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The Simpsons 2005 Fun Calendar
Matt Groening
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気がついたら最後の日です。2004年もあと数時間。
振り返ると、……何らの実りもない一年で(笑)。
日記ではない、BLOGらしいBLOGを開始した年で、おかげで色んな方と交流が持てました(そうはいっても、BLOG最大のキモ、トラックバックヲをただの一度もトバしたことがない、されたこともない、んだけど・笑)。
そもそもは「文章を書くリハビリをしよう」、と思って始めたんですが、それなりに目的は果たせたような気がします。書かないでいると、文章を書くための「筋力」が落ちる。毎日平均原稿用紙に換算して8~12枚くらいは書いてたなあ。それでようやく少し「筋力」を取り戻したカンジ(日産枚数、ペエスだけは早いなあ。問題はクオリティだよ…↓)。ヒトサマに読んで頂くのが大前提のものを書くからには少しでも読みやすく、と思うんだけど、やはり難しいです。

20050101015649.jpgあとは今母が必死で握ってる鮨を貪り食って(これがねえ、ホントに、お前は餓鬼か、というくらいに食らうわねえ…↓)、多分紅白で「マツケンサンバⅡ」を堪能して、そうやって暮れてゆくのだと思います。画像は貪り食われる前の鮨。母の尽力の結晶。

久々に紅白のんびり眺めつつ鮨食べてのほほんとした大晦日を過ごしました。

新しい年が数時間後には来るわけだけど。特にこれといった感慨もなく。ああ、また無駄に歳食うなあ、と(笑)。無駄にしない努力をしろ、つーことですね。うむ。

ココで始めてからまだ1ヶ月と経過していませんが、その間にも遊びに来て下さった皆様、ありがとうございました。
良いお年をお迎え下さい。

画像は毎年買ってしまう「シンプソンズ」カレンダー。もちろん、今年も買った。でもまず飾った試しがない↓ 日に焼けて色褪せるのがイヤなのよー!!(ヲタク体質)

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ホテル・カリフォルニア(紙ジャケット仕様)
イーグルス
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親戚から荷物が届く。この時期その親戚から届くものはだいたい決まっている。
親戚――叔母は、海沿いの温泉町にあるホテルの女将だ。今は忘年会・新年会シーズンで、書き入れ時。多忙を極めていると言っていい。それでも、律儀にあれやこれやいつも送ってくれるのだが。
この時期にくれるものといえば、ホタテだ。活ホタテ、それも大振りのものをごっそりと発砲スチロールの箱に詰めて、宅配便で送ってくれる。
我が家には、おせちを食べる習慣、というものがない(晦日、正月辺りに食べる郷土料理はつくるけど)。その代わりというのも何だが、母が必ず鮨を握る。それを食べて年が暮れ、年明けもまた鮨を食べる。……食い過ぎだよ、明らかに。まあたまのことだ、そういうこともある。
この時期、鮮魚の価格は高騰する。故に、活ホタテ。鮨のネタとしてとてもとても有り難い、のだ。
しかし、やれ餅(ウチでつく…と言っても機械で)だ、郷土料理の支度だ、父方の叔母たちへもお裾分け(これは祖母が娘たちに正月のためにお供えの餅やら何やらを送ってやっていたのを引き継いだようなものだ)の準備をしたり、それはもう忙しい。なので、活ホタテはスチロールの箱の中に置き去りにし、せっせと正月準備に励んでいた。
ちなみに、アホほど寒いので傷むことはない(それどころか、到着から2日は経過していたのにすべて生きていた)。
忙しさのあまり、住所等を記録する送り状すら剥がしていなかった。それで今日気づいたのだ。
「品名:活ホタテ」
そこを見ていたら、ふと依頼主の住所が目に入った。
「××市△△町***■-■-■ ホタル○○○」

ホタル!?

忙しかったんだと思う。忙しい故に、思わず手がそう書いてしまったんだと思う。
多分、ホタテ、とホテル、が混ざった結果だ、コレ。

ツボにはまった。母に教えて2人で大笑い。今年最後の爆笑は叔母がかっさらっていった。

これ以降、もちろん、底意地の悪い私にはこっそりと「ホタル○○○」と呼ばれることになるのであった。
ホタル…じゃなくて、ホタテ、明日鮨ネタにしていただきます。

え? トップの画像? …単なる「ホテル」繋がりで。好きな曲だし。
いや、多分親戚のホテルにはアヤシゲなもんは出ないかと。
じゃ、別なホテルモノ(?)の画像も出しときますね↓ ええ、タイトル、まったく関係ないです。
バートラム・ホテルにて
アガサ・クリスティー 乾 慎一郎
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『ショコラ(角川文庫)』
『さかさりんご通りのはるなつあきふゆごはん』
『回文の国へようこそ(中公文庫)』
『フェリックスの手紙 6 空飛ぶトランク』
『海外ネット通販百科』
『骨の袋 上巻(新潮文庫)』
『骨の袋 下巻(新潮文庫)』
『Yaso 1』
『鱗姫(小学館文庫)』
『わたしのひとり暮らし手帖』
『ハヤカワ・ミステリ総解説目録 1953年-2003年(Hayakawa poc…)』
『自転地球儀世界 3 異世界からの来訪者(徳間デュアル文庫)』
『パリのキッチンスタイル』
『前日島 上(文春文庫)』
『前日島 下(文春文庫)』
『ケルト妖精学(ちくま学芸文庫)』
『「魔」の世界(講談社学術文庫 1624)』
『悪魔学大全 1(学研M文庫)』
『紅茶図鑑』
『切手をなめると、2キロカロリー(サンマーク文庫)』
『もっと2分間ミステリ(ハヤカワ・ミステリ文庫 HM 284-2)』
『悪魔学大全 2(学研M文庫)』
『江戸・東京の中のドイツ(講談社学術文庫 1629)』
『まだまだ2分間ミステリ(ハヤカワ・ミステリ文庫 HM 284-3)』
『日英語表現辞典(ちくま学芸文庫)』
『オランダの子供部屋』
『独り暮らしをつくる100』
『聖戦士ダンバイン大全』
『ブックカバー・コレクション』
『ピアノの音(講談社文芸文庫)』
『コレクタブル絵本ストア』
『あそびのレシピ』
『つくる。生活』
『死んでいる(白水Uブックス 148)』
『ジャンク・ウエア(コロナ・ブックス 113)』
『「不思議の国のアリス」を英語で読む(ちくま学芸文庫)』
『発見(幻冬舎文庫)』
『幸せの絵本』
『フードショップグラフィックス』
『ブラックベリー・ワイン(角川文庫)』
『魔法使いになるための魔法の呪文教室』
『ポータル、プロバイダ別blogデザインカスタマイズ事典』
『マルティーヌのテーブルコーディネート』
『バラの指輪とワンピース』
『花の神話(Truth in fantasy 65)』
『女子大生会計士の事件簿 DX.1 ベンチャーの王子様(角川文庫)』
『世界の特殊部隊 戦争・作戦編(講談社+α文庫)』
『まぶた(新潮文庫)』
『文豪ナビ夏目漱石(新潮文庫)』
『文豪ナビ芥川竜之介(新潮文庫)』
『文豪ナビ三島由紀夫(新潮文庫)』
『ようこそパリのアトリエへ』
『パリジェンヌたちのアトリエ』
『てづくりのヨーロッパ旅行』
『英語ペラペラキッズ(だけにじゃもったいない)ブックス』
『仏伊英メニューの読み方書き方』
『最後に見た風景』
『検証アメリカ500年の物語(平凡社ライブラリー 517)』
『海月書林の古本案内』
『ゆっくりさよならをとなえる(新潮文庫)』
『文豪ナビ川端康成(新潮文庫)』
『文豪ナビ太宰治(新潮文庫)』
『Stationery wonderland』
『チリとチリリうみのおはなし』
『ホリデイブック』
『コロボックルディクショナリー』
『タエコワーズのヨーロッパ・ヴァカンス便り』
『評論家入門(平凡社新書 247)』
『見た目診断』
『明和電機ナンセンス=マシーンズ』
『おもちゃの工作ランド』
『女子大生会計士の事件簿 DX.2 騒がしい探偵や怪盗たち(角川文庫)』
『サイエンス言誤学(朝日文庫)』
『TRICK(角川文庫)』
『ネイティヴ感覚で英会話(新潮文庫)』
『文豪ナビ山本周五郎(新潮文庫)』
『文豪ナビ谷崎潤一郎(新潮文庫)』
『英語・語源辞典(ちくま学芸文庫)』
『アガサ・クリスティー百科事典(ハヤカワ文庫)』
『禁断の恋でいこう 9(フラワーコミックス)』
『心をつなぐ読みきかせ絵本100(別冊太陽)』
『しまおまほのひとりオリーブ調査隊』
『パリの手作りおくりもの』
『暮らしとわたし』
『魔法使いの秘密パーティー(Gihyo Merlin books)』
『旅はゲストルーム(知恵の森文庫)』
『カラサワ堂変書目録(知恵の森文庫)』
『ブラウンダイアリー・ボンボヤージュ』
『ジェニーファッションクラブ』
『はじめよう!ネット古物商(Do books)』
『Stamp stamp stamp Europe』
『英国お菓子めぐり』
『ハッピークッキー』
『パリのおさんぽ』
『パリのおもてなし』
『スターバックスコーヒー(The branding 01)』
『マリア様がみてる インライブラリー(コバルト文庫)』
『誘惑は突然に(ハーレクイン・イマージュ I1726)』
『スニーカー・スタイル』

……上のコイツらは一体何か、というと、すべて私が某ネット書店のカートに放り込んでおいた書籍タイトル一覧。これが、ある日一瞬にして消えてしまった。ひとり真夜中に唖然愕然。「何となく気になる」「欲しい」「買おうかどうしようか」「いずれ絶対買う」「今買う」…のすべてが混ざり合ってどっさりと。
どうも cookie(のファイル)が突然削除されてしまった、らしい。ちなみに、そのネット書店が提示するようなトラブルの原因になることを一切してなかったので、偶発的な事故だったと見える。
ここで諦めればいいものを、私にはそれができなかった。ネット書店のカスタマーデスク宛に「どうにかして元に戻せないだろうか、あれはあれで私にとっては大事な備忘録のようなものだった」と泣きを入れ、嘆願した、のた。……わかっているのよ、はた迷惑なことだとは↓
そしたら。とてもとても丁寧なメールを頂戴し、しかもこのクソ忙しい年末に、デエタすべて、探し出してメールを下さいました(涙)。
で、お礼とお詫びのメールを差し上げたら、また丁寧な返信を頂いた……(号泣)。忙しいのに!! すみませんとありがとうございましたをただひたすら繰り返すしか私にできることはないです↓

でもって、こうして復活していただけなかったら、入れていたことを思い出せなかった書籍が山のよーに!! ああ、本当に有り難いです、その会社がある方向に足向けて眠れません。

…というわけで、ひたすら「b」から始まる某書店サマに感謝し続ける私なのでした。

こうして見てみると、私らしいラインナップだなあ、と呆れ返ります。ははは…。
文房具で簡単!ステキな年賀状―アイデアレシピ21
中澤 千寿子
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年賀状、やっと出し終えた。……でも、いきなりプリンタが絶不調に陥って、妙な色具合のモノが出来上がる。……年末ねえ…狙ってくるじゃないの。この時期修理出したら戻ってくんのは年明けじゃねえか!(号泣)そんなわけで「泣き言・言い訳付」年賀状が友人たちの手元に元日(多分…)届くことになるのであった。許して……。おまけに、出し終えた~♪ と思ったら1枚書き忘れてたし↓

さて。年賀状である。
正直に言おう。私はあの、
「自分の赤子・子供『のみ』をででんと写した写真入り年賀状」
というヤツが、……………キライである。
生まれた年にもらう分には「わあ、生まれた子は○○(性別)で、こういう顔立ちかあ。お母さん似?」などと思えるので、それほど何とも思わない。特に遠方に住む友人なんかは滅多に会えるわけもなく、こういう時に「お披露目」して頂かない限り、見ることは適わないわけなので、気にならない。
しかしだ。毎年毎年毎年毎年毎年!! 子供の写真ばばん! ――これ苦痛。

「あのね。私、アナタとトモダチよね? アナタのコドモとトモダチじゃないわけよ。でね、アナタのコドモの成長を見て本気で楽しいのなんてね、ぶっちゃけ御祖父様御祖母様や、近しい親戚の方くらいじゃないの? 私、毎年アナタのコドモの成長ぶりを見たいわけではないのよ。そんなの、小学生時代の朝顔だの向日葵だの糸瓜だのでたくさんなワケよ。ねえ、何故?

