行け年濃い年。 |
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2005-12-31 Sat 23:09
タイトルの投げやりさ加減に絶望した!
色んなコトに翻弄されている内に1年という時間が経過していた、というカンジでした。何だかあっという間だった。トシ食うと時間の経過は速くなるのか? 遅くなるんだっけ? 不愉快なことと嬉しいことの比率があまりに違い過ぎてツラかった。来年はもう少しマシな年になればいい、というか積極的にそうなるよーに努力せねばいかんなあ、としみじみ。日々ヒトを呪っていた気がする(笑)。些細なシアワセがとても愛しいように、些細なムカツキがひじょーに不快でどうしようもなくて苛々させられたり(箸の上げ下げにすら文句を垂れる小姑のように、友人知人の何気ないヒトコトや態度にすらブッちぎれていたりした)。自分の器の小ささがイタイ〜♪ ここ数日の悔しいコトと言えばなかなかブログの更新が出来なくて、年明けまでに日付全部埋めることが出来なかったのが! くっそー!! ものめっさ悔しい。一日一記事を目指していたのに! でもって、出来るだけ更新はマメにやろう、と思っていたのに!(読み手は少ない…というか皆無に等しいが)自分に課していた決まり事すら実行出来ない、つーのはどうなのよ↓ でもやる。年が明けてからも記事で必ず埋めます、全部! 反面、自分にとってのみ嬉しかったのは、本来やろうやろうとしていたコト(これがまた自己満足の権化みたいなモノなんだが。というか、所詮何事も基本的には自己満足であろうと思う。それが他人にとっても面白いか否か、だけで。つまんない記述しかないブログでも読まれてる事実を見ているだけに、尚更「おお、自己満足でいいんだね♪」と勇気づけられるし・笑)がようやく出来そうになったこと。メドが立ってよかったわー。 マメに見に来てくれる友人知人の皆様方、ありがとうございました。「管理人にのみ閲覧可」のメッセばっかりくれる君(おまいさんだよ、読んでるだろ、コレも! 返信できねえのわかってて言いたい放題言いやがって・笑)や、メエルで感想等を寄せてくれるアナタ、来年もよろしかったらおいで下さいまし。 偶然見に来てメッセエジを残して下さる方々にも感謝を。なかなか勇気が要るので素直に有り難いです。ココのブログは検索そのものにあまり引っかからないらしいので、何らかのカタチでココに辿り着いて頂けるだけでも嬉しいくらいです。 一時期ココは閉鎖しちゃおうかなあ、と思っていたのですが(元来飽きっぽいのであった。ついでに、あまりレスポンスの頂けない糞ブログなので、一時期「コレって何かもうどうでもよくね?(いや、最初からどうでもいいんですよ、紫堂さん)」と思い始め、全部削除するか? とか思っていた)、もう少し続けていくつもりです。文章って、書いてないとホントにダメになりますな。書いてても実感するから余計に。リハビリは続くのであった。 そういう訳で。来年もまたこの庭で地味〜〜〜にお待ちしています。 よい御年をお迎え下さいませ。
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一年先の自分に宛てて。 |
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2005-12-30 Fri 22:45
書店で見かけていたからタイトルは知っていたけれど内容や読者層はどういうものなのか良く知らなかったし、買うきっかけもなかった。今回偶然買うきっかけ、を得てしまったので購入。これが今年最後の書籍(雑誌だけれど保存決定しているものは私の中では書籍扱い)となる。
![]() 「一個人(いっこじん)」。今回は丸ごと「書く」をテエマにした特集(どちらかというと、間に余計なものをせこせこ挟まずに雑誌一冊丸ごとひとつの特集を組んでくれるのは男性にウケそうな雑誌に多い、んだけど、この雑誌の購買層のボリュウム・ゾーンはどの辺りだろう? 20代はちょっと少なそうな感じがした)で、ここ数年「書く」ということに興味がある私にはテエマそのものがツボだった。しかし、それだけでは出費の多い年末年始、あえて購入はしなかったと思う。 「クラフト・エヴィング商會」 彼らのデザインした便箋と封筒が綴じ込み付録としてついているのだけれど、これがまた何とも洒落ていて、「未来の自分に宛てて書くと、一年後の忘れた頃に届く」というのだ(出版社宛てにこのレタア・セットを使った手紙を同封した専用封筒を送ると、出版社が管理保存し、一年後に投函して送り返して(?)くれるのだそうな。「つくば博」の時のタイム・カプセルみたいなカンジ(あれはもっと時間が経過してから届けられる企画だったけど)。 デザインそのものも無駄にゴテゴテしてなくて、すっきりしていて、それでいて彼らのいつもの持ち味がちゃんと出ている上品でシックなデザイン。紙質も何だか良さそう(まだ封入している透明な袋から取り出してない↓ これも貧乏性の為せるワザか↓)。書いて送っちゃおうかなあ、と思っている……のだけれど、確実に受け取る一年後、読んで死ぬ程赤面しそうな気がする(笑)。 ちなみに、この特集を組んだ2月号は12月26日に発売されて、すでに店頭にある筈です。「未来の自分宛の手紙」は、1月25日まで受け付けてくれるみたいなので、出してみたい方はゼヒ書店へどうぞ♪ 企画そのものが何とも言えず「クラフト・エヴィング商會」していてたまらんですVv 特集そのものは、文章、手紙、書、と多岐に渡っていて、どれも興味深いのだけれど、少しだけつかみどころがナイカンジ。直接的過ぎない、かと言って間接的でもない、というちょっと模糊としたところがあって、それが味なのかな、と。 何度読んでも泣ける円谷幸吉氏の遺書、肉筆のものが掲載されてますが、……何とも言えず胸に迫るものがあってやはり泣けました(検索をかけるとネット上でも読める。肉筆のモノではないけど)。感謝を捧げることばに潜む、耐え難いまでの無言のプレッシャアへの微かな恨みと哀しみが何とも言えず。 「書く」がテエマであるので、「周辺」にも焦点を当てて、かの「伊東屋」と文具、書く環境としての図書館・自宅なども取り上げられていて、濃密だけれど不快感のない空気が終始流れてる。ふ、と取り出して何度も何度も眺めるようにして読んでしまう。 「書く」ことに興味のある方にオススメ。ほかの色んな記事も大人の小粋さが感じられて楽しめました。 |
失望した! あ○ぞんに失望した!! |
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2005-12-29 Thu 18:50
アマゾる―オンラインショップAmazonをとことん限界まで使いこなすこと
津田 大介 ![]() 21日に、あ○ぞんに本の注文をする。点数12。その時点で、内10点が「24時間以内に発送」、1点が「予約受付中」、1点が「2〜3日以内に発送」と表示されていた。「予約…」の1点は26日発行のもので、これさえ入荷すれば注文したものが揃い、発送になるんだろう、と思っていた。この「予約…」の入荷待ちをしている間に「2〜3日以内」の書籍も揃うだろうし。 甘かった。砂糖に蜂蜜入れて黒糖まぶしてコンデンス・ミルク入れた後モラセスとメイプル・シロップ加えて攪拌しながらガム・シロップを混ぜてさらにスピードワゴンの声ががさがさしてる兄ちゃん入れたくらい私の見込みは甘かった。 29日本日現在発送予定日は早くて「1月1日」……。 注文した私が馬鹿だったよ。 26日現在の頃なんて発送予定日は何をどうすればそこまで遅くなれるのかわからんが1月中旬から2月初旬を予定されていた。はぁ!? 何でよ!? 26日入荷の本が「24時間以内」に切り替わるまでに、「2〜3日以内に発送」の書籍だって揃えられるのではないの?? それとも何か、キャンセルあったら困るから揃えてはおかないのか?(その割に、あまりに待たされるからキャンセルしようかな、と思っていた矢先に「発送手続きに入ったからもうキャンセル出来ないよん♪」の表示が出て数日も待たされたりするんだが!)21日から26日に至るまでに4〜5日あって、「2〜3日以内に発送」の書籍が揃えられない理由って、何だ?