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エア・ギア (2)
大暮維人
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とりあえず1、2巻と2冊購入してみたのだが。……いかん。続き読みたくてしょーがない!!

「おまけ」という名のメイン商品が付属した時に12、13巻と買って読んで以来、物語の伏線やら基本設定、これまでの流れが気になって、結局買うことに決め、今に至るのだが。

面白いです。私は好き。久々に少年まんが読んだなー(友人のお陰で「名探偵コナン」とか読めているのだけれど、「コナン」は少年まんが、というよりも「ミステリまんが」「推理モノ」として読んでいるトコロが多分にあるので、「少年まんが」と意識して読んだのは随分久しぶりなのであった)。

喧嘩上等で単細胞お馬鹿だけれど優しい面や子供っぽさがある少年・樹(いつき。通称イッキ)がハヤリのエア・トレックに出会って夢中になり出すまでを描いていたのだけれど。
最初が結構シビア。
イッキは東雲東中学の「東中(ヒガチュー)ガンズ」のアタマ。コイツらが中坊のクセに生意気に学校同士で縄張り争いなんてやってるんだけれど、相手を負かした所逆恨みされ、自分たちより強い連中――これが暴風族(ストーム・ライダー)のあるチームと懇意にしていることから復讐を依頼、完遂される。要はボコられてヤキ入れられるんだけど、この描写がなかなかにエゲツナイ。
おまけに、ボコられているのを、「仲間」だと思っていたトリマキどもは弱くてヘタレなもんだから誰も助けない。
「東中(ヒガチュー)最強のベビーフェイス」と謳われたイッキは孤立無援の状態に(作者さんも言及していたけれど、ベビィ・フェイス=(プロレスで言う所の)「善玉」ちうのはあまり知られてないもんなんですね。「ヒール(悪玉)」は結構耳にするけど、確かに「ベビィ・フェイス」はそれに比べれば頻繁には聞かないかも)。
意識を取り戻してから、……泣くんだな。みっともなく。あられもなく。それが妙にリアルちうかねえ。でもって、可愛いなー、コドモだよなー、と。
しかし、仲間・友人誰ひとりとして助けてくれない、自分のせいでソイツらが辛い思いをした、という重責感と味わわされた恐怖(死ぬかもしれない、というキューキョクなヤツ)を思うとオトナもコドモもないよな、と痛く同情してしまう。
それを黙って見過ごせなかったのが同居人にして幼馴染みの林檎。姉妹たちと共にイッキを誘い出し、周囲を見返し、またヘタレてゆくだけの彼を「知らなかった世界」に引き込んでゆくことでプライドを取り戻させる。

この連載開始当時(2001年、だったっけか。←そんくらい調べろよ↓)は主線がやや太めで力強いカンジ。筆圧高そうな。最近はぐっと細く繊細なタッチになったけど……それは腱鞘炎のせいなんだろうか。いや、いいんだけど。ただ、描き込みっぷりや丁寧さは同じ。アシスタントさんも力量のあるひとばっかり雇ってるんだろうなー、と訳のわからんポイントで感心していた(ははは)。
初期は現在よりも「いかにも少年まんが」なテイストを意識していたノリが感じられる。いい意味でのアオさが何とも言えず(笑)。
ヒトとヒトのヨコの繋がり――友情、とか仲間意識、とかの強さと脆さの両方がイヤなカンジでリアル。あまぞんの書評で「こんな主人公サイアク」みたいな評価があったけれど、……私は嫌いじゃなかった。
女の子にケツかったてられなきゃ立ち上がることすら出来ないのかよ、というツッコミももっともなんだけど。ヘタレてもヘタレてもそれでもまだ立ち上がる「強さ」があるのは嫌いじゃない。
情けないと言われてもまだ立ち上がれる、それは強さだと思うので。中坊の割には頑張ってる方ではないか。どんなに慕われているよーでも結局はひとり、というのもまあセツナイものがある。それにしても、平然と自分をハブったりする「友人」に対して恨み辛みを吐くでもないイッキってすごくねえか。ついでに、平然と裏切っちゃったカズたちが平然と彼の元に戻って来ちゃう(もっとも彼等も彼等なりに反省したらしいけど)、それをアッサリ許容するイッキって。男同士ってそんなもんー!?(ええ、女同士なら恨み辛みでしこりが生まれて泥沼ですよ、フフフフフ……)
だから、私はこのいきがってるお馬鹿なガキが嫌いになれないんだと思う。周囲(イッキの同居者である野山野家の面々。ちなみに4人姉妹で同じ学年の林檎は三女。上から梨花、蜜柑、林檎、白梅)も何だかんだ言ってイッキをサポート・フォローしている。まあかなり手荒いんだが(笑)。

空を駆ける躍動感が、絵そのもの、描写からがしがし伝わってくる。アングルとかもすごいわー。少女まんがとは違う楽しさを思い出した。「デッサン? 何それ食べたこと(以下略)」なヌルい少女まんがばっかり読んでると新鮮だなー。画面構成もトリッキィでくーるでしたよ。加えてキャラが皆おされだ。少女まんがでもここまできっちりイマドキ押さえてないかも、と思わされるくらい。
今後は基本バトル・バトル・バトル(いや、エア・トレックでの。多分。それほど肉弾戦は無いと思う…多分)に加えてあれこれ伏線張り巡らしまくり。ああ、読みたいよーVv

……やはり既刊まとめて一気買いすべきだったか……(涙)。

ちなみに、新古書店では納得出来る状態のものが無かったので新刊で買いました。版が改まってから修正されたデエタ(で、多分それがいちばん正しい、というか今後もそれに従って描かれるだろうし)とかもあるので、まあ新刊でヨシとしなくては。って作者応援したいならそれがベストだろ。

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spoon. (スプーン) 2006年 06月号 [雑誌]
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spoon.20066月号。

ファッションメインになると知ってから何となく「どうなるのよ」と勝手に不安になっていたものの、やはり「spoon.」は「spoon.」であり続けている、ように思う。でも個人的にはファッション・グラビアにあまり重きを置いて欲しくない気持ちは変わらずあって、微妙な心情のまま。
今回は「映画とファッション」。どちらかというと単館系の映画をメインにフィイチュアしてくれるのは嬉しい。大作は何処でも何かしらのカタチで取り上げてくれるから、ちょっと「逸れた」ものであってくれる方がいい(それでいて文化系女子にはオイシイポイントをちゃんと押さえてあるのがたまらんのだ)。
でも今回は何が嬉しかったって市川実日子ちゃん! 何ヶ月ぶりで登場だよ!? 一時期は看板モデルみたいに出てたのにとんとお見限りじゃないのさ、と思っていただけに嬉しいぞ。
……「プチグラ」の本(の表紙)で彼女を見てから何故か気になってしょうがないひとで(ちょうどその頃から注目度UPしてた気がする)、分かり易い美少女・美女ではなくて、ちょっとだけクセのある可愛らしさが魅力。「シナモン・スウィート」(紫堂の造語。「ちょっとクセのある可愛らしさ」の意)は健在。でもオトナっぽくなっていた。それなのに何処か少女らしさも仄かに残っている。落ち着いた佇まいもそのままなのにそれまでと少し何かが違っていて、でもやはり「実日子」ちゃんは彼女のままだった。どんな服来てもそれに埋没しない――出来ないところがいい。どんな景色にもしっくりと馴染むけれど埋もれることも溶け込み過ぎることもないところがいい。
何でも彼女が出演した映画が立て続けに上映されるらしく、どれも観たいけれど如何せん地方都市、なかなか問屋は簡単に卸しちゃくれないのがツライところ(ついでに懐もねー↓)。
久々に誌面で見ることが出来て妙に嬉しかった。結構露出が増えてきているから、ちょっとアンテナ張っとけばいくらでも彼女を見られるんだけど。純粋に、「モデル」としての彼女を見たかったのだ。被写体として、出しゃばりすぎないのに主張がしっかりある彼女の姿を見たかった。そういう意味では満足♪

一応映画×ファッション、というテエマそのものは嫌いではないし、それどころか大好きなので楽しめたし。インタビュウ記事も思っていた以上に充実していたから「これまでの」「spoon.」テイストを堪能出来たし。
ああでももう少し「ちょっとだけ王道から外れてるけど文化系女子にはドマンナカ、なナニカ(モノ・コト)」を「spoon.」らしく取り上げた記事が読みたいわー……。
よーやく母の二度目の手術、予定通り終了。付き添いで一泊し、何だか日頃の体調に輪をかけてボロくなっている↓(あの硬い床に申し訳程度の蒲団で寝る、というのは何だかとても体力を消耗する。そもそも眠れないしな……)

手術を受ける数日前に、母の居る病室にまた新たな患者が入ってきた。それは構わない。問題なのは、
何故か何時も何かしらの理由でクソ五月蠅いのが入ってくる
という点である。「ゼニ出せよ」と言われればそれまでだが、それがなかなか出せないが故に個室ではなく団体部屋に入室しているのであって、それはおそらく大抵のひとが同様の理由で同じ選択をしているのだと思うのだが、……心構えというか礼儀というか、気配りというのか、そういうものは同じにはならないのがミソである。今回もその例に漏れず、そしてこれまでとやや「趣向」を変えた「攻撃」が為された。それは子供。新たな兵器を投入されたぞ! 敵機襲来! 総員戦闘態勢!

