着荷ラッシュ。 |
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2005-04-30 Sat 23:38
……ここのところ(に限ったことではない、実は↓)、あれやらこれやら買い込んでいる。いや、買い込んで、というと明確に意思を持ってあれこれ購入しているようなのだが、ちょっと違う。「欲しい」と思ったのは事実なのだけれど、手元に届く日程がこんなに詰まるとは思ってなかった、のだ。
bk1に本をオーダー。欲しかった文庫数冊に並装・新刊のとある本、コミックス一冊。すべて24h以内に発送、のものだったし、冊数がやや多めだったので、メエル便優先だけれど宅配便にて到着。ここですでに自分が思っていたよりも早く届いている(いや、そりゃぼんやりとは予測できてはいましたが)。 そこに Amazon から注文の品到着。随分前に予約を入れてた某創作集団の10年の軌跡を辿る冊子+α(前にも言ったけど、……内容が本の状態同様薄い気がする……。中途半端な「ぱ○」の特集よりまだダメダメってのあどういうことなんだい)にいつも買ってる「spoon.」(今回の特集がまたツボでツボで)。まあ届く予定ではあったけれど、……雑誌、あとから予約入れたヤツだから、もう少し時間かかるかな、と思ってたら最近前者が発売予定日より早めに出て、しかもきっちりしっかり送られてくるため遅延することがない。 そうこうしているうちに、HQ新刊の時期到来。はーれくいんは月2回発行なので前の月の後期発行の本が届いて間もなく次月の初期に発行される新刊が出ようとする、というサイクルを保っている(正直、買い逃すという恐怖心さえなければ月一回でまとめ買いしたいところだ…。出来なくもないけれど、作品・作家によってはうかうかしてると逃す! あまぞんだと、うまく自分で工夫〈?〉すれば、それが出来なくもない〈要は数週間後に発送、なんて本の中のリストから1冊選んで同じカートに放り込んでおけばよいのだ〉のだけれど、如何せんそもそもの入荷がちと遅い。で、ちょっと前に(というか昨日……)あまぞんから箱がでん、と届いた同じ日に某通販会社からアレやらコレやら届いて(この箱がまた、今回頼んだモノのせいでデカかった。前日のぶろぐ参照のこと)ひえええ、何て思ってたとこにメエル便。……の割に早いなあ……はははは……。4冊購入したうち、期間1冊のみ後日別送となってしまった。ええい、まとめて発送、てのを選んだじゃないかー!!(先方としては、早く新刊が欲しかろう、読みたかろう、と気遣ってくれてのことだと思うのだが。←ひとの行為を無に帰すヤツ。ロクな死に方しないと思う) そして。もう来るまい、さすがにナンボじきに届くと言っても「次」は5月さ! と思っていたら。いたのよ。いたのに。いたけれども(しつこい)。 ……こ、このでけえ箱はもしや。 ええ、やらかしてしまったんですの、アタクシ。ついチョーシぶっこいてこんなものを予約入れちゃいましてね。いや、アチラさんはね、5月発送予定って言ってたんですよ。なのに4月の29日には発送したってメエル来ちゃって。こっちは慌てふためくだけですよ。だってそうでしょ。いやもう吃驚。でもまさか早いからって文句もつけられないし。参っちゃいましたよ(……地味に口調変わってるよ……)。 刑事コロンボ コンプリートDVD-BOX ピーター・フォーク ![]() か、買っちゃった……。高いのに……。こんなん買うてる余裕なんてないのに……。おまけにハード持ってないのに……(SAY! ありえねー!!)。これ観たいがためにあまぞんからやっすいハードを買おうかどうしようか迷っちゃってるうちにそれカートへとポチッとな、とかやらかすんだよ、くそー!!(ついでに言うなら、「コンプリート」BOXだけあってデカイ。……場所も取るやないかい……↓ そして今は外の塩ビ包装剥がすこともせずに毎晩うっとり眺めている。←こわい…)ウチは一家揃って「コロンボ」ファンなの。きっと喜んでくれるわ(自己暗示。あ、一家揃ってファン、てのは本当です。地上波放映なんてやってくれたら必ずみんな観るくらい好き)。 そして。明日はまた散財することが確定しているのであった。生きるとは是則ち消費することと見つけたり(いや、これからでもいい、人生を、筋道とゆーものを是正しろ。つーか更生して真人間になることを君の両親は・以下略)。 |
どうでもいいのに「選ぶ」ヨロコビ。 |
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2005-04-29 Fri 23:20
別に、素材は何だって構わないんだと思う。本当は。プラスティックだろうが塩ビだろうが、硝子でもいいし、陶器でもいいんだろう。
でも、何故か「これがいい」と思って、選んで、そんで買っちゃう、のね……。 硝子製のピッチャー。全体に溝がついていて、下に行く程ぷっくりしている。すべりにくくなるのかな、この溝。蓋は白のプラスティック。同じ素材でマドラー付。氷を入れておけるホルダーも内臓されているので、飲み物が薄まることなく冷えた状態で楽しめる、とのこと。某通販会社から購入。持ってみたら予想以上に重みがあって、水で満たしたら結構な重量感。でも頑丈そうでもあるのでプラマイゼロかな、と思うことにする。ピッチャー、それも透明なものはたっぷりの「ピンク・レモネエド」で満たしたくなるのだが、……それはとある映画の影響か??(レモネエドがピンクである必然性がどこにあるのだ、と飲むたび突っ込むのに大好き。N.Y.で喉が渇くとネスティのシリィズのピーチ・ティか、これが定番だった。何気なく買って飲むにはたっけえんだけど! でも飲んじゃう……。ピンク、てのがいいなあ。無意味な有意義さとゆーものだと思うんだが…そりゃ私の勘違い?)かなり昔、淡い黒みがかったグリーンの硝子製のピッチャーをとある雑貨屋で見つけて購入し、愛用していたのだけれど、うっかり壊してしまった。……「モノには何だって寿命があるの。いつか壊れるものなの!」と自分に言い聞かせてはみるものの、それと同じものはもう手に入るはずもなく、……泣く泣く諦めて以来、ちょっと買おうという気持ちが失せてしまった。またうっかり壊したら悲しすぎる。そう思ってた。 それ以来、ピッチャーと名の付くものはせいぜい紅茶を楽しむ時に使うミルク・ピッチャーくらいで大振りのものを買うことはなかったんだけど、たまたままたしても某通販会社で「年間予約コース」なるものを申し込み、「輸入食器の会」とやらに手を出したら、ブルウベリィ柄の可愛らしいのが届いて狂喜乱舞。それもまた大事に大事にしてたのに、……のに……(号泣)。またしても自分のミスで壊してしまった(しかもそれ、まだ捨ててないの! 部屋にあるの! 壊してからもう4〜5年経つのに! どくたー・こぱに叱られるー!)。 もう、ピッチャーは買うまい。幸い今は100円均一(どうでもいいが、この呼び名もそろそろ考えた方がいいよな。100円でもないし、均一でもないじゃないか、「ダ○ソー」よ)という強い見方がいる。2リットル入る蓋付ピッチャーなぞあっさり手に入るではないか。そう思ってやっっっっっっっっすーいそれを買ってそれはそれで愛用(しかしガサツ女王の私によって蓋が蹴られ踏まれ破壊された。でも罅どころかべこばこに割れているそれを胃までもヘーゼンと使っている。破壊と再生は常に表裏一体よ。←どうかしたのか?)。軽くて丈夫、まあ素敵♪ でも感じる一抹のサビシサ。 そんなところにカタログで出逢ってしまった。購入決定。およそ2リットルは入るらしきところも気に入ったし、デザインも気に入った。 どうせ使うなら、「これだ」と思ったものを大事に使おう。そう思って奮発(……だって、用途だけで考えれば¥105で十分、なものなんだもの、¥2,500は大奮発でしょー……。←自分、貧乏ですから)。 そしてふくらむ野望。夏はアイス・ティの作り置きよね、とか、オレンヂ・ジュウスたっぷり入れるのも可愛いな、とか、それこそピンク・レモネエドで満たすか?! いやいや、サングリア・ワインを楽しむもをかし、とかあんなこととかそんなこと。 今住んでる町では桜の花が綻び始めています。木蓮も綺麗(でもって香りがー!! ものすごく好き)。でも私の気分だけならすっかり夏を先取りしてしまっているのでありました。とかいいながら、基本用途は「友人とお茶する時の電気ポットへの水補給」なのよね…↓ まどらーは混ぜるためにあるんだよう(涙目)。 |
