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2005-04-22 Fri 23:04
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紅の豚
森山周一郎 岡村明美 加藤登紀子 ![]() TV放映されるたびに観ているから、……もう何度目になるんだろう? でも今夜の放映分も観た。宮崎アニメの中で、興行的には他の作品に比べればいまひとつ振るわなかったこの作品、実は私自身はとても好きだ。 当時の宮さん(どうしてもいっぱしのヲタク気取りでこう呼びたい私であった↓)の作品にしては、「子供が観て楽しい」とか思想がどうの哲学がどうの、というよりも、「自分の『好き』をぶち込んだ」感じがするところが好みである。たまにはいいではないか。楽しんでつくったもの、は楽しい、と思う(もちろん、独り善がりになってしまっては娯楽作品足り得ないけれども)。 戦争中でファシズムの台頭が進むイタリアはアドリア海を舞台に、それでもどことなくのどかでのほほんとした空気が流れるところも好み。本当は重い重〜〜〜〜〜い背景がででんと横たわっているのに、イヤになるほどそれが伝わってくるでもない。戦争があっても、「日常」もまたそこに同じように存在する。その「日常」を壊してしまうのが戦争なんだけど。 自らに魔法をかけ、豚になることを選んだ男と、彼を取り巻く人々、それも野郎どもが馬鹿で大人げないところなど実にいい。海賊ならぬ空賊が横行しているらしいが、どいつもこいつも悪人になりきれぬへっぽこぶり。何しろ「マンマ・ユート」団だもんなあ。イタリア男は「ママの料理に勝てる味はないよ!」と平気でヌカせるナイスまざこん揃いの国なのでさもありなん、といったところか。日本もあまり変わらんか。母は偉大なのか、野郎がどうしようもねえのか。深く追究はすまい。 ポルコ・ロッソ。イタリア語でまさに「紅の豚」。自らに魔法をかけて豚に――って、本当に、そうなのかね? 実は魔法かけられてんのは周囲の人間じゃないのか? 豚に見えるようになっただけ、で。見るべき目を持つ者には時折「本当の姿」が見えるらしいし(フィオとカーチスは見た、というか見ることができていた)。まあとりあえず魔法で豚に見えようがなろうが、とにかく「人間」という器でないものになりたかった、のかもしれない。「国のため」なんて「下らない」大義名分のために罪もない人間や仲間が死んでいくのを傍観しているだけ、戦争を煽るだけの「人間」とは別なモノになってしまいたかったのか。下等なモノと見下され怠惰や愚鈍を連想させる豚に。 ニヒル(死語?)でやや厭世的。でも世の中と人生は捨て切れない。いい酒といい女といい船――飛行艇で空を自在に駆けめぐり、気が向けば報酬次第で仕事をする。時局はアヤシイってえのに、何となく羨ましい境遇にも思える。 ポルコとは古い付き合いのマダム・ジーナ。戦争で3人の夫を失いつつも(しかもひとりは作中で死亡したことが判明する)「ホテル・アドリアーナ」を切り盛りし、夜は酒場で歌姫に転身し、すべての飛行艇乗りどもの羨望と憧憬の対象となる、凛とした、でも艶やかな女性。彼女がまたとてもいい。それまでの宮崎アニメでよく見た女性・少女像と言えば、快活なおかあちゃんタイプだったり、超然とした姫君だったり、優しくて素直なお嬢さんだったり、溌剌とした女の子だったりしたのだけれど、ひと味違う大人の女(当時のファッションがまたサマになってていい。すっきりしたボディ・ラインに似合ってる。パンツ・スーツてのもいいなあ)。ノリのカルいアメリカ野郎は鼻先であしらい、喧嘩をおっぱじめる空賊どもには笑顔でいなす。姐さん肌なのに優雅。あのゆったりした話し方がちょっとセクシィ。加藤登紀子さんは歌声だけじゃなく、話す声にも味があるんだなあ。そういえば声優陣もいちいち豪華で、がきんちょが見るアニメでは聴けないような方々がズラリ。森山周一郎氏の声で「飛ばねえ豚はただの豚だ」だもんなあ。シブイ。シブ過ぎる。 実はずっと昔、まだ少女だった頃から、ジーナはマルコが好きだったんじゃないのかなあ、とか、マルコもまた彼女を想っていたんじゃないのかなあ、とか、色々含みを持たせてあるところも、密やかに艶っぽくていい。でもどちらも言わないの。どちらからも何も言わない。観てる私が「邪推」して楽しんでるだけ。 一見痛快活劇風だけど、子供が単純に楽しめる、というタイプではない気がする。もちろん、フィオを巡るポルコとカーチスの決闘(ちうか、最後は殴り合いに…・笑。それもシャレにならんくらいボッコボコにボコり合うところが馬鹿でいい。「男同士ってなあ殴り合って仲良くなるもんだ!」という昭和ヒトケタおやぢなノリでヒジョーに素敵♪)のくだりは笑えるし(でもそれでいてカーチスの意外にいいヤツじゃんな面が仄見える)、飛行艇同士の空での対決もスリリングで見物。ピッコロ社での一族郎党(それも女性ばかり! ここにもまたひっそりと物語世界の中の厳しい現実が反映されてるわけだが)集まってせっせと飛行艇をつくりあげていくシーンなんかも楽しい。でも、随所から漂う空気とでもいうか流れる雰囲気は、やはり大人にとってこそより滋味深い気がする。子供なりに楽しめる作品でもある。でも、大人になってからのが、より面白いと感じられるよーな気がするな。 そういうわけで今回も堪能しました。一応の原作である 飛行艇時代―映画『紅の豚』原作 宮崎 駿 ![]() も一読したいところ(「モデルグラフィックス」に連載されてたけど、私が買ってた頃はもう終わってたなあ……。それとも休載だったか。「ナウシカ」も映画製作に入ると手がつけられなくなるからかよく休載してたし。だから「原作」完結までに時間がかなりかかってる)。いまだに「フォッケウルフ」だ「紫電改」だ「メッサーシュミット」だ「シュ(ス、か?)ピットファイア」だと言われても何が何やらの私が見て楽しめるものかどうかはわからないんだけど(って今上げたの全部「戦闘機」ちゃうか?)。 いい意味でちんまりまとまった(宮さんの好きなモノで満ちあふれた)「小品」として仕上がってると思う。何が起こるでもないどこか淡々とした中に、あれこれ盛り上がるシーンなんかがちゃんと入ってて純粋に楽しめるし、それでいて深〜〜〜〜いところまで考えさせてくれたりで。青い空と海、白い雲を従えて「軽薄な」赤のボディの飛行艇。それだけで映える、絵になるシーンだ。 ジーナだけのあの庭から眺めるのはきっと格別の眺めだろうなあなどと、あれこれ空想を巡らせてしまう。
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| 拠火園雑録 |
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