小学4年生(らしい)。遊びたい盛りである。時すでにGW間近である(というか既に突入してるか)。大部屋にプライヴァシィなどというものはあってなきが如しなので聞こえてしまったのだが、股関節に何やら異状があって入院することになったらしい。故に、その異状が見つかった場所以外は元気な訳である。
口とか。小さいアタマのナカミとか。

多少のことは我慢出来る。おしゃべりだってしたい。だから、付き添いの御家族と和やかに話す、それは平気(五月蠅すぎるのはどうかと思うけど。私と母なんかは別に内緒話をしているとかではないのだけれど、迷惑になってはいかん、と思うので声を潜めがちにして話す)。しかし、そこは「自宅」ではない。明白な事実。大部屋である。数人で共有する場である。
声のボリュウムは多少落として欲しい……特に付き添いのばーちゃん。私が部屋を訪れてから、孫がまんが本に没頭して一言も発しなくなっても延々話し続けている。新手のイタコか? 何が降りてるんだ。♪何かーらー話せーばーいいのやら~♪

なあ、「ばあちゃん」てのは孫に甘くもあるものの躾の面では厳しかったりする、ものだと思ってたんだが、……もう絶滅危惧種か? レッド・デエタ・ブックに載せておいてくれ。手厚く保護しろ!!
子供に嫌われ無くないとかいうとんでもない理由で、叱ることや注意をしない親が増えていると聞いてはいたが、祖父母でもそんなもんなのか。オトモダチ感覚でオツキアイってか? 
はん、気色悪い

さらに気色悪いどころか腹立ったのは。
このお子、元気が有り余っておるので、足が少々不自由な割にはまあよく出歩きたがる。それも結構。他の患者に迷惑がかからねばよいだけのこと。しかしだな。
片足のみ不自由、もう一方は元気なの♪ とばかりに片足跳びで歩くのは止めてくれ
これがものすごく五月蠅い。でん! でん! でん! でん! と跳ねるたびに音が響く。力一杯踏みつけて跳ぶのだ。
あのなあ。でぶの私だってもう少し音の調節くらい出来るぞ、餓鬼。

「入院のてびき」、というものを、事前にもらう。これには「用意するもの」として「スリッパ」が当然挙げられているのだが、「なるべく音のしないもの」という注意書きがついている。
それこそ足の怪我・障害で入院中の方や、内臓疾患で入院しても元々足が不自由な方はナンボでも居る。故に、お互い様であるものの、やはり気遣いが必要な訳だ。自分の意志や体力・膂力ではどうにも出来ない点を、モノで軽減させよう、というのが「なるべく音のしないもの」という指定に繋がっている筈なのだ。どうしても、足の自由が利かなければ足音は大きくなってしまう。夜間眠れないひと、薬でようやく眠っているひとも沢山居るし、出来れば心穏やかに過ごしたいと思っているひとが大半であろう。いくらお互い様でも気遣って補えるものはそうしよう、という至極当然な意見である。

故に。踏みしめるかの如き音を立てて「ケンケン」で歩く、というのは最早論外だ。

私の母が、あまりにそれが五月蠅かったので(何しろ向かい側のベッドだ)、「その歩き方は五月蠅いよ」と注意した(それはそれですげえ・笑。しかも母、結構直球で言った模様)。すると。付き添いのババアがこうぬかしくさりやがった。

「ああ、これは好きでやってるんですよ」。

ばあさん。どっかに何か落としてきただろ。年齢と一緒に。無駄な歳月を(以下自粛)。

「好きでやる」なら尚更止めさせろよ!! 「なるべく足音がしないスリッパ」を使用するよう心懸けて欲しい、と言っている院内で、でんでんべしべしデカい音させて跳ね回るのがイイコトじゃないということぐらい考えなくてもわかるだろ。おまけに「好きでやってるからやらせろ」って? 冗談は天国でお言い。どうせもうじき手が(発言に著しい問題があるため一部削除)。
じゃあ何か、好きだからという理由で私がそのアンタたちにとってのみ可愛くてしょーがない小クソ生意気なお子さまのお側で本を大声で音読しても平気なワケか? 迷惑だなあ、五月蠅いなあ、と思わないか? イヤじゃないのか?? 私は音読してて楽しいなあ、だから我慢してね、と言われたらムカっと来ないか?

他人に言われる前に家族のお前らがちゃんと注意してやらんか。

そのがきんちょは紫堂母に注意されたせいで「好きなこと」が出来なくなったため、紫堂母にガンを飛ばしまくっているそうである(笑)。素直だねえ。ちょっとくらいいいじゃんね、と思ったんだよね。わかるわかる。

でもね、このおばちゃん怒らせない方がいいわよ。注意したおばさんの数百倍あくどくて意地悪くて論理的にシメ上げて泣かせるくらいヘーキで出来るから♪ てゆーかね、泣く程責め立てちゃうよ♪

言って判らない、なんてことはない。言ったら判る筈なんだ。子供は私たちが思い込む程馬鹿じゃない。期待する程馬鹿でも無知でも無垢でもない。どう何がよくないのか、ちゃんと理詰めで説明してやる。ソレが理解出来ないなら初めて馬鹿と罵ってやるから。でもその前に取るべき対処は取るぞ。
何が厭って、それを怠って平然とし、あまつさえ注意した母に地味にキレているババアや両親が厭だ。とっとと治って出てけ。お互いの安寧のために。

術後母の荷物を移動させる必要があって、ふだんの病室に戻ると、お子とその御母堂がおられた。母君は付き添いのために硬い床に直に座っていて疲れていたのだろう。それは察するに余りある。しかし、娘と並んでベッドに腹這いになっていたのには正直閉口した。……昔見た光景では、たとえば入院している子の弟妹なんかが巫山戯てベッドに上ったりしようものなら「そういうことはしちゃ駄目でしょ」とたしなめられていたものだが、昨今は一緒に寝ますかそうですか。はっはっは、そりゃ「好きだからケンケンで歩いてるの♪」とかヌカすババアが居る筈だ♪

オヤからして(以下完全自粛。暴走が止まりそうにないの♪)。

イライラしていたら、2日には退院するらしきことが判明。よかったよかった。オウチで好きなだけ片足跳びしてなよ。誰も止めないし、こういうコワイおばちゃんも居ないしね。また怪我したりせんように。戻って来られても(以下著しく・略)。
The Chronicles of Narnia: The Lion, the Witch and the Wardrobe
Harry Gregson-Williams Harry / Scott, Lisbeth Gregson-Williams Imogen Heap
B000BCE8QY

観たいなー、観に行かなくちゃ、と言ってる内に地味に上映終了に近づいていた↓ よかった、観に行けた。
思えば幼少から読んでみたいと思いつつ原作読まないままにトシを重ねてしまった。映画は重い尻を持ち上げるのに時間かからなかったけど、読書はまだ当分無理だわー……。とは言うものの、有名な話なので、基本的なアウトラインくらいは知っている、のであった。
子供たちがクローゼット(あ、ワアドロオブ、か)の中を通って異世界へ辿り着き、その国で色んな経験をする、という話であることくらい、だけれど。
と言うわけで、予備知識らしいものもほとんど入れぬ状態で映画館へ。今回は「誰もが知っている」と勝手に決めつけ、ネタバレも気にせず思うままにだらだらと綴ってみようかと。ネタバレイヤな方はここでお別れです。

感想としては、「楽しめました」+「クリスチャニティばりばりだなー」。
映像としては美しいと思ったし、楽しいなあ、とも思った。……んだけど、何だか妙に冷めた目で見ている部分があって、今回はあれこれアラ探ししている自分に気づく。
アスランはきっとCGとアニマトロニクスで頑張ったんだろうなあ、とか(パムフレットで確認する限り正解。正解も何も、今日日そんなもんなんですが)。凍った川を渡ろうとするシーンで、次第に溶け出す氷が発泡スチロオルとまではいかないけど素材カルそーに見えちゃうなあ、とか。小道具が時折妙に安っぽく見えちゃうなあ、とか(スーザンの背負う矢を容れるホルダア? なんて、「動物の角だとか外皮からつくりました、なものを再現してます!」じゃなく、あからさまに「樹脂製ですが何か?」に見えちゃうのだが。私の心が穢れているせいでしょうか)。
すごく精巧で美しいのに、「あり得ないけれど存在する」ものとしての世界・ナルニアを再現するために細心の注意を払っているだろうに、何処までも「頑張って最新技術駆使してつくりました!」な感覚ばかり抱いてしまう。クローゼットは重厚感と雰囲気があってよかったです(何その付け足しの褒め方)。
「LotR」ではそんな風に感じなかったのに。この(私の感じ方の)違いは何なんだ。

そのお陰、という訳でもないでしょうが、肝心要の子供たちを演じた4人を始め、役者さんたちの演技は素晴らしかった。末っ子のルーシー役の子なんて嘘っぽさのない自然さは驚嘆しまくりだった。すごいわー。聡明だけれど無垢な部分がある彼女の仕草を、そうでなくてはおかしいだろう、と思わせるくらい自然に演じている。イヤミなこまっしゃくれた所のない、可愛くて真っ直ぐなルーシーだった。かといってベタに優等生なイイコちゃんという訳でもなく。責任感でガチガチになってる長男・ピーター、現実的なスーザン、色々あってちょっとヒネてしまったエドマンド、どの役を演じたコも気負い過ぎず、かといって突き放し過ぎない感じに見えて、とても自然な演技に見えた。
どの子もベタな美少年・美少女、ではないのも良かったなー(個人的に、彼等の容貌は「ベタな美少年・美少女」という範疇にない、ので、異論がおありの方はいらっしゃるでしょう。許して)。何処にでもいそうなコ、というのが。それでこそ、ある意味子供たちが自分を投影し易い、感情移入し易いだろう、と思えるので。

個人的お気に入りは「白い魔女」を演じたティルダ・スウィントン。美しい! 雄々しさと冷たさ、上品な物腰に見え隠れする残忍さが「白い魔女」と呼ばれるに相応しい。よく女優があまり素地もなくアクションをやるとサマにならない(「チャーリーズ・エンジェル」はヒドかった↓ キャメロン・ディアス好きだけど、あの映画のメインの女優それぞれいいと思うけど、「攻撃開始!」ってな感じで構えてる姿は正直見られたもんじゃなかった。腰入ってねえよ! 志穂美悦子の美しいアクションを見習えと。←引き合いに出す例が古いです、紫堂さん)ことが多いけれど、剣を構えて敵を見据える姿は本当に美しくて何処か邪悪で素晴らしかったVv 逞しさと美しさの共存、がツボ♪

「イヴの娘」、「アダムの息子」というコトバがすでに物語ってはいるんだけれど、しみじみと「ああこの物語ってキリスト教圏の国で生まれた物語だよねえ」と思わせられることしきり。アスランの復活ってまんまキリストやんけ、と思っていたら、じーざす! その通りだったぜ!(汝みだりに神の名を口にするなかれ。……えーと。そのよーに解釈しちゃう方が多いようだし、そう読んでしまうみたいですね、「素地」があると)おまけに、他者の罪を赦すため、に死を受け容れる、んだもの。その上での「復活」。四肢の自由を奪われて辱めを受けた後に殺害される、なんて、ゴルゴダの丘再現ですね、てなもんだし。ドロローサ!(←はい、これわかんないひとはぐーぐる検索ね)
男性(アスラン)=善、女性(白い魔女)=悪、つーのも、アダムを誘惑し、堕落させたイヴ(エヴァ)、という図式を思い出させるし。ライオン=太陽を象徴する獣、太陽神=男神、なのも欧米ではベタだしなー(日本ではアマテラスは女性な訳だが。やはりアレですか、狩猟民族と農耕民族の違いですか?)。
兄に対して素直になれず心がややぐらついている弟エドマンド(一般的にもよくある話なんだけど、一度「キリスト教的思想背景」を意識してしまうと、聖書に長兄が重んじられて云々の話はあるし、兄弟の相克云々に関してカインとアベルを思い出しちゃったり、と何とも素直には楽しめなくなってゆく私であった)に甘いコトバと甘いお菓子をくれて懐柔するのは魔女――女(魔女、というのは自分の欲望を達成し満たすために悪魔と契約する者、のことなので、男性であっても witch は witch なんだけど)。きっとキリスト教が根づいてるひとたちはあのシーンで「ああ、アダムを誘惑するイヴね~」とか思うんだろうなあ。日本人は「キレイなねーちゃんに惑わされるが男のカナシイ性」、と思うんだろうか(はっはっは)。