私の肩は真実を語る。 |
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2005-04-28 Thu 23:10
今日は天気がよかった。ドピーカンとまではいかなかったけれど、それなりのお天気だった。
昨夜は突然の暴風雨に見舞われ(もっとも、風だけなら午前中からすごかったのだけれど)、どうなることかと思っていたら、晴れてくれて、正直腰砕けですらあったのだが。 仕事中、妙に右肩が痛んだ。 「あ。天気、変わる。悪くなるよ、コレ」。 「えー? だって今天気いいし。予報も悪くなかったよ」 「でもねえ、古傷、っていうか、後遺症がね。教えてくれるのよ、有り難くも何ともねえんだけど!」 「そうおー? でも、特に悪そうには見えないけどなー」 うぬう! 悪くなるったら! なるの! だって肩痛いんだもん! 数年前の交通事故で頸椎捻挫(要はムチウチだ)をやらかして以来、私の右肩は天気の悪化に敏感になってしまった。しかも、大抵きっちりと当たる。ヘタな天気予報よりも当たる確率は高い(天候悪化に関してだけなら、石原良純には勝てる自信がある・笑)。 一時期こういう古傷が痛むのはやれ湿度のせいだ何だと言われていたらしいが、昨今は気圧の変化に反応しているのではないか、と推測されているらしい(以前お世話になったドクタア曰く、はっきりとは立証されてない、らしいのだが)。 なので、天候が悪かったのが良くなる時、も痛んだりする。いいのか悪いのか……。便利といやあ便利だが、……やはり嬉しいとは言えない。 頸椎捻挫にとどまらず、「事故」の後遺症はコワイのよー。ある知人の親戚の方、ある日突然他界されたそうで、原因を調べてみるもこれといって該当するものナシ。過去の既往症・症例を調べてみて突き当たったのが、何十年も前に遭った交通事故のせいらしい、という結果が出たそうだから。 友人と深夜のドライヴ中、赤信号が変わるのを待っていたら、いきなりの背後からの衝撃。冷静なのに(事故に遭ってるんだなあ、とわかってはいる)、どこかぼんやりしていて、特に何ができるでもなく、「ああ困ったなあ、どうしようかなあ」そればかり考えていた。ちなみに私は助手席、運転手は友人。どちらもシート・ベルトをしていたのでやや軽傷で済んだものの、……その夜は大事を取って友人宅に宿泊させていただくことになった(当時ひとり暮らしだったため、何かあったら大変、と友人の御両親が心配して下さり、家に招いて下さった)。 同じ部屋で寝たんだけど、まず横たわるのに一苦労。痛い。そりゃそうだ、いきなり無理矢理エライ力でぐいーっと頸を引っ張られて、それに釣られてあちらこちらの筋肉だのが引っ張られてるんだから。 翌朝。さらに困ったことに。起きられないの。痛いから、というよりも、とにかく筋肉が、身体が、自分の思うように動かせない。2人とも意識はあるのに、天井見つめたまま「ちょっとー! 動けないー!」「痛いよー!!」と喚くのみ。 哀しきは文学部出身の性。 「アレだよね、カフカだよね、これって。朝起きたら虫になっていた、ってヤツ。自分じゃ起きられないんだよね、確か。ああ、『朝起きたらグレゴオル・ザムザになっていた』……シャレになんねー」 「紫堂さあん、笑わせないで下さい〜〜〜〜っ。痛いーっ、頸も背中も肩も痛いー!!」 ホントに、2人そろっておなか見せた虫みたいにうにょんうにょんのたうち回った挙げ句ようやく起きられたんだよう!(でもって、身体のあちらこちらに激痛が走りまくり……) ……ええ、それ以来です。悪天候には敏感に反応。さっきまで風の音だの雷だのがすごかったけど、……今肩に痛みは特になく。 てことは、明日は一応そこそこいい天気、ってことかもしれない。 ホンットに、嬉しくないなあ……便利だけど!(半ギレ?)あれ? 今肩に鈍痛が。 やっぱ明日も天気ちょっと崩れるかもしれない。ええいくそ!(って言うと、いつも「タッチ」を思い出す。あだち充の。「ええいくそ!」って達也が言うと、お母さんが怒るの。「ええいくそ、とは何ですか!」って。そうすると、「ええいくそ、とはそもそも…」とその来歴を語ろうとする、というシーンが……なかったっけ? とヲタクな側面をあっぴ〜るしてみました。←誰によ? しかも朧気な記憶で!) |
いい意味での「子供らしさ」。 |
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2005-04-27 Wed 23:50
ゴマのパリとこどもとキュイジーヌ
Goma ![]() Gomaちゃんたちの最新刊。ようやく入手。今回もヴィジュアル要素満点で(まあそもそもそれがなければほとんど意味ないんだけど)、ペエジを繰っても繰っても彩り鮮やか。 パリの子供たちと一緒に行ったワークショップの記録であると同時に、作品集でもある。Gomaちゃんたちの作品集で、参加した子供たちの作品集。 そもそもGomaちゃんたちの生み出す料理には「素人っぽさ」と遊び心がきっちり残っているところがウリではないかと思ってる。ものすごくものすごく洗練された雰囲気があるわけではないの(うう、誤解されそうだなあ)。とにかく彼女たち3人がつくることを楽しんでいる、というのが全面に現れていて、そこがとてもいいなあと思う。きっちり四角四面で華麗でそひすちけいてどされたモノじゃなきゃイヤ! というひとには「何だ、これ?」と思われそうなところが魅力じゃないかな、と。 で、今回は子供たちとのコラボレイト。大きな真っ白いチョコレイトのキャンバスに食紅だとかミルク・チョコレイトで「好きなように絵を描いてね!」とやらせてみる。これが何とも言えずいい味出てて、大人には描けない線、出せない色のバランス、そういうのがばーっと広がってるの。ふだん食べ物にそんなことなんて出来るわけもないから、子供たちも徐々に楽しんで盛り上がった模様。で、そのチョコレイトを最後にがんがんでっかく割って持ち帰らせてあげてるんだけど、そんなでっかいチョコレイト(写真で見るに、割ったチョコレイト、A4サイズくらいはあったように見えるぞ)、食べたことないからおもむろにかぶりついてみたりしてる子がいて可愛い。食べたらなくなってしまうってとこもなかなかオツだ。 たくさんのスポンジ・ケエキを用意して、「彫刻」に挑戦してみたり(積み上げて、くっつけて、至る所に好きなように飾り付けをする! すんげえ色んな色、テイスト――参加した子供たちそれぞれの個性が発揮されているハズなのに、完成品を見ると不思議とまとまってるんだよなあ。Gomaちゃんたち監修〈?〉てのもあるだろうけど)子供たちの描いた絵を料理にしてみたり(レシピ付)、子供の絵を元に雑貨をつくってみたり。……ふだんのGomaちゃんたちのテイストと、何の違和感もない(笑)。でも、それは実はとてもすごいことなんじゃないのかな、と思う。もちろん、彼女たちなりの解釈やアレンヂはあるわけだけど、新鮮でありながら従来の持ち味が失われることもない、ってのは、スゴイ。 