わかりマニュアル
清地 恵美子
477002519X

サブタイトルが「アメリカ生活情報早わかりマニュアル」、となっているだけあって、日常生活に根ざした情報満載。
旅行でアメリカを訪れた時に、わからなくて失敗したことがいまやいい思い出になっているヒトにも、今実際に旅行に行こうとしてるひとにも楽しく読める本だと思います。飛行機の中で熟読して現地に降り立つのも一興かと。
今実際にアメリカで生活してる方? …多分、お隣さんにでも訊いたほうが早いでしょう(笑)。

タイトル通りまさにサインの読み方を教えてくれる本なのですが、広告・看板に留まらないところがいいのです。面白い。
self-serveでの gas station 利用法、スーパーやデパートのセールのチラシの読み方、食品のラベル表示、市販薬の箱の説明書きの読み方、なんてのまで写真付きで解説してくれてます。さらには、単に実例を挙げて解説するだけでなく、関連して使えそうな単語やフレーズ、言い回しの紹介、生活で出会うであろうさまざまな状況を踏まえた上での解説・コラムもたっぷりで読み甲斐(?)もあれば活用度も高し。

2000年発行の本ではありますが、今も活躍してくれるでしょう。でもこれも今は入手困難らしく、一度検索をかけて流通在庫がどこかにないかと調べまくったら、とうとうN.Y.の紀伊国屋書店にあることが判明して、愕然とするとともに大笑いしました。
この本、空港に到着するところから始まりまして、車で街まで行き、ガソリンを入れ、ホテルにチェックインし、必要に迫られたら買い物に行き…と私たちが経験するかもしれない流れに沿って構成されているのです。そうか! 実地で経験を積みながら、最終的にこの本を手に入れられるのね! そりゃすごいわ!
てなわけで私はチケットを手配し…と、世の中さすがにそこまでは都合よくできておりません。残念なことに! その後、運良く中古品を入手いたしました。

でもって、最近これに似たコンセプトの新書が出ましたので、そちらも購入してみましたが、こちらもなかなか楽しいです。
英語の看板がスラスラ読める
尾崎 哲夫
4106100606

こちらは本当に看板・町中で頻繁に見かける注意書きやポスターにしぼって、写真も豊富に掲載して紹介してくれてます。こちらも、少ない語数で効果的に宣伝したり告知してくれるものを私たち日本人の持つ常識や知識だけでは補って理解できない点まで丁寧に解説してくれているので、たいへん参考になります。関連語彙や活用度の高そうなフレーズも豊富です。

私はあまり地道なタイプではなく、恐ろしくものぐさで、せっかくリピーティング用のテキストを購入したり、あれこれと教材めいたものは所有しているのですが、熱心に取り組めるのは数日ばかりで、あっけなくダウン。よって、会話力は高いほうでは決して決してありません。中学生ぐらいで習う単語を無理矢理繋いで会話している、というカンジです。よく相手がわかってくれるなあ、と感謝。
でも、結構誤魔化しがきいている(?)のは、こういう本からあれこれと知識をいただいているから、かもしれません。知らない単語が出てきても、何となく察することができる。大した会話力も語彙数もないのに、妙な知識だけはあるので、時々 native に怪訝そうな顔をされておりました。
これで英語学習に対する根気とやる気を持続できたら、今よりもう少し会話を楽しめるようになるのにねえ(←他人事…)。 
ピンキーストリートへいこう! (Street1)
Pinky研究所 BABYsue Vance Project
4925148575

オンライン書店ビーケーワン:ピンキーストリートへいこう! Street1
「Pinky:st」。「ピンキー・ストリート」と読みます。ふだんはブリスタ・パックに入って、模型屋さんとかおもちゃ屋さんなんかで売ってるらしいです。
ピンキーストリート #001 PK-001
ピンキーストリート #001 PK-001

一種の着せ替え人形なんだけど、既存のものとどう違うかというと、パーツの組み合わせの変化で「着せ替え」を楽しめる、という点。
頭(顔)、髪(前髪・後ろ髪)、上半身、下半身、で分かれる。各パーツを繋ぐジョイント部が共通サイズなので、他のフィギュアとの互換性があるわけです。
通常着せ替えは、人形そのものがあって、衣服を替える、という行為で成り立つわけですが、このフィギュアの場合、脱がせる/着せる、という通常の行為は基本的にはできません。あくまでもボトムスとトップスのコーディネイト、それに合うヘア・スタイルの模索、が楽しめるようになってるんですね。加えて多少付属する小物(バッグや制服のリボン・タイ等)。すでに10種類以上販売され、それぞれのヘア・スタイルや表情、瞳の色が異なっていて、ファッション性も微妙にそれぞれ変化を持たせてあるので、買えば買うほど組み合わせのヴァリエイションが増えることになります。
おまけに、ちゃんとイマドキの10代の女の子を意識したファッション性。可愛いなー。純粋にフィギュア、というよりも、パズルみたいなカンジかも。ブロック、かな。
20041216204759.jpg組み合わせ次第で自分だけのピンキーをつくれる、というところが大きいオトモダチにウケた、のかもしれません。そうか…男のひとも着せ替え遊びしたかったんだね…(まあ、今に始まったことでもあるまいがっ)。ちなみに写メはウチのぴんきーず。

日本人のこういうモノを生み出すチカラ、はすごい。欧米の方々には理解できないらしいです。あののっぺりとした、凹凸に欠ける「絵」を3次元に起こす、というのはできないらしい。特にあの顔立ち。正面向きの顔と横顔の、カタチとしての整合性が、アチラの方には理解しづらい、のでしょうか。
アメコミ・ヒーローの、たとえばスパイダー・マンとか、フィギュアがアホほど出てる「SPAWN」シリィズは、元々の絵がリアルだからこそあれほどリアルなフィギュアがつくれるようです。"Star Wars"なんかは実写(CGたんまりだけど)だし。

デフォルメされている世界一有名な鼠キャラだとか「シンプソンズ」のようなキャラクタアでも、それなりに立体感のある原画等からフィギュアの原型を起こしてる、のではないのかなあ。鼠キャラのスタジオの原画を見ても、あちらの作品は実際の人間の動きを取り入れたりしてつくるので、最初からかなり絵の中にも立体性があるんだと思う(「白雪姫」なんかは確か実写をコマ撮りして、それを元に絵を起こしていったからあれほどドレスの裾が踊る様がなめらかに動いて見える…とか何かで見た気がする…違ったっけ?)。

かつてN.Y.のアニメ・ショップ(もちろん、「アニメ」と言ったら日本製のアニメーション)に立ち寄ったことがあるのですが、すでに「セーラームーン」が輸入されてまして、朝っぱらから放映されてました。人気あったみたいです。で、アメリカでもオリジナルのフィギュアというかソフビの人形つくって売ってたんですけれども。これがねー…ヒドい出来でした(笑)。つまりは、あの絵を、どうカタチとして起こしていいか、わからないんだと思う。目・鼻、すべてのパーツのバランスが悪いの悪くないのって。正直とてもとても…ぶっさいくでした↓ 

欧米のひとたちにしてみれば、「日本人はどうしてあの絵をそのまま立体に起こせるんだ?」とフシギでしかない模様。日本のまんがやアニメのキャラクターは、肉がなく、一枚紙みたいに、へろん、として見えるのだそうな。立体として意識できない、どこまでも二次元の存在、らしいです。
なのに、日本の原型師さんたちがそのへろんとしたキャラをおもむろに粘土だの樹脂をコネコネして立体化し、あまつさえ「絵そのまま」につくりあげるので唖然とするんだとか。ものの見え方(?)にまで違いがあるのかー!! びっくりだ。

人気を受けて発行された本の初回限定版に、「ピンキー」がついてくる、というので購入してみました(トップにある本はその通常版)。
……やはり着せ替えが、もっと服が欲しくなる……。あと2~3種類くらいあれば、組み合わせが増えるのよね。ふふふ。

――とまあ、こうしてヒトはダメになっていきます…。
Sweet Valley High: Secrets (Penguin Readers: Level 2 S.)
Francine Pascal
0582417686