もっとも、魔女の出現=永い冬の到来、魔女の消滅=春の復活、というのは季節をもたらす女神を想起させるため、神話的な面もあって、何でもかんでもすべてクリスチャニティ云々という訳ではなく、広く欧米にある思想的バックボーンを感じた、んですが。


文化背景が異なるからこそ解る部分と解らない部分があって、そこが面白くはあるんだけれど。なまじっかちょこっととは言え、キリスト教を囓ってしまった人間には「あれもこれもそれも聖書のアレとかキリスト教のソレとかに絡んでるよね?」と無駄に考察しちゃったりして、楽しんでるんだか何なんだか(数回観た後にならそれはある意味有効な楽しみ方だと思うんだけど、何も初回からそんなにひっかからなくても、と自分にツッコミ入れまくり)。

お気に入りは、音楽と、タムナスさん♪(彼の佇まいと優しさ、家の雰囲気がとても好きVv とりあえず茶を飲ませるのがイギリスだなあ、とちょっと笑った)タムナスさんとルーシーの穏やかでやわらかで微笑ましい関係が好きだ。あったかい気分になる。あと、ビーバー夫妻もコミカルで可愛かった。奥さんが、突然の来客に身だしなみを気にするのだ。いや、アンタ毛皮だけだし! って、毛繕いしたかったの? ……何でもいいや。素敵(笑)。

ナルニアの住人は幾分かは「我々の世界」を知っている、のだろうけれど、地味~~に「我々の世界」のモノ・コト・コトバが侵入しているのが何だか不思議だった。その辺りはリアリティに拘泥し過ぎるイマドキふぁんたしぃとは違う、古典の趣とでも言うトコロ、なんでしょうか(でもトールキンなんてその物語の中にしか存在しない言語まで、自分の知識等総動員して創り上げた、んだよなあ)「ターキッシュ・ディライト」、同じ地球内にありながら、日本では探すのが面倒なのにナルニアでは魔女が出してくれるのでアッサリ食える(笑)。あと、文字がフツーにアルファベットで綴られてるんだよなあ。人間の子供が迷い込んで来てくれるのが前提だからか親切この上ないぞ。

戦争という重い時代背景を持ちつつも、そこから逃れて子供故に味わえるひとときの魔法に包まれ、試練(これもキリスト教的に言えば神からの贈り物~……のハズ。意味ある苦難、なんだな、確か)と幸福とを手に入れる子供たち。現実の厳しさに直面させられる子供たちにとって、憧れと夢を馳せるにはもってこいの物語であることだけは確かだな、と思いつつ見終えました。

別な世界に繋がってるかも、と思える箪笥やクローゼットが家に無いのが悔やまれます。故に、とりあえずは映画館の扉を開けるが吉、と。

最近はホントにDVDのリリィスが早いですね……。
ナルニア国物語 第1章:ライオンと魔女
C・S・ルイス アンドリュー・アダムソン ジョージー・ヘンリー
B0006ZFKMW

最近ようやく肌の調子が元の状態くらいには戻ってきた。つまり、「極端に悪くないだけ」、という状態に。
それまでも確かにてんこ盛りにストレスを抱えてはいたのだけれど、母の入院・手術を控えた辺りから心身共に疲弊の度合いが高まったのか、少しずつその「弊害」が目に見えるようになってきていた――肌。如実に現れる。さほどキレイないい肌などではなかったけれど、カサカサとして潤い皆無、粉吹き芋どころじゃないほどの表皮、理由の判らない痒み(もう乾燥のせいなのか何なのかまったく判らない)に悩まされ、いざ手術後の夜泊まり込んだら翌日以降さらに悪化。火照り、赤みが強まって、肌に何もつけられない。痒みも増幅。そのせいでイライラも募る。

……もう何やっても駄目なのかも。皮膚科行くべきなのかも。と真剣に悩んだ。……のだけれど、皮膚科に行ってる余裕もさほどなく、地道に、そして余計なコトをしないよう心懸けるだけに留まる。
で。その時ふと「あ、メイク落とす時お湯に日本酒少し垂らすとよく落ちるんだよなー。久々にやってみるかー」と思い立つ。仏前や神前に供えるために買うけれど飲まないために余っている日本酒(父はビール好きだし、私はワインとかカクテルとか甘みあるのが好きだし。母はそもそもそれほど飲まない)をもらって、その日以来ずっと日本酒を入れたぬるま湯で洗顔をするように。
何を思ったか生(き)のまま(と言っていいのかどうか)の日本酒を化粧水代わりに使用し始める。

化学物質入ってないからいいかな?

というとてもとてもいい加減な理由で↓ アルコオルだから揮発性だよーいいの悪いのー? などと思いつつも続ける続ける続ける。
加えて、乳液なんかも化学物質入ってるから避けるか、それに最近何の効き目もないし、と思って馬油で油脂バリアを張って水分が逃れないよーにする(肌荒れが酷くて、ふきんや食器を水洗いするだけでも荒れてしまうひとが、医者に「植物性油は駄目。補うなら動物性にしなさい」と言われた、という話を憶えていたので馬油に)。

続けたら地味に改善してきました。正しいか正しくなかったかはとりあえず置いといて、まあ少しだけ安堵。少なくとも、人前に出るのに感じた躊躇いがやや減ったし(ぶさいくなのは生まれつきなのでどうにも・以下略)。

――最近やたらこの方の著書を目にするじゃないの。もしかして、この本読んでたらよかったのか!?
佐伯チズメソッド 肌の愛し方育て方 ―今までだれも言わなかったスキンケアの新提案50
佐伯 チズ
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文庫でお手軽価格なのに加えて、あまぞんでのレビュウは概ね好評(このレビュウもクセモノなので本や著者によっては「……ナニコレ」なのもわんさかあるけれど)だし、読んでみたくなった。
これまではありがちな混合肌で、メイク直し(もっともメイクはほとんどしないが↓ 崩れが気になるのでベエスになるクリィムタイプのファンデをうっすらつける程度)が面倒なんだよう崩れやすくて、とかその程度の悩みで済んでいたけれど、体質に変化があったのかはたまたストレスに負けて期間限定敏感肌なのか、あれこれ徒に手を出せない状態になってしまった。
でもどーやらこの本に因るとカネではなく手間を少しばかりかけて、基礎化粧品で日々手入れをしてやればいい、らしく、それなら頑張れば(?)出来るじゃないのよ、と。

もう少し早く調べるなり知ることが出来ていればなー↓ でもこれからでも遅くない、らしいので、買ってみようかしらと思う次第。実際読まれた方のナマの声をもっと聞いてみたいものです。
思ったように出来ない。自分の生活なのにそれはどうなのだ。そう思いつつ日々にずるずる~~っと流されている。漂流と漂白と彷徨の日々(大袈裟)。

家事の手の抜き方、を少しずつオボえてきたよーな気がする(特に料理の面で。←そこいちばん気合い入れろよ・笑)。自分ひとりのため、とか、エクストラなお客様が滞在、とか、そういう状態ではない中での「毎日の家事」は緊張しまくってしまう。……いや、私の父が何につけ言及しないけれど突然不平・不満をボソリと漏らす、ということが無ければ、もう少しお気楽~~に出来たように思いはするのだが。そもそも、男女を問わず、私以上に何でも出来るヒト、としか過ごしたことがないからあれこれ向上しなかったのだろう。甘える方がラクだものね~(涙)。

それにしたって日々疲れすぎである。HQですら読めないたあどんだけ疲労困憊しておるのかと!(HQはあれこれ逡巡したり思考を巡らせたりせず、純粋にその流れとか筋だけを楽しめる、という意味に於いてアタマを遣わずに読める本、である)

何でも先延ばし。何かしなくちゃ、と思いつつも時間があると寝てしまう。不眠症はナリを潜め、今は睡魔の虜。しかもその檻の心地いいことと言ったらもう! ……子供の頃は何であんなに眠れたんだよ、と思うようになってしまったけれど、今ちょっとソレに戻ってる。期間限定だろうけど。本来寝ない時間に寝ても夜も大抵ぐっすり(たまに駄目になるが)。
で。そんな生活なので、ふだん必ず新作が出ると購入している「カレルチャペック紅茶店」の、ぶらんぬーな紅茶を逃しました↓
しかしネットとは便利なもので、以前から目をつけていたとあるお店に問い合わせたら取り置きはして下さると仰るわ、こちらの都合は汲んで下さるわ、ともう至れり尽くせり。しかもメエルでの応対が素晴らしく迅速かつ丁寧で涙が出そうに嬉しかった。どうにか新作を逃さずに買えることとなりましたVv もう二度と手に入らない(……こともないんだけど。「ヤ○オク」とかで価格高騰をカクゴすれば)と諦めていた所に素敵朗報Vv ありがとうございます○○○○サマ!!(許可頂戴してないのでお店等のお名前は伏せます)
やはり気になったところはぶっくまーくぶっくまーくでチェックを欠かしてはいかんのね。
で。今日たまたま午後に時間取れたのでさっくりと料金を振替にて支払って参りました。あとは商品到着を待つばかり~♪ すでに本店でもそーるど・あうとな商品だったので助かったー(涙)。今後はそのお店を懇意にさせて頂く予定。そこまでして買うのか。茶葉なんぞうなって売る程にあるというに!!
……うん。買う(断言)。

でもって母の二度目の手術間近。今日はその事前説明と念書提出があるのだった。少し緊張してしまう。無事に終わるハズ、と思っても不安皆無とは行かないものだ。しょーがない、こればかりは。

毎日毎日美味いんだか不味いんだかわからん料理を食わされている父も気の毒だが、どうなんだろう、私は食えるけど、と思いつつ食事をつくっている私も気の毒である(ははは)。

日々疲労困憊。疲れやすさとヘタレっぷりに愕然。
最近母の見舞いラッシュである。……一度誰かにバレるとどんどんどんどんそれが広がってバレまくり……↓ 御見舞いを頂戴したりと大変である。お心遣いだけで十分です、と思うものの、その辺りは色々あれこれ日本人らしく「お互い様」なことをやってきた結果なのであった。