もしかしたら「食べ物を玩具みたいにして!」と怒るひとって、居る、のかな? 違うんだ、これは違う。玩具みたいに仕上げた食べ物をみんなで美味しく楽しく食ってるだけだから! どんなカタチをとっても、どんなデザインにしてあっても、つくるってのは楽しいよ、モノを生み出すって面白いよ、ということが溢れていて、見ているこちらもわくわくする。 ままごとセットに実際に料理を盛りつける、ってのは、やってみたかったけどできなかったこと、だなあ。やはり「食べ物を玩具にしちゃいけません」つー思想(?)があったからだと思うんだけど。今にして思えば、何が悪いんだ、てなもんですが。使うお皿やコップが「玩具」なだけで、載ってるのは美味しい料理、平らげたら無問題じゃないの。……そういう「自由な発想」なんてものも、自分からは失われてるんだなあとちょっとしんみりもしてしまった。 12ヶ月のデコレイション・ケエキ、てのがあって、完成品とそのレシピも掲載されているんだけど、これがまた可愛い。緊張感の無さがいいのだ(褒めてる!)。こぢゃれた、やらしい「お上品さ」てのがなくて、楽しいよ、可愛いでしょ、そういう気分に満ちてるとこがいい。子供じゃなくても嬉しくなるようなテイスト満載。 自分たちが「楽しい」と思えることを好きなようにやっている、それものびのびと。妙な既成概念にも囚われていない自由な雰囲気もいい。 てなわけで今回の新刊にも個人的には大満足でありました。 |
自分に御褒美(与えすぎはよくありません)。 |
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2005-04-26 Tue 15:21
最近ヘコむこと続きだったけれど、ようやく心に晴れ間が(そう、雲から光が射している程度で、あくまでも基本は曇っている)。何故ならそれは給料日だから!(わかりやすい…)
で。イロイロあってイヤな気分だったのを払拭すべく。前々から狙っていたものを「思い切って」買うことに。ああ、尊い労働の対価として得たカネをこんなものに遣っていいのかしら!? …ええやん。自分のやん(自己完結)。 まずは春・夏に活躍してくれるであろう(というよりさせる気満々♪)、かごバッグ♪ このテのがずっと欲しかったんだけど、予算と折り合いがつかず諦め続けてきた…ら、偶然新作なのにごっついりーずなぼーなのを見つけてしまった。グリーン系のもあったけれど、ちょっとクール過ぎるのでピンクのにしてしまった。思えば、ピンク系のってあまり持ってない(汚れが目立たないように、紺、とか深紅、とか黒、とかこげ茶、とか濃い色味のもの、どういう服にも無難に合わせられるものばかりを買ってしまいがちなので、ピンクとか中間色、パステル系はあまり持っていない。まあ濃色も、それはそれで汚れが目立つものなんだけど)。よし、これだ! とレヂに直行。嬉しいようん♪(高いモノ=絶対的にいい、という図式がない貧乏人なので、ちーぷなものでこんなに喜べます)方形、というのも気に入ってる。丸みを帯びたタイプのはすでに持ってるし(友人がかつての誕生日にジュートっぽい素材のセピア色したバッグをくれたことがあってとても気に入っている)、大きめのはもっとあとで買うかもしれない(気に入ったのがあれば、だけど。もうひとつは持ってるから。これがまた見事なまでに夏限定なオレンジで、やはりこういうグラデっぽいストライプだったりする。今度買うならベエシックな色味のものか、違う傾向の色のものにしよV)でもって、中身が見えないように、口の部分が巾着風に絞って隠してしまえるところもお気に入り。バッグはピンクならピンクでその巾着風の布の部分がストライプ、はちょっと好みから外れたのでコチラに。持ち手の部分が合皮で汚れに強そうなのもいいわーVv 以上、「オンナノコ(その言い方には無理ある! 相当無理ある!)」のオカイモノ。以下、「私らしい」お買い物。 ええと、はい、見たまんまですね。そうです、名古屋名物・天むすに広島名物・もみじ饅頭ですがどうかしました?(喧嘩腰)……ずっと欲しかったんです、ええ……(しーん……)。 どうやらヴァレンタインの売れ残りだったらしく、ワゴン・セエルにずっと出されてた。その時の価格でも、多分正価よりは数百円安かったものと思われる。しかし。ソレには出したくなかった、んだよな。¥300は。本だ食玩だと数千円、時に万単位のカネをつぎ込む女が何をヌカすかこのばかちんが! と自分でもツッコミたいくらいですが、でもコレひとつにさんびゃくえん、は高い気がしたんだもの〜〜↓ で。これは多分、いずれもっと安くなるな、と踏みまして。待ちましたよ。そしたらある日コオナアが無くなってた。ワゴンはどこ!? もしやあまりの売れ無さっぷりに返品!? そう思っていたらさにあらず。ふははははは、場所変えてまだ売ってたさ! しかも「今ついてるお値段の半額」シール付で♪ 買うーVv 買う買うー!! イロイロあって、欲しい、と思ったのは4つ。かなり迷って(迷うとこなのかよ!)2つに絞って購入。……したのが、件のもみじ饅頭と天むすなのでした。むこふこしてて可愛いよう(ちなみに、迷ったあと2点は横浜名物・シウマイと熊本名物・辛子蓮根でした。どっちもやはり可愛かった……。多分まだこの先も売れ残るから〈笑〉きっと¥100くらいにオチるんじゃないかと。その時が来たら躊躇なく買いますともさ)。ちなみに、ほかにも「柿の葉寿司」とか「明太子」とか色々あったんだけど、モノによってはそのままではサビシイと思ったのか、目がついてたりして、ちょっと何か違ってたり、「魚を使ったもの」ってことで魚がにょるん、と飛び出してたり、と、微妙にハズしてたのでパス。そのまんまをふもふもっとしたカンジで再現、てのが可愛いのに。 で、買ったソイツらをどうするかって? バッグとかにつけて出歩くですよ。キィ・チェーンはそのためにあーる!(年齢を考えろ、年齢を) というわけで、ちょっとだけほくほくしておりまする。5月のおでえとには今日買ったバッグで行くダニVv |
落ち着けよ。 |
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2005-04-25 Mon 19:08
特に何もしていない(と思ってるんだけど)のに、やたらと苛々していて、口調や語気が荒くなったり怒ったようなものの言い方をするひと、というのが居るけれど、あれは何が原因なんだろう。男女を問わず。 性格なのか? 単に気分でそうなるだけなのか。 勤め先の社長や上役には結構居た。横の関係ではそれ程見たことがないんだけど(それで人間関係ギクシャクするのは目に見えてるし)、上下なら山程ある。やはりアレか、「どうして自分の思った通りにコイツは動けないのだ!」と苛立っているのだろうか(でも、脈絡が無さ過ぎてコワイ)。 業務連絡を取っているだけなのにいきなりキレ気味の口調になってまくしたてられたりして、吃驚したことが何度もある。こちらは淡々とかつ時間を取らせてはいけないと思って手短に、を心懸けているのだが。先方のナニカに火がついてどうしたもんだろう、と困惑しながらそのキレ口上を聞くハメになる。 ある会社の社長には参った。つっけんどんな受け答え、流石に取引先の人間だの、立場が同等のひとにはしないのだろうけど(そして、「下の立場」に居る相手ならいいと思ってるんだとしたらそれはそれで如何なものなのか)、くってかかるようなモノの言い方をするので疲れる。 ある意味自分の気持に正直なんだろうけど。ウキウキしていればそんな口調で話すし、気分が悪い時は苛々した口調で攻撃的。で、こういうヒトは何故か決めつけるのも好きだ。 「アナタはね、○○だから××なんです!(←で、不思議な程根拠が無いことが多い・笑)」 とかヘーキで言ってくる。はあ。そうですか、と内心思う以外出来ることなんて無い。こういうのに「対抗」すると更にああだこうだ言われるのがオチだ。自分もかなりキレやすいというか、苛々すると口調がキツくなるタイプなので、他人がそうなっているのを見ると冷静になって観察してしまう(あ、でも、私の場合はキレたり怒ったりすると、黙り込むことのが多いか?)。 自分もこんななのかのう、ととてもとてもダークな気分に↓ ひとの上に立つんだから、もっと落ち着いていてくれよー、と思うのだが。キレ気味・攻撃的・ひとのハナシは無視・決めつけて自分の言うことだけが正しいと言わんばかり。疲れる。とてもとてもとても疲れる。 電話がかかってこないことばかり祈りながら仕事するのって、精神衛生上よくないなー……。 |
