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……ここのところ(に限ったことではない、実は↓)、あれやらこれやら買い込んでいる。いや、買い込んで、というと明確に意思を持ってあれこれ購入しているようなのだが、ちょっと違う。「欲しい」と思ったのは事実なのだけれど、手元に届く日程がこんなに詰まるとは思ってなかった、のだ。
bk1に本をオーダー。欲しかった文庫数冊に並装・新刊のとある本、コミックス一冊。すべて24h以内に発送、のものだったし、冊数がやや多めだったので、メエル便優先だけれど宅配便にて到着。ここですでに自分が思っていたよりも早く届いている(いや、そりゃぼんやりとは予測できてはいましたが)。
そこに Amazon から注文の品到着。随分前に予約を入れてた某創作集団の10年の軌跡を辿る冊子+α(前にも言ったけど、……内容が本の状態同様薄い気がする……。中途半端な「ぱ○」の特集よりまだダメダメってのあどういうことなんだい)にいつも買ってる「spoon.」(今回の特集がまたツボでツボで)。まあ届く予定ではあったけれど、……雑誌、あとから予約入れたヤツだから、もう少し時間かかるかな、と思ってたら最近前者が発売予定日より早めに出て、しかもきっちりしっかり送られてくるため遅延することがない。

そうこうしているうちに、HQ新刊の時期到来。はーれくいんは月2回発行なので前の月の後期発行の本が届いて間もなく次月の初期に発行される新刊が出ようとする、というサイクルを保っている(正直、買い逃すという恐怖心さえなければ月一回でまとめ買いしたいところだ…。出来なくもないけれど、作品・作家によってはうかうかしてると逃す! あまぞんだと、うまく自分で工夫〈?〉すれば、それが出来なくもない〈要は数週間後に発送、なんて本の中のリストから1冊選んで同じカートに放り込んでおけばよいのだ〉のだけれど、如何せんそもそもの入荷がちと遅い。で、ちょっと前に(というか昨日……)あまぞんから箱がでん、と届いた同じ日に某通販会社からアレやらコレやら届いて(この箱がまた、今回頼んだモノのせいでデカかった。前日のぶろぐ参照のこと)ひえええ、何て思ってたとこにメエル便。……の割に早いなあ……はははは……。4冊購入したうち、期間1冊のみ後日別送となってしまった。ええい、まとめて発送、てのを選んだじゃないかー!!(先方としては、早く新刊が欲しかろう、読みたかろう、と気遣ってくれてのことだと思うのだが。←ひとの行為を無に帰すヤツ。ロクな死に方しないと思う)

そして。もう来るまい、さすがにナンボじきに届くと言っても「次」は5月さ! と思っていたら。いたのよ。いたのに。いたけれども(しつこい)。
……こ、このでけえ箱はもしや。

ええ、やらかしてしまったんですの、アタクシ。ついチョーシぶっこいてこんなものを予約入れちゃいましてね。いや、アチラさんはね、5月発送予定って言ってたんですよ。なのに4月の29日には発送したってメエル来ちゃって。こっちは慌てふためくだけですよ。だってそうでしょ。いやもう吃驚。でもまさか早いからって文句もつけられないし。参っちゃいましたよ(……地味に口調変わってるよ……)。
刑事コロンボ コンプリートDVD-BOX
ピーター・フォーク
B0007LXPIQ

か、買っちゃった……。高いのに……。こんなん買うてる余裕なんてないのに……。おまけにハード持ってないのに……(SAY! ありえねー!!)。これ観たいがためにあまぞんからやっすいハードを買おうかどうしようか迷っちゃってるうちにそれカートへとポチッとな、とかやらかすんだよ、くそー!!(ついでに言うなら、「コンプリート」BOXだけあってデカイ。……場所も取るやないかい……↓ そして今は外の塩ビ包装剥がすこともせずに毎晩うっとり眺めている。←こわい…)ウチは一家揃って「コロンボ」ファンなの。きっと喜んでくれるわ(自己暗示。あ、一家揃ってファン、てのは本当です。地上波放映なんてやってくれたら必ずみんな観るくらい好き)。

そして。明日はまた散財することが確定しているのであった。生きるとは是則ち消費することと見つけたり(いや、これからでもいい、人生を、筋道とゆーものを是正しろ。つーか更生して真人間になることを君の両親は・以下略)。
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別に、素材は何だって構わないんだと思う。本当は。プラスティックだろうが塩ビだろうが、硝子でもいいし、陶器でもいいんだろう。
でも、何故か「これがいい」と思って、選んで、そんで買っちゃう、のね……。
20050501015056.jpg硝子製のピッチャー。全体に溝がついていて、下に行く程ぷっくりしている。すべりにくくなるのかな、この溝。蓋は白のプラスティック。同じ素材でマドラー付。氷を入れておけるホルダーも内臓されているので、飲み物が薄まることなく冷えた状態で楽しめる、とのこと。某通販会社から購入。持ってみたら予想以上に重みがあって、水で満たしたら結構な重量感。でも頑丈そうでもあるのでプラマイゼロかな、と思うことにする。ピッチャー、それも透明なものはたっぷりの「ピンク・レモネエド」で満たしたくなるのだが、……それはとある映画の影響か??(レモネエドがピンクである必然性がどこにあるのだ、と飲むたび突っ込むのに大好き。N.Y.で喉が渇くとネスティのシリィズのピーチ・ティか、これが定番だった。何気なく買って飲むにはたっけえんだけど! でも飲んじゃう……。ピンク、てのがいいなあ。無意味な有意義さとゆーものだと思うんだが…そりゃ私の勘違い?)

かなり昔、淡い黒みがかったグリーンの硝子製のピッチャーをとある雑貨屋で見つけて購入し、愛用していたのだけれど、うっかり壊してしまった。……「モノには何だって寿命があるの。いつか壊れるものなの!」と自分に言い聞かせてはみるものの、それと同じものはもう手に入るはずもなく、……泣く泣く諦めて以来、ちょっと買おうという気持ちが失せてしまった。またうっかり壊したら悲しすぎる。そう思ってた。
それ以来、ピッチャーと名の付くものはせいぜい紅茶を楽しむ時に使うミルク・ピッチャーくらいで大振りのものを買うことはなかったんだけど、たまたままたしても某通販会社で「年間予約コース」なるものを申し込み、「輸入食器の会」とやらに手を出したら、ブルウベリィ柄の可愛らしいのが届いて狂喜乱舞。それもまた大事に大事にしてたのに、……のに……(号泣)。またしても自分のミスで壊してしまった(しかもそれ、まだ捨ててないの! 部屋にあるの! 壊してからもう4~5年経つのに! どくたー・こぱに叱られるー!)。
もう、ピッチャーは買うまい。幸い今は100円均一(どうでもいいが、この呼び名もそろそろ考えた方がいいよな。100円でもないし、均一でもないじゃないか、「ダ○ソー」よ)という強い見方がいる。2リットル入る蓋付ピッチャーなぞあっさり手に入るではないか。そう思ってやっっっっっっっっすーいそれを買ってそれはそれで愛用(しかしガサツ女王の私によって蓋が蹴られ踏まれ破壊された。でも罅どころかべこばこに割れているそれを胃までもヘーゼンと使っている。破壊と再生は常に表裏一体よ。←どうかしたのか?)。軽くて丈夫、まあ素敵♪ でも感じる一抹のサビシサ。
そんなところにカタログで出逢ってしまった。購入決定。およそ2リットルは入るらしきところも気に入ったし、デザインも気に入った。

どうせ使うなら、「これだ」と思ったものを大事に使おう。そう思って奮発(……だって、用途だけで考えれば¥105で十分、なものなんだもの、¥2,500は大奮発でしょー……。←自分、貧乏ですから)。
そしてふくらむ野望。夏はアイス・ティの作り置きよね、とか、オレンヂ・ジュウスたっぷり入れるのも可愛いな、とか、それこそピンク・レモネエドで満たすか?! いやいや、サングリア・ワインを楽しむもをかし、とかあんなこととかそんなこと。

今住んでる町では桜の花が綻び始めています。木蓮も綺麗(でもって香りがー!! ものすごく好き)。でも私の気分だけならすっかり夏を先取りしてしまっているのでありました。とかいいながら、基本用途は「友人とお茶する時の電気ポットへの水補給」なのよね…↓ まどらーは混ぜるためにあるんだよう(涙目)。
今日は天気がよかった。ドピーカンとまではいかなかったけれど、それなりのお天気だった。
昨夜は突然の暴風雨に見舞われ(もっとも、風だけなら午前中からすごかったのだけれど)、どうなることかと思っていたら、晴れてくれて、正直腰砕けですらあったのだが。
仕事中、妙に右肩が痛んだ。

「あ。天気、変わる。悪くなるよ、コレ」。
「えー? だって今天気いいし。予報も悪くなかったよ」
「でもねえ、古傷、っていうか、後遺症がね。教えてくれるのよ、有り難くも何ともねえんだけど!」
「そうおー? でも、特に悪そうには見えないけどなー」

うぬう! 悪くなるったら! なるの! だって肩痛いんだもん!

数年前の交通事故で頸椎捻挫(要はムチウチだ)をやらかして以来、私の右肩は天気の悪化に敏感になってしまった。しかも、大抵きっちりと当たる。ヘタな天気予報よりも当たる確率は高い(天候悪化に関してだけなら、石原良純には勝てる自信がある・笑)。

一時期こういう古傷が痛むのはやれ湿度のせいだ何だと言われていたらしいが、昨今は気圧の変化に反応しているのではないか、と推測されているらしい(以前お世話になったドクタア曰く、はっきりとは立証されてない、らしいのだが)。
なので、天候が悪かったのが良くなる時、も痛んだりする。いいのか悪いのか……。便利といやあ便利だが、……やはり嬉しいとは言えない。

頸椎捻挫にとどまらず、「事故」の後遺症はコワイのよー。ある知人の親戚の方、ある日突然他界されたそうで、原因を調べてみるもこれといって該当するものナシ。過去の既往症・症例を調べてみて突き当たったのが、何十年も前に遭った交通事故のせいらしい、という結果が出たそうだから。

友人と深夜のドライヴ中、赤信号が変わるのを待っていたら、いきなりの背後からの衝撃。冷静なのに(事故に遭ってるんだなあ、とわかってはいる)、どこかぼんやりしていて、特に何ができるでもなく、「ああ困ったなあ、どうしようかなあ」そればかり考えていた。ちなみに私は助手席、運転手は友人。どちらもシート・ベルトをしていたのでやや軽傷で済んだものの、……その夜は大事を取って友人宅に宿泊させていただくことになった(当時ひとり暮らしだったため、何かあったら大変、と友人の御両親が心配して下さり、家に招いて下さった)。
同じ部屋で寝たんだけど、まず横たわるのに一苦労。痛い。そりゃそうだ、いきなり無理矢理エライ力でぐいーっと頸を引っ張られて、それに釣られてあちらこちらの筋肉だのが引っ張られてるんだから。
翌朝。さらに困ったことに。起きられないの。痛いから、というよりも、とにかく筋肉が、身体が、自分の思うように動かせない。2人とも意識はあるのに、天井見つめたまま「ちょっとー! 動けないー!」「痛いよー!!」と喚くのみ。
哀しきは文学部出身の性。
「アレだよね、カフカだよね、これって。朝起きたら虫になっていた、ってヤツ。自分じゃ起きられないんだよね、確か。ああ、『朝起きたらグレゴオル・ザムザになっていた』……シャレになんねー」
「紫堂さあん、笑わせないで下さい~~~~っ。痛いーっ、頸も背中も肩も痛いー!!」
ホントに、2人そろっておなか見せた虫みたいにうにょんうにょんのたうち回った挙げ句ようやく起きられたんだよう!(でもって、身体のあちらこちらに激痛が走りまくり……)

……ええ、それ以来です。悪天候には敏感に反応。さっきまで風の音だの雷だのがすごかったけど、……今肩に痛みは特になく。
てことは、明日は一応そこそこいい天気、ってことかもしれない。

ホンットに、嬉しくないなあ……便利だけど!(半ギレ?)あれ? 今肩に鈍痛が。

やっぱ明日も天気ちょっと崩れるかもしれない。ええいくそ!(って言うと、いつも「タッチ」を思い出す。あだち充の。「ええいくそ!」って達也が言うと、お母さんが怒るの。「ええいくそ、とは何ですか!」って。そうすると、「ええいくそ、とはそもそも…」とその来歴を語ろうとする、というシーンが……なかったっけ? とヲタクな側面をあっぴ~るしてみました。←誰によ? しかも朧気な記憶で!)
ゴマのパリとこどもとキュイジーヌ
Goma
4072472557

Gomaちゃんたちの最新刊。ようやく入手。今回もヴィジュアル要素満点で(まあそもそもそれがなければほとんど意味ないんだけど)、ペエジを繰っても繰っても彩り鮮やか。
パリの子供たちと一緒に行ったワークショップの記録であると同時に、作品集でもある。Gomaちゃんたちの作品集で、参加した子供たちの作品集。

そもそもGomaちゃんたちの生み出す料理には「素人っぽさ」と遊び心がきっちり残っているところがウリではないかと思ってる。ものすごくものすごく洗練された雰囲気があるわけではないの(うう、誤解されそうだなあ)。とにかく彼女たち3人がつくることを楽しんでいる、というのが全面に現れていて、そこがとてもいいなあと思う。きっちり四角四面で華麗でそひすちけいてどされたモノじゃなきゃイヤ! というひとには「何だ、これ?」と思われそうなところが魅力じゃないかな、と。

で、今回は子供たちとのコラボレイト。大きな真っ白いチョコレイトのキャンバスに食紅だとかミルク・チョコレイトで「好きなように絵を描いてね!」とやらせてみる。これが何とも言えずいい味出てて、大人には描けない線、出せない色のバランス、そういうのがばーっと広がってるの。ふだん食べ物にそんなことなんて出来るわけもないから、子供たちも徐々に楽しんで盛り上がった模様。で、そのチョコレイトを最後にがんがんでっかく割って持ち帰らせてあげてるんだけど、そんなでっかいチョコレイト(写真で見るに、割ったチョコレイト、A4サイズくらいはあったように見えるぞ)、食べたことないからおもむろにかぶりついてみたりしてる子がいて可愛い。食べたらなくなってしまうってとこもなかなかオツだ。
たくさんのスポンジ・ケエキを用意して、「彫刻」に挑戦してみたり(積み上げて、くっつけて、至る所に好きなように飾り付けをする! すんげえ色んな色、テイスト――参加した子供たちそれぞれの個性が発揮されているハズなのに、完成品を見ると不思議とまとまってるんだよなあ。Gomaちゃんたち監修〈?〉てのもあるだろうけど)子供たちの描いた絵を料理にしてみたり(レシピ付)、子供の絵を元に雑貨をつくってみたり。……ふだんのGomaちゃんたちのテイストと、何の違和感もない(笑)。でも、それは実はとてもすごいことなんじゃないのかな、と思う。もちろん、彼女たちなりの解釈やアレンヂはあるわけだけど、新鮮でありながら従来の持ち味が失われることもない、ってのは、スゴイ。

もしかしたら「食べ物を玩具みたいにして!」と怒るひとって、居る、のかな? 違うんだ、これは違う。玩具みたいに仕上げた食べ物をみんなで美味しく楽しく食ってるだけだから! 
どんなカタチをとっても、どんなデザインにしてあっても、つくるってのは楽しいよ、モノを生み出すって面白いよ、ということが溢れていて、見ているこちらもわくわくする。

ままごとセットに実際に料理を盛りつける、ってのは、やってみたかったけどできなかったこと、だなあ。やはり「食べ物を玩具にしちゃいけません」つー思想(?)があったからだと思うんだけど。今にして思えば、何が悪いんだ、てなもんですが。使うお皿やコップが「玩具」なだけで、載ってるのは美味しい料理、平らげたら無問題じゃないの。……そういう「自由な発想」なんてものも、自分からは失われてるんだなあとちょっとしんみりもしてしまった。