今日などは父方の叔母×2が連れだって登場したかと思ったら、母の友人まで来てくれて、またちょーどよくかち合うやら母は入浴に行っちまうわ(本当に見事なまでに入れ違いになった↓)でそりゃもう私ひとりてんやわんやさ。テンパるというか気遣いで疲れるというか。それまでひた隠しにしてきたので、後から聴かされる側としては何となく居心地が悪い訳である。叔母其之壱は、実は故あって既に知っていたのだが、叔母其之弐は何かの勘が働いてか、ふと叔母其之壱に電話し「最近お兄さんとこ音沙汰ないけどみんな元気なのかしら」と尋ね、尋ねられた側はある意味カマをかけられたカタチとなり「え、ナイショにしとこう、ってことなのに、どっかからバレてる!?」とコトの次第を話してしまったらしい。そこで2人揃ってわざわざ遠方から尋ねてくれたのであった。
母が居ないのもあって何だか色々あれこれ詫びまくる私。……疲れるよー。くそう!(私は愛想が足りないのでふだんは「水玻ちゃんは何だかコワイわー」と思われている。いや、アンタらがかつて私の母を小姑の立場からイビリ倒してなければもう少しも好感というものが抱けると・以下略)
おまけに、母の友人と叔母たちでは面識がないので、母の友人が遠慮してデイ・ルームに一時退去しちゃうし(デイ・ルームとは付き添いや手術終了待ちの親族らが時間を過ごすスペエス)。そちらにも挨拶に行ったり戻ってあれこれ話をしたりと何だか忙しない。
それでもまあ彼女たちの来訪は感謝の念を抱けるのだが、母の実妹がサイテーなのであった(笑)。

母の実妹、来るなり開口一番「上げ膳据え膳で食事出来るからいいわよねー」だったそうである。……ヲイ!!
母は好き好んで入院している訳ではないのだが。それに、入院患者が自炊でもすりゃいいのか? 一緒に居て快適とは言い難いババアどもと同じ部屋で過ごし、TVの音や来訪者との会話で迷惑をかけやしないかと気遣い、また気遣われることなく辟易し、宵っ張りだったのに夜9時には同室のひとの迷惑になってはいけないから、とふだん観ているTVも我慢して就寝するよーな生活を強いられるのを、「ラクしてメシ食えていいじゃん」とひとことで言ってのけるこの無神経。
「元々馬鹿だけど、呆れ返ったわよ。好きじゃないのがさらにキライになったー!!」
と母もキレまくり。おまけに母の妹、延々自分の愚痴をぶちまけ、1時間以上も居座り、母が風呂に行く、と帰らせようとしたら「どれくらいで出てくるの~?」とさらに居座りそうな気配を見せたらしい。すげえ。叔母、超弩級の馬鹿!! 何となく母の危機(笑)を察知してくれた同室の方が声をかけてくれて助かったらしい。
入院生活、ラクなようで疲れているのにさらに疲れさせてどーするよ、お馬鹿! ……いや、叔母!

数日後に二度目の手術を控えている。それなのに一気に来訪者ぞくぞくで地味~~に疲労困憊。大丈夫か母。頑張れ母。ついでに私(また泊まり込みが控えているのかと思うとやや気が重い……↓↓↓ てゆーか風邪が治るどころか悪化してる。咳が五月蠅い。ひょっとして喘息? 気管支炎? ……かもしれない……)。
ハーレクイン 2006年 06月号 [雑誌]
B000F8KIB8

6月号出ました。あまぞんより到着(しかし、コレを買うためにほかの本も頼んでしまうハメになるんだよなー。……購入予定がっつりあるからいいけど何やってんだろう、と我に返ると辛い・笑)。
てな訳で今月も感想いきます。

シークの人質―砂漠の王子たち〈1〉
アレキサンドラ セラーズ Alexandra Sellers 山野 紗織
4596001022


コミカライズ担当:星合操(巻頭カラー/描き下ろし)

セラーズ、人気作家らしいのだけれど、そんなに面白いのか? というか、日本ではシークものとラテン・ヒーローもののウケがいいそうだが、どちらも自分のど真ん中ではないので「……そんなにいいかねえ?」としか思えない(と言いつつ、かなりの冊数持ってるんだけど↓)。
作画担当は星合さんで、隔月で初期3部作全作を描き下ろすとのこと。ひえええ。私は彼女の絵は嫌いではないし(懐かしの「ユニコーンの恋人」を昔の「ひとみコミックス」ver.で買って持ってたりする。……古本屋でセット買いしたんだけど↓)、華があるなあとも思うんだけど、ことHQの作画に関して言えばやや微妙。125pほぼ全ペエジ裁ち切り、バスト・ショットとアップ多め、と何となく手抜きに見えてしまうのだ。絵はね、綺麗なんです。今風ではないけれど。極端に主線が荒れることもないし。ただ、画面として「ちょっとなあ」と思うことが多い。
今作はそういう意味では比較的読める出来映え。
両親の取り決めで愛のない結婚をさせられつつあるヒロイン・キャロラインが独身最後の単独旅行の行き先として選んだのは砂漠の宝石と呼ばれる西バラカット公国。フィアンセと行くつもりではあったものの、彼はそんな国には興味を示さない。「ひとり」を満喫するのだと意気揚々出かける。
一方、その西バラカット公国ではプリンス・カリムがどういう理由でか、彼女とそのフィアンセの到着を待ちわびていた……。
タイトルの「シークの人質」という時点でどういう展開かバレバ~レではあるのだけれど、まあ多少含みも感じられるだけマシか。どーも最近は直截的タイトルが多すぎて情緒に欠けるきらいがある。
一国の将来を担うプリンスが何故アメリカ人女性を「人質」とするのかとかには比較的納得出来なくもない理由があって、そういう意味ではまあ楽しめた。何しろシークものとゆーのは「権力・地位にモノを言わせて拉致監禁」がお約束的展開なので↓ 理由が彼なりに「正当」な時もあるにはあるが、大抵は「ヒロインに惹かれたから」とかいうとんでもねえ理由。立派な犯罪者である。
コミカライズ、テンポがいいと言えばいいのだけれど、どうもさくさく進みすぎて何となく余韻とかタメに欠けるカンジ。

銀色の湖
サリー ウェントワース Sally Wentworth 柊 羊子
4833515121


コミカライズ担当:篠崎佳久子(カラー有/描き下ろし)

ヒロイン・アリーはPCソフト制作会社で働いており、ロシアが誇る金細工師・ファルベルジュの作品の取材で当地を訪れた。ボスが勝手に彼女のために雇った通訳と現地で合流。通訳・ドレイクは魅力的ではあるものの、やたらと自分に対して「保護者としての男性」として振る舞い、彼女の意思等を考慮していないかのような態度で接することに苛立つ。
日々取材をする彼女には実は本来の目的とは違う何かがあるらしく……。

ここ最近の篠崎さんのコミカライズ作品の中では充実度が感じられて面白かった……んだけど、ロマンス要素低め、謎解き要素高め、のために、「ああ、HQ読んだなー」という充実感はあまりなかった。むう。その謎解きというかある種のサスペンス要素の部分は伏線なんかもそこそこ丁寧でよかったんだけど、ヒロインが秘めている謎とそれに基づく行動が丁寧に描写されている分、ロマンスにかかわる部分がちょっと足りない……。むう。
ヒーロー・ドレイクに婚約者が居る、というのもちょっと萎え要素(まあ一応あれこれ理由はあるけど)。その婚約者の在り方も、軽々しく扱うなよ、な設定の女性だったために、ラスト結ばれるふたりに素直に祝福を贈れない気分にさせられるんだよなあ。何でこんな設定にしちゃったんだか(そこの部分がヒーローの行動原理にも結びついているので、解らないでもないけど)。

わたしが愛したボス
エリザベス ベヴァリー Elizabeth Bevaly 遠藤 和美
4596002959


コミカライズ担当:曜名(カラー有/描き下ろし)

オードリーは自他共に認める不運の持ち主。日常をフツウに過ごしているだけなのにあれやこれやと何かしら事故や不運に恵まれる。派遣社員として仕事をするものの、彼女自身ではなく彼女の不運の故に評価が低く、それを気にしている。
そこに降って湧いた広告デザイン会社臨時秘書の仕事。何でも事業主は傾き欠けた会社を建て直すのに必死らしく正社員を雇えない模様。早速その会社に出向くなりドアに強か顔をぶつけるハメになるオードリー。ドアを開くことで彼女の顔を痛めつけた(笑)張本人・ウィーラーこそが社長だった。これが大変なハンサムでオードリーはときめいてしまう。
不運な男の元で働かせることになって申し訳ないと言う彼に不運なら負けないと応じるオードリー。さあどうなる!?

……何を原作にしてもちゃんと曜名さんテイストになってしまうのがスゴイ。原作はワイルドなHOTさがウリの「ディザイア」だとは思えないきゅーとさ炸裂。とにかく何やってもトラブルに見舞われ続けるオードリーが可愛い。でも、可愛いだけではなく、ウィーラーすらも驚いてしまうような大人物とも奇妙なコネや繋がりを持っていて、彼にするすると幸運をもたらしてしまう。
ウィーラーはHQには珍しく困窮状態にあるヒーローで、努力と才能のひとであることがちゃんと描かれているのも好印象(あ、それは原作がそもそもそうなのか)。単にごーぢゃ~す☆な男で幾ばくかそうらしいということが描かれるだけのヒーローよりずっといい。
少しずつ互いの距離が縮まると同時に現れたライバル女というお約束の展開が君を待つ!(笑)
いやもうひたすらかっとんでて可愛くて楽しい作品だった。

シークに魅せられて
シャロン・ケンドリック 吉本 ミキ
4596215332


コミカライズ担当:JET(カラー無/再録)

そもそもは描き下ろしコミックス作品。スピンオフに至るまで一環してJETさん担当なのが嬉しい♪ この作品そのものはこのブログでは2度目の登場だな。以前原作読んでレビュウ書いてます。ということで、知ってる既読作品。
面白かった♪ JETさんは絵にクセがあるので、受け容れられるひととそうでないひととにぱっきり分かれてしまいそうなのだけれど、私としては個性的で好き。これも所謂シークものだけれど、砂漠に生きる男の荒々しさ・無骨さが出ていて、そこが何ともせくしぃVv 星合さんのシークはいつもキラキラ美麗なシークばっかりだよなあ……。まあ少女まんがの常ではあるが。

親友の結婚式に出席したローズは、花婿の親友だというシーク・ハリムと出会い、その強烈な印象に圧倒される。惹かれている自分には気づくものの、ハリムの「女はもれなく自分の前にあっさりと陥落する」と決めてかかる態度が気に入らず、屈したくもない。
出来ればもう関わりたくないと思っていたのに、有能なヘッド・ハンターである彼女の素性を調べ上げたハリムは自国・マラバンの人事に関して彼女の意見が聞きたいと言い、マラバンへ来るよう要請する。仕事とあっては断れないローズ。
何処までも強気なふたりは、それでも互いを求める気持ちを偽れず、ついには結ばれる。けれど「未来」があるとは思えずに、――。