何故アナタやアナタの伴侶+コドモ、という写真を使わない?

どうせくれるなら、自分、もコミの写真にしてくれんか、せめて。……って言うと、「照れるから」とか「私じゃなくて、子供を見てほしいのVv」とか思うんだろうけれども。けどもね!
…はあ、子供の写真なら、照れひんのんですか? そらま、ねえ、自分にとっては、可愛いてしゃあない。自慢ですやろなあ。そやけども。よう考えてもみなはれ(私は一体どこの生まれだ…)。
コドモなんて他人から見たら可愛いかどうかなんて(以下、非常に不評を買う言説が続くので自粛)。
いや、友人の欲目で可愛いよ(私のこの正直さは時として周囲の人間に殺意と凶器を抱かせる。はっはっは)。可愛いけどさあ。

「私たち家族は、今こうしてみんな元気に暮らしてるよ」
というメッセージが伝わってくるような写真を使ってくれよ、と私なら思うわけだ。……赤子の写真をでん! と「挨拶状」のメインに据えるくらいなら。そういうのは、言うなれば(そしてとてもとても意地の悪い言い方をするならば)「親が編集した子供の様子を淡々と追うだけのヴィデオ」の画像ver.ではないか。彼ら自身にとってのみ「楽しい」モノであって、第三者にしてみれば、「……で?」という気分なのだが。子供というだけで無条件に楽しい・朗らかな気分になれる方には嬉しかろうが、私はそういう性質がカケラもないと来てる。
微笑ましく眺められるのは最初の1~2年くらいだよう……。面識があって、折に触れて遊んだことがある子供、とかならまだ「わ、去年の○月会った時よりおっきくなった!」とかそれなりの感慨ってもんが生まれもするんだけど。
家族写真なら、嬉しいんだけどなあ。「子供のみの写真がででん」、来年は何枚来るんだろう……。ペットの写真、のが純粋に「単純に被写体として可愛いものの写真」に思えていいくらいだ。

恩師から来るお年賀はいつも楽しみ。大抵奥様と一緒に写った(恩師の趣味のひとつは写真・カメラ)、とてもとても素敵なお二人の写真で、「ああ、元気にしてらっしゃる」とわかって嬉しくなる、んだけど(奥様とも少し親しくさせて頂いたのでなおさら。お二方ともお元気そう、とわかって嬉しい。もっとも、こういう写真のが困っちゃう、というひともいるんだろうけど)。
「結婚しました」年賀も嬉しいな。お互い遠すぎて、私がお式に参列できなかったりすること多いので。

頼む。せっかくくれるなら、友よ、君の姿も一緒に写ってる写真を使ってくれ。子供だっこしてる姿とかさ。親のどっちかと子供が遊んでるとこ、とかさ。その方が、微笑ましいじゃん。
それでこそ年始の挨拶に相応しい――私にしてみれば。

……などと、プリンタ不調な時につくった年賀を送るような女に言われたくもなかろうが(まったくだよ)。

アルクPinkyファンタブック
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厳密には「書籍」の括りに入る筈なんだが、やはりこれを買うひとの主目的は付属のフィギュアにある、と思うので「ほびー」の括りで。

これ、予約したのが8月だったよ……(確認してから驚愕)。そうか、そんな前だったんだ……。「Pinky」はどーあっても発行・発売が遅れる、てのがお約束なんだろうか。

個人的に、全く! 知らない「月姫」。どーやら最初は同人ソフトとして発売されて人気を博して、その後商業ベエスにのっかって更に人気が…というシロモノであることぐらいしか知らない。伝奇モノな要素があるらしいのだけれど。設定・世界観がなかなかに緻密な構成で、そこがウケている、と何かで読んだ程度の知識しかないのに買う、と↓
月姫読本 Plus Period
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作品として面白くなければここまで支持されなかっただろうとは思うので、きっと出来も良かった、のでしょう。続編、というか、同じ世界観の物語が他にもあるらしいし。
で。その「月姫」の中でも人気の高いキャラ。一応ヒロインと言ってもいい(みたい)「アルクェイド」(通称アルク)をピンキー化。ベタな作中登場するコスチュウムのver.と、何故かYシャツ+素足というボディが付属しているのだけど、……何故素足にYシャツ? これはゲエム中で実際そういう格好してたことがあってのこと? ああ判らない人間には何処までも判らない。ただ、パアツとしてはやはり面白いし色々遊べそうなのでげっとしておきたいのであった。

実物、なかなかに可愛い。極端にクセのないイラストが元だから、かしら。しかし、今手持ちのぴんきーには他に金髪のコなんて居ないので、この子はほかのヘア・スタイルが出来ない、つーことね(涙。いや、そりゃ髪のパアツすべてとっかえて、違う色のヘアにしちゃえば決行ヴァリエあるんだけど)。

……個人的にはグレイのタイツ(ストッキング?)に黒の何でもないプレエンな靴、これはなかなかに難しい。ほかに合わせるとして、どんなボトムスに合うんだ?? ひらひら系のスカアトでもあれば別か。でもなあ、色合いがなあ。せめて黒一色、とか、いっそニーソまで突き抜けてれば逆に自由度が上がったんだけど。ううう、デフォルトのふぁっそんをそのまま、だからしょーがないか。紫のロング・スカアト、てのも結構大変なんだが。白のタアトル・ネック(あ、ハイ・ネック?)はいいとしても(しかし、上に何か羽織らせることが出来るなら楽しみも多いのだが、特に改造等施せない私にはちょっとサビシイトップスである)。

何はともあれ可愛いから、ま、いっか(なげやり)。

小冊子、やはり、というか物足りなさがちょっと残る。でも、そもそも「月姫」という世界を知っていればいちいち書くのも鬱陶しいだろうし。必ずしも知ってて買う訳でもない、という実例がここに居るんだけど↓ 

ほかのキャラも欲しかった、かも(←その後ちらちら他のキャラがどんな感じかを見た)。でもそれ以前にすでにリペイントの企画が持ち上がっているらしい。もっとも延期延期で何時出るんじゃ! がでふぉるとなくれおすさんなので、あまり期待しないで待つことにするです。ふー。
なごみのお家 DXお茶犬や
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リカちゃん系のファッション・ドールものの「家」も嫌いではないんだけど、より好きなのはこういうちまちましてて部屋の一区画ではなく家全体として存在する系統。「こえだちゃんと木のおうち」とか、そのテのヤツ。
「お茶犬」、キャラとしては特に何らの感慨もなかったというのに、
癒しのお茶室 リョクのおうち
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コレ↑とか、もーたまらん可愛さで欲しい!! クリスマスに何かあげよう、と言われたら(誰にだよ)コレをリクエストしたであろうほどに欲しいぞ! できればいちばん上の「ポット」のヤツ!(……自分で買えよ! ←だって高いのよ・涙)

急須を、ポットを開くと家になってる、というそのつくりだけで買い! っす!! ちゃんと小物がすべて収納出来て、ポットや急須のカタチで飾って(?)おける、というのもスグレモノだ。
欲しがるオトナも結構居るらしいことは、Amazonの評価からもうかがえる。同志発見(笑)。

誰かくれ(だから自分で買えとあれほど・略)。
そんなこんなでクリスマスも当日にして終了。
クリスチャンではない私にとっては、そうだなあ、……ケーキと鶏肉を貪り食う日? これはこれで異教徒らしいな。うむ。
何せウチの母は亡くなった舅と姑の仏壇にケーキ供えるぞ。どんだけ異種混合だよ(そんな彼女は私と同じミッション系の女子大を卒業しているリッパな仏教徒にして神棚に手を合わせる敬虔なオンナである。もっとも、彼女の同級生に、「寺の娘でミッション・スクールに入学し、後に神主と結婚した」というツワモノが居たらしいので、母もまだまだである。←何が…?)。

モールに買い出しにでかけたら、子供たちは冬休みだしクリスマスなのもあってもの凄い人出。酔いそう……。
買い出し、と言っても、実はすでに正月の準備のため。
繰り返すけれどもウチはクリスチャン・ホームなどではないので、「祝う」わけでもなければ、浮かれる必然性もなく、惰性とノリと食い気で過ごすのみなのだ。大事なのは年越し。年神様をお迎えするほうが大事なのだよ、八百万の神いましますこの国の人間なので!(多分)

クリスマス、ひとつだけ嬉しかったことは、今寂れつつある駅前通り(土地開発と商業経済を鑑みた結果がどっかオカシくて駅前が寂れまくり、郊外がどんどん発展しているのが現状)の、昔からあるケーキ屋さんに、結構予約が入っていたらしいこと。
モールだ大型スーパーだ、今じゃコンビニでもケーキ予約ができちゃう訳で、小さなお店がどんどん姿を消す一方。ウチはたまたま昔からそのお店のケーキが好きだったのでそこに予約を入れてきて、母が受け取りに行って来たらば。もの凄い数の箱・箱・箱! だったそうな。
よかった。まだココのお店を、お店の味を覚えていて、予約入れてまで食べるお客さん、ウチ以外にも居たんだ、と思ったら、とても嬉しくなった(おまけに、どこの店も「予約受け付け中!」の貼り紙して宣伝しまくりの時に、何の貼り紙もなく、フツーに営業してたし)。

うわ。そうか、あとは年越すだけ、なのね。何となくボーゼン。
トシ食うと1年経過するのが早いのう……(遠い目)。
20041226181511.jpg母がいきなり薬局から拉致ってきたぬいぐるみ……。何故もらってきたのだ、母……(そうだった、彼女は可愛いモノに弱いんだった。でも、前も販促用みたいなぬいぐるみ、薬局から拉致ってたんだよな、この女は。むむう)。くりすます・う゛ぁーぢょんですよ。しかしですね、鼻デカのせいか、材質と綿の詰まり具合のせいなのか、そのままでは飾れず、ばったりと倒れくさります。おのれ!!
サンタクロースっているんでしょうか?
中村 妙子
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《サンタクロース、失踪》

「クリスマスの思い出Ⅱ」にて、Kids Class の子供たちのためのクリスマス・パーティで、サンタ役をやってくれた青年。彼はAJ、と呼ばれていた(連れてきてくれた Jess & Joe に「それ、ニック・ネエム? それとも本名?」と尋ねたら、「よくわからないけど、みんなも本人もAJ、ってだけ」という返答が返ってきた。まあ、とりあえず呼べる名前あるから、何だっていいんだけど)。ALTとして赴任してきた教師らしい。それくらいしか知らない。

パーティ前に一度教室に顔を出してくれて、お互い自己紹介した。あとは当日、突然子供たちの前にサンタの衣装に袋を担いで華々しく登場した時に会ったくらい。彼には彼の仕事があったし。とりあえずパーティの前にしろ当日にしろ、会った日はそれなりに会話して、気さくなにーちゃんだなあ、とか、そういう印象を受けた。教師だけあって子供への態度だとか応対っぷりは慣れたもので、とてもカンジがよかった。
だから、サンタ役を引き受けてくれたのも有り難かったし、助かったなあ、とみんなで感謝していたのだけれど。

ところが。数週間後に、私は妙なニュウスを耳にするのだった。
「ねえ、知ってた? あのパーティでサンタやってくれたAJって居たじゃん。あのひとさ、失踪した、らしいよ」
仕事のついでに立ち寄ったマネージャーが教えてくれた。

はぁ?? 失踪!?

