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Tell Me a Scary Story but Not Too Scary (BOOK & CD)
Carl Reiner James Bennett
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英会話教室に勤めていた頃、季節の event は楽しみな反面、大変な思いもするので、実を言えば少々厄介なものだった(講師たちがあらかたの準備をしてくれるし、実際のあれこれを担当もしてくれはするけれど、肝心の?「後片づけ」というものはこれすべて私ひとりが背負うことが多い、のである)。
でも、「お客様に楽しんで頂けるなら、頑張りましょう!」と日々の雑事とともに、そのイレギュラーなあれやそれを黙々とこなしてゆくのであった。

私の勤務中は、熱心で生徒さんたちに働きかけようとする姿勢の強い講師が多かったので、かぼちゃにしても自分たちで調達し、ナイフで carve してあのお決まりの「顔」を出現させ、主に kids class として使用している教室に飾ってくれもした。また、随分と立派なかぼちゃを見つけたもので、相当大きく、当然、かなりの重さがあった。どこで見つけて来たんだ?

その年のハロウィンは確か土曜日。
クラスはあるけれども、事務・受付(=私)は、基本的には休みを頂戴している(基本・原則的=例外もある≒休みはあってなきが如し)。なので、クラスがどんな状態であったか、それはすべて週明けに聞くことがほとんどであった(土曜出勤の講師は月曜日休みだったので、聞けるのは実は火曜日になる)。

日曜日は教室そのものが全面的にお休み。子供たちはいつものように楽しみ、またそのかぼちゃを見てわずかなりともハロウィンの雰囲気だのを味わって帰宅し、講師たちはくたくたになって、安息日たる日曜日を過ごしたハズ。

月曜日である。出勤したら、まずは部屋の掃除を始めるのだが。私はハロウィンの残滓を目に焼き付けるべく、ハデなオレンジの物体が鎮座ましましている部屋へと行った。
「これもオサラバだねえ……」――ひとりごちる。ごくろーさん、と内心つぶやきつつ、窓辺にあった jack-o'-lantern を処分すべく持ち上げた。その瞬間。

え。

思わず背筋が総毛立った。
ぶわあっ、と小バエがわき上がったのだ!

ぎいやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
叫びたいがしかし、階下は店である。店員も客も驚くであろう。ついでに言うなら、上得意の個人レッスンのお客様が、隣室でレッスンの真っ最中なのだ。悲鳴は必死に飲み込む。

尋常ではない数の小バエがふよふよ次から次へとわき上がる。いかん。死んでしまう。つーかいっそ失神したい。しかし、失神なんぞしたら、次に小バエにたかられるのは私だ。

そこからの私の行動は速い。いつもその迅速さをくれよ、と上司に怒られそうなほど段取りよくてきぱききびきびと動く。常備していた古新聞紙をひと束と、ゴミ袋(大)をひっつかみ、部屋に戻る。部屋の窓は開け、入口のドアは閉めた。テエブルの上に新聞紙を切らずに2枚、クロスさせて敷く。その中心にかつての jack-o’-lantern (現・生ゴミ)をそっと載せ(この間も、小バエどもがわんわん飛び交っている…)四方からばふばふと包み込む。新聞紙のパイ皮に、おぞましいナイスな fillig …ハロウィンにもってこいじゃねえかよ(涙)。もうとっくに終わってるけどよ!!(キレ気味)

よく見れば、キレイにナカミを抜き取られたかぼちゃの内側に、みっしりと黒い小さな(以下自粛)。ああああああああああ↓ 
さらに何枚も新聞紙を巻き付けてゆく。私は張り子職人か?

即席「パンプキン・パイ魔女風~呪いを込めて♪~」見事完成。そっこーオーヴンならぬゴミ袋にぶち込む。そのゴミ袋を持ち上げ…ようとしたら、ナカミ抜いてあってもアホみたいに重い。そりゃそうだ。種より実のが重い! ぜーはー言いながら階下のゴミ置き場までそれを運ぶ。

鈍い……そりゃ平生の私だ、畜生。もとい、呪いだ、こんなもん! 出勤してすぐ汗だくになっている私は一体……それももう冬も間近の晩秋に! 何に呪われてるのよーう!!

可愛い小悪魔だの妖精だの宇宙人だの魔女だのに「菓子くれ!」とたかられるハズの日に、家で惰眠を貪った罰が下ったのか。
ええ、小バエにたかられそーになりました。

とりあえず、温帯湿潤性気候の地に、ハロウィンは向かぬ。
ナマのかぼちゃ、ナカミ露出しまくりで放置、これ厳禁。
ワタシ、学習シマシタネ(号泣)。

やはりと言うべきか、日本ではまだまだ「ハロウィン」は知られていない文化のひとつですね。本を検索してもあまりHITしない。洋書ならアホほどHITするけど(当然だ)。TOPの本はハロウィンの本。「あんまりコワ過ぎないコワイお話、して!」…いかにも子供が言いそうな台詞がタイトルになった洋書。コレ、欲しいんだよなあ。

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魔女も箒いらずやのう。……便利やないかい。

「黒い猫って、ちょっと不気味」

え。可愛いじゃん。真っ黒。可愛いよ。私は黒い猫、好きだけどなあ。黒くても好き、というか。

「目の前横切ると悪いこと起きるって言わない?」

日本でもか? それ、外国の迷信だと思ってた。日本でも? まあ、信じてるなら、多分悪いこと起きるよ♪ 起きる起きる。さあ、信じろ。もっと信じろ(←イヤなヤツ)。

「一緒の方向にスライドすりゃいいじゃん。こう、猫がすう、と横切ろうとしたら、並行にてってって~と」

これで猫も「目の前を横切る」ことはできまいて。そう思ってへろりと口にしたら。友人たちの沈黙と顰蹙とを浴びるハメになったのだった。
何故!? 建設的じゃん!!(マヌケだが)

関係ないけど、ウチには某宅配会社の黒にゃんこ白にゃんこが仲良く部屋でにまにま笑って座ってます。可愛いなー♪

明日ハロウィンなので、部屋の中が少しだけハロウィン仕様。オレンジのかぼちゃ型のマグだの黒猫だのゴーストだのが部屋でもふもふしています。スタバからかっさらってきたベアリスタも黒猫コスプレver.が待機です。

そういえば、こんなの居ましたね……↓
セーラームーン おしゃべりなかよしルナ
B0002U3ETM

アメリ観たい映画に限って単館系、ということがよくある。「アメリ」くらいになるとさすがに私の住むド田舎のシネコンでも上映してくれたけれど(最初は単館系シアターで公開されて、後にシネマ・コンプレクスでも公開された。話題になった作品だったし、多分リクエストも多かったんだろうと思う)。
えびボクサーでもって、何故か「えびボクサー」も期間限定とは言え上映してくれた。正直訳わからんチョイスのものが上映されることもしばしばで、何を基準にしとるんだ、といつも疑問だけれど、有り難いと言えば有り難い。しかし、やはりなかなかお目にかかれない、というのが実情。韓国映画の「箪笥」だって、観られたのは奇跡みたいなものだった。

それでもかつては単館系作品ばかりを上映してくれる素晴らしい映画館があったのだけれど、収益が不十分だったらしく数年前消えてしまった(映画ファンの知人がいて、映画ファンではあるけれど、インドが映画大国だということを知らず、「今ね、『ムトゥ 踊るマハラジャ』つー映画が面白い、と評判らしいよ」と当時イヨーに流行っていた作品を教えてあげたら、さっそくその映画館にリクエストしたらしい。数週間後には数日間限定の上映ではあったけれどもスクリーンで楽しむことができ、件の友人は大いに堪能したらしかった)。

そんなわけで、今いちばん観たい映画は
「エイプリルの七面鳥」(原題:"Picese of April")
エイプリルの七面鳥
※この公式サイトがまたとびきり可愛い(今見られなくなってたらゴメンナサイ)。

タイトルからも何となく察しがつく方もいらっしゃるでしょうが、Thanksgiving Day を迎えるアメリカが舞台。
食卓――食べることが深くかかわる映画、というのが好きなのだ。私にとっては食卓や食べるという行為は、モノの豊かさよりものの豊かさに繋がるもので、とても大切なモティフのひとつ(食べる内容にはこだわらないのだけれど――いや、美味しいに越したことはないけれど――食べる状況や一緒に食卓を囲む相手はとてもとても気になる。正直、「中途半端な知り合い」と一緒に食べるのが大嫌い。単なるクラスメイトでしかなかった、とか同じ下宿に住んでました、とか、顔は知っているけれど、親しく話をしたことがない、という程度のひとと、食卓を囲むのは、まったく知らないひとたちの中で食べるよりもある意味苦痛に感じる。……せっかくだから、食事は、楽しく美味しく食べたいのよ。気遣いながら食べるって、うーん…)。
……というわけで、食べ物絡み、という点でまずとても観たい。どうやら重要なファクターになる、と思っていたら、案の定(?)アメリカではクリスマス前の一大イヴェントである Thanksgiving が舞台で、しかもというかやはりというか、「家族」の物語。これも観たいな、と思わせるキモ。

血の繋がった、狭義の意味での「家族」であろうと、まったくの他人同士が互いに互いをそうだと認め合う「家族」であろうと、どちらでも構わない。どちらも気になる。

家族とそりが合わず、恋人と2人で暮らしていエイプリルが初めて家族を自分たちのアパートでのディナーに招待する。母親は癌で余命いくばくもない。そこで、ありったけの勇気を振り絞って、母の好きなターキーのローストをつくろう、というのだ。でも、……。

ああ、気になる。私の住む地方でも上映してくれないだろうか(※)。やっぱりDVDのリリースをおとなしく待つしかないのかな…。

※やっぱり上映はされませんでした(涙)。
EA Best Selections アリス・イン・ナイトメア
B0001GF1NE

何も季節柄 spooky なモノに惹かれるわけではない。発売された当初から欲しくてしょうがなかったソフト。しかも、その当時は、ソフトのお約束だけれど「高価」だったためにずっと我慢したまま。それが廉価版になって発売されてしまい、手の届く範囲に。でも、まだ、買ってない、んだなあ……。

理由は単純で、私は収入を何に割くと言って、本、書籍があくまでもメイン、なのだ。少ない財源から欲しいあれやこれをほいほいと買っているうちに、使える範囲がどんどん狭まり、ほかのものが買えなくなってしまう(……仕事が変わって減収となっても、入ってくるお金の最低3分の1は書籍に費やしてしまう、というのは変わってない……↓)。
ものすごく欲しいんだけど、買えない。理由はもうひとつ。私は何でもそうなのだけれど、「結果」に辿り着くまでの時間を、できるだけケチりたがる。よって、ゲエムを楽しむためには、攻略本というものが必携なのであった。その攻略本がまたイヨーに高い。
どうやらこのゲエムはストーリィに分岐点がないため、さほど困ることなく「結末」に突っ走れるらしいのだが、それでもこれまで攻略本に依存していたために、ないとなると心許ない。……つーか、ソレってホントにゲエム楽しんでるのか?