ちょっと前、 Tommy february6 が歌う時に抱えてた本。あれ見てひとりで興奮してた。
「うわ! Sweet Valley High じゃない!」
適当に見つけたちょっと可愛い本だったのか、はたまたその本が好きで選んだのか。気になる~~~。私にとってはひたすらに懐かしいモノ。

大昔、ハヤカワから女子中高生くらいの女の子をターゲットに出されたシリーズもののヤング・アダルト小説がありました。それが"Sweet Valley High" (スウィート・ヴァレー・ハイ)シリーズ。この「SVH」だけで100冊以上発行済。な、長っ…。
カリフォルニアの架空の街・Sweet Valley を舞台に、双子姉妹を中心に織りなす学園モノ、といったカンジお話。一応このハイスクール篇がコアになるシリーズで、ほかにKids(小学校低学年程度?)、 Twins(小学校高学年~中学校初年度あたり)、 Jr.High(中学生)、Senior Year(高校最上級生?)、University(大学生篇)、とあらゆる年代の子が楽しめるように(?)細分化されてこれでもか! と発行されているオソロシイシリーズです。
シリーズごとの冊数がまた多い。アホほどあるんです。日本ではハヤカワからコア・シリーズである「SVH」が文庫で20冊ほど、その後何故かMOE出版から「スイートヴァレー・ツイン」というシリーズ名を冠し、新書サイズで Twins 篇が十数冊発行されました。
TVドラマ化もされていたようだし、アメリカの女の子なら読んだことはないとしても存在なら大抵のコが知ってそう。

知性派の姉エリザベスに、行動派の妹ジェシカ。
ジェスが問題を起こし、リズが解決に奔走、というのが一種お決まりのパターンで、私はいつもいつもいつも! ジェシカに苛々してました(笑)。ついでにリズにも。
「こんなことするのは許せない。でもジェスは私の大切な妹…」
とか言って、いっつもフォローしてるんだもの。甘やかすなー!
……でもHQにもそんな姉妹いっつも出てくるなあ。ダメ兄弟・姉妹に翻弄されるヒロインて。おまけにお人好し。まあ、リズもそれなりに報復措置に出たりして、それはそれで快哉を上げさせてくれもしたのですが(笑)。
西海岸が舞台のせいか、カラリとしていて華やかな雰囲気で、どこかしらリッチなハイスクール・ライフを送る様は読んでいて楽しかったなあ(ルート・ビアはこの小説で知った!)。
おまけに、リズが単身ロンドンに渡って…という新たなシリーズもあるらしい。それは社会人篇てことか!? どこまで続くのー!

著者は Francine Pascal。これは複数人数による共通ペンネーム、だそうです。ドイツの「ペリー・ローダン」シリーズみたい。設定やプロットを協議(?)して組み立て、それに添って何人かで書き継いでいく、という形式なのだそうで、……そりゃシリーズナンボでも話がぽこぽこ生まれるわよね、と納得。
何でも登場人物の好き嫌いや趣味、好みの設定が決まっていて、各作家はそれに添って書く、のだそうな。アニメみたい。
必ず次作への伏線バリバリのラストで、次回の話のネタ振りが。1話完結でありながら次への興味もかき立て、ある種の続き物に。続けて買ってもらおう、となかなかに手堅い商売。やるな。

それにしても。欧米は複数人合同、というのが好きなのかしら。
HQでも、ひとつのシリーズを複数の作家の競演、という形で展開することがよくある。毎月コンスタントに出せるから? 共通の登場人物(大抵は皆肉親同士かその友人関係にある)にすべての作品に共通するひとつの流れがある中、1作ごとにカップルが成立し、その後大団円に至る、というパターン。ある種のリレー小説みたいなもんですね。
いや待てよ、クトゥルー神話にも近いかも(それは違うだろ…)。

で、個人的にものすごく気になるのですが。
全シリーズ全冊、コンプリートしてる濃ゆいファンの女の子、というものは存在するのか、という点。これが! 気になる! Fan site がそれなりにあるんだから、「そこそこ」マニアなひとが居る、のはわかってるんだけど。
部屋の本棚にみっしりと(@京極夏彦)全冊揃ってる、というコアな女の子(あるいは女性。男性でもいいんだけど)はいないのかしら!? …いてほしいなあ。ふふふ。
男性だとコンプリート魂炸裂! なひと結構いるんだけど、女性はどうなんだろう? ああ、気になるぞーっ。

まさか自分が子供の頃にあったシリーズがいまだに続いてるとは。思ってもみなかったです(日本の、「こち亀」とか、今は例外…)。いっそ nursing home に暮らす双子に騒動が起きる、なんていうシリーズはどうだ! そこまでいったらいっそ格好いいくらいだ。読者が「祖母の代から読んでます」とか言っちゃうの。「ペリー・ローダン」なんてすでに本国のドイツでは、2,200冊だかあるっていうし(凄すぎる…)。
SVシリーズも、今後もずっと続くんでしょうかねえ…。いずれ最初から原書で読んでみたいものです。読み切れる冊数だとはとうてい思えませんが(笑)。
新編 英和翻訳表現辞典
中村 保男
4767430097

問題:次の語彙を説明しなさい。
1)ヴィクトリアの秘密
2)ライン石
3)ブルーミンデル
答え
1)官能小説のタイトル。
2)ドイツ・ライン川中流でのみとれる特殊な石。
3)アメリカで開発された新薬。
……すみません、答えのとこ、全部です。

三題噺のひとつもでっちあげられそーですが、上記3点何かと申しますとこれらすべて、ハーレクイン作品で実際に見かけたコトバ、なのです。
1)は御存じ女性のアンダーウェアを中心に販売する通販でもおなじみの会社。官能小説のタイトルだというなら、そりゃ「少女ヴィクトリア」ですね(……)。ヒロインに大胆な下着を買えと友人がアドヴァイスする場面で出たように記憶しています(でも「ヴィクトリア…」はそれほど大胆さで売ってない気がする。どちらかというと「Frederick’s of Hollywood」のほうが大胆さでは勝るかと)。
2)はライン・ストーン。あのアクセサリーなんかの。ライン石、って…。何だかすっかり別物みたいなんだが。これは私ではなく別な読者さんが見つけた記述。
3)は舞台がN.Y.であること、その時の記述の仕方でいくと通称「ブルーミーズ」の名で親しまれているデパート、ブルーミングデイル(ズ)、と推測するのが妥当なようでした。その記述があったHQ(ハーレクインはこのように略述します)は80年代前半くらいに発行されたもので、今ほどにはブルーミーズも日本では認知度がなかった、かもしれません。びくとりあのひみつ…らいんいし…ぶるーみんでる…(呪文…?)。

1)と2)は、まあ厳密に言えば多分間違い、ではないです。でも、ある程度浸透している呼称はそのまま、のが分かり易いかと(しかし、その「ある程度」は誰がどう判断するものやら…)。
3)はもしや、native の方に発音してもらって、それをそのまま表記した、んでしょうか。……そんな発音になるっけ? うーん。
いや、そりゃカタカナで正しく表記することなんてできない、と言われてしまえばそれまでですが(日本語表記でセーラとサラとサアラとセアラ、が実は全部同じ綴りの名前、という例もあったなあ……。ちなみにあのいきなり転落人生歩む女の子の物語のヒロイン。翻訳した方によってその名前の表記の仕方が違ってました。「トゥーム・レイダー」のゲーム版、第1作目の頃は、ヒロインの名前は「レイラ」だったし。のちに「ララ」と表記されるようになり、以後それで定着。私もずっとレイラ・クロフトだと思っていたですよ。ちなみに知り合いのカナダ人に「何て発音する?」と訊いたら「ララ、かなあ。私はそう読むわ」と言っていて、その言から察するに、ほかにも読み方の可能性があることを否定できない、といった印象を受けました。ちなみに綴りは“Lara”)。
日本でも比較的フツーにお店で見かけることができる石鹸、Ivory も「象牙石鹸」と表記されていたことがあって、Ivory を知っているひとは逆に混乱した、という報告例もあったりします。固有名詞はムズカシイ…。
ひとの名前も厄介だし。特に日本語で表記するのが。
メガン? ミーガン? ジョン=ベネ? ジョン=ベネット!? カーステン・ダンスト? キルステン・ダンストはアリなの!? ブリード? ブリジッドじゃなく!? うがー!!(壊)
……ソコマデコダワルナヨ。

