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Totally Cool Journals, Notebooks & Diaries
Janet Pensiero
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子供向けの、強いて言うならスクラップ・ブッキングの手解き本、といったところ、かな。思い出や記録しておきたいことを残しておくための楽しいアイディアが掲載されている模様。あ、でも、コレは activity 版らしいから、直接これであれこれ色々楽しめるいわばワアク・ブックみたいなもの、でもあるのか。

アメリカでこのスクラップ・ブッキングが盛んだとは知っていたけれど(専門雑誌まで数誌あるくらいだからかなり根強い人気があって、かつ定着してる、んだろうなあ)、子供向けのはう・つーモノの本も結構見かける。
そもそも写真を飾ったりすることが大好きなひとたちだから、家族の記録だとかそういうものにコダワリがあるのかもしれない。そこにさらにひと工夫どころかふた工夫もあれもこれもとやらかすんだからスゴイ(笑)。究極の自己満足にして、家族や一族への愛情、というヤツなのかもしれない。いや、自己満足、にかなりの比重があるとは思うが(おしなべてそーゆーものであろう)。

それにしても。対象年齢4-8歳ですよ。4さい!? そんな小さい頃からやるんですかい。というか、楽しめるアクティヴィティを用意してあるワケね。

対象年齢故に英語も読み易そうだし、何となく楽しそうなので、これもまた「欲しい本」のひとつです。
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買おうか買わずに我慢するか。そこんとこが問題。ガーリィなブーツ。見つけてしまった。ダーク・ブラウンで、レエスのトリミングだとかデコラティヴ加減がごっつい好み。

20050930225707.jpgアングルがよろしくないので何だか寸詰まりに見えるのだけれど、ロングでもショートでもないハーフ丈(? ミドル??)くらいのブーツ。スウェードで少しルーズなカンジなのがまた好み。でも本来黒の服が多いので、どうしたものかとは思ってるんだけど、ダーク・ブラウンなら比較的合わせ易いかな、とも思い(昔、画家で、小学校の校長先生もしていた方が、「茶色は難しい色なんだよ」と言ってたので、結構気になってはいる。子供の頃の刷り込みはオソロシイのう。ああ、それにしても黒の衣服とのコーディネイトがー↓)。長めのスカアトに合わせても可愛いなー(とりあえず中身の私本体は無視してくれ)、とか妄想が膨らむ膨らむ。
そもそも履けたのが奇跡だったのだが↓ 柳葉魚足(足首が細く、異様に脹ら脛がぱんぱんにぶっとい足のこと)なので、これまでショート以外は避けていたのだが。こっそり履いてみたら…履けた!(まあ、足のサイズそのものよりかなり大きい訳だが)ならますます欲しい!!

20050930225739.jpgこの履き口付近のデコレイションが何とも言えずVv たまらん♪

しかし。お財布に優しくない。まったくもって優しくない。今の私に「たかが」靴に万単位のカネを出せ、とは「清水の舞台から飛び降りて這い上っていらっしゃい。ヴェルサイユで待ってるわ」(意味不明)くらいキッツイ。そりゃカアドという便利なものがあるけれども。あるけれどもだな! カネは無尽蔵に生まれてはくれんしのう。どうしたものか。
……などと言いつつ、取り置きを頼んであるのであった。懲りる、ということがない。学習能力もない。芋を海水に浸けると塩味がしてオイシイ、とわかった猿には遠く及ばない程ドアホウ。

欲しいものは欲しい時に。母の哲学。娘は実践し続けている。それもどうなんだよ。
お店のバックヤアドには私が頼んで取り置きしてもらっているブーツが一足。それが家の玄関に忽然と姿を現すのはそう遠くないことのよーな気がする。合掌。

ワールドタンクミュージアム図鑑
ワールドタンクミュージアム図鑑

戦争がキライとか言っておきながら、兵器や銃器、軍服や軍隊の歴史だのに興味があるというこの矛盾。ううむ。

海洋堂が生み出した小さな戦車のコレクションは、お菓子の方がオマケですか、とやはりツッコみたくなるような繊細な出来の食玩のひとつで、私はどうにか第2弾までは購入していたのだけれど、ほかにもあれこれ手を出していたのでいまではぎぶあっぷ。でも、ひとつだけとても残念に思っていたことがあって、それはこのモリナガヨウさんによるオール手描きの、愛情と執念の込められたブックレットが読めない、ということ。モノそれ自体を所有することは我慢できたのだけれど、「情報」が得られなくなったのがひたすら残念でしょうがなかった。それがどうやら「本」にまとまったらしい! やったー♪ ちなみに、どんだけ詳細かつ微細に丁寧に描かれているかをお見せしたいのでデカイ画像にしてみました(でもブログのレイアウト崩れそうだな↓)。第何弾のラインナップまで掲載されてるんだろう? 気になる。

し、しかし。予想以上によいお値段ではないか↓ 元々フル・カラアとかで描かれたいたものを多分そのまま収録したであろうから、紙質だとかにもこだわったんだろうなー……ううう、即刻買うにはちとツライ価格。でも読みたい。じっくり隅々まで読みたいぞう。

モリナガさんの絵は気負いないやわらかな線なのにとてもしっかりと「物体」をとらえていて呻らされる。可愛らしさというか、ほどよいデフォルメもあるのに、何だかとても精密・正確。そこが好きなのだ。

ひとびとが戦争というオロカシイもののために生み出した「ダメ」兵器・戦車。重量あるが故に強固なるハズもその重量故に動かなかったり、と悲喜交々…というか正直笑ってしまえる色んなエピソオドが美しく彩色された絵とともに楽しめる。

あー、欲しいなー……。いつ買えるんだろ↓ それよりも、絶版が怖いわ。
もし「あなたの欲しい玩具 アイディア・コンペ」みたいなのがあったら、応募してみたい企画がひとつある。正直、……売れる見込みは低い。しかし、コアでお馬鹿なヲトナにはウケそうな気がしている。
昔、「パーフェクション」とか言うパズル・ゲエムがあったと思う。盤に様々な異なる形の窪みがあって、それと一致するカタチのパーツをはめ込んでゆくのだが、制限時間付で、それを超過するとせっかくはめ込んだハズのパーツもどっかん! と爆発よろしく弾けるよに飛び出してくる、というモノ。これの、……

人体模型ver.

が、欲しいなあ、なんて。思ってたりする、んだけど。あ、いかん。今コレ読んだ10人中9人がドン引きだ(笑)。
こうね、土台はひとのカタチしててね、内臓がはめ込むようになってる訳ですよ。で、正しい位置に正しく臓器をはめ込んでくんです。もちろん、制限時間付で。ぜーんぶちゃんと体内に詰め詰めして、おなかである蓋を閉じればクリア! 時間オーバーすると、……血糊とともにどっっう゛ぁーっっっっっ! と内臓が飛び出してきて、……って、猟奇ですまん↓
いや、生物のオベンキョウにもなるやん?(誰に同意を求めているのだろう、私……)正しい臓器の位置がわかるの! 血糊は、洗えば簡単に取れるヤツか、時間の経過とともに消えてしまうヤツ、ってのがいいかな♪と(おまけで、オペ服仕様の使い捨てスモックとかつける、ってのもいいなあVv)。ほーら、パーティで大盛り上がり♪(なのはお前だけですよこの鉄板馬鹿)

でもですね。そういう私の指向を、いつあまぞん様に悟られたのであろうかとどきどきするようなことが起きましてね。ある日ふとおすすめの品だかマイ・ストアだかにコレ系↓のがででん! と何種か紹介されてんの。何でだよ!?
M.A.女性骨盤モデル
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確かに。確かに以前、こういう精密人体模型を扱うミョ~なネットのお店を見つけて、時折覗きに行っては「ああ、この内耳モデルとかちょっといいわあ」だの「心臓モデル、内部見られるようにパーツ取り外し可能!?」とか思ってわくわくしながら見てはいましたよ。人体模型(内臓スケルトンで丸見えver.)ストラップだって持ってるし(以前カプセル・トイでそういうのがあったのです。あ、「ヴィレヴァン」でも一時期そういうの売ってるの見た)。
何だ? 何の商品をチェックしたらこれが「おもちゃ&ホビー」部門から「おすすめの商品」として表示されるのだ。私は医学関係の本だとかもチェックしてないぞ。
さらに気になるのは、おもむろにコイツを検索して発見し、喜び勇んで購入した強者は存在するのであろうか、ということだ。
女性トルソー,20分解モデル
B0006UG1X4

こういうのとか↑。一体どんなシュミだと思われると(お前みたいな・以下略)紹介されるのだろう。ソレが今とても疑問よ。
でもって、「おもちゃ&ホビー」という括りである、という事実にも驚いた。まさにパズル感覚なのか!? 教えてあまぞん!

私はかつて「芸術新潮」で「グロテスク」の特集、「春画」の特集を組んだ時迷わず買った女ではあるが、しかしなあ……(「グロテスク」の特集の時は、まさに血管に水銀を流し込んでひとの体内の血管が如何様な状態であるか示した標本、だの、胎児が胎内に居る状態を精密に再現した蝋人形、だの、ひとの身体のスライスした状態、語源にもなったグロッタ内部などなど、色々見ることが出来た。面白かったなあ。って今も持ってるけど。後者は卒論が近世文学だったから。近世やってて春画・艶本について知識皆無です、とは言う訳にいかないので。おまけに、私が取り上げた作品は大層有名な大著で、そのパロディ艶本も出版されており、その一部がカラアのまま一部掲載されていたため、尚更資料として手元に置いておきたかったのだ。のちに一冊丸ごと影印本みたいなのが出て、それも買ったけど。……そう言えば、林美一氏の著作はとてもわかりやすくかつ面白くて、わくわくしながら読めた。江戸時代の出版文化の有り様や、造本の面白さはアーティスティックで素晴らしい、と実感したものだった。仕掛けとか凝ってて、今見ても新鮮で斬新なのだ)。ナニだ? ナニからソレを紹介してくれたのだ! めちゃめちゃ気になるじゃないかー!!

あまぞんでそういう商品を「おもちゃ&ホビー」の括りで扱ってるという事実も新鮮かつ興味深い情報でしたしね。それにしても気になる…。

関係ないけど、コレも持ってます。
人体模型の夜
中島 らも
408772820X

まんまのタイトルやのう。うっすらイヤな味わいの怖さが残る掌編集でした。ああ、学生時代横光利一と中島らもの文庫一緒に持ってて、恩師に「シブい組み合わせだよな」と言われたことまで思い出したよ。

どっかの企業でアイディア買い取ってくんないかなあ(無理!)。

あまぞんがあくまでも「おもちゃ」とかのカテゴリで勧めてよこしたので、私も倣って「ほびー・とい」のカテゴリにしておく。ってどんな玩具やねん。
チャーリーとチョコレート工場 オリジナル・サウンドトラック
ダニー・エルフマン サントラ
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ようやく観てきた。チョコレエト絡みの映画は甘くてビタアなのがお約束であろうか。でも不幸さはないんだよなあ。何でだろう?

これとかね。
ショコラ DTS特別版
ジュリエット・ビノシュ ジョニー・デップ ジュディ・デンチ
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ストーリィそのものは極端にヒネることなく、子供にも楽しめるし、大人やヲトナにもあれこれ深読みできてしまう楽しさ(キリスト教的文化背景を無視して観るか考慮して観るかで色んなものが違って?見える気がする)があった。音楽がとても素晴らしいわ!(おかげで現在はあまぞんでは在庫切れよ↓)

世界でいちばんでっっかい、そして美味♪なチョコレイトを世に送り出す「ウォンカ・チョコレート」工場(映画では何度もふんわりした食感がどうの、と言っていたのだが、子供たちがチョコレエト・バーを囓る時、ごっつい堅そうに見える……のは私のココロがケガれているせいね。いや、エア・イン・チョコだなんて言ってはいなかったから、口溶けが多分ふんわり、してるんだろうと思うけれど)。従業員は、かつてスパイによる裏切り行為が発覚してからは全員が解雇され、働く者はひとりも居ないハズ。なのにチョコレエトは大量に日々市場に出回り、人々に愛されている。それまでひととの接触を避けるようにしていたオーナー・ウォンカ氏がある声明を発表。
「金色のチケットを引き当てた5人の子供を一日だけ工場に御招待!」
こぞって購入する人々。チャーリー少年ももちろん行きたくてたまらないひとり。運良く引き当て、見事工場行きをのチケットを手に入れて、長く閉ざされてきた秘密の工場に入れることになったけど……というある意味お馴染みのストーリィ(子供の頃読んで以来大好き、というひとは少なくないハズ)。

チャーリィ。ハンパなく貧しい。家がピサの斜塔より絶妙な佇まいだ。そこにまさに身を寄せ合うようにして、祖父母×2組、両親、の合わせて7人で暮らしてる。貧しいけれど、……とても豊かさに溢れてる家庭なのだ。じーちゃんばーちゃんがいい味出しまくり。でもって、両親がまたいい。まさに相手を思いやりながら生きてる。さらにはそういう家族を大事に思って文句ひとつ言うでもなく素直にあるがままの日々を送るチャーリィ。
冒頭でアタマも何もかも平凡、と紹介されるのだけれど、同じく招待されたガキどもが突出してオカシイだけで(笑。ちなみに、皆芝居が達者だった。自分のやるべき役割をわきまえていて、イヤな子の役をちゃんとイヤな子に見えるように演じている。クソ生意気そうな表情とか可愛い・笑)、彼もまた本当は平凡とは言い難い子供だったと思う。

確かに、誰かより足が速かったり、頭が良かったりするわけでもないし、特別お金持ちでもない(それどころか赤貧)。

おんぼろな家にぎうぎうで生活して、お父さん頑張ってるけど収入少なくて、毎日赤貧に喘いでるけど笑顔と励ましと愛情とを持ち続けられるって、……できるか?(原作未読なのだが、チャーリィの友人、は登場するのだろうか? 映画では彼の友人は一切登場しない。行動する時はいつもひとり。ここでまずココロの薄汚れたあれこれわかっちゃってるヲトナはちょいと深読みしてしまう)できないなあ。毎日の食事はキャベツだけが具のスウプ。……僻み根性丸出しになりそう。両親責めちゃいそう。でもチャーリィは違う。十分に「非凡」な気がする。
誕生日のプレゼントはウォンカ社のめちゃウマチョコ(このネエミングも何だか好きだ)1枚きり。でも、それすらも彼は家族全員と分け合って食べる。子供なんだもの、1枚まるごとがっつり心ゆくまで食べたいものではないか。……可愛い。でもっていじらしい。しかもそれが「当たり前」なのだ、彼にとっては。ちょっと泣ける。
さらにはじーちゃん。ジョーじいちゃんはかつてウォンカ氏の工場で働いていたことがある。じーちゃん、カワイイ。ごっついカワイイ。チャーリィがチケットを当てたことを知ってベッドから跳ね起きて踊り出すんだもん(ふだんは寝たきりなのに…・笑)。きゅーと過ぎる、じーちゃん!! ひとりだけ付き添い可、となってるのだけれど、このじーちゃんが一緒に行くことになる。
いや、しかし、どのじーちゃん・ばーちゃんもきゅーとなのだ。皆が皆のスタンスで、チャーリィを愛している。チャーリィもまた皆を愛している。それがちゃんとわかる。素晴らしい家庭なのだ。
じーちゃんが「もう一度チョコ買っておいで。お前と私とでもう一度賭けをしよう」とか言ってへそくり差し出す所でうっかり泣いてしまった。じ、じーちゃん……(ちょっと自分のじーさまを思い出している)。
でもって、チケットを手に入れたのに、カネ出して買い取ろうとする輩が居る現実を見たチャーリィは工場に行かず家族のため、家庭のためにこれを売ろうとまで思う。それを止めるのがもうひとりのじーちゃん・ジョージ。このじーさん、結構シビアなことをヌカす、少々イヤミな所がないでもないのだが、やはり孫を愛しているのだろう。「カネは毎日つくられて世の中に出とるが、そのチケットはたった5枚。それを捨てるほどお前はトンマか?」みたいなこと言って送りだそうとするのだ。イキだな、じーちゃん! しかし、……ほんっっっっとに! いい家族だなあ。