あとは、さらに単純に、ハマリ込むととことん、になるので(ジグソー・パズルもそうで、完成を見たいがために、正午前から夜にかけて飲まず食わずで700ピースを作り上げたことがある。ここまで来ると、……異常だなあ……)、多分やり始めたが最後クリアするまでハァハァ言いながら熱中していそうな気がする。
ここのところ読書したいモードなので、それは無理。
でもってPCのメモリに余裕はあるけれど、負担になるのでは、と思うとイタズラにインストールもできない気が。――てなわけで、まだ当分は我慢、なのだった。

しまった。やりたいけどできないキモチを書き連ねていたらゲエムそのものにまったく触れていないではないか。
コレは、もう、見たまんまです。
「アリス」の後日譚ないしパラレル・ワールド的設定で、ハートの女王に支配され、悪夢の世界と化した「不思議の国」を救うべく、アリスが立ち上がる、というカンジのストーリィ。だから「アリス・イン・ナイトメア」。

一応アダルト指定してあるのは、bloody なシーンが多いため。ホラー仕立てなのです。よーく見ると、アリスの手にはナイフ。白のエプロンには血飛沫。チェシャ猫は凶相でニヤニヤ笑い。毒々しいきのこの森は、でも、どこかしら美しさすら感じさせる。どこまでもダークな世界が貫かれていて、そこがとてもいい。
ディズニーは fair なる金髪のアリスだけれど、こちらはちゃんと(?)dark eye, dark hair のアリス。
ナイフに美しい彫刻が施されていたりするあたり、ゴシックでガーリィなものが好きなひとにはたまらないかと。
映画化の話もあったけれど、……どうなったんだろう?

醒めない夢はないハズなので、おそらくこのゲエムもハッピィ・エンドを迎えられるのでは、と思ってるけれど。……バッド・エンドって結果も当然あるだろうし。

醒める、んだよね?
キッズ(だけにじゃもったいない)ブックス ― Not Just for Kids' Books
NJFKコミッティ
4990142306

本にまつわる本、というのもとても好き。作品の概要を読める・知ることのできる本は特に好きで、何冊かそのテのものを持っている。読んだ本を通して書いたエッセイ集、というのもいいなあ。好き。
書店でもらえる文庫総解説、みたいなのも、当然好き。おまけにタダだし(ふふふ)。2冊もらって、ひとつは読むため、ひとつは欲しい本リストとして活用する。1冊は解体しちゃって必要なとこだけお財布なんかに入れておく。書店で探すのに利用。

これは洋書絵本(児童書、かな。子供も楽しめる本、というのがいちばん適切?)のガイド・ブック。さまざまなテエマを設けてあれこれと紹介してくれている。軽くて楽しいものからテエマ性のあるものまで結構な冊数。どれも読みたくなって困るのだけれど、とりあえず1冊は単純に rhyming を楽しめて、絵が可愛らしいのを購入した。
Pass the Celery, Ellery!
Jeff Fisher Gaga
1584790318

料理の本、のようでいて、実はまったく実用性のない、ナンセンスな楽しさに満ちている。声に出して読むと、リズミカルでわけもなく楽しい。絵もパッキリした鮮やかさで可愛らしいところも、個人的には買って正解だった。

すべての本に書評というかエッセイのようなものが書かれていて、それを読むだけでもなかなか楽しめる。もっとも、本の世界の入口までの案内のようなものなので、やはり実際のものを読んでみるのがいちばんなのだけれど。
ただ、時折日本語として「?」な文章に出会ってしまうのがちょっと難点、かと。まあ、「英語もいいけど日本語もね!」と、と言われているのかも、と思うことにしてる(笑)。
巻末に Index もあり、テエマや作家名等で検索することも可能。

情報量もたっぷりだし、有意義な本ではあったけれど、……お値段が高めなのがちょっと気になる。並装でカラーの頁もないのに¥2,000とは。インディーズ出版だったからしょうがない、のかな。
第2弾のコチラ↓
英語ペラペラキッズ(だけにじゃもったいない)ブックス
NJFKコミッティ
4872574966

……も有益かと。どちらの本も、子供も読める大人にも楽しい本、を紹介してくれているので、多読用の本を探している時には役立ってくれそうです。
アルフォンス・ミュシャ―アール・ヌーヴォー・スタイルを確立した華麗なる装飾
島田 紀夫
4897373662

↑コレは参考までに。
でも今回俎上に載せるのは、ミュシャはミュシャでも「食玩」のおまけ、について。何だかスゴイとこまで来てるなあ…。留まる所を知らない、とでも言うのかねえ。……と、新作が出るたびに思う。

かつての「チョコエッグ」(現在「チョコQ」)から「食玩」は発展と進化とクオリティの向上が始まったわけですが(多分、この認識は間違ってない、と思う…)。その原型を担当した「海洋堂」、「つくりたいものは夜空の星の数ほどもある」、と公言して憚らないだけあって(というか、それが海洋堂のキャッチフレエズ。そのタイトルでの本もある。ちなみに同社創始者である宮脇修氏の著書)、他の追随を許さぬ破竹の勢いで、アホほど新作を発表してる。「この価格でこのクオリティ!?」と毎度驚かせられるけれど、今回も、何というか、もう、脱帽としか言いようが…。

ミュシャ・フィギュア。今月下旬、ようやくお目見えした「アルフォンス・ミュシャ フィギュアミュージアム」。画像は全5種ある内の彩色版「花」。

数百円で細密なフィギュアが手に入るのねぇ…(ため息)。元はかの有名なミュシャの「絵」。それを立体化、です(TOPにある本の表紙に使われた絵の立体化作品もアリ。学生の頃、所属してたクラブの勧誘ポスターにこの作品を模写させてもらってつくったなあ…。個人的に大好きな作品のひとつVv)。
日本のまんがのような、ベタな二次元の絵(のっぺりしていて立体に起こしづらい。6月12日付の記事を御参照下さい)とは違って、確かなデッサンの元に描かれたものなので、比較的三次元に起こしやすいだろうけれど、……でも、「絵」ですよ。描かれている部分はいい。それはそれでもちろん難しいところもあるわけだけれど、描かれていないところを、いかにその元々のイメエジを壊さず、かつ説得力のある表現をするか、はかなり難しいと思う。
見えない・わからないところだから、究極「どうだっていい」わけだけれど、その「どうだっていい」ところだろうが手を抜かない、のが「海洋堂」の原型師さんたちの職人としてのコダワリかと。ぶらぼー。
誰も知らない・見えないわけだから、解釈も無限にあるわけで。ミロのヴィーナスの「失われた」腕、みたいなカンジ?(あ、それとはやっぱり違うか。あのヴィーナス像は腕が失われていてこそあの美しさがある、と言うひともいるし。このフィギュアで見えない/わからない部分をもつくりだそう、というのは、原型師なりの解釈や作家性、構想・創造・表現の結果、なんだろうから、…違うか。ふむ)

以前「海洋堂」はテニエル卿の「アリス」も立体化しているけれど、これもまた「絵」である故に同じで、「見えない部分」が必ずあり、でもそれを見事に表現していた。「説得力」がある。ああ、きっとこうなってるよね、と思わせるチカラが、ある。
元は白黒のペン画。故にどんな色なのかも作家次第だけれど、どれも上品でシックに仕上がっていた。しかも、その造型には原型師さんなりの作家性がちゃんとあって、そこがまたたいへんよろしい、のであった。

中国の工場で、たくさんのひとたちによって、いくつもの工程を経て完成するのだけれど、細かいところもきっちりと彩色されていて、やはり細かな手仕事はアジアだ、と再認識。

実はいま注文中で、届くのを待っているところ。到着が、とても楽しみ♪(コツコツ一箱ずつ買っていくのが「王道」だろうけど、経済的に余裕のない私はコンプ・セットをネットのお店から買う、という「邪道」をひた走るのだった)

ちなみに、限定1,000個だったか、この「花」のフィギュアに、ホンモノのダイアモンドがついてるのがあるそうです。当たったららっきー♪

蛇足。ミュシャの画集なら個人的にはコレ↓が好き。テニス・プレイヤー、レンドルのコレクションだそうで(すっげえ豪華!)、有名なあれもこれも見ることができます。
アルフォンス・ミュシャ
アルフォンス ミュシャ
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「夜中の薔薇」と言えば、亡き向田邦子女史の美しき思い込み。勘違い、とでもいうのだろうか。あるいは聞き間違い? 「童は見たり、野中の薔薇」という歌詞を「夜中の薔薇」だと思っていた、というエッセイがあったと思う。
「野中の薔薇」はつややかで鮮やか、かつ瑞々しい緑の中に、香気を湛えてひっそりと、そして婉然と咲く薔薇(私の中では赤い色をしている)、などを想像させる。花はたくさんなのか、あるいはほんの数輪しか咲いていないのか、はたまた蕾か、あるいは大輪の花か、とりあえず歌ができた背景だの舞台だの、そういうものを無視して、こうだろうかああだろうかと色々な想像をかきたてられる。「夜中」のそれも同様で、私の中では、仄かな明かり(月の光がベストだ)の中、飾り気の少ないガラスの花器に、すう、と1本蕾がほころびかけたくらいの薔薇(やはり赤い)、というのが浮かぶ。場所はどこだろう、とか、やはりあれこれと想像が広がってゆく。