翻訳家の方は表記する上で悩んだりしないのかしら~? 私ならきっとものすごく気になる…(すでに気になってる)。従来そこそこ知られている発音に近いものにするか、はたまた自分が妥当と思った発音に近い表記をするか、おそらくかなり悩むような気がする。ついでに、イギリスの作品とアメリカの作品とでも(以下略)。

翻訳って、大変ですね…。改めてそう思いました。
アメリカ留学日常語事典―これがなければ1日も過ごせない!
東 照二
4770024703

どうやら絶版らしい。2年くらい前にこの本の存在を知って、 Amazon で検索をかけた時にはすでに「在庫切れ」の文字が。 Amazon の「在庫切れ」は侮れぬ。嘘ではないんだが、…嘘とは言わないが、何だな、ちょっと、その、…………詐欺? みたいな~(語尾を可愛くすればいいというものではない…)。
情報の更新や訂正が遅いので、ユーザーには困りものである。
それはさておき。

講○社さん、そんなにコレ、売れませんでした…? もう版元にもないようなのですが(私はマーケット・プレイスで中古品―でもほとんど新品―を購入しました)。なかなか有益な本だと思うのですが…もったいない。

発行年からそこそこ経年しているので、どこまで役立つかは不明。でも、ここにあるすべてがどうしようもなく古く、使えない情報だとも思えない。……私はアメリカの大学生事情の一端を知りたかっただけで、留学を念頭に置いて購入したわけではないのだが。

「日常語」というだけあって、キャンパス内に限らず、アメリカで生活する上で出くわしそうな状況などもかなり想定した上で用語・単語が取り上げられている。core curriculum、probation といった学生として知っておくべき単語・用語はもちろんのこと、potluck party などの、より日常的なものも掲載されている。
でも、欧米の情報がかなり色々と入手できる昨今では「この程度なら留学考えてるひとなら知ってるかもなあ」というような情報が多いようにも見受けられる。そういう意味では絶版になったのもむべなるかな、といったところなのだろうか? もったいないんだけどなあ。

AtoZ形式ではあるものの、ある種のコラム集としても読める。単なる語彙の意味(あるいは日本語への置き換え)ではなくアメリカの大学事情等を踏まえた解説付きなので、具体性がある。故に、ぽつぽつ拾い読みするのもまた楽しい。
culture shock を読んでみると、異文化への適応プロセスには3段階あるという説をひいてあるのだが、その段階それぞれを英語で何と言うのか書いてある。ちなみに第1段階はね、…(ナイショ♪←ケチ)。
見知った単語やフレーズでも既知のものだと素通りせずに読んでみると
興味深いことも記されている。 stress という項目では、アメリカ人学生にとってストレスの原因になり得るもののリストが掲載されているのだが、何とその深刻度が数値化され、ある程度自己判断できる、とある。データ・ソースはどこからきたのですか、東センセイ!(おそらく、著者が当時在籍しておられたアメリカの大学の counseling center にでも実際あったんだろうと推察しますが)

辞書の端的な説明ではいまひとつ、な用語も、これならばかなり細かい点まで解説してくれているので留学を考慮している方にとっては良書ではないかと思う。……手に入らないとどんな良書も意味がないのですがね……。
これのイギリス版もゼヒ欲しい。講○社サマに期待したい。
RGB
新居昭乃 保刈久明 細海魚
B000063L6I

一口目から美味しい料理は、本当に美味しい料理、とは言えないのだと誰かが言った。少しばかり「物足りなさ」、があるほうがいいのだと。そうでないと食べ進むうちに飽きてしまうのだと。二口目、三口目、と食べ進むほどに気が付くと器は空っぽ。そういうのが本当に美味しい料理なのだ、と。
そうなの? 
私はひとくち目からだって美味しいものは大好きだけれど。でも確かに、食べるほどに美味しい、というものがあるのも事実。いくら食べても美味しい、というものがあることも。

新居昭乃嬢のつくる曲は、万人を惹きつけるキャッチィさ、というものがわずかばかり少ないかもしれない。もちろん、出だしから聴く人間を
掴んで離さないような曲だってあるのだけれど。聴き込むほどにその詞の美しさや音の繋がりの流れに惹かれてゆく。

偶然聴いたデビュウ曲以来ずっと好きなひと。私の歌姫。
伸びやかな澄んだ声と彼女の持つ世界観がよく合っている。
歌にものがたりが潜んでいる。旋律と詞からそれが溢れ出す。紡がれた糸のように流れ出るそれを、するすると心に巻きつける。

1stアルバムは、日曜日の朝に聴きたくなる曲が多かった。陽がたっぷりと差し込む明るいバス・ルームでのんびりとぬるめの湯に浸かって聴くと心地よさそうな感じ。「懐かしい未来」というタイトルもいい。
懐かしい未来
新居昭乃
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でも、彼女のつくる曲は、明かりを落として聴くとより快く響く気がする。音がよく「見える」気がする。瞼を閉じて聴くと、より豊かに音とものがたりが広がってゆく。
孤独、希望、憧憬、過去と未来、誰にも秘めておきたいような恋。
あらゆるものが綯い交ぜになってそこに在る。
清涼な中に官能を潜ませていて、闇の中にこそ映える時がある。

このアルバムは歌詞が記載されているブックレットのデザインもいい。幻想的でとても綺麗に仕上がっている。何でもCG加工された写真の中には彼女の私物も何点か潜ませてあるのだとか。

14作の短い「ものがたり」。あるいは「詩」。「歌」。
綺麗なものを心と身体に染み込ませたい時におすすめです。
《ひとまずはこれにて》

元来子供は苦手。でも Air Base に入れる、ナマの英語に触れられる、その期待感とシタゴコロで克服(?)できるんだからなあ…。
しかし。基地内でふれあった子供たちは好きでした。可愛い。やんちゃで活発で元気で、でも時にとても思慮深い顔を見せて、何をどう考えているかを尋ねられれば、自分なりの答えを提示して見せる。
「彼らは確かに子供だけど、僕らが思うほどコドモじゃないよ。だから、馬鹿にしたような態度だとすぐに見透かされる」。
小学校で働く日本人教師が言っていた。
……そうだなあ。彼らは私たちが期待するほどには賢くはない時もあるけれど、私たちが侮るほど馬鹿でもない。
難しい。だからこそ私は彼らがニガテなのだ。
でもこちらが拙い英語で話しかけると、ちゃんと聞こうとする。ちゃんと答えてくれる。言ってもよさそうな不満と遠慮すべき点を考慮した上で伝えてくれる。……ホントに。子供だけどね。コドモじゃあないんだなあと何度も思いました。

男の子がとにかく可愛かった。サーヴィス精神旺盛なのか本来の彼の気質なのか、comissary で私たちと一緒に「見学」してる時、あれこれ商品を指さしては解説してくれるコ。
「あっちには○○があってね、これより美味しいんだ。でね、そっちに行くと××があって、すごく色んな種類があるんだ――」。
ぴょんぴょん飛び跳ねて、…元気だなー。ああ、可愛い。
翻って女の子は年齢が上がるほど cool な子が多い。考えて、笑顔を見せるべき時には笑ってみせる、という感じ。そういうのはやはり国を問わないのか?
何より羨ましいと思ったのは、ヒップ・ライン(笑)。身体は小さくて華奢なのにぽん! と小気味よく突き出たヒップ。コンパクトでカタチが美しい! バレリーナのようよ!(もしかしたらホントにバレエ習ってたかもしれないけれど、軒並みみんな足長いやらでねえ…やはり民族の違いなのか!?)どうして皆可愛く見えるのだ…日本人故のれっとーかんのせい?

