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溜まりに溜まった本をどうしたものだろう。いや、片づける・整理する、のもそうなのだが、まず買ったら読めよ、と。積んでおくなよと(先日枕元に箱詰めにして積んで置いたヤツが早朝いきなり落下して額左側を強打。それで起床、ってヤな朝だった↓ ……血栓とか出来てたらどうしましょう、くらいの衝撃。「本の下敷きになって死ぬ」、は現実になりつつある……)。足の踏み場もないくらいにモノと本とで埋まっている自室を見るにつけ、どこから手をつけたものかと呆然とする。でもまず読め、とにかく読めよ、読んでくれよと。自分で買っておいてそりゃないだろうくらいツッコミまくりの放置加減だ。
よし、読もう。さくさく読めそうなのからでもいいから読もう。そういう訳で、「読書しましょう強化月間(いやもう年間にしろ……)」実施を決める。

とにかく溜まる一方なのがはーれくいん。「逃したが最後」の危機感に煽られてつい読んでおきたいなー、くらいのものにまで手を出すので月に「そんなゼニあるならもっと有意義に遣え!」とどやされそうなくらい買っている…ので、必然的にアホほど増えてゆく。ねずみ算でもここまでコワくないぞくらい増える。オソロシイ勢いで。「パラサ○ト・イヴ」くらいの速度(わかりませんよそのたとえ)。まあ最低でも新書サイズの本が月に10冊は溜まる、と思いねえ。それに加えて文庫が最低でも10冊くらい、雑誌が4~5冊くらい(どれも基本的には処分しない)増えるのだ。プラナリアを際限無く刻むくらいの勢い(少しわかりやすいたとえにしてみた)。
おまけに、シリィズものにうっかり手を出してしまう(後になってから「やっぱり面白そうじゃん! でも既刊はもう手に入らないわ!」になるのがイヤなので、とりあえず興味を持ったら買ってしまい、後々「何でこんなにシリィズものばっか買うんだよ」と自分をしばきたい気分になる)。毎月買う。増える。しかもそいつのスピンオフとやらがシリィズで出やがったりする。買う。揃える。揃えると途中で止められない。増える。読むこと自体が苦痛になる。先延ばしにしてる内にまた増える。

あうとぶれいく?(号泣)

今いちばんウンザリさせてくれてるのが「富豪一族」シリィズ。ミネアポリスを舞台に、コスメティック開発・販売をメインとした会社経営でその名を馳せるフォーチュン家(規模としてはロックフェラーとかその辺りをイメエジしているらしい)の面々の恋模様を描く「ミニ」シリィズなのだが、第1弾「富豪一族の肖像」は全12作。2ケタ行くくらいでつべこべ言わせません。終わったわー、よかったわー、と思ってたらいきなり「富豪一族のクリスマス」、とクリスマスものの短篇集が出た。これに続いて出たのが「富豪一族の花嫁」全6作。さあ、もう十分だろう! と思って安心していた所に「富豪一族の伝説」全16作がどん! ……お前ら(=HQ社)アホだろ、と肩を落としつつも買う土星阿呆(=輪をかけた阿呆)。来月でようやく終了。やったー! 今度こそ解放されるー! と思ってたら、……また出るんですと。「富豪一族の花婿」全5作。

いやがらせだろ。

もうそうとしか思えん域に達しているぞ。それにホイホイ捕まってる私がどうにもド阿呆なのだが! それにしたってホドつーものがあるだろう! ナンボほど人気あったんぢゃ、本国では!! 中途半端にされるよりはマシなんだけれど(どうも最近人気ないのかはたまた売れ行きよくないのか、レエベルそのものをいきなり休止してしまう、ということを立て続けにやらかしてくれていて、毎年年頭に一応の年間発行スケジュウルを告知してくれるのだけれど、告知はされたもののレエベルそのものが休刊状態になってしまい、刊行予定だったミニ・シリィズの発行予定が未定どころか無期延期にされたものがある。実は持っていて結構好きなシリィズだったので続編に期待していたのに。読み応えのある長編のレエベルもだいぶ前に休刊にしてしまったし、ちょっとホットな路線のレエベルも1点はすでに消え、もう1点も12月分の刊行を以て一時休刊、とのこと。ただ、読者からの問い合わせが来ているとかで復活を検討してもいるらしいのだけれど、何しろ年頭の計画がアッサリお流れになるくらいなので何とも言えない)。
本国で1996年頃発刊されたものが、2002年から刊行されて、そのままずーっと発行され続けて今に至ってるけど、「世紀のウエディング」(※)シリィズを凌ぐ強引さだ。

※20世紀から21世紀へとなるにあたり、記念するかのように刊行されたシリィズ。そのために「世紀の」ウエディングだった、と思う。所謂「ロイヤルもの」と言われるヤツで、王家の人間あるいはその周辺の人々の恋模様を描くのだが、最初とある王国の4人の姉妹に兄が居ると発覚、探し出すために内密に捜索している間にそれぞれが恋に落ち、最後に見つかった兄もお約束のよに恋して結婚→大団円を迎えた。その王国の隣国の物語、さらにその両国と交流のある王国の物語までずるずると発行され続け、「世紀の」という冠が何のためにあったのかうっかり忘れそうになってしまう恐怖のシリィズ。そんなに王国の人間がぽこぽこ次から次へと結婚するかい、とかツッコミを入れてはいけない。それゆーたらはーれくいんでは姉妹・兄弟・弟妹ことごとく連チャンで恋愛→結婚ふぃーばーで出ます出します出させますの勢い(パチンコかよ)でくっついてゆくのがお約束。別パタアンに友人繋がり、というのがある。


という訳で、最初のクールをこなさねば次にも進めまい、とハラをくくって読み始めたのでありました。
雇われた夫―富豪一族の肖像〈1〉
レベッカ ブランドワイン Rebecca Brandewyne 原 たまき
4596821011

ソヴィエト崩壊に伴って渡米してきた優秀な科学者ニックが何者かによって陥れられ、祖国に強制送還させられそうになる。彼はフォーチュン社でトップ・シークレットの新しい商品の開発を任されており、会社としても彼を手放す訳に行かず、彼個人としてもいわれもなく強制送還されるのはお断り。今もフォーチュン社のトップに君臨するケイト(御歳70歳だけれど気骨あり気品溢れるおばあさま)に相談。ケイトも新商品開発・販売には力を入れているだけに彼を手放したくない。もし彼がアメリカ人女性と婚姻関係にあれば強制送還はないだろう、と言うことで、偽装結婚することに。相手に選ばれたのがケイトの初孫であるキャロライン。ふだんは男を寄せ付けないようにしているのは過去の痛手のせい。それでも互いに惹かれるものを否定できず、偽装結婚に協力することに…という、HQでは定番の「契約結婚」モノ。

ちなみに、私が持ってるのは初版の装訂のコチラ↓
雇われた夫
レベッカ・ブランドワイン 原 たまき
4596609241

上のものは、現在も入手可能な復刻版ver.で、全巻揃えて並べると、背表紙にミネアポリスの美しい夜景が浮かぶのだそーな。私が買ってた時より安いしよう……(涙)。復刊で何でも安くなるならまだしも、場合によっちゃ高くもなったりで、何が何だかわからんぞ、はーれくいんよ。



「最近ヘンなシリィズものばっかり出しててつまんない!」と読者に言われることも多いので、実は過度の期待は寄せずに読んだ…ら、思ってたより面白いや。よかったよかった。でも、とりあえずこの第1話目で最終話で大団円を迎えるであろう事件の発端がどかん、と描かれているので、大筋が気になるひとは次巻も購入してしまうのであろう(私は最初から惰性だが↓ ちなみに、その時その時のカップルはその物語内でくっついてしまうので、これ一冊だけでろまんすそのものは読める。一話完結にして連作、作家たちの競演、というのがはーれくいんは好きらしい。さあ、2冊目は誰の話だろう(持ってるけど全部把握していないのでわからな~い♪)。
あと11冊の1冊の6冊、の16冊、か。すげえ量だな、をい。さらっと読めるからいいようなもんだけど。

そのほかにもHQだけで100冊くらい未読本が溜まっていて、さらには文庫にハード・カヴァ、と。人間死ぬまで何冊の本が読めるもんなんですかね、マトモな生活、とやらを送っていれば。あらゆるものを削らんと蔵書が持ち腐れてしまうわー(号泣)。という訳でまた読みます。
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惣流・アスカ・ラングレー ゴスロリver (1/7 完成品)
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「EVAヲタ」――それは忌避されるモノ。それがワタシ。「EVA」と名の付くものはとりあえずすべてチェックしておきたいという癒えることのない病を抱え続けてゆく。それはまるで背負ったが最後外すことの出来ぬ十字架。

……などとラリった文章を書いてる場合ではない。自分に呆れ返って何も言えなくて冬。「GAINAX」の公式HPを気が向くと、あるいは程良き頃、と思った辺りにチェックする。最近の情報が逐一UPされているし、どこよりも正確かつ速いのであろうということで見るのであるが。
「月刊少年エース1月号にアスカ・ゴスロリver.のストラップが付録としてついてくる!」
みたいな記事が目に飛び込んできたのであった。それが日曜日。

「発売日:11月26日(土)」

もう出てる!? いや、待て、出てるも何もド田舎で近所の○○じゃ入荷冊数限られてる(……1冊、というのは「限られてる」もへったくれもない)ではないか! 大慌てで出かける支度をし、低温と風をものともせずに外出。
行く途中餓鬼…いや、中学生が闊歩しているのを見てイヤな予感走る。ん? 何故フツウに出歩いておるのだ、キミたちは。テストか? テストなのか?(中高生時代のことは忘却の彼方にある故何時どんな行事やイヴェントあったかなんて憶えちゃいねえ)
ヤバイ。ヲタクの鼻と勘が効きまくり。○○にはもうなかった…。あまつさえ「ココに何かの雑誌、あったよー」と言わんばかりのスペエスがででんとあるではないかー!! おのれ中学生め!(いや、彼らが読者層メインだから。ボリュウム・ゾーンだから。躍起になってるアンタがイカレてるから)

ここから大暴走が始まる。自転車を漕ぐ足に力を込め、行ける範囲は行ってやる、と猛ダッシュ。結局、もっとも行く頻度は高いけれどちょっと遠い書店まで行ってしまった↓ どんだけ馬鹿なのよ……。
その書店でさらに愕然。何と最後の1冊ではないか。そんなに人気あるのかよ!(一応屋台骨支えとる連載まんがの付録欲しさに買いに来たアマが何をヌカしておるのか)
そして、手にとってさらに愕然。あれ? 付録付なら、もっとこう、もっさりしてないか? だって、立体でしょ?

はい。ここでようやく冷静になりましたね、紫堂さん。はい、そうですねー、表紙見ましょう、表紙。
「メタル製? は? え? 何? 立体のマスコじゃなくて、メタル製のペラいモティフついてるストラップってこと?」
はぁい、よくわかりましたねー(ぱちぱちぱち)。

私のここまでの道のりは一体何?

わからないようなので教えてやろう。

無駄。

ちゃんと事前にチェック入れておけばいいだけのハナシでしょうが。馬鹿じゃないの?(疑問型なのがすでに間違っている)馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿。馬鹿過ぎる。

私は立体モノが好きで、てっきりわざわざ「ゴスロリver.」なんて断ってることもあって、立体化されたものとばかり思ってしまった。おまけに、現物の写真を見るに、そのゴスロリちっく(ちっく、でしかない気がするなー。ゴスロリの文法に添っているようでいてそうでない服だと思う、アレは)な服を着ているアスカのほぼ顔のみがプリントされたもの、でしかなかった。思えばすでに立体化されたもの持ってるじゃないか……(カプセル・トイので。顔の出来はまずまずなのだが、スカアトの中のパニエと足と尻の状況がややあり得ない状態になっている。座りポオズで安定させるためだとは思うが)。メタル製のプレエトだと汗や皮脂の汚れであっという間に駄目になっちゃう可能性大だし、平面モノならイラスト集とかの方が好きだから、……これは、必要アリマセン。

最近輪をかけて運動不足だから、いい運動にはなりましたが。ええ。全速力で駆け回ってましたよ。何してんだか。もうじきこうして自転車で外出、なんてことも出来なくなるわねー……。冬場はこれが困っちゃうわ。九州はその点雪積もらないからほぼ一年中自転車乗ることできて快適だったけど(もっとも自転車はアッサリ見事に盗まれたが↓)。

でかけたついでなのであちらこちらに寄り道もし。帰りが遅くなり。母に「お前は一体何処まで行っておったのか」と不思議がられ。
実りのない一日で御座いました。くすん↓
海外のハンドメイドの純石鹸を個人輸入したい、とずーっと思っているのだけれど、そのたびに日々あるいは月々の出費だの収入とのバランスがよろしくなくて先延ばしにしている。先日利用している通販会社で New York 州の soaper がつくって販売している石鹸が紹介されていたので試しに買ってみる(後に調べてみたら、輸入元でも販売していた)。
最初に届いたのがコレ↓
20051201225135.jpg

「エキゾティック・ハーブ」という名前(香りそのものやメインになった香料=その石鹸の名前)らしい。輸入元では「パチュリの香りは珍しい?」みたいなコメントが付されていたのだけれど、私が知ってる限り、珍しいどころかガンガン見かける。パチュリの、それこそエキゾティックな香りがウケるんだろーなー、とかぼんやり思ったくらい。
実は個人的にはキョーレツな香りを期待していた(パッキングされてても香りが漂うのはアメリカとかイギリスの石鹸には珍しくないみたい)のだけれど、……鼻がイタくなるよな芳香は皆無に等しくてよ(涙)。鼻擦り付けるよにしてようやく香りがわかる程度。元来香りがキツ過ぎるのが好き、というわけでもないのだけれど、輸入石鹸の華やか~で、時に美味しそうな香り(チョコレイトの香りの石鹸、とかザラにある。スパイシィ・チャイとかめっさ期待しちゃうよー)を期待しまくっていただけにちょっと残念。ブルウベリィの石鹸にしても「警告:熊に注意!」つーコメントついてるのを見たこともある(笑)。そんなにキョーレツにしてウマそーな香りなのかよー!!
今まだ使っている石鹸があるので、実際使うのはもう少し先。もっちりした泡立ちと、なめらかな洗い上がりを希望Vv

てづくり石鹸のそそられるところは、いかにも「手で切ってまーす♪」な感じの、トリミングされてないブツ切り状態なカンジ。写真見てもおわかりのよーに、これ、うっすいヴィニル(?)でみっちり包んであるだけで、あとはしゅるん、と「ボディ・アロマ・ソープ」とか書いてある紙巻いてるだけ。こういうのがとても多い。「ひとつひとつ手で(?)切ってるから、ビミョーに重さが違うんだ、了承してね」と宣言してる soaper も多い(「約」4ozとかなので、110gの時もあれば、120g近くあるのもあるし、なかなかに大雑把で、でもそこが何だかいい)。
日本でも結構このハンドメイド・ソープを自作・販売するトコロが増えてきているのだけれど、何故か海外のに惹かれるんだよなー(値頃感のせいだと思う。安いところだと大きい割に$1~3くらいで買えるから。もっとも送料等のコストが馬鹿にならんので、結局ある意味高い買い物することになるんだが)。見た目のスゴさ(あるいは素朴さや独特の色遣い)にも惹かれるし。すんごい色の組み合わせでマアブル模様を描いていたりするところなんてたまらんです。あと時々ものすごく美味そうに見えるのがあったり(笑)。
今回届いたのも結構美味そうに見えるヤツで、トップがこんな状態になってました。
20051201232053.jpg