「何かさ、仕事ある日なのに、来ないんだって、学校に。そんで、連絡取ってみようと思って電話かけるんだけど、出ない。もしかして病気で寝込んでるのかな、とか、心配になるじゃない。見知ってる教員とか、ほかのALTなんかにも訊いてみるんだけど誰も『わからない』ときてさ。そんで、学校のひとだか教育委員会のひとだか、とにかくAJのアパート行ってみたのね。そりゃそうだよね。で、ドアノックしても反応ないし、大家さんに頼んで鍵開けてもらって部屋の中見てみたら、居ない! の。調べてみたけど、財布とか絶対必要そうなものだけ一切合切なくなってて、家具なんかはそのまんま。必要最低限をバッグに詰めて消えた、ってカンジだったらしい。携帯持ってたハズだ、と思って、そっちにもかけてみたら、解約されてて繋がらないの。で、ああ、こりゃ逃げたな、と」

はあぁぁぁぁぁぁ!? ありえねー!!

「そういえば、前々から、トーキョー辺りに行きたい、って言ってたかしらね。この辺って、その、遊ぶところ、少ない、でしょ? あたしたちなんかは Air Base 辺りまで行って遊んだりしてて、別に退屈とか思ってないんだけどね」
とは Jess や Joe のコメント。と、東京? 東京に行きたい?? 田舎の中学生みたいな理由で消えたの?? ホントに?

じゃあ、何か? 東京に行きたくてばっくれキメ込んだのか!? アンタ、不法滞在・就労目的で留学しにきた偽学生じゃないんだからさあ、……何やってんだよ~~~↓

まあ、本当の理由、なんてものはもうわからない。今も彼は雑踏に紛れて、「楽しく」日本で暮らしてるんだろうか。
クリスマスのあと、何度か「ねえねえ、あのパーティの時のサンタやったひと、もう遊びに来ないのかなあ?」なんて子供たちに無邪気に訊かれた私の心中、察して下さい…。

それにしてもだな。どんな気構えで働きに来とるんかと。働く、つーことを、ナメとんのか!? そんなに田舎暮らしがイヤだったのか。……まあ、確かに、つまんない小さな町(一応は「市」だが)だけどさ。後続の教師たちも、そういう疑いの目で見られるようになるかもしれない、とか、もう少し考えようよ、社会人なら!

ヤツが残した置き土産とは。ええ、そうです。この何とも言えぬ後味の悪さです

サンタは去り際も肝心なわけだが、こうも見事だと何も言えん(いや、言いまくってるだろ、呪詛のよに)。
とりあえず、AJの飼ってるトナカイ、名前はやまびこ、こだま、あさひ、のぞみ、なすの、こまち、つばさ、あおば、だな。待てよ、空飛ぶんならボーイング767とかエアバ(以下略)。
feel Christmas
オムニバス サラ・ブライトマン リベラ
B00061QXJA

《バス・ルームから愛を込めて↓》

毎週通っていた教会の日曜学校。当然! クリスマスには年齢で分けられたクラス毎の発表会だの何だのがありました。発表会まであれこれみんなで考えて、練習して。楽しかったけど、……劇をやろう、ということになった時、あれこれアイディアを出していたら何故か脚本担当にされた…。
アイディア出すのが楽しいのと、カタチにして皆を納得させるのとはハナシが別ですがと言っても誰も聞かん。くそ!
私はまさに表舞台には立たなくともよかろう、と思い込んでいたのだが(脚本担当するんだし)、「ちゃんと自分の役もつくってね」という一言が。うっ…。やっぱ出るのか……(ちなみにバリバリの端役。コレ特権。ふはははは)。

――でも、まあ、過ぎてしまえば何だって楽しい。毎年毎年マメにあれこれやってました。

で。私は一般の礼拝(日曜学校に対して、社会人乃至大人対象、という意味。日曜学校は中高生クラスまであったけれども、受洗を考えていたり、すでに受洗しているひとならば、小学生だろうがこちらの一般の礼拝にも出席していた)にはあまり出席していなかったので、その企画というか計画を知らないままだった。多分、みんなも知らないだろうから
驚かせちゃおうか、という気持ちもあったのかもしれない。

私が知らなかっただけかもしれないけれど、教会に通う有志によって「聖歌隊」が組まれていたらしい。しかも。戸別訪問で caroling を行っていた。
手に手にキャンドルを掲げ、賛美歌集を持ち、教会に通う皆の家々をまわり、その家の玄関先や庭先で歌ってくれるのだ。

外は暗闇、雪がちらついている。彼らはどうやって来たものか私の家にも来てくれたのだ(教会から私の家は少々遠い所にあって、車の移動でないと大変。冬だからなおさら)。

しかし。しかしなのよ。やっちまっただよ……。せっかくの caroling 、私ときたら風呂場で聴くハメに…↓ ちょうど当時のお風呂タイムのあたりにみんなが来てくれたのだ。
バス・ルームの外から母の声がする。
「水玻。教会の皆さんが来てくれてね、歌ってくれるんだって。アンタ今お風呂だから、って言ったんだけど……」
うっ。真冬に今から風呂場を出る勇気がないわ…。

外は暗闇、雪が舞う。聴き慣れた賛美歌が聞こえてくる。私ときたら湯船の中でほこほこ。ある意味贅沢ですよ。ええ。みんな毎週これでもかと歌ってる精鋭っちゃ精鋭ですよ。伴奏なんぞなくたってメロディ外れない、素晴らしいハーモニィを生で聴けるんですから。でもですねえ。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい~~~!!

みんなが寒い中歌ってくれてるのにひとりのうのうと風呂に浸かってる、って……ものすごい罪悪感が……↓ 感謝の念より申し訳なさが勝る。

おまけに、翌年まで風呂で聴いたときた日にゃあ!! でもって、その次の年なんて、風呂上がり直後でパジャマ姿。ニットのカーディガン羽織って玄関で拝聴しましたが、……やはり何やらハズカシイやら申し訳ないやらで。うう(おまけに、髪が濡れていたせいか、風邪までひいた…)。

ご近所に多分響き渡ってたと思う。あの賛美歌。粋なクリスマス・プレゼントのお裾分け~(いや、多分、……突然賛美歌聞こえてきてびっくりしてたと思うけど)。
くりすます
かすや 昌宏 佐久間 彪
4783400644

《天使降臨、されど頭上に光輪の無く》

時は元禄15年…というほど昔ではないが、モアはまだ絶滅してはいなかった頃の話(……あまり隔たりがないやないかい)。そういうわけで(?)、うって変わって幼少の頃の思い出。

私はカトリック系の幼稚園に通っていた。園長先生は神父も兼ねていたらしき外国の方だった(日本語は達者)。
3月には雛祭りを、5月には端午の節句を、7月には七夕をちゃんと楽しむ無節操さを持ち合わせた、日本ならでは、なカトリック系幼稚園、である。千歳飴は礼拝堂で園長先生(=神父サマ)から頂戴するのだよ。
しかし。やはりと言うべきかクリスマスが最大のイヴェント、なのであった。毎年必ず年長組がクリスマス劇を上演する。

すべての子供に役が割り振られるのだが、これはすべて先生たちの采配によって決まっていた(…と、思う。何せ大昔のことで記憶が曖昧)。
私は、身の程知らずというか、まあ単純に憧れていた、のだけれど、……マリア役をやりたいなあ、と心のどこかで思っていた。でね、本当は会うことを禁じられていたトニーに会いに行くのよ!(何故そんな小さい笑いを取るのに必死なのだ)

もとい。クリスマス劇である。メインの登場人物、というのは実際は限られているので、ここぞとばかりに嵩増しを図るのだ。本来そんなおるかい! という役を、何人にも増やす(たとえば天使に遭遇する羊飼いたちは、メインを張る子が居るものの、モブ的存在としてわんさか居たりする)。
物語は大天使ガブリエルを筆頭とする天使軍団(これがミカエルだったら悪魔との戦闘になるわけか?)がずらりと舞台に居並び、これから始まるストーリィの前説をするところから開始する。
この、ほんのわずかなワン・シーンに登場する天使其之壱、が私に与えられた役であった。総勢20人近くは居たかなあ。

天使。白い、ウエストの切り替えなど一切ない、すとん、としたワンピースに身を包んで舞台へと向かう。
「天使」。もうそれだけで、ちょっと嬉しかった。マリアほどの大役ではないにしても、「天使」! 天使と言えば白い衣、背中には翼。足元まで届くほど長いのに、ちゃんと白のタイツだって履いたのよー。靴はいつも履いてたバレエ・シューズだけど。……とまあ、いかにも、知れ渡った天使像を模した姿である。
でも。halo はつけさせてもらえなかった。それは、大天使ガブリエル役の子とあと2人だけに、つけることを許されていたのだ(とりあえず、出演頻度がモノを言っていたのだった。一度出るだけの下っ端にはナシ!)。
わしらは森○のエンゼル・マークかい!(言いがかり)
コドモゴコロにも悲しかったなあ。後光ナシの天使かよー。そりゃあ区別できるように、受胎告知をするかの天使はこの天使(役の子。衣装もちょっとだけほかの天使役よりゴージャス)ですよ、とわかるように、という観客への配慮、なんだけれど。欲しかったですよ、天使の輪。ガブリエル役の子が特に羨ましかった。

てなわけで、「天使」のワタクシに最初に芽生えたあってはならぬ感情は、7つの大罪のひとつ――"Envy" で御座いました(笑)。
天使の階級、上・中・下、それぞれ三隊ずつある中の、下級三隊、さらにソレの最下位の天使なんてこんなものさ(涙)。

清らかならざる者はやはり堕天の身となって、翼など持つことは許されないので御座います……よよよ。
よりにもよって、 envy が象徴するケモノは蛇かよ!! さあ、この実をお食べ、白雪姫(←話変わってる)。

「もろびとこぞりて」を耳にすると、今でもふと輪っかのない天使をやったその当時を思い出す。
今では、背には黒い翼、尻には先の尖ったシッポが(以下略)。

その幼稚園は今でもあるので、きっと今年もまた年長組の子供たちが、天使や旅籠の主人、マリアやヨセフ、三賢者だの羊飼いの姿になって、見に来た保護者たちを喜ばせるのでしょう。
175 Easy-To-Do Christmas Crafts
Sharon Dunn Umnik
1563973731

《阿鼻叫喚・疲労困憊》

英会話学校における子供たちのためのクリスマス会の思い出。

1:水っぽいココア
2:プレゼント交換は大変だけど楽しいな
3:楽しそうに暴れる子供×2
4:脱走者発生

――以上!!

3、4が特にキいてます。これ以外の記憶があまりないぞ。スクール一の暴れん坊将軍(この称号がふさわしいくらいの見事な暴れっぷりでした……)Kくん。
彼は英会話はキライではないらしいけれど、何かしら不満を抱えていて、ふだんのクラスでも逃走・奇行(いきなりゲエムで使っていたペットボトルで自分の頭をごんがん殴り出したらしい……)・奇声を上げる・勝手な行動を取る、どうしていいかわからないほどで、保護者の方とも何度も話し合ってみたけれど、何らも解決できなかった、という元気の有り余った男の子でした。

最初は年齢等関係なくみんなでゲエムしてたのですが、ふだんクラスで使ったりしてるボールを取り出して投げ始め、それにつられちゃったほかの子もそっちに夢中に。おまけに事務所の椅子から椅子、椅子から机、テエブルへとひょいひょいと飛び回る始末。注意したって聞く耳持たぬ。彼につられてほかの子も暴れ出すや否や、もうクリスマス会どころではなくなってしまい、ほかのお子さんのお父様が彼を抱き留めたりして強行を抑えて下さってようやくどうにか場が収まったほど(こういう時、どれくらいの「強さ」でスタッフがしゃしゃり出ていいかは、非常に迷う。しかも、その時はお母様がいらしたのに、ほぼ口頭注意のみ…)。

楽しくないのかなあ。自分が楽しいと思うことができないのがイヤなのかなあ。集団、てとこがイヤなのかなあ。遅れて来た子たちの案内をしたり、保護者の方々と談笑しつつ、そんなことでアタマがイッパイ。悶々としながら、ついPCに向かいふだんの仕事までやってしまう……日本人やのう!!