家で旅して雑貨ハント。 |
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2005-04-24 Sun 18:44
文房具と旅をしよう
寺村 栄次 浅井 良子 スコスステーショナリーズカフェ ![]() 随分前に買ったのにちゃんと読まないまま数ヶ月……どころか1年くらいは経過してしまったか(いや、2〜3年かも)。 フィンランド、スウェーデン、イギリス、フランス、オランダの5ヶ国を、文具を求めて探す旅へ。「その国でつくられた製品」が駆逐されつつある昨今、それでも「その国の会社でつくられたあれこれ」が完全に消えてしまうこともまた皆無で、スーパーや書店で「フツウに」売られているあれこれの中からデザインで、機能で選んだあれこれを紹介してくれる。 同時に、お国柄にも関わってくるちょっとした情報や旅日記としても楽しめるようになっていて(文章が何とも言えずやわらかくてあたたかい印象を受ける)、それがまた楽しい。郵便グッズ等も好きアイテムに入ってるので登場するのでそのテのグッズに目が無い方にも楽しめる。 おまけに、旅に持っていくと役立つあれこれや、この旅行にかかった経費等まで掲載してくれているので計画を練るのに参考になるかも(もっとも、ユーロ導入前だったりでデエタとしては古いのだけれど)。 ゆるーっとした文章、スタイリッシュだったり独特の野暮ったさ(褒めてる)を持った文具・雑貨を山と紹介してあったりと内容は盛り沢山で、ヴィジュアル要素満点だけれど「読む」楽しさにも満ちている。 続編、出るのかな。というより、出して。是非。 |
い、いつの時代なのだ…。 |
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2005-04-23 Sat 23:15
オールイン DVD-BOX 1
イ・ビョンホン ノ・スンイル ソン・ヘギョ ![]() 「御多分に漏れず」とでも言うべきか、地上波のアノ時間帯の韓国ドラマはかかさず観るようにしている。……何とも言えぬあの懐かしいノリがいい。80年代大映ドラマのノリに近くて。次々とこれでもかこれでもかと登場人物たちに降りかかる厄災と困難、そして怒濤のよーな恋模様。すげえ、すげえよ、韓国ドラマ! ありえねえほど事件・事故多発(チェ・ジウとペ・ヨンジュンはナンボほど交通事故に遭うんぢゃ! とやはりツッコミを入れずにはいられなかった…。ジウ姫に至っては、ドラマ違ってまで事故に遭うのかー!? と↓) 衛星放送を観られる環境にあるもののチャンネル権のない私は今回の地上波放送が初、なのだが。やはり面白いのう。しかし、実在のギャンブラアの半生を原作に持っているとは知らなんだ。脚色はあるだろうけど、かなり波瀾万丈であったであろうことは想像に難くない。人生そのものが博打だってのにさらに博打かい! と平凡な怒濤の日々を送る小市民の私には大変過ぎて目が回りそう。……そういうまさに「ドラマみたいな」人生を歩むひとって居るのねえ……。 こう、男同士…を通り過ぎて裏家業な野郎どもの抗争というか、恋愛が主軸だった「冬のソナタ」 それにしても。このドラマって、「現時点」て西暦で言う何年くらいなんだ? 韓国で制作・放映された時現在、なの? いや、ドラマ初回と第2話あたりって主人公少年(といってもすでに18歳なんだけど)期なんだけど、……私の脳裏を過ぎるのは不良役が板に付いてた頃の石原裕次郎なんだが。アロハ・シャツにあの短髪のヘア・スタイル(もっとも「オールイン」の方がよりワイルドで土臭いカンジなんだが)。その少年の頃ってのは、日本で言う何時なんだー!? 昭和初期のにほひがするのよ。まあ実在するギャンブラアの半生、なわけだから、昭和初期〜中期に少年〜青年期を過ごしました、でもおかしくないんだけど、何せ韓国のことなんて何にもわからないもんだから、ハテ、その懐かしいテイストは何時頃なの?? と目が釘付けよ(笑)。 ヒロイン(スヨンかあ…。割と一般的な女子名? いや、大好きな「箪笥」 あと、個人的にびっくりしたのが主人公たちの通う高校。……その、……映画でよく観る、アメリカの刑務所思い出したんだが。イーキな看守のはっからいで〜〜♪(…古いよ)もとい。あれって、一般的なつくり??(「冬ソナ」で観た高校はそうじゃなかったってことは、やはりあれは「かつて(それも結構前)」よくあったタイプ、なんだろうか。そこらへんも韓国通とかじゃないからまったくわからなーい! そう言えば、共学でもなかったみたいだしなあ。やっぱりヨソの国やその文化って面白い……) 今後も怒濤の展開を見せてくれるであろうことを期待しつつ、土曜の夜を待ちわびるのであった。ビョンホン氏のボディ・ラインの美しさや洗練された身のこなしはテコンドーからきてるのかなー。無駄な肉が一切ない、直線で構成された男の美を体現したラインだよなー(微妙に視点がエロい私を許してくれ)。 日本のドラマで毎週観ているものは一切なくて、ちゃんと観てるのって所謂「韓流」ドラマばっかりだな。あの濃ゆさがいい。日本のって最近どんなんやってたっけ?(そもそもTVはヴァラエティばかり観ている私…↓ 「銭金」だの「愛エプ」だの「黄金伝説」(テレ朝ばっかやん…何で…?)を楽しみにしてる女って、アレか、「笑点」欠かさず観ちゃってる女と同じヤバさ、ってこと!?(「笑点」の視聴率を支えているのは実は高齢層ではなく妙齢のOL層である、というデエタがかつてあった。今もそうなのかは知らないけれど、デエトするでもなくヒマを持て余して家でだらだらしながらお気楽に「笑点」観ちゃってる女……今で言うところの「負け犬」予備軍、みたいなもん、らしい)まあそんなゴテゴテ取り払っても終わってる、つーのは変わらないのだが(笑)。 もとーい! そういうわけで毎週楽しみに観ているのことよ。「韓国の柴田恭平」とでも呼びたくなるヤクザはまた出るのかしら?(ちなみに「香港の柴田恭平」はユンピョウ…って言ってわかるひと、居る?) |
おこちゃまにはわかるめえ。 |
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2005-04-22 Fri 23:04
紅の豚