チョコレイト工場の内部は子供とかつて子供だった誰もが夢見るような、極彩色のスウィートな空間(まさにスウィートで、チョコレイトの川、ツイステッド・キャンディの樹、マシュマロやクリィムでできたあれやそれ、……お菓子の家どころかお菓子の森!! ちょっとどぎつい色彩なのがまた何とも言えずいい。やっぱり甘くて綺麗で美味しいものには「毒」がないとね(いやなくてもいいし)。

圧巻というか笑い所は工場でせっせと働くウンパ・ルンパたちの存在であろう。皆同じ顔の身長75センチの小さな人々。彼らは黙々と仕事をこなす反面、歌を歌い、踊り回る(シンクロナイズド・スイミングもイケるらしい・笑)。
子供が工場内を案内されるうち、「自業自得」で次から次へと姿を消すハメになるたびに、ウンパ・ルンパたちは集い、歌い、踊る。楽しくてやみつきになる悪夢だ。子供たちをそれぞれ的確に小馬鹿にする歌詞を70年代のロック・テイストな曲に載せて歌い踊ったかと思えばビートルズ風に歌い上げもする。館内では彼らが登場するたびに笑いが起きた。

意地汚い者、奢る者、自己を過大評価する者や強欲な者は容赦なく工場の何処かへと運び去られるハメになる(地味~~に seven deadly sins に通じるものを感じないでもない……日曜学校に通わされた子供ならぼんやりそういうのを嗅ぎ取りそうなんだよなあ)。素直でおよそ欲というものが欠如しているようなチャーリィ(とそのじーちゃん)だけが最後に残る。この辺り、わかりやすい。ある意味スカッともするし。

原作にはない父と子の愛憎(?)の過去も付加された物語、原作ファンにとってはどんな味わいを持つのだろう? 私はこの映画そのものは楽しめたけれど。ティム・バートンならではのあの映像美とジョニー・デップ(人工的かつ病的な美を体現していて素敵。でも、時々森○一と○ュリア・ロバーツに見えてしまったのもきっと私のココロがケガれて・以下略)という最強コンビの濃厚な味もまた好み。でも「ショコラ」の時と違って、何故かチョコレイトを食いたくはなりませんでした。何故かしら~?(それよりもあのパッケイジのチョコレイトそのもの、が欲しい……。チャーリィが包み紙を綺麗に開いて部屋のベッド・サイドの壁にコレクションのようにして貼ってるんだけど、誕生日に一枚買ってもらえる記念にして思い出な訳だけれど、デザインそのものも洒落てるんだよな。貼りたくなるぞ、私も。あれそのままのデザインのクッション、もとてもとても欲しい~~・涙)

お金よりも何よりも家族がいちばん大事。愛情がもっとも大切、と、ベタと言えばベタなテエマではあるけれど、見終わったあとふんわりしあわせな気分にはなれます(そして、「報い」を受けた子供たちはどうなったか、っていうと、……映画館でお楽しみ下さい。その辺りは毒気がまだまだ効いてます)。

チョコレート工場の秘密
ロアルド・ダール
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買おうと思ったら劇場公開のせいか在庫切れですよ↓ はよ増刷してくれ講談社。最初はペーパーバックで、と思っていたけれど、文庫だとよりコンパクトに収納できるのでコッチにしよう、と思ってたのにー(泣)。

でもって、かつて制作された昔の映画の方も俄然観たくなってた。
夢のチョコレート工場
ジーン・ワイルダー ジャック・アルバートソン ピーター・オストラム
B00005QWS6

今から30年近く前につくられたらしいけれど、これはこれで楽しめそう。当時どんな工夫を凝らして楽しませてくれたものかゼヒ鑑賞したいところ。

……出費が嵩む映画だよ……↓(それが感想ですか!!)

さらに出ましたDVD。繰り返し観たくなるから欲しい……。
チャーリーとチョコレート工場 特別版
ロアルド・ダール ジョン・オーガスト ダニー・エルフマン
B00067HDXE



やじきた学園道中記 27 (27)
市東 亮子
4253091989

まず表紙のカラア・イラストで少しばかり黙り込む。……手塗りの方が断然美しく繊細な絵を描かれる方なのに、何故まだツールとして使いこなせている、とは思えない段階での「習作」をカオである表紙に使ったんだろう、とかなり残念…というかことばもなかった。出来が悪いというよりも、CGで出せる美しさや繊細さが出せていない、手塗りの時の方が断然美しい故に「もっと習熟なさってから発表されては…?」と思ってしまうのだ。シロウト目にも「プロの方に言うのは何だけど、こんなにお上手でも掲載されないの?」というケエスを見てるだけに余計なあ(某有名まんが家さんが、シロウトの投稿ペエジにCGイラストを送り、何度もボツを喰らった、というものをHPで公開されているのを見たことがあるのだが、失礼ながら今回のこのコミックスで使われたイラストの数段上を行く美しさだった。もっとも、「CGが美しい」「技術がある」ことと、「絵そのものに魅力がある」というのもまた別なのであるが。上手くても魅力的ではない、というモノもやはりあるわけで)。CGで描くことの利点が感じられないだけにより気になるなー……。もともと繊細なカラアを描かれるだけによりアラが目立つとでも言うか。趣味で飽きるほど描いてこれでもかと機能を使いこなせるようになったらどどんと公開! の方がよかったなあ。

肝心の内容。これがまた。どうしていいものかと。
まとめて読む分にはそれなりに面白さも感じないでもないけれど、これを雑誌で毎号分断されつつ読む、というのは正直ツライかな、と思った。今まででもっとも冗長で、もっともテンポがスロウ、もっとも登場人物が多く、もっとも……面白いと感じられない。多分大団円(というものがあるのだろうか、この話の場合)が来れば「うーん、読んだなあ」「面白かったあVv」と感じられるようになるのであろうか。前までは次号(巻)が楽しみ、だったものだけれど、今回は「次巻が心配…」だもんなあ。
とにかく物語が進展しない。同じことを繰り返す。「やじきた」コンビの活躍はさほどなく、周囲のヒマな貴人(奇人)どもに振り回されているだけにしか見えず歯がゆいことこの上ない。もっとこう、スカッとしたいもんなんだが。でもって今までの大抵の話ではスカッとしたもんなんだが。どうしちゃったんだろう。
赤目という土地と、日本史マニアにはオイシイネタと、それと「やじきた『学園』道中記」という作品があまりかみ合ってない気がする。妙にビジネス、というかオトナの世界が食い込み過ぎてて(しかも学園生活・学生という立場の人間にさほど直接的に関わってこないため、妙に生臭いハナシになっちゃってる気がする)、これからの展開への伏線しか感じられないし(人物相関図をつくろうものなら何がなにやら、になりそう)。アクション・シーンも以前ほど燃えないなー……。そもそもやじきたが活躍してないからな。登場人物も話も錯綜し過ぎてて、どこにどう焦点を絞りたいハナシなのか判然とせず。どうでもいいと思っちゃうようなキャラの活躍(?)ばかりが目立つ目立つ。これ、どう決着つけるんだろう。そろそろ終焉に向かって動き出してはいるようだけれど。いや、終わっていただかないと困るんだけど。こんだけ引っ張ったんだから、さぞやスカッとする爽快にして納得のいくラストが待ってるんだろう(でないと悲し過ぎる。盛大に始まって尻すぼみ、ではあまりに悲し過ぎる……↓ いちばんモヤっと感が残りそうなのが「微妙に多大な謎ばかり残して本来読者が望むような解決というものがなく、一応丸く収まっただけの何処かもやもやしたラスト」ってヤツなんだけど。個人的には。そりゃ今後また連載があるかも、と感じられるかもしれないラストでもあるんだけれど)。

巻末のおまけまんが「がんばれ鎌足くん」も微妙だ↓ 今までと同じく、「小劇場(やじきたのキャラたちがドラマや古今東西の名作の登場人物に扮して楽しませてくれるコミックス恒例のおまけまんが。配役の妙や、本編と絶妙にカブる台詞回しや展開のぶっ飛び具合が素敵)」のが楽しいよ~~↓↓↓

主線もペンが変わったのかそれとも筆圧等の関係なのか、妙に荒れて見えたりも。ざりざりしたカンジに見える。気のせいか?(それでいて姫御前なんかは妙につるりとまろやかな線で描かれてるんだが)

すでにかなりの分量と冊数を費やして、私が見ることが叶ったのは「小物がしゃしゃり出てメイン登場人物を振り回して遊んでるだけ」と「学園が学園にして学園にあらず」なとこくらいで御座いますよ。ひと多過ぎです。詰め込み過ぎ…の割に満足感はちょっとスカスカなカンジ。ああ、面白く終わってくれええええ!(で、ちゃんと続いて欲しい……)
寒いなあ、と思いつつ、まだ部屋の窓を開けたままにしている。肌を刺すようなきりきりとした冷たい空気が嫌いではない。いや、ちょっと、違う、かなり好きだ。風邪、ひきやすい質なんだけど。

夏だ、暑いぞ、そんなことを喚いているうちに、気づいたら秋の気配。庭の緑はもう鮮やかな濃さを失っていて、どこかくすんで見える。まだ夏物の寝間着だし、家でだらだら過ごす時はタンク・トップにショート・パンツだったりするけれど。寒いなあ、あったかいミルク・ティ飲みたいなあ、とかほざいてる。

一雨ごとに寒さを増して、あれこれ忙殺されて、うっかり(?)してるうちに冬が来るのだ。もうじき9月だって終わってしまう。
何かしてるうちに、何もできないうちに、どんどん時間だけが過ぎてゆく。困ったなあ、と困ってるようには見えていないらしき顔で言ってるうちにも、時間が流れて、……置き去りにされてゆくような感じ。
紅茶好きのメニューブック
山田 詩子
4579206541

絵本みたいに可愛いけれど、実用性大。何となく手にとって何となく開いたペエジを蜂蜜を垂らすように楽しむ。とろとろと。ひたひたと。染み込むまで。静かな気分なのにちょっとだけわくわくする。もう何回も眺めて読んで楽しんでるけれど、飽きない。やわらかい線、美しい色合いのイラストがちょうどいい。

焦っても何がどうなるでもないのに外の景色が変わっていたり、風の冷たさが変わってるのに気づくと、妙な焦燥感にかられる。ホントに、焦っても何も産まれないんだけど。というよりも、そもそも何で焦っているのかもわからない。
(精神面の)成長が見られない、とか。このままの日々が何時まで続くのか、という漠然とした不安だとか。そういうものに押しつぶされそうになってるのだけはわかる。

あったかいお茶でも飲んで、落ち着け、自分。
「困った人たち」とのつきあい方 (河出文庫)
ロバート・M. ブラムソン Robert M. Bramson 鈴木 重吉
4309462081

職場では仕事だけしたい。その他「雑味」は一切必要ナシ。要らない。欲しくない。必要ない。邪魔。馴れ合いも好きになれない。やるべきことだけやってとっとと帰りたい。……出来ないものなんだな。私みたいに「そんなの工場にでも行って流れ作業でもやってれば?」な人間の方が少ないんだろう。

トップ、サブ、下っ端私含め3人。全員女性。シフト制。私は大抵蚊帳の外に置かれるか自ら居るようにしている。
皆ヒマな時、無駄話をするのが好きだ。私も別に当たり障りのない世間話くらいは平気だし、ヒマな時はそれこそ多少は気が紛れて助かることもある。しかしだな。
そこに居ない人間のある種の批評・批判、下手したら中傷めいたもの、それはあまり聞きたくない。返事のしようもないではないか。
「Aさんて、友達としてはいいけど、一緒に仕事するのはちょっとね。やれ、って言ったことやらないんだもの。それでいてセンパイ風吹かすしさ。そこが困るんだよねー」
「Bさん(=この事業所で一番エライ)て、ホントはバツイチなの。みんな知ってるけど、知らないことになってるから、本人には絶対そのこと言っちゃ駄目だからね」
「Cさんも長く勤めてる割にはまだちゃんと出来てないとこあるのよね。ワケわかんないわよ」
「Aさんは食い意地張ってるって言うか自分は損したくない質みたいで、お土産とか誰かが旅行先で買ってきてくれるじゃない? ああいうの、ひとより少ない数でもらうのがイヤみたいで、きっちり数えて『ひとり○個ですよー』とか言って、とにかくしっかり持ってくの。で、いつもそうやってがっつりもらってるんだから、たまには遠慮したらいいじゃない? それをしないんだよなあ。『いつも私ちゃんともらってるから今回はいいですー』とか言えっつの」
……などなどなどなど、ふいに空いた時間に聞かされ、何とも言えぬ気分になる私。
ふだんは皆なかよしこよしな皆様であるが、いざ本人不在となるとこんな風に言われ放題になっているワケである。私だけが例外になっているとは思えないので、「ああ、こりゃ私も何ぞ言われとるな」とゲンナリする。

来客があっても声もかけず私語に勤しむひとたち。おい。客だよ。挨拶してるのは私だけ。虚しく声が響く。私にはカウンタア内に用もないのに居るなと言っているひとたちが、何かしら理由を無理にでもつけて集い、無駄話に花を咲かせている。……上手いですね、理由つくるの。そこまでしてソコに居たいですか。私は肩を落とす以外することがない。

職場では仕事だけしたいです。どこの誰が誰と付き合ってるだの、○○さんは××なんだって、みたいな噂話も、どうだっていいんです。客来たらまずそっち反応して下さい、どうして私語に全力傾けて語り合って笑ってられるのかわからないですーっ!!