無駄なくソツなく綺麗にまとまっているけれど読み応えもちゃんとあって満足♪ 重い背景なんかもあるけれど、少しコミカルな可愛らしい部分もあって、バランスもいい(で、そのコミカルな部分がそれなりの深みを与えている、と)。

今月は特にものすごい不満、というのは涌かなかった。曜名さん作品がくりてぃかる・ひっとですVv 相変わらず女性キャラが華やかで可愛いVv 男性キャラも初登場時に比べてかなりイイカンジになってきました。

来月は小林博美さん、岡本慶子さん、ハザマ紅美さん、英洋子さん(再録)の4作。……○本さん、人気あるんだ? 私には耐えられない。あのデッサン狂いまくりの人体に生気のない瞳、のっぺりした凹凸の感じられない顔……どれを取ってもプロのレヴェルの絵に見えないんだが。「な○よし」ではそれで許されてもなあ。絵にもごーぢゃすさが求められるHQにあってそれはいいのだろうか。許容外だと思ってるのは私だけではないぞー。とりあえず、他のお三方にはフツーに期待。
天然生活 2006年 06月号 [雑誌]
B000F9SQ9S

いや、だから、もういいんじゃないのかな、と。雅姫さんは。久々と言えば久々だけれど、またしても彼女がデバった記事が掲載されていた。ここのところ続くこともなかったし、連載はあるとは言えさしてペエジを取る訳でもなし(その分、「わざわざ綴る程のことなのか…?」と思わないでもない)、この調子で進むのがいいなー、などと思っていたら。
また来たか……。雅姫さんファンでも何でもないから、何らの感慨もなく、「もういいんだってば!」としか思えない。何でそんなにありがたがっておるのであろうか。いや、それなりに魅力的だとは思うけれど。
今回は彼女が個人的に好きで興味のあるデザイナアに会いにゆく、という企画だったのだけれど、何も彼女というフィルタアを通すこともないのでは、と思ってしまうのだな。
私にとって彼女は既に消費され尽くした観がある分、妙に食傷気味な気分にばかりなってしまう。あまり新しい抽斗、というものがないのもその原因かもしれない。もちろん、そのひとを語る上で、そのひとに登場願うからには、という理由――そのひとなりの「得意分野」というものがあろうとは思うけれど、意外性もないし、単に彼女にとっての「嬉しい」を御披露頂いているカンジなのだ。お金出して旅行させてあげて記事にして……って、すごいよなあ。身銭切って現地に飛んでアポイント入れて……なら、尊敬するけれど。で、記事も自分で書く、と。そこまでやったものなら読んでみたい。

甘いものには正反対と思われるものでアクセントを、というレシピや、ほかの連載陣の記事はそれぞれに楽しめた。
ツバサ―Reservoir chronicle (14)
CLAMP
4063646599

……コレはアレですね、「サ○デー」で言うトコロの「MAR」(本来はAの字にうむらうと記号がつきます。故に?「まー」ではなく「める」。低年齢層読者に人気のようです)ですね。大ゴマ多用、見開きバンバン、が少年まんがの醍醐味とばかりにあって「もう少しペエジを有効活用してさくさく話を進めてみませんかね?」と尋ねたくなるよーな。

相変わらず進展遅!! というよりも、少しだけ伏線めいたものやキャラクタアの過去が描かれ、やや状況に変化アリ、というだけで一向に進んでない。そんなノリでもう14冊目、というのはどうなんだろう。おまけに、これが週間連載なのかと思うと尚更アタマ抱えたくなる。
どういうまんがであっても、週刊ともなると毎回毎回ヒキだのヤマだのてんこ盛りは大変だし、うまく転がしていかないといけないてのがある訳だけれど、ちょっと緩慢過ぎる気がしてならない。

とりあえず「もうひとりの」小狼の覚醒てえのがこの巻のひとつの山場なんだろうけれど、それも何にどう絡むのか、とか何となくわくわく出来ない私。
飛散したサクラの羽根のひとつが見つかるものの簡単には手に入れることが出来ず……というシーンも、本来なら「きゃーVv かっこいーVv」と思うべきところなんだろうけれど、どうも「ツバサ」は主線がすべてほぼ均質な太さなために見づらくて、ちょっと画面が汚く見えるからシャープさだとかが感じられないし。

「低年齢の読者も意識して云々」とインタビュウで言っていたけれど、実際に「マガジン」読んでみると、結構低年齢層にはさくさくとは追いかけられない知識だの描写だのもあって、……そんなに意識せねばならんの? そのためにこんなにちんたらしてるの? と疑問ばかりが湧いてくる。まあ作家さんたちそれぞれの作品の傾向性とかスタンスが異なるから、一概には言えないのだとは思うけれども。

まだまだだらだらだらだらこういうノリで続くのか。もう少しテンポ・アップしてくれんだろうか。そうこうしてる内に、今度はファイの過去だの何だのが明かされるんだろうねえ。そんでまた何週もずるずると引っ張って。
月刊連載でもちんたら感が否めなかっただけに余計に感じるのかもしれない。

ラストに出てきた新(使い回し)キャラを見て少し唖然。もう連載再開は無いかも知れないね、と思わされたのであった。すでに別人。ええ、都庁な建造物にマント羽織って立ってそうなあのひとですよ、ええ。
「徹子の部屋」じゃないんだからさ…↓

日々ピクニックに出かける袴田さん。いや、まあ、私が行かせてる、とも言うのだが。あれこれ拾ってきたり、すれ違ったひとの名刺をもらってきたり。気に入ったアイテムを見つけては買い込んで部屋に飾る。
さらに間違った方向に。

……ああ、どーんどん間違った方向に進んでますねえ↓ 何この腐れ乙女路線の部屋(クリックで大きめのクリアな画像が見られます)。
とうとう水槽まで登場(部屋の中央部角にある円筒形のモノ)。地味に積み重ねる順番間違ってるのはナイショです。まだ直してないのもナイ(以下略。今は直ってます……)。部屋のゆかの模様を利用してチェス駒のオブジェまで並べる始末。

さらに間違った方向に。

モノも増えれば住人(?)も増える。飾っていた人形、入れ替えたり増やしてみたり。可愛くて出来がいいのを見つけるとつい購入してしまう。特に、不要品となったひとが元値より値引きして販売してくれていると迷わずどかんと。
友人が「わちふぃーるど」好きなので、ダヤン&ジタンどーるを見て欲しいために買ってきちゃうし♪ 薔薇乙女なひとたちは、ええ、まあ、シュミです。ははは↓

改装前。

改装前。まだそれまでの名残を留めていたこのレイアウトから、置きたい家具(?)が増えたためにちょっと改装することに。

改装後。

大々的に変わったところはほとんどナシ、って、どこが「改装後」やねん。ストオヴが増えたために、画面左側がややキッチン風になりました。「やや」ね、「やや」。部屋中央部の薔薇な乙女さんたちは4体に増殖中。でも、違う方のデフォルメver.で7体だか8体販売されているのを見て以来、それに浮気しようかどうしようか考え中。薔薇乙女さんたちが座っているのはドオナツ・クッションです。良く出来てて可愛いVv(ひとりだけびっぐ・○っくのようなものに座っているのは何故かしら)
相変わらずケエキ等食い物アイテム多し。

現在もまだアイテムの入れ替え・増殖は続行中。みんなよくあんなに繊細で可愛くて精巧なドット絵を打てるもんだなーと感心することしきりです。私は買い専で行きますよ↓(マウスで絵も描けないくらいだし。ペンタブが時々欲しくなる……↓)

で、これやってると「ソネットタウン」が懐かしくなっちゃって、また部屋をつくろうかと考え中(元ユーザは無料で「ソネタ」を楽しめるツールがDL出来て、そのソフトで部屋をあれこれつくれるのです)。これまでにつくった部屋は現在「水月館」にてぽつぽつ公開中。私はつくづく3次元のデザイン・センスがないなあと思う↓ 平面上で立体の構図を、というのが昔からダメだった。今の「コレピク」にもそれがよく現れています↓ くそう!

「コレピク」に興味のある方は是非♪↓
REAL SIMPLE JAPAN (リアルシンプルジャパン) 2006年 06月号 [雑誌]
B000FAO77M

……編集長が代わったから? 何だかいつもと同じ構成だろうにいつもとは違う印象。よく「あれもこれもと詰め込み過ぎ」というコメントが付されても「いや、結構どの記事もすっきりまとまってて、あれこれあるのが楽しいけどなあ」と思っていたものだが、今回初めて「何でこんなに雑多な印象を受けるんだ?」と思った。いつもなら程良くワン・テエマ読み終わると新たな記事・テエマが来て、それがダラダラしない流れになっていたのに、今回は緩慢な印象を受けるばかりで、何だか戸惑ってしまった。

女性がメイン読者である雑誌で、生活と仕事の両者をこなしているであろう年代の女性が編集長を務める雑誌、は今はもう珍しくもないのだろうけれど、この雑誌にはやはりそういうひとが当たっていて欲しかったな、と思ってしまった。男性も家事やって当然だと思ってるんだけど。何故か編集長が代わって、それも男性になった、のが何となく受け容れ切れていない。いかんなあ。でも、何か乱雑になった気がするのだ。
それまでは、乱雑に見えるようでいて、それなりにまとまって見える、と言う「居心地のいいオフィス」か「生活臭はないけれど暮らしているひとの存在感が伝わってきそうな家」、のような雰囲気があったんだけど、今回のは「まとまっているようでいて妙に乱雑で落ち着かない部屋」、みたいに見える。ひとつの家にあれこれ違うテイストの部屋を、計画性無しにつくったみたい、と言ってもいい。そういう印象を受けた。

気のせいなんだろうけど。自分でも無意識に先入観みたいなものを抱いてしまったんだろーか。男性だろうが女性だろうが、面白い誌面をつくってくれればいいというのに。
と言うよりも、「何故数号発行した今、男性が編集長になる?」という疑問が、ある意味私を不愉快にさせているのかもしれない。そういう訳ではないんだろうけど「やはり野郎が上でなくちゃね」、みたいな考えがフッカツ(?)したのかー、とか邪推してしまう。
何この勝手なモヤモヤ(笑)。

今回は薔薇の香りのバス・ソルトがおまけでついてきました。やはりちまっとしたものでも「おまけ」がついてくると何だか嬉しい。貧乏性はトクだね↓
英語ができない私をせめないで!―I want to speak English!
小栗 左多里
4479300228

いや、責めませんよ。
……としか思わないのだが、中にはやはり居るのだろう、「パートナー(あるいは伴侶)が外国人なのに英語も出来ないの?」と言うヒトは。居る、んだろうなあ。居るよなあ。そりゃ居るわな。
たまたま彼女のパートナーであるトニー氏が日本語に大変堪能である、という事実を知っているし、現在日本在住でいらっしゃるので、話せない・出来ないとしても別に構わないと言えば構わない、と個人的には思う。……話せた方がいいだろうな、とは思うけど。