森山周一郎 岡村明美 加藤登紀子 ![]() TV放映されるたびに観ているから、……もう何度目になるんだろう? でも今夜の放映分も観た。宮崎アニメの中で、興行的には他の作品に比べればいまひとつ振るわなかったこの作品、実は私自身はとても好きだ。 当時の宮さん(どうしてもいっぱしのヲタク気取りでこう呼びたい私であった↓)の作品にしては、「子供が観て楽しい」とか思想がどうの哲学がどうの、というよりも、「自分の『好き』をぶち込んだ」感じがするところが好みである。たまにはいいではないか。楽しんでつくったもの、は楽しい、と思う(もちろん、独り善がりになってしまっては娯楽作品足り得ないけれども)。 戦争中でファシズムの台頭が進むイタリアはアドリア海を舞台に、それでもどことなくのどかでのほほんとした空気が流れるところも好み。本当は重い重〜〜〜〜〜い背景がででんと横たわっているのに、イヤになるほどそれが伝わってくるでもない。戦争があっても、「日常」もまたそこに同じように存在する。その「日常」を壊してしまうのが戦争なんだけど。 自らに魔法をかけ、豚になることを選んだ男と、彼を取り巻く人々、それも野郎どもが馬鹿で大人げないところなど実にいい。海賊ならぬ空賊が横行しているらしいが、どいつもこいつも悪人になりきれぬへっぽこぶり。何しろ「マンマ・ユート」団だもんなあ。イタリア男は「ママの料理に勝てる味はないよ!」と平気でヌカせるナイスまざこん揃いの国なのでさもありなん、といったところか。日本もあまり変わらんか。母は偉大なのか、野郎がどうしようもねえのか。深く追究はすまい。 ポルコ・ロッソ。イタリア語でまさに「紅の豚」。自らに魔法をかけて豚に――って、本当に、そうなのかね? 実は魔法かけられてんのは周囲の人間じゃないのか? 豚に見えるようになっただけ、で。見るべき目を持つ者には時折「本当の姿」が見えるらしいし(フィオとカーチスは見た、というか見ることができていた)。まあとりあえず魔法で豚に見えようがなろうが、とにかく「人間」という器でないものになりたかった、のかもしれない。「国のため」なんて「下らない」大義名分のために罪もない人間や仲間が死んでいくのを傍観しているだけ、戦争を煽るだけの「人間」とは別なモノになってしまいたかったのか。下等なモノと見下され怠惰や愚鈍を連想させる豚に。 ニヒル(死語?)でやや厭世的。でも世の中と人生は捨て切れない。いい酒といい女といい船――飛行艇で空を自在に駆けめぐり、気が向けば報酬次第で仕事をする。時局はアヤシイってえのに、何となく羨ましい境遇にも思える。 ポルコとは古い付き合いのマダム・ジーナ。戦争で3人の夫を失いつつも(しかもひとりは作中で死亡したことが判明する)「ホテル・アドリアーナ」を切り盛りし、夜は酒場で歌姫に転身し、すべての飛行艇乗りどもの羨望と憧憬の対象となる、凛とした、でも艶やかな女性。彼女がまたとてもいい。それまでの宮崎アニメでよく見た女性・少女像と言えば、快活なおかあちゃんタイプだったり、超然とした姫君だったり、優しくて素直なお嬢さんだったり、溌剌とした女の子だったりしたのだけれど、ひと味違う大人の女(当時のファッションがまたサマになってていい。すっきりしたボディ・ラインに似合ってる。パンツ・スーツてのもいいなあ)。ノリのカルいアメリカ野郎は鼻先であしらい、喧嘩をおっぱじめる空賊どもには笑顔でいなす。姐さん肌なのに優雅。あのゆったりした話し方がちょっとセクシィ。加藤登紀子さんは歌声だけじゃなく、話す声にも味があるんだなあ。そういえば声優陣もいちいち豪華で、がきんちょが見るアニメでは聴けないような方々がズラリ。森山周一郎氏の声で「飛ばねえ豚はただの豚だ」だもんなあ。シブイ。シブ過ぎる。 実はずっと昔、まだ少女だった頃から、ジーナはマルコが好きだったんじゃないのかなあ、とか、マルコもまた彼女を想っていたんじゃないのかなあ、とか、色々含みを持たせてあるところも、密やかに艶っぽくていい。でもどちらも言わないの。どちらからも何も言わない。観てる私が「邪推」して楽しんでるだけ。 一見痛快活劇風だけど、子供が単純に楽しめる、というタイプではない気がする。もちろん、フィオを巡るポルコとカーチスの決闘(ちうか、最後は殴り合いに…・笑。それもシャレにならんくらいボッコボコにボコり合うところが馬鹿でいい。「男同士ってなあ殴り合って仲良くなるもんだ!」という昭和ヒトケタおやぢなノリでヒジョーに素敵♪)のくだりは笑えるし(でもそれでいてカーチスの意外にいいヤツじゃんな面が仄見える)、飛行艇同士の空での対決もスリリングで見物。ピッコロ社での一族郎党(それも女性ばかり! ここにもまたひっそりと物語世界の中の厳しい現実が反映されてるわけだが)集まってせっせと飛行艇をつくりあげていくシーンなんかも楽しい。でも、随所から漂う空気とでもいうか流れる雰囲気は、やはり大人にとってこそより滋味深い気がする。子供なりに楽しめる作品でもある。でも、大人になってからのが、より面白いと感じられるよーな気がするな。 そういうわけで今回も堪能しました。一応の原作である 飛行艇時代―映画『紅の豚』原作 宮崎 駿 ![]() も一読したいところ(「モデルグラフィックス」に連載されてたけど、私が買ってた頃はもう終わってたなあ……。それとも休載だったか。「ナウシカ」も映画製作に入ると手がつけられなくなるからかよく休載してたし。だから「原作」完結までに時間がかなりかかってる)。いまだに「フォッケウルフ」だ「紫電改」だ「メッサーシュミット」だ「シュ(ス、か?)ピットファイア」だと言われても何が何やらの私が見て楽しめるものかどうかはわからないんだけど(って今上げたの全部「戦闘機」ちゃうか?)。 いい意味でちんまりまとまった(宮さんの好きなモノで満ちあふれた)「小品」として仕上がってると思う。何が起こるでもないどこか淡々とした中に、あれこれ盛り上がるシーンなんかがちゃんと入ってて純粋に楽しめるし、それでいて深〜〜〜〜いところまで考えさせてくれたりで。青い空と海、白い雲を従えて「軽薄な」赤のボディの飛行艇。それだけで映える、絵になるシーンだ。 ジーナだけのあの庭から眺めるのはきっと格別の眺めだろうなあなどと、あれこれ空想を巡らせてしまう。
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本当のことなのに夢みたいに。 |
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2005-04-21 Thu 23:42
うさぎのミミリー
庄野 潤三 ![]() 文庫化にあたって、リマインダ・サアヴィスまで使って発売日の連絡をもらってまで購入したけれど、実はまだ読んでいない。ひたすら表紙を眺めてはため息を漏らし、後ろのあらすじを読んでは思いを馳せる。 「何でもないようなことがいちばんしあわせ(お前は虎舞竜か…)」だと、思ってる。疾風怒濤とか波瀾万丈とか、正直もう要らん。――いえね。どんなに平坦に平凡に見える人生であっても、ひとそれぞれにそれぞれの起伏、というものはあるんです、当然。ひとから見たら、あるいは自分が認識する分にはそうは思えない、ということがあるだけで。 私には「何でもないようなこと」というものがヨソ様より足りない、という妙な自覚がある。過去を振り返るだけでどす黒い感情だの後悔だの、ロクでもない親族だ肉親だと負の部分ばかりが見えて、うんざりしてしまう。でもって、そういうのだって誰にでもどこの家庭にも、大なり小なりあるものであることも知っている。それでも、どうにも私の人生とゆーのは、無駄にこんがらがっていて、自分ではもうどうしようもないな、という域に達している(と本人は思ってしまっている)のだった。 故に。ゆったりと気負うことなく、連れ添った相手を時間を重ね空間をともにし、新しい命を育み、自分だけが創作し得る何かを世に送り、家族が増え、可愛い孫が遊びに来てはささやかなだけに嬉しい何かを残して去って行きまた来る、という日常を送る様というのは、憧憬の対象以外の何物でもないのだ、私にとっては。 読んだら、もしかしたら、泣いてしまうかもしれない。どうして私にはこういう人生は送れないのだろう、とか、下らない思念に囚われて。 実は連載していた当時、ぽつりぽつりと拾い読みをしていた。