獣は花の夢を見るか 2 (2)刑部 真芯

……この本をきっちりカネ払って購入している自分がイタイ。彼女の著作をすべて所有している、という事実が輪をかけてイタイ。いつか「化け」てくれるかもしれない、というあえかな望みを抱きながら買い続けているが、……そういう夢はもう見てはいけないのかもしれない、と思いつつある。
「描きたい」という情熱は感じるのだが、どうにもこうにもその情熱と呼ぶべきものが空回りしているらしく、……何ともこう、「作品」としてもう少しどーにかならんのか、と読むたびにがっかりする(「まだ期待を持ってたのかよ!」というのが多分彼女の作品をずっと読んできた「大きいオトモダチ」から入るであろうツッコミだ)。
好きなパタアンの作品しか描けない、んだろう。強引・傲慢・身勝手で我が儘だが財力とツラだけはヒトより上(ということらしいのだが、絵に安定性がなく、また自分でつくった設定を絵で表現できない時が多くて困る。「背が低くて小柄で華奢」みたいな設定、あるいは年齢的にそういう体型であろうはずのヒロインが引きの絵だとえらくゴツく見えたり、は日常茶飯事。最近は絵が某人気まんがの作家さんの絵に影響を受けているのがアリアリと見て取れるのが嘆かわしい。おまけに野郎がウマヅラーになっていてコワイ)の男と、その男に拾われる/囲われる/飼われる少女、という設定をもう何度見たことか。この「獣は花の夢を見るか」という作品も、性的虐待を受けていたヒロインが自殺を図ろうとしていた所をナンバー1ホストに拾われて生活を共にする、というハナシなのだが。
またそんなのかよ。としか思えなかった。彼女の作品に
「禁断」
というシリィズがあるのだが、これなんぞ、成人しつつある男性が幼女(…)を一目見て欲情し、施設から引き取り、……予想通りの展開だが、無理矢理に自分のモノにしてしまう、というハナシなのだ。コレの「前世篇」として後づけ(どう考えても「禁断」描いてるうちにハナシが膨らんで「実は…」ってことにしちゃお♪ なノリにしか見えない)された
「囚 愛玩少女」
に至っては東京都の条例に戦いを挑むべくフォースの暗黒面に堕ちたとしか言いようがない。それはドコにある日本で何時の明治時代ですか、なちょっと無茶な時代考証を力業で敷き詰めた世界に展開する、萌えと勢い取ったら何が残るんですか、なオハナシであった。何せ直接的に明言されてはいないもののどうやら「前世篇」、やはり野郎がカネにモノ言わせて少女を買い取り、自分好みに好き放題、という鬼畜っぷりを「少女まんが雑誌」で御披露(編集会議にかけられたというが、結局GOサインを出し、たまたままんまと売れたので味をしめてしまったらしき編集部。エロ街道を爆走中である。アンタら、もし子持ちなら、胸張って自分の子供にソレ読ませることできんのか)。
都知事じゃなくても吃驚するわ。
年端も行かない少女を手込めにしてモノにする、けれどもそれは歪んだ愛情の発露であり、少女もまた惹かれているために男を憎みきれない、という、巧く描けば確かにイイカンジで転がらなくもない筋ではある(ヲトナ向けのファンタシィとしてならアリだと私は思ってる)。のだが。如何せん、……読者に届くのは「私の萌えってコレなんですぅ」という気持ちと、その自分の萌えポインツを楽しんで欲しい、という気概でしかなく、読み手に対して説得力というものが皆無なままなのだ(あの描かれ方ですんなり納得できる方がちょっとどうかしてる・笑。読み手が脳内で補完しつつ読んで汲み取っているだけで、正直作品そのものを直球で受け取ると「これでどう何を納得しろと!?」と思うのが通常ではないかと思う)。
野郎は性欲の奴隷みたいに年がら年中発情してるし(彼女の作品に始まったことではないけれど)、ヒロインはヒロインでいいようにされているだけにしか見えないし、おまけにその状況に浸り切っちゃっててどうしよーもない。故に、「禁断」とか「背徳」とか、作者が萌えに萌えまくっている要素がカケラも感じられない、のだ。コトバだけがひとり歩き。そりゃもうすたすたと。つーか猛ダッシュ・全速力で疾風の如く去っていく。帰ってこい!!