(予測回答:「そこまでいちいちチェックできるほどヒマじゃないから♪」) 9割が「24時間以内発送可能」になっていて発送予定が1月中旬以降たあどういうことだ。でもって、「24時間以内に発送」の本11点に、いちばん遅くに入荷する書籍が発送可能になるまでに入荷できたであろう本があるにも関わらず未だに発送できねえのは何でなんだ? ……それを尋ねるべくメエルをしてみる(どうでもいいが、何だってあまぞんは問い合わせ用のメエル・アドレス等すぐにわかるように明示しておかないんだ? 導入もないし。ヘルプ・デスクにはアホみたいにFAQ掲載してるけど、そのペエジにも「解決しない場合はこのアドレスへ」とか明記しておいてくれよ)。すると、こんな返信が来た。 「配送予定日が最新の情報になってなかったから変えておいたよ。入荷した順に受け取りたかったら、『アカウントサービス』から分割発送に切り替えてね! ¥1,500以上なら送料無料になるからそういう風に調節して分割発送選ぶといいよ♪ 今回は迷惑かけちゃってごめんね!」(意訳) いやいやいや。訊きたいのそういうことじゃないし。 私の日本語がそんなに拙かったのか……↓ 9割「24時間以内発送」可の書籍+未入荷本が入荷するまでに揃えられたと思われてもしょーがない本、を注文して、何故26日を過ぎた時点ですぐ発送に取りかかれないのか、と尋ねたつもりだったんだが。誰も配送予定日おかしいから本来の予定を教えろ、なんて訊いてないんだよ、カスタマー・デスクの中のひと。 オーダーした本を読んだ側からココでレビュウしちゃお♪ とか思っていたのがすべて計画丸つぶれ〜〜♪(更新が滞った理由のひとつがソレだった……) 執念深い私はメエルに付記される「解決しない場合」のアドレスをクリック、再度尋ねる。 「私の質問の仕方が悪かったのか、欲しい回答が得られないので再度メエルを送信する。私が訊きたかったのは、『9割方24時間以内に発送可能の書籍と、それまでに揃えることが出来たであろう書籍が未だに揃わず発送の予定時期が随分先に設定されているのは何故か』ということである。発送可能時期の表示を一応信頼しての注文だと言うのに、それほど時間がかかるのならば、余裕を持たせた時期に表示を変えてくれ。信用して注文した客がいけないのか?」(意訳) それに対して来た回答。あれこれ色んな前置きは省略して私が愕然としたとこだけそのまんま抜粋。 「『○○』(唯一「2〜3日以内に発送」になっていた本)の入荷状況について担当部署に確認したところ、こちらの商品は、本日から起算して3〜4日程度で入荷する見込みでございますが、年末年始の配送事情から、この情報も多少前後する可能性がございますことをご容赦くださいますようお願い申し上げます」 それまで何してたんですか、アンタら。 「本日から起算して」!? ナニソレ。だからさ、それまで何してたのよ? 何十万点という商品扱ってたら、そりゃ目の届かない所、手の届かない所、及ばない所もあるでしょうよ。それはわかってる。わかってるんだけど、だからって今回のこと「あ、そうなんだー♪ あははー、しょーがないねー」なんてカル〜〜く流せる気分にはなれねえなあ。でもって、こういう思いしてるひとが私のほかにも確実に何人も居るんだよなあ(某掲示板で確認済↓)。ヨソのネット書店に出来てもあ○ぞんには出来ないのかー? ヨソはちゃんと届いてるよー……(涙)。 一日に何百件と注文受けて、何百件とこなしてて、大変だろうとは思うんだけどさあ。ヨソのサイトにオーダーしとけばよかった、としみじみ思った、今回は。21日から26日までの間に入荷させられなかったのなら、入荷予定日をもっと余裕持たせて表示しといてくれよ(もっとも、一点一点に目が届かないのは自明の理でもある、と思ってはいるのだが! ……でもヨソはもう少しテキパキしてる、というか、連絡・対応が迅速だな)。だったらその時点でその一冊だけキャンセル入れてたよ。今はほかにオーダーしたいもの(……は本当は山のようにあるんだけど、予算の都合上)ないから、キャンセル→ヨソに注文、とまではする気ないし。 b○1、サイトのリニュウアルしてから、サイトそのものはどーにもぴんしゃんしてなくて苛々させられることが多くなったけど、それでもカスタマー・デスクの方々の対応はしっかりしていて迅速丁寧。 以前到着した本の表紙がヨレてて返品・交換を希望し、受理された時のこと。配送業者のク○ネコちゃんがどうも荷物を紛失したらしく、到着しなかったことがあった。その時、何か本1冊にヘンにコダワっちゃってヨレてたぐらいでウダウダ言うなよ、と思ってるだろうなあ、と思いつつ、「今回、私のミスで到着しなかったって訳ではないけれど、色々お手数おかけして申し訳ない気分になってる」みたいなメエルを送ったら、「当方では、注文を受け、お客様のお手元に確実に届き、喜んでいだけるまでが業務で責任」とコピペではない文章(と思うことにしてる)で御返信頂いた。ココは何かトラブっても誠実に対応しようという姿勢が見られて、そこが好き(ちゃんと署名入りでメエルくれるし。あ○ぞんは利用者に「どうせコピペの文章だろ」と言われることが多いし、実際そう思わせられるような文章で届く……)。でも、今回たまたまコチラで扱ってない書籍も注文するつもりでいたものだからあ○ぞんにオーダーしちゃったんだけど。 失敗でした。 いや、あ○ぞんも、そんないつもいつもダメ、という訳でもないんだけど(そうだなあ、6割方満足してる。←微妙やんけ)。「もう発送準備に取りかかってるよ♪」と言われてから数日後に発送、てのも何度も経験したし、「待たせてごめん、でもアンタ欲しいって言ってた本、もう版元にもないんだってー」てのも数回あった(でもまあ、後者に関してはb○1も同様のこと何度かアリ)。 大規模だとこういうことはままあることなんだとは思うものの、よもやこんなに待たされるハメになると思っていなかったし、発送時期の変更=引落の期日の変更にもなるのでなおさら困る。地元に何でも揃ってるお素敵書店があったら地域活性も図ってそっちで買うよ、ちくそー。 別に急いでいた訳ではないけれど、読みたい時に届かないこのモドカシサ。自分の馬鹿さ加減が悔やまれる……。 |
年内に到着。 |
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2005-12-28 Wed 18:28
12月中に発送終了予定、ということだったけれど、まだ届かない、もうじき「今年」でも「12月」でもなくなるなー、そう思って、いつも拝見しているHPに確認しにゆく。そこでは新作情報や発送に関する進捗状況等もわかるから。
え。1月までに発送終了、に延期になってたの? 一応公式サイトにも行ってみる。今は全プレの進捗状況だとか把握し易くなって有り難いといえば有り難いわねえ。 とかそんなことを思っていたら。母が昨日の寝しなにこう言った。 「あんた、郵便見た?」 「は? ゆうびん? いや。見てないよ。何か来てる?」 「玄関に置いておいたの。アンタ関心に気づくから大丈夫かな、と思って」 「いやいやいや。はよゆうてくれよ」 見れば上がりかまちにちょし、と箱が。荷姿見るなりそれがナニかわかった。 届いてたんじゃん、「フルバ透ピンキー」 ! 今年の夏頃雑誌で全プレとして高屋奈月氏の「フルーツバスケット」のヒロイン・透のPinkyが登場する、と聞いて、買ったこともない雑誌(友人が購入していた時期に貸してもらったり、立ち読みはあるけど、思えば買ったことってなかったわ……)の読んだこともないまんが(あれほど人気作品なのにまたく食指が動かなんだ)のよく知りもしないキャラクタア(まあ絵的には知ってるのだけれど。まんが情報誌買ってたからどういう作品か、とかオボロゲには知っている)が「Pinkyになったから」、その一点の理由だけで買うことになるとは……ははははははは。 ![]() 可愛くないとは言わないけど、可愛いとも思わないという微妙な出来なのは雑誌掲載時ですでに知ってはいたが、……金谷氏のイラストの状態のがいちばん可愛かったかな(しーん……)。原作の絵を活かしたのがアダになったっつーか……(それは禁句♪)。なんか瞳に覇気が感じられないんだよなあ。見慣れてくると「まあこれはこれで可愛いか」と思えてきたが。 ![]() 冬服と夏服、と制服のみというのも何だかサビシイ(すっかり忘れ去られそうな「ダ・カーポ」ピンキーも制服ver.で出るし。っていうかさ。本当に出るかね、アレは!)。制服モノはオリジナルのラインにも結構あるし、ちょっとおなかいっぱいな気分になってしまう。トレエド・マアクみたいなもんだから、透というキャラが明確になるとは思うんだけど……うー……。 オプションの小物……一応イキモノだから小物扱いはヒドイか、猫と鼠とおにぎり(笑)がついてきたのは可愛いと言えば可愛い。特に猫はツボ♪ ![]() ……こういうちまちましたまったくのつくり下ろしがあった分、肝心の服……ボディのパアツがちょっとサビシイ。まあ工程の関係で制服のラインが2本→1本になるかも、と言ってたらしいのがちゃんと面倒な2本ラインを実現させてあって、そういう意味では細かい仕事してるんですが。パンチには欠けるよなー。やっぱあれですか、やっつけ仕事(以下自粛)。 あとはリボンのパアツが2種ついたので、互換性あってほかのピンキーともあれこれチェンジして楽しめそうなのはいい、かな。「着せ替えセット」と銘打ってはあるけど、「着せ替え」の醍醐味が味わえる程でもなく、ある意味ピンキーの新規ファン(? ユーザ?)獲得の一環みたいなものか、とやや邪推めいたものが湧かないでもない(笑)。「着せ替え」させたいならほかのぴんきー買わざるを得ないもんねー。女性ファンもそれなりに居るとは思うけど、やはり男性ファンの方が多そうだしなあ。この全プレのために雑誌を50冊買った、とか言うひとも居たらしいし。大きいオトコノコのオトモダチの経済力は流石だな。 ベエスが付いたのは少し嬉しい、かな。まあこの足だと自立がムズカシイから付けるのも当然か。 何はともあれ年内に到着して一安心。まだパッケエジから出してもいないぜ(林檎も出してない、そう言えば)。って、年末に必死こいて着せ替えに熱中してるヒマなんぞあるかい(駄文打つヒマはあるけどね↓)。 |
本館の方が後から出来るのかよ↓ |
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2005-12-27 Tue 20:52
誰にとってもどうでもいいことなのだけれど、そもそもこの「拠火園雑録」というのは、以前登録していたブログ・サイトをおん出て、別な所で続けようか、となった時に、同じタイトルでやっていくのも何だか躊躇われたために、ストックしてあるモノの中から引っ張り出して、無理矢理つけたよーなもんでした(最初は「拠火園の真ん中で。」というタイトルにしよーかしら、と実際やってた時期があって、特定の記事乃至関連事項をネットで検索かけるとこの古い仮タイトルが出てきてやたらと恥ずかしい思いをする↓)。
そもそも「館」(殺人事件が起きたり、孤島にひっそり立ってたり、見ず知らず同士がいきなり招集されたり、密室状態の孤立状態にさせられたりするような場所、ではない)があって、その「中庭」としてあるのが「拠火園」なる名前を冠した庭、という設定があった、のであった。名前の通り、螢の光と、月明かりだけが光源の、昼ですら薄暗い庭、というイメエジ。 よーやくその「中庭」のある「本館」をオープンさせることにしました。何となく成り行きから(テキトーかよ!)。しかもやってることはほとんどおんなじ♪ いや、そもそもぶろぐでやりたかったことなんてその程度だったんだけどなあ。何で「拠火園」になっちゃったんだか(「拠火園」は一応他人サマにも読んで頂くのを大前提にして書いているので、出来るだけマトモな文章になるよう心懸けよう、とか、読み手が居ることを意識するようにしているので、時々「ああ、クドいわー」とか「長くなったなあ」とか「あんまり短いと伝わりにくいか?」とか、うだうだ悩むことが多かったりするので、……馬鹿だとは思うんだけど、時々ごっつい負担になる↓)。 ちまちまと日常のヨロコビのみを綴るショボ〜〜いブログです。だから、誰も気づかない内にリンクに加えるし、気づいてるひとも居ないし、とホントに、ひっそりとひとけない所にある謎の館状態です。 お暇な方、気づいてしまった方はお待ちしております。 水月館閑談室 内容、地味にカブることもありますが、本人の楽しみのためにのみ存在しておりますので御了承下さい。 |
ましゅまろみたいなのにしなもろーる…。 |
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2005-12-26 Mon 18:37
シナモロール カフェシナモン
![]() デパート(というよりはスーパー・スーパーマーケット。食料品のみを扱うようなトコロがスーパーマーケット。それに対してそれ以外の商品も扱う、大規模なスーパーマーケットはこういう風に呼んだりする。でも百貨店・デパートとは言われない、のよね。出発点の違い? 「三越」は百貨店だけど「ダイエー」はSSMの括りだったと思うんだけど。って何の話よ↓)の玩具売場で見かけた時、あまりの箱のデカさに驚いた。デ、デカい……。自分が持ってた「こえだちゃんのパノラマハウス」の箱よりデカイー!(知らないよ、そんなこと……) 「シナモロール」にさほどの愛着はないんだけど、家モノの玩具であることが私を惹きつける。うがあ、何て可愛いのだ! ちゃんと元来のイメエジ通り、パステル系のふんわりした色遣いでまとめられていてただ飾っておいてもなかなかに可愛らしい。シナモン・フレンズ(シナモロールのオトモダチはこのよーに呼ぶのですか…)も6体も付いてきて、まあゴーカ♪ カフェと言うだけあって厨房とカフェ(店内)とに分かれていて、ナマイキにも2階席まであるときてますよ(しかもその昇降にはどうやら階段でも梯子でもなくブランコ風のエレベエタアを使用する模様。フフフ…めるひぇん仕様は流石に違うわね!)。写真では、あんまり部屋の内部にパアツを置いてない遊び方の例を提示してあるので、妙にスッキリしまくっていて、ちょっとだけサビシイ気もする。多少ごちゃっとしてて「おお、こんなものまである!」と思えるのが好きなんだが(ええ歳こいたおんどれの意見はどうでもいいのですよ)。空間を多く確保するするため(色んな部品・付属品をコレに綺麗にしまいこまねばいかんので)に、あれやらこれやらがカキワリなのは昔から変わってないですな。その点ではやはり比べるのもどうかと思うものの「プレモ」に軍配上げてしまいますよ。 ああ、これの「こげぱん」ver.ならもう年齢も何もかも振り切って買ってしまいそうだわ↓ 赤い屋根の「パンや」にひしめき合うこげぱんたちとキレイパンたち……くらくらくら……(現在想像してトリップ中)。オーヴンがあって、こげぱんやキレイパンを並べられるの♪ できればちょっとギミック利かせて、「オーヴンの設定温度を変えると中に入れたパンの色合いが変わってキレイパンがこげぱんに!」とかやっちゃってくれると嬉しいわー(通常の室温下に置くことで徐々に元のキレイパンに戻るの。風呂で遊ぶ玩具でお湯に入れると色が変わる、とかそのテのがあるから実現可能だな♪)。 大好きなのに、デザイナアのたかはしさんが「サン・○ックス(こげぱんやリラックマ等人気キャラクタアの文具・雑貨で名を馳せる会社)」を退社なさってから扱いが悪くなったというか小さくなっちゃったからなー……いやそりゃ「リラックマ」可愛いけど。こげぱんだって可愛いんだい!(今は「ソニマガ」の方が余程「こげぱん」をフィーチュアしとる気がするぞ) って話逸れまくりだし。 相変わらずこのテの家モノTOYは目を奪われます。ほどほどに凝ってあって付属小物が多いのが好み♪ 玩具売場や「トイザらス」は未だに大好きスポットだというのは如何なものか、自分↓ さらに蛇足。「サンリオ」モノなら最近は「シュガー・バニーズ」が好き。必ず双子のうざぎで、天才パティシエだったりジャム職人だったりバリスタだったりするの。最初「しろうさ」と「くろうさ」のひと組だけたったのに、今じゃ5〜6組の双子うさがいて、それぞれが天才○○なの。めっさ可愛い♪ 用途がないので商品買うまでに至ってはおりませんが↓(あー、あのぬいぐるみの状態でキャラが登場するストップ・モオション・アニメのDVD出る、とかなら買っちゃうかも・涙) |
うまれたものはなに? |