ココア・ベエスのソオスでもかけたみたいになったるし。はははははは。

これ、成分チェックしてみたら、確かに椰子油とかココナツ・オイルとか天然成分使ってます、なんだけど、グリセリンはいいとして、……「炭酸ナトリウム」? これは「純石鹸」としてアリなのか?(洗濯用なら入ってた方がいいらしいのだが)結構定義がムズカシイので実はよくわかってないのだけれど。まあベタな合成石鹸ではない、みたいではあるが。使ってみないとわからないよな↓(そして使ってもわからないかもしれな・以下略)

てなわけで使うのが楽しみ。この先もあれこれ色んな香りのものが届くので、毎月届くのをわくわくして待つことに。

それにしても石鹸ひとつがおよそ¥800て。はははははは! 買う自分がすごいや。はははははははは!(壊?)歳暮でもらったので十分やろが、と思わんでもない貧乏性がカナシイ(いや、それも使ってるし、今ではすっかり有名になった「アレッポのオリーブ石鹸」も日々使用してますが(出始めの頃って¥900くらいしてたのに、今じゃその半額程度で買えるんだものねえ。最初¥400~500という価格を見た時は凍りついたよ↓ それだけ日本に定着したってことなんだろうけど)。

ドイツだったっけ? 石鹸を贈る=「アンタ臭うよ」というメッセエジになるのは(成田美名子の「ALEXANDRITE」でヒロインが恋人〈?〉から香水をもらってソレを思い出しパニックに陥る、というエピソオドがあって大笑いした。フツウ嫌いな香りじゃなかったら喜んで終わるとこだろ・笑)。私はもらえるの嬉しいぞ。特にこのテのハンドメイド系は。無くなって手元に残らないのがちょっとサビシイけど。

今使ってる市販の米糠配合石鹸も、泡もっちりで嫌いじゃないし、使い心地も満点なんだけど。これ、早く使いたい~♪

あと、オベンキョウのためにいずれ買おう(あるいは読もう)と思ってるんだけど、同じ著者の本でも、どっちがより初心者向けなのだ?
オリーブ石けん、マルセイユ石けんを作る―「お風呂の愉しみ」 テキストブック
前田 京子
4870314495

お風呂の愉しみ
前田 京子
4870313782
TWINBIRD 脱臭・抗菌機能付靴乾燥機 シューズパル ダッシュドライ SD-642B
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大昔、東京の人間て何てお馬鹿なんだろう、と思っていた。この時期になるとよく思ったものだ。
TVのニュウスで毎年のように聞かされるからである。
「東京では5センチが積もる大雪で、滑って転倒した怪我人が…」
などと言うではないか。鼻でせせら笑っていた。こんな時くらいしか都会モンを嘲笑できない辺りがやはり田舎モンである。田舎モノはこれだからカナシイ。無知はさらに情けない。

田舎にして豪雪地帯に住む人間にとって、「5センチ」など歯牙にもかけぬ程度のことである。というよりも、あまりに当たり前なので、「あ、そ。まあ、そんくらいは積もってたかね」くらいにしかとらえないのだ。子供なら遊びのヴァリエが増えるので、もっと降れ、と思う場合もあるし、大人ならああそれが根雪になるのか、とウンザリはする。しかし、一晩で30センチ積もるのなんざザラで、1メートルも珍しくない。5センチ程度でいちいち気にかけていてはそれこそ外も歩けないのだ。せいぜい通勤等で車を利用しているひとが「タイヤ、付け替えておいてよかったなあ」とか「あ、マズイ、タイヤまだ替えてないや」とか思う程度のことだ。
「歩行者の女性は、特にハイヒールを履いていたために転ぶ、という方が多いようですね」
などとアナウンサアが語ろうものなら「馬っっっっっっっっ鹿じゃないの?」と本気で思ったくらいであった。「滑りやすくなってんのにヒールだって! どんだけ馬鹿よ?」、とここぞとばかりにあざ笑うのだ。
「地域性」、というものがわかっていなかったのである。お前が馬鹿です。

雪国の人間にとって、冬になったら冬靴を買う・備えておくのが「常識」であって、扱わぬ靴屋など皆無だし、「去年のってもうボロくなったから今年は新しいのを買ってもらえるわー♪」などとほくそ笑んだり、色々である。スパイクのついた長靴、というのが小学生辺りにはお約束アイテムで、特に男の子はいかに見映えのよいそのタイプの長靴を履くかを密かに競っていたりする。ちなみに、スパイクは留め金の部分を起こして回転させ、雪道仕様・ふだんの通路仕様にと臨機応変に対応できるつくりになっている。乾いた路面をかっちゃんかっちゃんいわして歩いている子を見ると「おお、スパイク付だな、少年」などと思って微笑ましく見つめてしまう。大人でも天然ゴムの底のものを購入したり(寒さによって硬くなりにくく、粘りがあるので比較的滑りにくい)、滑りにくく雪や凍結した路面をよく「噛む」タイプのものを履く。おしゃれなものから実用的なものまで、とにかく冬場は靴屋や靴の売場はそれら一色で染まるようなものだ。
「地域によっては冬靴が存在していない」、という「事実」が、知識として存在していない、のであった。

東京では豪雪地帯のようには雪は降らない。故に、冬靴などというものは、せいぜいデザイン面でのことであって、機能面のことはあまり問われない(のだと今は思っている)。だから、それまで履いていたもので闊歩するか、ブーツなり冬のおしゃれを楽しむ、という感覚で履くか、それくらいのことで済んでしまうであろう故、贖う必要そのものがないのだ。売っている店そのものも少なそうだし。5センチ程度なら、それこそじきに消えてしまい、「ふだんの」靴で十分になる。
これに気づくまで、結構時間がかかってる辺りがまた情けない。それほどまでに互いの「当たり前」は異なっているのだ。同じ国内に居ても。

しかし。これは相手方も同様だったのであった。彼ら「ヨソモノ」の皆様も、コチラのことなど何も知らない、のだ。持っているのは自分たちが育った地域の「常識」だけなのだから。
東京以南の人々、雪深い地域以外のひとというのは、そもそも「雪靴」「冬靴」などというものの存在を知らないことも多々あった。
長崎出身で豪雪地帯にある我が母校で教員をしていた女性などはこうのたもうた。
「こっちのひとって、何で転ばないのか不思議だったの。そっかー、靴が違うのね!」
(いや、履いていても転ぶ時は転ぶ。ただ、年々鍛錬しているよーなものなので、滑らぬようにするにはどう歩くべきか、バランスを如何に取るべきか、を否が応にも自然に身体で覚えてゆくのだ。だから、転ばぬ訳ではないが、しょっちゅう転ぶひと、は少ない方である)
東京から転勤を余儀なくされた男性は、こちらで同僚となった人物から
「長靴買わないとね」
と言われ、「何でそんなもんが必要なんだよ。だいたい、履いたこともないっての!(それでも、子供の頃くらいは履いたかもしれないと思うんだけど)」としか思わなかったそうな。彼は雪が降って初めて同僚のことばの意味を噛み締めたらしい。長靴でなくては30センチ、ましてや1メートル以上の雪に立ち向かうことなど出来ないのだ。いや、別に、立ち向かってもいいけどね。スラックスの裾ビショビショにして靴下も濡らして、営業用に履いてるびじねす~な滑る靴でつるんつるん滑りつつふだん使わない筋肉を徒に酷使したいなら止めない。
「こっちのひとって何で洗濯物外に干さないのー!?」
とは関東出身の某女性教員。ははは、先生、季節に寄るよ。冬場外に干したら下手すりゃ凍るから誰もやらないんだよ。凍らないとしても雪積もるか濡れるかして意味ないのよ。

九州で数センチの雪が積もった時、高速を利用しているひとたちなんかが「タイヤにチェーンつけないかんのが面倒」とこぼしていて、「ああ、そうだよなあ、あたしの地域じゃスパイク・タイヤつけっぱで一冬越すのがフツウだけど、滅多に降らない分つけたり外したりで、ある意味あたしらより大変なんだー」と気づかされた。雪が降るのが当たり前の私には、見ることすら稀で、寒いけど見られるのが少し嬉しかったりしたものだけど、現地のひとたちにしてみれば中途半端に面倒なシロモノなんだなー。

でも個人的には「いつもののヒールで頑張るよりも、なるべく滑りにくいデザインとか材質の靴を、うまくふだんのコーディネイトに持ち込むのが一等おしゃれだと思うよ」と東京での降雪・積雪のニュウスを耳にするたびに思うのだった。

そうそう、地元で見ていて「馬鹿だろ」と思うのは高校生。東京だの関東、あまり冷え込まない地域ならいざ知らず、真冬にマフラアだけで闊歩してんな。しかも肩すくめて寒そうに。かっこわりー。Pコオトを自分なりに着こなすくらいの気概がないのかね。ダッフルでも可。特に女子! 制服+マフラア+ナマアシ+ブーツ、それでかっこつけてるつもりだからアオいんだよ。出直して来な。男子は寒そうに背中丸めて歩くのがとにかくかっこわりー。だったらキマるコオトの一着も贖え(制服のみで貫くなら背筋伸ばしてしゃっきり歩けよ、と思う真冬を素足で歩いた女。むろん、肩をすくめるなどとゆーマネはせぬ! 自分の信条やら信念めいたもん貫けないのはかっこわるいと思ってたんだもんよ)。馬鹿は風邪ひかないから平気なのねー、とやはり微笑ましく見つめている底意地の悪い私であった。あ、でも、こっそりおされなババシャツ着て、更衣室で着替える時冷やかされる前に「着てんだ、実はー。可愛いべー?」とか言っちゃうお馬鹿は可愛いと思う(笑)。

ターシャの庭
ターシャ テューダー Tasha Tudor Richard W. Brown
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「喜びは創りだすもの ターシャ・テューダー四季の庭」、ようやく観た。観たかったから地上波再放送、それも私が観られる時にやってくれてありがとう。一応真面目に受信料払ってる家庭だからこのくらいの恩恵(?)は欲しいところだよ。

彼女について知っていることと言えば、現代の家庭になら大抵あるであろうほとんどのものを取り入れず最低限に押さえ、さながら19世紀の生活をそのまま実践している絵本作家、ということくらい。素晴らしい庭と古く愛おしまれた家に住んでいる、上品なおばあさま、という程度。

30万坪はあるという庭の美しく見事なことと言ったら、ため息もので、しかも彼女は手入れのほとんどを自分ひとりで丁寧に手作業でやってのけている。
……こういう生活が当たり前だった頃、に生まれていたら、私も少しはものぐさや横着さが抑えられていたのだろうか。
彼女自身からは何らの気負いも感じられず、そうすることが当たり前で自然なことでしかないことが伝わってくる。それがひどく羨ましく思えた。本当の豊かさを手軽さや利便性のために捨ててしまわずに、自ら「よろこび」を創り出すというその姿勢。凛としていて、でも愛らしさの残る美しい女性で、庭と家に見とれると同時に、彼女という存在にも見とれていたのだった。
手縫いのドレスの可愛らしいこと! 裾を見るとギャザアを寄せたフリルが躍っていて素敵。簡素だけれども美しさやそこから得られる楽しさを失っていないんだあ、とただただうっとり。

花々の様子を見てはよりよく育てその美しさを楽しむために手間暇かけて世話をする。蝋燭も手作り(あの鮮やかな黄色を見てすぐさま「蜜蝋!」と思って、思わずわくわくしちゃったのは私だけではあるま~い。灯すと仄かに甘い香りの漂いそうなあのお手製キャンドル!)で、季節を選んで一年間に必要な分を作り置き。彼女のすることに無駄はない。必要と需要とに裏付けられている。それでいて、それを義務や面倒なイヤなことととらえずに、「そうするのが自分の生活を楽しいもの、美しいもの、素敵なものにしてくれる」という自信に満ちているのがいい。
花が咲けば摘んで家中を花で満たす。その彩りが無造作なようでいてちゃんとまとまりをもっていて見事だ。かといって何か特別なアレンヂメントを施しているというほどのこともない。ここにもやはり気負いがない。
愛犬・メギィ(このコがまたころころとまあるく肥えていて、放映中私にずっと「俵(型)コロッケ」と呼ばれていた。いやー、いい塩梅に揚がってる♪)がいつでも彼女の側に居て、ちゃんと役割をわきまえてふるまっているのも微笑ましい。ターシャは本当にコーギィ犬が好きらしい。いつでも飼っている犬はコーギィだった。絵本にも「コーギヴィル」なんて町が登場しちゃうくらいだし。短い足でにょこにょこと走り回る姿がたまらなく可愛い。鶏も可愛かったなあ。慣れてて、おとなしーく、彼女のカップから紅茶を「味わって」飲んでるのを見た。可愛い……。クジャクバトも綺麗で、母とふたり「綺麗! 可愛い!」と連発。

暖炉で時間をかけてローストされたチキンを家族皆で食べるシーンも暖かさが伝わってきて何ともリッチな気分に(お孫さんが着ているドレスがまたクラシカルで可愛らしい。ターシャの手作りだろうか?)。時間をかければそれだけ美味しいものが出来ることなんてわかりきっているのに、何故こんなにも惹かれてしまうものか。日々簡単な方へ、ラクな方へと流れて、その手間暇を惜しむ代わりに色んなモノを失ってるから、だろうけれど。

家の中のインテリアから食器から、もう何もかもが愛らしい。大切に使われているのもよくわかる。流行りを追ったり無駄に揃えるのではなく、必要なものを必要な分だけ。

「自由」は時にとても面倒で厳しいものをもたらすけれど、それすらも自明の理で彼女は楽しんで暮らしているように思えた。広大な庭に好きな花を植え、春の訪れを待ち、夏の盛りを楽しみ、秋は冬に備え――また、春を待つ。一日中やることだらけなのに、ターシャはイヤな顔もしなければ面倒がりもしない。
喜びならば、自分の手で生み出せるものだから。多少の苦労も忍耐も必要とされるけれど、それは些細なもの。その向こうにある「喜び」をこそ彼女は生み出したいから。

モノが溢れた部屋で、ぬくぬくと横着な日々を暮らす私だけれども、彼女のこの生活には憧れるのだ。都会モンが「田舎暮らしに憧れちゃうー♪」とか言ってるのを見ると「ヘッ、耐えられねえクセに!」とかせせら笑ってるクセにねえ↓(利便性に慣れてる上に、必要最低限の接触で日々をやり過ごしているようなひとたちには、田舎の閉鎖性だのイヤラシさだのはわかるまい。いや、そりゃ皆が皆悪いひとではないけれど。……ああ、でも、だからと言って、私自身が「都会暮らし」とやらをしたい、とは思わなかったなあ。ついていけそーにないからだが)

久々にTVでいいもの観たなあ、と思った良作だった。NHK、受信料かっぱぐなら、いつもこれくらいのくおりちぃのモノで夜露死苦。

かつて、狭いし何という花も咲いてはいなかったけれど、「庭」を失ったことのある私には本当に素晴らしく見えた。今の家にはその失ってしまった庭よりもっと広いスペエスがあるけれど、やはり「失ってしまった」方の庭には勝てないのだ。自分がつくりあげた庭ならば、なおのこと愛しいに違いない。
だから、ターシャは手間も時間も愛情もかける。「ただそれだけのこと」が難しい今にあっても、日々黙々と、けれど楽しそうに。
「(自分の庭を)地上の楽園と呼んでもいいでしょう?」
そう言った。もちろん。与えられた楽園ではなく、自らの手で創り上げたそこを「楽園」と呼ばず何と呼ぶべきか。
やわらかで確かな英語もまた、耳障りがよく、心地よかった(全部聞き取れるほどスキルはないが)。
その地上の楽園で、幾度もの四季をこれからも謳歌して欲しい。