文庫化までのスパンは大抵3年ぐらい、というけれど、最近は一概にそうとも言えなくなってきて、場所・経費共にあまり割けない立場の人間としては、とっとと文庫になってくれて嬉しい限り(もっとも、もう新古書店の書棚に並んでるんだろうな、と思うとどんよりした気分になるけど)。読みたかった本なので早速購入。疲れ切ってなかなか本を読めずにいたけれど、彼女の本の場合はおそらくコミックもあるだろう、と踏んでいたので読み始めてみたらビンゴ、でした。時折ショート・コミックが挿入されていて、アイスクリィムに添えられるウエハアスのようでした。

面白かった。英語を学習しよう、修得しよう、というヒトの奮闘記、なのだけれど、くだけた口調のわかり易い文章で親しみが持てるし、純粋に面白かった(口語体がニガテなひとには苦痛なのかもしれないが。私は読みやすければ口語であろうときっちりカタイ文章だろうと構わない。「文体」はしょーがないのだ。そのヒトのスタイルなので)。
英会話学校勤務の経験がある身なので、スクール通学記(?)の段では「判るわー」と同意したり、納得したり。勤務経験があるクセに言うのも何ですが、ホントに、「高いカネ払ってまで英会話学校に行く必要ないです」ってなもんです。働く分には、そりゃそれなりに利点だ何だと挙げて、オススメはしますがね、本音としては「高いカネ払うだけの価値、ないかもよー」なのだ。本人のやる気もそうだけれど、「スクールに通うならあらまほしき下地がない」ヒトが多すぎるので。
スクール通う上でのあらまほしき下地というのは。
知識でも経験でもない、好奇心と知りたいと思うことに対して時間や手間を割く情熱、これだと思う。
漠然と「話したい」「話せるといいな」というひとがほとんどなので、話題持ってないし、集めようともしない。知ろうという努力もないヒトがほとんど。なので、そういうひとはスクール行っても無駄。ホントに。
そういう現場で実感したことがまさに書かれていて、「うんうん、そう、そうなんだよー」と頷きまくり。
日常に英語を存在させないでおきながら「私、いつまで経っても上達しないんですよねー」とかヘーキで言える神経のヒトも、通うのは止した方がいい。経営者サイドとしてはカネを湯水のよに遣ってくれる有り難いお馬鹿さんですが。

小栗さんが「元を取るぞー!」と張り切ってるのも、個人的には好感度大。そのくらいの意地とか、ある種のみみっちさが欲しい。というか、あった方がいい、絶対。
御自身の飽きっぽさを冷静に見据えて、どれが向いているのだろうかとあれこれ試行錯誤なさってるのもいいなあ。あれもこれもと欲張ってはイケナイ、というアドヴァイスももっともだけれど、やる気があるならあれもこれも試してみるのもひとつの手なんだし。何もせずに「話せるようにならなーい」とヌカしているよりずっといい(まあ私もこの典型的怠け者ではあるのだが↓)。
そして誰もが得る結論にちゃんと達するのだ。

ラクして、はナイ。
近道も、ナイ。
すべては日々の積み重ね。

スクールで体験したことや試してみたアレコレについても色々書かれているので、気楽~に読みつつも初歩の初歩な情報が欲しいひと(英会話喫茶体験記等)から、英語学習者には有り難い情報(お役立ちサイトの紹介)等も思っていた以上に充実しているので読む価値はアリかと。

文章のペエジは下に少し余白があって、ちょこちょことカットが掲載されているのだけれど、その都度小ネタで笑いを取りに来てくれるサアヴィス精神が大好きです(笑)。
母の入院もすでに1ヶ月を越えた。日々リハビリに励み、退屈と闘いながらどうにか過ごしている。
何より苦痛なのは、……やはり人間関係なのだな、どんな場所であっても。

神経質な隣のベッドのMさん。母が言うにはどうも毎日母をおとなう私の存在もイカンらしい。あくまでも母の主観なのだが「アンタの咳が気に障るみたい」「疲れた顔で居るのが厭みたいよ」とのことで。
……咳は申し訳ないと思いつつも、「疲れた顔がイヤ」言われましても。それは勘弁してくれよ。事実疲れてんだ。ついでに、生まれつき、つーもんもあるではないか。つーか、アホみたいにテンション高かったりしなくちゃダメか? にこにこにこにこ人畜無害な笑顔浮かべてなくちゃダメなのか?? そういうアンタもさして朗らかそうにはしとらんが。第一、TVをアホみたいにデカい音で観てる、つーのはアリなの? そっちのが無神経やんけ。

そのMさんが無事退院のハコビとなり、我慢強い母ではあるが「いちばんホッとした~」と言って憚らない。熱が出たと言っては不機嫌になり(誰のせいだってんだ)、メシを食っては「暑くなった」と騒ぐ。差し入れやお裾分けを寄越すので、仕方なくこっちはわざわざ何かしらを買って持っていけば「私、そういうの嫌いで食べないの」とはねつけてくるし(「だったら、あげなければいいでしょ」と思うだろうが、私が良くても日頃一緒に居る母が肩身の狭い思いをするのでは、と思うと気になってしょうがないのだ)。最初の内こそ「ありがとう」と受け取っていらしたが、後に、何は食べない、あれは嫌いだ、とハッキリ仰るよーになられた。……じゃあ最初から断ってくれてもいいのよ。父がわざわざ菓子舗から買った菓子、食いたくもないアンタにくれてやらずに済んだじゃないの。まったく。

奥に新しく入ったばーさんがまたワガママというかヒトの話を聞かず、看護師や医師を困らせっ放し。……不愉快だとは思うんだ。寝たきりでおむつさせられて寝てなくちゃいけない、というのは。でも、しょうがない、と割り切らざるを得ないではないか。気持ちは判るよ、と思う反面、自分で歩いてトイレに行けず、骨折までしているのだから、もうどうしようもない。しかし、気に入らない、のだな。で、おむつを外そうとしたり、採尿のためにつけたチューブを外そうとしたりするので、医療用のミトンをつけられてしまった。それを、外してくれ、外してくれ、と叫ぶのだ。ばーちゃん。我慢せな。
夫であるじーちゃんがとうとうキレて、びっしばっしシバき始めたのにもドギモ抜かれるし。でもじーちゃん、ちょっとスッとした私を許してくれ。
ちなみにそのばーさんは口にするのは少々憚られるオソロシイ粗相を三度もやらかして、「強制排除」された模様。1日、か? 入院してたのって。

どうして母の入れられた部屋には「可愛らしいおばあちゃん」だの「穏やかな人柄の女性」だの「気さくなおばさん」は入って来ないのだろう……↓ 母を別な部屋に移動させてくれ、と懇願したい気持ちになったのは数え切れない程だ。くそう!!

そんな部屋で日々を過ごす母、2度目の手術の日程が決まる。乗り切ってくれい。
エア・ギア (1)
大暮維人
4063632423

テレ東系なのでこちらで放映されることはないままに終わるか、はたまた時期を逸しまくった後に放映されるかは定かではないけれど、アニメ化しちゃいましたねえ……。原作者・大暮氏曰く「アニメに使われてる曲格好いい!」だそうで、作品は原作で楽しむとして、その曲とやらを聴いてみたいぞ。

というか。ええ、ヤバイです。全部通して読みたくなってます。……揃えるコミックス、また増えるのかあ……↓ しかも少年まんが。少年まんがは巻数重ねるから遠慮したいとこだったのに。うっかり中途半端に「おまけ」欲しさに12・13と読んだら、やはりちゃんと最初から今に至るまでを通読したくなってしまった。色んな伏線の回収やら、これから明らかにされるであろう謎やらがひしめき合っていて、気になってしょうがない。キャラクタアの相関図もわかるようでわからないままに読んでいるのも何やらイライラ。

揃えて読むしかないでしょう!

少年まんがのエッセンスがちゃんと詰まってる(バトル、ややエロ、野郎同士の結束etc.)に加えて、絵が美しい。線が繊細で、デッサンどうでもいいですな少女まんがを見慣れてきつつある目には眩しい程だ(でも「ややエロ」とは言ったものの、……結構無駄にエロってるのが邪魔な時も多し)。
それに、意識してのことなのか、単に面白がってのことなのか、腐女子ウケしそうなキャラもちらほらと散見されるのは…ナゼ??(「時の支配者(アイオーン・クロック)」こと左安良〈さの・やすよし〉はホモ呼ばわりされているやら実際そんな雰囲気だし、アキト/アギトの二重人格者という設定やら、アキトは主人公・イッキが「好き」らしい、とか。よもや少年誌で野郎同士ちゅーですか。ちゅーはやめれ、ちゅーは。いや待てちゅーで止まってよかったのでは・以下略)まあ最近の週刊少年誌の傾向等見るにつけ、女性読者が所謂購買層のボリュウム・ゾーンだろうし(特に「ジャンプ」とか「ジャンプ」とか「ジャンプ」とか)。
美しい少年・可愛い少年・格好いい少年・もっさい少年・やんちゃな少年、とちゃんと絵的に描き分けられているのもすごい。男性が野郎キャラでもぞんざいに描かずに仕上げているトコロは感心すらしてしまった(ヘタな女性作家よりもキレイな男性描けてるよ……)。女性キャラは何をか況や(小学生とかじゃない限り、皆もれなくきょにうのないす・ばでだが…)。

連載中とコミックスとでは改稿された部分があったり、と作者なりのコダワリもあるようで。台詞なんかも雑誌掲載時とは微妙に違っていたり。休載も多いらしいけれど、毎週手抜きに見えるような所もなく、作者なりに愛情込めて描いてるのかな、とも思えるし。

ええ、買いますよ、買いますともさ。読みたいんだものー!!
トナカイになったオリーブ
スティーヴ・ヤング 高木渉 ドリュー・バリモア
B000B84NAO

先日立ち寄ったお店にて廉価で販売されているのを知る。こういう作品もてがけていたのか。……ottoさんの絵、とても好きなんだけど、彼の著述・著作を、思えばまだ一冊も購入していなかった↓ 洋書は何だかんだ言って高いからのう(いやもう文庫だ何だで和書買うのに精一杯)。
でも、可愛らしくて楽しそうなお話っぽいので、廉価でもあることだし、いずれ買ってしまいそう。
自分をトナカイだと思い込んだわんこがサンタを手伝いに北極へ向かうらしいです。おまぬけで可愛いわー♪