12ヶ月のデコレイション・ケエキ、てのがあって、完成品とそのレシピも掲載されているんだけど、これがまた可愛い。緊張感の無さがいいのだ(褒めてる!)。こぢゃれた、やらしい「お上品さ」てのがなくて、楽しいよ、可愛いでしょ、そういう気分に満ちてるとこがいい。子供じゃなくても嬉しくなるようなテイスト満載。

自分たちが「楽しい」と思えることを好きなようにやっている、それものびのびと。妙な既成概念にも囚われていない自由な雰囲気もいい。
てなわけで今回の新刊にも個人的には大満足でありました。
最近ヘコむこと続きだったけれど、ようやく心に晴れ間が(そう、雲から光が射している程度で、あくまでも基本は曇っている)。何故ならそれは給料日だから!(わかりやすい…)
で。イロイロあってイヤな気分だったのを払拭すべく。前々から狙っていたものを「思い切って」買うことに。ああ、尊い労働の対価として得たカネをこんなものに遣っていいのかしら!? …ええやん。自分のやん(自己完結)。

まずは春・夏に活躍してくれるであろう(というよりさせる気満々♪)、かごバッグ♪
20050427141837.jpgこのテのがずっと欲しかったんだけど、予算と折り合いがつかず諦め続けてきた…ら、偶然新作なのにごっついりーずなぼーなのを見つけてしまった。グリーン系のもあったけれど、ちょっとクール過ぎるのでピンクのにしてしまった。思えば、ピンク系のってあまり持ってない(汚れが目立たないように、紺、とか深紅、とか黒、とかこげ茶、とか濃い色味のもの、どういう服にも無難に合わせられるものばかりを買ってしまいがちなので、ピンクとか中間色、パステル系はあまり持っていない。まあ濃色も、それはそれで汚れが目立つものなんだけど)。よし、これだ! とレヂに直行。嬉しいようん♪(高いモノ=絶対的にいい、という図式がない貧乏人なので、ちーぷなものでこんなに喜べます)
方形、というのも気に入ってる。丸みを帯びたタイプのはすでに持ってるし(友人がかつての誕生日にジュートっぽい素材のセピア色したバッグをくれたことがあってとても気に入っている)、大きめのはもっとあとで買うかもしれない(気に入ったのがあれば、だけど。もうひとつは持ってるから。これがまた見事なまでに夏限定なオレンジで、やはりこういうグラデっぽいストライプだったりする。今度買うならベエシックな色味のものか、違う傾向の色のものにしよV)でもって、中身が見えないように、口の部分が巾着風に絞って隠してしまえるところもお気に入り。バッグはピンクならピンクでその巾着風の布の部分がストライプ、はちょっと好みから外れたのでコチラに。持ち手の部分が合皮で汚れに強そうなのもいいわーVv

以上、「オンナノコ(その言い方には無理ある! 相当無理ある!)」のオカイモノ。以下、「私らしい」お買い物。
20050427142229.jpgええと、はい、見たまんまですね。そうです、名古屋名物・天むすに広島名物・もみじ饅頭ですがどうかしました?(喧嘩腰)
……ずっと欲しかったんです、ええ……(しーん……)。

どうやらヴァレンタインの売れ残りだったらしく、ワゴン・セエルにずっと出されてた。その時の価格でも、多分正価よりは数百円安かったものと思われる。しかし。ソレには出したくなかった、んだよな。¥300は。本だ食玩だと数千円、時に万単位のカネをつぎ込む女が何をヌカすかこのばかちんが! と自分でもツッコミたいくらいですが、でもコレひとつにさんびゃくえん、は高い気がしたんだもの~~↓ 
で。これは多分、いずれもっと安くなるな、と踏みまして。待ちましたよ。そしたらある日コオナアが無くなってた。ワゴンはどこ!? もしやあまりの売れ無さっぷりに返品!? そう思っていたらさにあらず。ふははははは、場所変えてまだ売ってたさ! しかも「今ついてるお値段の半額」シール付で♪ 買うーVv 買う買うー!!
イロイロあって、欲しい、と思ったのは4つ。かなり迷って(迷うとこなのかよ!)2つに絞って購入。……したのが、件のもみじ饅頭と天むすなのでした。むこふこしてて可愛いよう(ちなみに、迷ったあと2点は横浜名物・シウマイと熊本名物・辛子蓮根でした。どっちもやはり可愛かった……。多分まだこの先も売れ残るから〈笑〉きっと¥100くらいにオチるんじゃないかと。その時が来たら躊躇なく買いますともさ)。ちなみに、ほかにも「柿の葉寿司」とか「明太子」とか色々あったんだけど、モノによってはそのままではサビシイと思ったのか、目がついてたりして、ちょっと何か違ってたり、「魚を使ったもの」ってことで魚がにょるん、と飛び出してたり、と、微妙にハズしてたのでパス。そのまんまをふもふもっとしたカンジで再現、てのが可愛いのに。
で、買ったソイツらをどうするかって? バッグとかにつけて出歩くですよ。キィ・チェーンはそのためにあーる!(年齢を考えろ、年齢を)

というわけで、ちょっとだけほくほくしておりまする。5月のおでえとには今日買ったバッグで行くダニVv

特に何もしていない(と思ってるんだけど)のに、やたらと苛々していて、口調や語気が荒くなったり怒ったようなものの言い方をするひと、というのが居るけれど、あれは何が原因なんだろう。男女を問わず。

性格なのか? 単に気分でそうなるだけなのか。

勤め先の社長や上役には結構居た。横の関係ではそれ程見たことがないんだけど(それで人間関係ギクシャクするのは目に見えてるし)、上下なら山程ある。やはりアレか、「どうして自分の思った通りにコイツは動けないのだ!」と苛立っているのだろうか(でも、脈絡が無さ過ぎてコワイ)。

業務連絡を取っているだけなのにいきなりキレ気味の口調になってまくしたてられたりして、吃驚したことが何度もある。こちらは淡々とかつ時間を取らせてはいけないと思って手短に、を心懸けているのだが。先方のナニカに火がついてどうしたもんだろう、と困惑しながらそのキレ口上を聞くハメになる。

ある会社の社長には参った。つっけんどんな受け答え、流石に取引先の人間だの、立場が同等のひとにはしないのだろうけど(そして、「下の立場」に居る相手ならいいと思ってるんだとしたらそれはそれで如何なものなのか)、くってかかるようなモノの言い方をするので疲れる。

ある意味自分の気持に正直なんだろうけど。ウキウキしていればそんな口調で話すし、気分が悪い時は苛々した口調で攻撃的。で、こういうヒトは何故か決めつけるのも好きだ。
「アナタはね、○○だから××なんです!(←で、不思議な程根拠が無いことが多い・笑)」
とかヘーキで言ってくる。はあ。そうですか、と内心思う以外出来ることなんて無い。こういうのに「対抗」すると更にああだこうだ言われるのがオチだ。自分もかなりキレやすいというか、苛々すると口調がキツくなるタイプなので、他人がそうなっているのを見ると冷静になって観察してしまう(あ、でも、私の場合はキレたり怒ったりすると、黙り込むことのが多いか?)。

自分もこんななのかのう、ととてもとてもダークな気分に↓

ひとの上に立つんだから、もっと落ち着いていてくれよー、と思うのだが。キレ気味・攻撃的・ひとのハナシは無視・決めつけて自分の言うことだけが正しいと言わんばかり。疲れる。とてもとてもとても疲れる。

電話がかかってこないことばかり祈りながら仕事するのって、精神衛生上よくないなー……。
文房具と旅をしよう
寺村 栄次 浅井 良子 スコスステーショナリーズカフェ
4860200152

随分前に買ったのにちゃんと読まないまま数ヶ月……どころか1年くらいは経過してしまったか(いや、2~3年かも)。
フィンランド、スウェーデン、イギリス、フランス、オランダの5ヶ国を、文具を求めて探す旅へ。「その国でつくられた製品」が駆逐されつつある昨今、それでも「その国の会社でつくられたあれこれ」が完全に消えてしまうこともまた皆無で、スーパーや書店で「フツウに」売られているあれこれの中からデザインで、機能で選んだあれこれを紹介してくれる。

同時に、お国柄にも関わってくるちょっとした情報や旅日記としても楽しめるようになっていて(文章が何とも言えずやわらかくてあたたかい印象を受ける)、それがまた楽しい。郵便グッズ等も好きアイテムに入ってるので登場するのでそのテのグッズに目が無い方にも楽しめる。

おまけに、旅に持っていくと役立つあれこれや、この旅行にかかった経費等まで掲載してくれているので計画を練るのに参考になるかも(もっとも、ユーロ導入前だったりでデエタとしては古いのだけれど)。

ゆるーっとした文章、スタイリッシュだったり独特の野暮ったさ(褒めてる)を持った文具・雑貨を山と紹介してあったりと内容は盛り沢山で、ヴィジュアル要素満点だけれど「読む」楽しさにも満ちている。

続編、出るのかな。というより、出して。是非。
オールイン DVD-BOX 1
イ・ビョンホン ノ・スンイル ソン・ヘギョ
B0001X9D5Y

「御多分に漏れず」とでも言うべきか、地上波のアノ時間帯の韓国ドラマはかかさず観るようにしている。……何とも言えぬあの懐かしいノリがいい。80年代大映ドラマのノリに近くて。次々とこれでもかこれでもかと登場人物たちに降りかかる厄災と困難、そして怒濤のよーな恋模様。すげえ、すげえよ、韓国ドラマ! ありえねえほど事件・事故多発(チェ・ジウとペ・ヨンジュンはナンボほど交通事故に遭うんぢゃ! とやはりツッコミを入れずにはいられなかった…。ジウ姫に至っては、ドラマ違ってまで事故に遭うのかー!? と↓)

衛星放送を観られる環境にあるもののチャンネル権のない私は今回の地上波放送が初、なのだが。やはり面白いのう。しかし、実在のギャンブラアの半生を原作に持っているとは知らなんだ。脚色はあるだろうけど、かなり波瀾万丈であったであろうことは想像に難くない。人生そのものが博打だってのにさらに博打かい! と平凡な怒濤の日々を送る小市民の私には大変過ぎて目が回りそう。……そういうまさに「ドラマみたいな」人生を歩むひとって居るのねえ……。

こう、男同士…を通り過ぎて裏家業な野郎どもの抗争というか、恋愛が主軸だった「冬のソナタ」「美しき日々」に比べると、骨太でワイルドな感じ? と思っていたら、やはりそうか、恋愛譚もあるのか。

それにしても。このドラマって、「現時点」て西暦で言う何年くらいなんだ? 韓国で制作・放映された時現在、なの? いや、ドラマ初回と第2話あたりって主人公少年(といってもすでに18歳なんだけど)期なんだけど、……私の脳裏を過ぎるのは不良役が板に付いてた頃の石原裕次郎なんだが。アロハ・シャツにあの短髪のヘア・スタイル(もっとも「オールイン」の方がよりワイルドで土臭いカンジなんだが)。その少年の頃ってのは、日本で言う何時なんだー!? 昭和初期のにほひがするのよ。まあ実在するギャンブラアの半生、なわけだから、昭和初期~中期に少年~青年期を過ごしました、でもおかしくないんだけど、何せ韓国のことなんて何にもわからないもんだから、ハテ、その懐かしいテイストは何時頃なの?? と目が釘付けよ(笑)。
ヒロイン(スヨンかあ…。割と一般的な女子名? いや、大好きな「箪笥」の登場人物にも「スヨン」て居たから。それ言ったら「ウンジュ」だって何回か耳にしてるし、「ミヒ」もよく聞くな。「ミヒ」なんて私の韓国のペンパルの名前でもあるし。って何の話だ)が両親失って教会に…てのもすごい。今でもそういう展開って、現実にアリ?? そう思うとやはり結構「前」ってことよねえ?(韓国はクリスチャン多いから、キリスト教系の教会に…って辺りは別にどうということではないんだけど)

あと、個人的にびっくりしたのが主人公たちの通う高校。……その、……映画でよく観る、アメリカの刑務所思い出したんだが。イーキな看守のはっからいで~~♪(…古いよ)もとい。あれって、一般的なつくり??(「冬ソナ」で観た高校はそうじゃなかったってことは、やはりあれは「かつて(それも結構前)」よくあったタイプ、なんだろうか。そこらへんも韓国通とかじゃないからまったくわからなーい! そう言えば、共学でもなかったみたいだしなあ。やっぱりヨソの国やその文化って面白い……)

今後も怒濤の展開を見せてくれるであろうことを期待しつつ、土曜の夜を待ちわびるのであった。ビョンホン氏のボディ・ラインの美しさや洗練された身のこなしはテコンドーからきてるのかなー。無駄な肉が一切ない、直線で構成された男の美を体現したラインだよなー(微妙に視点がエロい私を許してくれ)。
日本のドラマで毎週観ているものは一切なくて、ちゃんと観てるのって所謂「韓流」ドラマばっかりだな。あの濃ゆさがいい。日本のって最近どんなんやってたっけ?(そもそもTVはヴァラエティばかり観ている私…↓ 「銭金」だの「愛エプ」だの「黄金伝説」(テレ朝ばっかやん…何で…?)を楽しみにしてる女って、アレか、「笑点」欠かさず観ちゃってる女と同じヤバさ、ってこと!?(「笑点」の視聴率を支えているのは実は高齢層ではなく妙齢のOL層である、というデエタがかつてあった。今もそうなのかは知らないけれど、デエトするでもなくヒマを持て余して家でだらだらしながらお気楽に「笑点」観ちゃってる女……今で言うところの「負け犬」予備軍、みたいなもん、らしい)まあそんなゴテゴテ取り払っても終わってる、つーのは変わらないのだが(笑)。

もとーい! そういうわけで毎週楽しみに観ているのことよ。「韓国の柴田恭平」とでも呼びたくなるヤクザはまた出るのかしら?(ちなみに「香港の柴田恭平」はユンピョウ…って言ってわかるひと、居る?)
紅の豚
森山周一郎 岡村明美 加藤登紀子
B00005R5J6

TV放映されるたびに観ているから、……もう何度目になるんだろう? でも今夜の放映分も観た。宮崎アニメの中で、興行的には他の作品に比べればいまひとつ振るわなかったこの作品、実は私自身はとても好きだ。
当時の宮さん(どうしてもいっぱしのヲタク気取りでこう呼びたい私であった↓)の作品にしては、「子供が観て楽しい」とか思想がどうの哲学がどうの、というよりも、「自分の『好き』をぶち込んだ」感じがするところが好みである。たまにはいいではないか。楽しんでつくったもの、は楽しい、と思う(もちろん、独り善がりになってしまっては娯楽作品足り得ないけれども)。

戦争中でファシズムの台頭が進むイタリアはアドリア海を舞台に、それでもどことなくのどかでのほほんとした空気が流れるところも好み。本当は重い重~~~~~い背景がででんと横たわっているのに、イヤになるほどそれが伝わってくるでもない。戦争があっても、「日常」もまたそこに同じように存在する。その「日常」を壊してしまうのが戦争なんだけど。

自らに魔法をかけ、豚になることを選んだ男と、彼を取り巻く人々、それも野郎どもが馬鹿で大人げないところなど実にいい。海賊ならぬ空賊が横行しているらしいが、どいつもこいつも悪人になりきれぬへっぽこぶり。何しろ「マンマ・ユート」団だもんなあ。イタリア男は「ママの料理に勝てる味はないよ!」と平気でヌカせるナイスまざこん揃いの国なのでさもありなん、といったところか。日本もあまり変わらんか。母は偉大なのか、野郎がどうしようもねえのか。深く追究はすまい。