八方美人と言われようが何だろうが、誰の味方にも敵になる気もない。適当に相づちは打つが、細心の注意を払い、どうとも取れる返事をする。自分から話しかけることはあまりしない。しても当たり障りのない内容を選ぶ。
だからだろうけれど、私はいつも大抵ぽつねんとひとりで作業していることが多い。皆隙を見ては移動しつつ私語にうち興じている。それを眺めながら、黙々と作業をし、早く時間が去ればいい、と念じ続ける。

個々人は皆それぞれにイイヒトだと思う。100%イイひともワルイひとも居ないと思う。必ずしも同じ考えの基に動いていないだろうし、考え方なんて違うことの方が多いとも思う。でも、できれば横の繋がりでの批評批判(それもちょっと陰口めいた内容)はあまり聞きたくないし(言われてるだろうとも予測できてしまうので尚更)、そういう内容で盛り上がるのも遠慮したい。

皆がやり玉に挙げるひとが居るんだけど、いちばんひととしてはいいひとだと思うけどなあ。そのひとの口から同僚の批評とか聞いたことないし、言わないひとだし。それこそ、そのひととふと空いた時間にする会話は「世間話」程度で、毒にも薬にもならないけれど、和やかな関係性だけは築けるもの、なんだけど。皆が言うほど仕事できない・してないひとだとも思わないし。……と思うにつけ、このやり玉に挙げられる彼女に仮託して実は私自身を批判しているのかも、と疑心暗鬼に陥り始めていたりもするのだが。

仕事だけしたいです。私はソレをすることでカネもらってるんだし。無駄話して来客も無視する行為にはゼニ払いたい会社ってないと思うんだけど。
身体の疲れもさることながら、精神的な疲労が最近高まりつつあって、イライラし通し。どうしたものかねえ。
増位山太志郎全曲集~そんな女のひとりごと~
増位山太志郎
B00005HLTE

一日48hくらい欲しい。24hでは足りぬ。半分は寝る訳だが(ははは)、残り12hを3等分して、
1:仕事
2:読書:
3:その他好きなコト
と割り振れたらもう最高なんだけど。「1」は削りたいがそうもいかん。どうでもいいけど、先日TVで「家庭婦人スポーツ大会」とかいうフレエズ(かなりうろ覚え。とにかく、「専業主婦」とか「主婦」ってコトバを避けてるのかな、と思ったことだけは覚えてる)を耳にした気がする。専業主婦、じゃ何か不都合でもあるんだろうか? 「稼ぐというカタチでの仕事はしてなくて税金払ってなくて夫の稼ぎで食えるもんだからヒマあるのでスポーツしてます、大会にだって出ちゃいます」ってカンジに聞こえるとか??(無理矢理カンジ悪く言ってみる)でも一瞬羨ましいな、と感じた。時間やりくりできる、んだものね。もちろん、あれこれ忙しいひとだっているんだけど。ヒマなんて持て余してみたいよ……。スポオツする余裕も体力も時間もないんだもんなあ。仕事だのシフトに縛られて「自由」なんて限られてるぜ(と他人のせいにするとラク。単に自己管理が出来てないだけなんだってば)。でもとりあえず、時間足りねー。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

やりたいことが増える。ココの更新もできるだけさくさくやりたいところなクセに、コレとはまた違う傾向の文章(要は創作系なのだが)を書きたい…けど時間が取れない。いや、取れるこた取れるんだが、一度書き始めると集中してしまうので、翌日以降に差し障り乃至しわ寄せが(そしてその集中力をどうして仕事の時には発揮できんもんなのかと)。自分でも驚くほどの集中力よ。数時間で原稿用紙で7~8枚とか平気で書く。多い時は二桁の枚数書いてる。半ば飲まず食わずでやらかす。ひとり暮らしなんてしてよーもんならぶっ通しで書き続けて徹夜までするな、きっと(実際やったこともある)。
日記とココともうひとつ、あとは手帳にも日記つけて別個に主旨の違う日記つけてて、……何をそんなに主張したいんだか(とは言っても、日記は自分のための備忘録でしかないので非公開)。記しておかないとどんどん忘れるのよ、トシだから(禁句を敢えて自らに言うのかよ)。

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とうとう家でストオヴを作動させた女が! 母は寒がり……。頑張れ母。風邪ひくな母。居間でストオヴが母をぬくめているさなか、ムスメはダイニングにて扇風機で風を浴びている。ひとつの家に季節が2つある家(←加藤みどりサマの声で)。私、肌寒くなってきた辺りに、お蒲団に潜り込んで扇風機つけておくのが好き(無駄無駄無駄アアァァァァ!)。ぬくぬくとひんやりを味わいたいのよー。

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英語。ヤバイ。本気でヤバイ。通信教育もあと1ヶ月で終了、というのに、とうとう Monthly Test 、〆切に間に合わせられなかった!(遅れても提出できるし結果も教えてもらえるけど!)疲労と他の誘惑に勝てない。惰弱! でもって何故か夜更けてからでないとヤル気が起きない。眠いっつの。とっととやればいいのに。やればやったで楽しいんだけど。とっかかりまで辿り着くのに時間のかかる馬鹿。厄介……。

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今月末~来月給料日まで大赤字。友人の結婚式・お祝いの準備、奨学金返還、毎月の引落(書籍代月3万台からどうやっても落とせない↓)、購入予定のあんなものやそんなもの。そして私の住む地域は抜きん出て最低時給が低い。どうよこの最凶タッグ。実入り少ないけど所得税はきっちり取られるし。くっそー。一日で出来る仕事を三日もかけてやるという役所に勤める、机に向かって定時までだらだらしてる「だけ」の公務員が憎い(いえ、ちゃんと働きに働いて残業しまくりの公務員も知ってるし、苦労を家でも見てきたので公務員=即税金泥棒、とは思っていないです)。どこぞの県のとある役場だかで、人員整理して、それまで3人でやってた仕事をひとりで3つこなすようにしたら仕事はかどるわ無駄な人件費が無くなるわで黒字に転向した、ってニュウスなかったっけ?(一般の会社ではそれがフツウなんだが)それやって。私の住む地域でも。何もしなくても高級取りでいられる輩が多すぎるのよー! 以上私怨。

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来週こそは「チャーリーとチョコレート工場」を観にゆくのだ! 友人と休みのシフトが合わないため、強行軍的に(私たちが住んでる地域でやってくれないので他市まで行くのであった)。レイト・ショウを。安いし。というか、¥1,000で観る習慣を自分につけてしまったので、これ以上の価格で観るキモチを失っている。前売りでおまけが欲しいから、とかそういう理由でなら多分平気で¥1,000以上払うんだろうけど(なんて現金)。
ヴィクトリアンエクセリーナ8 A
B000BGPO1S

子供の頃に、マテル社との契約が切れたとかで、今まで「バービー」と呼ばれていた人形が「ジェニー」として生まれ変わった。顔は同じなのに、ヘンなの、というよりも、大人の事情っていやねえ、と思ったものだったが、慣れてしまえば「ジェニー」は「ジェニー」。EPOのつくったテエマ・ソングだって歌える私はかつてファン・クラブにだって在籍していた(おお!)。

「ジェニー」として生まれ変わってからは、怒濤の新作ラッシュだった。友人と称して人形が増える(最初は同じモデル・クラブに所属するメンバア、という設定で、皆国籍が違うのが5体ほど登場。顔立ちも微妙に、あるいはかなり変えてあって、どれも欲しくなって困ったものだった)。ドレスにテエマ性を持たせたり、クチュール界で活躍するデザイナアに衣服をデザインしてもらったり、と財布の紐を緩めさせるのにあのテこのテを繰り出してくる。お店で無料で配られたファンクラブ会報(らしきもの)のつくりがまた凝っていて、実際のモデルを撮影するが如く、街に繰り出してポオジングをつけ、あたかもファッション雑誌のようなつくりで、これを無料配布たあやるな、タカラ! とコドモゴコロにも驚いたものだ。

色んなラインナップがあった中でも、「エクセリーナ」は憧れまくりの人形のひとつだった。通常のジェニーよりも肌が白く、ビスク・ドオルのような趣がある。瞳の持つ表情がまた何とも言えず麗しく、どこか漠とした定まらぬ夢見がちとでも言えそうな印象を与える。着る服はシックでクラシカルなものが多く、ヴェルヴェットだのシフォンだのレエスが踊る。今も人気のあるドオルのひとつ。
その新作が発表される模様。このロー・ウエスト気味のデザイン。惜しげもなく使われ重ねられたレエス。ヴィクトリアン・スタイル! うがあ、めっさ好みよ! でもって、エクセリーナに相応しいドレスだわー!
ヴィクトリアンエクセリーナ8 B
B000BGPO22

そしてペアで買わなきゃ損でしょう!(byタカさん)と言わんばかりに同時に発売されるこちらのヴァージョン。これは…男性ver.なのかしら? しかし、ヴィクトリアンというよりもイタリアというかヴェネツィアなんかに住むお貴族サマ辺りを思い出してしまった歴史に疎い私……↓(ああ、今アタマの中にロレンザッチオとかメディチとか、ない知識のせいで混乱しまくって色んな名詞が飛び交ってるよ↓)

閑話休題。とりあえず、これいいなー欲しいなー、と思ったのでありました。でも、あったとしてこの小汚い部屋にどう飾れと(以下自粛)。
さすがは「ひまわり」世代と言ったところか。母は今でも可愛いモノ、愛らしいモノ、美しいモノ、が大好きらしい。ガーリィなモノも好き。
ムスメ、というものを授かり、彼女にしてみればあんな可愛い服、こんな素敵な服、を着せたかったらしいのだが、如何せん生まれたムスメは父方の血を濃く引くため、可愛くない造作であり、彼女の望んだモノは似合わないのであった。すまん、母。多分私が可愛いムスメとやらに生まれていれば、「PINKHOUSE」だのあのテの服を嬉々として着させたがったに違いない。すまん、母。私はあのデコラティヴな服が大好きなのだが似合わないのだ。
彼女の趣味故に、私は学生になるまでジーンズというものと無縁であった。彼女にとって、アレは「作業着」なのだそうである。まあ、間違ってもいないか。元を質せば確かに丈夫さと安全性を兼ね備えた労働着(えーと、幌馬車の帆布に、ガラガラヘビ除けのインディゴで染めた、んだっけ?)。故に、「オンナノコには穿いて欲しくないのよねえ」と堂々とおヌカし遊ばされたのである。私は私で「ウエストで選べば良くて尻、最悪腿で阻まれる悲しき衣服」という概念が捨て切れず、穿きたい、とも思えなかった。そもそもボトムスにパンツ、というのも稀だったくらいだし。パンツ姿の私を見た時の友人のオドロキっぷりを今でも憶えている。
「どーした、紫堂!?」
いや、その、まあ気分転換みたいなもんです……。そんな私が今じゃふだんはジーンズがほとんど。母もすでに観念して久しい。
しかし。だからと言って彼女の中の「乙女魂」あるいは「乙女回路」とでも呼ぶべきものは失われてなどいなかったのであった。
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これがテエブルの上にちょこん、と置かれていた。私はすぐさま
「父がまた早生の、かハウス栽培の蜜柑でも買ってきやがったな」
と思った。買ってきて、ほい、と私や母に寄越すのだ。で、何となく食べたい気分でない時は近くに放置しておくことがままある。
翌日だか翌々日だったか。
「これ、本物みたいでしょ?」
嬉しそうに尋ねてくる。え。本物じゃねえの?
「これねえ、リップなの♪」
私にひょい、とそれを手渡す。あ。確かにカタイ。プラスティックだ。よく見たら周囲ぐるりに線が見える。蓋、なのだろう。くるん、と回してみる。開いた。
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ほ…ホントにリップだよ……。ちょっと吃驚。こんなの売ってたのかー。ちなみに、私たちは仲がいいのか悪いのかわからん姉妹や友人同士のようなノリがあって、いらんところで自分の可愛いと思ったものをくれてやろうとしたり、逆にウケそうなものは自分だけで保持する、というヤラシイ根性の持ち主同士である。自分の分だけ買いやがってー!! 私にも寄こせ!(笑)そういう私も自分でたまたま気に入って購入したモノを譲って、と言われても首を立てには振らないのだが。はっはっは。

という訳で、今母を呻らせる(?)あるいは羨ましがらせられるようなナニカはないかと物色中。むきーっ!(ヒス)
カフェオレボウル
山本 ゆりこ
4897375193

「ミ○ド」のカフェ・オ・レが気になる気になる。飲んだヒトの話によると「砂糖入れなくても結構コクと甘みが感じられて美味しいよ」とのことでますます気になる気になる。おまけにおかわり自由だと言うではないの! ますますますます気になる気になる気になる!

私が知ってる限り、カフェ・オ・レをボウルで供してくれるお店、はない(ヨソの地域にはあるのかしら? 私の住んでるド田舎には皆無よ)。私、好きなんだけどなあ。お抹茶飲んでるみたいに見えるけど(笑)。両手でほこほこの器包むように持ち上げて、少しずつ口に含んでく、っての。だいだい、お弁当食べる時、カップとお茶持参してるんだけど、そのカップ、ちゃんと取っ手(?)がついてるマグなのに気づけばそこを持たずに本体そのものを持って飲んだりしてるくらいだし(ほんっっっっとに! 意味ないよ…)。ああ、でも、あのボウルで飲む、てのは家でやってこそ、なのかもしれないなあ。和むというか何となくほっとする。器を両手で抱えて少しずつあたたかい飲み物を飲む、というのは。
個人的には、友人招いてお茶する時も、気分によってはボウルを使う。ミルクも紅茶もなみなみと注いで、たっぷりのミルク・ティにお菓子を添えて延々話し倒す。

グッズ集めに狂騒することもなくなった昨今、「ミ○ド」そのものに足を運ぶ回数も減ってしまったけれど、カフェ・オ・レ飲みたさに行きたくなってる。できれば文庫持参でドーナツのひとつもオーダーして居座るくらいの心持ちで(店側から嫌われる客のいい例)。

上にある本はカフェ・オ・レ・ボウルのみを集めた本。無駄がないというか、ちょっとストイックなつくりで、大人の可愛らしさやおしゃれさが感じられて好き。「カフェ・オ・レ」で何かいい画像ないかな、と探していたらコレがヒットして「そう言えばコレがあったわ!」と載せてみました。中身は書店でどうぞ。
来ましたよ。また「新しい手帳とカレンダア!」と騒ぐ季節が。しかし問題なんぞ最初からあってないようなものだと最近ようやく悟るよーになりました(遅い!!)。
カレンダア。予約・購入決定しているものは2種。ひとつは惰性で買ってしまう某まんが家集団のモノ(何と、毎年購入し続けているのに、ただの一度も部屋に飾ったことがない……。何のために買っているのだ! あ、そう言えば二度、2年間だけ飾ったことがあった! ひとり暮らしの頃だ。間取りや窓の関係であまり日焼けを気にしなくて済んだからなあ……今は日焼けが気になってうかつに飾れない。ヲタクなので、今更恥ずかしい、とかはない。イタイという自覚はあっても・笑)と、
ツバサ REVERVoirCHRoNiCLE & xxxHOLiC 2006年合同カレンダー
CLAMP
4063579565