マットでヴィヴィッドなんだけど何処か上品な色遣い・雰囲気の彼の絵は、同時にとてもぽっぷできっちゅ。其処がとても好みというかツボ。初めて出会ったのは「学研」の「あそびのおうさま」シリィズにて。
「あそびのおうさま」はまだ小さい子供でもぬる・かく・きる・はる・おる等の単純かつ基本の「楽しい」を満喫できるムック本(一冊まるごとワン・スキル〈?〉でまとめられていて、ひたすら「ぬる」なら「ぬる」、「きる」なら「きる」を楽しめる、「折っても破っても書き込んでも何をしてもいい本」。もちろん、自分の好みや「やりたい!」という気分でそれ以外の「作業」をたのしんでもいい)。でも、刊行開始当時は不定期っぽく刊行されていて、一冊で多種多様なあれこれを楽しめるムックだった。その頃表紙のイラストやイメエジ・キャラクタアを担当していたのが「オットーおじさん」。

このDVD以外にも本も欲しいものだらけなんだけど、……地味に絶版多いなあ。日本のあまぞんで扱ってないだけかもしれないけれど(多分というか確実にそうだろう↓)。
Alice in Wonderland
J.otto Seibold Lewis Carroll
043941184X

これは「アリス」のPOP-UP絵本なんだけれど、あれこれ仕掛けが凝っていて楽しめる模様。いいなー、「アリス」ってだけで欲しいのに、彼の絵で楽しめてさらにはポップ・アップ。

こちらがDVDの元になったであろう絵本。表紙からしてもう可愛い。
Olive, the Other Reindeer
Vivian Walsh J.otto Seibold
0811818071

さらにはオリィヴのこんな本まで出てました。ぐはぁっ(←可愛さにヤラレている)。
Olive, My Love
Vivian Walsh J.otto Seibold
0152047204


クリスマスに関係なく欲しいし楽しめそうな作品。
カラフル!アメリカン・ジャンク・カタログ
中村 知子
4775303554

「新紀元社」というと、私にとってはヲタク心をこれでもかと満たしてくれる本――主にファンタシィ系の知識を増強するのに持ってこいな書籍をバカスカ出してくれる出版社さん、というイメエジだったのだけれど、メルマガでこれが紹介されていた時は吃驚した。そうか、こういう本も出すのかあ…。

さて。タイトルだけでもそそられているのですが、このまさに「カラフル」な表紙、これがまた魅了して止まない素敵仕上がり。キッチュさを愛して止まないひとにはたまらない魅力に溢れていて、この表紙だけでもかなりの牽引力のある本。
中身も充実しまくっているらしく、アメリカの原色バリバリな雑貨も好きな私としては欲しくてしょうがない一冊。そもそも著者はアメリカン・ジャンクを販売しているお店のオーナーさんらしいのだ。造詣も深ければ愛も深そうで、これはますます期待が膨らむ。写真だけでも十分楽しめるだろうし、おそらく添えられた解説やコラムのような記事も楽しく読めるのでは、と勝手に推察。

アメリカは何でもかんでもどこまでもキッチュでポップかというとそうでもなく、上品で愛らしい一面もあって、それらの一部をまとめたこの本も欲しくてしょうがない一冊。
アメリカン ヴィンテージ ファブリック アメリカで集めた、とっておきの布。
Socks*Ciao!
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ヴィンテエジのファブリックが今でも存在していて大事にされている、という事実も嬉しいし(アンティークのレエスやリネンの類も大好きだ。たまに行くアンティークを扱うこぢんまりした可愛いお店で、1900年代よりも前のものなんかを見ているとうっとりしてしまう)。キルトの出発点、生活のつましさとモノを無駄にしない姿勢なんかにも思いを馳せてしまう。

アメリカ文化のほんの一部をたっぷりと楽しみたい時に手に取りたい。
Berry Lovers Cookbook (Cooking Across America)
Lee Fischer Shayne K. Fischer
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女性にとっても大人気なクソ映画で、ヒロインと恋に落ちたと言っていいらしき男が苺とシャンパンを勧めるシーンがある(ゼニと地位はあるんだがそれ以外にどんな魅力があるんだか今八百くらい解りにくい、他人にケツかったてられてようやく女の所に愛を告白しに行く情けない野郎と、そんな野郎に恋しちゃったらしきおまぬけな…えーと、あれはコールガール? それとも娼婦って言っていいのか? が最後には結ばれるらしいあの映画、ね)。「香りが引き立つんだ」とか何とかヌカしていたような気がする(一度しか観てない↓)。ふとそれを思い出した。

先日、シャンパンはなくとも発泡感に充ち満ちた苺を味わえる方法を知りました。とってもカンタン。

1:熟していると思しき苺を買ってくる(自分で栽培してもおっけー)。
2:やや気温高めの部屋に、何となく密閉出来る容器に入れて一晩放置。


これだけ。こうすると、あーらフシギ、苺をもぐもぐすると、何だかしゅわしゅわした果汁が口の中いっぱいに。

それ、傷んでるんじゃないの? とか言っちゃ駄目。

病院の冷蔵庫に入れられなかった苺が、ナマのまま発酵(?)した模様。アラヤダ!

――いや、ホントに吃驚した。苺は傷みやすいから早めに食べるようにしていたし、涼しい場所に置くようにしていただけに、こういう状態のモノを食べたことがなかったのだ。
そうか。あたたかい部屋にやや酸素不足気味な状態で放置しておくと果汁が炭酸めいてくるのね……知りませんでしたよ。「赤毛のアン」でダイアナが酔っぱらったのはどうやってつくるんだったっけなー(というよりも、発泡酒状態だったっけ? もうまったく記憶にない)。

とりあえず「うーん、腐ってる、とまではいかないけど傷んではいるんだろうねえ」と言いつつも食うことを止めなかった私の胃袋に3,000点。
Where I Played: A Golf Score Card Keeper (Potter Style)
Potter Style
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海外発の日記・記録用の手帖―― journal は何だってこんなにどれも可愛かったりデザインが洗練されていたり凝っていたりするのだろう。おまけに、あれこれいちいち細分化されているのも楽しい。やれ「観た映画」、「読んだ本」、「お気に入りの店」、「美味しいレストラン」、「旅行の記録」あんど・そー・おん。一冊の手帖にぎうぎうに詰め込むのではなくて、あくまでも一冊ワン・テエマなのが鬱陶しいのに楽しげ(笑)。
これは中でも「本当に必要なんかい…」と思わせられた一品/逸品。「何処でどんなプレイをしたか」も記録しておけるゴルフのスコア帳ときた。まあスコア帳そのものは持ってるひともつけてるひともそれなりに居るだろうけど、あえてちゃんと商品として存在するとまでは思ってなかったなあ。ぷちぶるな趣味故に自分からは遠いスポオツだし↓

でも、何でもそうだけれど、必ずしも提供された使い方に従う必要、というものはないのである。好きなように自分なりの活用の仕方で楽しんだっていいのだ。このジャーナルはそれをこそ期待しているかのようにちょっと多機能だったりする。
何でも内側にちょっとしたポケットがついているとかで、それを利用して家計簿としても使える、というのだ。そのポケットに領収書なりレシートなりを入れて、日々記録するもよし、という訳だ。あるいは、これをこそ鑑賞した映画の記録に回しても良さそうでもある。前売りチケットのホルダアとしてポケットを活用するのもアリだし、はたまた半券を入れておいて後から整理するのにも良さそう。そこそこ堅牢そうなつくりだから保ちも良さそうだし、自分だけの小さなスクラップ・ブックとして使うのもアリだし、淡々と日記を記してゆくのも悪くない。
用途を限定しているようでいて妙に間口が広く感じられる、ふれきしぼーな所が文具好きを燃えさせる。
いいなあ、これ。装訂そのものも上品(でも、ヨゴレが目立ちそうなのが瑕瑾、かな)。どちらかというと女性向け、かな。接待ゴルフなおっちゃんにはもったいない(差別!・笑。使ってたら何となく微笑ましいかも)。

プレゼントにも良さそう。ってあげる前に自分のために欲しい。
薬草魔女のナチュラルライフ―ハーブを楽しむ・ヘルシーハーブ活用術
ガブリエレ ビッケル 畑沢 裕子
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実用的なモノ・コトを非現実的な観点も交えて紹介する、というタイプのものも好きだ。生活に密着し、風土や文化とも関わりがあるためだろう、ハーブ関係の本を探すと、結構こういう手合いのものも見つかる。
伝承と伝統とに裏付けられたデエタがあり、それが今でも脈々と受け継がれているのだな、と思うと何となく感慨深いものがあるではないか。……まあ東洋に置いても、漢方、というものがある訳ですが(この漢方関係と日本や中国、韓国の近代以前の医学関係の資料/史料や書籍も面白いものが多々ある)。
これはドイツ女性によるハーブ読本。ハーブというとすぐイギリスを思い出してたんだけど(何でだろう?)、そういえばハーブ・ティの原産国を見るとドイツだったりすることが多い。いずれにせよ欧米はハーブが日常に根づいているのだな、としみじみ思わせられる。ルバーブのパイだって、日本人というか東洋的感覚からすると朝鮮人参でつくったスウィーツ、みたいなカンジになるのでは?(お通じによい、んでしたっけ)
魔女狩りもドイツ周辺で多かったんだよなあ、そう言えば(曽祢まさこさんが自ら発掘して(この辺りちょっとうろ覚え)惚れ込んでコミカライズした「魔女に白い花束を」〈※〉はオーストリアが舞台だった……)。

文庫化されて入手し易くなった、と思ってたらどうもやや困難らしい。名作なのになあ。
魔女に白い花束を
曽祢 まさこ
4063600394


「薬草に詳しい専門家」が畏敬の念を抱かれるのと同時に恐怖の対象となる、こともあった、んでしょうかね(アフリカ辺りの「呪医」もそういうカンジだったな)。魔女と薬草は何だか切っても切れない間柄だし。

それにしても何がきっかけであまぞんが私にこの本を「おすすめ商品」としてピック・アップしてくれたのかが気になる(笑)。いや、まあ、ど真ん中なんですけど(ははは)。
東洋医学=体質改善と体調維持=身体の内側から治す、西洋医学=切開・悪い部位の除去=身体の外側から治す、と一概にはくくれない部分がちゃんとあるんだと改めてよくわかる。どっちが絶対的に優れている、というのではなくて、どちらにも利点・不十分な点があるんだよなあ、と。でも、強いて言うなら、身体の内側から徐々に治す・体質を改善する・自然のものを摂取し、その効能によって治癒する、のがよりいいなあと思っている。向き不向きがあるから、ケミカルなものの方が相性いいひともいるし、ナチュラルでないとダメというケエスもあるけれど。
ああ、これ、じっくり読みたいなー。
OMRON オムロン 吸入器 スチームサワ NE-S18
B0001CQGJ6