ポルコ・ロッソ。イタリア語でまさに「紅の豚」。自らに魔法をかけて豚に――って、本当に、そうなのかね? 実は魔法かけられてんのは周囲の人間じゃないのか? 豚に見えるようになっただけ、で。見るべき目を持つ者には時折「本当の姿」が見えるらしいし(フィオとカーチスは見た、というか見ることができていた)。まあとりあえず魔法で豚に見えようがなろうが、とにかく「人間」という器でないものになりたかった、のかもしれない。「国のため」なんて「下らない」大義名分のために罪もない人間や仲間が死んでいくのを傍観しているだけ、戦争を煽るだけの「人間」とは別なモノになってしまいたかったのか。下等なモノと見下され怠惰や愚鈍を連想させる豚に。
ニヒル(死語?)でやや厭世的。でも世の中と人生は捨て切れない。いい酒といい女といい船――飛行艇で空を自在に駆けめぐり、気が向けば報酬次第で仕事をする。時局はアヤシイってえのに、何となく羨ましい境遇にも思える。

ポルコとは古い付き合いのマダム・ジーナ。戦争で3人の夫を失いつつも(しかもひとりは作中で死亡したことが判明する)「ホテル・アドリアーナ」を切り盛りし、夜は酒場で歌姫に転身し、すべての飛行艇乗りどもの羨望と憧憬の対象となる、凛とした、でも艶やかな女性。彼女がまたとてもいい。それまでの宮崎アニメでよく見た女性・少女像と言えば、快活なおかあちゃんタイプだったり、超然とした姫君だったり、優しくて素直なお嬢さんだったり、溌剌とした女の子だったりしたのだけれど、ひと味違う大人の女(当時のファッションがまたサマになってていい。すっきりしたボディ・ラインに似合ってる。パンツ・スーツてのもいいなあ)。ノリのカルいアメリカ野郎は鼻先であしらい、喧嘩をおっぱじめる空賊どもには笑顔でいなす。姐さん肌なのに優雅。あのゆったりした話し方がちょっとセクシィ。加藤登紀子さんは歌声だけじゃなく、話す声にも味があるんだなあ。そういえば声優陣もいちいち豪華で、がきんちょが見るアニメでは聴けないような方々がズラリ。森山周一郎氏の声で「飛ばねえ豚はただの豚だ」だもんなあ。シブイ。シブ過ぎる。

実はずっと昔、まだ少女だった頃から、ジーナはマルコが好きだったんじゃないのかなあ、とか、マルコもまた彼女を想っていたんじゃないのかなあ、とか、色々含みを持たせてあるところも、密やかに艶っぽくていい。でもどちらも言わないの。どちらからも何も言わない。観てる私が「邪推」して楽しんでるだけ。
一見痛快活劇風だけど、子供が単純に楽しめる、というタイプではない気がする。もちろん、フィオを巡るポルコとカーチスの決闘(ちうか、最後は殴り合いに…・笑。それもシャレにならんくらいボッコボコにボコり合うところが馬鹿でいい。「男同士ってなあ殴り合って仲良くなるもんだ!」という昭和ヒトケタおやぢなノリでヒジョーに素敵♪)のくだりは笑えるし(でもそれでいてカーチスの意外にいいヤツじゃんな面が仄見える)、飛行艇同士の空での対決もスリリングで見物。ピッコロ社での一族郎党(それも女性ばかり! ここにもまたひっそりと物語世界の中の厳しい現実が反映されてるわけだが)集まってせっせと飛行艇をつくりあげていくシーンなんかも楽しい。でも、随所から漂う空気とでもいうか流れる雰囲気は、やはり大人にとってこそより滋味深い気がする。子供なりに楽しめる作品でもある。でも、大人になってからのが、より面白いと感じられるよーな気がするな。

そういうわけで今回も堪能しました。一応の原作である
飛行艇時代―映画『紅の豚』原作
宮崎 駿
4499228646

も一読したいところ(「モデルグラフィックス」に連載されてたけど、私が買ってた頃はもう終わってたなあ……。それとも休載だったか。「ナウシカ」も映画製作に入ると手がつけられなくなるからかよく休載してたし。だから「原作」完結までに時間がかなりかかってる)。いまだに「フォッケウルフ」だ「紫電改」だ「メッサーシュミット」だ「シュ(ス、か?)ピットファイア」だと言われても何が何やらの私が見て楽しめるものかどうかはわからないんだけど(って今上げたの全部「戦闘機」ちゃうか?)。

いい意味でちんまりまとまった(宮さんの好きなモノで満ちあふれた)「小品」として仕上がってると思う。何が起こるでもないどこか淡々とした中に、あれこれ盛り上がるシーンなんかがちゃんと入ってて純粋に楽しめるし、それでいて深~~~~いところまで考えさせてくれたりで。青い空と海、白い雲を従えて「軽薄な」赤のボディの飛行艇。それだけで映える、絵になるシーンだ。
ジーナだけのあの庭から眺めるのはきっと格別の眺めだろうなあなどと、あれこれ空想を巡らせてしまう。

蛇足。どうしてジブリ作品のDVDって、パッケエジのデザインが、その、ダサイのでしょーか。何かこう、¥500くらいで買える子供向けアニメのDVDでももう少し凝ってる気がするのですが↓

うさぎのミミリー
庄野 潤三
4101139059

文庫化にあたって、リマインダ・サアヴィスまで使って発売日の連絡をもらってまで購入したけれど、実はまだ読んでいない。ひたすら表紙を眺めてはため息を漏らし、後ろのあらすじを読んでは思いを馳せる。

「何でもないようなことがいちばんしあわせ(お前は虎舞竜か…)」だと、思ってる。疾風怒濤とか波瀾万丈とか、正直もう要らん。――いえね。どんなに平坦に平凡に見える人生であっても、ひとそれぞれにそれぞれの起伏、というものはあるんです、当然。ひとから見たら、あるいは自分が認識する分にはそうは思えない、ということがあるだけで。

私には「何でもないようなこと」というものがヨソ様より足りない、という妙な自覚がある。過去を振り返るだけでどす黒い感情だの後悔だの、ロクでもない親族だ肉親だと負の部分ばかりが見えて、うんざりしてしまう。でもって、そういうのだって誰にでもどこの家庭にも、大なり小なりあるものであることも知っている。それでも、どうにも私の人生とゆーのは、無駄にこんがらがっていて、自分ではもうどうしようもないな、という域に達している(と本人は思ってしまっている)のだった。
故に。ゆったりと気負うことなく、連れ添った相手を時間を重ね空間をともにし、新しい命を育み、自分だけが創作し得る何かを世に送り、家族が増え、可愛い孫が遊びに来てはささやかなだけに嬉しい何かを残して去って行きまた来る、という日常を送る様というのは、憧憬の対象以外の何物でもないのだ、私にとっては。

読んだら、もしかしたら、泣いてしまうかもしれない。どうして私にはこういう人生は送れないのだろう、とか、下らない思念に囚われて。

実は連載していた当時、ぽつりぽつりと拾い読みをしていた。何とも豊かな生活ぶりで(何もそれは経済面のことだの、富裕であることを意味しているのではない)、本当に、心底羨ましいと感じた。家に響くピアノの音、口ずさんでみる歌。庭の花々、姿を見せる鳥、遊びに来た孫がくれる掌編のような日々の出来事、いただきものの美味しい食べ物や団欒のひととき。

日記のようだ、と思うひとも居るだろう。あるいは私小説でしょ、と思うひとも居るかもしれない。それとも日常を綴るエッセイ。
そう読んでもいい。でも、やっぱりこれは紛れもなく「小説」だ、と私は感じる。
日常を綴ったように見せて、実はちゃんと考えて書かれた、紡がれた物語だ、と感じる。もちろん、筆者にとっての「日常」でもあるのだろう。でも、それは綴られた時から「物語」になるのだ。語られ始めた時から。

だって、あまりにも私が知る「現実」とはかけ離れているのだもの。こんな世界がこの世に実際にあるのか、と思うと愕然とする。

まだ読めない。もう少し、「夢ですら見たことのない世界」に思いを馳せながら、表紙を眺めていたい。可愛らしいタイトルに可愛らしい表紙(文庫版はよりさらに可愛くなった! もう乙女必携の書状態だ)。何もかもが可愛らしいのだけれど、地に足のついた生活がそこにあると私は知っている。

胸のどきどきを無理矢理押さえながら、でも素直にわくわくしながら、ひたすら表紙をうっとりと眺める。

見たい夢が見られない、どうせなら自分が望む夢が見たい、そういう気持ちの高まりに抑えが効かなくなった頃、この本の表紙を開くだろう。

見たい夢なんて、見た試し、ないクセにね。
わたしの日曜日
杉浦 さやか
4043651031

ああ、やっぱりいい。何度でもふとした時に読み返してしまう。……つまり、もう持っているのだ。持っているのに、何故、どうして、文庫版まで買ってしまうのだ、私よ……(涙)。

かつて乙女系啓発本サイズ(前もこんな表現使ったことあるので、何を言わんとしているのかよくわからない、そしておひまな方はこのブログ内を検索してみて下さいませ)で出た時、一も二もなく買った。「絵てがみブック」「お散歩ブック」に続く第3弾で、よくぞ出してくれました、と書店で見つけた時は大興奮で購入(多分、この出版社のこのラインの本にしてはよく売れた、好評だったんだと思う。でもそもそも彼女に目をつけた、その事実だけで持ち上げちゃう・笑)。
この「わたしの日曜日」の親本が発刊された頃は、まだ毎日のように通りすがりの書店に通う、なんてことができていて、ネットができる環境になくても新刊の情報を手に入れることが簡単だった(それに、ひとり暮らしで決して裕福な状態ではなかったものの、「それなりの情報を手に入れたいならカネをかけろ」という自分にとっての信条――と呼べるほどゴタイソウなものでもないけど――に従って、新聞を朝刊のみとは言え取っていた。何かものすごく世の中のことに興味を持っていそうなカンジに見えそうだが、実は本の新刊情報・書評・文化欄にラ・テ欄活用+広告〈日用品は少しでも安いものを買うのだ!〉欲しさに取っていただけ、だったりする)。ほくほくしながら帰宅して、夕飯支度も半ばほったらかしで貪るように読む(さすがに米といで炊飯器をセット、くらいはしたけれど)。
ああ、やっぱりいい。好き。
しみじみと噛み締めるように、そして馬鹿みたいに心の中で繰り返した。
土日だけが至福の時だった(実はそうでもないけど。私の当時の生活は、「仕事」が平然と「日常」に割り込んでくる性質のものだったので。月-金の5日間、9時-5時で終了! とか、シフト制だけど「仕事」はあくまで「仕事」、休日を浸食することはない、という「日常」を持つひとたちが随分と羨ましかったものだ)。ふだん「堪能」できない家事に奮闘し、その合間に本を読んだり手紙を書いたりTVを眺めたり、あれこれ色んな「好き」に浸る。そんな私にとって「日曜日の帝王」っぷりを見せつけてくれたこの本がどれほど楽しく充実したものであったか!
即刻杉浦さやかちゃん仲間(私が布教した。好みが近そうな友人に「見てみてね♪」とプレゼントすると、もれなく「新刊見つけて買っちゃったよー」という嬉しい便りが届いたりしたものだ、ふふふ)に「新刊出てるよー、今回のもいいいよー」と手紙を書く。

そして今回も耐乏の(違うわ! 一発目の変換でコレ出すたあいい度胸だな、ATOK!)、もとい、待望の文庫化。……待望、って、持ってるじゃないのさ。自分に突っ込む。でも買っちゃうのだな。ほんの数ペエジのおまけと描き下ろされたカバア・イラストと、「文庫」というサイズの可愛らしさ故に(当初は「この乙女系啓発本ちっくなサイズがまたいいのよ」と思っていたものだが、文庫版は文庫版でまたまとまりがよく可愛らしい)、角川から文庫化されて出版された時は驚いたものだ。久々の快挙だ、角川!(昔は結構あれもこれも欲しい、と思わせるラインナップだったことがあるんだけど、最近さほど惹かれないなあ。新潮・中公・文春あたりのが個人的に面白いのに出会えるようになってきてる)ちゃんと3冊出たのもまた嬉し♪

こちらがもともとの装訂。イラストだけなら色合いも絵そのものも、こちらの親本の方がより好み。

いずれにしても可愛いのだけれど。
わたしの日曜日
杉浦 さやか
4584159203

日曜日、かあ。最近「日曜日」らしい「日曜日」なるものを堪能してないなあ。のんびりのほほん、それでいて充実感のある閑雅にして安息、なれどやや多忙の一日。
そういう豊かさに満ちた日曜日の過ごし方あれこれを紹介してくれてる本、です。「ココロに余裕がないな」と感じた時にぱらぱら眺めるのにも適してると思う。和みます。
ヒヨコア365日
竹村 真奈 高橋 有紀子
487290138X

刊行してすぐ購入して、今でも時々手にとって読み返す。

タイトル通り(?)、365日、毎日を「○○の日」として、ちょっとした文章が綴ってあったり、イラストや写真が掲載されていたり、何かが紹介されている「だけ」の本。通常のカレンダア等のあれこれにはそれ程沿っている訳でもなく、まさに気分や季節に心地よく流されたように定められている。

殊更特別な日は、そんなに無い。
「キン消しの日」は笑った。「キン消し」とは「キン肉マン消しゴム」のこと。これを懐かしんでいる日だった。懐かしいな、このアイテム。男の子はみんな持ってた。ガンプラより安いし、カプセル・トイだから博打性もあってトライしまくり。トレエドも成立しちゃったり。今じゃちょっとしたレア・アイテムですが。
「熟睡の日」はひたすらちーさなちーさな(でもリアル)羊の絵が並んでいて、眠れない時は数えよう、という文章が添えられてある、だけ(ちなみに、ちゃんと何匹居るかという答えも小さく書かれている・笑)。熟睡、というより、不眠の日じゃないか?

とまあ一事が万事そんなユルさ。それがおかしかったり楽しかったり、する。日常から離れなくても、どっぷり浸っていても、こんなにも楽しいんだ、というのが伝わってくるのがいい。

試しに今日は何の日か見てみると。

マヨネーズ日

でした。色んなアレンヂマヨのつくり方が書いてあるよ。トライするのもいいかもしれない。……太りそうだが(涙)。
タフガイ用語の基礎知識
Hunter S. Fulghum ハンター・S. フルガム 林 雅代
415208636X

いい、コレ(笑)。すげー。もうタイトルとアオリ(あまぞんのサイトにUPされてる出版社サイドからのコメント)だけで十分に笑えた。絶賛予約受付中らしい。どうしよう、買うべき?(笑)だってコレ↓よ?