"The SIMPSONS" のモノ。
The Simpsons 2006 Fun Calendar
Matt Groening
0060786906

後者も毎年購入しているけれど、これもやはり日焼けだとか釣り下げるための穴の部分から傷むのではないかと気を揉んでしまって飾れない。眺めるため専用…意味ねー。アメリカではこの Wall 版専用のラックというかホルダアというかボオド?(キーパー? 英語ムズカシイネー!!)があるんだよな、確か(しかしこのおPOPなテイストに合うかというと、私が見てきた中には見つけられんな……)。
結局、卓上サイズでも小さいフロッピィ・ディスクくらいのサイズのものを机の上の棚にちょこん、と載せているのを日々活用している。ますます何じゃそりゃ↓(しかも、市販のそれではなく、通販で毎月買ってるモノに運が良ければ混じって届くモノ。もうひとつはHQ社がクラブ会員に毎年くれるカレンダア。これも同じサイズ。でも、大抵ブロック・タイプではないのでひじょーに見づらい。ほぼ飾りモノ)。

そして。もっとも活用度が高いカレンダア、とは、結局のところ仕事先のシフト表である、というこのセツナさ……(涙)。味もそっけもないどころか仕事のことばっか思い出させられてツマラナイことこの上ナシよ。ちくそー。

手帳は今のところ「またか。またミ○ドなのか!」と自分を責める毎日(責めなくてもいいだろう…)。いや、でも、サイズと仕様とデザインに寄るけど。文庫本サイズ・マンスリィ・ウィークリィ・ペン・ホルダア付でガキっぽくなさ過ぎ無いデザインのものなら多分迷わず「す○ぢゅーるん」になりそう。進歩がないのう。いつも利用している通販会社も「あげるよん」と予告してきやがったけれど、いまひとつナカミが私好みではないし。ううむ。
早くデザインとキャンペーン実施時期発表してくれないかしら(結局どーなつ食うしかないんかい↓)。
「お母さんはね、……」「お母さんの言うことを、……」
母の口から聞いたことがない。
「あたし」。彼女の一人称が「お母さん」だったことはない。それでも私の母だという事実は変わらない。
「おかあさん」と殊更に名乗らない母を、私は敬愛している。この世でもっとも「美しい」おんなのひとりだと信じて疑っていない。とはいえ、さすがに彼女も年齢を重ねたのだな、としみじみ思うことがある。
歳を重ねると、人間、少々脆くなる。こころも、からだも。昔は凛とした、芯の通ったおんなに見えた。
彼女は「教員のクセに」、明るい色合いのコオト(タアコイズ・ブルウ乃至セルリアン・ブルウ!)を来たり、所謂「ファッショナブルな格好」で出歩いた。教師たるもの、地味でなくてはいかん、ハデに着飾るものではない、という風潮が強かった頃でも、平然としていたという(おかげで、夜の街を徘徊している、だとか色々噂が流れた「伝説の女」だったらしい。同僚男性陣にとっては近づき難いオンナだったようだ)。
授業中にこっそり飴やガムを食べる子供を見つければ
「みんなに配れる分持ってるの? 持ってないでしょ? 見てたら回りだって食べたくなる。だから、今は食べるのやめなさい。あとで食べて」
と注意する。
息子が思春期を迎え、煙草をフカしたいオトシゴロになった時
「アンタ。吸うな、って言ったって吸いたいものはどうにもならないでしょう。だから、吸うな、とは言わないけれど、ひと目につく所ではやめなさい」
とだけ言った。兄はよく自分の部屋で煙草を吸っていた。高校生の頃。

強くて泣き言を言わないおんなだと思っていた。でも、私が長じるにつれ、愚痴を耳にすることが多くなった。
今は、……少しさびしげなひとに見える。

私もそれだけトシを食ったってことなんだろう。

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以前、スペアリブを食う時、いかにみっともなく食べてしまうかについて語ったことがある。その時、もらったコメントにこんなものがあった。
「女性がガツガツ食べるのを見るのは気持ちがいい」
とか何とか。私は吃驚した。
そのコメントを下さった方とは何らの面識もない。親しくないどころか、コトバを交わしたこともないどころか、まったくの他人なのである。彼のフランクさ? 違うね。距離感の取り方(在り方に対する考え方)とコトバに対する考え方の違い。多分。
彼は私より若いひとだったけれど、自他共に認める(と思しき記述が多々あった)英語に堪能なひとで、そこはとても素晴らしいと思っていたけれど、何とも自意識過剰なところも垣間見えて、内心「ははは、大言壮語は若さの特権だね」と思ってはいた。まあそれはいいとして。
せめて「ばくばく」とか「ぱくぱく」と言え。お前、どんだけ英語出来たって、日本語が母語だろう。ニュアンスの違いが印象やその後の関係性を左右するんだぞ。
「がつがつ」で伝わるのは私にしてみれば「卑しさ」だ。欠食児童よろしくようやくありついた食べ物を他者に奪われまいと必死で頬張るようなシーンが脳裏を過ぎる。その時は一種の好意を示すとともに、軽い感覚で言ったのであろうし、漠然と女性全般を指したのであろうが、彼は私の書いた文章を元に述べたのであるから、漠然としているのと同時に、私個人のことを指してもいるわけで、つまりは「アンタはイヤシイ」と言われたも同然の気分なのだ。ああ、そりゃイヤシイだろうさ。理不尽な怒りなのだろうが、「私に対して少々シツレイではなくて? お若い方」、と思ったのであった。書いた私も誇張して書いたのだから、それに合わせただけで、あくまでも「ノリ」で書いただけなのかもしれないけれども。
面識のある、親しい、ジョークのわかる間柄でならば、それはアリなのだが、如何せん私は彼の何をも知らない。何らの関係性もなく、その時ようやく生まれたようなものなのだ。そういう人間から「ガツガツ食う」などと言われたくない。もっとも、密度の濃い人間関係が築けてしまうソコでは私はそのことについて語らなかった。
とりあえず、キミはね。某有名アーティストの上を行く人間だ、と胸張って言う前に、同じ土俵に立って、彼を実際に越えてからお言い。誰もがそうだとわかる姿をお見せ。「越えた」と思うのは勝手だけれどね。自信と思い上がりは違うのよ。英語では同じコトバなの? だとしたら「その」英語はアナタ向きの言語でしょうね。私は違う英語を学ぶことにする。

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前に某通販会社で「年間予約」なるものをやっていた。1年12ヶ月、テエマに沿って色々なものが届く、という企画で、デザインは選べない。もっとも、ある程度ラインナップは事前に公表されているので、コレが届くのかあ、とかコレは別に来なくても平気だなあ、とか、色々を期待を膨らませて待つことになる。
ふだん利用していた紅茶専門店のオーナーさんがデザインを担当する紅茶雑貨を購入できる会を申し込んでいた。友人も同じコオスを選択し、それぞれにズレて届くため、先に届いた方に「ねえ、今月何が届いた?」などと尋ね合う。
ある時、友人からメエルがあって「もう私には届いたよ」と言う。「何が来たの?」と尋ねたら、友人は楽しみのすべてを奪ってはいけない、と気遣ってくれたのか、こう言った(大抵は同じ商品が同じ月に届いていた)。
「うーん。紫堂さんには必要ないもの」。
私は考えた。ラインナップを思い出しながら、比較的アッサリと友人の元に何が届いたかわかってしまった。
友人の手元に届いたのはクッキィの抜き型とそれを収納するための缶(後日たちゃんと私にも届いた)。
私は料理がとてもとても上手、という人間ではない。最低限の最低限をどうにか、という程度だ(魚をサバくのは上手くない…)。所謂お菓子づくりはしたことがない(クラブ活動ではやったけれど)。オーヴンもなかったし、腕もなかった。友人はそれを知っている。
つまり。
「紫堂さん料理ヘタだししないから、必要ないでしょ?」
と言ったように思えた訳だ。料理が出来る出来ないに関して、私には劣等感がある。上手い・下手は関係なく、やって当たり前、という行為だと思っていたので(「食う」という行為は生きてくために必要なことなので、まるっきり他人の手に頼らなければ食事もできない、というのはよろしくないのではないか、と思っている。むろん、ひとそれぞれなので、「出来なくても今は便利なもんで、出来合いでも美味しいのあるからそれで十分よ、忙しいし」と思うひとがいてもそれはそれだし、「つくってくれるひとが居るから♪」でもそれはそれだと思っている。ただし、その「他者」を失った時誰を頼れるのかを思えば、私には「頼り切る」ことは出来ない行為、なのだ。まあ自分で出来るに越したことはないし)、あまりしない、という事実も如何なものか、と思っていたし、できないでしょ、しないでしょ、どうせと言われるのも何だか悲しかった。ついでに言うなら、お菓子づくり、なんて「可愛らしい」コトとも無縁でしょ、と言われた気分にもなった。
事実はいちばん刺さる。どんな時でも。

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日常の会話、というものを、私はいつも耳をそばだてるようにして聞く。そのひと自身が見えてくるからだ。ふだんどんな風に何を考えているか、鎧っても隠そうとしても隠せぬ、綻びのようなものが、本人も意識していない状態で出てくる。本当はワタシをどんな風に見て思っているのか、口では言わない何かを別な事象を語る時にひょい、と漏らしてくれた「友人」を何人も見てきた。
単にコトバの遣い方を知らない、という場合も往々にしてあるのだが、大抵は自分を優位に見ているのが判ってしまったり、ワタシを見下している部分があることが露呈されたりするのだった。いや、バレるもんですって。実際そう思ってるなら。多分、中には巧みに何気ない方法で敢えて言ってるヤツ、というのが存在している、とも思う。
人間、「本当に」言いたくないこと・秘めておきたいこと、は寝ている時でも絶対に言わない、と本で読んだことがある。つまり、うっかりだろうが口をついて出てくるということは、「言いたい」気持ちがドコカにあるから、だろう(よって、当時とは医療に関する情報や知識の違いがあるとは言え、泉鏡花の「外科室」は色々な解釈ができて何とも興味深く、またその解釈故に作品の持つエロティシズムの幅や奥行きが広がる佳品なのであった)。

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ひとつ忠告。こういう人間は友人に持たない方がいい(笑)。疲労の元だ。フランクかつ深く考えることなどしない、気むずかしいところなどカケラもない砂糖菓子のようなひとを見つけることをオススメする。
ドロップ
廣瀬 裕子
408747853X

とても人気のある方らしく、書籍も好調に売れているのか、割合頻繁に新刊が出される。どうしてそんなに人気があるのか、正直わからなかった。ただ、私の好きな(恋愛的な意味合いではない)ひとが好きらしいので、よし、ちゃんと読んでみるか、と意識的に買った初めての本。
ときどき、せつない―わたしらしい恋を育てる50の言葉
廣瀬 裕子
4479760970

この本ならば、イラストレエタアが山田詩子さんだったので買ってはいたのだけれど(しかも used で↓)。購入当時恋愛もへったくれもそんな艶っぽい(?)感情とは無縁の生活で、これという感銘も受けなかった。多分、誰かに想いを寄せる、とか何かしらあれば、また違った感慨があったのかもしれない(正直、「えーと。だから、なに?」と受け流して終わってしまうくらい、平素な内容なのである)。

彼女のスタンスはいつも明快だと思う。「日常」、「シンプルさ」、その中にある宝物のように愛しいナニカ、こういうものにこそ目を留めて慈しむ、というカンジがどの本にも貫かれているように思われる。その彼女のエッセイなり本なりに惹かれる沢山の女性(男性も居るかもしれない)が居る、ということは、皆そんなにも「日常」というものに目を向けていない、あるいは向ける時間がないのであろうか、と何だかセツナイ気分にならないでもない。「平凡さがとても大切なものに思える」らしいのだ、彼女を本を読むと。

常々、平凡な、何ということもない人生、というものを諾々と送ってみたいものだ、と思っていた。皆が厭うような、「何の変哲もない」などと評されてしまうような、そういう人生を送りたい、と真剣に思っていた。今も思っている。いや、十分に平凡なのだが、世間一般にありがちなパタアンなるものを踏襲し、だらだらと流されるように生きる、ということはどんな気分がするものなのだろう、と思うのだ。
生まれて、小・中・高、ひとによっては大と進み、何処ぞの会社に就職し、何処ぞで出会った異性と恋愛をして結婚し、子供を産んで育み、徐々に老いて死を迎える。
そういう「平凡な」のひとことで片づけられてしまうような人生を歩むことができるというのは、「しあわせ」だろうな、とぼんやり思っている。本当は「平凡な」なんて評価は他人のモノで、それを自身まで肯定し受け容れる必要などないのだけれど、ヒトに言われるとそういう人生を「平凡なモノ」だと思ってしまう。……そんなこと、本当はないと思うんだけど。より波瀾万丈じゃない、というだけで、そのひとなりにとてもとても色々あってそういう人生築いていると思うんだけど。

波も山もない、淡々とした日常、というものは、どんな味わいを持つのだろう? その一見平坦に見えるものの中から宝物のような一瞬を見つけるというのは、どんな気分なのだろう?
もしからしたら、そういう気持ちが彼女の本を手に取らせるのだろうか。だとしたら、やはり「平凡」というものを全うするのはかなり難儀なのだと言わなくてはいけないだろう。

詩ともエッセイともつかぬ散文集に、衒いのない写真が何葉も散りばめられた小さな本。「読む」、とか「味わう」本というよりも、「浸る」ためにある、かもしれない。
何処にもない「平凡」や「日常」を求めるひとは、とりあえずこの本の扉を開いてみるのもいいかもしれない。
ただ、ひとによっては少しばかりせつない気分になる。ありふれたようでいて、何故それらが自分の周囲には、自分にはないのか、手に入らないのか、思わず考えてしまうから。

「日常」はいつから「すぐそこのとおいばしょ」になっていたのだろう? 幼かった頃の自分に問うてみたくなる。多分、その頃に私は手放した気がするのだ。
kodak スナップキッズ フラッシュ800 39枚 撮り
B000FFQVRG

ひとり暮らしをしていた頃、何度か友人を泊まらせて、一緒に遊んだ。自分自身も生まれ育った土地以外での生活を送っていたが故に、「観光」してみたかったので、ちょうど良かった。友人と遊べて、色んな所に行ける。

そんな中、ひとりだけ今も思い出すと呆れるというか情けなくなるというかカナシくなる想い出をくれたヤツがいた。

友人は、カメラ持参でやってきた。そりゃあ想い出が欲しかろう。残してもおきたいだろう。私に何度も写真を撮らせ、様々な場所やモノを背景に写真を撮り、また、自分でも撮っていた。

しかし、ただの一度も「一緒に写って~」と言われたことはなかった。

私はあまり撮られることを好まない。確かに好まないのだが、……友人たちと旅行先ではごく当たり前に写真を撮った。一緒に写り、互いに焼き増しし合ったものだ。
「え、いいよー」と私が拒んだとしても「何言ってるのー! 折角一緒に来たんだもん、撮ろー♪」と誘い、一緒にフレエムに収まった。

それが、……フツウだと思う。そして、残った写真はやはりいい「想い出」となって手元に在る。

自分ばかり楽しそうにフレエムに収まり、一緒に居る友人に撮らせる「だけ」で満足していた友人。自分にとって記録しておきたい、記憶しておきたい場所ばかりを熱心に撮影していた友人。

私とは、ただの一度も、一葉の写真も撮らずに去った友人。

つまり、件の友人は「アンタとの想い出は要らない」と、態度で示したことになるのだ。それも「思いやり」「気遣い」の名の下に。それがどれほど相手を不快にさせるかも気づかぬ無邪気な愚鈍さで。

「だって、水玻ちゃん、写真、キライでしょ?」

多分そいつはそう思っているだろうし、強いるのは申し訳ないことだとすら思っているのだろう。

ひとの気持は解らないタイプらしい。いつもそうだ。訳のわからない「思いやり」を発揮して私を苛立たせる。「私がどうしたいか」を伝えてもやれそれは危険だだの大変だのと反論してくる。

アンタのどうしたいか、は押しつけて、私のどうしたいか、は無視なの?