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2005-12-25 Sun 23:20
LOVELESS (6) 限定版
高河 ゆん ![]()
この1冊で「誕生編」全部、でいいのかな?(何しろコミックス派で雑誌はお楽しみよろしく読まないようにしているのでわからない↓ 彼女の作品はある時突然ふつりと続かなくなるので、雑誌購読は欠かさないのが賢明ではあるのだが) 「誕生」。何が生まれたのかは作者によって明示されていない。立夏の決意なのか。草灯の弱さなのか。清明の暗躍なのか。 そもそも、誰も「ホントウノカレ」であるのかわからないままに物語は始まり、続いている。立夏はある時を境に「本当の立夏」ではなくなったと言うし、転校生である彼を、転校してくる前、「変わって」しまう前の彼を、今一緒の時間や空間を共にする彼等は知らないのだ。 誰も清明がどんな男なのかを知らない(いや、それぞれにそれぞれの持つ印象や人物像はあるのだが、それぞれが合致/一致しているかは甚だ謎なのだ)。 誰にでも優しく穏やかだとAが言えば、潔癖性でひとと触れ合うなんてあり得ないとBは言う。「穏やかで優しい兄」という「記憶」を持ちながらも、清明の中にある奈落のような暗闇を、立夏は何処かで憶えている。カレがナニモノなのか、周囲の人間も、読者も、誰も知らない。 草灯とて、何を思い何を考え何のために行動しているのか微妙である。ただ、草灯は「モノのように扱われたい」「命令して」と、その点だけは主張する。タマシイもカンジョウもないモノのように。それでいて、何処かで自分の中のナニカを持て余している。カンジョウがあることを知っているが故にそれを否定したがっているように見える。 「私は立夏くんが大好きなんです」とコトバで明瞭に語った唯子。 怖いしどうしていいかもわからないくせに立夏の母親と対峙することを決意する立夏のクラス担任・瞳。 女性たちは比較的自分たちの意志や感情を明確に表す。けれど、男たちはいつもナニカを秘めたまま。 誕生。ナニカが生まれる。……ナニが、生まれる? ナニが生まれたの? 立夏は清明を「殺した」(ということになっている。本当に清明は死んだのか。いや、どうやら生きているらしいけれど、それが「清明である」と誰ならば証明できるのか。そして、死んだことになっているのであるなら、本当に死んだ――殺されたのは、誰なのか)「ななつの月」に会うことを決める。それまでは避けていたことをやることにする。 前に進むために。真実を知るために。 でも、しんじつなんてどこにあるというの? 立夏の中の清明は優しくて穏やかなのに何処か陰惨さも持つ男だった。どちらも本当だと言うなら、何がどう正しくて間違ってるの? 正しいとして、間違っているとして、それが何だというの? そこから何が得られるというの? 得られたとして、それが何になるというの? 生まれたのは、新たな疑問、新たな謎。 ……進んでいるようでいてまったく進んでいないこの「LOVELESS」も、とうとう6巻目となりましたよ。いやあ、長いな。フツウ月刊連載だったらもっとさくさく出ててもいい筈なんだがな。何しろ月産ペエジ数が少ないの何のって。 ユイコ(知らない方のために一応。立夏のクラスメイト。小六なのにきょにう……。ちょっとお馬鹿だけれど、まっすぐで可愛い)が可愛かった。恐がりでヘタレで根性ナシだけれど、立夏に励まされて頑張れること、立夏が居るだけで学校がそれまでよりずっと楽しいこと、そのためにちょっと頑張ろうとするところがケナゲで。 瞳先生も情けないようでいて真っ直ぐでひたむきでお馬鹿で、可愛い。立夏の母と対決するのか!?(立夏の母は、何が原因かよくわからないのだが、立夏を虐待しまくっている。今回のコミックス収録分での清明の言を借りて言えば、「愛情が深いが故に傷つける」ということらしいが) 草灯の元に居たチビゼロふたりは渚先生の元へ(ああいちいち説明するのも何なので、興味持たれた未読の方はコミックスであれこれ御覧下さい)。 清明の戦闘機を名乗る二世(ニセイ)の存在と名前が気になるなあ。所詮「二世」ってことなのか、と。草灯こそが清明の戦闘機であって、二代(台)目に過ぎないのか、とかあれこれ考えてみたり。草灯と真逆のキャラクタアだし。でもって小者感が拭えないとこが何とも言えず(笑)。 今のところ、明かされている部分と明かされていない部分のバランスのキモチワルサが個人的にはないので、今後の展開が楽しみ(某くら○ぷまんがだと、これでもかーっと秘しておいた部分が明かされてみるとショボ過ぎてゲンナリしたり、その設定どうなのよ、何の解説もナシかよ、何か落ち着かねえなあ、な部分が気になって苛々するんだけど、ゆんさんのまんがではあまりない。何しろ、伏線がすっぱり忘れ去られていたり回収どころじゃなくなってたりするので・笑)。 とりあえず今後の展開を楽しみにしておこう。つーか月産ペエジ数増やして下さい、ゆんさん……。イマドキ月刊連載で月20頁以下はナシでしょー。 以下は限定版にのみついてくる小冊子についてちょこっとだけ語っているので、未読故にネタバレ回避なさりたい方は読まないでおいて下さいな。 |
合間にケエキ(いや、もはや主食)。 |
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2005-12-24 Sat 23:31
Coming Home for Christmas
Gooseberry Patch ![]() クリスマス用にケエキをオーダーしたはいいが、受け取って吃驚。何故ちゃんとサイズを数字で確認しておいても、いざ実物を見ると思い描いていたよりもデカかったり小さかったりするのであろーか。今回は前者。母とふたり、「こ、こんなに大きいの頼んでたっけ……?」と首をひねるハメになってしまった。ちゃんと号数と直径確認して頼んだ筈なんだけど。 家族3人で食べるにしては、……デカ過ぎる↓ まあ寒い時期だし2〜3日もあれば消えはするのだが。直径25センチ以上はあった、ような気がする。一昨年までは母の知人のケエキ屋さんでオーダーしていたのだが、廃業なさったので、今年も地元では老舗クラスになった昔からあるケエキ屋さんに注文する。駅前にあるお店なのだが、駅前がかなり寂れた感じになっているので、お客さん入ってんのかなあ、などと勝手に心配していたのだが、今年もどうやら杞憂に終わった(ちなみに、去年も同じことをぶろぐでほざいていた・笑)。今モールだろうがコンビニだろうがスーパーでさえケエキのオーダーを受け付けるというのに、店に入ったら引き取り待ちの箱がどっさり積んであったのだ。よかったわーVv 何かこう、くらしかるでしょー、ケエキのデザイン(?)が。昔ながら、というカンジ。 で。ウチはタダシイ一般的日本人の家庭なので、ケエキ、クリスマスのケエキをですよ、アレを、ちゃんと仏前に供えてから食う、んですね(ははは)。さらには、他界した祖父母の家の方の仏壇と、我が家の仏壇、両方にそれぞれひとつずつ供える、ってんで2つも! オーダーしてやがりました、母。 そんなに食わせてどーすんだ。もう死んで(以下略)。 そんな訳で、2〜3日で消えるであろうけれども、何かっちゃ食うんだろうな、と、ずどーんと何かが重くなる訳ですよ。食う前から胃とか気分とか! 食うけどね! 食えるけどね! 太るんだよ!! ケエキの処分(=胃に押し込む)が終わった頃には晦日に正月ですよ。太らない訳ねえだろ! という怒濤の食い倒れDaysに突入するのでありました。やばいーやばいよー(涙)。 TOPの本は、偶然ネットで見つけた、可愛いキッチン雑貨等を扱うショップで出してる本のひとつ。 Holiday 系は特に充実していて、表紙を見る限りでは手描きのあたたかみあるイラストがイイカンジで好み♪ 欲しいんだけど、あまぞんでは買えない状態のものが多いので、いずれお店に直接オーダーしたいな、と思ってる。……って、まだ買うのか、レシピ本……。 |
デカめのスプーンで食べなくちゃ。 |
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2005-12-23 Fri 23:13
スプーンおばさんのお料理絵本 パーティー編