そして何かあるとそれはすべて悉く完膚無きまでに「運命」の為せるワザだと仰るのだ。何でも運命。出会ったのが運命ならば、肌を重ねるようになるのも運命、ホテルの一室で、体育用具室で、墓標の前で、図書館で、あんなことやそんなことをしちゃうのだって「運命」。年中運命大安売り。出し惜しみはねえぜ! という気前の良さ。
良すぎるからもうやめれ。ナンバー1ホスト・鷹夜(彼が勤めるホスト・クラブの男性は皆名前に動物の名が入っている)と、彼に拾われた女子高生・花(タイトルに、素晴らしく捻りがない。おまけに、英訳タイトルも添えられているのだが、これがまた「出版社の編集って学歴とか教養とかそこそこ高いもんなんじゃないのか!?」という私の幻想を見事にブチ壊す破壊力で "Does a beast look at the dream of flower?" と来てる。学習雑誌も出している出版社がこの英語を許容したのかと思うと涙が溢れて止まりませんよ…ハハハ…。1巻でコレ見た時は、今すぐこのタイトルの元ネタの原題見てこい、と電話かけたくなるほどの衝撃を受けた。コレを何とも思わなかったのをハズカシイとは思わなんだか。本気で気づいてないんだろうか。だとしたらヤバいぞ、出版社!)、そして彼らを取り巻く他のホストたちの物語なのだが、花というヒロイン、フェロモンだか何だかを出しまくりだそうで、どんな野郎もそのニオイとやらに引き寄せられるのだそうだ。
……で。あれこれトラウマ持ちのハズのヒロインにアッサリ手を出す野郎と、アッサリ手を出された挙げ句、彼に嫌われたくないわ〜、触れて欲しいの〜と思っちゃえるヒロイン。どんだけ簡単なんだ……(以前の作品で虐待されていた少女が登場した時はまだマシな描写・展開だったのだが)。
エロ、ない方がいいハナシ描くんだけど、雑誌のカラー故か、それとも本人の指向故か、とにかくエロ要素を入れて来る。なければなくてもええやんけ、なところにもがっつんがっつん入れてくる。素饂飩食いたい、つーてんのにごぼう天てんこ盛りにして「美味しかろ?」と微笑みかける饂飩屋店主のようだ(居ねえよ!)。エロに頼らずとも面白い作品はごまんとあるのに、とにかく何がなんでもエロなのか!? とイライラする。
しかし。珍しく、この2巻では、やや控えめ、だったのだ。チョコレイトのせいでうんざりし、フォークを投げ出した南海キャンディーズの山ちゃんのような気分でペエジを繰ったのだが。あれ? コレ、最初はちょっとクドいけど、結構イケるかもしんね! という気分にさせられ、気づけば完食。
ベタな演出だろうが、安易なエロに走るくらいなら、王道を突っ走って、なおかつそこでアンタのオリジナリティとやらを見せんか! と思っていたら、オリジナリティ云々はさておき、久々に「読める」話になっていた。やれば出来るじゃないか! うまい、しずちゃん、コレコレ! この味だよ! やったよ、食えるもんが来たよ!(ちなみに、どうもこの作品、編集側から打ち切られたらしい。彼女としては徐々に野郎の過去の物語や、他のホストたちの物語を描く気で居たらしきことが回収されていない伏線等からも伺えたのだが、「全2巻」とクレヂットされていた。今後余程要望があればまた描けるチャンスもあるかもしれないが、
とっても微妙)
……そう、コレにダマされる、のだ(笑)。エロ(正直、コレでうっとりしたりコーフンしたり、なんて出来ない。照れすらも湧かない。呆れるか苦笑するかくらいだな。恥じらいとかツツシミとか、そういうものをかなぐり捨てたエロに何をどう感じろとゆーのだ@ヲトナの意見)なしで描けるじゃないか、いっそエロなしの方が読めるじゃないか、そう思っているとまた「てんこ盛り」がやってくる。「運命」と「エロ」は年中出血大サアヴィス品なのだ。ええい鬱陶しい。少しは出し惜しみせんか!(ペエジが余ったらしく、過去の未収録読み切り連作が2本同時収録。こちらの方が、絵が丁寧で可愛らしさもあり、またエロにまだ瑞々しさというか初々しさのようなものが感じられる描写なので、ある意味ちゃんと少女まんがとして楽しめた。……ふだん? そりゃネタまんがですよ↓ 本気でのめり込んで読める作品、ではない)エロは描く分にはある意味ラクだが(場所を変える・シチュエイションを変える・場合によっては相手を変える・体○を変える…えとせとら)、それで楽しませるとなるとホントは難しい、と思うんだが。必然性とか説得力、というものを欲する読者に対しては、であって、エロあればいいや、な読者にとってはどうでもいいことなんだけど。
そして。その「運命」(とエロ)をこれでもかとたたき売りしているのがこちらの作品。
禁色 1 (1)刑部 真芯

もうじき完結ということでいやあ、よかったよかった。またしても暴力的な男の言うがままになり、彼のココロの暗部を知って以来惹かれるようになってしまった、という展開で前世絡み、ああ運命そうよ運命年がら年中運命祭、とくりゃ、そりゃもう「TOPS」のチョコレエト・ケーキがいくら美味しくたって連チャンで延々食い続けたいとは思えないのと同じで、遠慮したくもなるというもの(しかも彼女の作品にはかなりムラがあるので、ずっと美味しいか、というとそういう訳でもない↓)。
読者の需要と作者の描きたいという熱意や欲求が、必ずしも合致する訳ではない。それ故に苦悩する描き手も沢山居るだろう。しかーし! ここまで率直に自分の萌え「だけ」で描かれると、もう読み手はどーでもえーんかいな、な気分になってしまう。
「描きたいものたくさんあるんです!」と彼女はフリィ・トークで語っていた。月産ペエジ数が100を越えた時だって何度もある。一応人気作家であるらしいし、それ故にペエジをもらえたのだろうけれど、多忙を極めたはずである。おまけに彼女は作品やコミックスのペエジの余り状況によっては、丸々1本描き下ろしたり描き直したりするのだ。どっかの月産十数ペエジのまんが家に聞かせてやりたいくらいの情熱ではないか。だがそれが「良い作品」として現れるかというと、話が別だからカナシイ。
やれば出来るコなんです、と思って読み続けているのだが。まだまだその「幻想」を「現実」にはしてもらえないらしい、と思いつつ、読み続けているのであった。……そこまで暇か、私。