そして、その時は「写真はキライだろうから」という一方的な決めつけで、「一緒の想い出をつくること」は頑なに「拒否」し続けた友人。私に平然と何葉もの自分の笑顔を撮らせた友人。
私はアンタの専属カメラマンですか? アンタは宿泊費無料で観光出来るから来たって訳ね? 私は一緒に歩いていてひどく不愉快だった。

大抵の友人は、「一緒に写ろう」「写真撮ろう」と声をかけるし、私もそうする。アナタとワタシはトモダチで、折角今同じ時を楽しんでいるのだから、その記念を残しましょう、と思うからだ。

撮らせてばかり? 優しさのつもりで? 友人? それが「友人」?

……ははは、勘違いも甚だしいな。莫迦だなあ、私。

そのひとは、今も、今でも、「そういうこと」を繰り返している。「思いやり」の名の下に。気遣いの「つもり」で。

無神経さを笑顔というカタチで表しながら。

友人、ね。便利なコトバ。心の中でそっと自分にだけ読めるルビを振る。

どうぐ。使えるなら使う。必要なら利用する。アンタは、そういうモノ。
最近のあまぞんは「無駄」が多い。多分それは一種の心遣いのつもりなんだろうけれど、ユーザとしては「そういう無駄が余計な経費に繋がってないか?」とか、気になってしまう。そういうのが積もり積もってユーザへの負担にならないだろうか、と深読みしてしまって(ははは)。

「24時間以内に発送」と「4~6週間以内に発送」を一緒にオーダーするのは、「24時間以内に発送」可能な書籍であっても、1ヶ月後だとかに届いたって構わないから一緒に頼んでいるのだが。何故かあまぞんさんは「あ、24時間以内発送のお品だけ、先に送らせてもらいますねっ!」とびゅびゅんと寄越してくれちゃうのであった。おかげで、何日も、あるいは週単位でズレて届くハズの書籍が、立て続けに、それも(当然ながら)バラで届いてくれるのであった。……あのう……やたらと色んなものを通販で購入している人間としては、何度も何度も、あるいは一度に複数個届く、つーのはちょっと肩身が狭い思いをしちゃったりする、んですが……(個人的なことだが、父が通販というものをまったく信用していないために、いい顔をしないのだ。さすがにもう何年もあれこれ届いているのを見ていると慣れてしまったとは思うが)。ついでに言うなら、梱包の手間とか資材ももったいない。どうせ送付先も請求先も同一人物なんだから、せめて違うオーダーのものでも一緒に送ってくれればいいのに(それはそれでまたトラブルの原因になるからやらないのだろうが)。

いつまで経っても(想定発送時期を過ぎても)届かないのは困りものだけれど、「これが届くのはかなり後でもいいやね」と思ってるものまでソッコー届かなくても困らないんだけどなあ。こちらとしては引落時期だとかも考えて組み合わせたのに(はっはっは)。積ん読状態だからまっっっっったく! 気になってないんだ、あまぞん。何故とっとと送ってくれるんだあまぞん。どうしてもすぐに手に入れたい本ならヨソでちゃんと買ってるから無理してくれなくていいんだけど(…)。

客の要望にできるだけ応えようとしてくれるのは有り難いというか感謝すべきことなんだろうけど、そんなに苦情でも来てるのだろうか。一緒だとイヤだ、というひとなら一緒に頼まずに、「24時間以内に発送」となってるものを組み合わせて送料無料になるようにオーダーしたり、とか対策取ってるものだと思ってるんだけど、そうでもないんだろうか。疑問が泉のように湧くわ。

とりあえず、細かく要望に応えてくれる気があるのなら、オーダー・フォームに選択の幅を持たせてくれればいいのに。って、結局そういう細かいコトいちいちやってたら余計手間かかるのか。

まったく別個にオーダーした2件の内の、1冊ずつが同時に発送された模様。同じ会社から同じような封筒でぺそん、と2通届く予定。使える封筒なら何かに再利用出来そうなものだけど、多分内側がうねうねして内部のモノを固定できる妙な封筒で届くから、再利用もちょっと無理そう。ゴミが増えるねえ。

そういえば、bk1も同じことしてくれたんだった。「24h以内発送」モノと、「2~3日以内発送」モノ同時にオーダーして、それで別にいいのに、わざわざ前者を先に送ってくれて、翌日になって「残り1冊発送したよ!」のメルくれちゃって。一緒でいいじゃないか、それなら↓ なーぜー無駄を好む~~!! いや、有り難いと思うべきなんだとはわかってるんだけどさあ。

あまぞんが「先に送ったよ!」と発送してくれちゃった1冊がコレっす。
運命―二人の皇帝
田中 芳樹
4062751895

ちょっと前に子供向けに名作をリライトして出す、という全集があって、その中の1冊だったのだけれど、このたびめでたく文庫化(そういう全集のものは文庫化は無理かな、と勝手に思ってたので嬉しい)。幸田露伴氏の「運命」は漢文の書き下し文調の美文で綴られた、中国の史実を元に書かれた一篇なのだが、内容はともかく、如何せん子供には読みづらい(漢文は、慣れると実はとてもすっきりとしていて読み易い、んだけど。でも慣れるのに何年かかるんじゃ、と思った大昔の私……そのまま今に至る! ええ、そうよ、馬鹿のまんまよ↓)。が、蓋し名作である。てなわけで、以前講談社が世界の古典作品を著名作家にリライトさせて出した全集に、この露伴の「運命」もあったんですな。今更ながらにシブいチョイスだのう。確か田中氏は露伴で論文書いてたハズ。どんなカンジかなあ。何せまだマトモに露伴翁の原作を読んでないんだよなあ(おい!)。とりあえず、概要だけはわかりそうです(褒めてるか? それは)。
ダイジェスト版とかリライト版というものは、それはそれで存在する意味がある、と思う。抜き出したシンプルな方が取っつきやすいものだし、読みたいひとはちゃんと原典に向かい合うものだと思うので。

本来届く時期ですら多分読めない状態であろうに、とっとと届いてしまうこの何とも言えぬ微妙な気分。まあ子供用にリライトしたものなら、読み易さもあって案外手を出しやすいかしらね(何だかヤケ)。
痛い。日本の靴つーのは軍靴がハジマリなので靴を足に合わせるのではなく、足を靴に合わせることが定着した、という(それ言ったら、服というものはそもそもオーダーメイドのものなのであって、レディメイドのものがつくられるようになったのは、軍服という、首回りや肩幅、身長等からある程度比率を割り出すことでそこそこ誰にでも対応可能なモノを大量に製造する必要に迫られて生まれた、というのが起源…だったよね? まあ雑兵というか、下位の軍人なんかはそんなもんで間に合わさせられて、上層部の人間はどうせオーダーメイドなんだろうが。←なんだこのワケのわからん僻みめいた感情は)。そうかもしれん。痛い。痛いぞ新品の靴よ!
9日に購入、その時点でややキツかったのでシュー・キーパーで少し伸ばしてもらうことにし、2日ほど放置。その後履き始め、毎日数時間ずつ履いて慣らすようにしている、のだが。

……痛い。

測ってもらったら右の方がやや幅広らしいとわかったので、やや右をより伸ばしてくれたと思うのだが、そのためなのか何なのか、終始痛むのは左の足。それも、ちょうど刳りの部分が甲に食い込む感じで。さらには小指の付け根辺りをこれでもか、と何かが釘で打ち付けるが如く鋭い痛みが走る。

本革。合皮と違って、呼吸(?)してくれるので、足がムレない。いつもの私なら無難な黒辺りを購入するのだが、何となく気に入って買ってしまった、ブロンズがかったきん色のストラップ付のシューズ。踵はさほど高くもなく。仕事中に履くんだー♪ などと張り切って買ったのだが(どうせ着る服は無色系が多いので、きんもアリかな、と思ったのであった)。
いいいいいいいいいいいいい痛い、痛いぞ、めっさ痛いー!!
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愛しのきん色すとらっぷ・しゅーず。革はやわらかい。履き心地も悪くはない、基本的には。しかし、如何せんぎうぎうと押される部分があってヨロシクナイ。ふと見ると、左足の方だけ、刳りの部分に白いモノが見え始めた。何だろう、と思って脱いで見てみたら。

げ。革が裂けてる……(絶句)。

内側に貼ってあった革がにょーと伸ばされて裂けてるではないの! ぎいやああああああああああああ!!
私  :これは! ど、どうしたもんでしょう? 修理に出して縫ってもらうとか!?
店員A:そうねえ、接着剤で…ううん、何もしない方がいいかも。
店員B:そうそう。そのままにしておくのがいちばんいいかもねー。それに、靴もまあ当たりモンだし。
私  :! ……………………。
当たりモン言われたらそれまでやん! 言うな、それを!(倒置法)
化学物質の糊、というか接着剤なら、革も硬化して伸びが期待できないかも。でも膠ならどうだ!? 天然素材だし! しかし、よくある鍵の複製・靴の修繕承ります、なトコロで、膠使って修繕、なんてしてくれるものなのか!? ……やはり放置ですか我慢ですかそうですか(涙)。

そういう訳で、とりあえず、まだそのまま毎日数時間ずつ履いて過ごしている。小指の付け根に走る激痛と闘う日々。いつか修理してくれるお店に行ってみようか(泣)。

でもって、どうやら原因は乾燥にあるかも、ということで。……ええ、クリアランスで購入しました。春物だったよーです。ということは、そこそこ店にあった期間が長いワケで。その間に乾燥し(店の中、というのは存外乾燥している)、それもあって裂け易くなっていた、さらにはシュー・キーパーで伸ばしーの、私の体重で伸ばしーの、で、牛さんの革は見事に裂けるしかなかった、と。かと言って水分与えすぎてもかびるんるーん♪ 大発生という諸刃の剣(合皮もカビますわよ、ええ。お気をつけ遊ばしませ)。真珠みたいに硝子ケエスに入れてグラスの水でも置いておけばいいのかー!(いや、それもヘタしたらカビるんじゃないか?)

とりあえず牛の革と当分闘います。
S・A 2 (2)
南 マキ
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先日とてもとても不純な動機のために初めてマトモに自腹切って購入した「花とゆめ」。コミックス、というカタチでならこの雑誌に掲載された作品を何点も所有してはいるのだけれど、雑誌を購入したことは皆無だった。

昔、少女まんが雑誌、というものは一種の「棲み分け」が明瞭であった(少年まんがにも一応あるけど)。読者にしろまんが家にしろ、その雑誌を読むのはある傾向の故、その雑誌に描くのはある傾向の故、であった(むろん、何でも読める・読む乱読派は居るのだが)。作家陣の絵の傾向、作品の傾向、そういうものが雑誌のカラアとして打ち出されていたのだが、昨今では表紙だけを遠目に見る分には幼年誌も中高生をタアゲットにした雑誌もエロ主流の似非少女まんがも何が何だかワカラナイくらいに何だか没個性化しているように、古い人間である私には見える。
で。こうしていきなり雑誌とゆーものを買ってみると、面白い作品の条件として、「物語のあらすじの前後がよーわからんなりに、その号だけでもそこそこ楽しめる」というのがあるな、としみじみ思うのだった。凝り過ぎた設定だの世界観で押すタイプは読んでいてもツライというかあまり楽しいとは思えない。とりあえず、読めば「ああ、こういう設定かな?」とか「こういうスジなんだろうな」と察することができる作品、というのがヨロシイなあと思う。その号のみでも楽しめる、というのは重要だと思う、連載作品であるならば。
もう私が現役であれこれ作品チェックしてた頃の作家さんなんて数える程しか存在していなくて、これもまた既知のこととは言え何だかショック(その、私でも知っていた・現役で楽しんでいた作家さんたちは、今ほとんど別冊や別な雑誌に移動して活躍している)。

「ガラスの仮面」なんて、どっから読んでも面白いからコワイよな。うっかりコミックスの12巻なんて読んじゃうと、それだけでも十分面白いから、結局それまでもそれからも読みたくなっちゃって。


で。何本もある作品の中で、この作品が比較的「ああ、面白いんじゃない?」と思えた1本。
ちょっと特殊な学校に通う、すべてを努力で乗り越える元気溌剌少女と、才色兼備・天才型の少年とのオハナシを軸にして展開していくハナシ、らしいのだが、まあある意味王道で、素直に楽しめた。学園モノ、というのはある意味ヒネリを利かせるしかないトコロがあるのだが(何しろ誰もが経験し得る空間・時間・出来事で成立しているのだし)、そういう意味でも王道行く「ちょっとだけ特殊な学園」という場で、ちょっと妙な天才少年と、ちょっと妙な努力型少女のらぶこめ、という何とも素敵なまでに王道を歩んでいる作品だった。
絵的にはちょっと粗いところがあって、もう少し個性が欲しいかなあ、とは思うものの、概ね可愛らしくてイイカンジ。馬鹿っぽいノリも好みだった。何しろ、料理のヘタなヒロインがつくったカレーは雑巾を絞ったような味がするらしいのだ(笑)。どうやったらつくれるんぢゃ、とスナヲな読み手らしくツッコミを入れつつ読む。
あと読めたのは「シュガー・プリンセス」(フィギュア・スケエトを扱う一応すぽこん系か? この作家さん、前作でアホみたいに野郎が出てきてヒロインの周囲は野郎だらけです、てのを描いていたんだけど、私はこのパタアンに飽きていたので見向きもしなかった。絵はキレイな方だと思うけれど。でも久々に見たらヒロインがまるで「フ○バ」…)、かなあ。「まなびや三人吉三」は絵的には安定していてキャリアを感じさせる(前作があれほどだらだらと長くなければもっとよかったかねえ)。女の子が魅力的な作品、というのも大事、かな、私にとっては。

ちょっとコミックスが欲しくなってきてる自分がいやん↓ だって最近の少女まんがって無駄に長編化しちゃうんだもの。もう本の置き場なんてないんだよー(涙)。でも読みたいんだよなあ。くそうっ。
ヘイフラワーとキルトシュー
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……何故。何故私が観たいと思う作品は地元には決して上陸してくれないのであろうか!(答え:田舎だからです。←簡潔過ぎる事実に泣ける)……単純に、単館系だから、でもあるけれど(昔はそういう単館系のいい作品ばかりを上映してくれる映画好きのための映画館があったものだけれど、……やはり経営難には勝てず消えてしまったのでした。くそう!)。さすがに「アメリ」は上映してくれたけどさ。何故か「箪笥」は観られたけどさ。「逆境ナイン」上映に至ってはもう吃驚する以外することがなかったよ。「えびボクサー」もかなり。でも「姑獲鳥」は観られない呪われた土地なんだぞ(はぁ?)。
偶然存在を知って、もう観たくて観たくてたまらん状態なのですが、……どうせ小さな小さな弱小もいいところな地方都市、上映なんてされるはずないけどさ。