いずれにせよ美しい。翻って私の勘違いときたらどーなのだ。正直、思い出すたびにがっかりする。どんだけ馬鹿なんだよ、と自分に裏拳でツッコミを入れたくなる。
私の思い込み。それは。
「すうどん、とは、具など特に入れていない饂飩、ではなく、酸っぱい饂飩、だと思っていた」
……というもの。

食べたかねえよ。

この勘違い、は、「妊娠中に食べたい、と思うものは何ですか」とかつてTV番組が妊婦さんに対して行ったアンケート結果で「すうどん」が一位に輝いたことがあったのを見たせい、である。子供の頃とはいえ、「妊娠すると酸っぱいものが食べたくなる」という知識だけはぼんやりとあった。実際その時の番組でも、やれレモンがどうの、みかんがどうの、という酸味の強い食べ物もよく挙げられていたのだ。
そこで「 す うどん」ですよ。「す」うどん。お馬鹿なガキ(=私)は思いましたね。
「そっかあ。すうどんって、酸っぱい饂飩、てことね!でも、お酢でうどん、って、いくら酸っぱいもの食べたい、って言ったって、ちょっと異常じゃないかなあ?」
などと、それはそれは無邪気に思い込んでいたのであった。

すごい。鉄板の馬鹿だ(笑)。むせてそれどころではないだろう! というより、いくら妊婦さんが酸っぱいものを好むからって、何故酢に浸かった饂飩を想像できるものなのか……。
この勘違いが是正されるまでに、結構な年月を要したところがまたどうにもこうにもお馬鹿で我ながらガッカリです。

そんな私ですが、「巨人の星」OPにて、星飛雄馬が引っ張る地ならし用のデカいローラーの名称を
        「コンダーラ(※)」
だとは思ったことはありません。

※この勘違いは、OPテエマ・ソングの歌詞が絶妙にそのシーンに重なり合うせいで、「思い~こんだ~ら♪」を「重いコンダーラ」と思い込み、故にあの地ならし用のローラーの名称を「コンダーラ」だと思っていた、というお馬鹿な私の斜め上をいくナイスな例のひとつ。歌詞の前後関係を一気に無視して解釈できる、という、作詞者の意図や思いをあっさりとぶち壊す破壊力を持つ。

エクスポジション ドゥ ビュバー―ボールペンが当たり前じゃなかった時代、冷蔵庫が電気じゃなかった時代のインク吸い取り紙・ビュバー
Le cafe 421
4894443562

ヨーロッパのものは、原色を使っていても、どこかしら上品さがあって、そこがとても好き(アメリカの vivid さは、それはそれでキッチュさ・ポップさがあって、とても好き)。サヴィニャックなんかのポスターが以前にも増して愛される今、出るべくして出たなあ、と思わせられた1冊。

ビュバー(buvard)とは、万年筆のインクの吸い取り紙のことだそうで、1950~1970年代にフランスで活躍した、「不便なりし頃」のモノ。手書きが当然だった頃、ですね。
本来はただの白い紙だったようですが、いつしか広告媒体として活用されるようになった、のだそうです。
私の好きなモルバンのイラストも使用されていたようで(そりゃ当然と言えば当然か)、それだけでももう嬉しい。
フランスでは当時、企業がノベルティとして配ったとか。羨ましい! 今ではその「作品性」が注目され、当時のものを購入できなくもないけれど、とっても高額(涙)。
それだけにこうして沢山のものが眺められるのは有り難い!

「便利」になる、というのは、何かが新たに生まれると同時に、何かが消えることでもあるのだと少ししんみりしてしまう。ほんの少し前まで、このビュバーは活躍していたというのに。しかも、広告媒体として用いた、というところがまたニクイ。そのままでも実用性があるというのに、さらに「宣伝」までしてくれるわけだから、一粒で二度美味しい(?)。おまけに、可愛らしいイラストや、洒落た色遣いの広告が、何とも言えず楽しい気分にさせてくれる。
広告史の一端も垣間見られるお買い得な本、でもある。残っているからこそこうして本にまとめられ、残っている、ということはつまり、大切に持っていたひとや、残していたひと、集めていたひとが居たからであって。……つまりは、それだけこのビュバーなる「消耗品」は愛されていた、ということなのだ。
それもやはり、可愛い「広告」あってこそ、でしょうけれど。宣伝と筆記作業、両方においてその「実用性」がありながら、今はかつてをしのぶとともに、そのアート性を楽しむものに在り方を変えて再び姿を現したビュバー。
……ひょっとして、また復活したり……は、しないか↓ しても、今度はコレクターズ・アイテムになるんだろうなあ。
先ず道具である、しかして広告でもある、「なのに」可愛い、ココがキモだと思うんだけど。懐かしむに留まるのが、ベスト?

わざわざ買ったクセに、使えないまま残ってる、子供の頃のシールの束を発見した時のキモチを、ふと思い出した。
ジャパニーズピクニック
金子 純子
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ピクニック、というものにイヨーなアコガレを持つ私としてはもうそれだけで「買い」な本なのだが、ここに更に「ジャパニーズ」と加わるのか。想像するだけで倒れそうだ(笑)。

バスケットにサンドウィッチを詰めて、もそれはそれで大好きなのだけれど、いっそ何もかも小粋に「和」のテイストでまとめて、というのもオツなものだとひとりタテノリなまでに首を振り倒す。アンティークの着物やそれっぽいテイストの着物がイヨーにウケている今、数人皆和装でキメておでかけするだけで人目引きまくりだけれど。

麗らかな陽の元、乙女のみにて集う、のがやはり良さそうな♪(まあおのこも居てもいいけどさ)。何故かピクニックにはガールズ・オンリィで行きたいと思ってしまう(ごっつい仲のいい男女ミクスで、も悪くないけど)。気の置けないひとだけで集まって、空気と食べ物とおしゃべりを存分に味わうのだ。

でもまずは自分で着付けが出来るくらいには日常にキモノとゆーものが存在して溶け込んでないとね。
お料理と楽しみ方のレシピを眺めるだけで、当分は我慢。
1000ピース 夏の休日
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初めてマトモにジグソー・パズルつくったのは、比較的最近のことで、何につけても「結果」ばかり先に手にしたがる私は、そこに至るまでの「過程」で手間取ると、何もかもがイヤになって投げ出す、というのが常だった。子供の頃の25ピースくらいのなら楽しめたが↓
その私に、いきなり初めてのパズルで1,000ピースものを買わせ、日数は多少かかったものの、完成まで漕ぎ着けさせたのが「EVA」のパズル、だった。ヲタクの情熱、横着・短気を凌ぐ!! 

私は俗に言うところの「EVAヲタ」とゆーヤツで、LDは買うわCDはコンプだわ、DVDも購入するわ、グッズにも手をつけるわ、プラモデルはLMもHGもLMHGもすべてコンプ(一応一般人の方向けに御説明しますと、それぞれ「リミテッド・モデル」、「ハイ・グレード」、「リミテッド・モデル・ハイ・グレード」の略です。後者二つに関しては、商品のクオリティの高さを意味してると思うんだが、正直「リミテッド」はどこがどうどのように「リミテッド」なのか理解してない↓ こんなヤツが未組立・箱美麗品をコンプで保有しているのは正しいのか間違ってるのか…。検索かけてみたら、どうやら「ガレキ(ガレージ・キット。本や雑誌で言うところの商業誌、マスプロダクション・モデルなものに対して、ある種同人誌的、金型の関係で量産できる数は少ないものの、その分クオリティに全力を注いだキット。その昔、ガレージでちまちまこつこつ作ったところからそう呼ばれている、らしい。原型師の個性を打ち出した商品を出すことができる。…プラモに比べたら高いです。でもエライクオリティ)」とプラモの中間的存在で、可動率は低いけれど、精度は高いもの、らしいです)。
閑話休題。
もうその絵に惚れ込んで、どうしてもつくりたくて、どうしても完成させたくて、そりゃもう毎日必死になってつくった。面倒くさがりの私が、
1:四辺・角になる部分のピースを探し出す。
2:ボックスにある「完成図」を見ながら、おおよそのパーツごとにピースを集める。
3:2を一つないし二つの箱にそれぞれ人物なら人物、背景なら背景、と山にして分類したまま保持する。
4:ひたすらこつこつ組み上げる。
……を繰り返して完成させたんですよ。すげえ。ヲタクってすげえよ!(ちなみに、好きな絵柄だからこそここまでやるのであって、多分いきなり「富士山」とかの風景モノだの「どうぞ♪」ともらってもやる気はあまり起きない気がする……)

で、一作完成させると、余裕ができるのか、その後も300ピース、750ピース、1,000ピースと好みの絵柄(キャラクタア・デザイナーの貞本氏の原画に限る。唯一の例外は違う方の初号機の絵のモノ。格納庫に入ってる初号機を俯瞰から眺めたような図。タイトルも「格納庫」だったっけか…)を買ってきてははーはーゆってつくってました。友人からもらったこともあって、一日で作り上げた(食事もせずに一日中黙々と)。500ピースくらいだったか。その情熱を何故ほかの有意義なことに(略)。おかげで所有してる完成したパズルは全て「EVA」というヲタクっぷり。
最近またパズルが結構出てるのよね…欲しいなあ……。綾波か初号機、さらに貞本氏の絵であれば買ってしまいそう(言ってることがわからない方はネットであれこれ検索かけてみて下さい。濃ゆいサイトだの分かり易く用語解説してくれるサイトだの、多分アホほど見つかりますので)。
ちなみに、コレ↓が初号機。
超合金魂 GX-14 エヴァンゲリオン初号機
B0002U3E92