出版社からのコメント
外見、年収、学歴が何だと言うのですか。男の価値はそんなものでは決まらないのです。真の男であるかどうかは、「いざ」というときに、爆弾の性質を知っているか、ロデオのルールを知っているか、ケチャップの等級の決め方を知っているかで決まるのです! 体は鍛えておいたほうがいいですが、その前にタフガイの理屈と知識を身につけておくべきでしょう。前作の『試すな危険! 冒険野郎ハンドブック』とともに、真の男の必携書としてお買い求め下さい。白根ゆたんぽさんによる熱い本文イラストも20点以上収録し、楽しくお読み頂ける一冊です。(以上Amazon.co.jpより転載)



この暑苦しい表紙。汗のかほりが漂ってきそーよ。ここにアフターシェーブローションが加わるとあら不思議、はーれくいん世界に突入なのだが(最近はそうでもないけど、過去の作品を読むとやたらと男性からはアフターシェーブローションの香りが漂って来て、それがやたらと女を酔わせまくってやがったものだ・笑)。真の男は汗だけでショーブするもんだろうか。ううむ、まったくもってわからん――そうか、そういう人間のために書かれた本なのだな!(違うわ)

なんかよくわかんないんだけど(そして何だかどんな本かわかっちゃうんだけど)、「一見馬鹿げたことに大層マジメに取り組む」という私好みのコンセプトで書かれた本であることだけは多分間違いない。日常の些事にこそ未知のもの不可思議なものが数多存在するのだとしみじみ思わせてくれる逸品ぢゃなくて?(読んでもいないのに大袈裟です)いや、でも、実際に「ハンガリー語で乾杯はなんて言うのか」知りたいし、「ガラガラヘビの料理法」も読んでみたい(問題なのはそれがちゃんと旨いかどうかなんだが。そこがものめっさ気になるぞ)。そういう情報というか知識で充ち満ちているらしいのだ、この本。

「一見馬鹿げた」も何も、多分馬鹿げた内容なのだ。でも私はそういうのがとても好きだったりする。ことに、真面目に熱意を以て書かれていたりすると感涙に咽んでしまいそうになる(ホントか? ←気分的には本当です)。人生には「不必要なコト」がたくさんあった方が、実は楽しいと思うんだけど。必要最低限だけ、って、みみっちいというか、広がりがないというか、……つまらない気がするんだけどなあ。

「必要なモノ」をこそ持ってない私が言うんだから確かよん♪

もっとも、必要以上に「不可欠なもの」と言えなくもないものを持ってしまうと何かが歪むのかもしれないなあとも思う。どっかの会社の社長とか。
違うテリトリィに「合法だもん! 法律は駄目って言ってないし、お前らだって株買えるようにしてたじゃん! だから買ったんだよ、悪いのかよ? 買ったんだから提携できるだろ? てゆーかしようよ。トクだよ(その「トク」が誰にとってどれくれいどうなのかの具体性は一切説明されたことがねえんだが)」って土足でずかずか上がり込んで「モノゴトはゼニで解決できるんぢゃ!」って態度でコトに当たってるのを見ると特にそう思うなあ♪ このひとの欠落を埋められる何かが同じ会社の中にある/居るといいねえ。……無理だろうけど。あのひと、コミュニケイトの仕方ってものを実は知らないのかもなあ、とぼんやり思ったり。何せ世の全てに於いてカネだけが「平等」らしいし(嘘ではないかもしれないし、事実なのかもしれないが、「真実」だとは思いたくない…)。カネいっぱい持ってるとカネに魅力は感じても本人に魅力感じてくれてるのかわかんないから、友人はつくらないよーにしそうな気もする。あるいは先方から敬遠されるとか。……ほほほ、無能な貧乏人の僻みね♪



最初は斉藤由貴ver.で聴いたの。いい曲だすげえ好みだ、と思ってたら大好きな谷山浩子の作詞作曲だった。

せつなくてダーク、な曲。彼女にしかつくれない。

よりせつなくてしっとりした仕上がり。
TeDDy SCARES / プラッシュ ベア シリーズ 1 : エドウィン・モース O-701
B0009334RO

前々から death で goth なぬいぐるみ、が欲しかった。
HAUNTED HOUSE
三原 ミツカズ
4396762887

この作品に登場する主人公・サバト(男の子。本名。両親がですでごす。そんでそんな名前大マジでつけたという。凄すぎ。って「ですでごす」ってひらがなで書くと何か違うでごす。←寒いよ…もう春なのに…春なのに寒いよ……)の双子の姉の一方がよく持ってる(ハンドメイドらしい)ような(というわけでどっかで見つけて覗いてみて下さいな)、ちょっと不気味さの漂うぬいぐるみ、が。
可愛い、らぶりー、それもいいんだけど、それだって大好きなんだけど、ちょっぴり、あるいはたっぷり毒を含んだ「カワイイ」がずっと欲しかった。あまりの欲しさに自作しようかと思ったくらいだ(違う意味で「ですでごす」な仕上がりになりそうだ。私はどうしようもない不器用。被服検定4級しか持ってないし、「波縫い」をすれば「あらま、ホントに『波』縫いねえ」と関心される腕前。そのぬいのタイトルは多分「破滅への序曲」とか「死して屍拾う者なし」とか「アンダーテイカー(葬儀屋)」とか「蛆は汝の身体の何処より来るか」とか、そんな名前がつけられるにちげえねえ。←名付け親は誰なんだよ)。
そしたら、コレを見つけた。……可愛いなあ……。でもってちょっとせつないとこがまたいい。詳しくはココで直接「略歴」を御覧下さい。
同じコンセプトで違うぬいぐるみを数種出す、いわばシリィズものらしいんだけど。どれも何とも味があっていい。いちばん最初に目を引いたのがこのだった。
「かつて誰か(それはアナタ、も含まれる)に捨てられたぬいぐるみがその無念さを胸に秘めて甦」った、のだそうな。うう、泣ける。

ぬいぐるみ。小さい頃ものすごく大事にしてた真っ白ほわほわの猫のぬいぐるみがあった。兄に巫山戯て放り投げられたりしては泣いたなあ。ぬいぐるみと5歳年下の妹相手にアイツはボウリョクを振るいやがったんだよう! ……って、ぬいぐるみじゃなくワシの無念さが甦っとるやないかい!(でもこういう恨みつらみはアトを引くのよ……フフフフフフフ……)でも、そんなことされなくても、彼らは確実にぼろぼろになってく。それが愛された証みたいなもんだし。そこがまたセツナイのう。
そのセツナサをカタチにしたらこうなった、のかね。どことなくユウモアも感じるし、いいセンスの悪趣味さだと思う(ニホンゴ、トテモトテモムツカシイネー)。

少し枯れかかった深紅の薔薇の色をした虚ろな瞳のテディ・ベア。違うな。渇きかけてきた血の色に似てるのか。
もし買ったら多分こう語りかけるべきだ。優しいけれど笑ってはいない目をして。

「一緒に眠ろうね――柩の中で」。
寿戦記
楠 桂
4420170255

若干15歳という若さでデビュウ(確か。間違ってたら申し訳ない)して以来今日まで(一応)第一線で活躍中の彼女が、今の御夫君と出会って結婚し、一女をもうけ幸せな(?)生活を営むまでを綴った本(何で「一応」か、というと、最近の作品はあまり読んでおらず、また、個人的にはかつてほど魅力を感じなくなってしまったから。絵も、かなりクセのあった昔の方が魅力的だったなあ。いい意味で少女まんがくささがなかったの。描線なんて劇画ちっくだったりして。醜いものも美しいものもそうとしか表現できないであろうカタチで描かれていた。今の絵は描線〈主線/おもせん、とも〉はなめらかで美しいし、それこそ上達なさったなあとは思うけれど、味わいとか魅力は感じなくなってしまった。どこにでもあるような絵、イマに受け容れられるんだろうね、という絵になってしまったのが何だか残念…。今の作風が好き、今の作風も好き、という方、申し訳ない)。友人が貸してくれて読んだ。

実は彼女の結婚に至るまでは少々波瀾万丈で、特に実母がすべてにおいて口出し(ダメ出し、とも・笑)してくるという、「ママの身体には緑色の血が流れているのかもしれない」と実の娘に言わしめるほどのある種の無理解ぶりと爆走ぶりを呈している。でも、そんなのは序の口。読んでいてつらかった段があって、しかもそれが未だに忘れられない(しかも、克服したとは言え、お子さんが難病にかかってしまったとか…うううう)。
彼女は授かった命を、自分も知らぬ間に失ってしまった、というのだ。雅子様も経験なさった「稽留流産」。「あの時にはすでに自分の中で命が失われていたのか…」と呆然とし、御夫君とともにひと目につかぬ山の中まで行って、車内で2人号泣なさったのだそうな。

望んでも生まれてきて欲しくても、この世に誕生することなく消える命がある。

楠さんはそれ以来、妊婦さんに気軽に「おめでとう」と言えなくなったそうな。「妊娠したからおめでとうなんじゃないんだ、無事に生まれてから初めて『おめでとう』なんだ」という主旨のことを記していらしたけれど、……考えさせられた。そうか。妊娠したからおめでとう、と単純に言えるものではないのか、と私も色々考えるようになってしまった。それでなくとも周囲は結婚だ妊娠だ出産だとおめでたいコトが続いている。そんな矢先、友人から「妊娠してることがわかりました」というメエルをもらった。

私は、何て言っていいのか、わからなかった。

すでに安定期に入った、とか、順調に成長している、異状もない、そういうことがはっきりしている状態であれば「おめでとう! 元気な赤ちゃんが生まれるといいね!」と言えただろう。しかし、まだわかった、という段階。私は悩みに悩んで、……返信を出せなかった。
そうこうしているうちに、友人が「流産した」という悲しい知らせをメエルにして教えてくれたのだった……。

欲しくて授かった命だったからこそ、彼女は生みたかったと思う。生まれてきてくれてありがとう、と喜びと幸せに満たされたかったと思う。それだけに、「失う」ということがどれほど重く感じられたことだろうかと思うと、何と言っていいかわからなかった。
言えばよかったのかもしれない。彼女は喜んでいたのだし、実際、生まれてくることこそ適わなかったけれど、確かに新しい命が宿ったんだから。それを彼女は喜んでいたんだから。
「おめでとう、よかったね」と、言ってあげればよかった。後先のことを、私はヘンに考えすぎてしまったのかもしれない。

また新しい命を授かったとしても、その子は「失った」子と同じ子供ではない(当然だけど)。どちらの子供も、どちらかの「代わり」ではない。それぞれがそれぞれの人生と命を生きてゆく存在だから、失った子の「代わり」ではないし、もういない子供はそれ以上の人生を歩むことはできない。……なんて残酷なんだろう。

それに比べると、知人の場合は何ともドライであった。そういう風にあえて振る舞っていたのかもしれないけれど。
「実はさ、まだ○○さんにしか話してないんだけど、妊娠したんだー」
仕事が始まる前、まだ誰も居なかった休憩室で彼女は言った。敢えて私は「あ、じゃあ新たに結婚なさるとか?」と尋ねた。婚外子ですか、とは言えないし、若くして離婚経験者である彼女に「お父さんは?」とも訊けず(仕事仲間であってとても親しい友人、という訳でもなかったので…)、ブナンかつわざと古くさい概念で返してみたのだが。
「ううん。堕ろすつもり」
サラリ、とそのことばは唇から流れてきた。「堕ろす」。
「それはまたどうして?」
「この状態で産んでも奇形児産まれる可能性大だし、それ以前に仕事でそれどころじゃないしね」
……私はこの時も何とも言えぬ気分になり、ことばを失った。
「そうですか、……残念ですね……」
「欲しかった時(前の結婚生活では欲しくても授からなかった、とのこと)は駄目だったのに、産んでる場合じゃない状態の今できちゃうなんてねー」
……いや、それは、自分も主体的にちゃんとすべきだったのではないのかと。「避妊」という大事な行為を。出来るかもしれない可能性がゼロだと言うならまだしも、……防げたことではないのか?(もちろん、100%確実な避妊法なんてないだろうし、……究極「しない」こと以外「絶対出来ない」という状況に持っていけないのだろうが)
「ホントに欲しいって思った『次(のチャンス)』に出来るか心配だなあ」
……もう何も言えなかった。今宿った命より、「次」なのか……。今自らの意志で堕胎する子供よりも、「いつか来る未来」に授かるかもしれない「次」が大切なのか、……。「今宿った命」は「望まれなかった」ものなのだろうか。
私は彼女ではないから、本当のキモチとやらなんてわからない。ただ、今自分で亡きものにしようとしている「命」よりも「次」に思いを馳せていることが理解できなかった。もちろん、彼女なりにとてもつらかっただろうとは思うだけれど。

望んでも生まれた子供の顔を見ることができなかった友人。自分で生まないと決めて堕胎し、「次」は大丈夫だろうかと心配する知人。自分には「子供が欲しい」「産みたい」というキモチがないので、どこまでも彼女たちの「本当の気持ち」を理解してあげることなんてできないのだなあ、と思うと、ふと申し訳なさと寂しさを感じた。

生まれてくるすべての子供は「しあわせになるために」生まれてくるんだ、と思いたい。生まれてくることの適わなかった子供には、その子なりのしあわせがあったんだ、とも。出逢うこと、成長する様を見届けたいと真剣に願われたこと、すべてのことを待ち望まれていただけで、しあわせだったんだと、思いたい。
火曜サスペンス劇場2 鬼畜
ビートたけし 松本清張 田中登
B0006BA17K

放映時わざわざ観た。映画ver.(あの岩下志麻さんのヤツ。彼女は役にのめり込むタイプで、当時その作品を撮影するに辺り、まあ、演技ではあるものの、「本気で」子役のコに対して「殺意を抱いて」接していたため、大きくなってそのコがトラウマを抱えていはしまいかと本気で心配していたというエピソオドを持つ。ちなみに、かなり成長し青年となった当時の子役の男の子に会い、「あの時はごめんなさいね」と言ったら、「あまりに小さい頃のことなので憶えていませんから、安心して下さい」みたいなことを笑顔で言われホッとしていたのをTVで観た)も観たことがあったので、あらすじは知ってたんだけど。
緒方拳さんの、一見頑固そうで強そうな男が、妻にも愛人にも強く出られず言われるがままに行動する、という、実にしょぼくれた情けない雰囲気を醸し出していたのも素晴らしかったのだが、北野氏の演じる男はまたひと味違った哀愁と狂気を帯びていて、なかなかに見応えのある作品だった、ように思う。で、DVD化なわけですね。ま、北野氏主演、松本清張原作とくりゃあネエム・ヴァリュもあるってんで選ばれたってとこでしょーか。

2時間サスペンスドラマは気軽に気楽に楽しめる娯楽作品と割り切ってつくられている(ように思うのだが、……どうなんだろう? たまにとてもいい出来のがあるから、作品によってやはり担当したひとたちのモチベイションだとか思い入れだとかで変化するんだろうか)、ヒジョーに「わかりやすい」モノである。そこがいいのだ。家事をしながら片手間に観ていても、ひとが死ぬであろうことは確実だし、しかもそれが連続しちゃったりするのも見えているし、犯人は間違っても名も知らぬ大部屋役者さんに振り当てられることなどなく、そこそこ、あるいは大層名の知れ渡った人物がなるものであり、途中から観ても、途中をヌカしても大筋楽しめちゃったりする。……ので、最近は「マジメに(=かかさず)」観る、ということをしなくなった。
しかし。ガキの頃は違ったんだな。
私の住む地方では、「土曜サスペンス劇場」だった頃がある。真っ昼間に血が流れるわ愛憎渦巻くわベッドでいちゃつくわ女性が遭遇したくないメに合わされるシーンがあるわで、まあエライこっちゃ、であった。で、そのドロドロ加減を楽しみにしていた私は、幼少必死で走って、TVの放映に間に合うように帰宅しては毎週母子で鑑賞していたものだった。……どんなオヤコだ……(ちなみに、ウチは宵っ張り一家なので、夜型生活であり、子供にとっては深夜と呼べる時間帯のものでもけっこー平気で観覧自由だったりする。えげつないシーンなんかも観てたねえ……。どうでもいいけど、「土ワイ」の「京都妖怪地図」シリィズは復活しいひんの? アレ、ごっつい胡散臭くて好きだったのに。タイトル通りなの。京都が舞台で、「400歳の氷女(「こおりおんな」て。すげえよな…。夏場、もちろん暑さに弱いので、手水場で柄杓で手や腕に水をかけるシーンてのがあって今でも憶えてる)」とかが現代に至るまで生き続けてその昔思いを遂げられら無かった男を捜し求める、とか、昔恋人だった女性を捜し続ける女〈!〉、とか、そりゃもう色々あった。パラノーマルなのとか、明智小五郎シリィズ〈できれば天知茂ver.で!〉とかアヤシ~~~~~のが大好きだった。……イヤな子供だな、をい)。

白眉は「可愛い悪魔」! 某巨大掲示板の「火サス」スレッド行くと、同士が居て嬉しかったりするんだけど、多分フツーのヒトはまず知らない↓ これ、大林宣彦監督の作品だったんだよー!(それは後年知った。吃驚だー!!)
所謂「アンファン・テリブル」モノで、一見無垢な少女が自分の欲望の赴くままに恐ろしい真似をしでかし続けるという話で、白いドレスに両サイドを少し束ねて結い上げて赤いリボンで結んでる姿をぼんやり憶えている。私はこの「アンファン・テリブル」モノがまた好きなのだな。「一見純真無垢なのに中身はどす黒い天使の姿をした悪魔」みたいなのが(それも子供の頃からかよ!)。
でもってとても印象的だったのが、またこれもベタなんだけれど、その少女の名前が「アリス」だったこと。今放映したら妙なファン層が大プッシュしそうなノリ(ちなみに、大層可愛らしい子で、その子は後にドラマ「ホテル」等で女優として活躍した具志堅ティナ嬢が演じていたと知る)。おまけに私の記憶じゃ「蟻巣」だったのだ(「ええっ、女の子の名前でそんな字使うの!?」と当時全校一斉漢字テストで100点以外取りたくない一心で毎日写経よろしく漢字書取練習をしていた私には衝撃的だったので、間違いないと思いたいんだけど……記憶不鮮明……)。