数日間だけのゲストである私たちをもてなしてくれました。彼らなりに。彼らなりのやり方で。

たくさんのプログラムを体験できて楽しかった。
God’s eye(スティック状のものを交叉させ、十字のカタチにし、色とりどりの毛糸を徐々に巻き付けていき、最終的には正方形に近いカタチになって完成。四角い彩り豊かな蜘蛛の巣、といった風情。その時は病気の快癒を祈願してつくったりする千羽鶴的なものだ、と教わりました。ある種のtalismanらしいです)をつくったり、Japanese roll screen(一応掛け軸、のことらしい。パラフィン紙の間に自分で採った草花を挟みアイロンでプレス、上下を細い角材で固定して完成。うっすら浮かぶ草花が綺麗)は屋内外の活動両方が楽しめる。子供たちにもなかなか好評。
できたものを得意げに見せてくれる様子はみんな可愛い。
太陽熱を利用してつくったホットドッグでランチを食べたり、キャンプ・ファイヤーでマシュマロとチョコレイトのサンドを食べたり(枝にマシュマロを突き刺して火で炙るってのが…!)、日本ではまずやらないなあ、ということばっかりやらせてくれて(今ならそうでもないかも。その後ある単位取得のために参加した行事で、子供たちと河原でパンを焼く、というのをやったことが)。
パターゴルフなんてやったことないのに、やるハメになったし、いきなり「カヌー乗らない?」って誘われて乗ることになるやらで、ああもう何でもきやがれ! な気分でこっちも積極的に参加。

毎晩、子供たちを夜寝かしつけるのが大変だった。
日米混合グループで部屋割りしたんだけど、お約束の枕投げだのやらかして、ナンボ言っても聞きゃしねえよ!
「明日もまたあるでしょうが! はよ寝て! 朝早いでしょ!」
“Have a nice dream!”に“Time to go to bed!”
まじないのように繰り返す日本人スタッフ…(笑)。あんだけはしゃいでまだ遊び足りんか! なほどの興奮状態。……でも、わかる気がする。もったいないもんね。

お別れの日。握手を交わし合う男の子たちや涙ぐむ日本人の女の子をなだめる基地内の女の子たち(特にグッとくるのが、あの男の子たちが別れ際交わす、手と手のコミュニケイションがあるじゃないですか、手を握ったり掌合わせたり拳ぶつけあったり、というアレ。ああいうのは英語で何て言うんだ? あれをアメリカの子が教えてあげて、それをやってるところが何とも言えず微笑ましい。男の子同士ー! という感じで)。

多分。基地内の、アメリカの子たちは、そんなに強くは心に留めないだろうな、と思う。日本人の子供たちほどは。日常の延長線上に、ほんの少しの間非日常を受け入れただけだし。でも、日本人の子供たちにしてみれば、かなり強烈だったはず。「異世界」にぽーんと飛び込んじゃったわけだから。自分たちが保持できる「日常」は微々たるものでその他のすべてが「非日常」。
……でも、また自分たちの日常に生まれる「楽しい」や「嬉しい」に少しずつ…、かき消されていくんだろうけれど。遊園地にでも行った時みたいに。

私にとっては、消えることのない思い出ですが。かなり色褪せてはきましたけれども。
それでも、時折そのセピアの思い出を振り返ると、当時と同じ「総天然色」になってよみがえってきます。

ありがとうを繰り返す。それから、さよなら。
いつもの暮らし、いつもの時間。―アンティーク時計と過ごす、幸せなとき
十一月、空想雑貨店
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「銀行にお金下ろしに行かなくちゃ」。そう思って出かけたはずなのに
何故帰宅時手には数冊の本が!!(涙)おまけに買った本のうち2冊は Amazon で購入できるシロモノ…。何も焦ることはなかったのね…フフフフフ…↓ 財布をわずかばかりでも満たすためにでかけておきながら見事にスって帰宅するわたくし。ヌカリのない馬鹿さ加減だ…。

《本日の収穫》
1:十一月、空想雑貨店『いつもの暮らし、いつもの時間。』
2:Goma『ゴマのparisトラベルブック』
3:『Gothic & Lolita Bible』vol.13

「2」はどうも絶版状態。去年出た本だというのに「在庫切れ」になって久しい。Gomaちゃんたちって人気あるのに…。行きつけの(…)「ヴィレッジ・ヴァンガード」にて。
「3」はvol.1から購入し続けている。ゴスロリ服のクドさが好き。「PINK HOUSE」系もそうだが、デコラティヴな服が好きなのだ。フリルとレエスという鎖。華麗なる拘束服。そこがよろしい。自分では着ないけど。着られませんです。冷静な判断力と鏡に阻まれて手が出せません(ははは)。おまけに、先日深田恭子嬢を見てしみじみ思いましたねえ。やはり可愛い服は可愛いひとが着てこそなのだなあ、と。いや、ゴスロリは思想であり哲学なので、美意識とやらを持って着たいひとが着たいように着てナンボでございます(多分)。

で。今回の目玉は「1」の本。雰囲気に捕まった。
最近何やら「スロウ・ライフ」バヤリ。このテの本が増えました。よって、食傷気味の方も多いようです。私はいまだに好きだけど。

『いつもの暮らし、…』はあれやこれやと色々なモノ・コトが登場するのだけれど、統一感のようなものを感じる。
絵本、料理、散歩、音楽、それから、いろんな時計。
時計、とひとことで言うけれど、こんなに色んな表情がある…。
この本のタイトルは「いつもの暮らし、いつもの時間。」。
それが内容と相まって、逆説的に物語る。そんなゆるゆると流れる豊饒な時間など、私たちの手元にはカケラもない、という現実。つくろうとしない限り、手には入らないのだという事実とを。

…そういう「いつもの暮らし」や「いつもの時間」を持っているならこんな本は多分必要ないのです。自分なりの…シアワセとでも呼ぶべきナニカがあるのなら。自分だけが持つ「いつも」や「どこか」にそのひとは居るんだから。
「いつも」も「どこか」も、探しても見つからないから、……求めてしまう。すぐそこにあるから。どこにもないなら、逆にどこにだってある。
そう信じた場所が楽園になる。居ると信じるなら神様はそこに居る。

青い鳥がすぐそばにいたって探すのだ、人間は。…見逃してるだけなのかもしれない。本当は、すぐそこにあるのかもしれない。でもそれが「いま、この時」とは思えないフシギ。
「いつもの暮らし」。「いつもの時間」。
「いつもの」、という形容詞をつけた自分の生活が、時間が、嬉しくなるような、誇れるようなものであってほしい。
願い? …祈りかな。ちょっとセツジツで、その分セツナイ。

ほんとうにたいせつなものは、目に見えない、んでしたっけ。
ちょっとですが、カタチあるもの――本にして見せてくれます。時々、そうだなあ、ポットでお茶淹れるくらいの余裕が欲しい、そういう時に眺めたくなる本、といったところかと(ポットでお茶、キモチに余裕ないとできないのです、私)。

でも何より秀逸なのはユニット(?)名。「十一月、空想雑貨店。」、コレね。いやにモノガタリを感じてしまう。誘ってるなあ。
今後も色々な企画が控えているそうなので、ちょっと楽しみ。
It's All American Food: The Best Recipes For More Than 400 New American Classics
David Rosengarten
0316159204


《アメリカを喰らえ!―ま、ほどほどに》

基地内で最初の食事としてふるまわれたのは Burger King のハンバーガー、というところがまた個人的には嬉しい。いやあ、一応本場の味だなあ、と(店舗に直接行けなかったのでわからないのだが、実は日本人がフツーに働いてたりして…・笑)。
「わー、Mcがデフォだと思ってた! でもさすが二大勢力!」
(日本撤退しちゃったなあ…って、それ以前に、私が住んでる地域には存在すらしませんでした…ううう…)
ちゃんと基地内にある、んだなー。再認識。君たちの生活に欠かせないのだな、ハンバーガーは! でもって、同じバーガーならこっちのがお気にか!? こっちのが「ウマーVv」なのか!? …訊いておくんだった(そういえば、以前働いてた英会話学校のとある男性講師は常食がハンバーガーだった。料理もちゃんとできるひとなんだけど。「だって食べたくなるんだよー」とのことで。故郷の味なのか? ああ畜生、訊いておきゃよかった、McとBKにどうどのように違いを見出し、そして愛していたのかを! BKのウリはデカさ?)
メニュがわかんないから何を食べたかわからない。多分チーズ・バーガーだったかと。ピクルスもあり避けるひと多し。何でー? 不味い? 美味しいよー。漬物食えてコレ食えないのー? 私は瓶詰めの、スライスしてない状態のでもバリバリ食うぞー(いや、好みの問題なんだから、アンタ。無理言うなって)。
あとデザートにチェリー・パイ。アップル、じゃないのはきっと某映画の影響だ、と皆で盛り上がる。毒々しい色もいいわぁV ええ、例のカルト的人気を誇ったアレです。流行ったあとに行ったので。ウケ狙いだったのかなー。
でもって、謎だったのはドリンク。何とルート・ビアだよ! 敢えて私たちにはあまり馴染みのないとこをチョイス?? モメたんですよ、アレ。私たち日本人スタッフの間で。 