観てえんだよ!
↑某映画で教習所の教官にクリアの証の判子を押してくれと真顔で迫るわにお(=舘ひろし)ぐらいの勢い(わからないひとは映画のDVDなりヴィデオなりを探して鑑賞すること。

フィンランドでは2002年に公開された作品とのこと。翻訳に時間がかかったのか、はたまた買い付けの時期が遅かったのか、それはよくわからないけれど、最近の北欧ブウムのおかげなのか、こういう可愛らしい映画も日本で観られるようになる、というのはいいことです(オレは観られねえけどよ!←執念深い)。
私、子供は嫌いというかニガテだけど、無条件に何が何でもキライ、という訳ではない。可愛いと思える子供は居るし、どうあっても「可愛い、なんて思ったことすらねえよ」という気持ちはない。造型(そのコトバのチョイス、間違いなくアンタは子供嫌いだろ)として可愛い、というコは好きだし、性格が可愛い、てのも居るし。とりあえず、可愛いもんは可愛い。リクツ抜きで。そして、可愛くないもんは可愛くない。リクツ抜きで(笑)。
で。この映画は「可愛い」のです。生活にアートが根づいているフィンランドで、ちょっとオカシな家族の中で頑張るヘイフラワー(姉。妹が「キルトシュー」。すげえ名前だけど、作品中でも本当にこの名なのか?)と周囲のイカレ…イカシた面々の物語、らしい。

まず「フィンランド」を感じさせるであろうインテリアや生活の中のありとあらゆる「デザイン」を具に観たい。そして物語を堪能したい。でもって可愛い姉妹をこれでもかと眺めたい(……いや、別に所謂ろりこんではないです。ガーリィな要素を含むモノ・コト・ヒトに惹かれるだけで)。でも、どうやらヘイフラワーはちょっとワケアリ(というか問題アリ)の家族に囲まれて健気に暮らしているらしく、……もうこれでもかとヘイフラワーに肩入れし、周囲をぶん殴りたい気分になりながら観るんだろうなあ、などと思っている。やっぱり観てみないとわかんないよ。上映館増やして~~!

公式サイトがまた無駄にこれでもかと可愛くて眩暈がします。たまらん!(「溜まらんだろう!」byTOKIOの三十路過ぎの2人)10月には映画のベエスになったオハナシ「麦わら帽子のヘイナとフェルト靴のトッス」が講談社の「青い鳥文庫」から出るそうで、……買ってしまいそうよ↓ あくまでもベエスっぽいんだけど。
麦わら帽子のヘイナとフェルト靴のトッス―なぞのいたずら犯人
シニッカ ノポラ ティーナ ノポラ Sinikka Nopola
4061486993

でもって、冒頭の本は買いね。ソッコー。オーダー入れたともよ! ……観られない映画の本買って虚しさが募らないかい、と思わず自分にツッコミ。

い、いいんだもん!(涙目。てゆーか「もん」は止せ)

ちなみに、DVDも出ました。……可愛いなあ、ジャケット。
ヘイフラワーとキルトシュー
カイサ・ラスティモ マルコ・ラウハラ カトリーナ・タヴィ
B000FBFRSY



マルティーヌのテーブルコーディネート―食卓まわりに、遊び心いっぱいの小さな工夫
マルティーヌ カミリエリ Martine Camillieri 薛 善子
4776201895

ようやく入手。確かこの本
マルティーヌのおもちゃインテリア―子供心を忘れないための、ノスタルジック日曜大工
マルティーヌ カミリエリ Martine Camillieri 薛 善子
4776201909

と2冊同時に発行されていたはずなのだけれど、1冊当たりの価格が結構な額なので、つい先延ばしにしていたのだった(何せ毎月数万円分書籍を買う訳で、そうなるとすぐ買う本・あとで買う本・いつか買う本、とある程度序列をつけてリスト・アップすることになり、これは「あとで~」と「いつか~」の中間にあるような位置づけの本だった。欲しい、という気持ちはかなり強かったのだけれど、高い、しかしうかうかしてると絶版というオソロシイ結末が待っているので、ビクビクし続けていた↓)。やっと手に入れたよ! やっと読めたよ! やっぱり楽しかったよ!

これを即「実用書」と見なすようなひとには、向かない。これは一種の「作品集」だと思うから。アーティストによるアイディア集なのだけれど、何しろ住む国が違う――背負ってる背景や持ってる文化が異なるわけなので、各家庭あるいは個人が本書に掲載されているアイテムを持っているか、それが簡単に手に入るか、という事情に左右される。……だからこその楽しさもあるわけで、実践するぞ、と意気込んで買っちゃうような張り切りやさん向きではない。ということを念頭に置かれたし。

でも、「意外に何でもないような些細なアイディア」がほとんどだと思う。それを発想できるかできないか、やりたいと思うか思わないか、楽しいと思えるか思えないか、それ「だけ」だと思う。パイレクスのボウル(底が平らなもの)とプレエトを積み重ねて、その中に花を飾ったりする、なんて、やろうと思えば誰だって出来る。やろうとするかしないか、それを楽しいことだと思えるか否か、本当に「それだけのこと」なのだ。でも、とても新鮮。
まず、私にはフランスの人々がシックな、飽きの来ないものを好むのでは、という思い込みがある。それ故に、マルティーヌ女史のカラフルで鮮やかな色遣いは何だかとても新鮮に思えるのだ(実際は、多色使いも結構多くて、子供の部屋なんかはちょっとキッチュだったりすることだってある。もちろん、そのひとたちなりの個性だとか好みが反映されるから、一概には言えないけれど)。いや、日本人の方が色遣いに関しては保守的かな。違うな、中間色の多様性とシブめの色が多いからか。……とか、色んな発見にも繋がっていいな、コレ。
さらには、フランスは「オトナの国」、というイメエジがやはり個人的に根強くあって、故に彼女の「遊び心」は一種逸脱して見えるのだ(もちろん、フランス、という国をよく知っているひとにとっては多分新鮮でも逸脱したものでも何でもない、のだろう)。でもって、いや、オトナであるが故にこの vivid できっちゅで、でもどこかとてもおしゃれ、なノリが斬新だったりしちゃうのか、とも思うのだ。

特別大枚はたかないと出来ないようなアイディアは、ない(と言うよりも、カネかけるくらいラクで損なもんはないのだ、多分)。この本を目でたっぷりと楽しんだ後、自分なりに応用を利かせて楽しむのが多分粋というものだ。アイディアを「そのまま」実践するのは、別に悪いことなんかじゃないけれど、触発されて生まれてくるナニカを実在させてこそ、この本の存在意義とゆーものがあるような気がする。もちろん、ただただひたすらに眺めて、好きなだけ想像に耽るのも楽しい。

いい意味で日常から逸脱したカンジ。とても軽やかに。まずは自分が楽しいと思えること、それが誰かにとっても「楽しい」になり得ること、を想像しながらつくられた本。それでいて自分の作品を発表する場であり、アイディアを疲労する場でもある。私はそう思ってる。
プレイフルキッチン―ホームパーティーレシピブック
森田 美樹 Bob Foundation
4939102890

「プレイフルキッチン」というからてっきり単純に料理のレシピ本で、どのあたりが「プレイフル」なのかしら、と思っていたらサブ・タイトルに「ホームパーティーレシピブック」と。後者では捻りがないけれど、前者では真意というか本来の内容が伝わってこないような…と思わないでもない。パーティを開く側に立って楽しむことに主眼を置いた、のかな?

そういう訳で、そういう本です(をい!)。
装訂がまず「プチグラ」らしい「ちょっとフツウじゃない」出来で、嬉しくなる。写真で見るとカヴァなし!? と思ってしまいがちなのだけれど、ちゃんとカヴァ、ついてます。変則的なカタチをしている、ナイフとフォークとが描かれた部分、コレがカヴァ。ちょっとレトロなカンジで可愛い。……と思っていたら、中の写真がまたいいのだった。70年代あたりに出されたレシピ本の写真の雰囲気を持った写りで、でもちゃんと「今」のセンスで撮られている。おしゃれです。
気軽なホーム・パーティを楽しむための極意(といってもさほど気負ったものではなく、常識的なことばかり、なのだけれど、この手合いのコトに欧米人に比べて慣れていない日本人にはお役立ちな内容)から始まって、スウプ、前菜、メイン、デザアトまでをちゃんとカヴァアしたつくりになってます。ちなみに、「つくりかた」は文章によってのみ表記されているので、お料理初心者向きではないかと(まあひと招いてパーティしましょ、と思ってるひとが料理不得手、ってことはないだろうし、まったくの不得手ならばケイタリング業者に電話するだろう)。でも、眺めているだけでも楽しめるナイスなヴィジュアルに彩られているので、絵本というか写真集として楽しむのもアリです(料理として魅せる工夫と、写真として魅せる工夫、両方が備わっている。素晴らしい!)。

以前国籍入り乱れての potluck party (要は持ち寄りパーティ。ひとり一品何か飲食物を持って集うパーティ)に参加したことがあるのだけれど、なかなか楽しかった。キャセロオル料理が出てきて思わず「おお! いかにもで嬉しい!」と思ったアメリカかぶれの馬鹿は私だ↓ インドだアメリカだアイルランドだ中国だインドネシアだ、と多国籍もいいところでしたが、互いにカタコト英語(いや、相手が native ならそりゃふるーえんとな英語で相手されちゃいますが)で交流を図り、さまざまな料理を食べることができました。私はいきなり呼ばれて、どうしたもんかと思って考えあぐねていたら、「子供も参加するから、お菓子でもいいんじゃない?」と誘ってくれた友人に言われたので、市販のお菓子持ってっちゃったけど(ううう)。おかげである意味カブることはなかったわね…(少し…いや、かなり悔しいが)。

こういう気軽な雰囲気のパーティは、かなり自由に楽しめるのだけれど、やはりそれなりにルールというもんがあるのよね、ということは、参加してみるとよくわかる。皆で分け合える量を考えると、参加人数を予め知っておいたほうがお互いのためだし、主催者側の立場に立てばどれくらいでお暇するべきかしら、と思案するし。……そういうイロハにも触れてあるので、かねがね「ホーム・パーティをしたいと思っていたのよ!」という方(……居るんだろうか……いや、居るんだよ、ドコカに。うん)にはもってこいの実用性の高い本です。

私にはまだまだ「観賞用」の楽しい本、なのだけれど。夢というか想像が広がって楽しい本でもあります(つい、食器等はどういうアイテムにしようか、とかあれこれ考えてしまう。これが楽しい。…って実施しないのにねえ)。
中欧怪奇紀行
田中 芳樹 赤城 毅
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知っていてもいなくてもどうでもいいこと、を知るのはとても楽しい(で、そういうキモチがあるから「トリビアの泉」が番組として成立し、さらには好評なのだろうと思う)。この本に扱われてるネタなんてその最たるもので、まあ楽しいことこの上ない。もっとも、歴史や各国の文化等にも話題が及ぶので、「どうでもいいこと」以外にも「知っておいたほうがよいこと」なんかがちゃんとあったりして、一粒で二度美味しい本だった。
発売してすぐに買ったのにようやく読みましたよ↓ 久々にゆっくりと休める日だったので、濃い珈琲(←反省してない)にミルクをたっっっぷり入れて、徐に腹這いになり本をペエジを繰る。……いいわあ……(陶酔)。

ドイツをメインに(というか、ライン川である程度分けられる文化の違いの境界、か?)中欧の怪奇伝説やモンスタアについて、博識2人がひたすら楽しそーに語り倒す、それだけの本(笑)。おなじみ3大モンスタア(?)のドラキュラ、狼男(ワーウルフ)、フランケンシュタイン(ず・もんすたー、が本当だろうなあ…)についてあれこれ蘊蓄を傾けてくれているので、そのテの話が好きなひとには「そうそう」と合いの手を入れたくなったり「そんなの既知の情報じゃあ!」とツッコミ入れてみたり、「へえ、そうなの」と感心したり、と楽しく読めるのではないかと思う(どうでもいいがこの著名な3人?を並べると「怪物くん」思い出しちゃうよ…。ふんがーふんがーふらんけん~ざますざますのどらきゅら~~うぉ~でがんすのおおかみおとこ♪ …トシばればれですよ紫堂さん↓)。

ドラキュラはロリコン、というのはあまりに極論にしてど真ん中突いていて笑ってしまった。処女性を求めるとなれば、そうかもしれん(笑)。それこそ、「私は○歳以下の少女の血しか受け付けぬのだ!」とかヌカすのが登場してもおかしくない御時世だ(最近の中学生は小学生時代に合コンを経験済みだったりするらしいぞ。コワイねえ……。差詰め今の世に生きる吸血鬼ならば7歳以下くらいじゃないと・以下略)。
狼男は本で語られていて自分もそうだった、とはたと気づいたのだけれど、コレ、という物語、あるいは典拠というものを持ってない、のだな。私は多分昔講読してた学習雑誌みたいなので知ったんじゃないだろうか(「○年のかがく」「○年の学習」とかそういうヤツ)。まさに伝承、なんだよなあ。で、これが別なモンスタアの源流にもなっていたりする、というのも今更ながらに「あ、そうじゃん!」と気づかされ。おおう、こうしてみると、本当に何も知らないんだな、私は。
フランケンシュタインは流石に「創造主」の名前であってモンスタアそのものには名前はない、ということは知っていたんだが。いつの間にこんなに「怪物」の名前として流布してしまったのだ。やはり映画の影響だろうか。いいとこのボンが、アタマだけはいい科学者なんだけど、ちょっと都会に出て妙なガクモン(まあ錬金術だとかあの辺り)にカブレて「オレは神になる!」とか考えちゃって人造人間つくりだす、という要約してしまうと身も蓋もない話なんだが、その辺りの枝葉末節省いてあのモンスタアの造型が記憶に焼き付き、ひいては「フランケンシュタイン」というタイトルだけは付されているもんだから、……怪物=フランケンシュタイン、になっちゃった、んだろうなあ。まあある意味そのボンは怪物じみていると思うが。

巻末に著者2人の書き下ろし短篇が掲載されていて、どちらもそれぞれの味わいがあって楽しめた。ドイツが舞台なのに中国が顔を出すあたりがやはりというべきか、田中芳樹氏だなあ。快活な美少女、が登場するのもお約束というか(どういうオハナシかはやはり読んで頂くのがいちばんかと)。赤城氏の短篇はナチスが絡む、重いけれどもやりきれない切なさのようなものがあって何とも言えぬ読後感が。