アルフ プリョイセン 株田 馨 田中 史子 ![]() 以前あまぞんのカートに入れておいたら、デエタがクラッシュしてしまい、その時どんな書籍等を入れていたか一部思い出せないものがあったのだが。偶然あれこれ検索していた時に再度巡り会って思い出した。 そうだ! これも入れてた! 良かった、思い出せてー!! 「スプーンおばさん」の料理絵本、の、パーティ篇。大昔、NHKでアニメ化されて放映されたことがあったんだけれど、一応その時の絵を使っている……んだけど、どういう関係があってのことなのかはいまひとつ判らない。純粋に、物語(原作)そのものに登場する料理に関連しているのか、原作者と同じ国の方が書いたものを訳したものなのか(どうも原作者の名前を出すことは必須事項として掲示しただけで、あくまでも日本人によって書かれたらしい、と思ってるんだけど、どうなんだろう…?)。 あまぞんの紹介文で行くとどうやら物語に登場する料理らしいけれど、原作のものなのかアニメのものなのか……(アニメ化されると必ずしも原作まんまに展開する訳ではなかったりするので)。多分、アニメのオリジナルだったり原作をアレンヂした話、なんだろう(と思うことにする)。 料理そのものは比較的易しいものが多いらしく、評価も概ね好評。「スプーンおばさん」の生まれた国の料理がどれくらい登場しているものかは判らないけれど、それでもやはり何だか惹かれてしまう。 時期的にパーティ篇をチョイスしてみたけれど、ほかにもあと2冊ある。どれも欲しい。……コンプリィトしちゃいそーだな↓ スプーンおばさんのお料理絵本 料理編 アルフ プリョイセン 株田 香 田中 史子 ![]() スプーンおばさんのお料理絵本 お菓子編 アルフ プリョイセン 株田 馨 田中 史子 ![]() |
なければなくてもいい話。 |
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2005-12-22 Thu 15:12
百年前から愛してる
マギー・シェイン 宇野 千里 ![]() そうか、そう言えば前作にちょこっと登場してたな、次作ヒロインは。前作「せつない誓い」ヒーロー・アダムの従姉妹に当たるジェーンが今作のヒロイン。えーと、第2作のヒーロー・カイルと4作目ヒーロー・マイケルときょうだい。ジェーンもマイケル同様、カネのことしか考えていない実母をあまり好いておらず、また従姉妹のロッキー同様一族の権力や財産には関わらず、自分の「好き」に忠実に、でも誰かに頼ることなく生きたいと願って独立を図る。 亡き祖母(実はバリバリ存命)が残してくれたメイン州にある築100年近く経過している古い家を改装し、アンティーク・ショップを経営することにしたのだ。幼いけれど同年代の子供よりずば抜けて頭のいい天才少年にして息子であるコディを伴って。ちなみにシングル・マザー。かつて恋した男が自分の成功とキャリアのために妊娠した彼女を捨てて去ってしまって以来、二度と同じ過ちを繰り返すモノか、と心に誓っている。 このジェーンとコディが引っ越してきた家には、ロックウェル調で描かれた絵があった。素晴らしくハンサムな男性と、彼の息子と思しき少年。その少年はどことなく自分の息子に似ている。発明家である彼とその息子の絵に惹かれるものを感じるジェーン。 まさにその100年前の1897年(日本では2003年以降刊行となったけれど、本国では1997年に刊行された)、その家の主であるザックは息子が死の淵に立たされ、絶望すると同時に希望を見出そうとしていた。何と彼はタイム・マシンの開発に成功していた、というのだ(……フィクションだけどね。フィクションだけどさあ。何だかなあ……)。息子・ベンジャミンのかかった伝染病から救える手だても薬もない。ザックはタイム・マシンを使ってベンジャミンが感染する前に、その伝染病が大発生した場所から連れ去れば、病気にそもそもかかることもなく、健康で元気なままの息子に戻ってくれると思い、時を遡ることを決意。 ところが。このすっとこどっこ……いや、愛情深い父親は、計算ミスをやらかし、100年後に辿り着いてしまったのだ。そこで遭遇するジェーンと、自分の息子の面影を宿すコディとの出逢い。美しく慎ましやかなジェーンと、聡明で可愛いコディに惹かれてゆく。ジェーンもまた絵で感じたあたたかな父親像を本人からも伝わり、また否応なしに惹かれていくのを感じる。コディは父親を欲しがっていた。 ザックは「現代」にすでに完治させられる薬が開発されていることを知り、それを持ち帰ることに計画を変更。それを知ったジェーンは残酷であると知りつつもある事実を彼に伝えねばならなくなる。 ザックの友人にして優秀な化学者ふたりが、彼が息子の死と同時に姿を消したことにより協力し合って新薬を開発することに成功、それが現代まで受け継がれており、……愛息・コディが2歳の時その薬によって救われているのである。 つまり、ザックが「安易に」今ある特効薬を持ち帰れば、その薬は開発されることなく終わるかもしれず、結果、現代の人間の何万人ものひとたちが、薬が亡いがために死ぬこととなり、歴史が大幅に狂ってしまうことになるのだ。 ジェーンはコディを失いたくない。ザックもまたベンを失いたくない。同じ愛情深い父親、母親として、気持ちはわかるものの自分の主張をも曲げることが出来ないのだ。 そうこうしている内に、コディが勝手にザックのタイム・マシンを使い、過去に遡行しベンジャミンを救おうとする。ふたりの息子のために、彼等もまた過去へ――あるいは現在へ――向かう。 ふたりは、そしてベンジャミンは助かるのか? 歴史が歪むようなことを起こさずにいられるのか? そしてザックとジェーンの恋は? ……つーよーな話なんですがね。タイム・トラベルが絡むモノってのは、どうしても互いの「現時点」におけるしがらみに阻まれたり捕らえられたり、という点が「恋の障害」となるんですが。今回のも、設定そのものは悪くないし、それなりに巧く練られてるかなあと思わないでもないんだけど。何かこう、すんなりと楽しめないものが。 恋に落ちる理由なんて大したもんじゃないけれど、互いに何か惹かれ合っちゃってねー、くらいで、ロマンスそのものが少しテキトーな感じ。ハリウッド映画くらいにはよく出来てるとは思うんだ、登場人物たちの行動原理とか、ポイントポイントでうまーく処理されてる気がする。でも、それ「だけ」。 ロマンス小説としては、何となく物足りない。だいたい、こんだけ子供の命が、とか焦ったり不安になったり切迫してたりするのに、……カウンタに押し倒してお楽しみ〜♪に浸ってる場合じゃないだろ、と。いや、切迫している状況だからこそしゃにむに、というのもないではないだろうけど、ろまんてぃっくでもなんでもねーんだもんなあ。ザックときたら、愛してると思ってた女性に袖にされて以来女性を近づけなくなったクセに、彼女が美しいから惹かれちゃった、欲しいよー抱きたいよーで求めた、くらいにしか思えないし。ジェーンは自分は分別がある慎み深い、そして用心深い女なの、と思っているしそうあろうと思い続けてきたクセに、「まあ、絵で見る彼はとても愛情深そうだわー」「実際彼はとっても息子を愛しているのね、きっと誠実なんだわー」くらいで肌許しちゃってるというか自分からも求めちゃってるし。 即物的っつーかなんつーか。 頭がいいのはオベンキョウに関してであって、先々のことを冷静に考えるという意味においてはまだまだ足りないがきんちょ・コディの「身勝手な正義感」、というヤツにも(子供故に許される範囲だと思わないでもないのだが)苛々させられる。小糞生意気で、「僕がベンジャミンを助けるんだ、オトナは二の足を踏んでるだけじゃないかー」とばかりにタイム・マシンで過去に行くはいいけど、装置を「現代」に落として自力では戻れないという失態をやらかす(それ故にザックとジェーンが助けに行くことが出来た、んだけど、追ってくるであろうことくらい想像できただろうし、結局オトナたちに縋るんかい、と思うと苛々が止まらない。「当時の」大人たちに「現代の」化学の力……薬の効能を信じてはもらえまいと思い、病気で弱ってるベンを連れ出してとある納屋に隠れるものの、落雷で火事になり、助けられると泣いて母親に抱きつく始末。ええい、鬱陶しい! ←子供嫌いは子供に優しくない・笑)。 