「○ールだろ!」
「違う、サロ○パスだ!」

……味の表現でモメまくるわ盛り上がるわ(笑)。私は何でも試すし「こういう味なのかー」と面白がるほうなので問題なかったのですが、日本人(特に子供たち)には不評。
濃いー色に濃いー味のチェリー・パイもバーガーもドリンクも美味しくいただきました。junk もまたよし、でございます(でも、ハンバーガーは一家のお父さんがわざわざ庭でお肉焼いてふるまってくれるなら、それはそれで立派なディナーです。そういうもてなしを受けたことがある。ちょっとしたイヴェント!)。

軍人さんたちが毎食つくってくれてカフェテリアで食べる食事。
…不味くはないです。でも超絶美味しいか、と問われると、困る。楽しく食べましたが。そして、ひとつわかった気がしたことが。
よく英会話の本に載ってるあのフレーズ。何故必要なのかが。
ええ、もう、あれは必須です。よーくわかりましたとも。

“Please pass me the salt.” ……これとかもっと丁寧ver.とか。

……塩気がない!! フライド・チキン、ごっつい crispy なのは嬉しいけど(ええ、口の中切れそうなほどさっくさく)、……塩気は? スパイスは? ……肉本来の味を楽しめと!? 好みで味付けろ、ってことなんですね? ……てか、マジで? 自由の国は違うわね…(涙)。自由過ぎよアナタ…。
「醤油! 醤油よこせ! 醤油は偉大だ! くそっ!」。
…やめなさい、Yちゃん…(←私を誘った英文科の友人)。
マッシュド・ポテトも特に塩気を感じず。あちらの国ではバタで和えるのがフツウなのでしょうか。マヨ和えは日本文化? カナダ人講師もバタで味付け(しないけど。塩気なんて!)してた。
いやあ、毎食楽しみでしたとも。今度はどう来るのかと!
朝食なんかに付く、ピーナツ・バタ+ジェリィ、は子供たちに不思議がられておりました。…ははは、何でも経験よー。食えー。

日本の子供たちにもっとも好評だったのは、甘いもの、かな。
キャンプ・ファイヤーでのマシュマロ+チョコのクッキィ・サンド(定番だー! やってもらえるとは…・涙)と、子供たちによるてづくりソーラーシステムでつくったホットドッグでした(ソーセージを太陽熱で加熱するのです。待つのも楽しい)。

このマシュマロとチョコレエトのクッキィ・サンドは「スモア」(S'more)、と言うんでしたね。当時そう呼ばれていたのを聞いた筈なのに、すっかりど忘れしておりました。


あと、粉末ジュース! 何、とは断定しがたい、「オレンジ…らしき味?」と「メロン…と思えなくもないね」ジュース。色もまた嘘くさくて何とも junk でよろしい。駄菓子屋思い出すわー。

エコ問題に関しては数歩先を行くアメリカ…のハズが、毎食の食器、これがすべて使い捨て。紙とかポリっぽい素材のモノ。受け取りに行くトレイはさすがに使い回すしプラ製でしたが。ゴミが溢れかえってるのを見るたび、これはどうなんだ、と疑問に。
のちにわかったことですが、おそらくこれは human resources こそもっとも大切にすべきもの、だからなのでしょう。
ゴミとなった紙皿やポリのカップは、ちゃんと私たち食べた人間が分別処分し、最終的にリサイクルできるものはちゃんとすればいい。でも、人的資源というのは簡単に賄えないもの。軍が全面バック・アップしてくれたからこそのキャンプの実現ですが今回のことはイレギュラーな、その時限りのイヴェントに過ぎない。私たちの食事を担当してくれた軍隊の皆さんにも、当然ですが通常の業務・任務・仕事、そして生活もあるわけです。そうなると、皿洗い等に時間をかけることは無駄になる。
洗わないことで水の無駄も防げるし、汚さなくて済む。限られた人員と時間を無駄なく活用しようと思うなら、こうするのがおそらくベスト、なんでしょう。毎回捨てるのは心苦しかったけど。

シャワーを使わせて頂いた御家庭では、ケーキを頂戴しました。
「エンジェルズ・フード」だあ! 内心大喜び。引率した子供たちに「ありがとうって言うのよ!」と大人ぶり、一緒になって “Thank you!” を連呼してパクつく。
……ヴァニラのかほりが嘘くさい……これは多分ケーキ・ミクスそのままのお味……いい…たまらん……これよねーうんうん(commisary で devil も angel もキット売られてるのをチェック済)。私はそのままを受け入れるタチなのです…大満足…♪
何より、いきなりお世話になった私たちにふるまって下さる、そのお心遣いが嬉しいではないですか。

チーズの色、野菜の茹で加減、パンに塗って食べるスプレッドの類、何から何までちょっと違う、それを直接見て食べて、知る。
子供たちにはいい経験になったはず。
もちろん、私にとっても忘れがたい思い出です。
天使にラブ・ソングを…
ウーピー・ゴールドバーグ エミール・アルドリーノ マギー・スミス
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低音というのは、限界があるのだそうで、ここまでしか出ない、という自分が出せるもっとも低い音より下、というのは出せるようになるものではない、のだそうだ。だが、高音は違う。訓練次第では自分がそれ以上は無理、と思っていた音域も出せるようになることが可能らしい。声楽をやっていたひとがそんなことを言っていた。

私はそもそも声に張りがなく、低い方、である。怒っている時に出す声などはかなりドスが利いている模様(笑)。が、歌う時に限ってはそこそこ高い音が出せる。「……ちょ、超音波……」。ヒトをコウモリみたいに言うなっ。――もとい。多分それはゴスペルのせいではないだろうか、と思っている。

小学2年生から高校生までの間、私は日曜学校に通っていた(おまけに幼稚園はカトリック系だった)。
大人たちの礼拝よりも早い時間に始まる。幼稚園くらいの子供から上は小学校高学年くらいまで。中高生はまた別の場所でクラスを開いている。最初はまず皆で集まり、賛美歌を歌いお話を聞き、献金をする。もちろん、お祈りもかかせない。その後、年齢別クラスにわかれ、その日学ぶべきテーマに基づき聖書を輪読し、解説してもらい、学年や年齢によっては意見交換し、討論めいたものも行う。早い話がお勉強会。
まさに日曜「学校」。でもかなり雰囲気は和やかで、厳格さはなかった。

私の通っていた教会では、教える側はお兄さん・お姉さんと呼ぶのがふさわしいくらいの年齢の方がメインで、すでに洗礼は受けているクリスチャン、が担当してくれていた。のちには私より2つほど年下の男の子が担当していたことすらある。彼はクリスチャン・ホームの子供だったし、受洗も済ませていた。

「お兄さん・お姉さん」たちは、本当に、皆不思議なほど歌が巧い。伸びやかな声で高低の激しい歌を美しく歌い上げる。彼らは大抵クリスチャン・ホームの子女であった。つまり、幼少時から日曜学校に通い、歌ってきたのだろう。ある意味鍛えられている(笑)。
おまけに、いわゆる聖歌・賛美歌、と呼ばれる有名な曲のほかにPops風の、近年つくられた賛美歌、というものがあり、私たちはそれをゴスペル、と呼んでいた。よって、英語での意味とも少々異なっている。聖書の一節を盛り込んだり有名な物語を歌に仕立てたり、と様々。