で、Kくんの親御さんが「ちょっと用事あるから。ちゃんとみんなと遊んでてね」と消えたあと、Kくん脱走……。吹雪の中、外に走って行ってしまって、探しに行くものの、どこに行ったかあっという間にわからなくなり。
……ああ、私、一応「現場責任者」なのに……。情けない。

年齢・学年によって二手に分かれて activity を楽しんだあと、また合同でプレゼント交換をしたり、お菓子を食べたり、と過ごしたのですが。精神的に疲れ切った私には、あの「ホット・チョコレイトのつもり」ココアの水っぽさに泣けた。疲れたカラダとココロに浸みる浸みる。

プレゼントは、サンタからひとりひとりに、と、みんなが持ち寄ったものの交換会とでひとり2つ。
サンタは、皆の期待と予想を裏切って、彼らがまったく知らない男性が扮してやってきたので、興奮状態に。はっはっは、少しはさぷらいずになっただろう!(講師たちの network で調達してきた人員。ちゃーんとなりきって "Ho-Ho-Ho!!" と声を上げ、ひとりひとりにプレゼントを手渡してはアタマなでなでしてあげてました。子供たちに任意で数字の書かれたカードを渡しておいて、その数字と合致したプレゼントを渡すのです…まあチープなものですが、気持ちだけは込めて)
ちなみに、子供たちの予想はでは、サンタ=Tom だったのですが、彼はその頃せっせと自宅で大人のパーティのための下ごしらえに奮闘していたのでした。ありがとう、Tom!
でもって、その Tom の代わり(?)にサンタとなった彼は、後日置き土産(?)をも残してくれもしたのです…フフフフ…。

子供たちとその親御さんたちが帰宅なさったあと。おお、まさに台風一過。これを片づけるのが私の仕事~。特に何もしていないのに、不思議なほど疲れ切っていた。
しかもこのあと大人の生徒さんたちのためのパーティに参加しなくてはならない(すでに "have to" の次元にまで堕ちていたパーティ…・笑。でも、本当に「すみません、急用出来ました」とばっくれよーかと思った……)。

サンタクロース、サンタ苦労する、散々苦労する、……バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!(大阪ノリ)

壊れたなあ。疲れ切ってたなあ……何故かしら……(涙)。そのあとのパーティであるこほうるをやたらと勧められたのはもしかしてそのせいか? 飲んで忘れろってことね……そして、本気で憶えてるとこが少なくなったわ(笑)。
Gooseberry Patch Christmas Cookbook: Filled to the Brim with 191 Holiday REcipes, Menus & Easy-to-Make Treats for Sharing!
Nancy Fitzpatrick Wyatt
084872870X

《和気藹々・悲喜交々》

英会話学校に勤務していた頃の思い出。大人の生徒さん対象(一応高校生以上参加可。ただし、もちろんあるこほおる厳禁、深夜になる前に帰宅、の条件付)のパーティは講師の自宅で行われることになりました。ちなみに会費制。

その講師 Tom(仮名)が、ふだんは○ックに依存しまくりだけれど、本腰を入れて料理をし、振る舞ってくれる、というのです。
「チキンかターキー、丸ごとで買える店、ない?」
と来た日にゃあ……(驚愕)。昔はあったけど、今はこの辺にはそういうのが手に入る肉屋、ないのよ、と教えると、自分の情報網を使ってどうにかあれこれと入手してきてくれた。
御祖母様のお仕込みがよかったとかでなかなかの手際の良さ。その日は3時近くから準備にあたって奮闘してくれていました。しかも、ひとりで。私とほかの講師2人が彼の家に行けたのは4時近く。それまで黙々と食材と格闘していた模様。

……講師2人のうち、ひとりは恐ろしく不器用、ひとりはふだんから料理をするひとだったので、後者が協力。前者はじゃがいもの皮むきをしていたら指を切ってしまった↓
「Joe(仮名)、アンタはもうナイフに触んないで!」
と親友Jess(仮名)に叱られていた。
私もかなり不器用なほうだけれど、それでも何とかジャガイモの皮むきはこなせた(……かつて男女を問わず、親切な友人たちに林檎の皮を剥いていた時に「代わろうか?」と言われた女だ↓)。
私たちよりさらに先に来ていたマネージャーはふだんから料理をしているとかで、Tom を手伝って仕事をこなしてゆく。

……ひとつだけ気になったんだが。鶏を下茹でしてからオーヴンへ、それはいいのだ。私がびっくりしたのは、ざるとかコランダーの類を一切置かず、いきなりシンクにどっしゃあ! と鍋から肉をぶちまけたこと。
正直ヒいた(笑)。いくらそのあと味付けして焼く(←兼消毒)、とは言え、磨き上げたとは思えんその小汚い(失礼…)シンクに鍋から直に空けるたあアリなのか、それはー!! いや、食ったけれども。食ったけれどもだな!!
もとい。できるだけ彼らの故郷(講師たちはたまたま皆カナダ)でのクリスマスの再現、をしてもてなしたかったようでした。

5時辺りから参加者が手に手に何かしらを持って登場。やはりこういうさりげない心遣いは嬉しい♪

講師たちと日頃付き合いのあるALTたちや、かつて生徒だった方たちなどもぞくぞくと詰めかけてきた。
明かりを落とした部屋ではツリーのイルミネイションが瞬く。CDをかけつつ、各々が好き勝手に居間に集い、開始時間までを過ごしている。初対面同士も当然あるわけで、簡単な挨拶をしつつその時を待っていた。ドリンク類はフリーで。
何かいい雰囲気だわ♪ 嬉しいわ♪ 英語と日本語が飛び交う。

……これもどうでもいいんだが、何故私に飲み物をくれる時に「何か入れる?」とアルコオルの瓶を指さすのだ、皆よ。

持ち寄ったあれこれに出来上がった料理の数々。テエブルに乗り切らないくらいたくさんある。お菓子の類もあるので尚更。
ロースト・チキン。アップル・パイ(それだけでも嬉しいのになんとアップル・クランブルまであった!)。マッシュ・ポテト。サラダ。さらにはエッグ・ノック。おおう、クリスマス!!

アップル・パイに「忘れず」ヴァニラ・アイスクリィムを添えてくれるところが好きよ♪ エッグノッグにナツメグを振りかけてくれるのも好きよ♪ 嬉しいわ♪(でもどうしてか私にはあるこほおるを多めにしてくれるのは何故♪ ←これはおかわりをもらうごとに度合いが変わってくのがわかるの・笑)チキンは茹で過ぎなのか焼き過ぎなのか、ちょっとだけカタめに仕上がっていたけれど、それでも出来は上々。
ワインだラム・コークだジュースだ烏龍茶だ、とそれぞれ持って、とりあえず頑張ってくれた host の Tom に挨拶をしてもらい、本格的にパーティ開始。
端的に言えば、……食った飲んだ笑った、という集まり(笑)。
聞きつけてきた講師の友人たちまで押し寄せてきて、広いとはお世辞にも言えぬ居間がまさにすし詰め状態に。

私個人のお気に入りはアップル・クランブル+ヴァニラ・アイス、それからエッグノッグ!! ウマー!! 激ウマ!! エッグノッグは Tom の御祖母様直伝だったらしく、レシピを尋ねるんだけど「ヒミツ♪」とはぐらかされた~~↓ 何杯おかわりしたかわかんないくらいホントに美味しかった。

宗教色はほとんどなくて、ホントに、楽しむために集まった、というパーティでした(いや、ちょっとだけみんなであれこれ話してる時に三賢者のこととかが話題にはなったけど。3人の名前をそらんじている私はヲタクだからよ~♪)。

最後は、恒例のプレゼント交換。テエブルを取り囲み輪になって歌に合わせて隣へどんどんスライドスライド……。私はたまたまマネージャーが用意したグラスをもらいました。ちんまりしていて可愛い。女性のチョイスは基本的には可愛かったり、クリスマスならではな装飾系が多かった。
で。私はクッキィ・プレエトと紅茶(クリスマスだから、林檎の香りがするモノを)、というのを用意した、のだけれど。……運悪く男性の生徒さんに当たってしまった。あれでブルー入ったな↓ だってねえ。
「ねえ、誰かさあ、交換してくんない?」
おっさん(←あっ)。まだ選んだ当人が居る時に、声高に不満も露わな口調でそういうことをゆーなよ……(涙)。それも、手を高々と掲げてぶらんぶらんさせつつ。そういうのはさ、会社の女性社員だの奥様だのに差し上げる、とか、ソツなく流してやってくれよ。それが優しさだよ。誰とは言わないが辞書を持ってこない上級クラスの(略)。

と(最後だけちょっと悲しかったけれど・涙)、概ね楽しかった。
小さい空間にひとがぎうぎうに集まって、みんな笑顔。クリスマスの基本は、コレかもしれない。集まって、みんな笑顔。

とにかく講師たちの率先した態度・尽力あってのパーティでした。楽しんでもらおう、という時の頑張り、手間暇惜しまないところ、それが押しつけがましくなくできる、というのは素晴らしい。
パーティ慣れしてるのもあるんだろうけれど、私たちスタッフはちょっと手伝ったり生徒さんたちに案内をしたくらいでラクなものでした。Tom、Jess、Joeにはひたすら感謝。

しかし。Kids Class の場合、こうは行かねえんだ! てなわけで「クリスマスの思い出Ⅱ」に続く。
とあるブログにて「PHOBIA(~嫌い、~恐怖症)」という記事が目に止まり。自分で知ってるの、何かあったっけ? と思い。真っ先に思い出したのが

hydrophobia:恐水症、狂犬病

……これ、何で憶えてるんだろう、と記憶の糸をたぐり寄せたら、そっか、わかった。「ブラックジャック」だ。子供の頃読んだなあ。
もうひとつ思い出したのが、……よりにもよって差別的な意味合いのなので、ここでは書かないでおきます。で、さらに思い出したのは

aracnophobia:蜘蛛嫌い、蜘蛛恐怖症

これは、「アラクノフォビア」という映画があったから。
アラクノフォビア
ジェフ・ダニエルズ フランク・マーシャル ジュリアン・サンズ
B0001LNNXE

画面いっぱいにうぢゃうぢゃ出てくる映画なんだろうか(そう、私は観てはいないのだった。割と分かり易いパニック映画らしい、んだけど。蜘蛛は確かにあまり好きにはなれないな…)。
今観てみたら、「Web英辞郎」では検索できなかったわ(てことは、ROM版にもない、ってことだな)。ついでに「Yahoo! USA」の辞書でも調べられず。マイナーな単語??

で、逆に、「philia(~好き、~愛好・嗜好)」がつくので思いつくのって何だろ、と思い、最初に浮かんだのが

necrophilia

……何も言うまい……。おまけに次に思い出したのが

pedophilia

だった……サイアクだ……。

自己嫌悪に浸るカナシイ年の瀬(号泣)。

やはり「マー○ー・ケースブック」を毎週こつこつ買うような女が思い出せる単語はたかがしれているのね……フフフ……(涙)。

プリントソフトシリーズ Vol.1 新世紀エヴァンゲリオン
B00007FOX2

ほら、こんなの↑を選ぶアナタがイタイでしょう?
……ヲタクの日々はカナシミに彩られているね……フフフ……(涙)。

いつもはギリまでやらない父が、今年は早々と年賀状の原稿をUPさせてやがった……(オヤに対してこの言葉遣いですわよ、奥様。おたくのお子さんの躾にはお気をつけ遊ばせ)。ちくしょー。私はレイアウトが決まった程度だってのに!