何とも豊かな生活ぶりで(何もそれは経済面のことだの、富裕であることを意味しているのではない)、本当に、心底羨ましいと感じた。家に響くピアノの音、口ずさんでみる歌。庭の花々、姿を見せる鳥、遊びに来た孫がくれる掌編のような日々の出来事、いただきものの美味しい食べ物や団欒のひととき。 日記のようだ、と思うひとも居るだろう。あるいは私小説でしょ、と思うひとも居るかもしれない。それとも日常を綴るエッセイ。 そう読んでもいい。でも、やっぱりこれは紛れもなく「小説」だ、と私は感じる。 日常を綴ったように見せて、実はちゃんと考えて書かれた、紡がれた物語だ、と感じる。もちろん、筆者にとっての「日常」でもあるのだろう。でも、それは綴られた時から「物語」になるのだ。語られ始めた時から。 だって、あまりにも私が知る「現実」とはかけ離れているのだもの。こんな世界がこの世に実際にあるのか、と思うと愕然とする。 まだ読めない。もう少し、「夢ですら見たことのない世界」に思いを馳せながら、表紙を眺めていたい。可愛らしいタイトルに可愛らしい表紙(文庫版はよりさらに可愛くなった! もう乙女必携の書状態だ)。何もかもが可愛らしいのだけれど、地に足のついた生活がそこにあると私は知っている。 胸のどきどきを無理矢理押さえながら、でも素直にわくわくしながら、ひたすら表紙をうっとりと眺める。 見たい夢が見られない、どうせなら自分が望む夢が見たい、そういう気持ちの高まりに抑えが効かなくなった頃、この本の表紙を開くだろう。 見たい夢なんて、見た試し、ないクセにね。 |
やっぱり買っちゃった…。 |
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2005-04-20 Wed 16:14
わたしの日曜日
杉浦 さやか ![]() ああ、やっぱりいい。何度でもふとした時に読み返してしまう。……つまり、もう持っているのだ。持っているのに、何故、どうして、文庫版まで買ってしまうのだ、私よ……(涙)。 かつて乙女系啓発本サイズ(前もこんな表現使ったことあるので、何を言わんとしているのかよくわからない、そしておひまな方はこのブログ内を検索してみて下さいませ)で出た時、一も二もなく買った。「絵てがみブック」 この「わたしの日曜日」の親本が発刊された頃は、まだ毎日のように通りすがりの書店に通う、なんてことができていて、ネットができる環境になくても新刊の情報を手に入れることが簡単だった(それに、ひとり暮らしで決して裕福な状態ではなかったものの、「それなりの情報を手に入れたいならカネをかけろ」という自分にとっての信条――と呼べるほどゴタイソウなものでもないけど――に従って、新聞を朝刊のみとは言え取っていた。何かものすごく世の中のことに興味を持っていそうなカンジに見えそうだが、実は本の新刊情報・書評・文化欄にラ・テ欄活用+広告〈日用品は少しでも安いものを買うのだ!〉欲しさに取っていただけ、だったりする)。ほくほくしながら帰宅して、夕飯支度も半ばほったらかしで貪るように読む(さすがに米といで炊飯器をセット、くらいはしたけれど)。 ああ、やっぱりいい。好き。 しみじみと噛み締めるように、そして馬鹿みたいに心の中で繰り返した。 土日だけが至福の時だった(実はそうでもないけど。私の当時の生活は、「仕事」が平然と「日常」に割り込んでくる性質のものだったので。月−金の5日間、9時−5時で終了! とか、シフト制だけど「仕事」はあくまで「仕事」、休日を浸食することはない、という「日常」を持つひとたちが随分と羨ましかったものだ)。ふだん「堪能」できない家事に奮闘し、その合間に本を読んだり手紙を書いたりTVを眺めたり、あれこれ色んな「好き」に浸る。そんな私にとって「日曜日の帝王」っぷりを見せつけてくれたこの本がどれほど楽しく充実したものであったか! 即刻杉浦さやかちゃん仲間(私が布教した。好みが近そうな友人に「見てみてね♪」とプレゼントすると、もれなく「新刊見つけて買っちゃったよー」という嬉しい便りが届いたりしたものだ、ふふふ)に「新刊出てるよー、今回のもいいいよー」と手紙を書く。 そして今回も耐乏の(違うわ! 一発目の変換でコレ出すたあいい度胸だな、ATOK!)、もとい、待望の文庫化。……待望、って、持ってるじゃないのさ。自分に突っ込む。でも買っちゃうのだな。ほんの数ペエジのおまけと描き下ろされたカバア・イラストと、「文庫」というサイズの可愛らしさ故に(当初は「この乙女系啓発本ちっくなサイズがまたいいのよ」と思っていたものだが、文庫版は文庫版でまたまとまりがよく可愛らしい)、角川から文庫化されて出版された時は驚いたものだ。久々の快挙だ、角川!(昔は結構あれもこれも欲しい、と思わせるラインナップだったことがあるんだけど、最近さほど惹かれないなあ。新潮・中公・文春あたりのが個人的に面白いのに出会えるようになってきてる)ちゃんと3冊出たのもまた嬉し♪ こちらがもともとの装訂。イラストだけなら色合いも絵そのものも、こちらの親本の方がより好み。 いずれにしても可愛いのだけれど。 わたしの日曜日 杉浦 さやか ![]() 日曜日、かあ。最近「日曜日」らしい「日曜日」なるものを堪能してないなあ。のんびりのほほん、それでいて充実感のある閑雅にして安息、なれどやや多忙の一日。 そういう豊かさに満ちた日曜日の過ごし方あれこれを紹介してくれてる本、です。「ココロに余裕がないな」と感じた時にぱらぱら眺めるのにも適してると思う。和みます。 |
毎日が何かの日。 |
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2005-04-19 Tue 19:41
ヒヨコア365日
竹村 真奈 高橋 有紀子 ![]() 刊行してすぐ購入して、今でも時々手にとって読み返す。 タイトル通り(?)、365日、毎日を「○○の日」として、ちょっとした文章が綴ってあったり、イラストや写真が掲載されていたり、何かが紹介されている「だけ」の本。通常のカレンダア等のあれこれにはそれ程沿っている訳でもなく、まさに気分や季節に心地よく流されたように定められている。 殊更特別な日は、そんなに無い。 「キン消しの日」は笑った。「キン消し」とは「キン肉マン消しゴム」のこと。これを懐かしんでいる日だった。懐かしいな、このアイテム。男の子はみんな持ってた。ガンプラより安いし、カプセル・トイだから博打性もあってトライしまくり。トレエドも成立しちゃったり。今じゃちょっとしたレア・アイテムですが。 「熟睡の日」はひたすらちーさなちーさな(でもリアル)羊の絵が並んでいて、眠れない時は数えよう、という文章が添えられてある、だけ(ちなみに、ちゃんと何匹居るかという答えも小さく書かれている・笑)。熟睡、というより、不眠の日じゃないか? とまあ一事が万事そんなユルさ。それがおかしかったり楽しかったり、する。日常から離れなくても、どっぷり浸っていても、こんなにも楽しいんだ、というのが伝わってくるのがいい。 試しに今日は何の日か見てみると。 マヨネーズ日 でした。色んなアレンヂマヨのつくり方が書いてあるよ。トライするのもいいかもしれない。……太りそうだが(涙)。 |
真の漢(おとこ)たるには! |
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2005-04-18 Mon 23:08
タフガイ用語の基礎知識
Hunter S. Fulghum ハンター・S. フルガム 林 雅代 ![]() いい、コレ(笑)。すげー。もうタイトルとアオリ(あまぞんのサイトにUPされてる出版社サイドからのコメント)だけで十分に笑えた。絶賛予約受付中らしい。どうしよう、買うべき?(笑)だってコレ↓よ?
