「話芸」で読ませる。
笑う雑学
唐沢 俊一
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唐沢氏が好きで著書を何冊も所有している身には、見慣れた話題が散見される本であった。あ、これ別な本でちょっと話題になってたよね、なものやきっちり語られたことがあるような話題(同人誌、という形でも発表されたことがあったものも…。ちなみに、B級貸本ホラー少女まんがネタなんですが)。なので、すべて網羅しないと気が済まないひと以外は購入しなければしなくても「困る」ことはない、と思う。

御自身も仰ってるのだけれど、落語を聴いて育った、というひとは自ずと(?)話芸に磨きがかかるもの、らしい。同じネタを話して聞かせてくれていても、ちゃんと面白い、のだ。その時なりのアレンヂ、その時なりの調子、けれどネタは同じ。でも面白い。
内容が濃い割にさほど時間をかけず読めてしまうのは、文章のテンポがよく、読みやすくて面白いからだと思う。いや、内容はホントに濃い〜んです。

相も変わらず「役に立たない無駄知識」の宝庫。しかも、彼がスーパーバイザーを務める某番組のネタにすらならない、よりディープな「無駄知識」。持ってなくたって死にゃしないのに知りたい・読みたい・笑いたい(でもって時折深〜〜い洞察と対象への一種の愛情故にしんみりさせてもくれる)一心で読んでしまう。
タイで売られている、日本のまんがのパクリでありながらオリジナルにまで昇華してしまった作品群、義手に関する一考察、人形の持つエロティシズム。昔雑誌を彩ったエロ広告……ああ、忘れ去られようとしているのに、誰も正直「知らんがな」で済ませられるようなコトなのに、こんなにもこんなにも面白いとはーっ。
いや、正直「カルトソング」と称して、日本津々浦々まで知れ渡っている猥歌(……のハズなのだが、世代故か、私、ひとつしか知らなかった……って、そりゃ良いのか悪いのか……)、このくだりは、その、正直こっぱずかしかった。「その単語は〜↓」とか「そのノリはどうよ〜↓」とか、ちょいとツッコミも入れた。でも、唐沢氏は「昔からこういうのはあった。万葉集だってちゃんと見ればこんなん山ほどあるぞ(うん、あるんだよな…)」とごく当然の、でも忘れられている事実をひょい、と突きつけてくる(それこそ「万葉集」の頃なんて、年頃の男女が集まって、今でいう合コンちうか懐かしのね○とんパーティかまして、歌を交わし合ってる内に、ことばは乱暴だが乱交ぱーちーに雪崩れ込んでたっちうねん。それでかっぷる成立♪ 森の木陰で何とやら、なのねえ。ホント、おおらかぢゃのう……)。
今でもあるのかなあ。沖縄あたりでひとが集まると歌を歌い始めるんだけど、それが何ともその、まあ、有り体に言うと、……卑猥な内容、なのだな。で、若い女性なんかは思わず頬を染めたり、それを見て周囲がニヤニヤしたり、なんてことがあったわけですよ。それをね、「イヤラシイ!」とか「女性蔑視だ!」とかそういうコトでキレイサッパリ片づけてしまう、というのは、どうかな、と思うひと、てえのも居るわけです。実際その場に居たらいたたまれないのかも知れないけれど(笑)、でも、そうやって場が盛り上がって笑い合って場が和んで…というのは、それはそれで悪くないじゃないか、とも思うわけです。「今」のとらえ方だけで退けてしまったり卑下してしまうのではなくて、「ああ、おおらかだねえ、日本にだってそういう文化があったんだよねえ」と受け容れるのが、本当は自然でいいんじゃないのかなあ、と。
ヨオロッパでだって、女性たちが集まって糸を紡いだり縫い物しながら、語り部のばあちゃんから色んな話を聴いて、楽しんでいた頃があった(今はどうなんだろう?)。たとえば「赤ずきん」。「ねえ、おばあさんのお鼻はどうしてそんなに大きいの?」なんてくだりを聴いてると、それが暗に何を意味しているかを、年頃の娘たちはわからないなりに悟って(あるいは知ってるけれど知らないコトとして、またはその逆)、目配せを交わし合う。くすくす笑う。

――そういうですね、今なくなりつつあるモノ・コト、今知らなくたって困りゃしないこと、そういうことを「知る」ことが、純粋に楽しいのだ、と分かり易く面白く「語」ってくれてる本なのです。
「トクするから」「タメになるから」、そんなんじゃなく、純粋に「知ることの楽しさ(そして無意味さと有意義さ)」を一貫して説いてくれてる彼の本が、好き。なので、ネタがかぶろーが何だろうが、こうして文庫化されるとほいほい買ってしまうのであった。うがあ!
【2005/04/09 23:46 】 | ほん:えっせい系。 | コメント(0) | トラックバック(0)
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