ターシャの家
ターシャ・テューダー
4840114374
百鬼夜行 陰
京極 夏彦
4062748525

読むとなると妙な覚悟が必要なので、何となく先延ばしにしていたのだが、ふと手に取ってみたら、……短篇集のせいかするすると読めてしまった。長編だと事件と人物とペダントリィが錯綜して読む速度が遅くなる+読み始めると先を知りたくて読み終わるのに苦労する(1章? が長いために切るに切れなかったりする)ので、「よし! 読むぞ!」という気合いが必要なのだ。でも、これに限って言えばその気合いは必要なし。あったのは、やはりと言うべきか、「記憶力」なのだった。読むのを先に先にと延ばしてしまうのは、もう一度手元にある「本編」すべてに目を通してから、とも思っていたからなのだ。何しろ私の記憶力は素晴らしく悪い上に低下の一途を辿っているのだ。

でも読んじゃうんだな。で、「コレってあのハナシの時のアレに繋がるんだな?」とか、「この人物って○○だよね?」とか、当てにならぬのーみそを頼りに無理矢理読むのであった。
結果から言えば、「本編」を読んでなくても読める。が、「本編」を読み、知っていれば(当然のことながら)尚楽しめる。
「いかなる端役にも彼らなりの人生がある」故に、「登場人物の人生はどう始まって終わるか、どの人物であれ決まっている」と京極氏は言う。その言説通り、すべてちゃんと決まっているために、後から書かれようが先に発表されようが、ちゃんと繋がって理解できるようになっているのだ。
しかし。私は虎の巻ナシには読めなかった。というか、確認したくなってしまうのだ。あやふやな、曖昧な記憶のまま読むのは何となくもったいない。かといって、いちいち「原典」を当たっていてはそれこそ日が暮れてしまう(どちらかというと夜が明ける、が正しい)。

私の虎の巻、とは。はるか6年前に出た雑誌「ダカーポ」。ちょうど本編としては「塗仏」が出された頃、「京極夏彦徹底攻略」なる小特集を組んだ号があった(ちなみに「ダカーポ」No.434 1999.12/1。¥270という価格の割に内容は充実していると思う。あと、当時どういう時期だったか、どういう時代だったかが明瞭にわかって読み返すと妙に面白い)。

ちなみにこんな表紙でした。
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当時自分好みの特集があると買っていたのでこの時も迷わず購入。いやあ、記憶力皆無の私には大変便利で御座います。
主要登場人物の名前と略歴・属性一覧、時系列の年表化(しかも、今回読んだ短篇集とどの時期のどの事件とリンクしているのかわかるようになっている)に京極氏御本人へのインタビュウ(この当時の写真にはあの目印というかお約束のグローブがないぞ! 素手だ、素手!)が掲載され、頁数にしてたったの8頁なのだが、侮れぬ8頁だ。有り難や~~♪(思えばその数頁におよそ¥300払うつーのは酔狂と言えば酔狂だな、おい。いや、たまたまメインの特集「一番優れた英会話修得法はどれだ!」にも興味あったんだけど)

で。読みながら記憶がアヤしくなってくるとこのアンチョコ(……久々に使った、このコトバ……。というよりもだな、イマドキのひとってこのコトバ知ってるのか?)本をぺらりとめくっては納得めくっては得心が行くという何とも情けない感じではあるのだが、読み終えては前に読んだ作品の茫として獏とした記憶に照らしては感慨に耽る、という贅沢な時間を満喫したのでありました。
「本編」では具に語られなかった人物たちの感情や過去が「妖怪」を呼び起こしそれに翻弄されつつも、ある者はその後自分がいかなる末路を歩むかも知らず、ある者は忌避すべき過去を知り、ある者は殺害される直前までの心情を吐露する。短い中にも凝縮された彼らの「人生」の瑣末にして重要なあれこれが描かれており、長くないとは言え読み応えがあった(もっとも、「いつも」と違って時間はかからないのだが)。

誰も知らぬ瞬間の積み重ねもまたそのひとの人生の一部。単純に「長さ」では量れないのだ、物語もソレも。
するするとヒトに導かれ、ヒトを導きながら、妖怪たちが跋扈する。誰そ彼時は逢魔が刻。現れては消え、消えては現れる。
ヒトの想いや人生にも、見えるところと見えぬところ、見せぬ部分があるように、――。
いつ何時、ヒトに……自分にも「そんな時」が訪れるやもしれぬという期待と不安が押し寄せてくる。ないと誰が言い切れる?
不幸な最後を遂げた者、いつの間にか操られ、その自覚もないままにひとを殺めてしまった者、物語に一見関係の無さそうな者、事件に遭遇することなど夢にも思っていなかった者。彼らの短い物語――人生の断片が其処にある。
短篇集の最後が「あの物語」になっている、というのはなかなかに粋な趣向であった。終わりは始まりなのだ。どんな時も。

さて。そろそろ本編「塗仏」再読開始と行こうか。記憶力の無さはいつでも何度でもミステリを楽しませてくれる。有り難きは衰え行く己が記憶力(ため息)。
sora no uta(DVD付限定盤)
新居昭乃
B000BLI99M

そうか。もうデビュウして20年になるのか。そんなに経っていたのか。ずっと好きでずっと聴いてきたから、時の経過なんてある意味気にしていなかったような。違う意味では気にしていたけれど(何しろ最初のアルバムが発売されてから、2枚目のシングルではないCDが出るまでが随分と長かったので)。

ものすごく正直に言うと、「もう少し(個人的に)聴いたことのない曲を多めに入れて欲しかったな」という感じ。「個人的に聴いたことのない曲」、というのは、他のアーティストさんに提供した楽曲や、今までのアルバムに収録されていない曲、未発表曲のこと。なるべくMAXIなんかも買わないようにしていたりするファンとしてはどうなのよな姿勢を貫いているので、最近発表された提供楽曲にしてシングル、はほぼ収録されてらっきー☆だったけれど、……マメにそういったCDも購入なさってる方なんかだとちょっと残念に思われるのでは、と他人事ながら思ってしまったり。
セルフ・カヴァの曲、アルバム未収録の曲、新録曲に、ファンの意見や希望も取り入れてのあれやこれ、が収録されて全部で16曲。好きな曲ばかりなので嬉しいと言えば嬉しいのだけれど、やっぱりちょっとだけ物足りなさが残る。でもまあコンセプトとしては20周年記念アルバムな訳だし、妥当と言えば妥当なラインでもあって、……ええ、家に届いて以来時間があれば聴いております。
ああ、もっと昔つくった曲とか、未発表の曲とか、提供楽曲とか聴きたかったなあ……(まだ言うか)。比較的最近のアルバムの曲が多かったものでつい。御自身の独断と好みのみでのセレクトだと、まったく違う楽曲ばかりになったそうで、私としてはソチラをこそ聴いてみたいかも、などと思ってしまった。いや、このアルバムだって満足しているのだが!

初回限定版にのみついてくるDVDはまだ見ていません。大好きな曲が入っているので「聴き惜しみ(?)」しているのです。何かこう、心が落ち着いて清廉な時(何時だよ!)にじっくりと観て、聴きたいの。聴けば、何かが浄化されそうな気もするけれど。

20年、という時の長さが、重いのではなく、でも深く静かにたゆたっているのを感じられるよいアルバムになったと思います。
コレクションドール/コープスブライド Y-230
B000AUEMI6

またしても近隣のシネコンでは上映してくれなかったので少々遠出をするハメに。連れていってくれた友人に感謝Vv
前作「チャーリーとチョコレート工場」に続いて「コープス・ブライド」。ジョニー・デップ、同時期に声だけの演技でちょっとひ弱だけれど誠実な青年とあのキテレツなウォンカ氏を演じ分けていたのか…凄いな。

DVDも出ましたね。
ティム・バートンのコープスブライド 特別版
ダニー・エルフマン ティム・バートン
B000C0YN6K


没落貴族と成り上がりの商家(?)の娘と息子が結婚することになる。むろん、親たちの勝手な利害が一致してのこと。貴族の娘ヴィクトリアは控えめでおとなしいし、結婚相手のヴィクターも負けず劣らずの遠慮しいでちょっと気弱な風情。けれど出逢った瞬間にふたりは相手に恋をした。そのまま幸せに結婚式を挙げればいいだけだというのに緊張のあまり予行練習でトチりまくるヴィクター。短気な牧師にキレられて延期になる。誓いのことばを暗誦しつつ、ヴィクターはとぼとぼといつの間にやら林の中へ。唱えつつ思わず転んだら突き出していた枯れ枝に花嫁の薬指にはめる筈だった指輪がすこん。それは木の枝ではなく死体の指だった。その瞬間現れた「死体の花嫁」――コープス・ブライド。そのまま死者の世界に連れ去られ、結婚を迫られるけれど、生者の世界には愛しいヴィクトリアが居る。この結婚は間違ってる、自分は死人じゃない、コープス・ブライドことエミリィの境遇には同情を覚えるものの戻らなくては。でも、どうやって?

前半が少しばかりかったるいのだけれど、そもそもがさほど長い訳ではないのでまずまずといったところ。
生者の世界はモノクロで勢いも輝きもないのに対して、死者の世界がカラフルで活気に充ち満ちている辺りがバートンだ。死せるモノたちは皆「死後の世界」を謳歌している。上下も身分もなくただひたすらに楽しく過ごしている。踊る歌う酒を呷る。そして、結婚する筈だった相手の男に殺害され、以来愛し愛される結婚と花婿を待っているエミリィの幸福を願っている。欲得ずくの生者の世界とは何と違っていることか。地上では結婚を控えていた両家の両親が自分たちにとってその縁組みが如何に何をもたらすか、そればかり考えているというのに。

エミリィは生前はとても美しい娘だったというのだが、……死んでからもきゅーとよ。頬に裂傷があるし(そこから頭骨の一部、歯のかみ合わせ部分辺りがちょいとのぞくのよ)目ん玉は時々落っこちるし片手片足骨むき出しだけれど。朽ちかけたドレスの着こなしだって悪くない。ピアノを弾くのだって上手(時々情熱が先走って腕の関節あたりから先がすこん、と取れて勝手に演奏だってしちゃうけど)。自分に正しい誓いのことばを捧げて指輪をはめてくれたヴィクターを、その瞬間から愛する。それはもう一途に。今度こそ幸せになりたい、それだけを願ってる。健気だ。可愛いぞ。
だから、ヴィクターも一度は嘘を吐いて地上に戻り、婚約者・ヴィクトリアの元へ行こうとするのだけれど、地上は地上でヴィクターが居なくなったってんで、呼びもしないのに現れた妙な野郎がヴィクトリアと結婚することになっていると知って、……自らも死んで死者の世界に留まり、コープス・ブライドと共に生きる…いや、死ぬ…ええい、死という生を生きることを決意してしまう。
彼は、とても優しいひとだから。エミリィの哀しみと願いの強さをわかってあげられるくらいに。
そして、おとなしくて周囲に逆らえなさそーなヴィクトリア、彼女もまた行動を起こす。ヴィクターを救い出したいと願うものの阻まれて部屋に軟禁されるのに、窓から抜け出してでもヴィクターの元に行こうとするのだ。おう、そう来なくては!

死者たちがヴィクターとエミリィの結婚式のために地上の教会を乗っ取る(で、「境界」はブッちぎりね♪)。死者の世界のワインを飲めば、その毒で心臓が止まり、めでたく(?)死者の仲間入りが出来るのだ。誓いのことばを述べ、それを飲み干せば、彼はあの享楽的極彩色パワフル死者の国へれつごー! なのだ。

ここで、観ている側は思う。ヴィクターはどちらを選ぶのだろうかと。生者か死者か。輝きもないくすんだ地上か、はたまた彩りに満ちた地下の世界か。ヴィクトリアか、エミリィか。
そして、エミリィ――コープス・ブライドは彼を愛するが故に無理矢理にでも自分の世界に連れてゆきたいと願うのか。

ヴィクトリアは教会に辿り着き、夫になるはずのヴィクターがまさにコープス・ブライドと結婚しようとしているのを目の当たりにする。エミリィとヴィクターが彼女に気づく。

さあ、死者たるの花嫁よ。汝の選択は?

てなわけで以下ネタバレなので未見の方は読まない方がよろしいかと。

死化粧師 2 (2)
三原 ミツカズ
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「エンバーミング」―― embalming というコトバを知ったのは何時のことだったか、もう憶えていない。ただ、死者を生前の如き姿に近づけるべくあらゆる施術・処置を施す技術、くらいにしか知らなかった。具体的に何をどうするのか、なんて知らなかった。この作品では随分と細かくあれこれ描かれており、著者が情報を収集すると同時にどうあるべきものであるのか、自分なりの意見等々をしっかり持っていることが伺えて、非常に興味深い作品になっている。日本では耳慣れぬコトバであるし、実際あまり知られてもいない。

私の祖父が亡くなった時、葬儀屋が呼んでくれた白衣を纏った男性がひとりやってきた。私たちに剃刀や不必要なシーツや蒲団を用意させ、静かに襖を閉め、しばらく籠もったままだった。
「遺体を綺麗にしてくれてるのよ」
母はそう言っていた。これは所謂エンバーミング、では、無論、ない。ある程度の見映えを整えてくれて、柩に収めるまでの一夜、家族と過ごすために死に装束に着替えさせてくれた、それだけのことだ。それでも、私たちは感謝した。ただ、……寒い時期だったものの、なかなか僧侶の都合がつかず、すぐに葬儀できなかったために、祖父の身体はゆっくりと明瞭にはわからぬ程度とは言え、私たちの目の前で、腐敗していった。なかったはずの死斑(?)が増え、口元から、詰めた筈の綿をも越えてナニカが伝ってきたのは、どうにも物悲しい光景であった。
それをさせないのがエンバーマーの仕事である。最後の別れの時、せめてやつれたり損傷したり失われた部位のない、生きていた頃そのままの姿と対面し、辛くともかけがえのない時間を過ごさせてくれるための処置をしてくれるのが。

間宮心十郎。一見軟派な男なのだが、実はとても繊細であり弱さと脆さを潜ませた、まあ、言ってみれば美青年だ。アメリカ人の父と日本人の母を持つハーフである。いつも異なる女性を連れ歩き、誰に何を言われようと飄々と交わし、その本心はなかなか見せようとしない。
しかし、「仕事」に関しては常にプロフェッショナルな姿勢を貫くと同時に、心遣いと優しさを忘れない。
エンバーミングは死者と、そして残された生者――遺族のためにある。死者は「死体」ではなく「人間」であり、故にその声を聴くべく向かい合い、逃げることはしない。

死化粧師 3 (3)
三原 ミツカズ
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この3巻目で初めてというかようやくというか満を持してとでも言うのか、彼の「過去」とエンバーマーになった経緯と、「ナマの感情」が具に描かれている。
自分もまた「残された遺族」であるということ。「死」と向かい合うために持つべき技術と心構えとを如何に培い、育て、己を知るのかということ。エンバーマーになる決意をさせた凄惨な出来事。愛するひとのエンバーミングをすることの重さと哀しみ。