――ネットとは有り難いものでしてね。こんなサイト見つけましたよ。狂喜乱舞ですよ。たらったらったらった血飛沫乱舞♪(壊れてきた)私以外にも居たのね、キョーレツだったが故に憶えているというひとが! しかもヴィデオ化されていたというではないの! コレだよ! これをこそ、DVD化しようよ! 日テレ!! ほら、コアなファンが、受容があるんだよー!!(熱血)大林監督ファンも欲しがると思うな♪(一応可愛げがあるように言ってみる)パッケエジもヴィデオの時のまんまで。何か最近のホラー系ゲエムのノリで素敵♪(「赤い蝶」とか「サイレン」とかあの辺のテイスト。救いのない陰惨さが漂う感じの♪)
あとね、あとね、「雪花魔人形」! 楳図かずお原作の作品をドラマ化したヤツでね、あらすじを予告で観ただけでわかっちゃった自分に嫌気がさしたものなので思い出深いの~Vv(……)

というわけで、私のよーに「いやあ、昔の2時間サスペンスモノって、面白かったよね」な方にはコチラを御案内。すんげえ情報量です。

ああ、それにしても「可愛い悪魔」観たいなー。DVD化されたら迷わず買うのにー!(本気。でも廉価だといいな↓)
ダーリンの頭ン中
小栗 左多里 トニー・ラズロ
4840112266

やっと購入して、やっと読めた。思っていた以上に(いい意味で)軽くて読みやすかった。まんが形式というのもいいのだな、きっと。

誰しもいつも色んなことがアタマの中を渦巻いているものだと思うけれど、そうか、小栗さんのダーリンことトニーはコトバについてあれこれ思いを巡らせているのだな。何でもないこともナニカに繋がってあれこれ連想されていって色んなコトが出てくる抽斗をいくつもいくつも持ってるみたいに。混沌と秩序がバランス良く保たれているカンジ(どんなカンジ?)。

「V」を発音する時、唇は噛まなくてもいい!? というテエマで1本描いてらしたけど、私も試しに「ふだんの自分の発音の仕方」ちうのを意識して調音点はどこかいな、どげなふうじゃろか、とやってみたら、……うん、確かに、「噛む」までは行ってない。ちょっと前歯が唇の内側につくかつかないかくらいで、唇が少し横に広がるの(ひとにもよるだろうけど、日本語って縦に口が開くことが多い気がする。で、英語は横に広がるの。日本人のネイティヴで口開かないで話すひと見ると何となく違和感感じません? いっこく堂さんは別として)。いや、大袈裟に噛んだら痛いからやれなかっただけなんだろうと思うんだけど(笑)。

自分とは違う背景を持ったひとの考え方というのはそれだけで興味深いものだけれど、トニー氏は語学オタクと来ている。興味を持つとあらゆる言語に手を出している模様(「ダーリンは外国人」の中に、妙な呻き声がする! と小栗さんが吃驚して彼の部屋のドアを開けたらタイ語を練習していた、というエピソオドからもそれはうかがえる。えっと。タイ語ってそういう風に聞こえる音だったっけ?・笑。留学生のWちゃんの話すそれは何かこう、ふにゃんふにゃんにょあんにょあんとやわらかく響いて聞こえたものだけれど。それ以前にタイ語やとなんち言いよるかわからん!)。文化の違い、思考・思想の違い、歴史の重みや変遷、色んなモノ・コトが絡んで、面白くてしょうがないんだろうなあ。
「教科」としての英語は大っっっっっっ嫌いだったけれど、コトバとしての英語には興味があって(多分母が英語の教師をしていて、洋書の絵本があったりドクター・スースみたいな定番がゴロゴロしていたり、「セサミ・ストリート」観たりしてたせいもあるとは思うんだけど、小さい頃から漠然と英語には興味があった。……単に「えいごはなせるってなんかかっこいい」という単純さだろうけど)、今でもそれは変わらない。しかし、英語ひとつ満足にマスタアできず、というよりも、「忙しい」を理由に何もしなくなって早数年。「忙しい」を理由にするよーになったら駄目ですな。もうこれは。末期です。物理的にどうしようもないことだとしても、数分だろうが十数分だろうが、惜しんでちまちまとでもやる気になればやれるものをやらないのだから、末期! 卑怯な言い訳、というヤツです。昔お世話になった教員に何度も言われたものだ。
「人間誰もが一日24時間だ!」
……あい。まったくもってその通り。誰もが同じ時間しか持ってない、一日48時間のひとだの36時間のひとなんて居ない、同じ24時間。それをどう有効活用し、あるいは無為にするかはそのひと次第なのですね。「同じ24時間」でも、それぞれにとっての長さや価値が異なってゆく。

で。義務教育期間やら何やら入れて10年以上学んだにも拘わらず、身に付いたことは数える程度。こんな人間がほかの言語に手を出してどーする! と思っていたんだよなあ。
……多分、それは間違い。間違い、ってのもヘンか。思い込みかな。案外、あれこれ同時並行でやってみた方が、よりそれぞれの言語の特徴だとか関連性・類似性を見出せたりして楽しいものなのかもしれない。トニーの泉の如く溢れ出る「関連事項」の多さを目の当たりにするにつけそう思う(でもって、学生時代の「友人」――ホントは当時お世話にもなった「教員」――が「日本語で書かれたテキストより、英語で書かれた入門書の方がわかりやすかったりするのよねー」とスペイン語の入門書やら何やらをよく読んでいた。端的にわかりやすく具体的に論理的に、はやはり英語の方に軍配が上がるのであろうか。でも英語にも悪文というか読みづらいのは確実にあるんだよなあ。読みやすい、するする入ってくるカンジのもあれば、いちいちひっかかって先に進めないのとキッパリ分かれる。私だけ?)。

でもって、この本を読むと、改めて日本語の良さに気づいたり、利便性について考えたり、といかに自分がふだんなーんも考えずにいるかがよくわかる。ナイフの使い方をすでに知ってるひとがナイフって何だろう、と深く突き詰めて考えないように。
おまけにトニーには率直に疑問をぶつけて一緒に考えたりできるパートナー・小栗さんが居るわけで(それもある意味ボケとツッコミなノリで)、日常に「そこにあるけど実はよく知らないもの」について「考える」「受け容れる」「突き放してみる」「掘り下げてみる」がぽぽぽん、と存在していて、そりゃあ楽しいだろう、と思ってしまう。小栗さんが疑問を抱きぶつけては「ええい、もっとこう直球で答えをよこさんか!」と主張すれば「曖昧さをまず受け容れて御覧よ」と言うトニー。いいコンビだなあ。

「学ぶ」というカタさよりも、「違いを楽しむ」、「未知のものに興味を抱く」、「違うという事実を知る」、そういうことの有意義さ、楽しさが伝わってくる本でした。毎日が疑問と議論に満ちてるって、楽しそうでいいなあ(大学時代の恩師御夫妻がそうだった。すんげえ議論好きで、お互いばんばん意見出し合って楽しそうに会話してるの)。
サブタイトルに「英語と語学」とあるけれど、カタくないです。興味のあるひとなら楽しめると思う(英語、というだけであれるぢーを起こす方にはどんなもんだろう?)。

でも、やっぱり学問に王道ナシ。地道にやるしかないのです。さあ、私はいつ「忙しい」を理由することをきっぱりとやめ、正々堂々「未知(とちょこっとだけ既知)」のモノと向かい合えるのか!? ……実はその前に経済的な理由、というもっと物理的かつ即物的な理由が潜んでいるという事実が私を軽く蝕んでいる……。貧乏ヒマナシってホントよね……(ちっ!)。

……とまた逃げるし。あるでしょーが。今までずーっととり続けてきた「AW(※)」とかそのCDとか買ってた雑誌とかが! 読め! 聴け! やる気がないんぢゃ、お前は!!
「努力は積み重ねるから崩れる。だから横に並べていけばいい」
というのは、私の高校時代主席入学・卒業を果たしたTくんの友人のコトバだ。うむ。積み重ねると崩れるやも知れぬのだな。横に並べる、それよ! って、どれよ!? どうすりゃいいんぢゃ! だから「学問に王道なし」って言うだろう!(このままエンドレス)

精神論は好きではないけれど、やはりやる気でやらないと駄目ですね、ナニゴトも。はい。何だか猛省モードです。でもだからって明日からやるかってえと話が(以下自粛)。

※「朝日ウィークリィ」。朝日新聞社が出している、英語学習者を意識したつくりの日本語によるエッセイやコラムも充実したタブロイドなサイズの週刊英字新聞。毎週日曜日発行(金曜日くらいにはもう手に入ったりするけど)。以前働いていた英会話教室で、お世辞にも堪能とは言えない生徒さんや中高生の生徒さんたちのために講読を始めたのだが、上司にいたく不評で、ヨソの支部に居た彼が私の居る支部に出張で来るたびイヤミを言い続けやがった。不評の理由は「講師たちがカワイソウだから」。日本人より高いゼニもらって、私たち日本人スタッフの尽力で極力安く済むアパートに住んでる彼らに、ストレス発散と称しては米軍基地のある町までクルマすっ飛ばして遊びに行く彼らに、何故会社側で「施して」やらねばならんのだ! 読みたかったら自費で買うだろうが! と私は思っていた。あるいは、主張してこそアチラのおひとであろう、「スクールとして購読し、生徒のために役立てたい、ついでに自分たちも日本のこと、そして国際状勢を英語でもっと知りたい」と思ったとするならば、そう言えばヨロシイではないの。主張として間違ったところは何もなくてよ。誰もが納得するのではなくて?(←すんげえ意地悪いなあ…はははは)。「そこんとこ言わなくてもわかるでしょ」は嫌いぢゃろうが。言ってナンボなんぢゃろう! 「ねえ、今度の休みに○○にバスで行きたいんだけれど、××駅からは何時に出るのか調べてくれない? ほら、駅のひとは英語わかってくれないでしょ?」とかは仕事中の私にばんばん頼み込めるんだから。
個人的には生徒さんにこそ「ちょっと助けがある(難易度の高いフレエズや単語があると、記事の下に訳が書いてある)と結構読めるものなんだ」とか、「英語が読める楽しさ」を知ってほしくて講読したのに! と今でも根に持っている。高い月謝頂いてるんだもの、ウチで知って自分で講読始めてくれてもっと英語好きになってくれるかもしれないし! …そりゃ日本の物価は高いけど。「本気で」欲しい・読みたいものにゼニかけないヤツってのも嫌いなので尚更私は意地になってしまったのかもしれない(おまけに、講師たちが何にどう「浪費」してるかもある程度は知ってたし。いや、そりゃ毎月自国の銀行口座に十数万も振り込んで、奨学金返済してたって講師も結構居たけれども。情報というものは、「本気で」欲しかったら「必要」だと思うなら、ある程度身銭切るもんだと思ってたし。「いーじーかむ・いーじーごー」じゃねえのかよー! ちなみに、ゼニはたくのがイヤだと言うなら足なり手間なり使えるものをフルに使うべきだ、とも思っている。それに、彼らなりに日本に来てから代々築いてきた彼らなりのネットワーク、コミュニティがあるのだ。情報交換も共同購入も可能ではないか。手間もカネも遣いたくないなら、せめてアタマ使えー!!)。私の在職中は結局「マトモな」英字新聞は講読せず、辞めると同時に「AW」の講読もやめた。生徒さんたちにはそれなりに楽しんで頂けてたのになあ……。…と、私怨にまみれた素敵な新聞である)

名探偵コナン 水平線上の陰謀
サントラ 大野克夫
B0007OE33O

…というわけで観て参りました。率直な感想から述べるとするなら「ちゃんとつくられた2時間モノサスペンス」というカンジ。いや、これ、褒めてるつもりなんですが。ラーメン大好きなデカが諸国漫遊状態で事件解決、とか、何かっちゃ理由つけて乳丸出しのおねーちゃんと混浴露天風呂入るのも捜査の一環になっちゃってる、とか、そういうカルさがウリのチャラいのではなくて(それはそれで単純さだのそれ故に滋味深さがある時だのがあっていいわけなのだが)、ミステリの部分もそれなりに、さすぺんすふるな展開もオイシく、さらにはまとまりもよく仕上がってたなあ、と。前作「銀翼…」と違って、推理モノでに徹しつつもアクション・シーンアリ、怒濤の如く雪崩れ込む起伏に富んだ終盤、と純粋に楽しむことが出来ました。

「銀翼…」はどうしても私個人はひっかかりがあるので、楽しめないわけでもないし、何度か観ると「うむ、これはこれで面白いか」と思うんだけど、キッドというキャラクタアの使い方とか物語のバランスがあまり好みではなかったため、単純に「面白かった!」という感想よりも「……うーん……キャラ萌えのひとのためにつくったっぽく見えてちょっとなあ……」などと意地悪く思ってしまったりしたのであった。


今回はミステリ部分もそれなりに、そこにちゃんと連動したアクションとサスペンス要素、さらには「ああ、これはやっぱり青山氏の作品ね」とちゃんと思わせてくれるこっぱずかしさまでふんだんに(笑)盛り込んであって、個人的には楽しめました。何だかBTTBでございましたよ。ばっく・とぅー・ざ・べーしっく。それでいて進化はしたかな、というカンジで。小道具や伏線がちゃんと活かされていたのもよかった。

そういうわけで、以下はネタバレも含むので、興味のない方・興味ないでもないけど映画館に行ってまで観る気はない方とすでに観た方のみに御高覧をお勧め致します(でも面白い、とは言ってないわよ~わよ~ゎょ~~~…←エコー)。できるだけ、極端に事件の真相だの物語のスジだのには触れないようにはするつもりですが(ええ、結局、観た方にしかわからないです。すみません↓)。

用意するもの
ふるい(プラスティック製の目の粗いものでO.K.)
スコップ(衣食ごて程度のサイズで十分)
バケツ(子供が持ち歩いてサマになるくらいのサイズ)
砂(深く掘ってちょっと湿った黒めのものと、乾燥し、さらさらした白めの砂の両方あるとベター)
好みの草花少々あるいはたっぷり好きなだけ(草むしりじゃないんだから、適度にそこんとこ夜露死苦)

つくり方
1:黒い砂をふるいに詰めます。できるだけみっしりと隙間無く。ほどよく固めます。
2:均しておいた土台(砂場の砂の上でも結構ですし、木片等そのあたりに転がっているものを用意しても構いません)に、なるべく中身をこぼさないようにしてひっくり返します。
3:粉砂糖を振りかける要領で一握り程度の白砂をかけましょう。この時、ふるいをつかっても結構ですし、手でアバウトに振りかけるのもよいでしょう。
4:仕上げのデコレイションはお好きな草花で。自ずと季節感が滲み出るところがまたヨロシイ。秋ならば松ぼっくり、春ならば蒲公英や桜の花弁、エノコログサのような雑草も味わいがありますし、松葉で立体感あるデザインもまた一興。イヌタデやアカツメクサで彩りを添えても綺麗です。
5:お好みで、数段重ねのデコレイション・ケエキを作ることの可能です。土台になる部分よりも小さいサイズのバケツやコップ等であなたなりのアレンジをお楽しみ下さい。