彼はいまだワープロ愛用者である(正直、私も文書を打つならワープロが better だと思っている。PC用のワープロ・ソフト、ワープロの利便性に慣れていると馬鹿過ぎーる!! 漢字は知らないわ、人間サマに手書きで探させるわ、余白の設定をやらせるわ、縦書き原稿を横書き表示で打ちたいと思っているのにその気持ちを無視してナントカの一つ覚えに縦書き表示で文書を打たせるわ……お前があれこれ判断してやれや! 何のための・以下愚痴故に略。……こほん。とにかく、書式設定ひとつとっても、文書入力に関して言うなら、とてもとてもラク、だったのだ。小説家の方にも、在庫を数十台買い占めた方がいらしたそうだし。私は SHARP の「書院」を愛してる。賢いコです。今も特定の文書打つ時はこちらを使用。何故か小説書く時はPCだと興が乗らないのだ……何でだ??)。
そして、ワープロの最大の弱点はプリンタ部分と一体であるため、プリンタ部分が壊れたら利便性やら用途が半減してしまうところにある(そして、もっとも壊れやすい部位というのがこのプリンタ部分なのだ。当然だな。酷使されるわけだから)。
よって、彼はワープロで文面の「下書き」し、私にその原稿をよこし、私がさらにPCで打ち直して(ワープロ→PCへのデータ移行可能なソフトは未入手なのです……。ついでに言うなら、MS-DOSファイル作成は以前成功しなかったので、父の頭から削除されている・笑)後朱を入れてもらい、O.K.が出たらようやくプリンタでげおんげおん印刷する、という家内制手工業的機械工業制でようやく生産されているのです(は?)。
ええ、今日やりましたとも、たかが180枚を! 
ちなみに、父は10~12年サイクルでシリーズものの詩をつくり、それを年頭の挨拶として方々に送っているのです。小難しい漢字が多いから、尚更馬鹿ワープロ・ソフトだと手間とかかかって(以下またしても愚痴につき自粛)。
大昔はわざわざ印刷所に頼み(活字がないとつくってもらってたので大層費用が嵩んだ)、ワープロ購入後はプリントゴッコを活用し、私がPCを手に入れた今はPC入力→プリンタでげおんげおんと。……どうでもいいが、印刷所への依頼を止めてからは私の手間しかかかってないぞ、父。ああ!?(彼は私に輪をかけたどんくささなので、ちまちました作業だの、やりたがらないのです……このものぐさ野郎め! んまあ、奥様、お聞きになりましてこの言葉遣い! お子さんの・略)

というわけで自分の年賀状なのだよ。どうしよう。やだわ、完成前にサンタさんが来ちゃう!(←キモイ)
やるぞやるぞ明日は年賀状作成に着手するぞ(棒読み)。
金色のガッシュベル!! 「 Collection of Golden Songs 」
TVサントラ 千綿ヒデノリ 田光マコト
B0001DD0US

どうしてアニメ化するとタイトルがビミョ~になる作品、というものが時々出現してしまうのでしょーか……(例:「レディ!!」→「レディレディ!!」、「パタリロ!」→「ぼくパタリロ!」…って、見事に名前やそれに次ぐようなタイトルだったり「!」が入ってる時は何かが付け足されてるな。しかも、「ガッシュ」もその系譜にハマってるし↓ まあ「ガッシュ」に関して言えば商標登録との兼ね合いでああなったらしいのだが)。

私が住む地域では放映されていないこの作品、思えば出会いのきっかけはある同人作家さんが「名探偵コ○ン」の同人誌的パロディを描かれたものを読んだ時(ややこしいことだが、「コ○ン」のパロディ作品を描かれた時に、「ガッシュ!!」の原作のあるエピソオドを丸々一部「コ○ン」キャラに差し替え、しかも御自身のオリジナル設定とキャラをも登場させた、という「サ○デー」読者限定お楽しみまんがのよーなものであった)。ここで使われたネタ元を、「サ○デー」購読者でもあり「コ○ン」ファンでもある友人に尋ねた所「ガッシュ」が元ネタである、と知ったのであった。おまけに、その時にこそ、私がいちばん気に入っている(ような気がする)「ウマゴン」初登場時だったのであった。ウマゴンをすっかり気に入った私のために、登場時の回を雑誌を解体した折りに私に譲ってくれたお陰で、ちょっとだけその世界に触れることが出来たのであった。いやあ、なかなか面白かったです。「少年まんが」してて。基本バトルものなんだけど。

ウマゴン、はコレ↓ 本名はシュナイダーというなめとんのかコラな名前なのだが、外見故にウマゴンと勝手に名付けられ今に至っている。「メルメルメ~~」としか話せないために訂正も名乗りも出来なかった不憫なコだ。
金色のガッシュベル ぬいぐるみ ウマゴン
B0002YM3V8


その友人が放映地域に住む友人からもらったというヴィデオを見ないかと言ってくれて、アニメ版を鑑賞する機会に恵まれたのだ。

……ちょーど泣ける回だった↓ 2人で涙ぐみながら観ていたです。ハイ。ガッシュと清麿、その愉快な仲間たち(すんげえシリアス展開なのにちまちまとギャグを挟んでくる・笑)が敵方(らしい。何しろいきなりとある回から観たので正直何が何やら、なのだ)と闘っている内に、その仲間が消えてしまい、一緒に闘うことが出来なくなっちゃうのだ。うう、「乳をもげ!」とかすげえ歌が劇中歌われたり(声優さんが軽やかに楽しそ~に歌っておられてどうしていいかわからなくなる・笑)、「メルメルメ~~」とかヌカしてんのに泣かせるんじゃねえよ!!

アニメなんて久しくまともに観る機会がなかったけど、……面白いもんはやはり面白いのだな。うむ。原作を最初からまともに読んでみたいものの、「サ○デー」まんがは長期化が当たり前! なので、うかつにコミックスに手を出すことも出来ず(最近は何でも長期化しちゃうけどさ)。

見せてくれた友人に感謝♪
コンビニにふらりと立ち寄り、ふと雑誌コーナーで見つけた文庫本。多分、キオスクとかコンビニ専用に置いてるような類の本だと思うんだけど、その中に「あなたの脳は果たして何年生か?」を判断できる(もちろん、お遊びとして)クイズ本みたいなのがあった(タイトルは『あなたの脳ミソ何年生?』税込み¥300也。アントレックスという会社から発行されてる、確か)。安いし、遊べるかな、と買ってみた。

その本曰く「義務教育をナメたらいかん! この期間にあれやこれや最低限のことを学んでいるのだ。というわけで、小学校4年生~中学3年生で習うことを大人向けのクイズ形式で出題、それに答えて点数を足していくと、最終的にあなたの脳が何年生かわかります」とかなんとか。
「大人向け」というのは、「○○君と××君が一緒にコンパに出席、その時参加した△△ちゃんが□□円だけ残して帰宅。その日の会計は●●円、さてワリカンにするならそれぞれいくら払うことになる?」という、まあそういう次元のハナシで問題を振ってくるから、らしいです。確かに子供相手にやれコンパだ何だちう問題は出さないやね…。

やってみましたが。恐ろしいほどに当たらない(笑。←いや、もう笑ってる場合ではないくらいだ、お前!)。小4レヴェルの「算数」ですらアヤしかった……↓

私は昔から「文章題」が苦手で、母に「アンタ国語が得意なのにどうして文章題は苦手なのよ!」と叱られたことがあるけれど、母よ、違うのだ。「算数の文章題」というのは、国語ができればできる、というものではないのよ。その問題に出てくる数字と、その問題には直接的には出てこない数字や理論をいかに適用して答えを導くか、という算数・数学的センス、とでもいうものがないとダメなのだ。国語できるからって文章題スラス~~ラ、では、断じて、ナイ!(そして、何故そんだけわかっていて解けないのか、もまた別問題・笑)こういう本、昔出してくれりゃよかったんだよ…。それにしても「落ちこぼれをなくす教師の会」つー会名がすげえんですが。悪かったよ、人生に落ちこぼ(以下あまりに悲しいので自粛)。

文章題が一週間でわかる本―岸本裕史のまるわかり授業
岸本 裕史 落ちこぼれをなくす教師の会
4092535228

で、算数は「……ヤバイわよ、アンタ」というレヴェル。多角形の内角の和の出し方、なんてすっかり忘れてた!!
 
国語。唯一自信があったハズなのに、カナシイほどにハズす。全滅、はないけれど、「何故その程度のことがわからんか!」とかイヤな教師みたいな台詞を自分に叩きつけたくなる体たらく。

理科。りか…すももの木の下ですね。それは李下。日本人の女の子なら誰もが知ってるファッション・ドール! それはリカ。香山リカ。父フランス人指揮者・ピエール、翻って母は日本人でデザイナー・織絵。……と誤魔化したくなるくらいの出来。

社会。自分が住む地域の地理もよう知らんとに、何でヨソがわかるとですかね? 794年は平安京遷都、イイクニつくっちゃうのは鎌倉幕府。地図記号? 「警察署」が確実にわかったのは何でなのでしょうか。ヲッホホホ。

「あるある探検隊」を呼んでくれ!(意味不明)
ないよー、記憶がないよー!! 常識もなかったよー!! 昔まさに一夜漬けで憶えた社会科の知識だとかも(昔のあの驚異的なまでの記憶力は何だったんだろう…)なくなってる!(これも"Easy come, easy go."の一例だな)清教徒革命は1642年だよ! 地租改正令発布が1873! ……とか、何かこう、もっと憶えておくべき大事なことがあるだろう、と言いたくなるような知識の断片しかない……。あとは無理矢理な年号暗記の語呂合わせとか↓
「苺(15)欲(49)ばるザビエルさん」、てナニ!?(私が昔呼んでた年号語呂合わせの本にあるのです……。やるわね、「学○」! あまりのくだらなさに憶えてたわよ!)せめて「以後よく(1549)来る宣教師」くらいに留めておけよ、私!! いやーっ、ショックー!!

三角形の面積は、底辺×高さ÷2ー!!(壊)
大慌てで昔買ってもらった「まんが 世界の歴史」を読むあたり、私のアセリと落ち込みはかなりのもの、と察してくれい。読めば読むほど、ああアレも忘れてる、コレも憶えてない、と落ち込んでゆく私……。ああ奈落って底がないわ……。

でもですね。ショックで逆に意地になりまして、全国都道府県の位置だけはきっちり憶えました。……地域のカタマリで地図出してくれないとわかんないけど。青森と北海道と岩手、長崎とか山口とか石川とか、香川とかなら単体?でもわかるかも(言えば言うほど情けなくなるな…・涙)。

ただ、昔よりはリクツがわかった上で理解できたことだけが救い、だったかな……ははは……(渇ききった笑い)。
ブラウンダイアリー・ボンボヤージュ
奥川 純一
4766114566

10月2日のエントリィで「どこ行ったんだ」と嘆いたテディ・ベアのブラウン君は、いつの間にやら旅に出ていた模様。チェコだスウェーデンだとイマドキめっさツボぽいんつばっかに行きやがってええええ!!

……くそう。可愛いじゃねえかよ。2作目がまた凶悪に可愛いってのによー!!
ちなみにコレ↓
ブラウンダイアリー・ゴールデン
奥川 純一
476611423X

っかー!! 可愛い! 欲しい! つか、オレんとこ来ないか!?(恋しているーのさー♪ ←大破)

テディ・ベア好きにはたまらない1冊…否、2冊なのです。
Clip trip
Les Deux
4902744031

これはコラージュ作品集にして思い出のカタマリ。
2人の女性が旅した時に手に入れたあれこれを、可愛くセンスよくまとめてます。
行き先がちょっとだけベタじゃなく、オランダやスウェーデン、チェコ、といったヨーロッパの小国(というのは失礼かも↓)というのもまたいい。

この本、実はちょっとがっかりするほど薄い。お値段の割に薄いのだ。
例えばツェツェの旅モノの本みたいなボリュウム感を期待すると肩透かしを食らう。
でも、とてもいい。個人的には好き。
旅をしたら、可愛いモノ好きというのはあれもこれもと欲張って、とにかく手元に置いておきたくなる。コレクションしたくなる。その中から厳選したものを、バランス良く可愛らしく美しく見えるように組み合わせてのコラージュ、なのね。
あえてこらえてすべてではなく、選び抜いたものを計算して並べてる。
そこが贅沢、なのだ。

そして装訂。これが、何というか、いい意味で商業出版物っぽくない。
どこか手作りのにおいがする。そこがまたいい。
いい意味で。非商業的。いい意味で、同人誌的。
ちんまりと丁寧につくった感じがする。実際、ちょこん、と小さい本。

自分でもやりたくなるんだけど、残念ながら私には美的センスというものがかなり欠けているのであった(涙)。
でも、眺めてあれこれ想像ふくらませてるのも楽しいのだ♪
豚料理大全―究極の伝統食と創作料理が一冊で学べる
4751105434