物語は「死」には満ちているけれど、「死臭」が漂うことはない。死にゆくものも残されたものも生きていたし生きているのだ。いつか誰もが向かい合う「その時」と1日24時間、1年365日向かい合うということがどれほど苛烈で苛酷なものであるか。
病の故に死ぬ者。命数尽きて逝く者。自ら命を絶つ者。不慮の事故に巻き込まれて遺体と化す者。
彼ら、とひとことで簡単に集約できてしまう存在のひとりひとりと向かい合う。また、彼らに先立たれ残された遺族のひとりひとりと。

心十郎はどうやらいつも考えているらしい。
「もし、愛する人間をエンバーミングしなくてはならないとしたら?」。
彼には大切にしたいらしいアズキという少女の存在が居る。死の影は常に誰の上にも降りかかる。彼にとって最大の恐怖はソレだろう。
仕事の後はいつも弾力のある肉の感触と、血の通った温かい肌が欲しくなるほどに、彼は――「弱さ」を常に持っている。けれど、その「弱さ」故にひとの心の痛みを掬い取れるのだ。

生きている限り、「その時」は、来る。その時ナニカが出来るのは、……生きている側なのだ。だから、生きている人間の為に彼は死者と――死体、ではない。あくまでもどこまでも「人間」なのだ。死んでいるだけ、で――向かい合い、別れの時を辛いだけの時にしないよう尽力する。真摯に。真剣に。繊細に。

私は何度読んでもアホみたいに泣いている。何でこんなに泣けるのかと思う程泣く。それなにの繰り返し繰り返し読む。
自分の無力さを確認する儀式みたいに。
漫画・イラストの描き方入門―Draw your own manga
永友 はる乃
4770029519

……英文ver.があるんですか、まんが、イラストの描き方入門てえものに。アレですか、やはり日本独特の平面的な2次元イラストの描き方をマスタアしたい剛の者が欧米各国に居るということを見越しているのでしょうか(ココのぶろぐではクドいほど言っているけれど、日本人にとって見慣れているよくあるあんな絵やそんなイラスト、あれは日本人独特の、ある種の様式美と言ってもいいもので、海外の方にはまさに「日本固有のモノ」に見えるんですよ…何しろ立体に起こしづらいことこの上ないですから)。小さい頃から見てきて、模写したりなんかして育ってきた我々日本人と違って、アニメで出逢ってネットであれこれ調べたり探したりしてさらにでぃーぷな世界にアシ突っ込んで、自らもイラスト描きたいわ、な衝動にかられて描いてそれをHPにUPしてらっしゃる方を何人も見かけているけれど、……「日本人のイラスト的文法」が身についていないので小学生が描いた絵みたいなのがゴロゴロあるのだなあ。でも、好きなんだよー、という気持ちが伝わってはくるわけですが。
昔とった杵柄じゃないけど、コレの英文ならもしや読める!?(むろん、杵柄は英語に関してではなく、イラスト描く、という点に於いて、だ、カナシイことに)一瞬買いそうになったじゃねえか(笑)。

もう何年もやってないことに、とうとう着手しましたよ。禁断の扉を、封印された扉を、再び開いてしまいましたよ。
私、何やってんだろう……。定規とかあれこれ揃えて、ひっそりとテエブルに向かって、白い紙にコマ割って何か描いちゃってるよ……終わったねーもう終わってるねー↓↓↓

で。最初は「もう、コマ割りの仕方なんて憶えてねえ! てゆーか描き方なんて忘れてるって! ……あれか? 中高生のびぎなーちゃんたち向けのまんがのかきかた、みたいな本でも買って読めってか?」とか思ったりもしたもんだけど。
……いざ描いてみたらカラダが憶えていたわ~~~~~~(キモイ。マジキモイ)。ヲタクの魂百までも! もっともかなり乱暴な方法採ってるけど。
枠取ったらおもむろにペンでがーっとこれくらいでいっか、とひとつコマの枠線引いちゃって(昔はGペンでわざわざ枠線だって引いたのに、今じゃ油性ペンだよ、ははは)、必要なら下描きして、必要なければいきなりペンでがしがし描き込む(乱暴だな)。2頁、あっさりペン入れ完了。消しゴムかけと仕上げすればおっけ。ペンもその辺で売ってるフツーのゲルインクペンだしなあ(印刷するにしてもどうせコピィだし)。でも丸ペンの繊細さにはやっぱり敵わねえなあとか思っちゃってる自分がコワイ。

大昔、イラストだのまんがだのへろへろ描いてればシアワセだった頃の原稿に、手を入れてるのです。何か野暮だけど。てゆーかナニからの逃避なんだろうね、自分……。
小説やら文芸部用に書いた原稿も整理がついてスッキリ。ああ、ホントに日々何してるんだろう↓

TOPにある本、「描き方」という漠然とした単語で検索したら見つけました。ほかにもイマドキはマニュアルの充実度がスゴイのね、と思わせられるあんなのやこんなのがいっぱいありましたよ。「コスチュームの描き方 メイド・巫女編」みたいなのも見た気がする……なんだよそれ……(怖。ちなみに、下着云々てのもあった……業が深いな、この世界は……)。
こんにちは おてがみです
中川李枝子・山脇百合子 こいでやすこ さとうわきこ
4834021726

オンライン書店ビーケーワン:こんにちはおてがみです
あまぞんでは未だ予約すら受け付けておらず、ISDNコオドすら無い、という体たらくだけれど、bk1では随分と早くから出版予定は告知していたわ予約受け付けてるわ。この違いは何??

「こどものとも」で育ってきたひと、「こどものとも」が好きだったので自分の子供にも読ませてあげてるひと、にはたまらない企画モノ。今年50周年記念で何冊か発行される内のひとつで、もうどれもこれも欲しいんだけど、これはもうド真ん中というか直球で「欲しいぞ!」という気持ちをかき立てられるタイプの本なのだ。
「ぐりとぐら」(大好き!)「だるまちゃん」(……私の幼少時ですでに「懐かしさ」満点だったが、今も健在なんだな? だるまちゃんやてんぐちゃんが紹介してくれる色んなあれこれは「楽しい」ものとして認識されてるんだよな!?)、「ばばばあちゃん」(これは私の世代ではないけれど、好き。気骨ある元気のいいばあさまやおっかさんなんかを描かせたらピカ一だ、さとうわきこさん! ……私、彼女の処女作だという絵本持ってるよ。ものすごくいい絵本なんだけど、絶版のままにされてしまうんだろうか)とか、お馴染みの登場人物(?)たちからお手紙が届く、という趣向なのだ。いや、このテの本はいっぱい出されているんだけど、何だか真打ち登場という趣があってたまらん魅力に溢れてます。おまけに、そのお手紙を届けてくれるのが「ゆうびんやさんのホネホネさん」なのだ♪(この「ホネホネさん」シリィズ、今のところどうやら3冊出されたらしく、「傑作選」としてようやく最近2冊目がフツウに読める状態になった。私は「あきのひのホネホネさん」を月刊絵本で購入してから知りました。とりあえず今はホネホネさんと彼を取り巻く人々(?)の「四季」を巡る物語であるらしい。シュールな絵なのだが、人気あるみたい。いや、ホントにフツーに骸骨なんだよ、ホネホネさんって)
封筒入りの手紙は何と10通! その分人気登場キャラからの手紙が読める、と期待していいのでしょーか。素敵Vv

てなわけで、読める日が待ち遠しいのです。手紙が届くのを待つのに、ホントに似てる。来るとわかってる手紙だけにもっとずっと。
Snow Crystals (Dover Photography Collections)
W. A. Bentley
0486202879

そういう季節になっていたのだ。昔はもっと早くにイヤでも実感させられたものなのだけれど、ここ10年近くは所謂異常気象とでも言うのか、それまでにあった「その月々の季節感」を感じられない、あるいは翌月、翌々月にずれ込んでゆく、のが普通になってしまった。
11月も半ばなのに、雪も積もらないなんて、何となく妙な気分だ。九州に居た頃も、物足りない気分だった。冬なのに雪が(あまり)降らない、というのは、何ともサビシイ気がした(もっとも、豪雪地帯で生まれ育つと、雪かきに日々追われるので、愚痴は尽きないのだけれど)。降るのが当たり前だったから。今もその気分。降って当たり前なんだけど。で、降って積もると愚痴り倒す、この繰り返し。
庭の片隅にほんの少しだけ残った溶けかかった雪。昔ならもうとっくに根雪になってそこそこ積もってる頃なのに。
――などと思っていたら、去年は忘れた頃にドカ雪にやられ、往生したのだった。毎日雪かき。捨てる場所も塞がってきて庭の積める所に積み上げてゆく…と外界が見えなくなる。自分の身長どころか父の身長(178cm)をも超すほどに積み上げてしまい、もう何が何やら。で、そこにさらに屋根からの落雪が夜毎日毎どすんどすんと。溜まる溜まる溜まりまくる!
White Snow, Bright Snow (Mulberry Books)
Alvin R. Tresselt Roger Duvoisin
0688082947

今度は積み過ぎたそれを崩しては捨てられそうな場所まで移動させる。重労働。寒いのに汗だくになる。出来れば朝は避けたい(出勤前に汗だくののち乾いた髪、で行きたくない! ついでに言うなら服の着替えも面倒だ↓)。でも夜のうちに降られたら、朝やるしかないのだ。帰宅して夕方また雪かき。またしても汗だく+筋肉痛。この繰り返し。
それでも本当の意味ではイヤにならないのだから、多少Mのケがあるのかもしれん(笑)。これからどんどん寒さが増しーの雪積もりーのかあ、とか思いながら、熱々のココアを啜る。
約束の十二月/誰かの冬の歌
斉藤和義 リチャード・ヘル
B000666X6S


今回の画像は「冬」と「雪」をキィ・ワアドに。何となく選んでみたもの。
REAL SIMPLE JAPAN (リアルシンプルジャパン) 創刊2号(06年1月号) [雑誌]
B000BYTNGM

店頭に並ぶ前に届いた、らしい。発売日あまぞんでは19日、になっていたから。いやあ、速いわー(前回も書きましたが、年間講読予約入れてあるので、発売日辺りに先方がどーんと送ってくれるのです。そして爽やかに玄関の郵便受けに放置される……コレ、場合によっちゃかっぱがれるひとって居るよな、きっと…↓)。

今回は収納と整理について、がメイン特集ですか。今の私にはぴったりではないですか。日々整理整頓に追われて、ぜいはあゆうてる私には!

現在読み込んでいます。現在読み込んでいます。現在読み込んでいます(以下えんどれす)。

ダウン・ロード読み込み終わり。端的に言うと、「今」の私には出来ることと出来ないことがある。以上!
……簡潔だな、うむ。いや、そうじゃなくて。
どういう提案にしても、そうなのだけれど。はい。

生活臭が漂わない雰囲気を保つ・崩さないところは流石、と言ったところか。とことんスタイリッシュさと機能性に拘っている。使ったインテリア、雑貨は価格・販売されている店舗名も記載されているので、参考にはなりそう(「ダ○ソー」で済みそうなモノも結構あるので、安く上げたいひとは工夫次第で如何様にも♪ でもって、「なりそう」としか書けないのは、大都市在住者にとって利便性の高い店がほとんどだから、という理由。こまめにおされな雑貨等扱ってるお店を回ってれば、多分似たようなものや同じ商品を見つけることは出来ると思う)。
クローゼット。はい、ここでまず紫堂はダウン。無いから。クローゼットなんて、そんな贅沢な!! 越してきて以来ン十年と住んでるこのいい加減に建てられた家にそんなこぢゃれたものなどない!(大工だか宅建業者だか知らんが、あれこれ「こうなりますよー」「あそこはああなりますー」なんてチョーシぶっこいていいことばーっか言ってたクセにいざ出来上がってみたらそのことばの通りになっていなかったところ多数……)
キッチン。はい、ここでさらに紫堂ふて寝決定。キッチンは母の城であって私が口出すなんてとーんでもない。実際、もうどこから手をつけたもんだかわからん状態になっている。住み始めた頃の小綺麗さは私が進学して家を出た後から徐々に失われていった……。母よ、いくら住んでないからと言ってコドモの部屋を勝手に物置にする、つーのはどういう了見なんだ?(若くして、あるいは幼くして高いした・殺害されたお子さんを持つ親御さんが「まだ当時のままにしてあるんです……」なんて仰ってるのをTVなんかで見るにつけ「あ、ウチのオヤならとっとと物置にしくさりやがるな」と思ってしまうほどよ)
閑話休題。化粧室。はあ、そりゃどうにも出来ませんなあ。ここも母の領域ですからねえ。でもってやはりどこからどう手をつけていいかわからん程の荒れようだ。って、ウチは一体どんなウチなのだ。「汚宅」ってヤツ?(しくしくしく)
でも、家刀自たる女性(男性でもいいんだけど)であれば、自分好み+スタイリッシュ+機能的、に、大々的にあれこれスッキリさせられそう、でもある。ホントに、過不足無く端的に「こうするといいよ」という提案がキレイな写真と共に掲載されている「だけ」で、そういう意味では前回同様見ていて目に煩くなく、気持ちよく読める。

「才色兼備なグラスコップ」や「トマト缶をもっと使いこなそう」等の記事も楽しい。実用性重視だけれど、1ペエジ1ペエジ、レイアウトから何からとても綺麗。「オレ○ジページ」や「○タスクラブ」、「○ンキュ!」の身近さも好きだけれど、あそこまで密度の濃い誌面ではない分、眺めて楽しい要素が高い。個人的には楽しめた。

創刊号は私が住んでる辺りの書店でも結構な売れ行きだったけれど、果たして定着してくれるかどうか。今後も期待しておこうっと。
英国スタイルの家事整理術―おしゃれに、すっきり生活
佐藤 よし子
4569577431

夜の夜中までぜいはあ言いながら部屋の大掃除。……「大」掃除しなくちゃいかんほどに放置していた自分が憎い↓ 少しの手間を惜しむと後で大きな手間をかけねばならないのね、と今更ながらに痛感しながら、必死で部屋を片づけていた。
だからさ。どうしてふだん手にもしない雑誌を、今急いで部屋の中を片づけろ、ちう時に読み出すかな。最近整理してない棚とかチェックすんのは後だろう、後! ……試験勉強を始めようとしてうっかり「ガラスの仮面」13巻なんかに手を出してしまったら前と続きが気になって気づいたら朝になるまで目を血走らせて持ってる分全巻読み込む高校生じゃないんだからさ(涙)。ああ、やりたくねえという気持ちが行動に素直に表れるわ。