この暑苦しい表紙。汗のかほりが漂ってきそーよ。ここにアフターシェーブローションが加わるとあら不思議、はーれくいん世界に突入なのだが(最近はそうでもないけど、過去の作品を読むとやたらと男性からはアフターシェーブローションの香りが漂って来て、それがやたらと女を酔わせまくってやがったものだ・笑)。真の男は汗だけでショーブするもんだろうか。ううむ、まったくもってわからん――そうか、そういう人間のために書かれた本なのだな!(違うわ) なんかよくわかんないんだけど(そして何だかどんな本かわかっちゃうんだけど)、「一見馬鹿げたことに大層マジメに取り組む」という私好みのコンセプトで書かれた本であることだけは多分間違いない。日常の些事にこそ未知のもの不可思議なものが数多存在するのだとしみじみ思わせてくれる逸品ぢゃなくて?(読んでもいないのに大袈裟です)いや、でも、実際に「ハンガリー語で乾杯はなんて言うのか」知りたいし、「ガラガラヘビの料理法」も読んでみたい(問題なのはそれがちゃんと旨いかどうかなんだが。そこがものめっさ気になるぞ)。そういう情報というか知識で充ち満ちているらしいのだ、この本。 「一見馬鹿げた」も何も、多分馬鹿げた内容なのだ。でも私はそういうのがとても好きだったりする。ことに、真面目に熱意を以て書かれていたりすると感涙に咽んでしまいそうになる(ホントか? ←気分的には本当です)。人生には「不必要なコト」がたくさんあった方が、実は楽しいと思うんだけど。必要最低限だけ、って、みみっちいというか、広がりがないというか、……つまらない気がするんだけどなあ。 「必要なモノ」をこそ持ってない私が言うんだから確かよん♪
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毒入りすうぃーと・てでぃ・べあ。 |
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2005-04-16 Sat 23:19
TeDDy SCARES / プラッシュ ベア シリーズ 1 : エドウィン・モース O-701
![]() 前々から death で goth なぬいぐるみ、が欲しかった。 HAUNTED HOUSE 三原 ミツカズ ![]() この作品に登場する主人公・サバト(男の子。本名。両親がですでごす。そんでそんな名前大マジでつけたという。凄すぎ。って「ですでごす」ってひらがなで書くと何か違うでごす。←寒いよ…もう春なのに…春なのに寒いよ……)の双子の姉の一方がよく持ってる(ハンドメイドらしい)ような(というわけでどっかで見つけて覗いてみて下さいな)、ちょっと不気味さの漂うぬいぐるみ、が。 可愛い、らぶりー、それもいいんだけど、それだって大好きなんだけど、ちょっぴり、あるいはたっぷり毒を含んだ「カワイイ」がずっと欲しかった。あまりの欲しさに自作しようかと思ったくらいだ(違う意味で「ですでごす」な仕上がりになりそうだ。私はどうしようもない不器用。被服検定4級しか持ってないし、「波縫い」をすれば「あらま、ホントに『波』縫いねえ」と関心される腕前。そのぬいのタイトルは多分「破滅への序曲」とか「死して屍拾う者なし」とか「アンダーテイカー(葬儀屋)」とか「蛆は汝の身体の何処より来るか」とか、そんな名前がつけられるにちげえねえ。←名付け親は誰なんだよ)。 そしたら、コレを見つけた。……可愛いなあ……。でもってちょっとせつないとこがまたいい。詳しくはココで直接「略歴」を御覧下さい。 同じコンセプトで違うぬいぐるみを数種出す、いわばシリィズものらしいんだけど。どれも何とも味があっていい。いちばん最初に目を引いたのがこのだった。 「かつて誰か(それはアナタ、も含まれる)に捨てられたぬいぐるみがその無念さを胸に秘めて甦」った、のだそうな。うう、泣ける。 ぬいぐるみ。小さい頃ものすごく大事にしてた真っ白ほわほわの猫のぬいぐるみがあった。兄に巫山戯て放り投げられたりしては泣いたなあ。ぬいぐるみと5歳年下の妹相手にアイツはボウリョクを振るいやがったんだよう! ……って、ぬいぐるみじゃなくワシの無念さが甦っとるやないかい!(でもこういう恨みつらみはアトを引くのよ……フフフフフフフ……)でも、そんなことされなくても、彼らは確実にぼろぼろになってく。それが愛された証みたいなもんだし。そこがまたセツナイのう。 そのセツナサをカタチにしたらこうなった、のかね。どことなくユウモアも感じるし、いいセンスの悪趣味さだと思う(ニホンゴ、トテモトテモムツカシイネー)。 少し枯れかかった深紅の薔薇の色をした虚ろな瞳のテディ・ベア。違うな。渇きかけてきた血の色に似てるのか。 もし買ったら多分こう語りかけるべきだ。優しいけれど笑ってはいない目をして。 「一緒に眠ろうね――柩の中で」。 |
失う、ということ、手放す、ということ。 |
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2005-04-15 Fri 23:20
寿戦記
楠 桂 ![]() 若干15歳という若さでデビュウ(確か。間違ってたら申し訳ない)して以来今日まで(一応)第一線で活躍中の彼女が、今の御夫君と出会って結婚し、一女をもうけ幸せな(?)生活を営むまでを綴った本(何で「一応」か、というと、最近の作品はあまり読んでおらず、また、個人的にはかつてほど魅力を感じなくなってしまったから。絵も、かなりクセのあった昔の方が魅力的だったなあ。いい意味で少女まんがくささがなかったの。描線なんて劇画ちっくだったりして。醜いものも美しいものもそうとしか表現できないであろうカタチで描かれていた。今の絵は描線〈主線/おもせん、とも〉はなめらかで美しいし、それこそ上達なさったなあとは思うけれど、味わいとか魅力は感じなくなってしまった。どこにでもあるような絵、イマに受け容れられるんだろうね、という絵になってしまったのが何だか残念…。今の作風が好き、今の作風も好き、という方、申し訳ない)。友人が貸してくれて読んだ。 実は彼女の結婚に至るまでは少々波瀾万丈で、特に実母がすべてにおいて口出し(ダメ出し、とも・笑)してくるという、「ママの身体には緑色の血が流れているのかもしれない」と実の娘に言わしめるほどのある種の無理解ぶりと爆走ぶりを呈している。でも、そんなのは序の口。読んでいてつらかった段があって、しかもそれが未だに忘れられない(しかも、克服したとは言え、お子さんが難病にかかってしまったとか…うううう)。 彼女は授かった命を、自分も知らぬ間に失ってしまった、というのだ。雅子様も経験なさった「稽留流産」。「あの時にはすでに自分の中で命が失われていたのか…」と呆然とし、御夫君とともにひと目につかぬ山の中まで行って、車内で2人号泣なさったのだそうな。 望んでも生まれてきて欲しくても、この世に誕生することなく消える命がある。 楠さんはそれ以来、妊婦さんに気軽に「おめでとう」と言えなくなったそうな。「妊娠したからおめでとうなんじゃないんだ、無事に生まれてから初めて『おめでとう』なんだ」という主旨のことを記していらしたけれど、……考えさせられた。そうか。妊娠したからおめでとう、と単純に言えるものではないのか、と私も色々考えるようになってしまった。それでなくとも周囲は結婚だ妊娠だ出産だとおめでたいコトが続いている。そんな矢先、友人から「妊娠してることがわかりました」というメエルをもらった。 私は、何て言っていいのか、わからなかった。 