朝もはよから私たちは元気に歌っていた。ギターに合わせて、みんなでそれはそれはもう朗らかに。よくまあそんな元気が、と今なら思ってしまうような元気さで。
とてもとても、まっすぐな気持ちだったと思う。
神様への愛を込めて、みんなで歌うのだ。それがどんなものかもわからずに。わからないけどわかる、という曰く言い難い感覚で。
歌っているうちに、気分も高揚する。快感ですらあった。キィが高い曲もわんさかあった。でも大抵皆難なく歌ってしまう。ある程度それらしい曲調のクセがあるからだろうけど、一度聴くともう歌えるようにもなってしまう。

W.ゴールドバーグ主演のコメディ"Sister Act"(このタイトルがまた秀逸だよなあ…。内容にぴったり!)。ものすごく好きな作品のひとつ(「2」は個人的に不要)。
いろんな異質なものが少しずつお互いを受け入れていくところがテンポよく楽しく描かれていてとても好き。で、有名な作品なので言うまでもないのですが、作中歌う彼女たちのゴスペルが本当に素晴らしいのです。
最初はどうしようもないほどへろんへろんだった聖歌隊が美しいハーモニィを奏でるところは壮観にして爽快! 地味で控えめなはずの彼女たちが老若問わず高らかに歌う姿。
で。私はその姿を見つめ、その歌を聴いているうちに。
……アホみたいに泣き出してしまうのです。
コメディです。笑えるポイントだってたくさんあります。ゴスペル歌うシーンでは思わず一緒に歌っちゃうのです。もうノリノリ(←死語)で踊り出すね! でも。歌ってるうちに、涙が止まらなくなって歌えなくなる。

あんな風に、まっすぐに、「神様への愛」を歌っていたのだ。喜びに満ちていた。無心だった。何も考えない。あるのは感謝と喜びだけ。ただひたすらに声を張り上げて、ありったけの気持ちをぶつける。
それを思い出すからなのか、涙が止まらなくなる。
「あの頃の私」がほんの少し、よみがえる。
あのまっすぐな瞬間だけは、受洗してない私も「クリスチャン」だったのかもしれない、と思う。

私にとってはまさに泣いて笑える極上のコメディ、なのだった。歌うのが苦手なひとも歌いたくなるほどの勢いです、アレ。
サントラCDもあって、ほぼ作中のまま収録されています。そちらもオススメVv

今日は日曜日。起きたのはお昼近くでした。……自堕落な私をお許し下さい、神様…↓
《基地内を歩こう―但し地区限定》

宿泊させてもらうために提供していただいた小学校に着くまでバスに乗ったまま移動するのだが、すれ違うバスが!! スクールバス! あのフォルムだっ! 「シンプソンズ」だの映画で見られるアレ。
子供もスタッフも皆「すげ~~~」。窓にへばりつく勢い(笑)。一戸建ての家の外壁にはでっかくナンバリングされている。あれは住所(番地?)、なのよね?

キャンプはテーマが設けてあり、「Save Our Earth」。環境についてみんなで考えましょう、というわけ。
着いた小学校は近代的かつとても綺麗で清潔。ちょうど夏休み真っ只中だから私たち以外にひとはいない。当時はまだゴミの分別問題もまだ立ち上がってない頃。けれど、基地内の小学校では当たり前のように至る所に分別して捨てられるゴミ箱がいくつも設置されていた。
意識の違いを認識(その後行った本国 Virginia でもやはり分別して捨てることはごく当たり前に行われていた)。

軍の全面バックアップにより、食事はすべて軍人さんによって毎食校内のカフェテリアでつくられ、皆で食べる。100人分以上あるのに、いつも持ち回りでたった2人でつくってた。手際の良さは軍隊故か?
子供達はもちろん、私たちスタッフも買い物はできない(その時初めて知ったのだが、当然のように基地内ではモール等で買い物するにはドルしか使えないのねー…)。基本的には配給によって食事できる、ということに。

子供たちが驚いてはしゃいだのがエレベーターの存在。
「たった2階しかない建物なのに!」。
日本人の子供たち、はしゃぎまくって乗りまくり。…やめれ。何でエレベーターがついてるって、そりゃ学校や大抵の施設の入口にスロープがついてるのと同じ理由、らしい。すなわち、ハンディキャップのあるひとをいつでも受け入れられる状態にしてある、ということ。こういうことにちゃんと経費を割くのだ、と感心した。

基地内の要所、はもちろん入ることはできないわけだけれど、駐屯者やその家族たちの居住区や許可を得てあるところには色々廻ることができた。子供と一緒に、でも心の中で大はしゃぎ。

commissary では物価の違いをまざまざと見せつけられ、物量の豊かさに驚く。本国で買えるものは何でもありそうな勢い。できるだけアメリカ国内にいるのと変わらない生活が送れるよう配慮されてるんだなー…。

滑走路にも見学に行った。戦闘機も一緒に。広いね。すごい。地平線、見えるよ。圧倒されてそれくらいしかコトバも出ない。
日本の、決して大きいわけでもない県の中にある一市の一区画内にこんな広い場所があるんだ、と初めてその時知ったのだ。
航空ショウだってあるし、滑走路無しに Air Base が成り立つはすがない。わかっていても、実際見るのはやはり衝撃が大きかった。そして、しみじみと「米軍の駐留する街」なんだと実感した。
何人かの子供が戦闘機のコックピットに乗せてもらっていた。

小学校で寝起きするのだが、何と軍隊で実際に使用している cot がひとりひとりに貸し出された。うわお。チタン? アルミ? 軽い金属のフレームに濃緑色の布張り。折り畳み式簡易ベッド、しかも軍隊使用実物品を!!(グリーン・ベレーのレプリカを所有しているくらいには、…カル~~~くミリタリーファン。なので嬉しかったり)
「ねえ、これって、…汗染み?」。…気にし過ぎはハゲるぞ。何せこれは借り物で、所有者の名前も記入されていた。
「オトコマエが使ってる、って思うことにしなよ」。
ちなみに慣れるまで寝づらいっす。毛布1枚も支給されました。
実はシャワーはどうなるのだ!? と私たち女ばかりのボランティア・スタッフから疑問の声が上がった時、それも軍隊の簡易シャワーを貸し出す、という話があった。これは流れちゃったけど。くすん(ちなみに、シャワーはのちに、一般家庭に協力を得て使用させていただいたり、ハイスクールのシャワー室を使わせてもらったりしておりました。子供たちがシャワー使うと「いたーい!」とか「ぎゃー!!」とか悲鳴上げてんの・笑。そうなんだよー、水圧までアメリカ人好みのあの強さなのよ~)。

レクリエイション施設も充実。パターゴルフ場まである! 親子連れで遊びに来たりしてるらしい。小さい子でも楽しめる。海水浴場でカヌーにも乗れたし、nature trail 散策だってできる。……あのう…ここはホントに日本なんですかい?(涙)

いやもう毎日があめ~りかん・らいふ(壊れてきた)。
お世話になった小学校には日本人スタッフがいた。教師として、日本文化や日本語を教えてあげたりしてるらしい。
「どうやって働くことになったんですか?」
うらやましさ丸出しでみんなで尋ねると、
「毎日のように基地に出入りさせてもらってるうちに、ね」。
……以前はまだ結構規制が緩かったのか? 謙遜してたのかしら。彼はまだ小学校で働いているのかなあ。時々ふと思い出す。

ちなみに、私は自衛隊関係の方に「基地内で働いたらいいのに」と言っていただいて、「ここに連絡してみては?」ととある公的機関を紹介していただきました。でも、今は以前ほどには簡単に(?)基地内で働く、なんてことはできないらしい、です。
長いというほど長くもなく短いとも言えなくなった人生で、2回だけ国外に旅行したことがある。どっちも行き先はアメリカで、二度とも東部だった。
でも、私にとっての「アメリカ初体験」は、最初に行ったワシントンD.C.周辺でもなく次に行ったN.Y.でもなく、……日本国内にある Air Base だった。
今はもう当時ほど簡単に入れないんだろうなあ…(いや、当時だってちゃんと許可得て入ったんだけど。今は身元がよほどきっちりしてないと入れない、みたいなことを自衛隊関係者の方から伺いました…ああ9.11よ…・涙)。

それはある年の夏休みを控えた頃。
基地内と日本人小学生との交流会が青年会によって企画され、在籍していた大学にボランティアの募集告知が掲示されていた。引率スタッフとして、多少英会話ができることが応募資格。子供たちの手助けをするヘルパーさん、といったところ。日文在籍の私を「一緒に行かない? 面白そう」と言う英文科の友人に誘われるまま、ほとんど話せないクセに申し込む。
Base は子供の頃からあったし、毎年定期的に現地では住民同士の交流会もあったけれど、私が住んでた街からは随分と離れていたので、その時点ですでに遠い存在。
子供たちと同年代のボランティアたち、主催者であるオトナの皆さんとバスに乗っていざ基地へ。
ゲートから中に入って愕然とした。

何なの、このアホみたいな広さ!!