綾波、はTOPの画像の向かって左の少女ね。ああ、何だかイタイ、このエントリィ(今更だろ!)。

久々につくってみたいなー♪ 

今更だが、タイトルも何だかごっついイタイのう…↓

Hot Cajun and Zydeco Music from Tabasco
Various Artists
B00005PJAM

それは私。何にでもタバスコを、ばしゃばしゃとかける。納豆にタバスコ+醤油+ネギ。カレーにタバスコ。牛丼にタバスコ。シチュウにタバスコ。ビーフ・ストロガノフにタバスコ。ピッツァにもタバスコ。パスタにも浴びせるようにかける。
減るのが早いんだよなあ。「水位の目減り具合が異常!」とよく言われたものですが。1回に1センチくらい下がるから? タバスコは滅多に減らない、と周囲に言われるのだが、ウチに限って言えば、数本買い置きしておかないと、いつ切れるかわからないので、輸入食材の店で買い貯めする(それに、その店だと¥200以下で買えるし♪)。
どうしてタバスコはリッター単位で売らないのかしら?(答え:お前みたいなアホウはこの世に居ないから。ちなみに、後日「ガロンで売ってるお店があるそうです」との情報げと。わっはっは、いいなあ、仕入れる馬鹿に販売する馬鹿。惚れるぜ!・笑)

友人と食事している時などは、泣かれる。ヘタすると、文字通り、泣かれてしまう。許せ、友よ。耐えてくれ。
「紫堂(←私の名字)! 目がいてえ!!」
「目にくるな、その量は……(←とハンカチを探し出す)」
「何か涙出るんだけど!(←でも泣きつつも食ってる・笑)」
「水玻ちゃん。それはどうなのよ!? オカシイって!」
「紫堂。タバスコは、数滴『垂らす』もんじゃね? アンタの場合、まさに『かけ』てるよね……ありえない……」
「うわ、何かニオイが鼻に刺さる!!」
……いや、美味しいんだけど。ダメ??(そして、たまに私のかけっぷりを見て、「あれ、ひょっとしてそんなに辛くない?」とか自分の味蕾の記憶をぶっ飛ばし、ばっしゃーかけて泣くコが出現する……破壊力抜群の馬鹿は私♪)

旨味のない辛さ、は美味しいと思えない。
アホみたいに辛いだけのカレーとか、ちっとも美味しいとは感じない。故に、辛ければいい、というわけではない。何せ、山葵みたいに鼻に抜ける辛さはニガテ(友人たちは揃って、鼻に抜けてく辛さのがいいよ~、と言う)。マスタードも、まろやかさが感じられないのはパス。和辛子もそんなに好みではない。
唐辛子は饂飩だとか蕎麦に振りかけてるから、そうだなあ、基本的に鷹の爪、唐辛子が好き、なんだろう。
でもタバスコの比ではないわ! ビネガーとともに熟成されたあの旨味…(うっとり)。辛くて酸味がある……ラーヴ!!(壊れてないか?)
ちなみに、「元々の料理の味がわからんだろう!」と言われるのだが、本人にしてみればそうでもない(料理人に対しては、ある種の冒涜だ、とはわかってるんだけど。でも本人美味しく食ってるので許して……)。「美味しさがひきたつわ♪」とかヌカしていたりする。
でもって、元々の料理が美味くないと、結局のところ、何をかけようが美味しくはない。当たり前だけど。さらに、お店に置いてない時は、おとなしくその味のまま頂戴しております。友人たちに「マイ・タバスコ持参しろよ」とイヤミっぽく言われてたけど(とほほ~ん)。
そんな私も、子供の頃は、一滴の数分の一程度口に入れただけで涙がこぼれていたのというのに……辛いモノ好きの母とともにあれやこれやにかけて食べているうちに耐性がつき、たっぷりかけても「美味しい」と思えるようになってしまった。フフフ…涙が出ていた頃なんてあったのねえ…(遠い目)。

昔、タイ出身の留学生と学食で一緒にごはん食べた時のこと。
彼女は親子丼、私はカレーを食べていて、私がタバスコを「いつものように」ばしゃばしゃドレッシングよろしくぶっかけていたら、「シドウちゃん。それ、オカシイ」とタイ人から真顔でツッコまれた…。そういう彼女も、親子丼にアホほど唐辛子振りかけて真っ赤にして食べてたんだが(笑)。
さらに一緒にいた友人に「どっちもどっちだ!!」と言われる。

だって好きなのよ。

文庫版 姑獲鳥の夏
京極 夏彦
4062638878

新作(と言っても私にとって読むべき新作は去年発行されたものだ)を読もうにも、あまりに前の作品や原点を忘れきっている自分に呆れたので、読み返すことにした。
私はどういうわけか、特定のシリィズ乃至物語でないと、新書、という判型で読めない(その例外、というのがはーれくいんと『銀英伝』つーあたりわけわからんのう…)、ので、評判になったノベルス判は読みたいけれど我慢、という状態だった。文庫化を首を長くして待っていたのだ。で、張り切って買ってきて、張り切って読んで、面白くてしょーがなかったことをよく憶えている。
忘れっぽい私にしては、トリック(とこの作品の場合言えるのか? メタなトリックとでも言うんだろうか?)だとか結末だとかはよく憶えていた。

この作品、当初はやはり賛否両論だったとか。フェアかアンフェアか、推理小説としてソレはアリなのか、という議論が繰り広げられた、んだろうなあ、山ほどいるミステリ・ファンや評論家の間で。
私個人としては作者なりにフェアに物語を展開させている、と思う。フェアであろうとするが故に衒学的になる、饒舌になる、多弁になる、そういうことだと思ってる。……まあ、ちょっとだけ、ほんの少しだけ、「それは少しばかり無理がないですか?」と思ったところがないでもないのだけれど、でもとりあえず「この物語世界の約束事を詳らかにし、その上に成立した理論」を貫いているのだからして、フェアであり、筋が通っている、と思うのが「妥当」なのだ。
個性的なキャラクタア、設定の妙味、ペダントリィな記述を読む愉悦、物語としての面白さ、これで新人ときた日にゃあ、ねえ。

読みながら、いちいち付箋代わりの紙を挟んでました。自分用に、登場人物ファイル作ろうかと思って。もうねえ、どんどんどんどん! 忘れていくんです、読んでく側から!! チェホフだのトルストイ読んでて登場人物の名前が憶えられねえってえんならまだしも、日本の小説読んでて端役の名前をどんどん忘れてくてのあ……↓(この端役がですね、後々大きい役で登場したりするから厄介だし面白いんですよう!)
……で。登場人物の属性とか性質とか特徴とかの描写があるペエジに、ばんばん紙挟んでいったら(何でホントの付箋使わないって、あの糊が残る可能性があるからなのだよ)、なんかただでさえ通常よくある文庫に比べて厚みのある本が、さらにむっこふこに(悲)。

でも、記憶力ない、っていいもんです。何度でも楽しめるんですよ、「ミステリ」を!!(ヤケ)
てなわけで、二度目でも十二分に楽しめました。余は満足ぢゃ。
フェリックスの手紙〈6〉―空飛ぶトランク
アネッテ・ランゲン コンスタンツァ・ドロープ 栗栖 カイ
4893092839

彼の名はフェリックス。「幸福」を意味するナイスな名前だ。だが、どっちかってーと、「心配の種」の代名詞にしたくなる、かもしれない。「友達」のソフィーとしては。

ソフィーはうさぎのぬいぐるみのフェリックスを大事にしてる。ある夏休み、旅の途中で「はぐれ」た時だってそりゃあ悲しんだってのに、このうさぎときたら、のほほんと「ほかの国も見てくるね♪」なんぞとヌカし、ひとり世界を股にかけた旅に出るのだ。
それ以来、このフェリックス、ありとあらゆるところへひとりで出かけ、あるいはさらわれ、あるいは時空を越え、時に宇宙まで出かけ(ま、酸素の問題は考えなくていいやね)、ソフィーに手紙をくれてはあれやこれやと旅の思い出を話してくれる、のだった。……いいのか悪いのか(笑)。
最後には帰ってくるけれど、おいおいアンタ、ソフィーはアンタのココロの港かい、と蹴りを…いや、ツッコミのひとつも入れてやりたくなるのだった。
でもなあ。カワイイんだよなあ。律儀に手紙なんてくれちゃって。時折おまけだの入れてよこすし。土産も持って帰るし。
email なんてフゼイのないモノは使わない。まん丸おててで書いた上手じゃないけどあたたかみのある文字で、短いけれど嬉しくなるような手紙をくれる。そして、その手紙、封筒から取り出して、ソフィーと一緒に読者のアナタも読める、のだ。

大人のアナタがひとり読むもよし、子供の居るアナタが一緒になって読むもよし、子供がひとりこの世界に浸るもよし。フェリックスがくれる手紙とお土産とにわくわくしながら、この無頼なうさぎちゃんが帰ってくるのをソフィーと一緒に待ってて下さいな。必ず無事に戻ってきますから。

この最新刊(といっても去年発行されたものだけれど)では、どうやら彼は不思議な世界に旅立った模様。一緒に旅立つもよし、手紙を待つも一興。可愛いけれどスケールはちょいとデカいこのお話を機会があったら御堪能下さいまし。
アップルパイをつくりましょ―りょこうもいっしょにしちゃいましょ
マージョリー プライスマン Marjorie Priceman 角野 栄子
4892386146

元気がよくて荒唐無稽(後者も褒め言葉)。ちょっと馬鹿馬鹿しいくらいのノリがある絵本、好き。
アップル・パイをつくりたい、でも、もしマーケットがお休みだったら…?