すでに安定期に入った、とか、順調に成長している、異状もない、そういうことがはっきりしている状態であれば「おめでとう! 元気な赤ちゃんが生まれるといいね!」と言えただろう。しかし、まだわかった、という段階。私は悩みに悩んで、……返信を出せなかった。 そうこうしているうちに、友人が「流産した」という悲しい知らせをメエルにして教えてくれたのだった……。 欲しくて授かった命だったからこそ、彼女は生みたかったと思う。生まれてきてくれてありがとう、と喜びと幸せに満たされたかったと思う。それだけに、「失う」ということがどれほど重く感じられたことだろうかと思うと、何と言っていいかわからなかった。 言えばよかったのかもしれない。彼女は喜んでいたのだし、実際、生まれてくることこそ適わなかったけれど、確かに新しい命が宿ったんだから。それを彼女は喜んでいたんだから。 「おめでとう、よかったね」と、言ってあげればよかった。後先のことを、私はヘンに考えすぎてしまったのかもしれない。 また新しい命を授かったとしても、その子は「失った」子と同じ子供ではない(当然だけど)。どちらの子供も、どちらかの「代わり」ではない。それぞれがそれぞれの人生と命を生きてゆく存在だから、失った子の「代わり」ではないし、もういない子供はそれ以上の人生を歩むことはできない。……なんて残酷なんだろう。 それに比べると、知人の場合は何ともドライであった。そういう風にあえて振る舞っていたのかもしれないけれど。 「実はさ、まだ○○さんにしか話してないんだけど、妊娠したんだー」 仕事が始まる前、まだ誰も居なかった休憩室で彼女は言った。敢えて私は「あ、じゃあ新たに結婚なさるとか?」と尋ねた。婚外子ですか、とは言えないし、若くして離婚経験者である彼女に「お父さんは?」とも訊けず(仕事仲間であってとても親しい友人、という訳でもなかったので…)、ブナンかつわざと古くさい概念で返してみたのだが。 「ううん。堕ろすつもり」 サラリ、とそのことばは唇から流れてきた。「堕ろす」。 「それはまたどうして?」 「この状態で産んでも奇形児産まれる可能性大だし、それ以前に仕事でそれどころじゃないしね」 ……私はこの時も何とも言えぬ気分になり、ことばを失った。 「そうですか、……残念ですね……」 「欲しかった時(前の結婚生活では欲しくても授からなかった、とのこと)は駄目だったのに、産んでる場合じゃない状態の今できちゃうなんてねー」 ……いや、それは、自分も主体的にちゃんとすべきだったのではないのかと。「避妊」という大事な行為を。出来るかもしれない可能性がゼロだと言うならまだしも、……防げたことではないのか?(もちろん、100%確実な避妊法なんてないだろうし、……究極「しない」こと以外「絶対出来ない」という状況に持っていけないのだろうが) 「ホントに欲しいって思った『次(のチャンス)』に出来るか心配だなあ」 ……もう何も言えなかった。今宿った命より、「次」なのか……。今自らの意志で堕胎する子供よりも、「いつか来る未来」に授かるかもしれない「次」が大切なのか、……。「今宿った命」は「望まれなかった」ものなのだろうか。 私は彼女ではないから、本当のキモチとやらなんてわからない。ただ、今自分で亡きものにしようとしている「命」よりも「次」に思いを馳せていることが理解できなかった。もちろん、彼女なりにとてもつらかっただろうとは思うだけれど。 望んでも生まれた子供の顔を見ることができなかった友人。自分で生まないと決めて堕胎し、「次」は大丈夫だろうかと心配する知人。自分には「子供が欲しい」「産みたい」というキモチがないので、どこまでも彼女たちの「本当の気持ち」を理解してあげることなんてできないのだなあ、と思うと、ふと申し訳なさと寂しさを感じた。 生まれてくるすべての子供は「しあわせになるために」生まれてくるんだ、と思いたい。生まれてくることの適わなかった子供には、その子なりのしあわせがあったんだ、とも。出逢うこと、成長する様を見届けたいと真剣に願われたこと、すべてのことを待ち望まれていただけで、しあわせだったんだと、思いたい。 |
火サスがDVD化する訳だが。 |
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2005-04-14 Thu 23:54
火曜サスペンス劇場2 鬼畜 ビートたけし 松本清張 田中登 ![]() 放映時わざわざ観た。映画ver.(あの岩下志麻さんのヤツ。彼女は役にのめり込むタイプで、当時その作品を撮影するに辺り、まあ、演技ではあるものの、「本気で」子役のコに対して「殺意を抱いて」接していたため、大きくなってそのコがトラウマを抱えていはしまいかと本気で心配していたというエピソオドを持つ。ちなみに、かなり成長し青年となった当時の子役の男の子に会い、「あの時はごめんなさいね」と言ったら、「あまりに小さい頃のことなので憶えていませんから、安心して下さい」みたいなことを笑顔で言われホッとしていたのをTVで観た)も観たことがあったので、あらすじは知ってたんだけど。 緒方拳さんの、一見頑固そうで強そうな男が、妻にも愛人にも強く出られず言われるがままに行動する、という、実にしょぼくれた情けない雰囲気を醸し出していたのも素晴らしかったのだが、北野氏の演じる男はまたひと味違った哀愁と狂気を帯びていて、なかなかに見応えのある作品だった、ように思う。で、DVD化なわけですね。ま、北野氏主演、松本清張原作とくりゃあネエム・ヴァリュもあるってんで選ばれたってとこでしょーか。 2時間サスペンスドラマは気軽 |


硝子製のピッチャー。全体に溝がついていて、下に行く程ぷっくりしている。すべりにくくなるのかな、この溝。蓋は白のプラスティック。同じ素材でマドラー付。氷を入れておけるホルダーも内臓されているので、飲み物が薄まることなく冷えた状態で楽しめる、とのこと。某通販会社から購入。持ってみたら予想以上に重みがあって、水で満たしたら結構な重量感。でも頑丈そうでもあるのでプラマイゼロかな、と思うことにする。ピッチャー、それも透明なものはたっぷりの「ピンク・レモネエド」で満たしたくなるのだが、……それはとある映画の影響か??(レモネエドがピンクである必然性がどこにあるのだ、と飲むたび突っ込むのに大好き。N.Y.で喉が渇くとネスティのシリィズのピーチ・ティか、これが定番だった。何気なく買って飲むにはたっけえんだけど! でも飲んじゃう……。ピンク、てのがいいなあ。無意味な有意義さとゆーものだと思うんだが…そりゃ私の勘違い?)
このテのがずっと欲しかったんだけど、予算と折り合いがつかず諦め続けてきた…ら、偶然新作なのにごっついりーずなぼーなのを見つけてしまった。グリーン系のもあったけれど、ちょっとクール過ぎるのでピンクのにしてしまった。思えば、ピンク系のってあまり持ってない(汚れが目立たないように、紺、とか深紅、とか黒、とかこげ茶、とか濃い色味のもの、どういう服にも無難に合わせられるものばかりを買ってしまいがちなので、ピンクとか中間色、パステル系はあまり持っていない。まあ濃色も、それはそれで汚れが目立つものなんだけど)。よし、これだ! とレヂに直行。嬉しいようん♪(高いモノ=絶対的にいい、という図式がない貧乏人なので、ちーぷなものでこんなに喜べます)
ええと、はい、見たまんまですね。そうです、名古屋名物・天むすに広島名物・もみじ饅頭ですがどうかしました?(喧嘩腰)