県内にこんな広々と見えるとこ、あったか!? ぐらい広い。しかも、基地内というあくまでも「一区画内」でしかないのに。広い。広すぎるぞ。いいのか日本、こんなに土地を(以下自主規制)。

日本なのに、景色が横に広い。駐在者が住んでいるであろうそこそこ高層住宅もぼんぼん建ってはいるんだけど、広々のびのびして見える。奥行きもあるし。
うわー。ここ、アメリカだ。馬鹿みたいに何度もそう思った。
「絵に描いたようなアメリカ」。
いかにも、映画だとかで見るような住宅地だった。近代的なのにどこかノスタルジックですらある。アメリカだー、アメリカだよー、と熱に浮かされてるみたいに内心喚き続ける。国内なのにー、アメリカだよー(←大丈夫か?)。

ついさっきまで見慣れたような田舎道をバスに乗って走ってたのに一歩踏み込んだその瞬間からまったく違う光景が広がってるって、……ものすごい衝撃だった。基地のある街に住んでれば話違ってたんだろうけれど。
このあまりにキョーレツだった体験のせいで、本当のアメリカの地を踏みしめた瞬間も、N.Y.に着いたその時もな~~~んとなく、新鮮味とドキドキ感がなかった、のであった。

おまけにそのあと遭遇するありとあらゆることすべてが、ムボービなお脳(=知識が乏しい)であるということに加えぼんやりスナヲに憧れちゃってますぅ、てへへ~♪女子大生(…つまりはお馬鹿ってことだな…)には期待を裏切らぬ「アメリカらしいアメリカ」っぷりで嬉しいことこの上なし。
少なくとも大したことない知識と印象しか持ち合わせていない私のような人間の抱いていた幻想に、これでもかと添うてくれた。いや、一応アレがありのままの彼らの生活なんでしょうけれど。

ほんの数日間のことなのに、未だに胸の底でキラキラしてる。
楽しかったなあ…。
穴埋め企画。今回は対談形式で(チャットのログを再編集する、って……面倒な作業なんですね、……くそう! 読みやすくするためにちょっと文章買えてみたり、とかして何だかいちいち面倒だー↓)。
ちなみに、対談(というかチャット)した実際の日と、提示されている日付が異なっているのはわざとです。あえて、日付を付した頃のことについて語ろう、という主旨の元で行われたので。

水玻:……何でブログで対談形式なんだろうなあ。
青娃:駄目かな? というか、ヘンかね。
水玻:いや、そんなこともなかろうけども。変わってはいるかもしれない。
青娃:気づけばもう開始してから3年目になってるんだね。私は始まってかなり経過してから知ったから3年という月日を感じないけど(←コレ、皮肉ね、皮肉)。
水玻:まだ言うんだ、それ(笑)。別に教えないつもりではなかったけど、きっかけめいたものも特になかったし、「読んで頂ける程のもの」も書けてる訳でなし、いずれ言う機会があれば、くらいにしか思ってなかったものでして。
青娃:私、ペーパー(※1)毎回楽しみにしてた、って言ってたじゃないですかー。根に持つよ。ほかのオトモダチは何人か最初から、とか既に知ってたって言うしさ。

※1:ペーパー、とは、同人誌なんかを発行してるひとにはお馴染みのものですが、主に情報発信するために作成し、希望者に配ったり近しいひとに読んでもらったりするもので、イヴェントなんかで配られたりするフライヤアに近い存在。重要事項からフリィ・トオクまで内容は幅広くて、私の場合は手紙に添えるために、カットやイラストを添えた近況報告的ネタを綴ったものを発行してました。


水玻:ええ、まあ、それはとても有り難かったですけどもね。嬉しかったですし。マトモに目を通してくれていたのは多分アナタひとりだけだったと思う。発行量もペエスも異常だった(※2)し。みんな「嬉しい」「ありがとう」とは言ってくれるけど、かなり迷惑だったと思う(笑)。読んでないひとがほとんどだったと思う。

※2:初期はB5で綴じずに両面印刷4p~8pくらいにまとめたもの。第2期はB4の紙を工夫して(一切切り離さず、折り方等で)B7の大きさのブックレット型。第3期というか最終期にはB4見開きで一度に数枚発行+次号発行までの期間がやたらと短かった。色んな意味で狂ってたんだと思います↓


青娃:それだけ語りたい、というか、吐き出してしまいたい、伝えたいことがあるんだ、と思ってた。で、それをもらえる私には聞いて欲しい・知って欲しいと思ってくれてんだなあ、と嬉しかったんですが。突然途絶えた時、どうしたんだよ! となんか本気で心配した。
水玻:う。すみませんすみませんすみません(×∞)。ふ、と「あー、もう何か要らないかな」という時が来る、んです。イラスト描くの下手なのに必死で描いてたりして、うまく描けないとイライラしたりするし。ブログはその点、画像UP可、なら、絵で描けないものでも写メでぽん、と掲載出来るし。
(ここでしばらくブログに移行した時の話やきっかけについてあれこれ話す)

青娃:最初やってたブログ・サイトから今のサイトに移った経緯(※3)は、何度聞いても納得出来ないな、私は。

※3:当初ブログは2004年5月下旬から今とは違うサイトで開始。コミュニティ性が高く、ブログでありながらトラックバック機能・コメント機能は未実装で、代わりに相互リンクし合っているひと同士だけが読めるメッセエジ機能があった。その後そこで毎日記事をUPしつつ、現在のサイトにミラーとしてブログを開始(ミラー故に同じ記事をUP)。
ある時、ブロガーAさんがある日本の古典作品のうろ覚えの記憶に沿って記事をUP。ブロガーBさんが「その話ってこんなのでしたよね」のような御返事的記事をUP。双方を読んだ紫堂が「それは○○の××でこういう話ですよね」と記事を書いた所、親記事を書いたAさんが気分を害した旨を記事にUP。紫堂、謝罪の記事をUPし、ブログサイトから去ることを表明。現在に至る。