……実際に、小学校1年生くらいの時につくって遊んでた。こういうの。その頃の私は小学校校庭にある砂場の女王(……歌舞伎町、に君臨できる器はなかったのよ!)であった。支配していた、と言ってもいい。クラスメイト十数人(すげえな…ちょっとした…何? かつて言うところのちーまーとかちっさい規模のゾクくらいの規模??)で陣取っていた。で、思い思いに砂場で何だかんだつくって遊んでいたのであるが、当時在籍していた小学校は男女の違いなくあらゆる遊びに興じていて、そこがとても楽しかった。男の子も女の子も関係なく、「ケエキ」づくりに勤しむ子もいれば、山をつくってトンネル貫通式を行う子もいて、各々楽しんでいた(たった1年で転校するハメになったのだが、転校先の小学校は田舎の故なのか、小2にしてすでに妙に男女の違いを必要以上に意識する子が多い薄気味悪いガッコウで、私は馴染むのにかなり苦労した。「一緒に遊んで楽しい」ことを、やれ男子だから女子だから、とコロニィをつくっては互いを忌避し合うというのは何から生まれてきたのだ。色気づいてんじゃねえよ、と7歳当時から気持ち悪くてしょうがなかった)。思えばあの頃がいちばん「アウトドア」ライフ(ははは)を満喫していたやも知れぬ。

まさかねえ。そういうのを「レシピ集」としてまとめて、本にして出してくれる酔狂で粋なひとがいるとは思ってもみなかった。
Mud Pies and Other Recipes: A Cookbook for Dolls
Marjorie Winslow Erik Blegvad
0802774873

題して「泥のパイとその他のレシピ:お人形のための料理読本」とでもいったところでしょうか(某「英辞郎」では「泥饅頭」というスバラシ過ぎな訳を提示してくれたのですが、パイを饅頭と同等のモノと思ったことがないので素直に「泥のパイ」、とさせていただきました)。
アイディアというか着想というか、もうそれだけで買い。要は、私たちが子供の頃あれこれ泥んこ遊びして楽しんでいたその中でも「料理」に見立てて色んなものをつくっていた、そこに焦点を当てて「レシピ集」にしちゃった、のだ。しかも、大まじめに。けれど、ユウモアも添えて。
何と "Appetizers" (前菜)から始まるのよ!(笑)なので、当然の如く、スウプにサラダと続き、メイン・ディッシュ、スウィーツに飲み物、オススメのメニュ(出てきた「料理」の組み合わせというかコオス設定。季節感やイヴェントに合わせた素敵なチョイス)、なんてのまである(感動した・笑)。人形をお客様に見立てたごっこ遊びに「役立てる」素晴らしく実用的な本、に仕上がっているのです。材料は買うものではなく、拾ってきたり見つけてくるもので。

世にゴマンとある料理本の上質なパロディにして、読んで楽しい可愛らしいアイディア集であると同時に、「実用書」として存在しているというこの素晴らしさ♪ 英語も極端には難しくはないので、子供の頃を懐かしみつつ読んでみるのもいいかもしれない。あるいはお子さんのいらっしゃる方なら早速一緒に「お客様」をお招きして腕を振るうのもいい。材料も洗練されたものが吟味されておりますので、おそらく「お客様」もお喜びになるかと。あとは作り手の腕次第~。

本文は簡潔な文章によるレシピと、味わいのある線画(モノクロ)で構成されており、可愛らしい仕上がりになってます。

やれ抗菌だ清潔だ衛生だ、やれ公共のものには何が混ざっているかわかったものじゃない、と一時期妙に公園なんかにある砂場が遠ざけられた頃があったけれども、……子供から「大切な場所」を奪っちゃいけないねえ。人生の大切なことは砂場で学べるらしいんだから、もっと大事にしないと。

私が学んだことと言えば。「好きな友達と一緒に遊ぶのは楽しいよ」ってことと、「楽しく遊びたいと思うなら、親しい間柄であってもそうでなくても、ある程度のルールと礼儀が必要だ」ってことだろうか。役に立ってるかって? ……ははは、そりゃ愚問だ。

お洗濯は大変かと思うけど、たまには思いっきり泥んこ遊び、させてあげて下さいな、世のお母様方。電気がなけりゃ動かないTVやゲエムのハードがなくたって、アイディア次第で色んな「楽しい」がこの世にはまだあるんだってのが、……伝わることもある「かも」しれないですから。「かも」ね、「かも」。「絶対」とは言わない。でも、そこから「絶対」と言えるほど大切なものを得る子は多分居るのだ。

砂場遊びセットと一緒にプレゼントしたいなあ。私に英語が理解できる、可愛くてしょーがないと思える子供の知り合いが居れば、だけど(友人の子供は今「人工の天然」に夢中なのよう。そう、その名もムシ○ング~。友人宅は今人工の甲虫軍団に占領されているらしい。……が、頑張れ友人……。ハンパない投資額と、好きとは言えないムシに囲まれる生活に耐えてくれ)。
セーラー服set 紺×紺
B000H800AA

古の昔。小学校卒業を控えた頃、ふいにそれは提起された。

「何故小学校の卒業式に、中学生の制服を着用するのか?」

私が住んでいた地方では、小学校の卒業式には何故かセーラー服なり学ランなりを身につけ、それが一応の「正装」ということになっていた。
父兄側からだったか、当時の校長先生からだったか、ふいに問題提起がなされたのだ。

「小学校を卒業するのであって、中学校ではない。中学はこれから入学する所。何故その制服を着るのか?」

これには父兄・児童・教員、それぞれがそれぞれに意見を述べ合ったのであるが、最終的には「中学の制服以外を着たい・着せたいひとはそれでよろしい。従来通りセーラー服・学ランで出席したいひとはそれもそれでよろしい」という、双方相違うといえども己の好む所をせよ、というとっても素敵な結論に達したのであった。妥当と言えば妥当か。

父兄サイドには父兄サイドで面倒がる意見があるのだ。曰く「中学の制服は否が応にも着ることになるため既に購入してある。このほか更に『いい服』を買わねばならないなんて出費が嵩むではないか!」。
それから、「今までずっと中学の制服だったじゃないか。何で今更」という意見もあった(これも結局新たな衣服を買い与えねばならないのでは、という意識があったであろうことと、「これまでに無かったコト」への抵抗があったと思われる。……「これまでに無かったコト」だとしても、別にオカシイ意見でもないんだけどなあ。何にそんな抵抗感感じてんだかわからん。

……誰もロオブ・デコルテだの燕尾服着てこいなんて言ってないし。おでかけ用のちょっと畏まった服くらい一着や二着持ってるでしょーが。それでいいじゃん。
ウチはそういうスタンスだった。母は「うん、中学の制服着て小学校卒業はオカシイ」という考えであり、私も私で「何で小学校卒業に中学の制服着るんだ?」と思っていたので、我々はアッサリと「ああ、じゃあ、だいぶ前のだけど、仕立てたワンピースあるから、それでも着るかー」と決まった。ほかにも数人、「私服」で出席することを決めた。
全卒業生の中で、「中学校の制服」を着ていなかったのはごく数名だった。私は別に恥ずかしいとか仲間ハズレっぽくてヤだなーと思うこともなく、淡々と式に参列し、終えた。周囲も特にあれこれ言ってはいなかった。

好きなようにすればいいんだ、と、どうやらそれ程揉めることもなく落ち着いたらしい。

今、私が卒業した小学校では、どんな格好で卒業式に出席しているんだろう。時々、ふ、と気になる。
笑う雑学
唐沢 俊一
4331653617

唐沢氏が好きで著書を何冊も所有している身には、見慣れた話題が散見される本であった。あ、これ別な本でちょっと話題になってたよね、なものやきっちり語られたことがあるような話題(同人誌、という形でも発表されたことがあったものも…。ちなみに、B級貸本ホラー少女まんがネタなんですが)。なので、すべて網羅しないと気が済まないひと以外は購入しなければしなくても「困る」ことはない、と思う。

御自身も仰ってるのだけれど、落語を聴いて育った、というひとは自ずと(?)話芸に磨きがかかるもの、らしい。同じネタを話して聞かせてくれていても、ちゃんと面白い、のだ。その時なりのアレンヂ、その時なりの調子、けれどネタは同じ。でも面白い。
内容が濃い割にさほど時間をかけず読めてしまうのは、文章のテンポがよく、読みやすくて面白いからだと思う。いや、内容はホントに濃い~んです。

相も変わらず「役に立たない無駄知識」の宝庫。しかも、彼がスーパーバイザーを務める某番組のネタにすらならない、よりディープな「無駄知識」。持ってなくたって死にゃしないのに知りたい・読みたい・笑いたい(でもって時折深~~い洞察と対象への一種の愛情故にしんみりさせてもくれる)一心で読んでしまう。
タイで売られている、日本のまんがのパクリでありながらオリジナルにまで昇華してしまった作品群、義手に関する一考察、人形の持つエロティシズム。昔雑誌を彩ったエロ広告……ああ、忘れ去られようとしているのに、誰も正直「知らんがな」で済ませられるようなコトなのに、こんなにもこんなにも面白いとはーっ。
いや、正直「カルトソング」と称して、日本津々浦々まで知れ渡っている猥歌(……のハズなのだが、世代故か、私、ひとつしか知らなかった……って、そりゃ良いのか悪いのか……)、このくだりは、その、正直こっぱずかしかった。「その単語は~↓」とか「そのノリはどうよ~↓」とか、ちょいとツッコミも入れた。でも、唐沢氏は「昔からこういうのはあった。万葉集だってちゃんと見ればこんなん山ほどあるぞ(うん、あるんだよな…)」とごく当然の、でも忘れられている事実をひょい、と突きつけてくる(それこそ「万葉集」の頃なんて、年頃の男女が集まって、今でいう合コンちうか懐かしのね○とんパーティかまして、歌を交わし合ってる内に、ことばは乱暴だが乱交ぱーちーに雪崩れ込んでたっちうねん。それでかっぷる成立♪ 森の木陰で何とやら、なのねえ。ホント、おおらかぢゃのう……)。
今でもあるのかなあ。沖縄あたりでひとが集まると歌を歌い始めるんだけど、それが何ともその、まあ、有り体に言うと、……卑猥な内容、なのだな。で、若い女性なんかは思わず頬を染めたり、それを見て周囲がニヤニヤしたり、なんてことがあったわけですよ。それをね、「イヤラシイ!」とか「女性蔑視だ!」とかそういうコトでキレイサッパリ片づけてしまう、というのは、どうかな、と思うひと、てえのも居るわけです。実際その場に居たらいたたまれないのかも知れないけれど(笑)、でも、そうやって場が盛り上がって笑い合って場が和んで…というのは、それはそれで悪くないじゃないか、とも思うわけです。「今」のとらえ方だけで退けてしまったり卑下してしまうのではなくて、「ああ、おおらかだねえ、日本にだってそういう文化があったんだよねえ」と受け容れるのが、本当は自然でいいんじゃないのかなあ、と。
ヨオロッパでだって、女性たちが集まって糸を紡いだり縫い物しながら、語り部のばあちゃんから色んな話を聴いて、楽しんでいた頃があった(今はどうなんだろう?)。たとえば「赤ずきん」。「ねえ、おばあさんのお鼻はどうしてそんなに大きいの?」なんてくだりを聴いてると、それが暗に何を意味しているかを、年頃の娘たちはわからないなりに悟って(あるいは知ってるけれど知らないコトとして、またはその逆)、目配せを交わし合う。くすくす笑う。

――そういうですね、今なくなりつつあるモノ・コト、今知らなくたって困りゃしないこと、そういうことを「知る」ことが、純粋に楽しいのだ、と分かり易く面白く「語」ってくれてる本なのです。
「トクするから」「タメになるから」、そんなんじゃなく、純粋に「知ることの楽しさ(そして無意味さと有意義さ)」を一貫して説いてくれてる彼の本が、好き。なので、ネタがかぶろーが何だろうが、こうして文庫化されるとほいほい買ってしまうのであった。うがあ!
血管系,1/2倍大モデル
B0006UG2DI

母が検査に出かけた。結果としては「点滴は中止して、手術しましょう」とのこと。

ま、また手術ですか……。

静脈瘤等でこれまでも色々あったのだけれど、足の血管の一部が壊疽を起こしかけている、らしい。で、点滴で様子見していたけれど、結局手術しましょう、ということに落ち着いた模様。
大々的なものではなく、「処置」、ぐらいに思える程度のものだから、まだ気持としてもマシではあるけれど。
それに、手術して良くなるなら、その方がいい訳だし。歩けなくなる程の大きいものではないし。

しかし、あまり身体が丈夫とは言い難い母に手術、ということで、ちょっと神経質になってしまう。ほんの数十分ではい、オシマイ~だとは思うものの。

無事に終わってくれい。
ふと書きたくなることがある。……手紙を。友人に。
手紙を書きたくなったら
木下 綾乃
4872902157

タイトル見た時から「買わなくてはなりません。買いましょう」なのであった。メエルは便利だし実際利用してはいるけれど、魅力だけで言うのなら手紙の方が数倍上――私にとっては(このブログでも何度言ったことか)。最近ホントに書く機会が減ってきたけれど。これも繰り返し言ったことなのだけれど、「体力」と「時間」、これがないと書けないのだ、私の場合。あれもこれも書きたい、と欲張り過ぎるのだな、きっと。過不足無く、というのができない。パワア全開で臨むな、そんなことに! と自分でも思う。

さて。本書であるが。本文が2部構成になっていた。「1 手紙のこと」、「2 切手のこと」。ほぼ半分ずつペエジが割かれていて、著者にとっては切手もまた愛好するものであることがひしひしと伝わってくる。

イラスト、写真も豊富で(木下さんはイラストレーター)、可愛らしいものの甘すぎない印象のエッセイ集。手紙にまつわる様々なエピソオドが綴られていて、モロ「実践編」的なものを期待すると肩透かしを食らうのではないかと。あくまでも「手紙にまつわるあれこれ」、なので、手紙を書く喜び、もらう嬉しさ、旅先で知り合った青年との海外文通などなど、「手紙を書く・もらう」ことが好きでしょうがない、というひとにはどれも楽しめる内容(特筆すべきはかの有名なイラストレーターの○○○○さんに手紙を書いたら御返事戴けて、しかも「××で会えますよ」と言われた、というくだりだろうか。ものすごく誰よりもファンだ、とは言えない私でもちょっと興奮しそうになった。その著名なイラストレーターがどなたか知りたい方は本書をどうぞ♪)。もちろん、「○○で買った××」、「こういう手紙にはこういうものを使ってます・同封してみました」等の「実践例」も写真やイラストで紹介されているのでそれも楽しめる。木下さんの封筒・便箋コレクションや自作の封筒など、見ているだけで楽しくなるヴィジュアル要素もたっぷりと、とはいかないけれども掲載されているので、真似してみるもよし、自分のお気に入りを探しに街にでかけるもよし、と楽しみ方もイロイロ。

切手編では彼女なりの「好き」のポイントや、どんなところで購入しているのか、収集する時の楽しみやポイント等について軽妙に語っていて、「イマドキ切手?」などと思ってしまうひとには新鮮かもしれない(もっとも、長野まゆみさんのファンだとか、理系的文系乙女には馴染みのアイテムでもあるのだけれど)。

でも、切手収集って地味ではあるけれど廃れないところがすごい。一枚一枚が細密な「作品」なわけだから、枚数は大量に刷られ流通するとしてもその絵としての一点と見れば立派な芸術品。それを安価に入手して手元に置いて眺めることができる、というのは一種贅沢であるかもしれない。そういう「良さ」を知っているひとたちが絶えることなく今日も出物はないかとお店を回ったりカタログを眺めたりしている、のでしょうな)。しかし、最近は切手にまた着目することが多くなってきていて、特に東欧や北欧などのデザイン性のすぐれたモノなんかが人気の模様。だってこんな本が最近相次いで上梓されてるくらいだし。
STAMP STAMP STAMP europe
塚本 太朗
4916199677

IT’S A STAMP WORLD!―切手に恋して
4939102742

前者は確か前にも紹介したことがあったかと。後者は最近発刊。プチグラはやっぱりいい♪ 目の付け所がいつもちゃんと「今」と「明日(みらい)」と、いい意味で「昨日(かこ)」を向いてる。


切手が手に入る店は世界各国に跨って紹介されているので、旅のお供にもよいかもしれない。で、現地の郵便局行って現行の切手や郵便グッズ買って友人に手紙出す、と。オツだ♪(雑貨好きにとって郵便局、特に海外のそれはある意味鬼門だ。とっつかまって出てこられなくなるぞ…。←軽い呪詛)