感情や出来事の積み重ねで互いへの気持ちや愛情が深まって……というオハナシではなくて、プロットありきでパズルみたいに必要なピースをはめ込んでいっただけ、という風に感じてしまって、「ロマンスとして」楽しめなかった。タイム・トラベルもののロマンスのすべてが嫌いという訳ではないけど、これは「ロマンス読んだーVv」という感覚より「よくあるそこそこの出来のハリウッド映画観た〜」くらいの感覚しか得られなかった。 この「フォーチュン家」モノにあっていわば第1シーズンにあたるシリィズでは、一族と彼等によって運営される大企業とを絡め取ろうとする「陰謀」というのが根底に常にあって、どの物語も比較的何らかのカタチでその基本の土台をまったく無視すること、というのがなかったんだけれど、今回は「……何もこの『フォーチュン家』の物語には入れなくてもよかったんじゃない?」くらいにしか思えなかった。フォーチュンの人間である必然性もないし。もちろん、大きな財力・権力を持った家から独立して自分の在り方を確立しようという女性の物語ではあるんだけど、このシリィズである必然性皆無だった。 土台の物語が絡み過ぎてもそれはそれでちょっと鬱陶しいけれど、ここまで関係ないと必要あるの? としか思えないし。 面白くない訳ではないけれど、もやもやした気持ちがイタズラに残るだけ、ということで、☆×2、くらいの出来でした。 マギー・シェインという作家の面目躍如ではあったと思うけど、でもあまりにも自分の得意分野で突っ走りすぎて、他の物語との調和は感じられなかったなあ……。 この物語、今後のシリィズの物語で何か関われる部分ってあるのかねえ。
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林檎、げっと。 |
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2005-12-21 Wed 17:57
エア・ギア 12 限定版 (12)
大暮 維人 ![]() 「Pinky:st」がつくなんて知らなかったー!! もっと早くから言え、講談社!(公式のHPでさえ詳細が掲載されねえたあどういうことだ)儲けたいのはお前らだろう、オークションの転売ヤーどもではなく! ……私が「ぴんきー付で限定版のコミックスが出る」、と知ったのは何処のネット書店でも予約すら受け付けていないか、締め切った後で、某書店でようやくまだ受け付けていた時(それも〆切数日前)で、ものごっつ大慌てで予約入れたのだった。おまけに初めて利用する、というかコレのためだけに新規で会員登録までしちゃうし↓↓↓ そこまでして欲しかったのかよ、と自問自答するんだが、……何とも言えない……。何しろこの作品自体、知ってはいても読んだことなかったんだもの↓ 何に対する思い入れ、ってそれはぴんきー。大暮氏のファンでないことだけは確かだ↓ 結果から言うと、今までもさんざっぱら登場しまくっていたアイテム・プリーツ・スカアトにスカジャン(つまり、これらに関してはつくり起こした金型ではなかろう、と)、という基本コーデにトップスもう一個(赤のフード付パーカ)に新規つくり起こしの眼鏡…んー、グラサン? か、それが2種に「エア・トレック」(私同様読んだことのない方のために注釈:作中登場する架空の近未来型インライン・スケエト)パーツ付ってことで、ボトムスがもうひとつ欲しかったよ、という我が儘を抜きにすればまずまず可愛くて嬉しいな、な出来ではありました。ツイン・テイルのヘアも今回新たにつくったモノらしく、取り外しても可愛いなあ、ほかのコにもつけちゃおうかなあ、と新たな楽しみが広がったのがぷち嬉しい。 ![]() 顔立ち、目がでっかくてきゅーとVv 原作の彼女よりやや幼いカンジ(まあそれはいつものことか。って、後から判ったことだけれど、グレっちの絵は結構その時その時で微妙にタッチや雰囲気が違う…ので何とも言えない部分もあったり↓)。 ![]() コミックスと一緒で¥2,000、てのがイタかったけど(コミックス通常だいたいまあ¥410…¥400程度つーことにすると、おまけのぴんきーがせんろっぴゃくえん!? 限定とはいえ、おまけでその価格はすげえな、ヲイ……ちょっとボッタくられてる気分になるのは私が貧乏人だからさああそうさ)。パッケエジもちょっと凝ってて可愛い♪(こう、 NIKE とかの靴が入ってる箱みたいになってる。どうやら「エア・トレック」の箱、をイメエジしている、らしい) 肝心の(?)まんがですが。 何しろいきなり途中から読んでるので何が何やら。とりあえずわかったことは、「マガジン伝統の、あるいは少年まんが伝統の、ヤ○キーものの流れを汲んだまんがだったんだね」ということだろうか。縄張り(と書いて「シマ」と読め・笑)争いにグルウプ同士の抗争(?)、競い合うと同時に互いを認め合い仲間になってゆく、という王道をいくハナシだったのねん。 で、王道だけに妙に世界観つくり込んだカンジ。《エア・トレック》っていうツールがあってね、それを極めるとこういう風になってね、人物相関図としてはこうなってるんだよ、みたいな込み入った(最初から読んでれば多分込み入っているというよりも「面白い」んだろうなあ)オハナシにしないと「今」は描けないのかもなあ、とかトシヨリなので思ってしまった。 今、世界観と設定がキモなのね。オハナシなんてのは大塚英志氏が指摘するまでもなく「オリジナル」なんてモノはなく、大昔からある話型のパアツとパアツを繋げればつくれちゃう。だから、その分その作品独自のナニカを出さないと、となったら世界観と設定、これしかないんだろう。いや、昔から世界観や設定はあれこれと練られてはきていたし、それぞれに魅力的なものではあったんだけど。 で、妙に込み入った物語世界を構築しつつもどれだけそんなものとは関係なく存在すると思いたい普遍的なモノを如何に「自分なりに」描くか、が問われるんだろうなあ、と。 自分にとって面白いかどうか、は何とも言えない(何しろ今回初めて読んだので)。ただ、今の「マガジン」読者のボリュウム・ゾーンの読者(って、そもそも何歳なんだろう?)にどう受け容れられているのか、とかに興味がある。CLAMPが「ツバサ」に関するインタビュウで「低年齢の読者を考慮に入れるとあまり込み入った話を作れない」と言っていたけれど、「エア・ギア」読む限り設定とか最初から読んでないとハテさっぱりな込み入り具合で、「何処が低年齢読者気にしてんだよ!?」なノリだったんだが。ぼんやりとしか世界観ちうか物語世界が掴めんかったぞ、「エア・ギア」は↓ 「ツバサ」はいつもいつもいつも同じハナシの繰り返しで「行き先」変わるくらいで何と困る所がないのは「低年齢層」を意識した結果ですかい。ああわからん(この記事書いてから数回読み返して、よーやく「あ、面白いかも」と思った↓)。 相変わらず、絵はお綺麗でした。ただ、加齢のせいかアクションを目で追えない(笑)。止め絵で、何がどーなってんのかいまひとつわかりづらい時がある(慣れたら彼の絵の「文法」がわかってきて「あ、今こういうポオジングね」とか理解できた)。トシ食うっていやあねえ、奥様。微えろな描写はまあ彼のお約束らしいので「あーはいはい」で流しておくことにして。 あと、男性の作家さんだけれど衣服の描写がとても綺麗(あ。つーか最近は男性の方が凝ったの描くか、ははははは……)。フリルやレエス、ドレス系のデザインも可愛かったり洗練されたカンジがしてそこんとこはうっとりです。 オークションでアホほど転売…いえ、出品されているようです。最初から出品予定でひとりで敢えて何個も買ってるんだろうなあ。 今回はあまぞんも役立たずで、予約取らない取らない。私も毎日チェックして諦めて別なとこに頼んだのに、気づいたら受け付けてやがった(怒)。発売数日前くらいになってようやくいきなり受け付けて、あっという間にそーるど・あうとで今「マーケット・プレイス」で高値で出品されてます。何だかなー。 とりあえず、欲しいな、と思ってたものをちゃんと予約して購入できたのでよかったことにしよう……。「エア・ギア」本編はいつかちゃんと読んでみたいようなどーでもいいよーな↓ 箱に「01」のナンバリングがあったのが気になるトコロですよ。それと台紙にあった "NEXT" の文字とその文字から矢印が刺さってるとあるエムブレム(ア○トだった〜。え。オトコノコ!? あのキャラってオンナノコ!? え? え? てゆーか初・公式で野郎ピンキー?!)またキャラのどれかをぴんきー化するのかー!?(そしてそのお陰で本来のラインの製造・販売が遅延する、と♪)「天天」で「前科」もあることだしな。刮目して待て、ということか? |