そうです、旅に出ちゃえばいいのです。とってもカンタン♪

そんなわけで、アップル・パイをどうしてもつくりたい時、でもマーケットがお休みだったなら、旅に出ればよいのです。
具体的かつ積極的なアドバイス!
女の子は旅支度を開始して、美味しいアップル・パイをつくるために、何とあんなところやそんなところまで!
――という絵本、なのだ。

……ヴァニラのアイスクリィム添えて、熱々のアップル・パイが食べたくなるかもしれないので、あらかじめ用意してから読むべし。パイはお手製のがいいと思います。
え。材料がない? ……ならば、まず、旅支度から始めることです。バッグにこの本をお忘れなく。
ピンキーストリート #005 PK-005
B0007U92O8

確か、購入したのは5月。ぴんきーがかなり知られてきて、比較的順当に新作やリペイント、再版モノが出ていて、気になっていたものをがっさー買っていた。

これはもうヘア・スタイルと制服姿がお気に入り。正直、チア・リーダー姿はビミョーなとこなんだけど(ちょっとアイテムとしては組み合わせを選ぶからねえ)。このコの見てくれとしては合ってるし、可愛いなー、と思いはするものの。ビミョー。もう少し着回し可能なのにしておくれー(涙)。

おだんごヘアも制服も何もかもが可愛い。うがー、ほかに何着せてあげよーかしら! ……って言ってもまだそれ程手元に無いからな↓ もう少しヴァリエイションが欲しい~~。着々と増やしてはいるけど、……。

自分でカスタマイズ出来るひとが羨ましい。何体も買って自分好みの服をつくったり髪の色を変えたり、と楽しみ方無尽蔵。

とりあえず手持ちのアイテムであれこれ試してみるです。
Pooka Vol.08
学研
4056036985

「Pooka」は創刊号からずっと購入してるムック。基本的には絵本を feature してる本で、その時その時でテエマが異なる。今回取り上げたのは最新号で、テエマは「旅」。「旅の絵本」という著作でも有名な安野さんの、その本に関する御本人へのインタビュウ記事(もっとも昨年別な会社の別な本に掲載されたものですが)もあります。

紙面が可愛らしく、情報量が比較的豊富なのとで、毎号楽しみ。絵本の本ではありますが、絵本の好きならこんなのもお好きでは? というような本やCD、雑貨屋お店も紹介されていて、欲張りな私にはもってこいです。クラフトエヴィング商會、LaZooGomaの連載もあって、私のツボをこれでもかとえぐるよにぶちかましてくれているので買うのが止められぬ↓

なじみの絵本も知らなかった本も仲良く並んで紹介されていて、少しだけ本屋に行った時の気分に浸れるのも好き。

今回は旅がテエマ。思えば久しく旅行というものをしていない…。国外どころか国内すらしてないじゃないか(今更気づいた)。思えば休みの取りづらい仕事ばかりしてきたものだ……(ここで思わず来し方に思いを馳せて悲しくなる私・笑)。
だから、というわけではないけれど、部屋で地図帳とかガイド・ブックとか広げて、「在宅旅行」するのも好き(……地味にサビシイな、こうして改めて文字にしてみると)。飛行機の翼と違って、カルイし、費用も皆無ですもん。想像力の翼、というヤツは。

直接その土地歩くほうがホントは好きだけどねっ(涙)。
マルティーヌのおもちゃインテリア―子供心を忘れないための、ノスタルジック日曜大工
マルティーヌ カミリエリ Martine Camillieri 薛 善子
4776201909

日本人言うところの「カワイイ」が、確実にヨソの国にも伝播してるんじゃないか? などと思わせる可愛い1冊(というよりも、同時多発的着想・着眼点発生なのか?)。
今ヨーロッパあたりでもっとも cool だと思われてるひとつが日本のサブ・カルチャーだし。ヴィトンが村上隆のキャラをモノグラム化するなんて、そうじゃなきゃ理解できん。でもって、この本も、日本人(の、特に若いコ、かな)の言う「カワイイ」の文法をこれでもかと押さえてる気がする。さすが Gomaちゃんたちや福田里香嬢のフランスでのプロデュウスを担当していらっしゃるだけあるわ、と納得。

昔遊んだ、でも捨てるには惜しい愛しの玩具たちを、上手にリメイクして日常に復活させちゃいましょ、というアイディア集。表紙はきせかえ人形のドレス+電球、で部屋のアクセント作成、という、私のようなぶきっちょでもできそうなもの。ほかにも、G.I.Joe なんかのドールを入れられるくらいのグラスに入れて花を持たせて飾ろう、てのがあるんだけど、それがイイカンジに笑わせてくれる。
「ちょっとせくしー♪ に仕上げたかったらヌードとか、バス・ローブ姿もイケてるわよVv」ときた日にゃあ!(笑)このあたりはおふらんすのえすぷり!? と思わせる(は?)。
知育玩具系の家タイプの玩具なら、にゃんこのトイレに、はたまた小鳥を招く小さな餌台に変身を遂げていた(でも、色を塗り直すだけだったり。色を変えただけで、まったく印象が変わってイイカンジの仕上がりなのにびっくり)。副題にある「日曜大工」というほどの大変さはそんなにないです。

とにかく可愛いのひとこと。それに、いらなくなったら捨てる、じゃなくて、できるだけ再活用しよう、というのがいいなあ。おまけに、それを楽しんでやってる、というのが。「仕方なく」、じゃなく、「楽しんで」、ここがポイント。

写真が豊富、というか、写真だらけ、に少しだけ解説めいた文章があるだけ。眺めて楽しんで、いっそのこと実践してみるか、という気にさせてくれるところがよいかと。……なので、ある意味「読み応え」というものは、ナイです。
あくまでも「楽しむ」ためのもの。オンナノコのための絵本。
文章が短いので、仏語を学んでらっしゃる方なんかはこれの原書をお求めになって読まれてみてもいいかもしれません。長すぎない文章がちりばめられている程度、なので、負担に思わず読めそうな気がします(気がするだけ、ですが↓)。

このアイディアを実践せんがために、フリマなんかで余計な玩具なんかを物色したくなりました。いかんいかん。
文庫版 塗仏の宴―宴の始末
京極 夏彦
4062738597

計3日かけて京極氏の「塗仏の宴」の「支度」・「始末」の2冊、読み終えた。昔は文庫1冊読むのに数時間なのに何て体たらく! と思ったけど、冷静に考えてみるとあの厚さを数時間で、は……あり得ない。私のアタマでは無理。
目は痛いし手首痛いし(重さがかなりあって、故に厚みもあり、背が割れないようにカバーしながら読むので、少しばかり手首に余計なチカラがかかってしまうらしい)、ちょっとボロボロ。読書は体力が要る、常々思っていたが、どうやら筋力も要る(笑)。
相変わらずの page-turner で、「目が限界です!」になるまでは読むのが止められない。

多層多重に事件と人物が絡まり合い、まさにその筋目――理を読み取らなくてはならないのだが、やはり私は古書肆にして拝み屋、悪魔の如き形相の男が全身を黒に染めて登場するまで、その木理をどう読むべきかがわからない、のだった。
ヒント乃至伏線は山ほどある。……ので、わかるひとはわかる、のかもしれないけれど、私には無理。「あ、それ聞いたことある!」とか「それ、アレと繋がってる?」とか、ほんの少しわかる程度、というのがカナシイ。とにかくひたすら博覧強記の内容に圧倒される。

読んでると、しみじみと、今の私たちは色んなものを置き去りにしてきているのだなあ、と思う。記憶しているひともまだ居り、記録もまた残っているのに、あたかもソレがないかのように、私たちは私たちの国の持つ豊かで深い文化や歴史を、……「知らない」のだ。
知らなくとも生きてはいける。事実、生きている。でも、そういう問題では、ない。そうではなくて、――
大学時代、講義中よく言われたものだ。
「この当時の読者というのは、この小説に書かれていることをごく当たり前の知識として持っていたから、あれやこれやと余計な説明がなくても『ああ、あのことか』とすぐにわかる」。
むろん、わかっているであろう、という大前提を元に、作家もわかるように書くのであるが。……現代の私たちには、コレが、ない。足りない、と言うべきか。
例えば、コトバのアクセント。「赤とんぼ」、というコトバ。このコトバのアクセントは、あの童謡のメロディのまま、であったらしい。というよりも。本来は、コトバのアクセントに合わせたメロディで作曲するもの、であったという。メロディと同様にアカ、で高く、トンボ、で低くなる。それが一般的な発音であったようだ。少なくとも、ちょっと前の東京の下町では、年輩の方がごく普通にそのように発音していたものである、と恩師は言っていた(ん? とすると、東京式アクセントでは、ということか?)。
そして。私たちは、「そんなことすら知らな」かったりする(御存じの方には失礼ですね。すみません)。

――と、そんなことを思い出させられた。
忘れ去られ、名前だけが残る妖怪たち、がこれでもかと登場したせいだろうか。

読み始めると、情報の洪水に投げ出されてしまう。ラストでようやく引き上げられる。そのせいか、読み終わったあとは、憑き物が落ちたような、妙に静穏な気分になる。
そのくせ、また情報と博学とで塗り固められた暗闇に、再び踏み込みたくなる。自力では、出られなくなるクセに。

何のことはない。結局のところ、憑かれている、のだ。
最後に見た風景
イジマ カオル
4568120691

幼い頃、人形に恐怖の念を感じていた時期がある。

幼少の頃の私は両親と川の字の真ん中に寝ていた。その寝室には箪笥があり、その上にはガラスのケエスあった。中に母が大切にしていた人形たちが収まっていたのだが、よく真夜中に起きて、人形が怖いと泣きじゃくったのだという。……私にはその記憶が一切ないのだが。
当時映画で市松人形がポスタアに効果的に使われている作品があり、それが脳裏に焼き付き、家にあった人形がそれを想起させ、――蓄積され夢となり泣き出したのだろう。多分。

人形は、死体に似ている。「生きていない」、というその一点において。ヒトのカタチをし、動かず、冷たく、何も語らない。それでいて多くのものを語る。
瞼が閉じられているのなら眠りを、開かれているのなら死を、特に連想する。……東洋思想的に言うなら、眠りとは、一日を一生のミニチュアとして考えた時「死」を意味する。
いずれにせよ、「死」の象なのだ。ギリシア神話においても、死と眠りとは兄弟神であるらしい。
死を意味することができるが故に、生を意識させる。生きることが前提になくては、死ぬことはできない。当然だが。

それなのに、生きてもいない人形に「死」を感じる。はて。生きていないから「死」を感じるのだが、人形はそもそも、……「生」きてはいない。あるいは。「生」きているのだろうか?
確かに、「まるで生きているようだ」と評されるほどの人形だとてあるのだが。生きている「よう」に見えるだけ、と言ってしまえば、それまででもある。