食べてしみじみと思った。人前で食えん……。
惣菜コーナーにあったのが妙に美味しそうに見えてポーク・スペアリブを購入。夕食で食べることになったわけだが。
たとえ相手が友人でもこれは人前で食べるのは遠慮したほうが私自身にとっては、「身のため」のような気がする。
大きな口でかぶりつく。肉を骨から引きはがす(むろん歯で)。軟骨は多少のことならものともせずかみ砕く。口のまわりはタレがまとわりつく。箸で引き裂けるような柔らかさではないので、肉+骨、を丸ごと箸で持ち上げてかぶりついていたのだが。……野生に還ってます、見事に。箸、という文明の利器を除けば。ケダモノだ、ケダモノ!!
ごはんのおかずに食べていたので、手づかみ、はやらない(手が脂でベタベタというかギトギトになるのを拭きつつ再び箸を持ってごはんを食べ、などという「面倒」をおーちゃくん(横着+君)な私がやるハズがないのだ)。どうしてくれようか、この食いっぷりを↓
そして犬がしゃぶり取れる肉ほどもないくらいに骨しか残らぬ(私は友人に「それだけ丁寧に食べれば鶏も食われて本望」と言われるほど骨に肉が残らない。……いやしい……。ちなみに、魚も綺麗に食べる。残るのは骨ばかり。気になると小さい骨までコツコツ取って食べたりする神経質な横着者)。
オソロシイ……。
ちなみに、寝る時うつぶせで寝たりする(……ラクなのです)ので、母には「アンタの前世、犬じゃないの?」と言われているのだった(友人の勝手な決めつけではドイツ人、どこぞの占いサイトでは聖職者に芸術家、とあれこれ言われているのだが、……犬……それが正解か……?)。

皿はナメてないじゃないのさ!(…いやもうそれ以前の・略)。

STAMP STAMP STAMP europe
塚本 太朗
4916199677

タイトルからココに来てしまった方には謝罪を。申し訳ないです。ホントに、切手がネタなんです。綾波とか綾波とか綾波とかオーケンのハナシではないです。

以前N.Y.に行った時に、デカイ荷物を送るハメになって、郵便局行ったわけだけれど。あれですね、ちゃんと「売店部」みたいなとこが、敷地内、というか、建物の一角にちょこんととはいえ、あるんですね。
で。紙モノが好きだ、雑貨が好きだ、というひとには、発狂モンの可愛いがてんこ盛り!! だったんですよ。吃驚した。

何だあの無駄に凝った可愛らしさは!!

Berry の切手、それとお揃いのレタア・セットが売られてる。赤を基調にしたチェック柄、文面書くとこはPCなんかのプリンタに対応していることもあって罫線ナシ。甘いピンク色。で、Berry の柄を一部に配してあるわけ。可愛くねえワケねえだろ! つーくれえ暴力的な可愛らしさよ、眩暈したわ。封筒がまたもう(略)。
ほかにもKING(この場合は作家ではなくジャケットの袖にそーめんぶら下げてるろっくんろーらーね)の切手とか、動物モノ、飛行機なんかのいかにもなヤツ、ベタな国内用とか、もう、どれもこんちくそー! つーくらい可愛いわけですよ、こんちくそー!(何故二度?)
日本で言う「ゆうパック」の箱みたいなのとかも売られているんだけど、梱包資材とかハガキとか、とにかくあれもこれも「その棚の端から端まで全部包んで頂戴な」な素敵なトコロだったのだ。
でだね。これがヨーロッパになると、さらに凶悪さを増す。その国の人気キャラ切手だのアート系の可愛らしい切手だの、おめーオレに喧嘩売ってんだろ、くらい可愛いのがズラリ。シブいデザインのは別な意味でまた何とも言えぬ美しさだの可愛さがある。
さらにさらに「郵便博物館」みたいなところへ行って御覧なさいな。もうねえ、喧嘩どころか乱闘おっぱじめてえんかゴルァ! くらい凶悪な可愛さ目白押しになるのよ!!(……さっきからどういう表現なんだ……)フランスの「郵便博物館」のミュウジアム・グッズは秀逸なものが多いです(以前雑誌や本で見かけたけれど、ポスト・カードを切って組み立てると飾れるようになるもの、とか、そういう雑貨乙女の心臓鷲掴み! なアイテムだとかがある)。

この本では、ドイツ、チェコ(クルテクの国?)、スイス、ルーマニア、フィンランド(ムーミン!)、ハンガリー、スウェーデン、オランダ、国連…と、全300点ほど収録し、さらには巻末にメイル・オーダー情報まで載せてくれているというのよ! だんびら抜きやがったなテメエ、てなもんですよ(意味わかんねえなあ!)。

著者は「リドルデザインバンク」を設立して、東欧雑貨を扱う店「マルクト」をオープンした塚本太朗氏ときてりゃそりゃ買いでしょー! 絶対これでもか、とツボなチョイスで雑貨メイニア(あめりかーんな発音にしてみました)にはたまらん内容に違いないのだ。前にギャップ出版(ココ、潰れたの? 良書を出しては絶版にしくさってヨソから再販されるんだが…)から出ていたもう1冊もまたこれでもか! と可愛かったし。
M¨ARKTE―1点モノの雑貨店、開店します。
塚本 太朗
4939102785


以前切手を集めるのが趣味のかつての友人に通販で購入したフィンランドの「ムーミン」切手あげたんだったなあ……。もったいねえことした(笑)。あんなに可愛いの、自分のために買えばよかったのに!
というわけでこれもまた「欲しい本」リスト入りなのであった。
パリのおさんぽ
プロジェドランディ
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パリ。行ったことがないからわからん。何区はどういうところで何区はこんな雰囲気で、とか、そういうのがあるらしいけど、何しろ行ったことがない。わからない。漠然としたイメエジが漠然とあるだけ。
カフェは路上にまで椅子とテエブルがあって、ひとりで、あるいは数人でカフェ・オ・レだのエスプレッソを啜り、思い思いの時を過ごしてる、とか、犬の糞がやたら多い、とか(笑)、ごくフツーのひとなのにこぢゃれて見えるリセエンヌたち、とか、個人主義バリバリ、とか、そういうイメエジしか、ない(断言)。
映画の「アメリ」で見たパリはおしゃれで可愛くてちょっと毒がある、良くも悪くもジャン=ピエール・ジュネというフィルタアを通したパリだし、「素」のままのようでそうでない、気がする。
しかしだ。そもそもパリジャンと言えど、そもそもはラテン系ではないか(実際、「田舎」であるプリヴァンスあたりまで行くと、庶民的な雰囲気が漂っているし、人々は気さくで明るい…らしい)。何も毎日こぢゃれまくって暮らしているわけでもあるまいて。
が、しかしだ。如何せん、「では行って見てくればよいではないの」とは経済事情が許さない。
世に星の数ほど…はないにしても、「素」のパリを楽しく見られる(かもしれない)本はそれなりにある。クレモンティーヌの本も欲しい。でもこう、も少しパンチの効いたのない? と思ってた私のツボを突いたのがこの本だ。
パノラマで見られる、って、ペエジを繰って見るのではなくて、べらーんと広げて見られる、ということ、だよね? うがー、それだけで楽しそうだ、畜生!(←?)いい! 楽しそう。表紙の色遣いとか、たまらん可愛さだ。「おさんぽ」というコンセプトで見つめる「パリ」。そこに暮らしてるひとの目線で見られる「パリ」。いいなあ、コレ、見たいわ。
……てなわけで、またネット書店のカートにぶち込む本、増えました。
空想紅茶―BERRY VERY BERRY NOTE
渚 十吾
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本てのはもちろん、「読む」ためにあるんだけれど、トシを食ってからは少々考え方というか見方とでもいうものが変わってきた。
テクストというものがあって、それを印刷して綴じたモノ、というのが自分にとっては「本」だった。端的に言うと、内容が面白いもので、安価であってくれればなおいい、という感覚だったのだ。けれど、最近はただそれだけのものではなくなっている。

装訂と内容、本文の用紙に印刷の仕方、レイアウト、インクの色合いだとか写真や visual 要素、版の組み方、そういうものが一体となって「本」というカタチを為しているという「事実」そのものが愛しく思えるものでもある、ということが、ようやく、しみじみと、わかるようになった、のだ。

元々、装訂や本のデザインには興味があったけれど、工夫の結果、くらいにしか見てなかった気がする。そのテクストにとって、内容にとって、どんな風にデザインするのがもっともそのテクストを活かし、かつ邪魔をし過ぎないか、そういうことが配慮されていて、初めていい面構えの本になるのだ、と思うようになった。

この本、まずタイトルが好き。「空想紅茶」。空想がとけ込んだ紅茶? それとも空想の中にだけ存在する紅茶? ……まあ、「何だっていい」。このコトバの連なりがまずいいなあと思う。
一日を4つに分けて、その時々の移ろいや瞬間が「コトバ」になって綴られている、「ただそれだけの本」。

ハードカヴァなんだけど、本文の用紙はザラ紙。だからとても軽い。重くない内容にぴったり。インクののり方とイラストや写真、コトバの羅列がぴったり合ってる。上質の書籍用紙じゃないからこその味わいがあって、そこがとてもいい。

時間が流れていくみたいに、コトバが流れていく。それが気持ちいい。インクの色や挿入されたイラスト、コラージュ風に配置されているんだけど、そうじゃなければならないみたいに「決まってる」。

一日が必ずしも朝から始まるわけじゃない。夜から始まるひとだって居るし、昼から始めるひとだっている。夕方からがようやく活動時間なひとだって居るだろう。それと同じで、朝から夜へと徐々に時間――コトバが流れていくんだけど、関係なく、開いたペエジから楽しめる。
気まぐれに、チョコレイトをつまむみたいに。何となく紅茶を啜るみたいに。

装訂が可愛い。濃紺とグリーンが基調、ポイントにほんの少しの赤、だけどとても「可愛い」。洒落てる。

気まぐれみたいに見えるのに、きっちり計算されたようにも見えて、不思議な味わいがある。この装訂でこのレイアウトでこの本文用紙でこの色調でこの写真でこのイラストでなければ成立しなかったんじゃないかな、と思わせてくれる。
このカタチであることが、本であることが、最大のキモだなあ、と。生意気にも思ったりして。

「読む」というより「所有する」、「手元に置くこと」が大事なの、コレ。手元に置いて、ふと思い立って手にすることができる、ってのが、ダイジ。もちろん読むけど。
LEDライト キャンデイボール 100球 パステルミックス球 クリアーコード
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住んでるトコロがとて~~も田舎なので、ちょっとでも「あーばん」を気取った(?)モノを見ると驚いてしまう。

夜、近所のコンビニに行こうとふらふら出歩いたらば。何と、家の垣根に電飾を施している御家庭発見。正直な感想としては。

うわー。やるウチあるんだ、こんなド田舎でも。

で、あった。およそそんなこぢゃれたものが似合うでもないド田舎の、それも郊外というか中心部からはかなり離れた住宅地で、一軒だけぽつん、とやってらっしゃるから尚更。その、まあ、浮いてる、んだな、要は。

アメリカなんかではお馴染みのクリスマス風景なのだけれど、……日本の田舎で見ると、何とも言えぬ違和感が。函館だったか札幌辺りだと、ご近所同士張り合うかのように自宅や庭をイルミネイションで飾り立てて楽しんでいるらしいのだけれど、北海道は何となく異国情緒漂うトコロもあるので「なるほどねえ」と思えるんだけど、……ココじゃなあ……(何処までも自分の住む場所を卑下するのだな↓)。でもって、その北海道辺りだと明らかに競っているのが判る程年々グレエドがUPしてるのが判るそうで(北海道に住んでいた経験を持つ知人談)。少なくとも、定着してる町、てのはあるんだろう。

想像を巡らせると、微笑ましくもあるのだけれど。母親と子供たちがわいわい楽しげに電飾を木々に絡ませたりしてるのかな、とか、お父さんに無理矢理やらせてるのかね、とか。

ちょっと見上げれば、天然の輝きがあるじゃないのよー、と無粋なことも思いつつ、とりあえずはまたてくてくと歩くのでした。
箪笥 オリジナル・サウンドトラック
イ・ビョンウ
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買おうかどうしようか迷っていたら、びっくりするくらいの大特価になっていたので購入決定。MAXIより安いよ…↓(私が購入した時は¥780くらいだった。その後¥500だったかにまで下がったこともある。何だったんだ…! さらなる値引きにちょっと…かなり悔しさを覚えたけれど、それでもかなり安価で買えた方なのでよしとしなくては)
映画としての巷の評判はさておき、私は随分とこの映画を気に入っている。今月下旬にはDVDも出るのよね…欲しい…。