水玻:だからね。どんなに私に悪気がなくても、当事者(?)にとって「気分が悪い」と思われてしまうものならば、それは私の書き方に問題があったのだろうし、あるいは仲のいい方とのみやり取りしたかったのに割り込んできて何なの、と思われたかもしれないんだけど、何にせよ残った事実は「私の記事のせいでイヤな思いをしたひとが居た」という点な訳ね。
青娃:それはわかった。わかってるんだ。でも、ブログだろうが何だろうが、ネット上に記事なり何なりをUPするってことは、誰もが目にし得るんだし、色んな意見や感想を持たれるってことでしょう。でもって、それについて言及される可能性だってある。同じブログサイトに実際いたんだもの、水玻ちゃんなら水玻ちゃんがさ。それに、仲良しさんとだけやりとりしたい、てのはおかしくないか? だったら2人だけで交換日記でもやればいいんだし。……で、そのBさんとやらも反応したんでしょ?
水玻:推測に過ぎないけど、親記事を書いたAさんにしてみれば、確認だって出来たことだけれど、あえて曖昧な記憶に沿ってあえてそう書きたかった記事だったかもしれないのね。もしそうなら、私はそこに無粋なツッコミを入れたことになるわけですよ。……あんまり気分いいもんじゃないでしょ?
青娃:それはそれ。指摘受けることがイヤなら書かなきゃいいのに、と思っちゃうんだよ、私なんかは。実際、そういうコメントももらってたじゃない。
水玻:でも、気恥ずかしいじゃない、知ってるんだけど、あえてそう書いたのに、さも自分が間違ってる、みたいに言われてそれ記事としてUPされたんじゃさ。まあそういう意味合いで気分悪くされたのかどうかは御本人に伺った訳でもないので何とも言えないけど。
青娃:ああ、うーん……誤字脱字とか、いちいち指摘されるのはムカつくかなあ。「見落としたんだよ、悪かったよ!」と逆ギレしそう、私(笑)。
水玻:それは私も同じ。判ってて間違ってて、変換ミスでやらかした時にわざわざ指摘してくれるヒトって、居るでしょう。親切だけど、ウザイ時はウザイ(笑)。でも、その指摘してくれたひとにしてみれば「大変! 間違ってるわよー!!」と教えなくちゃ、という親切心からしてくれてるんだろうから(ちなみに、私は特にしないことにしてる。余程酷い間違い〈?〉でもない限り。本人がいずれ気づけばいいんでないの、と思って)。
青娃:でも、単に「それは○○の××ですよね」って記事書いただけでキレられるのって、理不尽じゃない?
水玻:今となってはあまりにさっくり記事を削除してしまって、自分でもどんな風に書いたか、ちょっと憶えてないんだけど、結構キワドイ内容だったんだな、その古典作品て。下世話というかお下劣というか何というか。それをかなり美化して(?)憶えていらしたらしいのね。そこに「こういう話でしたよね♪」とか思いっきり言ってくる無邪気な馬鹿(=私)が居たもんだから気分害したのかもしれない。
青娃:でも、フツウ、「気分悪い」とか、書くか!?
水玻:ひとそれぞれでしょう。その方は意志を明確にしておきたかったんだと思う。「アナタみたいなひとは不愉快!」って。黙ってるひとは黙ってるだろうし。
青娃:水玻ちゃんは記事を書くことで地味~~に攻撃・反論するんだよね、気に入らないこと平気で書くヒトが居ると(笑)。本人読むかどうか判らないのにさ。
水玻:ははは。そっちのが底意地悪いでしょ(笑)。私の記事で気分を害した方は、そういう意味ではさっぱりした性格の方なんだと思う。私みたいにねちっこいマネはしない、と。
青娃:でも私はイヤだったよ、経緯聞いた時は。
水玻:友人の肩は持ってやりたくなるもんさね。ありがとね。ブロガーCさんはサイト上で何らの交流もなかったのに、その時はわざわざここのブログにメッセエジ残していってくれてた。「私なんてある記事書いて攻撃されて、それでも平然と続けてる。それでいいのに」って。でも、私が「どうあれ自分が悪いんです」と言ってたら、呆れたのかそれ以来「コメント(非公開にも関わらず)、全部削除して下さい」って、それっきり。
青娃:……それも何だかスゴイ。初耳だ。そんなこともあったのか。どっちにしろ、意見・感想を言われたくないなら書かないのが賢明じゃあないのかな。「他人のお前にあーだこーだ言われたくないよ!」ってことでしょ。でも言われるような状態で発言しちゃってるんだし。
水玻:それはどうか判らないよ。「私だから」不愉快だったのかもしれないし。言い方がイヤだ、と思われたのかもしれないし。自分でふだん「悪気無かった」を言い訳にされるのは好きじゃない、と言い切っちゃってるだけに、もうどうにもならんですよ。だから、まあ、ブログそのものは続けたいけど、あの場ではちょっと遠慮すべきかな、とミラーのつもりで始めたコッチを本拠地にしてだらだら続けてる。
青娃:……正直、そのブロガーさんのブログ、読んだけど「……」だった。時事ネタ多いね。ある意味正統派ブログ。日に何回も更新してる時あってびっくりした。でも、面白いか、って言われると「……」。
水玻:アクセス数多いし、人気あると思うよ。私実はその件のやらかしちゃった時初めてまともにその方の記事読んだんだけど、すっきりした読みやすい文章書くなあって思ったし。
青娃:んー? そう? アクセス数多いったって、検索でひと来るんでしょ? だったら、「そのひとの記事だから」って訳じゃないかもしれないじゃない。何か愚痴たれ流し、ナニサマのつもりか知らないけど批評しまくり、自分のごおぢゃすらいふ自慢、てカンジだったけどな。あと、何気なく自慢話とか多かった(でも勘違いっぽくて何だかな、なの)。何だ、このおばちゃん、としか思えなかったよ。まあ時事ネタだとまともな意見とかもそりゃあったけどさ。
水玻:……随分色々ちゃんと読んだんだね(吃驚)。そういう内容のブログだったっけか。あそこって、更新するとタイトルと冒頭数行掲載されるから、私はそれだけ見て特にちゃんと読んだことなかったんだな。そういう意味でもいきなり「あなたの記事読みましたがそれって……」は失礼だったかも。
青娃:ねえ。批評も批判もされる環境下であれこれ書いて実際それされて「気分悪い」とかヌカす○○(水玻註:これはちょっと問題アリ過ぎなので伏せ字にしますよ青娃さん↓)に失礼もへったくれもなーい!
水玻:いや、だからさ(絶句)。まあ、とりあえずココでへらへらだらだら好きに更新して、ある意味楽しくやってるから、いいんだ。あそこは私みたいなのには向いてなかったんだな、と思うし。
青娃:ま、イヤなことあった所で続ける義理もないか。
水玻:いや、居づらくなった、んであってイヤちうのとは何か違うよ。ココだとテンプレで楽しめるし、機能も充実してるし、自分の好みであまぞんのバナーとか出せて(あれはもう自分のためだけに貼っている!)、楽しんでるよん。
青娃:それは、うん、いいんだけどね。でも、自分が「正直かつ素直にどう思ったか」を受けた側がやめてしまった、ってことに対して何らの罪悪感も持ってないみたいなあのひとが、私にはムカつくんだよう!
水玻:そこをさ、ねちねち「別に謝れなんて言ってません」とか、やってもどうしようもないじゃない? 先方は先方で大人の対処をしたと思う。
青娃:どっこがー!? ひとが詫びてんのに(でも実際悪くない、と私は思うけど)無視してへらへらブログ続けてさも自分が言ってることは正しくてスバラシイ! みたいなこと並べ立ててんだよー? 胸糞悪いね!
水玻:これこれ、キミが何かされたりした訳ではなかろうて。落ち着いてくれい。
青娃:私は、水玻ちゃんは悪くなかったと思ってる。そう思ってるひとも多かったと思ってる。ひとりふんぞり返って平然としてるのが気に入らない、と言いたいだけ~♪
水玻:……アナタ、ある意味私よりコワイよ(笑)。何、最後の「♪」。それだけ自分に自信がある、ってことなんだと思う。羨ましいけどな。
青娃:傲慢と自信は違う、といつか言ったのは水玻ちゃんだよ。
水玻:まあね。でも、私がどうこう言える立場じゃないのよ。何しろ私が不快な思いをさせた側だからね。
青娃:じゃあ、同じことされたらどう思う?
水玻:「私間違って憶えてたんですね! ぎいやああああ! 恥ずかしい~~!!」になるよ↓ 本気で恥ずかしいわ、それ。でも指摘してくれてありがとう、かな。
青娃:私も近いな。で、大抵ソレがフツウじゃない?
水玻:誰かのフツウは、誰かの異常なの。
青娃:……水玻ちゃんがイチバン大人ではないか。
水玻:いや、どうも意固地なひと、と(コメントで励ましてくれたひとに)思われたりもしたのでそれは違うかと。
青娃:まあ、出てきて正解だった、と思いはするけどね。こっちだと私でもコメント残せるし。
水玻:でもあえて非公開にして、コメントの最後に「じゃ、読み次第そちらで消しておいて下さいね」はやめれー!!
青娃:だって「あまり非公開コメントがあるのは何だか不穏でちょっと」って言うからさ。
水玻:だから、フツウにコメントしてくれればいいでしょう!
青娃:水玻ちゃんだけに読んで欲しくてVv
水玻:地味な報復を続けるんだね、君は(笑)。まあ最近はちゃんと残してくれて、嬉しい限りですがね。
青娃:うわ、何かかれこれ2時間以上やってない?
水玻:お気づきでしたか。そろそろシメますかね。
青娃:とりあえず、鬱陶しいぶろがーが居るサイトから脱出して良かった♪ ってことで。
水玻:うわあ……(もう何と言っていいかわからんわ!)。

チャットした日:2006年8月某日。
  
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