昨日うっかり食玩コレクションの整理をしていたら、うると○まんの腕を落としてしまい、ありそうな所をくまなく捜索したにも関わらず見つけることが出来ず、いっそのことサボりにサボっていた掃除と整頓もしとけや、と奮起する。ああ、昔見た玩具、いっつも思い出すなあ。一時期よく見かけたパズル。色々あって、グラスにウイスキィ(を模したアクリル素材のピース)が氷(同前)と一緒に収まっていて、一度取り出して、それを再びキレイに収める、という立体で楽しめるパズル。これで、家モノがありましてねえ(前にもココで話題にした気がする…)。透明な一軒家(まさに、マンション、というカンジ)があって、半透明な家具がぎっちりキレイに収まってる。ど真ん中に「愛人」のピースがあって、それを取り出し、奥さんのピースに替えてもう一度きっちり詰め直したらパズル完成、みたいなヤツ(確かそんなの。「愛人」を妻の留守中に家に入れて、いざ妻が帰ってくるというその時までにどうにかして追い出して…というあまりに生臭い設定に笑った)。
私の部屋はまさにそんなカンジだ。限られたスペエスに、明らかに容量超過したモノがパズルのピースのようにみっしりと詰まっている。隙間は何処? 蒲団敷いたら見えてる床なんて皆無に等しいぞ。狭い。狭過ぎる。そして狭過ぎると思ってるクセにモノは減らない私(口も減らないし体重も・以下略)。
しかも、その密度の高い部屋からちーさなちーさなパアツをたったひとつ見つけ出すことが今回のミッションですよ。草原で針探す気分(大袈裟)。
ついでに、必要ないと判断したもの、持っていてもしょーがないな、なものもどーんどん処分。あらやだ、指定ごみ袋がどんどんぱんぱんどんぱんぱん(壊れた)。思い出の品なんかも処分処分♪ ココロに刻めばいいことよ♪(何かを誤魔化したいらしい)「もったいない」とかゆーてる場合か。そんなんゆうならこの時間がもったいないわ! と至極真っ当な理由で捨てる捨てる。平生その理性と論理が欲しいぞ、自分。

無事見つけましたよ。うる○らまんの腕(スペシウム光線の残像〈?〉の一条付)。ああ、よかった。これで今夜はぐっすり眠れるわ(しょーもないことが気になって眠れないタチ)。つーか今までバラしたこともないし、もうバラすこともないだろうからさ、You、瞬間接着剤でくっつけちゃいなよ。

かなり捨てた筈だけれど、それでもまだまだ手を入れる(?)余地があり過ぎで、やはりこれは毎日こつこつやるしかないなあ、と。まとめてやろうとするからヨロシクナイのだと、わかってるんだけど(横着な完璧主義者なので、やるとなったら寝食もナイガシロにしてまで集中してやり続け、やる気がなくなると一切やらないという潔さ…じゃなくてだらしなさ)。

要らないものはとにかく処分。道のりは遙か遠い……。本当に要らないのはお前自(以下略)。

英国スタイル 手間をかけない家事整理の本
佐藤 よし子
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冒頭の本と合わせて、偶然見つけた本。……同じ著者で、ほぼ同様の内容っぽいのだけれど、違う出版社の文庫。一冊あれば事足りるのか、はたまた2冊買ったらより充実度が増すものなのか。確実なのはまた出費が増え、部屋のスペエスが減る、ということなんだが。でもって、とりあえず読む暇確保したかったらやれることやっちゃいな、と改めて思うのであった。

でも明日は一日ゆっくりするナリ。今日寒いのに汗だくになっただよ…↓
進め海洋堂―食玩からアクションフィギュアまで海洋堂作品オールカタログ
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このテのカタログだけで一体何冊出てるんだよ、とちょっとゲンナリ。コレは持ってないな、確か。去年出たヤツで、買った記憶ナシだから。造型集団「海洋堂」が原型を手がけた主に食玩/カプセル・トイを網羅したカタログ。どんーどん増える一方だからそりゃ何冊も何冊も何冊も出るわよねー(イヤミったらしい)。

一体自分でも何をどのくらい持っているのか、既にわからない状態になっている。辛うじて同じシリィズのものは同じケエスに収納、ということをしてはいるのだが、ブック(大抵の食玩・カプセル・トイに同梱されている解説書・ラインナップ紹介をするもの。嵩張らないように折り畳んで入れてあることが多い)は別にしておいた方がいいかな、なんて思って別個にしまっておいたら何処やったかわからなくしちゃうわ、何がちゃんとコンプ出来てて何が出来てないかわからないわ(買い始め当初は「生真面目」かつ「王道」の、ナカミがナニカもわからないけれどとにかく揃うまでは闇雲に買う、というのをやっていた。今は……ショップでコンプ・セットを買う駄目なヲトナになりました……だって続かないのよお金が・涙)、ちょっとイライラしてきた。
未整理のものが溢れかえっているのだ。コンプしてしまったために、特に必要なくなってしまった「チョコ○ッグ」だとか「○ョコQ」(すべてカプセルに入っているため、いちいち中身を確認し、開けなくてもわかるようにするためにカプセルに名前を書いたシール乃至紙をテエプで貼り付ける等しなくてはいけない…↓ 誰かに譲る時のことを考えると、おいそれとカプセルを処分できないし、このままの状態の方が保存もラクなのだ)がまるで蟷螂が群為して卵産み付けたんか、くらいあるし(気持ち悪い表現……)、箱に入ったまま適当に袋に入れて放置、なんてものまである(つまり、とてもとても嵩張る)。
いや、そんなに余るほどカネあったんかい、という訳ではない。友人もまた欲しいもののためだけに同じモノに手を出し、さらには自分が欲しいもの以外はどうでもいいので私に「まだ揃ってないならどうぞ♪」と「どうでもいいもの」、を押しつけて譲ってくれるのだ(時折有料で)。その中から欲しい分を頂戴し、自分のコレクションにしているのだが、……そのほかの「すでにもうダブりまくって持ってます」なヤツらがわらわらばるばるとあるのだ。中にはまだちゃんと中身を確認していないものすらある。どうしろってんだー!!(それも、賞味期限のキレたラムネ付でね……フフフフフフ……もう3年くらい前のモノじゃなかったかしらぁ?)

「ダイソー」で買ったA4の書類が入るケエス16段、特大タッパー(タッパーと呼んでいいのは「タッパー○ェア」だけ? 五月蠅い! アメリカじゃティシューは「クリ○クス」だ! 固有名詞が名詞化してんだよ! ←苛立ちのため壊れ始める)3つ、さらには通販で購入していた商品が入っていた箱だのにコンプ・セットで分けたり…とアホみたいにあるのだ。リッパなヲタクだなあ、ヲイ。どうするよ? もう、何の未練もない(私がさして関心がなかった・あっても買う気はなかったモノでも友人から流れた来たモノ。私は川下のゴミ溜めか?)ものは手放すことに決めた。持っていても陽の目を見そうにないのも何だか気の毒ではないか(実際、一度たりとも飾ったこともなければ、取り出して見たこともない。ケエスの整理をする時だけお会いする程度だ)。

さて、処分するものは決定ね、と。私はやや片づき始めてほくほくしていた。のだが。
かつん。小さな音が響いた。
あん? 何か落ちた? ケエスの中を覗き込む。
「げ! ○○の腕が片方無い!!」
ほんの少しの衝撃でどうやら接着させていたわけでもないパアツのひとつが何処ぞに落ちたらしい。この部屋にあることだけは確かなのだ。しかし、見つからない。何故!?

それはね。モノが多過ぎるからだよ!!

混沌の中で寝起きする私はついさっきまでソコにあった、と記憶していたものすら見失うのが日常茶飯事である。……ねえよ。見つからねえよ!! 何でー!! 何処!? 何処に落ちたのよー!?
この時既に午前と呼ぶべき深夜帯になっている。半泣きで必死にう○とらまんの腕を探す女……怖い…怖すぎる……。

翌日部屋の大掃除が決定したのは言うまでもない……(涙)。
sleep book 一日のおわりに開く本
suiming club
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不眠症が素敵に復活気味。一日のサイクルがおかしくなっている。マズイ。朝5時過ぎくらいじゃないと寝られない。寒い中、眠くなれ~~と自分に呪いをかけつつ、訳のわからん作業に勤しむ毎日(ええ、原稿整理とかファイリングとかそういうことをね)。日中眠くて仕方ないのをぐっと堪える…のだが、意識が朦朧としている気がする。
そんな時に、へろり、とハガキが一枚。
「ア○クでーす♪ マンスリィ・テスト提出されてないぞー? どうしたのかなー? 〆切、今月の○○日辺りなんだ♪ 待ってるゾ☆」(アタマがイカレてる状態での意訳)
……という内容のものであった。う。そういえば、最後の4回目、まだ未提出でした。てゆーかですね。やってないです。英語。放置してました。
ここ2ヶ月ほど、色々あり過ぎて精神的に何となく不安定で、何をするにもやる気があまりなく。すぐだらだらとあらぬことを考えてしまう(いや、何も考えてない、というのが正しいか。何しろ「朦朧としてる」くらいだ↓)。
やる気、なかったなー……。で、そういう時無理にやってもアタマに入らないわよ! とか言い訳してやってなかったんですな。

……何のために高いゼニ払っとんのじゃ!!

ハガキが来てよーやく重い腰を上げる私。おせえよ! ようやく奮起。最初の頃のあの情熱は何処にやっちゃったんだか。
ここで徐にいつもの睡眠導入剤を飲む。それからCDをセット、テキストと筆記用具を準備して蒲団に潜り込む。……いつも寝る前にやるのだ。それも蒲団の中で。……冬になったら寒いから尚更蒲団に潜る潜る。
……効きまくり! 英文をリピートしながら、すでにもう眠気に襲われている自分に気づく。いかん。眠い! 眠いぞ!! でもやると決めたのだ、やるったらやる!! 文法解説の部分なんて、ホントに理解してんだか↓ 

とにかく英文をしつこいくらいリピーティングをする。言い淀み(要はカミカミになる↓)が無くなるまで繰り返す。そこそこマシになったかな、くらいでようやく自分が指定されたパートを自分なりのスピードで読む。これを鬼のように繰り返す。ああ、波のよに眠気が押し寄せてくるわ~~。というよりも引くことを知らない勢い……津波?(涙)

そういう訳で、ようやく終えて消灯。ええ、眠れましたとも。そこそこではありましたが、いつもよりは格段マシな睡眠でした。

英語やってると眠くなる、って……アンタそりゃやるのイヤちうことかい、と自己嫌悪に陥ってしまったのであった。くそう!
2006 ちびギャラリー スケジュ-ル帳ブックタイプ(週間) パンダ
4871187667

手帳。もう来年のは買いますた。ええ、買いますた。前にもココで書きましたですよ。高かったわ。でも、思えばどーなつ食ってポイント貯めて手に入れてもそれ以上の金額がかかるのだが。
しかし。2番目くらいには候補に上げておいたタイプのものが、アッサリと¥580(税込)で売られているのを見た日にゃあ……(絶句)。

おのれ、ジャ○コめ!!

って、「ジャ○コ」に当たってもしょーがないのだが。6穴バインダ・タイプのが、同じような価格で売られているのは何年か見ていて、「ああ、安いし結構悪くないデザインのもあるから、お買い得なんだけど、……リフィル・タイプのはもう欲しくないしなあ……」とか何とか思って、いつも「可愛いんだけどねえ」と言いつつ我慢、というかスルー。そうだったのか。フツーの手帳もあったのか。
リサーチ不足でした……(号泣)。ちゃんと見てたらもっと安くついてたんじゃないのよー!! 
今回買った「リシェル」は日記としては書くスペエスに余裕あって、罫線まであってイイカンジー♪ などと思っていた故に、それ自体には満足していたのだけれど。価格が! 価格がー!!(貧乏人はとことんみみっちいな↓)

先日ようやく「ミ○ド」の店頭で今年の(来年の、と言うべきか)「スケジュールン」を見てきた。ああ、スリム型、デザインは悪くないなー……色合いも悪くないなー……でももう必要ないのねー(遠い目)。

来年はもっとリサーチしてから手帳探しに燃えることにします、はい。
以前、千趣会(「ベルメゾン」って言ったほうが今は分かり易い、のか)の頒布会形式の通販「HJC(ハート・ジョイ・クラブ)」で発売開始と同時に毎月購入、販売終了まで買い続けたもので、「チャティア・ブレイク」というモノがあった。要はお湯で溶くだけのインスタント飲料なのだけれど、違うフレイヴァー2種×5包ずつ、で月10包届くもので、月々に一応テエマがあるらしく、「アイルランドの○○」とか「パリのカフェが云々」とか、地域や地方で飲まれているアレンヂ・メニュだよん、みたいなカンジの、少し変わったものばかりが飲めた。手軽だったし、味も悪くなかったので好きだったんだけど、ネタが尽きたのか終わってしまった。残念(涙)。

20051115232955.jpg初期は入ってくる箱から一回分粉が入ってるアルミの小袋でさえ可愛らしいデザインで、毎月わくわくだったのだけれど、経費削減なのかシンプルさの追求なのか、色味は少なくなるわ、箱はクラフト紙に単色印刷になるわ…(元々はカラフルな箱で、イラストなんかも添えられちゃって、ツヤ有のPP加工まで施されていたのにー! ←細かい女だな。でも、本当に可愛くて今でも捨てられない↓ 捨てずにまだ持ってる辺りどうなのよ。←それこそスクラップして保存しておく予定だったのだが、忙しいとか理由をつけてはしないままに溜まってしまった↓ 箱・ナカミの袋・情報カアド。この情報カアドが欲しいが故に買っていた気もする。本末転倒……。いや、ドリンクも美味しかったです)。
珈琲ベエス、紅茶ベエス、あるいはココアベエスのいずれか2種が届いて、やれヴェトナム珈琲だシャリマ・ティだとそこそこ実際あるメニュの「粉末」が届くのだが、……本当にある、というよりも、イメエジでつくったメニュなんだろうな、と思っていた。基本的にはホットなのだが、夏場はアイスで飲める(むろんホットでも飲める)モノが届いた。紅茶の茶葉とてうなる程持っていたクセに、パッケエジと情報カアドのために買いますかそうですか。

最近、ドリンク・メニュのレシピ本、というものが見られるようになって嬉しいな、と個人的には思っていたのですが(こういう細分化されて、しかもこんなに種類あるのか! と驚かされると嬉しくなるではないですか。すでに一冊持ってるけど。コレ↓ 前にこのぶろぐでも取り上げました、はい)。
お飲みものはいかがですか?―うちカフェドリンクレシピ集
小林 まさみ
4528014181

満を持してとでも言うべきか、大好きな「プチグラ」からツボな本が出てしまった。嬉しいVv
Hot Drinks around the World 世界のホットドリンク
4903267075

これは実際にその国のひとたちに愛されているホット・ドリンクのレシピ集だそうなので、わくわくしている。並装本にヴィニルのカヴァがついていて実用的、との声も高く、その辺りも「流石ね♪」な仕上がりだ。写真の充実もさることながらそのドリンクや各国に関するコラムやエッセイも充実しているらしく、1冊で何度も楽しめそうなお得さ。
さらにちょっと前に「マーブルトロン」(ここも個人的に好みな本ばかり出してくれるので困る)から出たいがらしろみさんのドリンク・レシピ集も気になりまくり。
いがらしろみのスイートスイーツドリンク―フレンチスイートな「お菓子ドリンク」レシピ
いがらし ろみ
4123900925


デザアトといっしょくた(という言い方もどうかと思うが)にされて出されているレシピ集も決して嫌いではないし、好きなんだけど、ある意味この濃ゆさがよいのだ。飲み物だけで一冊、て!(カクテルなんかは十分一冊にまとまるのに、思えばデザアト感覚の飲み物のレシピ本というものは思ったほど出ていないような気がする…。まあ、珈琲や紅茶のアレンヂ系は見かけるんですが)

寒い時期だけに余計にツボ。表紙がまた何ともあたたかな雰囲気でぐーで御座います。
聖少女領域
ALI PROJECT 宝野アリカ 片倉三起也
B000B63GJ0

よもやオリコンやヒット・チャートで「アリプロ」の名前を見ることが出来るとは思っても見なかった…(失礼な!)。でも、思った通り「ウラ」があったな。いや、それもまた失礼なのだけれど。「ウラ」というのは。
コレです、コレ↓。
ローゼンメイデン・トロイメント 第1巻 (初回限定版)
PEACH-PIT 松尾衡 沢城みゆき
B000BT9AM4