蛇足。CDのジャケ写ですが、左下方にある宣伝ポスタア等にも使われたこの写真自体は、くるんでいるセロファンに貼られたシールなので、それを取り払うと劇中登場する家の壁紙である濃い藍色に花柄+ロゴのみになる。この壁紙がまたとても美しかった。



「箪笥」のための曲は16曲目 "Lullaby" までで、残りは他の作品 "Memories"(オムニバス・ホラー作品「Three/臨死」の第一話だそうな)という作品のもので、正直ちょっとだけ余計な気がしないでもない。
「箪笥」(「薔花・紅蓮(チャンファ・ホンニョン)」、というタイトル、美しくて好きなんだけどなあ。「箪笥」は、それはそれで謎めきつつもあっさり目で悪くはないんだけど。英語タイトルがいちばんどうしようもないんだよなあ……。でもって蛇足。以前映画として取り上げた時、情報が少なく私が無知だったために、リエゾンが起きて「ホンリョン」が「ホンニョン」になることを知らない状態で記事を書いてしまった。ハズカシイ↓)の曲だけで小さくまとめた方がよかったような気がするのだけれど。

"Cold Hands" がメイン・テエマ曲で、大半がこれをアレンジした曲で構成されている。個人的にこの曲が気に入っていて(これを携帯の着信メロディにするためだけに、とあるサイトを1ヶ月だけ利用し、¥315も支払ったのだった。……1曲のためだけに↓)、好きな曲は飽きるほど浴びるほど聴く質なのでとても嬉しい。
同じ曲の様々な切り口を見られる(?)のもまた贅沢かと。作品の哀切漂う世界や空気を引き立てていて素晴らしい。メヌエットのように軽やかなのもあれば、ギターで奏でられたせつないものもあって、さらにはこのアルバムのために収録された唯一のヴォーカル曲 "Lullaby" が泣ける。男性のウィスパリング・ヴォイスもいいなあ、としみじみ。
しかし。ハングルなのでわからない(涙)。歌詞はあるけど、ハングルで書かれているのだ。対訳らしき英文が並記されているのだけれど、それで見る限りはとてもとてもせつない内容になっている。映画のストーリィが甦って少し胸が締め付けられる感じで。

「いつかまた違う世界で逢えた時は、
あなたを腕に抱いてこの歌を歌ってあげる」


怯えて泣く妹を抱き寄せて眠る姉の姿を思い出す。
時間は巻き戻せない。起きたことは「なかったこと」にはならない。

つめたい、手。もう、触れることもできない。それを知らしめるように、同じ旋律が繰り返される。
美しい狂気みたいに。
ある日のことである。教員……というのも何なので、またA氏と呼ばせていただこう。日曜日か祭日のことであった。A氏はそれを明確に記憶していた。日曜か、祭日。

何でもそれまで住んでいた家を引き払い、引っ越したことがおありになるのだそうだ。当時はまだ父・母・子の3人暮らしであった。
麗らかな休みの日の午後。どこからともなく妙な声が聞こえてきた。

「だれか~~~~~~たすけて~~~~~~~~」

息子の声であった。すわ何事か、と声のする方へと向かうと、そこはトイレであったそうな。扉の向こうから、確かに息子の声がする。
「誰か~~~! 助けて~~!!」
A氏がドアを開けて中を見ると、息子が洋式トイレの便器にすっぽりとハマって身動きが取れぬ状態で居たという。これは大変と助け出し、息子もまた安堵した。
引っ越す前の家は和式のトイレであったのだが、新しい家は洋式トイレだったのだ。不慣れな彼はその小さなお尻を便器へとはめ込んでしまったのだった(うっかり便座を上げた状態で座ってしまったのだろう)。
ところが。ここで終わらないのが「日本語学」専攻の研究者が父である家庭である(研究者の家庭としても、一般的かどうかかよく知らんが)。

「誰か、とは何だ!」

御子息は助けられてのち、何故か父に叱られるハメになった。
父親A氏の主張とはこうである。

「今日は休みの日で、家には家族皆揃って居る。誰もでかけてはおらず、誰も訪ねてきてもいない。すなわち、この家に居るのは『お父さん』と『お母さん』と残るは息子である君だけである。助けを呼ぶなら『お父さん』、あるいは『お母さん』、と明確に呼ぶのが妥当ではないか。『誰か』とはナニゴトだ!」

……というのである。いや、至極ごもっともで御座います。御座いますが。幼かりし頃の御子息には申し訳ないけど、このハナシ聞いた時は笑ってしまった。彼は必死でとにかく助かりたかったのにねえ。

多分、お子さんとしては「お父さんかお母さんか、どちらか」ぐらいの意味で「誰か」だったんだろうなあ。でもって、TVなんかでそういう状況を目にしてもいただろうし。彼にとっては自分を窮地から救ってほしい時に発すべきことばは「誰か助けて」のワン・セット、だったのかもしれない。
しかし確かに基本的には特定出来ぬ対象を指すコトバなのだな、「誰(か)」ちうのは。言うまでもなく。言語学者としてはそれは許容できなかったらしいぞ、君の父上は。トイレにはまるわ父親には叱られるわ。踏んだり蹴ったりだな。
こうして彼は日々鍛えられ、妙な親を「アンタ変なひと」と面と向かって言えるまでに成長するのであった。

さりとてもこれもまた日常茶飯事、麗らかなるとある一日のこと。

そういえば。思い出したぞ。私の母も結構細かいことでウダウダ言う時がある。私が「ゴミ箱取って」と言ったら「これはハコじゃないでしょ! 呼ぶなら『クズ入れ』よ『クズ入れ』!!」ときた。確かにそれはハコの形状ではない。円筒形のカゴだった。
おのれ、母め! 悪かったよ、緑でも黒板て呼んでて!!(それはそれでなんか違うぞ、おい)
赤ん坊に、所謂「赤ちゃんことば」で話しかけるから、子供というのは「赤ちゃんことば」を話すものであるらしい。
かつて外出時には必ず鞄に白い手袋を潜ませる恩師を持つ教員の記事を書いたことがあるのだが、彼自身もまたなかなか面白い御仁で、自分の子供で「実験」をした。

最初に授かった男の子に、彼は決して「赤ちゃんことば」を使わなかったそうである。ベビィ・ベッドでだあだあ言う(?)赤ん坊に「おはようございます。今日はご機嫌いかがですか?」。すると赤ん坊はきゃっきゃと嬉しそうに笑ってみせる。
「そうですか、楽しいですか」。彼は子に向かって微笑む。
「さあ、おなかが空いたでしょう。ミルクですよ」と哺乳瓶を携え、赤ん坊の口元に運ぶ。んぐんぐと美味しそうに飲む。「美味しいですか? それはよかった」。……終始この調子で話しかけ続けたところ、同じ年頃の子供より、ことばの習得が早かったという(のちにさらに2人御子息を授かったが、彼らには逆にフツウに赤ちゃんことばでのみ、幼少時は話しかけたそうで、そうするとやはり同じ年頃の子供たちと同じくらいの速度でことばを獲得していったという)。
むろん、たどたどしい。大人のような発音にはならない時もある。それでも車を見て「ぶーぶーでしゅよー」などとは言わず、あくまでも「ああ、車ですね。青い色をしてますね」などと言う。

彼はさらに別な実験も試みた。
猫が居る。父は子に向かって「ああ、犬が居ますねえ」と言う。
犬が来る。父は子に向かって「おや、猫ですよ」と言う。
これを、延々続ける。
彼の家庭においては、我々が通常「犬」と呼ぶものが「猫」で、「猫」と呼ぶものが「犬」であった。
父は時が満ちるのを待った――子供が幼稚園に入る時を。家族という最小単位の集団から、あらゆる背景を持つ他者が入り乱れる、これまでとは異なった「社会」を経験するその時を。当然のように、子は愕然とするような出来事に遭遇する。
「お父さん! みんながね、猫のこと、犬って言うんだ!!」
「うん。そうだよ。本当はね、……」
彼は此処にいたって、初めて犬と呼ばれ得るもの、猫と呼ばれ得るものの違いについて、子に教えたのだそうだ。むろん、彼はそれまで信じてきたことが一気に崩壊し、愕然としたらしい。エライ親を持ったものである。彼の父親は日本語学専攻の教授なのであった。
そしてだめ押しのひとこと。
「簡単にひとの言うことを信用してはいけないよ」。
いや、確かにそうなんだが己の親すら信用できんのかい!(笑)多分、これをきっかけにお子さんは図鑑だのでいちいち確認したり調べたりするようになったに違いない。こういう「誘導」もありなのか……?

名前と、そう呼ばれる物体そのものには、本来は何らの関係もないということ。ネコがネコと呼ばれねばならない具体的理由は物体そのもの、動物そのものとは関わりがないこと。
要は、小さな子供、まだまっさらな状態の人間で、シニフィアンとシニフィエ――ソシュール言語学の理論を実践してみたわけだ。
ネコはニャアと鳴き暖かい場所を好み、犬は大小様々、ワンと鳴き時に吠え、ヒトによく懐き……そういう属性だの抱かれるイメエジなどと、通常呼ばれている名前とが一致して初めて犬は犬となり猫は猫となるのだ、というリクツがあるということを、その子は幼児にして教えられたのだった。

って、どんな親だよ(笑)。
……この話をして下さった時、御本人にも多少は「ヘンなオヤ」であるという自覚はおありになったようだが。
おまけに、そのお子さんに、長じてのちに真顔で
「お父さん、アナタは変なひとですねえ」
と言われたそうだ。うむ。確かに。
教員の話しぶりや、彼の御子息を知る他の教員たちの証言(?)から察するに、彼は「聡明で面白いひと」らしい。さもありなん、と思った。
要するに馬鹿なんだろう。……我ながら身も蓋もないのだが。

最近京極夏彦氏の文庫を読む時は、文庫のカヴァを外し、以前通販で購入したブック・カバーをつけて読んでいる。……そもそもカヴァは本を守るためにあるんだろうに、わざわざそれを外して新たなカワを被せるとは……なんだそりゃ。だって、カヴァが折れたりよれたりするのが嫌なんだもの↓ 究極傷がついたりしただけでヘタするとその本そのものを見たくもなくなってしまう。……度を超した書痴だな。

コミックスの類はそのまま読む。カヴァをつけず、売られていた状態のまま。いちいちカバヴァはつけない。というのも、コミックスのカヴァは概ね「丈夫」なのだ。大抵PP加工(かなあ?つるつるした、コーティングされた状態)されているため水気や汗をはじいてくれるので心配ナシ。上製本は意匠を凝らした装訂が多いので、紙そのものの質感を保っていたりすることもあって気にはなるものの、本に開きグセがつくのが嫌なので(度を超した・略)つけない。
読んだ痕跡(指先が当たっていたであろう場所に残る、……多分手垢、だろうなあ。ばっちくて申し訳ない↓)は残るのはしょうがないことだと思ってるけれど、背を下に本を置いて両の表紙がぱったん、と左右に落ちてゆくような状態にするのが嫌いなので、カヴァをつけられない、のだ(カヴァをちゃんとつけようとすると、必然的にわっきり開かないとならないので。この習性のために、10年以上前に買った書籍でさえ新品めいたカタさがある。繰り返し読んだ本でさえ。ええ、そりゃもう大して開かず必死でノドの部分を読んだ証で御座います)。
で。文庫。これ、各社さまざま。講談社、角川、文春、このあたりはカヴァが比較的丈夫なのであまり気にならないのだけれど、新潮、幻冬社、ちくまなんかは紙が薄い上にコーティングされてないので、スレて
切れやすくなってしまうのだ(古本で購入すると如実にわかる)。なので、ブック・カヴァはとりあえず私には必携。
そもそも手に汗をかきやすい、というのも理由のひとつ。

しかーし。さらなる本末転倒が発生するのである。それは。「汚れや破損防止のためにつけたカヴァが汚れてしまうのがいやん」と思ってしまい、せっかく購入したブック・カヴァを温存しそうになってしまうこと。