以前、書店で見かけた写真集を買い逃した。未だに後悔している。タイトルは「死体のある20の風景」。すでに出版社もなく(倒産した。一説によると計画倒産で、関係者は多大なる迷惑を被ったとか)、復刊ドットコムでも多数のリクエストが寄せられているが、色々な問題から復刊できずに年数を重ねている。
女優・芸能人たちが、美しい衣装を纏い、死体を演じる、という趣向のものである。まあ、悪趣味であると言えなくもない。みな思い思いに「死」んでいる。ある者は草の上に横たわり、ある者は瞑目する。腐臭もなく汚穢もなく、ただ美しい。「本当は」生きているから、美しいのだろうか?
生きてもおらず死んでいるわけでもない人形もまた、禍々しくもあるものの、美しい。あれは、あの美しさは、何から生じるものなのか。わからない。

今、その写真を世に送り出した写真家が、再び同様のテエマで写真集を発行した。表紙からしてすでに、エロスが漂っている。
――あるべきは、タナトスであろうに。いや、そもそも分かちがたくそれはあるものなのだろう――
「あなたはどんな死に方をしたいですか」、という問いに、女優たちがこたえるカタチでその姿を披露しているのだとか。

美しいものは時に悲しい。
「死」は悲しいもの? 「生」は美しいもの?
改めて考える。

多分、この写真集を開くには、少しばかり覚悟が要る。開けてはいけない扉を夫の留守にこっそりと覗く時のような。
あるいは、……柩の蓋を開ける時の。
文庫版 塗仏の宴―宴の支度
京極 夏彦
4062738384

とうとう手を出してしまった京極堂続刊(私にとっての最新刊は未読だった去年出たモノ)。久々に「読書するぞ!」モードのスイッチが入ってしまって、あとはもう引きずり込まれるように。

丹念に丹念に伏線が張られていて、これが「始末」でどう収斂してゆくのか、と、とても楽しみ、なのですが。
……時間、かかるなあ……。
何しろ自分のアタマに搭載してるCPUでは追いつかぬ脅威の情報量。それがひとを撲殺できそうな厚さにたんまりとぶち込まれているので、解析以前にインストールすらできない、という感じ(とほほ~~ん…)。でも面白いよー、止まらないよー(笑泣)。

さらに困ってしまうのが、その都度ごとに読んでいた既刊の、事件や登場人物がそれぞれ物語の中で密接に絡まり合っているのに、記憶が定かじゃないもんだから「???」と時折混乱してしまうし。もう大変。でも面白いんだよー。
既刊全部読み直したいけど、ひとを文庫で殴り倒す前に私が体力尽きて倒れそうなのでそれもできず。
いや、記憶なるもの失われているのではなく、単に引き出せない状態になっているだけで、ええ。

今日で「支度」を読み終え、すぐさま「始末」に雪崩れ込みそうな勢いです。

この小説、舞台が昭和初期で、私にとっては知らない空気が流れている、はず、なのだけれど、不思議なほど、そう、こういうカンジ、と思わせられるものがある。その雰囲気に浸るのがまた心地いい。

さ、続きだ続き!
よしもとばななドットコム見参!―yoshimotobanana.com
よしもと ばなな
4101359180

よしもとばななちゃん(ちゃん、かよ!)、は、誕生日が同じ日(俗に言う「河童忌」。まあ、毎日誰かの誕生日で、誰かの命日だ)のせいか、妙に気になる存在である(多分同じ理由で谷崎潤一郎にも久保田利伸にも関心があるのね。でも植草克秀には何らの関心もないわ…というわけでやはり好みの問題だな)。同じ誕生日でもやはり星の巡りが違うのか、彼女には文才があり、私にはないのだった。ちくしょー。

で。小説、持ってるクセにほとんど読んでないくせに、エッセイなんかの非小説系は、マメに読んでしまう。彼女のエッセイの文章が、異様に好きなのだ。読むと不思議なほど元気が出る。
「パイナップルヘッド」なんてもう大好きでしょうがない。また落ち込むしカナシイことにも遭遇するし、日々怒りに身をわななかせるけど、それでも読んだあとは、妙に満ち足りた、シアワセな気分になれる。身体の底から何かわき出る感じ。

褒める時は惜しみなく、怒りもまた遠慮無く、きっぱりと、でもどこか淡々と、それなのにどこかリズミカルに語る口調が、とてもとても心地いいのだ。ちょっとお下品なコトバがあってもエロな話題があっても、それはもうただありのままで、「ああ、ここではこのコトバしかはまらないから、コレを使うんだな」とか、ちゃんとわかる(…という幻想を読んでる私が抱いてるんだけど)。文章にして「ありのまま」と思わせるのはやはり才能だ。コトバは放たれた瞬間、文字になったその時、どこかに「虚構」だの、「そうじゃないこと」だのが混じる。

で。欲しかった時に「24時間以内に発送」じゃなかった、という理由だけで購入が先延ばしになってたこの一連のシリーズ(?)をようやく既刊すべて手元に揃えた(本はネットに依存してる…)。

やっぱり、楽しい。Amazon のレビュウなんかだと、人間関係が今ひとつわからないからちょっと残念、といった感想を寄せられていて、うんまあ確かにそういうとこもあるね、と思いつつも、人間すべて相手のことわかった上で会話なんてしてないよなあとも思うので(私は相手が自ら話そうとしないことを、こちらから訊こうとすることがまずないので、10年以上の付き合いのある友人同士であっても、相手のことを知ってるそのパーセンテージは5割以下だと思う)、さほど気にならない。
彼女の「日記」に登場するひとが果たしてどんなひとなのか、ちゃんとわからなくても、ノリで読める。逆に、読むことでこんなひとかな、とわかる…気がする。それで、十分楽しい。想像の余地がある、てのもいいものよ。
そもそも日記なんだから、あれこれいちいち解説なんてあったら、そりゃもう日記じゃないと思うんだが。いや、解説だの註がつく日記だって大好きだけどさ(←結局どっちなんだよ!)。
とりあえず、彼女の日記にはあまり必要感じない。プレエンな状態でいいのだ! 何も足さず、何も引かず!
友達のトモダチがこーであーでね、と話されても、面白いものは面白いし、つまらないものはどうあってもつまらないし。

平穏にして安穏とはしていない毎日が、こんなに楽しいのか、とうらやましさを感じる。充実してるのがわかるなあ。何かこう、密度が違うな。みっしり詰まってる感じ。熟してて、味が濃くて、重たいのが心地いい果物に似てる。それを、少しずつ、もったいぶって囓ってみたり舐めてみたり、するわけです。ちょっと至福。
そういうわけで、この本も、あっさり読み終われるのが自分でもわかってて、あえてちんたらちんたら読んでいる。しかも、読み終えたとこ、また戻って読んだり。先行けって。
2分間ミステリ
ドナルド・J. ソボル Donald J. Sobol 武藤 崇恵
4151743510

以前働いていた英会話教室に、テキストとして原文あーんど解答篇は別冊、のものがあって、「おお、こういうテキストもあるのかー」と思っていたものだったが。そうか、邦訳版、出たんだ。
そのテキスト版では解答編が散逸したらしくて「え、これは?」と知りたくても判らないままのものが何篇かあった。これはちゃんと読んで間もなく解答篇が逆さに印字されているのですぐに確認出来る(笑)。

タイトルに違わず、ごく短い物語の中に隠されたヒントから謎解きを楽しめるようになっている推理クイズもの(というのはヘンか)。ミステリとして楽しめるもの、雑学的知識を必要とするためそれを楽しめるもの、短い中にこれだけ詰め込めるものなのか、と単純に楽しめる。
勿論、本格的なものを望む向きには腰砕けというか物足りなさがつきまとうのだが、そういうひとはそもそも選んだこと自体が間違っている訳で。

ただ、「エンサイクロペディア・ブラウン」のネタとカブっているものが数篇見受けられるのが残念。どういう訳か藤原宰太郎氏を思い出したじゃないか(笑。彼の著作をほぼ全部持っている物好きな私♪)。

暇つぶしにはもってこい。ちまちまと読んでいる。続編も出そうなので期待しておこう。
おたく:人格=空間=都市 ヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展-日本館 出展フィギュア付きカタログ
国際交流基金
4344008979

サブカルチャーがメインカルチャーと化してから久しいような。サブカルと呼び得るもの、とは今の日本において、どのようなモノ・コトを指すのか? 翻って、メインカルチャーと呼び得るのは何なのか? 「日本」の「メインカルチャー」ですよ。……何だろう?
即答できないほどには、色々改めて考えさせられた、かなあ。まださらりとしか読んでないのと、私の中でもあれやこれやと混沌としているのとで、何とも言えないのですが。

買いましたよ。予約までして。「わたおに」まで買った私だしな(しーん)。
内容は、期待していたよりも薄かった。もっと濃ゆ~いのを想像していたのだ。でも、あまり「濃」くても、このセカイを知らない方にはあれやらこれやら補足説明が必要になってそれはそれで難解になってしまうのかな、と思わないでもない。
あとは、そもそもこれはヴェネツィア・ビエンナーレの国際建築展の日本館を訪れたひとにとっての補足説明をしてくれるであろう「サブ」の役割を果たすものなので、「メイン」である会場を見てこそのものかもしれない。

蔑称から広く世間に認知され、論客たちによって、あるいは市井のおたくたち自身によって新たな視点からの定義を付され、今世界にもっとも発信され受け入れられているもののひとつ――「おたく」、というモノ(ヒト? あるいは現象、かな)とその文化。それを、空間/都市/建築という視点から読み直す(あるいは新たなる読み方の提言をする)、という試み(もっとも、すでにとりわけ目新しい切り口、というわけでもないのですが)。それ自体はとても興味深くて面白い。でも、私には何かが足りない。何だろう? とりあえずは内容のボリュウムなんだけど。