ちょっと涼しくなってきた秋の昼下がりから夕刻にかけて、カフェ・オ・レ啜りつつ、だらだらと「怪奇モノ」を読む。なかなかオツでありました。田中氏なんて、「寒くて暗い日に暖炉の前に座って怪奇モノ読むのが醍醐味じゃん。日本人の、クソ暑い時に怪談やって涼しくなろうって感覚わかんない」とまで言っていた。あ、私も寒くて暗い時に暖かい部屋で耽溺、ての、キライじゃないかもしれない。いや、暑い夏の日にもインドア派だから結局室内で本読んでるとは思うけど。
ミクロマン ミクロマン2005:ミクロアクションシリーズ「綾波レイ」(制服)
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「ミクロマン」――名前とその存在くらいしか知らない玩具。大きく(それも勝手にそうカテゴライズされたものを私たちが諾々として甘受しているだけなのだけれど)分けると女玩・男玩で言うところの後者。大きさはその身長10センチ程度というところからいってもかなり小ぶり。それ故に「ミクロマン」、なんだろうか。ぼんやりした記憶では、ヘッドの部分がメタリックなカンジで、ボディはスケルトンな素材(あれはプラスティック? 発売された当時とその価格を考えるとプラスティック、かなあ)。ジョイントを使用しているため可動部位が多く、関節等が曲げ伸ばしできる。のちに欧米でも発売されたらしい(日本発なのに妙にバタ臭いツラをしていたので、私などは勝手にハクライモノだと思い込んでいた↓)。結構細かい物語をつくった上であれこれ展開していたらしく、あってもどうしようもないにも関わらず、その背負ってる物語の部分をちゃんと知りたいなあなどと思っていたものだった(だってヲタクだもの)。後年腐女子向けなニオイがぷんぷんのアニメ作品がつくられて私のドギモを抜いた(……何かこう、阿ってる感が拭えない設定でなあ。野郎のミクロマン5人でツラなんかもヤケに女の子ウケ狙ってるカンジだったのが萎えた。ヲタクだけれど腐女子属性が薄い私にはぼんやりした嫌悪の感情が…↓)。
で。ふいに見つけた訳ですよ。上にあるヤツを。Amazon にて予約開始されていて、結構な上位にランキングしていたので気づいた、というシロモノ。「ミクロマン」て今はアニメ・キャラでもつくられたりしているのね…知らなかったよ。いや、何度か「おもちゃ&ホビー」のペエジで「ミクロマン」という商品名にして固有名詞に、特定のキャタクタアの名前とそれらしき画像も添えられてはいたんだけれど、自分の興味の範囲から外れていたからそれほど注目してなかったのだな。
…きちゃったか。とうとう来ちゃったのか。アイタタタタタ。もう放映終えて何年経過したんだよ、な作品なのに、確かに私などは未だに大好きだけれど、やりますか、「ミクロマン」で「EVA」を。
お約束のように「レイ」だけでなく「アスカ」も登場する訳ですね、しかも。
ミクロマン ミクロマン2005:ミクロアクションシリーズ「惣流・アスカ・ラングレー」(私服Ver)
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さすがに「女の子のフィギュア」として見ると、関節部分だとか、全体的なフォルムの角張ってるというか筋肉質に見えちゃうのがちょっと「……」だな。特に素足晒しちゃってるヤツだと。これでタイツだとか穿いてる設定のコスチュウム着用のキャラクタアなら、それはそれでそこそこゴマカシが利くんだけど。ちょっとゴツイなあ。
とりあえずポージングを楽しめることと、再現度の妙を楽しむ(とは言っても、フィギュアとしての精密度ではなく、あくまでも「ミクロマン」というフォーマットにあってどうなのか、ということで)、といったトコロか。「あってどうするの?」と自問自答しつつも予約を入れてしまうカナシイ性……(涙)。

小さいけれど可動部分が多く、多様な世界観や物語を潜ませた「ミクロマン」に初めて触れるキッカケがこの女の子フィギュア、てのは邪道だな↓
公式HP見たけど、進化を遂げてつくりがより細かく美しくなっていた(まあ当然ではあるが。でも価格はあまり小さいお友達向けではないのでは…)。ミクロレディ・アクロレディがカッコイイわ♪(前者と後者は一応敵対関係にあるらしい。ただ、「アクロイヤー(その女性型がアクロレディ)」は敵役として生み出された訳だけれど、出自としては「悪魔堕落した天使のなれの果て」、てのと同じで、本来はミクロマンだったのがイロイロあって…という設定らしい。初期は何だか悲劇性のようなものを纏っていた模様)。

あれ? 何だか手元に届くのがちょっと楽しみになってきてるよ↓(基本的に「EVA」関連は惰性で手を出してしまうので。いや、好きは好きなんだけど。我慢してできなくもないものがあるというのについ手を出してしまう惰弱な私)
「のまねこ」ってコトバ、定着しちゃいましたね。まあ、それまではよかったんだけど。

キャラクタア・グッズ出しちゃいますかそうですか。

某巨大掲示板でのAAとして馴染みのある某キャラ(誰もが知ってるのに「某」もへったくれもあったもんじゃないが)をベエスにしたとわかりきってるのに、「これはのまねこです。FLASHつくったひとが書いた絵から生まれたキャラクタアです。そんでもって、掲示板でAAとして使うとか、そういうことで版権云々することはないよ♪」みたいなことをヌカしてやがるらしいのですが。

何だ、そりゃ。

掲示板に出入りするひとたちの主立った総意としては
「あれは皆が共有しているキャラみたいなもんで、誰かの専有物みたいな存在ではない。てゆーかそんなんでゼニ稼ごうなんつー発想はどうなんだよ。原型が何で発祥が何処、とわかってるキャラを元におりぢなる言われてもねえ。CCCDだのと小賢しいマネをして『違反コピィイクナイ!』だなんだと騒いだ会社のクセに何をヌカしよるんぢゃ!」
というカンジだろうか(そもそもその掲示板全域に於いて、え○べくす自体評価が低いというか、有り体に言うと嫌われているのだが)。
ネットで気軽に眺めて大笑いしていた頃がすでに懐かしくなってしまったことが何だかとてもサビシイ。そもそもあのFLASHを作成したひとも、単に面白さに触発された勢いでつくって公開して、口コミ(?)で広がって皆から楽しまれてた「だけ」だったのに。

まあ、そもそも版権・著作権のある、外国産のモノとは言え、そういうものをネタにFLASHつくっちゃったってのは、法に触れちゃうモノ、だろう(著作権のことは難しくてよくはわからないけれど、とりあえず先方に許可を得て云々でないから、そこんとこは問題アリだろうとは思う。ただし、これでFLASH作者が何らかの利益を得ていたか、というとそれはなかった、んだけど)。それを、え○べくすサマは「面白いからCDに付録としてつけちゃいたいんだけどね(私の脳内翻訳機による訳=「お前さあ、黙ってそんなもんつくって公開してるってのはどうよ? 曲つくったひとに許可とった? CDの発売元には? とってないよねえ。それってよくないよね。でもまあそれ面白いしさ、人気あるみたいだし、CDにおまけとしてつけさせてくれるんならチャラにしてやってもいいよ。まあ、絵そのもの、FLASHの構成はお前がつくったから、お前の作品ってことでね。あ、でも、商標とかにひっかかる表現あるから、そこんとこ直してもらわないとね。てなわけで、新作書き下ろしてよ。ちょっとならお金もあげるし。それで帳消しにしてやるからさ。どう?」)」と「オイシイとこ取り」を決行、莫大なゼニをかけることもなく一一般人がつくったFLASHをお買い上げ(?)して自分たちが儲けちゃったわけである。
でもまあ、そこまでも別によかった。ネット知らないひとの目にも触れる日が来ちゃいましたか、ははは、とか、笑っていられなくもなかった。
ところが。そのキャラクタア・グッズを制作・販売ですと? 「あれはねこのキャタクタア、のまねこです♪ ○ナーじゃないんだよおVv」と言われてもですね。

苦労せんで泡銭稼ごうというセコさ全開の商売じゃあないですか。まあ、良く言えば商才とやらがある、と言えるんだろうが。

かつて某巨大掲示板の名物(?)AAキャラクタアを商品・販売化しようとした某玩具会社と、掲示板運営者(および住人たち?)サイドとが衝突し、玩具会社が商標出願届けを出した、ということがあったのだけれど。またそうなるかもしれないなあ、と。でもって、え○べくすサマはそんなのはカネにモノ言わせて寄り切ってしまうのだろうなあ、などと。思うのであった。

著作権にウルサかった企業のクセに、著作権の在処の判然としないものを占有せんとするかのような行為に走る、というその矛盾を、どうとらえているのだろう? やはり儲け優先なんだろうな。

これまでもあまり好きではなかった(というよりも関心もなかった)え○べくすサマであるが、これから先もいい感情を持てそうにないことだけは確かなのだった。
絵本からうまれたおいしいレシピ2~絵本とお菓子の幸せな関係~
きむら かよ 晶子 アコ
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このふっくらもっふもふのホット・ケエキ! きつね色に焼けた、とか黄金色の、とか言いたくなるくらい美しくも美味しそうな仕上がりっぷりがもうすでに素晴らしい。自称ホット・ケエキ・マスタアの私だが(市販のミクスでつくるだけだが焼き加減が素晴らしいという評判自画自賛ぶりです)、これには脱帽だわ。素敵よ。素晴らしいわ。食べたいわ。と言うわけで誰か焼いて(それが本音か!)。

大抵は第2弾出すと勢いだとか内容なんかがオチてしまうものだけれど、この本に限って言えば(個人的には)1冊目よりも燃えるというかテンション上がるカンジがする。充実度が高いのだ。お菓子とかに絞りきってしまわずに、ごはんなメニュなんかもあって楽しい。和風洋風お菓子にごはん、ととりどり。有名なあの本・その作品のアレだとかソレなんかがこれでもかと掲載されていて眺めるだけでもわくわくしてしまう。本(物語)と食べ物、という「シアワセな関係」が大好きなひとにはたまらん本ですね。判がデカいからヴィジュアル要素を楽しむのにもうってつけ。絵本(物語)のガイドでレシピ集で写真集で絵本、と欲張りさが嬉しい。
「ホッツェンプロッツ」からは「プラム・ケーキ」だったかー。ザワア・クラウトを期待してしまった。酢漬けのキャベツはあったかいと美味しいそうで。それをソーセージに添えて豪快にかっくらってみたいわあ、とか、どんどん「自分モオド」に爆走するのもまた楽し。マトモに読んだことのない「わかkったさん」と「こまったさん」も全部読みたい気分になる。図書館の児童書のコオナア(あるいは一室)に直行したくなって困る。

第1弾は一時入手困難に陥って後手に入れたけれど、今回はその好評さを受けてか、するりと買うことができた(ちょっとタイミング逃したらネットの書店でも通常の書店でも見かけることすらなかった時期があって、「まさかこのまま絶版!?」とひとり焦ったのもちょっと前の出来事だった。で、1冊目はとにかく手に入った! という安堵感ばかり強くて、妙に落ち着いて読めなかったんだけれど、今回は眺めてはニヤニヤしっぱなし。
ちなみに第1弾はコレ↓
e mook『絵本からうまれたおいしいレシピ ~絵本とお菓子の幸せな関係~』
きむら かよ 晶子 鳥越 美希
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「ぐりとぐら」のカステラももちろん憧れだったけれど、「ちびくろさんぼ」の虎のバタのホット・ケエキだって負けてない!(先日復活したあの絵でないと私の感じた「美味しそう!」は甦らないのでとても嬉しい復刊だった)
ちびくろ・さんぼ
ヘレン・バンナーマン フランク・ドビアス 光吉 夏弥
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ホット・ケエキをたくさん積み重ねられるだけ焼いてバタとシロップを添えて食べる――これだけのことだけれどとても特別な気分になれる。多分それは幼少の頃の幸福な本との出会いと思い出があるから。
ああ、ホット・ケエキ食いたい! 169枚くらい、食べられそうな気がするぞ(無理!)。
dimanche―日曜のコーヒー的なシアワセ。
カフェヴィヴモンディモンシュ
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ふだん飲むのはほとんど茶の類だ。紅茶がもっとも多い。茶葉は売る程あるし、水出しにしてサラリと飲みやすいのをつくり置きしておくのもラク(水出し専用のものを特に用いる訳ではない。ごくフツウの茶葉でがんがんつくる)。珈琲はお店で飲むことが多い。家では稀にインスタントを飲む程度。やや格上でも、もらいもののドリップ・タイプ(一包ずつになって真空パックになっているもの。でも、アレ、珈琲に浸っちゃって「ドリップ」ではないな・笑)を飲むくらいか。
でも、可愛い珈琲用のフラスコ型ポットとドリッパーだの何だのを購入してしまったので(してしまったも何も、淹れるために買ったのだけれど)、珈琲を買ってきた。輸入食材の店で36oz入りのお徳用を(やっすいわー)。多分粗挽きくらい(テキトー過ぎ)。安くても手間かけたら美味しくなるでしょ、というテキトーさますます全開で。

ポットを温めておいて、ドリッパーに粉を5杯分(大きいマグカップ2杯分で、濃いめにしたかったのでこんな量に。ますますテキトーだ)。お湯が沸騰しきる手前くらいで止めて、おもむろに注ぐ。ちなみに、私は「正しい淹れ方」とやらは知らない。よってやはりテキトー。中央から注ぎ、徐々に周辺へ渦を描くようにお湯を。もふん、と膨らんできたら様子を見て、さらに湯を注いで、滴りを眺めつつ、欲しい量になるまで注ぐ(私が購入したポットには何杯分、という目盛もついている。このポットでは1杯を何ccと定めているのかもわかっていない私~♪←紫堂さんは全てにおいてテキトーです。説明書くらい読めよ)。
部屋中に珈琲の香りが漂う。私の母が珈琲好きなので、休みの日に淹れてあげたいと思っていた。
「いい香り」
母が嬉しそうに言う。よかったよかった。これで美味しかったら言うことナシだなあ。
「おおう。濃い!!」
一口含んで思わずつぶやく。いや、アンタ自分で濃いの淹れる気で淹れたんだから当然だって。母もまあまあといった顔で飲んでいた。
「インスタントじゃないのなんて久しぶり」
そうだよなあ。一手間かかるから淹れないものねえ、インスタント以外は(お中元だとかのもらいものでインスタントがうなっていたりするので、それを片づけるかのように飲むばかりのために買ってくることもあまりない)。
どういう豆のブレンドかは知らないけれど(おいおい)、酸味がやや強め。私はモカなんかのまろやかでコクのあるカンジが好きだけれど、マンデリンのような酸味のあるのもそれはそれで美味しいと思う(どれでも同じだよ、キミの場合)。
家で飲む分だけ挽く、というのがもっとも贅沢なんだろうけれど、面倒くさがりの私にはこれでいいのだ。美味しいし(だからどれ飲んでもキミの場合は・以下略)。