最近のアニメつーのは手の混んだコスチュウムでも頑張って描けちゃうのね。フリルだレエスだリボンだ縦ロオルだとエライ作画が面倒なのもするりんとこなせる時代になったのね(涙)。
こちら↓は原作コミックス。
Rozen Maiden 1 (1)
PEACH-PIT
4344802128

女性2人組ユニット(?)PEACH-PITさんの人気作品がアニメ化されたらさらに人気が出たらしく、おまけにその作品に「アリプロ」の曲がマッチしてたもんだから曲そのものの人気も上昇、ということ、らしい。
「聖少女領域」というタイトルからして「来たわ!」というカンジで、何かもう勝手に嬉しくなるんだけど(思えば、随分と早い段階で「少女」とかそこから派生してイメエジされるモノやコトを美しく、かつどこか残酷にコトバにして紡いできた方だったのだな、と改めて思う。今はこのテのが Web 上でもごろんごろん転がっているのですが)。

私がちゃんと彼女(たち)の楽曲聴いたのは
Noblerot
ALI PROJECT
B00005EPL7

のアルバムから。なので、比較的最近のファン、ということになる。遅いなー。存在だけならその前から知ってたのに。おまけに、大して知りもしなかったのに何故か「蟻プロジェクト」の情報とか文筆活動めいたコトをしてることなんかは知っていたりで、自分でも謎なのだが。ホントに、何で知ったんだ?
まあ、いいか。曲も歌詞も自分好みなのだけれど、何と言ってもアリカ嬢の声。これが魅力的。とろりとした甘い蜜を装った媚薬、のような声。2番目に好きで憧れる声(いちばんは私の歌姫・新居昭乃嬢なのは不動)。

気怠げで何処か退廃的で、時に激しく過激、黒くもあり白くもあり紅くもあるところが惹きつけるのではないかな、と思う。「貴女、ひょっとしなくても、天野可淡、お好きでしょう?」と思ったらBINGO! だった(詳しくは彼女のHPでどうぞ)。美しいものが好きなんだろうな、と思う。それも、単純にただ漠然と美しいのではなくて、荘厳さや威厳に満ちた堂々とした、主張のある美がお好きそうなカンジ。

何はともあれ初のTOP10入りで、地味~にファンだったひとりとして、素直に嬉しいのでありました。

それにしても「Rozen Maiden」もえらい人気ね…。自分好みの世界観で、ぼ~んやり人気あるんだろうなあ、あるなあ、と思ってはいたけれどココまでだったとは。ガーリィでロリィタ好きなひとにはど真ん中? 私はそれだけじゃないトコが好きなんだけど。
「Rozen Maiden」という作品世界と合致しつつも、楽曲単体でもちゃんと成立し、また「ALI PROJECT」というアーティストの魅力をもそのままに存在させ得たところが今回の「勝因」だったのかな、などと思う次第。
ライフ(+5)
カーディガンズ
B00005R0TT

……や、安い……↓ 一頃、スウェディッシュ・ポップが妙に流行った時、このアルバムを直輸入盤で買ったのだけれど、……その時の価格とそんなに変わらないのに+5曲って……(しばしボーゼン。限られた財源から無理矢理ひねくりだして買ったのにー!! いや、それでも安いんだけどさ)。
Life
Cardigans
B000003KX0

……え? 今は輸入盤のが高いの?? それはそれで何だかなあ……。

最近クルマのCMに使われていて、妙に懐かしくなってしまい、引っ張り出してまた聴いている。ヨハンセンプロデュースでめおと…じゃないよ、ル・クプルも曲出してたなあ…(ちなみにそれは確か「Sofa」という曲で、大好きな室井滋ちゃんの主演ドラマの主題歌だった)。
少し甘いせつなさのある曲にウィスパリング・ヴォイスがとてもよく合っていて、耳に心地いい。明るくてアップ・テンポな曲でもほんのりと哀しさが漂う。そこがとても「大人」なカンジがして好きだった。

新たなアレンヂのものでも聴いたけど、それはそれで何だか良かった。いい曲の魅力はどうアレンヂしてもその本質みたいなものは変わらないのかなーとか、ワケわかんないクセに思ってみたり。今聴いてもいい曲だと思う。
ちょっとノスタルジックなんだけど新鮮。
天球儀文庫
長野 まゆみ
4309407684

絶対に文庫で揃えよう、と決めている作家が数人居て、長野氏もそのひとりだった。故に、装訂が独特の雰囲気を醸し出す初版の状態をみすみす逃してしまうことになる。どんなに欲しくとも我慢。リアル・タイムで読めることはない(図書館で借りたりすれば別だけれど)。文庫化されるまでじっと待つ。やっと出た、さあ注文だ、と取り寄せる。

今回ほどガッカリしたことはなかったよ、河出。

何でも文庫創刊25周年だとかで、デザインを刷新したそうなのだが。

何ぢゃ、このやっっすいつくりは!!

河出の文庫、少なくとも長野氏の文庫他「文藝」シリィズ(?)のものは、比較的丈夫な紙にマットなPP加工を施したカヴァがつけられていた。長野氏の文庫の場合、大抵は御本人によるけぶるような色彩で描かれた装画等で彩られ、手触りの優しさや心地よさと相俟って何とも嬉しい気分になれたのであるが。今回は落胆させられたよ。何だよ、コレ。
新○社のカヴァみたいにやっっっっっすい! 薄い! その内折れ目がスレて切れそーになるような薄さ。何じゃこりゃあ!! 加えて言うなら背! ココが見た目のデザインの中でもっとも気に入らぬ!

カヴァの装画がこれまでと異なる、それ自体は著者御自身が納得されているのであればそれで結構。今までと趣が異なるのは作品の質や内容に因るのであろう、とか何とか思うからだ。しかしだな。何だこのカヴァ。P○P文庫ですかい。それとも講○社風味?(足して2で割ったよな……)前の方がよかったよ……。見た目は我慢してもいい。でも、紙質が! へろんへろんで、そのままで読み続けたら、手が汗かき易い私みたいなのじゃすぐによれよれになってしまーう!(まあどこの文庫読むにしたって新たにカヴァつけてるけれどもだな!)やーめーてーよー(号泣)。
はっ! もしやこれから増刷されたりすると、……あのヘロい、安っぽいカヴァに変えられてしまうのか!? すでに持ってるから買い替えることはないとは言え、……おおおおおおおう、何て美しくないんだ! 見た目も手触りも何もかもがいかんではないか! 何考えてそんなデザインにしたんぢゃ、ドルァ!!

……今後河出から出た作品は文庫化されたらあのデザインか……フフフ……フフフフフ……(壊)。25周年記念して何しさらしとんぢゃ(記念企画のプレゼントは可愛かったけどさ……)。
スクラップ帖のつくりかた
杉浦 さやか
4584189056

いつの間に出てたんだ、新刊! とひとり騒然となる私であった。くそう! 今までそうそう逃したことがなかったというのに遅れを取ったわ! さやかちゃんファンなのに!

そういう訳で出ました、新刊。彼女の原点中の原点「スクラップ帖」の、それもつくりかた、と来ました。来たーっ(どうでもいいがあの映画以来何かと言うと某巨大掲示板のアレが書かれるようになったな…)。
あくまでも「杉浦さやか流・スクラップブックの楽しみ方指南」というカンジで、アメリカで流行った(今も継続中なのかしら? 専門雑誌まで出る辺りアメリカだよなあ、と微笑ましかったけれど。専門書の類もいっぱい出てるし。楽しそうだが、何というか、家族の歴史だの自己への愛だのが強いんだのう、とちょっとだけ腰が引けた…)「スクラップブッキング」とはちょっと(いや、厳密さを求めるなら「かなり」)違う、純粋に「自分が楽しむための」スクラップ、記録帳の作り方、という本。なので、ものごっつい専門的な知識だとかを期待する方は、そのテの本を購入した方がいい。「やってみたいけど何をどう…?」くらいのホントの初心者さんか、「彼女の今に至るまでの歴史が知りたい」というファンなひとに向いてるかな、と思う。

アメリカで言うところの「スクラップブッキング」に興味のある方なら多分こういった本の方がオススメ。
私だけのアルバムみつけた~ スクラップブッキングのたのしみ
miyuchi Mick chalk
4774124079

この本だと、指南書、とか具体的にどうやるか、というはうつー本ではなく、作品例集、かな。日本ではよく知られた方々ばかりなので、おそらく見応えはあるのではないかと。
おしゃれなスクラップブッキング
本橋 涼
4860950410

はうつー的知識を求めるならこの辺り、でしょうか。
はじめてのスクラップ・ブッキング タツミムック
中澤 千寿子
4777801071

この本だと初心者からでも出来るアイディア満載。


そういう訳なので、スクラップはスクラップでも、ホントのホントに、自分にとって有益だったり好きだったりする情報や写真・切り抜きをぺたぺた貼り付けてゆく楽しみ、を追求する方の「スクラップ」、です。なので、いつからでもどういうテエマでも、気軽に気楽に始められますよ、こんな風にね、と具体例や彼女が幼少からつくっていたノオトなんかを掲載しつつ、その楽しさを伝えてくれてます。

最近アナログに戻りつつあるのでなおさら私にはタイムリィなネタでした。おまけに彼女の本領発揮なネタではないか! 楽しくない筈がないのよー。
今、日記・記録の類、数えてみたら4つあった。フツウの日記、本の購入日誌、書籍購入予定記録(……えらいこっちゃが、何とHQのためだけに購入予定記録用のメモ帳を用意している。……タイトルのネタも尽きてきてんのか、結構似たようなタイトル多いし、何しろ定型の美だから話型もできちゃってるしで、買ったか買わなかったかを忘れてしまうのよー↓ あと、ひと月に買う量というか冊数も多いので、買い逃しがないかどうかチェックするのだ)、加えて必ず毎日ちょこっとだけその日のナニカを記すためだけの日記(こっちは少々スクラップも混じってる)。誰のためでもない、自分だけのためのモノなんだけど、その分気楽なのかそれなりに続いている。日記はちょっとだけ便利。「去年の今日ってどんな日だった?」と前の年の手帳見て笑ったり困惑したり。これに加えてネット上で日記つけて、挙げ句ココ。「拠火園」は一応見て頂くのが大前提だから、ネタがあっても体力だとかがついていかない時は更新しない(出来ない)。でも、自分で自分に「必ず一日一本記事書く」という制約を設けているので、たとえ当日更新がなくても、後になってから怒濤のよに埋められている。過去記事まで遡って読むひとは少ないので、結構好き放題しまくっている(笑。あー、ちなみに。ごく親しいヒトの場合、「全部読んでる(読んだ)よー」とかココロにもない嘘を吐いてもバレるので、読んでないならそれはそれで結構なので無理せんよーに。会話なんかからでも「あ、読んでないね」というのもバレまくりなので。無理せんよーに)。
最近なんて「拠火園」、終わらせるか? とか思い始めてるし。客観的に見てつまんねえから。発端が自己満足だからなあ。だったらまさに自分が読むためだけにノオトだの何だのに記録してた方がいんでない? と思わんでもない。多分まだ続けるんだけど。まあ所詮ネットの塵芥、消えようが在ろうがどうでもいいのですが。あるいは、閲覧不可乃至パス制にして、完全なる自己満足の世界に浸ってしまうとか(はははははは。でもソレやると確実に内容のノリや出来は落ちる。今だって大したことないのがもっとずっと落ちる)。

閑話休題。
とにかく、「そうか、こういうコトでつくるのもアリか」というような瑣末な日常のあれこれを拾い上げる楽しみ、というものを見つけたい方には楽しめる本になってます。そう言えば、私、「チェキ」欲しいんだった! まだ買ってないわ。あれあったらそれこそウハウハで日記書き殴ってるよ!(それのある種の手間を省くのがモブログなんだけど)

日常はまだまだ楽しめる余地、というものがあるのです。というよりも。私たちが如何に日常を楽しみ切っていないか、ということを実感させられてしまったのでした。加えて、そういうゆとり、というものが一切ない、という現実まで。しまった。可愛くて楽しい本の紹介するつもりが湿っぽくなっている↓

つくりかた等、ちゃんと彼女の手描きイラストもふんだんで、特につくるぞ、という気負いのない方でも、「本」として楽しめます。

最近何かにせき立てられるように「身辺整理をせねば!」と燃えている。先日も車庫2Fの雑誌の処分に燃えていた。……だってぼんやりしてたらあっという間に年末じゃあないの(涙)。でも私のやらかす「整理」と来たら大抵は「処分」よりも「置き場所の変更」でしかないため、モノが減る、部屋のスペエスが増える、ということはまずない。今回もやはり同じ展開なのであった↓

「自室」は2つある。ひとつは今寝起きしている部屋。もうひとつは4畳半の部屋。本来は後者が私の部屋で、前者は死んだ(私の中では・笑)兄の部屋だったのを私が乗っ取って使っている。今回整理しよう! と思ったのは前者。ここをもう少しマシな状態に出来れば、今の部屋のモノを移動させたり整理できたりするのだ(多分)。
食器。ひとり暮らしの頃山程買った。それこそ「アンタ何人暮らし?」と思われそうなほど皿だボウルだと充実しまくっている。いきなり全部持って家を出ても、とりあえず某100均ショップに世話になることはないだろう。その食器をそれこそ「ダ○ソー」で買ってきたプラ製バスケットなんぞに入れているのだけれど、このバスケット、積み重ねが出来ない。おまけにそれらを収納棚もない↓ 昔買った同人誌(……)だとか、自分の描いた原稿(……)だとか書籍だとか収納している棚からそれらをすべて出してしまい、そこに食器を収めればだいぶマシになる。そう思ってせっせと棚からモノを出しては箱に詰め直している、のだ。

しかしだな。私は限られたスペエスに如何にモノを許容量以上詰めるか、ということに関して、ある意味天才的なのではないだろーかと自画自賛のひとつもしたくなるほどモノが詰まっていて、取り出して辟易した。何だ、この量。ちなみに、引越の時も運商業者のにーさん・おっちゃんたちをを驚愕させたほどである。この部屋にどうすればこれだけのモノが!? と呆れさせた。

閑話休題。故に、私自身もまた辟易しつつ取り出しては詰め、を繰り返している。
同人誌。一時期自分の好きな作品のパロディ集だとか、好きな作家さんの本をを購入していた。ある程度サイズは決まっているよーなものだが、同じ作家の本でもB6~A4とまちまち。同じ箱に綺麗になんて入らない。ジャンルで分けようとどうしようとそれは同じ。あああああああ、今じゃ新古書店ですら買い取ってはくれなさそうなものからオークションで高値がつきそうなものまで見事なまでの玉石混淆っぷり! 本音言うとウザイ。邪魔だ↓ どうしてくれようか(しょーがないので小屋の書斎行き。←父がつくった読む頻度の落ちた蔵書を置いておくための場所)。

自分の原稿。……しみじみ、思いましたよ。

若いって、いいね!