でも、もう少しだけ「手紙」についてのあれこれを読んでみたかったなあ。あと、彼女なりの「実践例」を色々眺めてみたかった。本書はこれはこれでバランスが取れているとは思うのだけど。でも、「手紙を書きたくなったら」がタイトルなので、比重としては切手と同じくらいじゃなくても、というかより「手紙のこと」に置かれていると嬉しかったかなあ、と。切手も大事なアイテムだし、好きなんだけど。私が欲張り過ぎなのかもしれない。

コンパクトで可愛らしい。封筒・便箋、筆記具と一緒に散策がてら出かけて、その日の「収穫」とともに気の置けないお店で一通認めるもまた一興。……そんなことをしてみたくなる本。
また新しい男が家に来た。それも2人も。正確には3人だけど、ひとりは前も来たからカウントしないわ。
……と書くと何やらとても腹立たしいというかキモチワルイ女みたいですな。……別な意味では十分キモチワルイヲタ女ではあるのですが。
はいな。揃ったですよ。ほぼその店舗にあった1ケエス買い占め状態ですよ。それでシークレットまで引き当てて。
20050407230746.jpg「G.I.JOE's G.I.JOE」、欲しかったセイラー(ノーマルver.)とパイロット、を引き当てて無事コンプリートと相成りました。嬉しい♪ それにしても私と趣味が丸かぶりするひとって、思えば周囲に居ないな。そうそう居るものでもないだろうけど。雑貨好きでミリタリィもの好き、な女は居ないし、ブロック・トイって可愛いよね、とか言ってる女も居ない。円が二つあって、その部分部分の微妙に重なり合う部分故に友人関係が成立している、というしかし私に限って言えば微妙過ぎるだろ。男友達にも居ないぞ、ミリタリィ系は(居てもよさそうなものだが。特撮系に走ってるのはゴロゴロ居るのに…)。
ダブったのは4種で済んで、これはこれであってもいいかな、な気分。飾る専用(ヲタクは2コ買い3コ買いはフツウ。保存用・使用/読書用・さらに保存用予備、とプロの文筆家や研究者がデエタをコピっておくが如くに「万が一」への対策を怠らない)、とかで。あるいはオークションでどなたかにお譲りするもよし、と。以前バービー・サイズのバービーも買った私ですが、よもやじーあいじょーまで買うとは思ってもみなかった~↓(しかし本来の「じーあいじょー」欲しい女が買わないハズもねえだろ、と自分の脳の冷静な部分が今自分に裏拳ツッコミ入れまくってます)

でもって。"CROSSWISE"シリィズも、持ってないもので販売されているヤツ、すべて購入してきました。びば・だいそーVv

20050407230807.jpg未購入分はこんなにあったのか…。というか、「ヴィレッジ…」で販売されていた頃は1コ¥300~400くらいしてたからなあ……。
「ぼくの町」シリィズとか銘打ってるクセに「中世の騎士」はやっぱり違和感あり過ぎるだろ……。でも買うし。どう組み合わせて飾るんだ、コレ。このいい加減さもまたたまらんと言えばたまらんのだが。誰か台湾行ったらおもちゃ屋行って、"CROSSWISE" を買い占めてきて下さい(……台湾辺りに行きそうな友人、てのもまた居ないな。うーむ。友人の友人にお願いして、かつて「BLACK BISCUITS(懐かしー! あ、綴りに自信ない↓ びすけっと、ってこの綴りか!?)」の台湾ver.のシングルCD3枚購入してもらったことがあったなあ……)。
今後の商品展開に勝手に期待も寄せておくわ、ダイソーさま。

「ダイソー」はたまにめちゃめちゃツボなものがあって嬉しいVv 単に「こういうのは安くてそこそこ実用的なのでいいな」と実用性と経済性本位で利用するのがほとんどだけど、このテの拾いモノ・収穫があるからチェックを怠れませぬ(そういえば神田もつらさんもチェックするのお好きだって言ってたなあ…。以前はよく100均グッズでつくれるあんなもの・こんなもの、というアイディアを提案する番組だとか本でお見かけしましたが。最近は本格的に? まんが家でびう果たして執筆活動にも勤しんでおられる模様。「銭金」にも出演していた時ひとりちょっと嬉しかったり)。

でも当分財政面に問題が発生したので手が出せません。くそう! 「シャ○ル」とか「ヴィ○ン」に夢中になってる女性と物欲まみれ、という意味においては同じハズなのにこのチープでキッチュなモノどもで一喜一憂できるアタクシは一体何……(ただのヲタクな貧乏人です。←即答)。
休みだったのでゴロゴロしていたかったのだけれど。母の「モール行くわよ」の宣言とともにその希望は敢え無く潰えた↓ アイアイサー、荷物持ち同行するであります!(ヤケ?)

私自身にはまったくこれといって予定というか行きたいテナント等なかったので、ひたすら母に付き合うことに。でも、そのためか思いの外時間に余裕があって(父に車で送迎してもらうために、どこで何時に落ち合うか約束しておく)、ふだん見ないような店も覗いたり。
「コ○サ」の側を通ったら、前々から気になっているコーナーが目に入った。どう見てもそこのコーナー、ヴァレンタイン商品の残りモノ、なんだよな。アイテムからしてそういうカンジ。だってチョコレイト+α、とかなんだもの。でも、随分前に見た時も「あ、可愛いなー。でも我慢~」とか言ってスルーしてたのだ。しかし。今日ふらふらと近寄ってみたら、……やはりツボなものがー↓ 有名なお菓子のパッケエジの模様入りのマグ(蓋付と蓋ナシで¥100も違うものなのね…)とその実際のお菓子がおまけ程度についてるグッズ、がほとんど。ハーシーズのチョコレイトとポーチ(というか巾着袋?)のセットがほぼ半額になっていて、「欲しいなあ。使い勝手悪そうだけど(笑)」と言ってたら、母が「買ってあげようか」とレヂにさっさと持ってってしまった。てなわけでこれがそのポーチ。
20050405174326.jpg苺ナゲットのチョコ付(いや、本来はコレが主、なんだろうなあ…)なので赤が基調になってる。そこが可愛い♪ もろツボ。でもホントに、使い勝手が今ひとつ悪そうなサイズで(笑)。もう少し口が広いとよかったんだけどなあ。長さはいいんだけど。とりあえず仕事用の小物を入れて活用することに決定。ペンも手帳も電卓も入るな、うむ!
で。ここで初めて私自身に、ふ、とある目的が生まれる。そーです。昨日他のモールで見つけて購入したものが、こちらのモールにもないかどうか確かめるべく、「ダイソー」へ行く、という目的が!

20050405174250.jpg残念ながら「G.I.JOE's G.I.JOE」はナシ。しかーし。昨日見つけたばかりの "CROSSWISE" はこちらの店舗でも入荷してたわ~♪ というわけでまたひとつ購入。今度は魚釣りを楽しむ筏(ボート、とは少々呼び難い……)の上の人々という情景。

……やっぱり出ている分で所有してないものは全部買っておくか……と新たに要らぬ野望(ショボ…)が生まれる。明日はまた違うモールの店舗を捜索だっ。

またしてもちまちましたものを手に入れて御満悦の私。……つくづく安くつく女だのう……。そして明日またせっせと「ダイソー」に足を運ぶ自分が居るのであった。安い! 安いぞ私!!

今日は少し風が冷たいだけで、本当におでかけ日和でした。このまま春まっしぐら! だといいんだけど。
何だかせつない…。昨日宣言した通り、「G.I.JOE's G.I.JOE」を購入しに再び「ダイソー」へ。
え。
昨日も多分隣にあったであろうソレに、まったく気づいてなかったのも吃驚だけど、……ショック~~~↓ 以前「ヴィレッジ・ヴァンガード」でちまちま購入していて、いつの間にか消えていた "CROSSWISE" というレゴちっくな玩具があったんだけど。それがダイソー・ブランド(?)の仲間入りを果たして¥105で販売されていた……↓↓↓
いや、一点¥105てのは嬉しい。要は「だったらもっと早くからその価格で提供してくれよう(涙)」というしみったれた感慨に耽ってしまったのだな。ちくしょー。「G.I.JOE's G.I.JOE」を5つ程♪、なんて思ってたのに、2個コヤツめの未入手モノまで購入してしまったぢゃないか…↓(ちなみに、やはりというかさすがにというか、JOEくんはダブりました。あと2種ー!! しかしすでに目とカネはこのブロック・トイに注がれつつある。ひたひたと押し寄せる黒い波~~)
20050405031006.jpg

これはピザ屋さん(見えるかなー。ちなみにパッケエジです)。ピザがでけえでけえ。アメリカ並みのデカさです。

調べてみたら、この "CROSSWISE" 、台湾製のブロック・トイらしく、実は色んなラインがあってなかなかの充実っぷり。公式サイトの可愛らしいこと♪ チープさとちまちましてるクセにアホほど同梱されてくるアイテム数が充実しているところがポイント、でしょうか。販売されているものの基本ラインは、レゴとプレモの中間にあるカンジ。レゴはもっと独創性を試されるところがあって、プレモは社会や歴史にできるだけ忠実に、でもほどよいデフォルメを加えたもの、ちょうどその間にあるモノ、というカンジがします。レゴは上部に並ぶ突起と下部にある窪み(?)をジョイントさせることで組み上げるわけだけれど、ココのは、ジョイントさせる部分が格子状になっていて(つまるところ十字形がたくさん並んでて、それが "CROSSWISE" という名前の由来になってる、のか?)、線と線の凹凸をうまく組み合わせて組んでゆく仕組みになってる。

20050405031026.jpgコレはえーと、ジュースなんかを販売してるスタンド、といったところかな(公式で今確認したら "BEER SHOP" だった↓ ええんか、それでー↓)。パーツがちゃんとあるものの方が可愛いんだけど、モノによってはシールで誤魔化されちゃう(まあモノによってはパーツ化するとあまりに部品が小さくなり過ぎて、子供に不向きになってしまうんだが)ところが玉に瑕。でも小さいなりに凝縮された濃さみたいなもんを感じて個人的にはごっつい好き。組立も簡単(まあオトナだからでもあるだろうけど。小さい子でも多分それほど困ることはないと思う。箱裏に簡単に組み方の図説があるんだけど、これで十分理解できる)。色遣いのどぎつさというか、 vivid さ加減もキッチュでいい。
ああ、よもや¥105でコレを買える日が来るとは……。正規の代理店はまだない、んだろうなあ(あったらどこかしら日本のサイトがHITしそうなものだが、ナイ。ブロック・マニアというか、ブロック・トイ系が好きなひとのリンク・ペエジが拾える程度…)。色んなラインがあって欲しいのが山ほどあるのにー!

……そんなわけで、また欲しいものが増えました(いや、そもそも好きで集めてたんだがふいに姿を消してしまい、どうしたものだろうと思って半ば忘れていたところに「ダイソー」の名を背負って(?)再び私の前に現れた、だけなんだが)。
今「ダイソー」で入手可能なラインは "Teeny World" というものなんだけど、結構むちゃくちゃな品揃えでそこがまたいいです(……たいてい街並み、にありそうなお店だのがラインナップされてるのに、中に何故か「馬の背に乗った2人の騎士(?)」、つーのがあるんだが……謎だ……何故そこだけいきなり中世の世界に!?)。
このまま「ダイソー」が暴走して今あるラインナップを全部こつこつと販売していってくれないだろうか。ああ、にわかに台湾に行きたい衝動に駆られているー!!(すごい理由だな…)どうせもう「100円均一ショップ(消費税込にしなかった時点で¥100ですらなくなったわけだが)」ですらなくなって、中には¥1,000越える商品だって置く店になっちゃったんだ、ぶちかましてくれい! レゴやプレモほどは値が張らないからお財布にも優しいし(しかし数を考えると決して優しくもないな)。頼む、出してくれー! 数百円台で留められるだろうから、買います、迷わず(カネが続けば↓)。それにしても、"FIGURE BLOCK" って、英語として成立する…のか? "BLOCK FIGURE" はまだ何となくわからないでもないんだけど(でもそれじゃブロックでつくりあげるフィギュア、という印象を受けるから、それはそれでベツモノなわけだけど)。いや、まあ、もう可愛いのでいいです、それで(何故か投げやり)。

そういうわけでまたダメ人間度がUPしました。低下するヒマがないってのがいやん♪
The Complete Encyclopedia to Gi Joe (Complete Encyclopedia to G. I. Joe)
Vincent Santelmo
0873418743

こんな本(せめてどこかで表紙画像は拾えないかと発行元まで調べたけれど、絶版・取り扱いナシのためかそれすらできなかった…。ココ、ミリタリー系のグッズ等の特集もよく組むから、その延長線上でもあってこの「G.I.JOE」本出したんでしょうか)まで買って眺めてはわくわくしていた。興味のあるものの「歴史」や変遷を辿れる本、というのが好きなので、これも発行当時見つけてすぐ購入。図録としても楽しめるしデエタも豊富だしで、当時にしては十分な構成だったと思う(今ならまたあれこれ追加できるデエタ、改版すべき点てのがあるかもしれないけれど)。人形遊びと言えば女の子のものだったところに登場した男の子のための人形。しかも可動箇所21箇所というからスゴイ(数年前、40箇所近く動く「こち亀」両さんフィギュアが出てたな、そう言えば)。戦闘シーンなんかを再現して、当時の男の子たちは楽しんでいたのでしょう。そりゃ戦争は悪いことだけど、戦意高揚が当たり前の頃じゃ「カッコイイ」の最たる存在なわけだし(今も、……そうなのかね? 兵士、戦闘員、軍人てのは、憧れの対象なのか……?)。

……「トイザらス」なんか行くと「うわー、あれも欲しいこれも欲しい」とか言って。ジェニーとかリカちゃんとか、フツーに女の子向けドールも大好きだったんだけど、ミリタリー系が嫌いではないせいかついつい目が行ってしまう。どこの軍のどのタイプにしようか、とか、装備合わせるならどれかなーとか悩む悩む。でも高額で手が出せないんだよな、いつも(いや、いつもアホ買いしている本だの雑貨の購入数を減らせば余裕で買えると思います。←冷静な自分からのコメント)。

で。出たことは知っていたのだ。「G.I.JOE's G.I.JOE」。その名の通り、G.I.JOEが持ってしっくりくるサイズのフィギュア。
G.I.JOE’S G.I.JOE
B0002YMG7Y

…って、あまぞんよ。この画像ではあまり意味がないと思うぞ。アマゾンの画像では、「箱に入ったG.I.JOE」、その箱入りの状態なのであって、実際の商品としての内容がはっきりわからない。この状態で売られてるみたいで広告(?)に偽りアリだな。

20050405030656.jpg

まずコレ↑が実際の外箱(パッケエジ)。でもって、以下がその中身。

20050405030630.jpgブリスタにちゃんとミニチュアの G.I.JOE が収まってます。付属小物も充実。向かって左にフィギュア、右に外箱(発売開始当時実際に売られていた時の箱、ですね。これまでちゃんと再現してあるとは。侮り難し、日本の玩具業界!)が配されていて、そのまま飾って楽しめるという親切なつくり。そのフィギュア・サイズの箱に収めて収納あるいは飾るもまたよし。ちっさいけど Dog tag も首からぶら下がってます(芸が細かいのはそれだけでなく、頬の傷もちゃんとアリ)。
ソルジャー(陸軍)、セイラー(海軍)、マリーン(海兵隊)、パイロット(空軍)という4つのくくりで全7種+シークレット1種の計8種。これを、偶然ふらりと立ち寄った「ダイソー」で発見。ええ、そうです。本来¥315するものを1個¥105で購入できました(最近の「ダイソー」って価格まちまちでもう「均一」というコトバはつけられませんな…)。迷わず4つ選び出してカゴに放り込み、レヂに直行する私。やってもた……↓ 安かったし、欲しいなあ、とも思ってたんだよう!(だから誰に言い訳したいのだ?)
ダブリ皆無、無欲の勝利かシークレットまで引き当ててしまう始末。はははは、明日残りの数個のうちのいくつかをまた買うね、これは! と思ったのは言うまでもない……。

しかし。「当然の如く」、こういうものの発注受けて実際生産してるのは中国。……工場で働くひとたちはどんな気持ちでいつも日本から来るワケのわからんフィギュアだのエロいフィギュアだの、……こういう元々はアメリカ生まれのモノなんかを塗装してらっしゃるんでしょーか(それも今回のなんて早い話が戦争絡みネタ……)。まあ、無心で黙々と、「仕事」と割り切って作業していらっしゃるのでしょうが(かつて海洋堂の「アニマテイルズ」(「チョコエッグ」→「チョコQ」という、ゲエムで言うところのプラットフォオムの変遷を辿った一連の「日本の動物」フィギュアのシリィズ初期の頃、塗装がうまくできていない点を指摘したところ、後に工場の方から「それを担当したチームの人間は解雇しました」と言われて吃驚したとか何とか……。すげえ……。しょ、職人魂?)。

とりあえず、私が行ける店舗にはあと3個残ってる。ほかの誰かが見つけて買わぬ限りはすべて私の家に来ることになるだろう。やはりフル・コンプであろうか。できなかったらできないで、それはそれでもいいかな、くらいの執着心なのでまあ大丈夫でしょう(つい先日までそんなことヌカしてりぷとん・てぃを飲み倒していた馬鹿が居たよね)。
きっとまた会える―モンクロワ公国物語〈4〉
ジョアン ロス JoAnn Ross 伊坂 奈々
4596751587

……発行年見て吃驚。そうか、私この本を4年近く放置してたのか。ちょっとだけ感慨に耽ってしまった。積ん読もここまで来たか↓ しかも休憩時間に少しずつしか読めなかったから何日もかかってしまった。くそう!