大馬鹿だ、アンタ(まったくもって)。

いえ、大抵はフツーにつけて読んでますが。うっかり可愛いのを買ったりすると使えなかったり(昔母が私にそれはそれは可愛いオール・コットン製のブック・カヴァをプレゼントしてくれたことがあるのだけれど、あまりの可愛らしさに使えず、いまだに大切に抽斗に仕舞われたまま、である。フリルだのリボンだのがあしらわれた乙女ちっくバリバリなデザイン、なんだものー!! ←でも使うためにあるんだ、それは!)。
そして、私が購入したものは大抵カヴァ内側がコーティングしてあり、手が直接触れる表側は布製、ということが多い。本を守りつつ手触りや汗防止(塩ビだとかでコーティングされてたら、ずっと本保ってるうちに汗かくだろうしねえ)のためにそんな仕様なんだろうけど、……表をコーティングしてもらえないもんだろうか(水だのこぼしたら、そのシミが布に残るではないか! …本は守られるけれど)。洗えないし。

思えば幼少よりお馬鹿であった。自分が濡れるのは平気だけど、雨でバッグが濡れたりするのが大嫌いだった。自分はズブ濡れ、バッグとそのナカミはすべて無事、という状態で帰宅し、よく母に怒られていたものであった。ばーかばかばか!!
それにしても恐ろしいまでのモノに対する執着心……。
bk1、気になる本をどんどんカートに放り込んでいたら「入れられる本は100冊までです」とエラー・メッセージが。おのれ! Amazon は200冊入れたって文句言わなかったぞ!(それはそれぞれのお店の事情というものだ)
しょうがないので数冊「これはどうあっても買えまい」という高額なのや専門書の類を削除する。あう…。まあ買えても読むのかアヤシイよな、「中国白話小説と日本近世の読本」がどうとかいうようなのは↓

★とうとう朝日新聞社からまで「スロー・ライフ」を提唱?する雑誌が出た。その名も「ゆっくりAERA」。うーむ。ゆっくりAERA。
あえて「AERA」を外したくない理由でもあったのだろうか。買って読んでみたけれど、「ku:nel」とどこがどう違うのだ、という雰囲気になってしまっていて、……ううーむ。
悪くはない。決して悪くなどないのだが、どういう層に向けてどういうひとを意識して発行したのかなあ、という点が異様に気になる。ふだん「AERA」を読んでいるであろうおじさま世代の方や男性にも手にとって欲しかった、とかそういう理由なのだろうか。でも多分、置かれる場所は書店の女性雑誌コーナー辺りだと思うのだが。それとも週刊誌コーナーにも置いてみる、とか書店なりの配慮がされるのであろうか。気になる気になる。あ、でもとりあえず「知った名前」で手に取らせる、というそういうことか?(勝手に納得してみる)
内容は決して悪くはない。よしもとばななのエッセイは相変わらず私には好ましいテンポと内容で満足だし、記事も地に足ついた内容とやらばかりだと思う。
……だからさ。こう、「ku:kel」とどう違うのかな、と。何匹目かのどじょうを狙った結果なのだろうか。それともどう「違い」を付与させたいと願っても、「同じような」モノにしかならなかったんだろうか。ううううううーむ。
まあ女性向け雑誌ってどこもやってるコトは変わりなさそうに見えて、それなりに読者は異なってるんだろうから、私フゼイ一読者が気にすることではないのだろう。うむ。

※ちなみに、この記事をUPした時、読んで下さった方が「最近『AERA』は女性読者をかなり意識していて、ウケそうな記事が増えている」と教えて下さった。しょっちゅう新聞で広告見てたけど、時流を捉えてあの記事連だったわけではなく、その雑誌の購読者のボリュウム・ゾーンを自分たちなりに把握した結果、なのだろうか。そうだとしてもやはり個人的には何だか謎なのであった。


★そろそろ年賀状の準備をせねばならないというのにまだ何にもやってない……。しかし宛名以外の手書きは昨年末で「卒業」してしまった(流石に個別宛一言メッセージは手書きであとから書き込むけれど)。プリンタ任せはラクだのう……デザイン面倒なのは同じだが↓

★いつも利用しているお店から通販で商品購入。またしても! またしても注文したものに小さな欠陥を見つけ、間違った商品が入ってる!! 問題点2コってどうなのよう(涙)。……結構な頻度で起きているので、内心私が嘘言ってる、と思われてないか、それが今とても心配(…なので、メールで交換を申し出た時、携帯で撮った画像まで添付した…)。
Retro Breakfast: Memorable Meals Morning, Noon, or Night (Retro Series)
Linda Everett Richard Perry
1888054875

昔の広告ポスターの類が好きで、ポスト・カードサイズのものとか小さいサイズのポスター(もちろんどれも復刻版)を見つけるとちまちまと買ってくる。
食べ物とか洗剤なんかの、家庭に根ざした商品のがより好みで、先日は食べ物の広告ポスターばかり4枚も買ってきた。赤とか黄色の暖色系で、ぱっきりした色合いがキッチュでとてもとても可愛い。アイスクリィムとかピッツァとかパンケーキ・ミクスのだとか、そんなのを。
40~50年代あたりのアメリカのがいい。物欲が漲ってるというか溢れんばかりというか。時代からいって、「日常」を取り戻そう、というところかなあ。あるいは遠慮会釈無く「日常」を謳歌しよう、とでもいうか。
とりあえず「戦争」のことは考えなくてもよくなったわけで。……もっとも、終わらせられず引きずり続けるひともたくさん居たと思うけれど。そのあたり考えるとちょっと複雑。ああしかも、そのあとまた戦争あったんだった。でも、とりあえずW.W.Ⅱ.はアメリカにある種の繁栄や富をもたらしたのは事実、だな。

欧州やイギリスのような上品さではなく、パワーだの勢いで押しまくってくるような元気な色遣い。もったいなくてまだ台紙と一緒の袋に入ったまま眺めてる。

記事TOPにあるヤツ、シリーズもので、あれこれ色々出ていて、すべて欲しい!! 目指せコンプ!(悪いクセだよ…)
嘘くさいモノ、が好きである。まったくの嘘ではない、という微妙さが好きである。嘘ではないが本当でもない、というソレが。
「嘘、っていうかさ。嘘、てのは、どうかなあ。うーん。ホラ、何ていうの、こう、さあ、ね、わかるでしょ?」と、「いや、わかんねーよ」としか返答できぬ程度の、ユル~い懐柔っぷりで相手を抱き込もうとする手合いの飲食物が、とても好きである。
天然モノだってそりゃあ大好きである。というか、それこそが「本道」「王道」であり、今ひとつある好みは「邪道」である。
だが、進化という名の退化を遂げた現代に生きる私にとって、「人工物」はそれはそれで愛しいモノ、だったりするのだ。むろん、糾弾されてしかるべき点も多々あるのではあるが(例えば市販されている菓子類で子供に安心して食べさせられる、と自信を持って買えるもの、はかなり稀少であると思う。添加物もどこからどこまでどう安全なのかも実はよくわからないし。使用許可が下りてる、というだけで実のところ不明ではないか)。

嘘くさいモノの白眉は「バナナもの」だろうか。何をつくっても、どうつくっても、あの人工的な香りと甘味、そのヘタレっぷりがたまらなく愛しい(笑)。口にした瞬間、「うわ、嘘くせー!!」と思わせてくれる、期待を裏切らぬあの風味。缶チューハイにしろキャンディにしろソフトドリンクにしろ、どうしてこうも見事に天然モノとは思えません、という味に仕上げてくれるのであろうか。
そういえば、私はかつてバナナの香りを「シンナーと同じ!」と言ったら非難されたことがあるのだが、のちにとあるTV番組で「におい」の専門家が「バナナの香りは、シンナーに近いですね」と言っていたのを観て我が意を得たり、と思ったことがある。
閑話休題。
紅茶が好きである。茶葉とポットで淹れるのが美味である。しかし。同時に「紅茶飲料」もまた愛する。あれもまた紅茶であって紅茶でない、つか紅茶じゃねえよ、な飲み物である。紅茶を実際使ってはいるけれど、やはり通常「紅茶」と呼ばれ得るモノとは別物であろう。
特に、コンビニで買える500ml入りのテトラパックのが好きだ(ペットボトルものでないあたりがよりB級でよろしいわ♪)。
「リプ○ン」から出ているものは概ね美味♪ ピーチティとかミルクティとか、私の好みから外れない。「甘すぎる!」との声が断然なのだが、私は甘い方が好みなので気にならない。
20041226181453.jpgいちばん好きなのはネ○レの「Tottemo」シリーズ。しかし、如何せん私である、「むろん」パッケージで選んだのがきっかけ。Tottemoちゃん、という女の子キャラが可愛いパッケージ。ちなみにこの写真のはレモンティver.。
ここもまたレモンティ、ミルクティという2大定番が基本だが、「Tottemo世界旅行」と称した企画モノ(?)があり、大いに楽しませてくれる。現在はロシアン・ティを模した「イチゴティ」が最新版イロモノである。いいわー、可愛いわー。
20041226181434.jpg画像はその前に出た「ベリーティ」(どう違うねん、と思われるだろうが、一応先発の「ベリー」はドイツだのスイス辺りをイメエジした数種のベリィが入った紅茶、後者はジャムを入れたロシアン・ティをイメエジしたものであるらしい。私にも少々謎であるが、とりあえず「世界旅行」である。うむ)。フレエムまでつけて撮影する私の気合いったらどうなのよ↓

味も今までにさほどハズしたことがない。冷やすと大層ヨロシイ。「グレープフルーツミントティ」なんぞ「どないや!?」と意気込んで飲んだのだが、……美味しゅう御座いましたわ。ほほ。

さて、実はここからが今回の本題。
それはそれはもうものごっつ大昔、恐竜が闊歩し卑弥呼が国を統べサムライが快速電車で通勤し、ついでに私がまだセーラー服なぞを身に纏っていた頃(……だからいつだよ)に、ソレはあった。
「アップルウーロンティソーダ」。
「コレの主体はナニ!?」――コレである。コレが気になるのだ。林檎の香りづけをした、烏龍茶の茶葉使用の、ティ・ソーダ。おう、そのまんまやないかい。わかる。それはわかる。でも、ドレが中心、なの!? それがわからないまま昭和から平成へと元号が移り変わってしまったのだった。
ひとつ年上の友人が愛飲していたのだが、周囲の誰もがその主体のアヤシさ故に飲むことなく青春時代が過ぎてしまった。
ソフトドリンク業界、現在は年間1000本が新たに誕生し、そのうち生き残れるのはわずか3本だそうである。おおう。当時はどうか知らねども、やはり出ては消え、の繰り返し。あっという間に消えてなくなってしまった。
今は「ティ・ソーダ」、比較的知られるようになったけれど、当時はもの凄く(×100,000)珍しかった。それが災いしたのか、姿を見なくなってしまったのだ。ああ、あの時何故嘘くささを愛でておかなかったのか。どんな味がしていたのだろう。気になる。どこをとってもイロモノの王道を征く素晴らしいチョイス。炭酸飲料なのか、これは? 紅茶モノとして存在してるのか? 何故烏龍茶!? 砂糖アホほど投入して痩せるもクソも! そして林檎の香りなのは何故なのか? うをあああ、わからん! どこに焦点を定めて味わうものなのだ!!(いや、だから、その渾然一体?となったところを、だろうよ)
ああ、まさに後悔先に立たず。

ところで、情報はあるけど、まだコンビニに「イチゴティ」が並んでるの、見たことないぞ(携帯に公式サイトがあって、そこで逐一新作チェックをしている。そこにはもう出ているかの如くニュウスがUPされてるんだけど、実際には見ない。ひょっとして、西と東で時期を分けて入れ替えか!? ……いえ、何のニュウスもなく以前出た「杏仁ミルクティ(上海)」の再販版なら見かけているので。でもって、こういう業界は地方によって販売するものの味を変えたり、順序を変えたり入れ替えたりするのだな。←どう考えても食玩ゲッターとしての知識)。
早く飲みたい、パッケージを愛でたい♪ つーわけで、はよ出せ。ネ○レ。

  
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