むろんヤケクソ気味↑ もう、それしか言えない。絵が下手なのにまん研入部しちゃってチョーシこいて下手なまんがだのイラストだと描いて、それだけで世界が完結していたオシアワセな頃の「情熱」のカタマリがどっちゃりと。下手なんだけど、「情熱」だけは感じる(もっとも、今は描き方を忘れつつあるので、「今」を基準にすれば巧く見えるという尚カナシイ事実に直面させられてしまった)。大学進学がアタリマエ、みたいな高校に行くハメになって、唯一ソコ行ってもいいよ(父の母校でもあって、其処を受験させられた。よく受かったなあ、と今でも思う。すげえ強運…)、と妥協したポイントが「まん研」の存在だという事実がもっとイタイ。成績が下がる一方で担任が心配してオヤと面談した時、オヤに「ムスメからまんが取ったら何も残らないと思うので好きにさせてやって欲しい」と言わしめたほどだった。いやはや。まあ確かに当時の私には何も残らなかったと思う。困ったことに高校時代勉強しなかったことを未だに後悔してないという体たらくだし。

久々に自分のナマ原稿と対面してしまった。もう高校生だった頃の自分が何をどう考えていたのか、とかは正直よくわからない。馬鹿丸出しの文章と稚拙な絵、努力賞くらいはあげてもいいか、なレイアウト。馬鹿に細かい点描とか雑なカケアミ、ナワアミ。でも「好き」だったんだねえ、ということだけは伝わってくる。
これまでは封筒にある程度ジャンル分けをして保存しておいたのだけれど(かの有名な「超整理法」を応用。←何処がだよ!)、全部をクリア・ファイルに収めることにした。買い置きのファイルにがしがしと入れてゆく。1冊48ポケットのファイル、1ポケット裏表2枚入れて2冊、でもまだ少し原稿が余る。ペン入れもせずに終わったままの原稿に至っては眩暈がしそうなほどあった。未発表の原稿もあれば詩の原稿、小説の原稿もあった。原稿用紙に手書きかあ。時代感じる。当時はまだワアプロ持ってるひとなんてそんなに居なかったし(所有しているひとたちが手分けして原稿を清書してくれていた。文書打つならワアド・プロセッサがいちばんだと今でも思う。PCソフトはヒトにあれこれやらせ過ぎ。ワアプロは行数設定したら「ねえねえ、行間何ミリにするぅ?」なんて尋ねてこねえよ! お前が計算しろ!)。

少し黄ばんだ白のケント紙に、ペンで描かれた絵と文章、あるいは文字。修正の跡のナマナマしさ。誰の影響を受けていたのかとかイッパツでわかる程度のオリジナリティの低い絵。ははは、若いっていいねえ。「恥ずかしい」とか考えもせずに紙に自分をぶつけられるんだねえ、としみじみ。
絵はしょーがないとしても、文章が…文章がもうどうにもこうにもイタくてイタくて(泣)。何であんなに馬鹿っぽく書けるのか、と問い質したい気分にさせられる。いくらそういうノリがそこそこ皆にあったとは言え…ああああああああああ(号泣)。

これが高校時代描いたイラスト(の一部)。この数年後の絵ももちろんあるのだが、まったく! 進歩していないのであった。時代感じるなあ。というか、私の絵が古いんだが。
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未発表の詩とか自分でも吃驚。書いた記憶もないんだもの(はっはっは。ちなみに、まん研がメインだったけれど、文芸部にも所属していた。「存続の危機だ、入部してくれ」と言われて「はいよ」と気楽に参加。いい加減だのう。周囲も引きずり込んで少なくとも私の数代後までは存続していた、ハズ。今どうなってんだろう? まあ無くなっていてもそれはそれで構わないのだけれど。私にとっての「文芸部」は私が所属していた当時のそれだけ、なので)。

中学生の頃だったかに初めて書いた小説、というものまで見つけてしまって昏倒した。小学生時代に描いたまんが、に至ってはは噴飯モノよ♪ 伏線てなあに、背景ってなあに、コマ割りってなあに、と疑問符が飛び交いまくるまんがと呼ぶのも不謹慎な出来(回覧雑誌つくってました…。オール肉筆原稿をステイプラアで綴じただけ、というモノ。最初は同い年の友人のお兄さんの発案で始まって、彼が中学生になると同時に2代目編集長を襲名することになり、自分も描きつつ友人たちにも描いてもらっておりましたよ…。どうなの、この幼かりし頃よりの同人体質というかヲタク体質は! そして、すべての原稿が未だ手元にあるこのオソロシさ)

で。とりあえず分類して別な場所に保存すべくファイリングを続行中。買い置きのファイルが無くなってきたわよ。また「ダ○ソー」行かなくちゃ。

本日のおさらい。
結局モノをイタズラに増やしています。
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最近ココロの疲れがハゲシイので何をする気にもなれず。ある意味躁鬱か? 違うな。鬱ばっかりだ↓ 落ち込むのとキレるのと(すごい勢いでブチ切れる。とりつく島もない、とはこのことだなあ、と客観的に思いながらキレている)。書きてえなあ、という気持ちとめんどくせえなあ、という気持ちが共存して居座っているので、とりあえず無理はしねえでおけ、ということで。今は気が向いたので。
ネタはあるんだが。本も読んでるんだが(それもまた濃いーのを)。でも何となく何もしたくない。冬が迫っているせいかもしれない。冬眠しないとだめじゃん?(くまか? くまなのか?)

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久々に好きなアーティストさん、イラストレエタアさんのHPを覗きに行って吃驚した。いや、すること自体オカシイっちゃオカシイのだけれど。……皆、日記が Blog に移行してる! あるいは新規に開設してる。……ホントに、猫も杓子もブログなのね(お前はどうなんだよ)。スキンもしくはテンプレエトで自分好みにできるし、知識があれば自分でオリジナルつくることもできるし。入力とか編集も簡単だし。自分だってやってんのに、何を今更驚いているんだろう、私。浸透してきてるんだなあ、ということを改めて実感してるから、なんだろうけど。ただ、ひとつ気になることがあって、著作権のこととか、ちゃんと皆様チェックしてらっしゃるのかしら、と。私みたいなどーでもいーこと綴ってる人間のはいい(いや、本当はよくない)けれど、作品を発表したりすることで収入得てる方々だと、それなりに人気もおありだろうし、従ってアクセス数もおありだろうし。そうすると、規約やブログ・サイトによっては半ば勝手にその文章の引用したり、とかやらかすこともできちゃう訳で。まあサイト管理者・サアヴィス提供してる側もそうお馬鹿ではないだろうから、そういう方には案外許可を得たり、とかするかもしれないけど。勝手に心配したところでどーにもならんが。

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ココのブログ、管理画面そのものは使い勝手がとてもヨロシイのです。初心者でも理解できるつくりで。大変有り難い。でもって、テンプレエトがアホほど充実していて、……正直そこまでなくてもいいんですが、と思わないでもないけれど、好みのものを見つけると嬉しくなってしまうので、……やはり有り難い、のであるが。
ちょっと前から「プラグイン対応」になった。私にはコレがまっっっっっっっっっっっっっったく! 理解できていない。これは、要は「HTMLとかCSSとかの知識がなくても、テンプレエトのデザインが変えられるよ」という機能(?)であるらしい。カレンダアをトップに置きたい、とか、「最新のコメント」の欄と「トラックバック」の欄の上下を入れ替えたい、とか、ブログ・パアツを加えたい、という時に、ひょひょいと出来ちゃうよん、という、スグレモノ、らしい。

でも馬鹿には無用の長物でした。

結局のところ、あまり深く考えなければいいだけなのだろうけれど、この「プラグイン」というものの概念や、それがHTML等とどう絡むのかわからないと、何の役にも立ってくれない、のだった。私は非対応のモノばかり選んでいる。わからないなりにHTMLいじったり、CSSいじる方が簡単なんだもの。おまけに、そういうことがわからないヒトのための「サポート掲示板」てのがあるんだけど、……正直コワくて訊けたもんじゃない。
「もう少しHTMLについて御自分で勉強された方がいいと思います」という文章を何度見たことか。
いや、確かにそれはそうだと思う。ある程度自分で調べて、わからなかったら訊きましょう、というのがもっともあらまほしき姿勢だと思う。でも、何がどうわからないのかもわからないひと、というのもまた確実に居る訳で、そういうひとに「はい、HTMLについてもっと勉強してきなさいね」と言ったとして、HTMLの何を、どんなことを、どのように学べばいいのかもピンと来ないひとは来ない訳で。そりゃ基礎の基礎からおやんなさい、と言われてしまえばそれまでなのだけれど、「そういう知識があんまりなくても楽しめるよ」と言うサアヴィスなので、そう言われた側としては「えーと…↓」と思っちゃったりするのではないかな、と思うのだ。そりゃ基礎から学ぶのがいちばんいいやね。そうなんだけど。とりあえずその質問内容に関してもっとも適切というか必要と思われる知識について調べることを告げるくらい、してあげてもいんでないかい、と。で、言われたひとはさらに「??」になることもあるだろうから、それから自分でまたさらに検索かけたりして調べることができたり、したりできるんじゃないかな、と。
とことん他力本願なヒト、ももちろん居るけれど(それを指摘されて居直るヤツてのは確かにタチ悪い)。
とりあえず、プラグイン対応モノは私には使いこなせない(足したい機能とかどーやっていーもんやらハテサッパリ)。何をどう学んだらプラグインの編集の仕方だとか対応済のテンプレエトの編集ができるよーになるのかしらねー。
そこんとこの解説が欲しかったぞえ。

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ブログやってたら、逆にアナログの良さというか愛しさのよーなもんを噛み締めるようにもなった。でもちょっと異常。日記や記録、今全部で3冊つけてる。何でそんなに…(自分でもわからんとかい)。ネット上でもココとあといくつか持ってるし。何をそんなに記録しておきたいのだろう。まあ、忘れっぽいから、というのが最大の理由ではあるけれど。誰かに残したいとか読んで欲しい、とかはカケラも思わない(日記は。逆に読まれるとヤバイ・笑。ぶろぐは別。読んで頂けると嬉しいな、と思いつつ打ち込んでます)。自分のために。でも、自分の何のためなんだろうなあ、と。思いつつも。日々こつこつちまちまとその日その日を綴っている。
ただ、時々思う。読み返す日なんて来るのか、とか。読み返して得られるものって何かあるんだろうか。なきゃいかんとゆーわけでもないのだが。

ツールは違えど、毎日何かしら書いている。気がついたら、11月も7日目。

思い立ったが吉日。別にめでたいことでも何でもないのだが、不精故にやはり気が乗った時にやっておこう! と久々に車庫の2Fに上がる。車庫は2階建てになっていて、下は勿論車を入れているのだが、上は物置。……やっぱり前住んでた家、デカかったんだよなあ。物置(やや狭いだけで、規模としてはリッパな一軒家程度)+このスペエス、にもモノ入れないと手狭な家なんだもの、今住んでる家ときたら!(まあ、モノも増えた、んだろうけど)

で。この車庫2Fには昔つかっていたもので今あまり使わない・ほとんど使わない・まったく使わないが捨てるに捨てられないモノモノの一時保管場所だったり永久保存場所だったりする、のだが。私が小学生の頃に買ってもらっていた雑誌が山のようにあって、いい加減それも処分しよう、と思うようになった。何しろ量が多いし。
で、以前はまんが雑誌をせっせとぶっ壊しては取っておきたい所だけ保存、というのをやったのだけれど、今度は学習雑誌(?)。学研の「学習と科学」。これをそれぞれチェックして、必要な所だけ取っておくべく破壊決定。

そんな大昔の雑誌のどこに「必要な所」が、というと。……料理とか手芸のペエジ。今見るとショボイ、というのも散見されるけれど、意外に実用的だったり本格的だったりするので、当時から好きだった。その当時に、折りを見ては必要な所だけカットして処分、てのが出来てりゃよかったんだけど、雑誌であろうと破壊→破棄、てのが出来なかった、んだよなあ。そりゃ溜まるさ。
で。一冊一冊確かめて、今読んでも面白いと思える部分とかをどんどんハジいて、ひたすら要らない部分と選り分けてゆく。
やってる最中も、「あー、ただ捨てるなんてもったいないよなあ…」と未練たらたら。遍く活字の連なる紙は愛しいのだ! しかし、かと言って増える一方なのにさして読みもしないものを所有しているのも無駄と言えば無駄。リサイクルゴミとして出すことになっているので、いずれナニカに生まれ変わるであろう故、本当の本当に無駄にはなっていない、とは思うけれども。ううむ。

学年が上がるにつれて、当時の人気アイドルなんかがしゃしゃり出て(笑)くるようになるのよね。今は「小学1年生」なんかでも「ミニモニ」(すでに懐かしさが漂うぞ…)だの「モー娘。」なんかがフツーに登場するけど、昔はスタアだのアイドルだのはそんな低学年の内からは登場しなかったからなあ。時代を感じる。それ言ったら表紙からして懐かしさ漂いまくりだけど。今の学年誌って媚び媚びに媚びたつくりというか、やたらめったら可愛らしいカンジで、「こんなんせな売れんのか…」とさらに時代を感じてしまう。
過ぎ去った時は古き良き時代、と懐かしむトシになっちまってたか。くそう。

そして。「これは処分しましょう」と決定した分がたんまりと。これ、……どうすべ。下に下ろすためにも束ねないといかんのだが、ナンボほどになるんだ↓ さらには、持てる数も限られてるし、……まだまだやることいっぱい、ってわけね(涙)。おまけに、いちばん探し求めている年のがないし!(「4年の学習」に、毎月料理+手芸れしぴを取り入れた連載モノがあって、切り取ってステイプラアで留めると本になる、というのがあった。のだけれど、どういう訳でか8月号分だけ無い。これが無性に気になる! 毎月ごっつい楽しみにしていたから、そこだけ無くする、ってことはあり得ないんだけど…。何しろ他の号はちゃんとあって、全部きっちり揃えて持ってるくらいだし)くそー、何のために破壊したり発掘作業に勤しんできたんだよー(号泣)。

積年の埃にまみれつつ、せっせと破壊。そして見つからぬ雑誌。くそう、アニキの分と混ざって捨てられたか!(その可能性がもっとも大にして濃厚だ↓)

さらに。私があれこれ片づけたり破棄したりせねばならないものは他の場所にも他のアイテムがわんさとあるのであった。何時終わるんだよ…↓
あたしンち(11)
けら えいこ
484011420X

ユズヒコが表紙。これでとりあえず家族全員ピンで表紙を飾った訳だ。ずーっと母炸裂状態だったから、そのまま突っ走るのかと思ってたら、みかん、父と来てお待ちかねのユズぴーでした。たこ焼きあーん、が目印よん♪(可愛いなあ)

流石にネタが尽きてきたかなあ、少しパワア・ダウン? と前巻の時実はちょっとだけ思ってしまったのだけれど、何となくその山を越えたのか、笑わせてくれるエピソオドがあって楽しめました。よかったよかった。

父のソトヅラの良さ(?)と家でのギャップの有り様を描く回では、自分の実父を彷彿とさせてくれて、大きく頷くばかりであったのことよ。何でああソトではあれこれやるクセに家ではダラダラ人任せなのであろうかっ。つーかそれ結構どこの家庭でもアリなのかー!?(もっとも私の父はあそこまででもないが。どの辺までどうなのよ、と思う方は書店でユズを探してね♪)
母とその友人のエピソオドは今後新たな展開を見せてくれそうで何だか楽しみだし。ユズヒコの友人のクラスメイトへのコイゴコロはどうなるのかも気になるし。みかんは相変わらずだった。ふふふ。