しかし。数時間経過した今、何となく胃が重い。紅茶ではならないのだが珈琲では稀に胃にクる。特に、インスタントではない場合に。何故なのだ!? 紅茶の方がカフェインは多いぞ!(確か1.5倍くらいあったハズ)飲んだ量も紅茶をふだん飲んでいるよりもずっと少ない(茶なら一日で1~2リットル近く飲んでる。あ、カフェインレスのものも含んでるか)。……これも慣れの問題なのか? まあ紅茶はあまり strong な状態では飲まないし、量的には少ないとは言え、一度に摂取したカフェインの量が多かったのかもしれないけれど。むう。ちなみに、眠いのに眠れない状態にもなっているので、……私には非インスタント珈琲のカフェインが効く、のかもしれない(紅茶は浴びるほど飲んでも夜寝る時は寝る。ただしやや不眠症が残っているので何とも言えないけれど↓)。
ああ、胃がヘンだ(涙)。そしてたっぷり食べたブランチのあとに淹れて飲んだのだが、カフェイン=胃液分泌促進の成分だけあって妙に空腹感を感じるのも早い。働いてる時だってそんなに極端には腹減らないのにーっ。

慣れの問題なんでしょうか。紅茶はガブ飲みしたって何てコトないのですが。まあ美味しく飲めたし、淹れること自体は楽しかったからそれでいいや、なんだけれど。ちゃんと淹れることそのものは楽しい。ただ、色んな意味で余裕がないと出来ないという自分の現状がちょっとセツナイ。
という訳で、日曜のこーひー的シアワセを実践してみたのでした。しかし今夜は眠れないかもしれない↓
英雄譚
田中 芳樹 あさの あつこ
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発行を知るや否や書店にオーダーしてしまった……。奇跡的に(…)本編は完結したけれど、6冊出る予定だという番外編はどうなったんだよ、なあの作品とか、開始したと思ったら他人に手渡しちゃってどうしてくれるんだよ、なあの作品とか、思い出したように新刊出るのは嬉しいけれど出版社渡り歩いて発行されるのは何でなのよ、なあの作品とか、とりあえず君には完結というコトバはないのかね、な作品だとか、いきなりシェアード・ワアルド化されてもアナタが書いたものが読みたいと思ってる読者にそりゃないっしょ、とあれこれ色々問い詰めたくなるような作品群をさしおいて、……新作を、新シリィズを書かれるのですかそうですか(絶句)。

いえね。嬉しいですよ。嬉しいんですがね。とりあえず新しい作品読める、てえのは、そりゃファンとして嬉しくない訳はないのですがね。
完結させてからにして下さいよ、と涙目で訴えたくなるこの気持ちを何処にぶつけたらいいんだろうかと。やや途方に暮れていたりするんです。うがーっ!
それと、版権が切れて他社に拾われるのか何なのか、以前○○から出ていた文庫が××から新たに出されたり、というのも多い。記憶力の欠如と管理不行届(ええ、自己に対する、ですよ)のせいで「あ? コレ、持ってたっけ? 買ってた?? わかんねー!!」なのが多数発生。持ってるハズのものが「初期短篇集」とか言って編集しなおされたのまでついつい買っちゃうしで、……無駄金を遣うのが好きな馬鹿にはもってこいな作家さんというか、作家サイド・出版社サイドから見たら有り難い(馬鹿)読者というか、……くそう……↓ でも文庫→新書てえのは手を出さないぞ。新書2段組は読めない(正確には、「読めなくはないけれど好きになれない」。なのにHQは読めるのは何故だ、というか新書2段でないとイヤなのは何故なんだ自分)。

私がうっかり手を出してしまう作家はどうしてこう多作なクセに遅筆で、かつ徒に(失礼か)手を広げてしまうひとが多いのか(半ば買うのが惰性になってる、中高生時代から読んでるラノベ作家さんもそうだな。シリィズは乱立するがマトモに完結しているのがほとんどない未完の帝王みたいなのが)。アイディアが枯渇しないのは素晴らしいことなんだけど。でもって、時間には限りがあるから、やりたいことやるのは必然と言えば言えなくもないから、それはそれでしょーがないか、と思わないでもないけれど。
でもまず完結させてくれ。既存のシリィズを。他人に「原案・骨子はボクが考えたけど、あとは君書いてね」と放り出すのもよしてくれ。文体もその作品を成立させるファクタアなんだ、他人が書いたら意味ないんだよう(内容があればいい、という読み手には関係ないのかもしれんが)。いやそれよりもだな、どうして簡単に他人の手に引き渡せるのかが理解できんぞ(最初から「原作者」「原案担当」という立場を取るのならわからないでもないけれど)。

そして何となく検索かけたら買ってない文庫発見……。
奔流
田中 芳樹
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父が単行本持ってて、それをこっそり読んだために「持ってる」と何処かでカンチガイしていた(我が家では本の貸し借りは家族間でもあまりない。お互いに自分の蔵書以外はぞんざいに扱う、と思い込んでいるため・笑。寒々しい家庭~♪)。買ってしまうのね、また↓(判型は違えど、家に同じ本が実は2冊、てのもザラ。稀に父と私の趣味はカブる。私主観で見ると、私が京極作品読んでて彼は読んでおらず、彼が「リング」シリィズ持ってて私は未読味所有だったりすることがとても不思議だ。いちばん気の毒だったのは「三国志」モノだからととある本を買ったら、内容がホ○テイストの作品だったことだろうか。父が読みたかったのは「三国志」であってもーほーなハナシではないんだし。途中で流石に辟易したのか買うのをやめていた)

色んなテイストの作品読めて嬉しいんだけど。とりあえずシリィズを徒に完結から遠のかせて放置するのはやめてくれ、と一読者からの願い。
ちぎれたハート
ダイアナ・パーマー 竹原 麗
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私がマトモにHQを読み始める前に刊行されたためにその存在すら知らなかった作品。ただ、読者の投票によって選出される賞を受賞(確かベスト作品賞とベストヒロイン賞)していたために、タイトルだけなら知っていた。何しろHQの中でも人気のある3大作家(個人的にはリンダ・ハワード、ノーラ・ロバーツ、そしてこのダイアナ・パーマーがHQに於ける三巨頭だと思っている)のひとりで、出す作品軒並み売れまくりらしいし。
で、しつこくしつこく言うけれども、在庫保有期間4ヶ月のHQ、フツウの手段ではすでに手に入るハズなどなく、たまたまコミカライズされたそのまんがで内容を知ったのだけれど、今回 "Ver Best" と銘打って復刊されて現在入手可能に(それまではオークションン等で高騰に継ぐ高騰で大枚はたかないと手に入らなかった。むろん、それを知っている転売ヤーによって転がされたりもしている)。
すでに既知の内容となりはしたけれど、本文読むのは初めて。コミカライズ作品はあくまでも「原作」を元にまんが家さんによってアレンヂされるのでオリジナルではない。多忙につき熟読玩味とまではいかないけれど、だーっと長し読みをば致しました。

改めて、ひでえハナシだな、と(笑)。

心臓に病を持つヒロイン・ノリーンと、彼女のせいで妻(ヒロインの従姉妹)が死んだと思い込んでるヒーロー・ラモンが結ばれるまでの物語なのだけれど。
このヒーローがとんでもなく自分勝手でワガママで餓鬼っぽくて、シバいてもシバき足りない。ヒロインはコイツの何処がどう良かったのかと取調室にぶち込んで不眠不休の挙げ句ライト浴びせまくって吐かせたくなる程に疑問(いや、まあ、この作家さんのお約束というかお得意のパタアンで、鬼畜ヒーローモノなどと呼ばれる一種ジャンル化すらしてる設定なんだけど)。妻とは不仲で、そもそもそれなりにのぼせ上がりはしたものの本当の意味での愛情を抱くことが出来なかったクセにヒロインには出会った時から惹かれまくり。それをヒロインの(魅力?の)せいにして、意地の悪いあてこすりだの悪口だのを言って小馬鹿にしたりとやりたい放題。挙げ句、妻をほったらかしにして家を出て、その馬鹿従姉妹の面倒を見るハメになるヒロイン。馬鹿従姉妹は喘息(だっけか。←何せ流し読み)の持病があるんだけどわざと雨の中居続けて発作を起こす。ところが助けようとしたヒロインもまた倒れてしまって病院に搬送され、結局その間に馬鹿従姉妹は死亡。ヒーローはそのことでヒロインを責め立てて遠ざけてしまう。「人殺し」呼ばわりまでする。馬鹿妻を放置したのはお前だろうに!
……どこまでもどこまでも巫山戯た野郎め。コイツ腕のいい心臓外科医なんだが、偶然にも倒れて搬送されてきたヒロインの手術を請け負ったものの、ヒロインの身元がわかると「彼女だとわかっていたら助けたりしなかった!」とかヌカす。お前、今すぐ医者辞めろ! てゆーか人間やめろ!!(そりゃ「妻は彼女のせいで死んだ」と信じ込んじゃってはいるけども、本気で愛してもいなかった妻の死を悼む自分に酔ってるというか、責任転嫁して逃げてるだけのクセしやがって、と思うとムカついてくる)

真実がわかってからの馬鹿ヒーローは掌返したよに優しく親身になってヒロインに接する。ヤリたいだけだろ、お前(下品で申し訳ない。でも、心臓の手術してほどなく、体調が整ってきたとは言え、この馬鹿野郎はヒロインを抱くのだ。それも未経験のヒロイン相手に初手から何度も。……あのなあ……)。「ホントは最初からキミに惹かれてたんだー!!」とかヌカすのも気に入らん。無理にでも遠ざけておかないと自分が彼女にナニをしてしまうかわかんないからイジワルして遠ざけちゃったんだ、ごみん、みたいなことを言い訳がましく言う言う。ああ、何て鬱陶しいんだ! 自分の非を認めることはいいっちゃいいけど、潔いというよりもやはり掌返し。こんな馬鹿を愛せるヒロインは聖女サマだな(それ言ったらダイアナ作品の大半はそんなヒロインだが)。

ひたすら耐えに耐える健気なヒロイン(これも、イライラするひとはするよなあ)だけが救いか。リンダ・ハワードの「流れ星に祈って」のヒーローとタイ張る駄目人間野郎だ。しかし人気がある。おおおおおおう↓(いえね。汲み取れなくもないですよ、ヒーローの心情とやらも。で、作品として楽しめもします。ただ、我に返っちゃいかん、というのが鉄則かなあと思わないでもない・笑。冷静なまま読むと突っ込む以外することなくなる~♪)

HQの王道と言えば王道。興味のある方はドゾ(イライラしても腹が立っても私には責任取れませんが)。
SIREN PlayStation 2 the Best
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プレイする前にあらすじ(といってもかなり込み入っていて正直「粗」すじなどではなかった。ただし、結末も知っている。でもやりたい…)を知ってしまったのに、それでもやってみたいゲエムのひとつ。お素敵トラウマ製造能力を秘めていることはパッケエジからもびしばし伝わってきてなおやってみたい気分なのだが、如何せん「プレステ2」を持っていない貧乏人である。いつやれるんだよ↓

とある村に伝わる伝説。村を囲む赤い海。そこから鳴り響くサイレン。闇の中を蠢く「屍人(シビト)」の存在。日本のムラ的因習が絡むカンジとか、好きなひとにはたまらない設定。
どうやらまずとにかく暗くて視界が悪く、MAPもないので現在位置が掴めない、とか。それだけでも不安に晒されまくるというのに、さらにはどこからともなく屍人が湧いてきて、抵抗も出来ぬままプレイヤーは死ぬほかないと来ている。ゲエムはまずプレイしてから攻略本を見るべし、と思うタイプのひとでも屍人の出現ポイントすらわからず、また攻撃されると死ぬ「だけ」であるため攻略本が必須だと感じるらしい。すげえ! 大好きな「BIOHAZARD」ですら攻略本ナシにはクリアできないヘタレな私などは熟読せねば先に進むことはおろか、そもそも何もできずに終わりそうだ↓

公式サイト、リンクしようかと思ったんだけれど、うっかり開いてイヤな気分になるヒトが居るととマズイので自粛しました(「自分はかなりの恐がりだ」という自覚のある方にはまず不向きなつくりで、サウンドのボリュウムにも要注意。私はそこが好きなんだが。夜に見るのもイヤなひとはイヤだろうなあ)。

物語と登場人物が複雑に交錯し合うため、先に進まぬイライラ感とか、何ともイヤ~~な気分になってしまいそうな展開もてんこ盛りなので向き不向き乃至好き嫌いがきっぱりと分かれてしまいそう。やりたい~~でも多分モヤモヤした、後味の悪さ残りまくりになるに違いない~~でもやりたい~~(以下エンドレス)。ちなみに、どう進んでも楽しい展開・結末にはならないらしい(笑)。晴れやかな気分にならぬラストばかりのようで、……楽しそうだ(ふふふ)。クリアした喜び、というものは得られないというゲエムもスゴイな。

コレが発売された当時のCMも好きだったんだけど、何でも苦情があったとかで放映されなくなってしまった(あまりにコワイ、ということで。おかげで見た記憶もかなり薄いと言えば薄い↓ 先日改めて観る機会があって、……確かに茶の間向けではないな、と)。

中年夫婦が建物の中で疲れ切った様子でうたた寝している(らしい)。闇の中、窓を叩いて叫ぶ少女が見える。
「おかあさん! おかあさん、開けてよ! おかあさん!」
ダンダンダンダン! ダンダンダンダン!(←ひたすら窓硝子を叩く)
響き渡るサイレンの音、怯えきって窓の外を見やる夫婦、悲鳴を上げる「母親」。窓の外には血まみれの、――
(ここですう、と少女の声のトーンが下がって)
「おかあさん…。」


……というカンジなんだけど。その「おかあさん…。」に被さるように「どうあがいても、絶望」というまたヘコむ惹句が黒地に赤文字でででんと。うまく「コワさ」が伝わらないわー。
最後の「おかあさん」がちょっと責めるような暗いトーンの口調なのがまた何とも言えず。夜中こんなシーン山程なコレをプレイしてたら(色んな意味で)確実に眠れなくなりそうな鬱な展開だわ…。
人物がまたイヤにリアルな絵で、尚更いやん(ヘンに麗しいだけのイラストちっくなカンジではなくて、妙なリアリティのある絵なのだ)。
「ファミ通」の攻略本は読むだけでも楽しめたりするので、買おうかどうしようか迷っている(ゲエム出来ないまでもせめてこの鬱々とした物語に浸ってみたいのだが)。他社からも良さそうなのが出てるしなあ。
サイレン 公式パーフェクトガイド
ファミ通書籍編集部
4757717326

サイレン 公式ナビゲーションガイド
エンタテイメント書籍編集部 キュービスト
4797325674

邪道は邪道なんだけど(ゲエムはプレイしてナンボですよ、ええもちろん)。

「サイレン」にしても「零~紅い蝶~」にしても、タイトル付けがなかなかハマっていて謎が解けた時静かな衝撃のようなものが感じられていい(どっちもやったことがないまま結末を知っているのもカナシイものがあるけれど)。和テイストのホラー系ゲエムは鬱々として湿度の高いところがいい。ああ、プレイしてみたいなー…(泣)。
  
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