内容は一部例外を除けば日本語/英語/伊語によって表記。よって日本語で書かれた論文等で使われるコトバが、英語だとどう表現されるのか、この点が読んでいて興味深い。
「美少女」という単語は、"nymph"と表現されているのだけれど、日本のおたく文化における「美少女」というコトバの持つ意味合いや含みが、果たしてこの"nymph"という単語で的確に伝わるものなのか(いえ、そりゃあ、まさに double quotation mark で括ってはありましたが)、とか、そういうことまで考えるとそれはそれでなかなかに楽しい。

逆輸入というカタチで日本に居ながらにして読むことができたわけですが、少なくとももう Amazon では在庫切れ。おまけのフィギュアの存在(……「おたく」というもの、その文化に馴染みのない、小さいお子さんを持つ方には、少々ある種の嫌悪感を与えるかもしれない、なあ……)もあってか好調な売れ行きの模様。フィギュア、無駄に凝ってます…。でもあの仕様はどうよ。ほぼ○っ○○○でランドセルしょった姿にできる、ってのはさあ。←「わたおに」フィギュアフル・コンプに「リカヴィネ」購入者が何をかいわんや(いや、私、ょぅι゛ょ萌えとかではなく、海洋堂絡みに弱いのよ)。

経済を考える上でも、「おたく」は切り離せなくなってる大きな「市場」でもあるし。論点は今後も増えてゆくだろうし、より精緻に考察されてゆくのだろう、と思わせる。
まずは「おたく」というテエマでどどんと「世界」に「日本」を見せようとした気概は買い、かなあ。
でもって、今回の展示が、どう受け取られたか、を、詳細に知りたかったな(新聞でチラリと記事を見たけれど)。
Herbal Teas: 101 Nourishing Blends for Daily Health and Vitality
Kathleen Brown N. Simon Jeanine Pollak
1580170994

ハーブ・ティ、苦手というか嫌いというか、そもそも飲まない、というひとも日本なら結構多そうな気がするのだけれど、私個人はヘーキで飲む。勿論、必ずしも「うわあ、美味しい!」と感動する訳ではないんだけれど(流石にねえ)。

昨今はカフェイン・フリィの紅茶も沢山あるけれど、いつも購入している茶葉がうなっているので、敢えてカフェイン無しのものを買うのもちょっと。寝る前に何か温かいものを、という時はなかなか重宝するのがこのハーブ・ティ。
「カレル・チャペック」から以前買った「グッド・ナイト・ハーブ」なるハーブ・ティなんかを飲む。
カモミール、バラ、ミント、ラベンダー、リンデンのブレンドで眠る前のリラックスなんかを促すらしい。見た目も確かにちょっと華やかで綺麗。……風味はソレでアレな感じですけども(飲みやすい方だとは思う)。

寒くなってきたのであったかいものが欲しいというハナシ。
「あなたの好きなもの80の質問」をお借りしての回答続き。

41 好きな曲は?
新居昭乃ちゃんの曲なら全て。あと何故か「展覧会の絵」。「パッヘルベルのカノン」も好き。

42 好きな歌手は?
新居昭乃ちゃん。

43 好きな音楽のジャンルは?
ポップス。R&B。ボサノヴァ。たまにクラシカル・ミュージック。あとはイージィ・リスニング系も。

44 好きな楽器は?
チェンバロ。

45 好きな童謡は?
「小さな木の実」って童謡? 「マルセリーノの歌」は元は映画の曲だよね?(でも小学校で習った)「思い出」も好きだ。

46 好きなテレビ番組は?
バラエティ系多し。「タモリ倶楽部」「きらきらアフロ」LOVE。

47 好きなドラマは?
あまり観ないからなあ…。あ。「古畑任三郎」。

48 好きな映画は?
とりあえずお約束(笑)で「箪笥」。ほか多数。

49 好きなジブリ映画は?
どれも好きだけど「紅の豚」を挙げておく。

50 好きな雑誌は?
「Ku:nel」は毎号欠かさず、「TITLe」は時々購入。

51 好きな漫画は?
ありすぎて書き切れませんが。とりあえず代表的なヤツ。
幼稚園時代:「キャンディキャンディ」「はいからさんが通る」(女性の自立系だな、今思うと)
小学生時代:「ベルサイユのばら」、「マリーベル」(大河系作品が好きだったかもしれない)、「あさりちゃん」(低学年の頃好きだった・笑)、「うる星やつら」(バイブル)ほか所謂(?)「りなちゃ」系
中学生時代:「闇のパープル・アイ」等の篠原千絵作品、「やじきた学園道中記」
高校生時代:「動物のお医者さん」、高河ゆん作品メインに同人系増加。「やじきた」等継続中。
その後:なんでもかんでも。このブログ検索してくれい。

52 好きなアニメは?
「新世紀エヴァンゲリオン」「聖戦士ダンバイン」(……暗いの好きだね……)

53 好きなゲームは?
「BIOHAZARD」。何度やっても飽きない。

54 好きなキャラクターは?
うわ。また来たな(笑)。とりあえずロイエンタール(「銀河英雄伝説」)。

55 好きなカップリングは?
特に無い。強いて言えば成田美名子「ALEXANDLITE」のレヴァインとアンブローシアか。「コンビ」ならすぐ浮かぶのにー。

56 好きなカップリングの条件は?
あまあまらぶらぶが基本的に好き。

57 好きなセリフは?
好きというより何故か憶えてる。
「間違えるな政子! 命なら二番目だ」(高河ゆん「源氏」)

58 好きな声優は?
せ、せいゆう!? 塩沢兼人さんが好きだったなー。林原めぐみさんも好きかも。緒方恵美さんは芸達者だな。好き。

59 好きな童話は?
「ゆきしろとばらべに」。「ラプンツェル」。

60 好きなキャラの属性は?→例:金髪・妹キャラなど
外見が美しいけれど内面が伴わない男(しーん……)。

61 好きな神様は?
か、かみさま!? じゃ、「ショチケツァル」。

62 好きな宗教は?
宗教って、「好き」云々で語るもんなんですかね。

63 好きな世界遺産は?
マテーラの洞窟住居、アテネのアクロポリス、ケルン大聖堂、ハットゥサ、マチュピチュ……辺りか。

64 好きな時代は?
日本の近世、ヨオロッパの中世。イギリスのヴィクトリア王朝期。

65 好きな妖怪は?
うーん……鵺って妖怪だっけ?

66 好きなお守りは?
パワー・ストーンの類。一時期水晶持ってた。ほかにもじゃらじゃらある。

67 好きな占いは?
タロット。

68 好きなコスチュームは?
は? ……メイド服は好きだけど。

69 好きな挨拶は?
ぐーてん・もるげん。しーゆーれいたーありげいたー。

70 好きな外国語は?
英語。フランス語。スペイン語。ドイツ語。イタリア語。ポルトガル語。

71 好きな季節は?
春と夏と秋と冬。

72 好きな天気は?
雨。雪。晴れもまずまず。

73 好きな年中行事は?
七夕かもしれない。

74 好きな空は?
夏の青空。冬の夜空。月夜。

75 好きな言葉は?
「飛翔」

76 好きな四字熟語は?
「鏡花水月」「夢幻泡影」

77 好きな顔文字は?→例:(^^)
(´・ω・`)←これ。なんか可愛い。

78 好きなことわざは?
「ひとを呪わば穴ふたつ」。……こんなの選ぶなよ。

79 好きな漢字(一文字)は?
ぽぢちう゛:翔
ねがちう゛:滅
りょうほう:夢/無

80 あなたの好きなものは?
ゆるやかなこと。やわらかなもの。かりたてるもの。かわらないもの。

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さくさく答えられるかと思ったらそうでもなかった。「好き」で括るには凄すぎるものもあって吃驚したり(ははは)。
「あなたの好きなもの80の質問」をお借りして穴埋め(おいおい)。

1 好きな色は?
紅。黒。白。ビリジアン。山吹色。

2 好きな花は?
薔薇。霞草。彼岸花。カラー。桜。

3 好きな動物は?
猫。犬。豹。鰐。熊。

4 好きな国は?
アメリカ。ヨオロッパ各国。イギリス。

5 好きな本は?
小説。ミステリ。ロマンス。まんが。絵本・童話。その他。

6 好きなスポーツは?
た、卓球…(やるなら)。

7 好きな職業は?
研究職。

8 好きなグッズは?
ポスト・カアドを始めとする紙モノ。ハンカチ系全般。ティ・シングス。

9 好きな習い事は?
……? やったことあるのはピアノ。

10 好きな趣味は?
日本語として微妙ですね、この質問。とりあえず映画鑑賞と読書か。

11 好きな場所は?
美術館・博物館。野原。森。林。湖。

12 好きなテーマパークは?
多分TDL。あとは「スペース・ワールド」。

13 好きな駅は?
西鉄の福岡(天神)駅かなー(ははは)。

14 好きな科目は?
英語と国語。

15 好きな係は?
……は? えーと、じゃあ図書係。

16 好きな携帯の機種は?
プラット・フォームなら「au」。ソニィ・エリクソンの携帯を愛用。ジョグ・ダイヤルだったからだが今は…(涙)。

17 好きなアクセサリーは?
バングル・ブレスレット。イヤリング。ネックレス・チョーカア。

18 好きなブランドは?
「PINKHOUSE」(着ませんが)。金子功氏のブランド全般。ゴスロリ系も好き(名前挙げてたらキリがない。←いや、それ書く質問だから)。