平凡で何でもないよーな毎日は実はとても楽しいんだよ、と再認識させてくれるこの作品。今後もずっと続いてくれるといいなあ…。

そうそう。森井ユカさんの今回の粘土イラストは今までと違った趣向で一見の価値アリでした。そう来たか…。
花嫁を落札?―続・ウエディング・オークション〈3〉
マーナ マッケンジー Myrna Mackenzie 山田 沙羅
4596410674

それぞれの物語のヒーロー3人が親友同士、という3部作、これにて完結。しかしタイトル。「花嫁を落札」もヘッタクレも最終的に結婚するのがほとんどやないかい、とかツッコミは無効なんだろうな…ははは…。
祖母に結婚しろ、と迫られていたスペンサー。偽りの花嫁を仕立てるためにオークションにて女性を落札。それがヒロインのケイト。ふだん付き合ってる肉感的でセクシィな女性とは違ってほっそりした派手さのない女性だから、きっと真実みがあってばーちゃんも信じてくれるだろう、てなわけでキミ、一週間ボクの花嫁役夜露死苦! と言われ、看護師のケイトは愕然。しかも、お互い実は幼少の頃友人同士だった(ことに、あとになってから気づくのだ。その頃のエピソオドがラストにかけてうまく絡んでくる。こういう小さい仕事がなかなかヨロシイ感じが致します)。

ケイト、実は子持ち。と言っても姉の忘れ形見で本人の子供ではない。その子供・トービーも一緒に連れておいで、とスペンサー。子供の相手なんてイヤがるのでは、といぶかしむケイトの不安をヨソにスペンサーは子供の面倒を見るのが巧い。しかもとびきり男前。恋をしてはいけないわー、と思いつつもお約束、想いを寄せてしまう。
一方、スペンサーもいちいち「彼女はボクの好みじゃなかったハズなのにー」と思いつつ惹かれる気持ちを止められない。「でも彼女には婚約者が居るんだ、彼女に手を出す訳にはいかーん!」と一応自分を制御している。
婚約者云々、は、たまたまケイトの上司が言い寄ってきて煩いので、追い払うために吐いていた嘘なのだけれど、スペンサーに恋してはいけない、という気持ちへの歯止めの役割にもなる、と思ってしばらくは嘘を突き通しているんだけど。

惹かれ合ってるんだけど、お互い勝手にあれこれ思い込んだり思い悩んだりで、ははは、可愛いやね。最後にちょっとした仕掛けがあったり、スペンサーの兄弟とそのかつての恋人の顛末等、加えてちゃーみんぐなスペンサーのぐらんまも絡んでなんだかほわほわのメレンゲのよーなオハナシでした。

最近不眠症復活してるから、こういう軽くてもたれなくてするんと読めるハナシを読むことが増えました。クスリが効かねえ↓(まあ「睡眠薬」ではなく、あくまでも「導入剤」でしかも弱いモノなので、少々悪化するとそんなもんなんだけど)。
Little Box Of Pirate Treasures
Sue Unstead
0764178237

か、可愛い……! 見ての通り(?)「海賊になれるキット」セット。すげー! この無駄な充実ぶりが激らぶだわ!
箱の全貌がよくわからないけれど、多分宝の箱っぽいデザインに違いない! でもって、中身が「いかにも」づくしで嬉しい。
ジョリィ・ロジャー(骸骨旗)でしょ、宝の地図でしょ、バンダナにアイ・パッチ、ロープに航海日誌(物語仕立てになっていて、これが一応「本」の部分。玩具ではなく、「書籍」扱いの商品なの、これ)、コイン数枚、帆船み見分け方指南書、そのほかあれこれ、と「You! これから船襲っちゃいなよ! そのまま海賊になっちゃいなよ!!」と言わんばかりのラインナップ(何故某男性アイドル事務所の社長な口調…?)。いやもうたまらんです。自分の中で久々大ヒットな商品でした。
これの女の子向け(うーん……個人的にはあまりそういう分け方をしたくないんだが、便宜上)が
Little Box of Princess Treasures
Anita Ganeri
0764178555

…らしい。くそ! 何で中身の画像ないのよ! 見たいに決まってるだろ!(身勝手)どうやら同様に本とアレコレ、が入ってるらしい、んだけど。何でも有名なお姫様の物語の本と、彼女たちに因んだお菓子のレシピやヘア・スタイルに関する本の2冊、それらに加えてティアラやネックレス等のアクセサリィがぎっしり、という内容とのこと。うえー、せっかくだから中身見たいじゃないのよー、見せろよー!(子供か、お前は)

姫モノ、は分かり易いというかベタとしても、海賊! いいわーロマンだわー♪(いや、別に略奪行為推奨、とかではない、当然だが!)そのチョイスが気に入った。アイテムもイイカンジだし。価格も良心的ではないの。欲しいなー(買ってどうするのだろう、このアマは)。
薔薇色myハニー 1 (1)
大海 とむ
4091386350

ROMってた掲示板では「つまらない」を連呼されていて、コミックス派としては「ええ!?」と不安でいっぱいだったのだけれど。

杞憂でした。面白かった。私は好き。楽しめた。ただ、狼のすぐアトに虎、つーのはどうなの、とそこだけが引っかかってはいたけれど。

小さな印刷所勤めの小梅と出逢ったふたりの男。ひとりは「虎憑き」、もうひとりは「虎使い」。小梅は何故か虎憑きである御影(みかげ。名字ではない。愛称ミカちゃん・笑)。の虎を鎮めることができる「虎使い」の能力が備わっているらしい。本来代々仕えてきた「虎使い」の末裔の小太郎に代わって御影から出現する虎を鎮める役を買って出る…というオハナシ。
虎憑き、ちうのは、何でもそのミカちゃんの一族の当主、それも能力は傑出した人物にのみ出現するのだそーで、ミカちゃんには深紅の虎が憑いている。彼が感情を御せなくなると出現するらしいのだが、見えるひとは限られている。
小太郎はそのミカちゃん一族の代々仕える虎使いで、唯一鎮めることの可能な人物…の筈なのだが、どうもその能力はないらしい。ただ、主従の関係は途絶えていないらしく、ミカちゃんに代わって出来ることをあれこれすることでその関係は継続している。

小梅(19歳。おおう、ハイ・ティーンじゃん! 前作「禁断の恋をしよう」のヒロイン・緋佐子は24だったなあ)は黙っていれば美少女だけれど鉄火肌で少々じゃじゃ馬気質。真っ直ぐで気丈できゅーと。いいわー♪ 緋佐子とはまた違った魅力。緋佐子はおっとりというか天然というかトロさが可愛かった、んだけど。
御影。来たな、ど真ん中。好みだ。クールなクセに激情家の側面を持つ、というのがものめっさツボだ。
小太郎。ちょっとチャラいけれどその実とても誠実で繊細で優しい。まだ彼は存在感の割にあまり出張っていないので、これからが楽しみと言ったところか。

前の作品がカラダから始まる恋で、互いに互いを必要だと感じるもののヒトと狼という違い故に時折揺らぎそうになる想いを如何に深めてゆくか、というオハナシだったので、それと違うオハナシにしよう、という努力が見て取れる。「展開がトロい」とか言われてもいたんだけれど、コミックスでまとめて読む分には先が楽しみなくらい。セクシィ路線が強かった前作に比べて、こちらはほんの少し顔が近づいただけで赤面、という可愛らしさだ。前の作品とは違うものにしよう、という大海さんの姿勢がそういうトコロからも伺えて、私は好ましいと思う。やっぱり、違うことやらないと意味がない、というか、成長がない、と思うので(そういう意味でも昨日取り上げた真芯ちゃんの作品には成長・発展というものが見られない、早くもどん詰まりに来てる感が強く感じられるのだ)。でもって、今度からは編集側も、平行して増刊なんかには違う作品・読み切りとか描かせてあげるといいのにな、と思う。人気あったからこそだけど、「禁恋」の頃は増刊でも番外編みたいなハナシ描かせてばかりでほかの作品を生み出す・場数踏ませる、ってことがなさ過ぎたもの。もったいないわ。作品の幅広げるためにもゼヒ、ってなもんだ。

とりあえず、小梅は御影が好き、御影も小梅が好き、という自覚が数話目(コミックス1冊目のちょうど最後、だった。計画的?)でクリアになったので、今後どうやって発展してゆくのか、小太郎がどう絡むのか、これから読むのが楽しみよー♪と。あんまりダラダラ無駄に長引かず、ピシリと綺麗に格好良く終わってくれると嬉しいな。ああ、今後が楽しみ♪ 絵は安定した美しさだし、虎は美しくあるいは可愛いしで、さあ来い続刊! 男女ともに絵が美しいひとの「少女まんが」は読んでいて楽しいわVv(如何に野郎だけを描き女を描かずにいるかに心血注ぐ「少女まんが」家、つーのが居るんだな、実際に。まあそれでも綺麗に描いてはいらしたけど。あと、BL上がりのひともちょっと遠慮したい。作品としてまとまってはいるし、小器用に描いてはいるけれど、野郎キャラ描きたいんだろうね、というのがアリアリとわかる方などは、ちょっと何だかな、と思ってしまう。BL好きだったら、それ貫いて人気獲得していけばいいのに。BLだと人気獲得しづらくなってきたなー→少女まんが誌に持込or投稿→そのまま少女まんが誌に移動、いきなり連載やら本誌掲載、てのがあるらしく、何となくモヤモヤする。少女まんがにもBLにも失礼なスタンスのひとって結構多いかもしれない、考えてみれば)。
閑話休題。
ひとつだけ気になるのは、小梅が情にほだされたり、何だかんだあって御影と小太郎の間をふらっふらしないか、という点だ。一途であって欲しいんだよなあ、どんなに「いい男」が現れても、最初に「好き!」と思った相手が居る場合は。……展開上、する、んだろうなあ……ううう↓(と勝手に想像しカナシくなる馬鹿)
禁色 3 (3)
刑部 真芯
4091383181

3冊目にして完結、と。だらだら続かなかったのは当初からの予定だったのかはたまた打ち切りなのか。まああれで打ち切り、というのも考えられないか。無駄と言えば無駄なペエジはたんまりある気がするけれど、それ削っても足してもどうということもなく。
運命祭、しゅーりょー(ぱちぱちぱち)。
近親相姦、輪廻転生とオイシイけれども手垢にまみれきったテエマで、どれだけの作品を見せてくれるのだろう、と一応期待しつつ見守ってはみたけれど、……蓋を開ければやっぱりいつもの真芯ちゃんまんがでした、という結果だったか。

前世で結ばれなかった恋人同士が心中、現世の能の家元の兄妹として生を受ける(母親が違うけれども同じ日に生まれた、んだっけか。←ホントに読んだのかよ!)。とりあえず、狭義の肉体関係はないものの、どちらも相手を恋愛対象として見ており、あんなことやこんなことは隠れてしている。一見何処までも優しく穏やかな兄と、その兄を慕う妹。そこに現れる鬼畜野郎。ヒロイン(妹。儚《はかな》というとんでもねえ名前。親が子を思ってつける名前には思えんぞ)の許嫁(キター)として登場、「私とお兄ちゃんは運命で結ばれてるの~」と瀬川瑛子のよなことをヌカすヒロインを「調教」と称して強姦(最低……。でも、これ、彼女のまんがじゃ日常茶飯事。怖いよ)。

……という、「少女まんがって、何かね?」と問わずにいられない設定と流れ、要は作者の「萌え」とやらだけで描かれているのだが。どうなるのかしら~と思っていたら。
案の定、ヒロインは鬼畜野郎の弱くて繊細なトコロとやらを知ってアッサリと惚れてしまいアニキは捨てる。にーちゃんしょーっく! 半ば無理心中(すごいコトバだなあ、といつも思う。正しくは殺人と自殺だろうに)計るためにかつて一緒に死んだ沼にれっつごー!(こうして書くとまるでギャグまんがだな)

とりあえず、血の繋がりのない兄と妹に生まれてしまい、前世を引きずって惹かれ合うものの、ヒロインが新たに出逢った男と恋に堕ちる、というのは悪くない、んだけれど、如何せんその新たに出逢った野郎キャラというのが彼女の作品のデフォルトみたいなキャラ造型の野郎で、……新鮮味ゼロ。既視感バリバリ。いい加減この「鬼畜だけれどカナシイ過去を背負ってます同情してくれますよね」的野郎に無理矢理モノにされてそれでも惹かれてしまう、というパタアンを打破してくれんもんだろうか。無駄にえろシーンが多いのももうおなかいっぱいだし。本人は必然性がある! と思って描いているのだろうけれど、それがなければ切なさや想いの深さを表せないと思っているのだとしたら、……この先「成長」は期待できないかもしれない。掲載誌がえろ許容度高! だからそういうシーンを入れねば! とでも思ってるんだろーか。そんなシーンなくても艶っぽさも切なさも甘さも描けるもんだよー、と担当さんも教えてやらんのだろうか。というより、一緒になって如何にえろくするか談義に萌えて…いや、燃えているのだろうか。
どーにもこーにもループループで最近はどんな作品描いてもあまり振るわないカンジなのが残念。強姦ネタもいい加減にしろ、としか思えないし。あるいは取り引きというカタチの性行為の強要。何処のえろまんがだよと。思えば、「禁断」シリィズも結局は後付設定だけど生まれ変わりを示唆するようなことを描いていたから、その設定なんかも結局ループか、と思えなくもないんだったな。

絵も、男性キャラの馬面化に拍車がかかって勢いが止まらないし、女性キャラも絵的な魅力すらない。昔はもう少し「カワイイ」と思わせる絵だったのに。正直、巧いか下手かだけで言ったら、後者。だからせめて物語で盛り上げてくれれば、と思うものの、自分の「好き」以外の要素の扱い方を知らないのか避けてるのか描けないのか同じモティフ・パタアンの繰り返し。「デ○ノ」の影響から逃れてくれよ、真芯ちゃん……。ヒキの絵の時の女性の身体のゴツさもヒドいしなあ。やれ華奢だ小柄だと台詞で言わせていても説得力皆無。
最近掲載誌そのものにも勢い皆無だし。看板作家居ないも同然で。そこそこどまりの作家さんたちでどうにか保たせてます程度(この雑誌自体そのものが消滅するのはどうというほどのこともないけれど)。
時々とてもいいネエム切るから、期待しちゃうんだよなあ。しかも、大抵えろ要素抜きだし。それで突っ走ってみてほしいところなんだが。

また連載開始するらしいけれど、一度じっくり休みをやってあれこれ構想練らせたりしたほうがよくないか、と思う…けど、多分忘れられちゃうから出来ないしさせられないんだろうなあ。今まではドギツい設定(財力だけはある若い男が幼女を囲い、年端も行かぬ内に無理矢理、という路線)でウケてたかもしれなけど、それ以上のものとなるとそうないわけだし。かといって、一度とんでもねえ設定で人気取ると今更フツウの少女まんがも描けない、のかね。

最近、自分の「萌え」を「恥ずかしげもなく」披露してそのまんまなまんがを描くひとが増えてしまった気がするのだが、アレはヤメといた方がいーよーな気がする。作品から読み取れる分には何とも思わないんだけれど、表明しちゃってる上で作品公表されて、しかもそれが無限ループ、となると「アンタソレしかないやんけ!」としか言えなくなっちゃって。開き直りはタチ悪いな、としみじみ思う。

新作、また鬼畜野郎にオドオド少女ですかね。あるいは鬼畜×少女(幼女、もアリ)? って結局また同じだよな。新機軸を打ち出せないと先はないと思う。
  
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