ハーレクイン(以下HQと略記)を何冊だろうが毎月欲しい分きっちり購入しているのは、ちょっと珍しい、のかもしれない。その月の新刊が数日後には某新古書店に行けば書架に並んでいたりするので、「落ち」るのを待って買う読者も多いのだ。しかし、田舎住まいにはそれはムズカシイ。ちょっと頑張って隣の市まで行けばそれも可能かもしれないが、自分が住んでいる市内ではまず無理な話で、「落ち」待ちなんてしてたらそのうちホントに手に入らなくなる(私のブログにはたまにHQネタが出るので既知の方もいらっしゃるかもしれないが、HQの在庫保有期間はたったの4ヶ月。それを過ぎたらどうやら廃棄処分されている、らしい。これを過ぎるとあとは流通在庫を当たるか古書店巡りをするか、オークションで探すか、をするか、気が長くて運を信じるタイプなら再販されるのを待つか――人気作家は比較的頻繁に再販されるが、そこそこ、ぐらいの作家だと難しい――、これしか読みたい作品を読めるチャンスというものはないのであった)。なので、真にロマンスを愛する読者であるが如く、毎月届く会報(ファン・クラブにも入会している。年会費¥2,000で毎月会報がもらえて更新時にはちょっとしたプレゼントがあって…というのはなかなかスゴイと思う。ただ、一読者としては、そういった気遣い・心配りが出来る割に読者のココロをホントに理解しているのか甚だ不安な点が多々あるのだが、それはまたいずれ別の機会にでも)をチェックしては購入計画を立て、律儀に購入して、……溜め込んでいる。お前は冬を目前にした栗鼠か?(涙)未読の本が7割を占めると思う。それ以外にも本を買っていて…そりゃ部屋中本だらけになるのも頷けるってものでして。

閑話休題。
これは手っ取り早く言うとタイム・スリップモノで、パラ・ノーマルと呼ばれる部類のお話。少々超常的な世界観を持つ作品(たとえばヒーローが封印されたギルガメシュ王である〈冗談ではなく、本当にそういう作品があった。ある作家さんのデビュウ作で。実は結構面白かったのでお気に入り♪〉、とかヒロインが落第天使で試練を架され地上に降ろされ任務遂行、とか、超能力を持っている、とかそんなカンジ)は好き嫌いが割とはっきりわかれるので、タイム・スリップものだ、という時点で読まない読者もむろん居る。私は再販されそれまでシリィズ名を冠されていなかった作品が「モンクロワ公国物語」と題されて再販された時に購入(なので、実際この画像通り、簡素な装訂のもの、でした。元々のは多分ちょっとヒくと思う。慣れてないひとは)。シリィズとしてはロイヤルもの、などと言われるもので、王家の人々とその関係者(従姉妹だ甥だのは言うに及ばず、侍女だの秘書、ボディ・ガードとかもヒーロー・ヒロインになる)の恋愛模様が描かれている。身分違いも国の違いも乗り越えて最後は必ずハッピィ・エンド。しかも、兄弟が多く、その兄弟姉妹がほぼ同時期に出逢ってくっつき、怒濤の結婚ラッシュを迎えるのであった。そんな一気にバタバタ結婚するかい、とか突っ込んではイケナイ。
この4話目(本当は何作目として発表されたか憶えていない↓ 通常発行されていた時には時系列や発行年を無視して翻訳・出版されることもHQでは多い。むろん、作者サイドの都合の場合もアリ)は次女・ノエルの物語。長女は華やかタイプなんだけど彼女は控えめで一見堅実そうな地味なタイプ。でもって、ジプシー(この単語、原著にまま出てくるので流用)の祖母の超能力を受け継いでいるそうで、ある絵に心を激しく突き動かされ、その絵の舞台となったアメリカはアリゾナまで出向く。何度も奇妙な夢を見て、そこである男と「出逢う」。そこでタイム・スリップし、本の中と夢の中で見知った男と恋に堕ちる、わけですな。

男はウルフという名のネイティヴ・アメリカン。手首に狼の頭の形をしたアザがあるためにその名をつけられたとか。ただし、白人男性とナヴァホ族の女性との間に生まれたハーフで、現地では有名な作家。ある嫌疑をかけられて死刑にされそうになっている所に彼女がやってくる。むろん、彼が「インディアンだから」罪を被せられて殺されるのであり、実際は無実。彼女もまたある意味根拠もなくそれを堅く信じている。ちなみに、彼女は現代アメリカで彼について書かれた本を読み、彼が処刑されてしまったことを知っており、それを救うために時を越えたのだ、と思っている。……歴史、変えちゃうわけですよ。愛のために。おおう。

結論から言っちゃうと(ネタバレにもなりますが)彼を救うことが出来た時点で、ノエルは現代に戻ります。彼との間に「再び」時の隔たりが生じるわけ。彼について書かれた本を読むと、若くして死刑にされて死んだハズの彼が、80歳近くまで精力的に執筆活動を続け、生涯独身を貫いた事実を知って涙する。一瞬夢を見ていたのかと思いもしたけれど、彼と愛を交わした結果として妊娠しているのを知って、婚約を解消(実は婚約していたのだ。でも、お互いがお互いにとって一生添い遂げる相手ではなくいい友人であると意見が一致し、円満解消)し、アリゾナへ移住、彼と「過去」で出逢った場所を買い取ってそこに住むことに。
で。そこにヨーロッパの華やかなりし王族としての生活を捨ててアリゾナに移り住んだ彼女を取材したい、とやってくる男が居るのですが。ノエルはすでに確信めいたものを持って彼を迎える。その男の手首には狼の頭の形をしたアザが――。

ラストは彼を家に迎え入れるところで終わっていて、新たな恋の始まりというか、愛の再燃というかが始まりそうな予感を漂わせて終わっているのですが。
物語としては、面白かったの。自分のことを地味で堅実でちょっとタイクツな女よね、と思い込んでたオヒメサマが、いきなりアメリカの西部にタイム・スリップして、ワケあって娼婦みたいなカッコしてウルフを殺そうとつけねらう男に銃をぶっ放しちゃってり、彼を助けるのだとあれこれ活躍しまくっちゃって、それなりに爽快。元々のレエベルが「テンプテーション」とセクシィ路線の強いシリィズではあるんだけど、うんざりするようなHOTさもなく(最近は時折「ただのぽるのやんけ!」なものがあってゲンナリすることも…)。
ただねえ。「生まれ変わりの男」、ちうのにひっかかりを感じる、んですな。うーむ。「生まれ変わり」は「生まれ変わり」であって、「本人」そのもの、ではないではないか、と。魂は同じ、とかそういうことなんだろうけど、うーん……↓ 彼もぼんやりと「アナタには何となく会ったことがあるような気が」なんてことを思ってたりするんだけど、するんだけど、……。

かつて「ぼくの地球を守って」ってのがオオハヤリしましたが。
ぼくの地球を守って―愛蔵版 (7)
日渡 早紀
4592142071

これもやれ前世がどうの、生まれ変わりがどうの、という話だったけれど、その前世の記憶や人間関係もありつつも、「今を生きる、ほかの誰かではない私たち」がそれぞれに選択してそれぞれの愛を育む、というのがよかったのでは、と思うわけですが、この物語だとあくまでも「生まれ変わりでもいいの、魂は同じだから!」とそれまでまったく別の人生を歩んできた男性にいきなり好意持てちゃうわけですよ。それが超能力の為せるワザであろうか。ううむ。ちょっとなー。全体的にはとても楽しめる話だったんだけど。悪くはないんだけど、うーんうーん。
なので、同じタイム・スリップものでも
過去から来た恋人
響 直美 サンディ・スティーン
4776715449

この作品の方がすんなり楽しめて好き(しかし、残念ながら原作は未入手につき未読なのであった。ちくしょー! コミカライズの出来がとてもよかったので読んでみたいんだけど)。こちらは中世の騎士が現代アメリカへ! というモノなんだけど、ラストが素敵でした。ヒーローのストイックさがまた何とも言えず♪ 惹かれ合いつつも時の隔たりと歴史を変えてはいけないという思い故に自分の想いを押さえようとする2人がよかった。実はちょっと泣いただよ↓ 作画担当した響さんがまた、結構テンプ作品のコミカライズをしてらっしゃるのだけれど、下品にならず綺麗に、かつ可愛らしく美しくまとめているので安心して読める。「きっとまた会える」もコミカライズされているので興味のある方は御一読を(「モンクロワ公国物語」として4作すべてコミカライズされているのだけれど、すべて作画を担当したひとが違うので、戸惑う方もいらっしゃるかもしれません。作中に兄妹故同一人物と思しきキャラクタアが登場するのだけれど、同じひとが描いたわけではないので別人28号よ…・涙。←世代を感じるな……)。
長寿秘訣は「ぬるさ」…タモリ倶楽部23年に

「タモリ倶楽部」がとても好きだ。ゆるくてぬるくて馬鹿馬鹿しいのに時折妙にタモさんがマジ・モードになったり、レアどころかコアで濃い世界を淡々と紹介したかと思えば、いきなりエロの世界に突入してみたり、と毎週新鮮な楽しさを提供してくれる素晴らしい番組。

豆腐屋の、八百屋の、店先というか店内においておもむろに居酒屋開業(?)し、テキパキ黙々と料理を作り続けるタモリ。それを貪り食う井筒カントクに浅草キッド。その料理のすべてがすべて美味そうで、深夜観ていると猛烈に腹が立つ(笑)。時々タモさんが「居酒屋のオヤジ」を演ずるべく小ネタを挟もうとするも、いつしか料理に真剣に取り組んでいるのでしゃべっているのはただの酔っ払い・井筒。ある意味フォローにまわるキッド。そして料理は次々に登場する。腹減るって! しかし観る!
ある時はカ○パー氏腺液について歴史までさらって教えてくれ、ある時は¥500もする高級ガシャ、それも18禁というかオトナの楽しみのために生み出された「エロポン」(リンクしようかと思ったけど、ひとによっては観るのを避けたいかもしれないのでやめておきます。どうしても見たい方は検索してね♪ すぐ見つかりますから)の芸術性を讃えつつもそれを用いて遊び、ある時は社歌の特集を組む(そして有名になりCDまで発売されたのがコレ↓ですね。歌はウマイ、曲調が「社歌」とは思えぬノリ、特撮やアニメが好きなのねんな歌詞。どれを取っても素晴らしい出来)。
日本ブレイク工業 社歌
萬Z(量産型)
B0001FLWJ2

ついでに言うならこれを「社歌」として許容するその会社にも惚れる。いいのう。
タモさんの鉄道好き、古地図(古地図に限らず、地図全般お好きな模様)好きに合わせたかのような企画もまた味があっていい。彼の造詣の深さはそこらの素人には太刀打ちできない。自著でこんなの出すくらいだし。料理本なんてありきたり(?)に走らないところも買いですな。
タモリのTOKYO坂道美学入門
タモリ
4063527239


まったくわからない・知らない世界として、「ダムの放水」「建築様式と木材の強度」なんつーものも取り上げられていたけれど、これがまた意味無く面白い。何でだー!? 「競技」と化すの。どこそこの大学の研究室だのどこぞの建築関係の会社の開発室だののひとたちが、自分たちの技術の確かさを「強度」という分かり易さで競って見せるというのは、実に面白かった。「ダムの放水」は日本のどこにあって水量とか放出量とかデエタをばんばん出してね、そんなの誰も知らなくてもとりあえず困らないよ、ってのを、ちゃんと細密に出してくるの。意味ねえ! でもそこがいい。
「映画宣伝マン対抗宣伝合戦」も好きだった。各社コレがウリなんです! な映画を持ち寄って宣伝するために、あれこれしょーもないゲエムだのをこなしてゆく、という。最近観なくなったなあ。

やはり「どうでもいいもの」にちゃんと手間暇かけて(でも低予算♪)撮影してる、つーのがいいのでしょうか。それでいてゆる~~い空気流れまくりで。みうらじゅん氏やYOUといった一筋縄ではいかないゲストと、ゆるゆる~~っと絡むタモさん。そもそも私はタモリが好きなのだ。アイ・パッチ(あえてこう呼ぶ!)つけてアヤシげなネタやってた頃からだから、さほど古いファンではないが(もっと古いファンは居るのです)、唯一主演した連続ドラマだって幼少時観てたぞ。「いいとも」のゲエムで四股名を名乗る必要があった時、躊躇なく「大変態」と名乗ったタモさん……ステキ……(うっとり・笑。そして、ゲエム中、あえて、あるいは地なのか変態っぷりを見せてくれるタモさん…かっこいいよアンタ!)。

私は毎週これを楽しみにしている。エロ系特集の時はオヤの視線を無視するよう心懸けています。でも「エロポン」の時は母と2人「世の中には妙なものに心血を注ぐヒトが居るのだ」とわけのわからぬ感慨に耽っておりました。ははは。私、……ちょっと欲しかったなあ(笑)。造詣モノ好きなのと、そんじょそこらのキャラものを安易にエロってるのじゃなくて、昭和初期のカストリ雑誌風、とか随所に見られるコダワリをこの眼で見たいなあ、と思って(そしてどんどん他者を踏み込ませられぬ部屋にしてゆくのか……。可愛いぬいぐるみとカプセル・トイと食玩、ミステリにコバ○ト文庫、乙女系蔵書が同居する部屋はこの世にひとつとまだ決まったわけではなーい!! ……そうだよね?←島袋寛子の声で読んで…↓)

「空耳アワー」も大好きで、未だに歌えるヤツとか、友人とお互い知ってるヤツなんかがあったりする。友人の中には「空耳アワー」セレクションを自己編集してヴィデオで保存してるのがいた。むろん、彼女の家に遊びに行った時、一緒に見て大笑いした。ジプシー・キングスの「医者も手が空いちゃたまんねえな」とか憶えてるようっ。あと「スシ! メシ! 風呂! 寝ろ!」とか。

もとい。そういうわけで、これからも私は地味~~に「タモリ倶楽部」を応援し、愛し続けてゆくのでありました。テレ朝あるのに他の地域より放映時期がちょっとズレるのだけがカナシイけど。くそう。
ゴールデンなんかに進出することなく、まるでひっそりどこぞの片隅で細々と経営する流行らないけど常連がいる飲み屋みたいに、ずっとずっと続いて欲しいものである。
  
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