19 好きな化粧品メーカーは?
特にナシ。「オルビス」が割と好きかもしれない。

20 好きなシンボル(マーク)は?
んー? 「スタバ」の「サイレン」まーく。

21 好きな料理は?
何だろう。芋栗南瓜をつかった料理は何でも。小豆も同じく。

22 好きな果物は?
桃。枇杷。

23 好きな飲み物は?
紅茶。乳酸菌飲料全般。

24 好きなお菓子は?
あんどーなつ。

25 好きなケーキは?
ザッハトルテ。パイ・タルト全般。チーズ・ケエキ。

26 好きなファーストフード店は?
ウマーなのは「MOS」、安上がり(笑)なのは「マック」、ひとりでゆっくりなら「ミスド」。

27 好きな中華まんは?
肉まんとあんまん。

28 好きなカキ氷のシロップは?
宇治金特(with練乳とあんこ)。

29 好きな紅茶の種類は?
アッサム。

30 好きなおせち料理の具は?
栗きんとん。

31 好きな男性のタイプは?
頭の回転が速い。話題が豊富。寡黙にして雄弁。老成している。

32 好きな女性のタイプは?
頭の回転が速い。話題が豊富。穏やか。

33 好きな芸能人は?
仲間由紀絵ちゃん。

34 好きなお笑い芸人は?
「オセロ」のふたり(しかしお笑いとしては微妙)。「ダウンタウン」(ベタだな)。

35 好きな歴史上の人物は?
織田信長だろうか。土方歳三は外見が特に(略)。

36 好きな画家は?
マグリット。古賀春江。J.W.ウォーターハウス。

37 好きなスポーツ選手は?
プレイしてる時のベッカムは確かに格好いいと思う。

38 好きな髪形は?
ロング。出来ないけどポンパドオルは可愛いと思う。好き。

39 好きなお店は?
雑貨屋全般。

40 好きな香りは?
フルウツなら桃。パヒュウムなら「エンヴィ」。「エゴイスト・プラチナム」も好きだ。

残りは次回。
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……アホほど探しても、ないものはない。
明日病院行って薬だけもらってきましょ♪ と思っていたのだが。ないではないか、診察券が! やってもた……。
自分が「ココに置いておくの!」と決めた場所に、当時戻しておかなかったらしく、いくら探しても出てこない。てなわけで、居場所はつくっていなくもなかったのだが、その居場所にちゃんと戻しておかなかった、というのが正しい。って、そんなのはどうだっていいだろう、自分!!
何せ行ったのはもう3ヶ月も昔のコト(3ヶ月分、まとめて薬もらってきたのです。もらえるのよ、漢方薬だから)。今日に至るまで診察券なんて、キレイすっかり忘れ去っていたわよ。ええいくそ! 総合病院で、科ごとに診察券が必要なんだけど、ほかの科のはちゃんとあったりする。確か最後に行った日も雨だった気が↓

……というわけで、乏しい蓄えから、薬代だけでなく「診察券再発行手数料」が差し引かれてしまうのでした。ちくしょー、診察券ぐらいタダで再発行してくれ!!(病院に寄るんですね、こういうのも。県の条例である程度制定されてるとこもあれば、病院によってまちまちだったり、するのかしら。ネットで検索したらそんなカンジ……)

外は雨。明日は出費の嵐。何だか気分が沈むわ。
そんな私が思い出したのはかつて友人が言ったジョーク。

「インドには3つしか季節がないって知ってる?」
「え、4つ、じゃないんだ?」
「答えはね、hot, hotter, hottest!」


友よ。余計ヘコんできたんだが(笑)。
気温も気分もイイカンジに平均を下回ってます…(涙)。ああ、自分にハラが立つー!!
あたしンち (9)
けら えいこ
484010882X

そうか。連載開始は1994年だったんだー!?(←今確認した)新聞の日曜版(だったかな?)で連載を始めて、単行本も今月下旬に10冊目を数えることと相成った、長寿連載。
めでたいな♪
この作品の前の、「たたかうお嫁さま」とか「セキララ結婚生活」の頃から好きな方なんだけれど、この作品を読んでから、しみじみと「ああ、うまいひとなんだなあ」と感心してる。
限られたコマ数の中に、過不足なくうまくその時の話をまとめていて、一話一話が面白い。何でもない日常を面白く見せる、のには力量が要るのだ!(……と、「ガ○スの仮面」で「通り雨」を選んだマヤも思ってたハズよ、と少女まんがスキーな発言してみる)

アニメになってから余計原作の面白さが際だって見えた。アニメ化するとどうしても時間の調整のために、足したり加えたり、が多くなってしまって、その作品なりに楽しめなくもないんだけれど、どうしても冗長に感じる。テンポのよさが失われてしまう、とでもいうのか。

毎週数コマしかないのに、彼らが住んでるマンションの間取りだってある程度わかるんだもの。描写するチカラがある方なんだなあ、としみじみ、しみじみ思う。
ありふれた情景だからこそ、誤魔化しがきかない。でも、極端に描き込み過ぎず、簡略化し過ぎず。一見あっさりした絵のようでいて、とてもバランスがいい。
おまけにどの登場人物もキャラが立ってて面白いし。白眉はもちろんあのキョーレツなお母さんだけど(笑)。

でもって、日常にありそうな(でも実際なさそうな、なのにやっぱりどこかの家庭で絶対繰り広げられてる! と確信してしまう)エピソオドてんこもりで、これがまた笑える。果たして異文化のヒトビトがこれを見て面白さをわかってくれるだろうか、と考えてしまうほどに、日本人なら「あるある!」ネタが満載(家具の移動、お母さんは壁と箪笥の間に寝そべって、足の屈伸で無理矢理押し出す、とか、自分の靴を履く時、足場確保のために家族の靴の踏んづけて履く、とか、お父さんがおかわりを欲している時、無言のためにお母さんが気づかず、お父さんが器をたまたまテエブルの上にある麦茶用のボトルの上に置いて気づかれるのを待ってる、とか、そういう些細なコト。ウチの父もそういうことやらかすし、私なんかも自分の靴履くために家族の靴をヘーキで犠牲にしまくっている……だってそこに靴があるから♪ ほれ、めしっとな)

こんな家族、日本にまだ居るのかね?
読むたびに思う。この家庭に、寒々しさや空々しさは、カケラもない。いつも賑やかで姦しくあたたかさに満ちてる。

……どこかにはあるんだろうけど。多分、あるハズだけど。いつもいつも「あるといいなあ」と思ってしまう。みんながみんな、勝手に怒って笑って楽しく過ごしてる家庭。あるのは各々の、些細だけれどタイジな悩みくらいの。

ある……んだよね?

でもってこちら↓が最新刊。おおう、表紙は父。しかもこんなカッコ…。
あたしンち (10)
けら えいこ
4840111413
文庫版 絡新婦の理
京極 夏彦
4062735350

京極氏のこのシリーズ、基本的に話の流れが一貫している(まあ、ミステリは基本的に型が決まっている、のだけれど)。ので、読む冊数が増えれば、自然にその「流れ」が掴み易くなる。

そのぶ厚さに圧倒されるけれど、京極堂こと中禅寺秋彦が憑き物落を落とす――(読み手にとっての)謎解きの部分からペダンティックな描写を差し引いてしまえば、基本的にはとてもとてもわかりやすい構造をしている。
複数の事件が発生し、解決に乗り出すものが現れ(もっとも肝心の京極堂は自ら出向くというよりも、他者によってその「場」に無理矢理引きずり出されている感が強い気もするが。気がする、というよりも事実そう、か)、「謎」が解明されて、終了。至ってシンプルではないか。
むろん、物語の舞台となる時代の思想性や背景も絡み、あれこれ色々を考えさせてもくれるので、単なる謎解きに終始せぬところも興味深い。

いくつかの奇妙な事件がそれぞれに独立しつつも関連し合い、そのペダントリィな部分同士が複雑に絡み合っている、読者も5作目ともなればその物語の「方法」に慣れているので、あとはどう解きほぐされ、それがどう繋がってゆくのか、を待てばいいだけ、になっている(私は待つしかできません↓)。

おまけにこの物語では「絡新婦(じょろうぐも)」にして「理(ことわり)」ときている。
蜘蛛が縦横に張り巡らせる糸は複雑でありながら、その成り立ち・組み立ては読み取ってできぬことはない。ただただ複雑なだけで、「わからない」わけではない。
どこがどう繋がっているのか。どこに伸びてゆくのか。丹念に見つめれば、わかる(ひとも居る。それがこの物語では京極堂であろう。榎木津は……えーと?)。
「理(リ)」とはそもそも木目や玉の表面のあやを意味する。それが転じての「ことわり」であり「道理」。読み取れるものが厳然とそこにあるのだ。だがその筋目をどう読むべきかわからない人間には何が何であるのかわからない。「どう読むべきか」を示す京極堂に導かれて、初めて自分の目の前にあるモノが何であるかわかる。
それが解明された「謎」であり、テクストである。縦糸と横糸があやなす、まさに「テクスト(=織物)」に他ならない。
蜘蛛の紡ぐかの巣の如く複雑なものにも、必ず筋道がある、とこれまでのシリーズで貫かれてきた主張が、「物語」というカタチで出現したのがこの作品だ、と思う。
すなわち、
「この世には不思議なことなど何もないのだよ」、
この有名な一言に帰結するのだ。そういう意味では、ある種このシリーズの帰結点にして出発点でもある作品(しかも、この物語のつくりからして、始まりは物語の終わりの部分、なのだ)。

物語の冒頭乃至、メインの登場人物が揃ったところで、犯人はわかってしまう(と思う)。それでも、いかにしてその縦糸と横糸とが組まれ織られ、最後にはどんな構図が描き出されるのかを見たくなる。一見「読み取る」ことなど出来ぬモノが、少しずつ解かれて読むべき筋を露わにされる瞬間が見たくて、頁を繰ってしまう。

さて。
去年忙しさを理由に読めずに年が明けた続刊を、読んでみることにしようか。
ブラウンダイアリー
奥川 純一
4766113101

これ、絶対どこかで見かけてる、んだよなあ。どこで、だろう?
とりあえず、出会った時に買わなかったことをリッパに後悔している。

くまのぬいぐるみ、茶色いから名前はブラウン。何て安直。でも逆に親しみがあって可愛いかも。
このブラウンの「日々」を写真でレポートする、それだけの写真集。でも可愛い。物語が潜んでいて、いい。
今、続編なら1冊、どうにか手に入れられるんだけど、……(涙)。たった2年前の本がもう手に入らないとは! 何だそりゃー!!
テディ・ベア好き、雑貨好きにはたまらん可愛い光線を放つ本だわ。

逃した本は大きいのよ、いつだって。くそ!
  
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