もう食べられないであろうチョコレエト・パフェのこと。 |
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2005-12-20 Tue 23:28
生まれ故郷に昔からある百貨店が来年で閉店することが決まった、というニュウスを割と最近知った(発表自体は私が知る何ヶ月も前からされていたらしいけれど、私は気づいてなかったのだった)。
ポイント・カアド等の精算のために母が行くというので、随分久しぶりに其処に行くことになった。 私が子供の頃は、町の中心部で、人通りの多いところだったけれど、今は平日だろうと週末だろうと閑散としている。昔はあんなにひとでごった返していたのに、郊外にショッピング・モールが出来てからは寂れてゆく一方で、もう「中心部」の「再生」なんてあり得ないだろうな、とは思っていた。でも、その百貨店が消えるなんて考えは浮かんだことがない。それは在って当たり前の存在だったから。 「三越」同様、呉服商から始まり、後に百貨店として名を馳せるようになったいわば老舗であった。老舗だろうと何だろうと、「今」受け容れられるナニカがなければ、見捨てられるのだという単純な事実を考えないようにしていた、ように思う。 母とふたり、済ませるべき用事を済ませたら、存外時間が多く余ってしまい、最上階にあるレストラン(?)に入ることにした。母は珈琲を、私はチョコレエト・パフェを頼んだ。 このテナントに、そもそも入ったことはほとんどない。此処でなくとも、この百貨店がある通りには沢山の飲食店があったし、行きつけの喫茶店なんかもあったりした。それより何より、頻繁に買い物に行っていた頃は、時間帯によっては混んでいて入ることが出来なかったのだ。 私たちふたりのほかに、客は居ない。何とも寂しい光景であった。窓の向こうには灰色の景色が広がっており、かつての活気は何処にもなく、ただただ重苦しい冬の情景があるだけだった。 店員さんはてきぱきとしていて、感じのいいひとだった。客の少なさもあって、頼んだものはすぐに運ばれてきた。 昔ながらの、百合や水仙を思わせるフォルムの厚手のグラス。たっぷりのホイップ・クリィムとチョコレエト・アイスに、スライスされたバナナ。飾りにポッキィが突き刺さっているのが何とも言えない。ある意味とてもオーソドクスな出来映えだ。 ……こんな時に限って携帯を家に忘れてきてしまった。「写メ撮ろう♪」なんて思いつつバッグを覗き込んで、自分の迂闊さに項垂れる(なので、以下の画像は参考まで)。 パフェは、美味しかった。抜きん出てどうどのように美味しいか、は私には語れない。美味しい、そう思っただけで。ただひたすら、多分もう二度と食べることはないのだろうな、と思いながら、一口ずつ、ゆっくりと食べた。2枚スライスするためだけにバナナ1本無駄になっちゃったのかなあ、とか、食材とかの在庫はどうなってるんだろう、とか、何だか訳のわからない心配をしながら食べた。何だか泣きたくなった。美味しいもん食って何で泣きたくならねばならんのであろうか(笑)。 「失くなってしまう」という事実と一緒に噛み締めて食ってはいけない。純粋に、単純に、「ああ、美味しいなー」と食えばいいのに。 走馬燈のように甦る、とはあのことだ。 幼少の頃のことをあれこれ猛スピードで思い出してゆくのだ。 地下のジュウス・スタンドでいちごのジュウスを飲んだなあ、とか。ソフト・クリィムを買った側から落として思わず泣いてしまったら、店員さんが慌てて新しく盛りつけたのを手渡しながらなだめてくれたこととか。アメリカン・ドッグ(アメリカの犬、ではないです。フリッタア風の衣つけて揚げた、串刺しのソーセージですね)はいっつも衣から食べて母に笑われてたこととか。最上階のゲエム・センタアのエア・ホッケーで大勝利を収めたこととか。欲しい玩具の中のどれを買おうかと必死で吟味し、レヂに持って行ったこととか(ちなみに「ジェニー」の服と小物類)。駐車場で「満車」のサインを出されて、数分入口で待たされてたこと、1Fにはすでに入れる場所がなくて、エレベエタアに乗り込んで上の階に行ったこととか。 なくなってしまう。私の思い出まで消える訳じゃないけれど、それを生んだ場所はただのビルになってしまう(解体してしまい、新地にしてしまうのか、そのまま建物だけ残るのか、とか、まったく知らない)。 高校の制服はこの百貨店で仕立ててもらった。自宅から高校までは結構な距離があって、バス通学していたのだけれど、この百貨店前のバス停で乗り降りしていた。時間帯によっては高校生だらけで、鬱陶しいくらいだったけれど、今は高校生自体昔ほど多くは見かけない。 なくなってしまう。そうか。なくなるのか。 まだホントウノコトだと思えない――思いたくない自分が居る。今や自分ですら郊外のショッピング・モールに足を運ぶのがほとんどになっていたクセに。いざなくなるのだと思うと、……こんなにもサビシイと思うものなのか。 なくなるなんて、思っても見なかった。あれほど客足が遠のいていても尚そう思っていた。 ホイップ・クリィムは少し甘め。それに対してチョコレエトのアイスは少しほろ苦くて、甘さ控えめ。ややしゃりっとした食感がある。チョコレエトのシロップはアイスよりは濃厚で。 何処の店にだって、チョコレエト・パフェくらいある。何時だって食べられる。でも、このお店のそれはもう食べられない。 出来るだけ、窓の外を見ていた。グレイだった風景に暗幕が下りている。冬は暗くなるのが早い。 ぼんやりと夢想する。かつて憧れの対象だった建物が、ヒトという血液の通わない、外観だけは辛うじて保たれているただの「廃墟」になる。下ろされたシャッターが錆びついていく。開店を待って入口の前に立つ客も居ない。 その町の栄華と繁栄の象徴ですらあった場所が、風雨に晒された骸のように朽ちてゆくのを待つだけの存在になる。 ホイップ・クリィムの甘さを憶えておこう。小さい頃飲んだ冷たくて甘酸っぱいいちごのジュウスの味だってまだ憶えているんだから、きっと忘れないだろう。 ひどく寒い日だった。私は風邪をひいた。 |
美味しければいいじゃない。―S.S.S.14 |
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2005-12-19 Mon 23:07
食べ物だもの(み○を)。……パクるなよ。それにしても随分久しぶりの「S.S.S.」だなあ。
手間暇かけた料理は、そりゃあ美味しい。材料吟味して時間かけて、手間も惜しまずにつくって不味いなんてことがあるだろうか(しかし皆無だと言える勇気も無い私を許せ)。手間さえかければ美味いか、というと、それは違う、こともある、だろう。 とりあえず、美味しく食べられれば、個人的には何がどうあっても平気である。住んでる町に原発あって、そこから汚染物質が川に流れ込んでて魚に奇形が見られるのを釣ってくる(@The SIMPSONS)とか、昨日まで名前までつけて愛でていた豚をシメました、とか(食うつもりの家畜には名前はつけない方がいいと思います……)、明らかに化学合成物質が9割を占めてるのがわかる、とか、そういうのでなければ。レトルト食品でも平気だし、混ぜて焼くだけ、とかお手軽なのでも結構。 なので、手間暇がすべてだ、それを惜しむとは何事だ! とまでは思わない。かけられるに越したこたあないけれど、……そんなゆとりはなかなか無いのが「現実」というものだ。 海外研修でお世話になったホスト・マザーは仕事も持っていて、所謂専業主婦ではなかった。故に、家事で抜ける手は上手に抜いておられたと思う。栄養素に偏りがないか、ジャンク過ぎないか、そういうことには結構細かくていらしたけれども、毎日手間暇かけて調理して食事を饗してくれたことはない。彼等にとっての「いつも」をそのまま提供してくれた。 朝はシリアルかパン、それとフルーツ。ジュウスかミルク、お好みで。夜もキャセロオル料理やチキンのグリル等々、手軽につくれるものが多かった。それで困ったことはない。衣食住、何がおざなりになってもさほど苦痛を感じないかって、私の場合は「食」なのだ。好き嫌いはほとんど無いし、大抵のものを受け容れる。美味しければ「美味しいなあ」と思うし、それほどでなくても「うん、これはこれだね。アリです」でオシマイ。 ホスト・マザーがつくってくれたもので記憶に残っているのは、リクエストしてつくってもらったパイ(アップル・パイをお願いしたのだけれど、いいのが手に入らなかったわ、とピーチでつくってくれた。酸味と歯ごたえが適度にあって、美味しかった)と、スウプ。 このスウプ、ごっつい簡単につくったのに、妙に美味しかった。あまりの美味さに日本で再現しようしようと思って、未だにしていない(「キャンベル」の缶詰、お値段がちょいと張るので↓ ああ、貧乏って厭…!)。 用意したもの。 キャンベルのホール・トマト缶(確か↓) 1つ ミルク 適量(ガロン入りのプラスティック・ボトル1本もあれば十分♪) 水 水道は近くにあるかい? ――以上。これ以外の何か、を見た記憶がない。これ以外にあるとすれば、固形のスウプ・ストックとかチキン・ブイヨンくらいだろうと思うんだが、……そんなもん見た記憶が無い。 おまけに、鍋ひとつあればおっけーなのだ。 鍋にトマト缶をぶちまける。そのトマト缶を水で満たし、鍋に投入(まあ、無駄が一切ないわね! 台所から排出される汚水の減量にもなってるし、空き缶をリサイクルに回すのもラクよ♪)。適量ミルクを加えて一煮立ち(ミルクも、缶一杯、だったかなあ。記憶が〜〜〜〜投網を投げても投げても引っかかってくれねえ↓)。 はい、しゅーりょー。どんどんどんぱふぱふ。 トマトの旨味、ミルクのコク。多分、それが旨さになってるんだろうと思う。嵩増しと濃度調節のためであろう水で適度なお味に。あ、待て、塩くらいは加えていた気がする。うん、それはあった気がする(何しろ古の昔の記憶なので定かではなくなりつつある↓)。 よーく混ぜて、あとはカップなりスウプ皿に入れるだけ。トマトはホール缶だったのか、それともトマト・スウプ缶だったのか、ちょっと自信がない。とりあえずつくってみればわかるんだろう(いい加減)。 時間だってかからなかった。15分もかかっただろうか? せいぜいが10分か? さほど大きくもない鍋で3〜4人分程度だったか。あつあつでまろやかな酸味がとても美味しかった。「キャンベル」偉大ナリ! 缶のデザインが可愛くて洗練されてるだけじゃなく、中身も美味しいわVv(素の状態で味わってねえだろう、お前) 思い込みなのだけれど、「キャンベル」のじゃないとあの味にならないような気がしている。 「作り方教えて!」と思わず迫ってしまったが、「この通り、見たまんまよ。簡単でしょ?」。……そ、そうかも……↓ あの時は夏だったけれど、でもとても美味しかった。冬、寒い時期にほんの10分もコトコトいわせれば出来てしまう、でも私にはちょっと特別なスウプ。 キャンベルズ キッチン 缶スープで作るから簡単!便利!おいしいレシピ54 河出書房新社編集部 ![]() この本を見かけたらふと思い出したのでした。「キャンベル」からは色々な種類のスウプやら何やらの缶詰が出てるから、さぞあれこれ楽しめることでしょう。 ブイヨンからつくったものとか、そういう手間暇には、そりゃあ負けるだろう、と思う。でも、時間を縫ってつくられた、手抜きならぬ工夫でつくられた料理だって、それはそれで美味しいのだ。 自分でもつくれるであろうに、それはまだ「幻の味」のままだ。味蕾にだって思い出は残るのだと思いたいのだろう。 |
読者「を」選ぶのか読者「が」選ぶのか。 |
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2005-12-18 Sun 23:08
REAL SIMPLE JAPAN (リアルシンプルジャパン) 2月号 [雑誌] ![]() ……私、コレそんなにキライじゃないんだけど、あまり評判芳しくないみたい、あ○ぞんのレビュウ読む限り(得てして自社でのアンケエト結果は芳しいものしか掲載しないものだし)。 曰く「広告が多過ぎる」。 曰く「ひとつひとつの記事の内容が薄い」。 曰く「US版どカブってる記事がるのがガッカリ」。 広告、多いか? 私気にならなかった。やはり鈍感なのか、私。どちらかというと海外ブランドの広告が多くて結構おしゃれだから、そのデザインも楽しんでたくらいだで、「広告」と意識して見てなかったからかも。正直に言うなら、メインの特集や記事が終わったよー、という頃にどがーっと形成外科・美容外科系の広告だのがわんさか入る某雑誌の方がイヤだ(笑。記事内容は楽しませてもらってるけど)。 記事とか特集の組み方も、そのアッサリ加減が私個人としては好みなんだけど、あれですかね、隅々までぎうぎうにあれこれこれでもかと「情報」で充ち満ちてる方がいい、んですかね。好みの問題なんだけど。 「ku:nel」とか「spoon.」とか、割と記事の内容の濃さと独自の空気や雰囲気の漂う雑誌も購読しているけれど、それはそれで好き。楽しい。楽しめるし楽しんでる。 最低限必要な情報を簡潔に書いたらああなるだけ、と受け取っているのだけれど、読者によっては「薄い」んだろうなあ。 「REAL SIMPLE」の身上は、多忙を極めつつも日常を大切にしたい、時間を大切にしたいひとのために発信する様々なコト・モノに関する tips にあるのだろうと思っていたので、どのテエマもあってもいいし、それがすべて100%全開フル・パワアな記事である必要も感じない。そういう「読み込んでこそ楽しい・タメになる」を目指しているのではなくて、「出来るだけ端的に簡潔に」を目指したが故に自然とああなるのだろうし、そういうものを目指しているが故にぎうぎうには書かないんだろうし。それと、生活を大切にしつつも所帯じみたカンジにならないトコロが、まあ、おされなんだろうと思うし。ヴィジュアルはとても洗練された雰囲気で綺麗だし、眺めるだけでも何だか楽しいですよ。 「実践第一!」主義のヒトは、「レタスクラブ」とか「おは奥」みたいな雑誌の方が楽しめるし、お得感も得られていいと思う。私は「レタス…」とか「オレンジページ」なんかも大好きだけど(「おは奥」系はあまりに日常かつ主婦密着型的雰囲気なので、シュフではない私はそそられない)。そう言えばマーサ・スチュワートのアイディア集の本とか雑誌にも「そんなの実践できるかい!」とかツッコミ入れるヒトが居るけど、無粋だと思う。あれは、カネにも時間にも何もかもに余裕あるヒトじゃなきゃそら無理っす、なアイディアがほとんどだもの。つーか、それを「そのまま」実践しよう、というのが無理。土台が違うんだから。アレは欧米の一般的中流家庭層のヒトだってフツーに「無理! 出来ん!」と言うってば。アイディアを自分なりにどう活かすか、を楽しむのが粋つーかあのひとのアイディアなり雑誌の楽しみ方だと思うんだけど。生(き)のままで受容しようというのは楽しみ方間違ってるのでは、と。もちろん、そのまんま楽しむのも楽しみ方なので、実践できるひとはそれはそれだと思う。 アメリカ版と記事が多少カブるのはしょうがないかな、と思う。アメリカ版読めるヒトはその方がいいんでない?(在日本だと高くつくけど)日本版が劇的に違うモノになる、としたら、それはそれで真似しましたね、と言われようとオリジナルのレエベルで出せばよかっただけのことで、個人的にはアメリカのひと(読者編集者問わず)が発信した情報「も」読めるのは楽しみ。 あの誌面の贅沢な使い方、がいいと思うんだけどなあ。記事もそれなりに活用度があるし。掲載されてる商品が高額、とか、そんなんゆうひとは読んだらイカン!(笑)「『家庭画報』で紹介 |











家族3人で食べるにしては、……デカ過ぎる↓ まあ寒い時期だし2〜3日もあれば消えはするのだが。直径25センチ以上はあった、ような気がする。










パフェは、美味しかった。抜きん出てどうどのように美味しいか、は私には語れない。美味しい、そう思っただけで。ただひたすら、多分もう二度と食べることはないのだろうな、と思いながら、一口ずつ、ゆっくりと食べた。2枚スライスするためだけにバナナ1本無駄になっちゃったのかなあ、とか、食材とかの在庫はどうなってるんだろう、とか、何だか訳のわからない心配をしながら食べた。