仕事をしてると鼻水が伝ってきそうになる。……これはやはり鼻炎?? あまりにぶひぶひ鼻をかんでいるので「とっとと病院行ってこいや!」と父に無理矢理病院に連れて行かれる(まあこのままひいていても、入院している母に会いに行くには迷惑でもあるのだけれど)。
「何の症状なのか、ちゃんと検査してもらってくればいい」。
父はそう言い、私もその方がいいだろうと思ったのだが。

忘れていた訳ではないけれど。
内科系の診察とゆーのは、初診ですら数分とかからないのだな↓

ものすごーくぞんざいにあしらわれた気分。こちらとしては花粉症なのか、他のアレルギィ症状なのか、はたまた風邪なのか何なのか、白黒はっきりつけたかったのに、問診で「じゃ、前に出した薬出しておくか」で終わり……。
先生、手術してたとは言え、そりゃないだろう(涙)。

結局アレルギィ性の症状にも効くらしい抗生物質をもらって来たのだが。帰宅してから何故か咳出まくり↓↓↓
おまけに気管支弱いらしいし、喘息のケもあるので、父が疑惑の眼差しを送って寄越す。「お前……その咳は本当は喘息じゃあないのか……?」……目が何かを物語ってますよ、父。

とりあえず今度病院行くなら違うトコに行こう。うん。
いまどき家事の知恵
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勝手な思い込みなのだが、男性というのはリクツ・理論を好むので、何事に対してもそこそこリクツを理解し、納得して行動出来るもの、だと思っていた。……そういう男性だって居るだろうし、女性だろうが何だろうがそうじゃないひともそういうひとも居るんだろう、とも思うんだけど。

やはりアレですかね。経験する、実際やる、ということがいちばん大事なんですかね。

私が体調崩したせいもあって、いよいよ父が「これはヤバイ!」と思い始めたらしく、私が自室で休養取ったり留守中に、皿洗いをしばしばやってくれるようになった。……のはいいのだが、感謝すべきなのだろうが、……私の仕事が地味に増えてます、父よ。

皿を洗ったら、出来るだけ立てて置いておきませんか? そのほうが水切れが早いだろうし。しかし、父が洗ったあとの水切り籠を見てみたら。

がっしゃ~と適当に積み上げてある(どんより)。

さらには、ダイニングのテエブルの上に視線を移す。

食器、適当に山積み(どよんど)。

上に積んだ食器から流れ落ちた水気が下の食器にさらにまとわりついて、……拭く手間が何だか増えた。
食器棚の何処にどう仕舞ったものかわからないらしく単に置いてあった。それを片づけねばほかの作業が出来ませんが。

何故そんなこともわからないのかがわからない。リクツで考えろよ、アンタ好きでしょう、リクツ捏ねるの。

と、言うだけ無駄なのか。とりあえず、やはり日々やってないことはリクツの捏ねようもないのだ、ということがよーくわかりました。はー……。しょーがないよなー。でも、○○すれば××になる、とか、予想つきそうなもんじゃないのか。その辺が小さい頃から母にまとわりついていた経験のある者とない者の差なんだろうか(父は実母がいつも働いていたため、おばあちゃん子だったし、幼少のみぎりは大層アタマの良い子だったそうで、家の手伝いせんでも本読んでればそれが免罪符になっていた模様。今はただのおっさんね、勿論)。

そう言う訳で、父の心遣いが徒になっております(笑)。いや、気持ちだけでも有り難いっちゃ有り難いんだけど。わっさー積まれた食器見てゲンナリしない、とは言えないのよ(ははは)。

やはり、男女を問わず、生活していく上で最低限やっておくべきことが出来ない、というのはイカンのだな、としみじみ思うのでありました。そして母の有り難みを噛み締める、と。

おさんどん生活は続く。
医師がすすめるアロマセラピー―花粉症、ぜんそく、肥満、自律神経失調症、皮膚病、月経痛に効く
川端 一永 日本アロマセラピー学会
4837611044

花粉症なのか風邪なのか判然としない状態に陥った。何だろう?? そもそもは肌の痒みから始まったのだけれど、関東以西ならまだしも、2月下旬から豪雪地帯で花粉に対して警戒せねばならない状況にはない。しかし、あれこれ調べれば調べる程自分の症状が「花粉症」に合致するのだが↓

とうとう花粉症でびう……?(泣)

まあ単なる風邪かもしれないんだけれど。咳が少し、鼻づまり・くしゃみが結構イイカンジで押してきてる。頭がぼーっとしてイライラしやすい。頭痛もアリ。そういうの、風邪の症状だとばっかり思い込んできたけど、どうも花粉症でもそれらが見られることがある、と知って以来疑念涌きまくり。

あと、……何だか過呼吸っぽい気もする。時々がーっと呼吸が苦しくなってやたら吸ってしまうのだが、逆に苦しい。何が原因なんだ↓ そもそも何に対してどんなストレスを感じているのかももうよくわからない(原因、と思い当たるものがあり過ぎて↓)。
花粉症も調べてみると、風邪に似たような症状が出たりするらしいし、シロウトがあれこれ考えた所で判るつーもんでもないようですな。専門家(=医者)に訊け、ちうことよね。

そもそもは不眠症に悩まされて病院行った時「自律神経失調症」と言われた(というより医者との談合の末そうなった・笑)人間なので、もう何が起きようと不思議はないのだが。そりゃ過呼吸くらいやらかすかもしれんな、と。

アレルギィ体質じゃないと思ってたら母がつるりと「あたしそのケあるけど。父がちょっとそうだったし」とか言いやがった。をい!! 今更言うな、今更!!
以前一度だけ鼻の調子が悪かった時に「ひょっとしたらちょっとアレルギィ入ってるかもしれないですねー」と言われたっけ。うわお。じゃあ今の状態も花粉症かそれに類するモノという可能性高いんじゃねえか。

最近疲れが蓄積されまくっているので、そのためにカラダのあちらこちらが何かしらサインを送っているのだろうとは思うのだが。だが。

今そんな場合じゃねえだろ、と↓

日々イライラしまくりで父が怯えている(笑)。あの父に気を遣わせるたあ私ったら↓(ふだんの父は私以上に傍若無人)

不眠症、故に睡眠不足、これがすべての原因だと思うんだけど、また薬の効きが悪くなってきた。むう。どうしてくれようか。
アロマテラピィ、効くらしいんだけど、どうだろう。試してみたいけど、その時間すらな~い♪

己のヘタレっぷりにイライラし通しの日々が続いております。キー!!(だからヒスるなよ)

アロマテラピー図鑑―オイルとハーブの基本がすべてわかる
主婦の友社
4072427950
ku:nel (クウネル) 05月号 [雑誌]
B000EWQSWI

今回両方読んでみて何となくわかってきた「違い」は、「ku:nel」は日常に「物語」を見出すのが、あるいは日常に「物語」を感じること・織り込ませることが巧くて、「天然生活」は割合質実剛健というか生活そのものに根ざしたもので、「暮らしの手帖」ほど明確なポリシィだとか凛とした姿勢とかは無いんだけど、そのもののクオリティを問う、という意味に於いては似てなくもないかな、ということで、似て非なるもののこの二誌がどう違うのかがようやく自分の中で明瞭になってスッキリした。

今回の「ku:nel」は以前も登場したカフェ「ソーイング・テーブル」のその後の「物語」。
オーナーである玉井恵美子さん(とその「相方」)にとっても、また周囲の人々や客にとっても、「日常」でしかないのだけれど、何とも言えず心地いい「物語(つくりもの・まがいもの、の意味ではない)」が潜んでいて、同じ国にこんな場所が本当にあるのか、と何だか呆然としてしまう。淡々としていて、朴訥ですらあるのに、まばゆいほどの何かに満たされた空間とそこに集う人々の輝きが愛しいのと同時に妬ましくなる。
しあわせの定義はひとそれぞれだけれど、「何処かにあるもの」ではなくて「自分で生み出すもの」だと思っているけれど、まさに自分の力と支えてくれる周囲の力とで欲しかったであろうソレを手に入れているのだな、ということを感じさせてくれる、ある種の頼もしさ・たくましさもある。
「相方(互いに伴侶をそう呼んでいる)」が会社を辞め、今ではふたりでゆったりと切り盛りされているのだとか。自分たちで生み出して手に入れた「しあわせ」に時に浸り時に浮かび時にまろびながら、こつこつと時を重ねていくのだろう。羨ましいことこの上ない。

ほかにも、花器を集めるのは好きだけれど花を生けたことがないとある男性のために、こんなアレンヂはどうでしょう、と「挑戦」するCHAJINさんの記事も楽しめた。花器そのままでもいいんだけど、花を生けた後はより花器も引き立って見える素晴らしさ。いいなー。
ハワイのレインボウ・ブレッド(美味そう!!)とか、色んなヒトのお気に入りアイテムとか、ウェットではないけれどドライでもない、洗い立てのリネンみたいに気持ちいい記事が満載Vv 今号は個人的にツボなのが多いわー♪
どの記事にも春先の空気みたいなものがいっぱいに詰まっていて、清々しい号でした。

この本もオススメ。玉井さんと「ソーイング・テーブル」の「歩み」が綴られている。やはりはらむ空気とか漂う空気が心地いい。惜しむように読む。気負いのない文章は美味しい水に似ている。
夾竹桃の花が揺れる頃に―A diary of Sewing Table Coffee
玉井 恵美子
4990171047


で。「天然生活」。本当に、良くも悪くも「生活」に根ざした記事だなー、と。レシピ満載、実践してみそー、な感じ。「暮らしの知恵」みたいな記事もあるし、啓蒙的でもある、か? すんごいおされな雰囲気を漂わせつつも実利を追い求めることは忘れてない、というか。
「ku:nel」ではいささかすうぃーと過ぎるわ、なひとにいい、のかね。写真とか使ってる小物とかはおされさんですよ、確かに。
天然生活 05月号 [雑誌]
B000EUKZNI


どちらもそれぞれに味わったけれど、よりいい意味で残り続けたのは前者でした。春野菜の初物をたっぷり使った料理をたらふく食べたよな気分。
パティシエクッキーメーカー
B000EF4TLW

あまぞん行くとたまに「おお、何故私がソレ好きと知りましたかー(何でカタコトなの?)」なツボな商品がドンピシャで紹介されることがある。これもそのひとつ。

可愛い! おまけに実用的だ! なのに、……カテゴリは「おもちゃ」なんだね。メエカアは「トミー」なんだね。
チョコレイトとコーンフレイクをつかってつくる冷製クッキィ・メエカアとのこと。火を使わずに料理ごっこが楽しめる訳ね。すげー。
でもって、これの仲間(?)もあって、これもまた可愛い。
パティシエゼリーメーカー
B000EEYI3C

これも同様に火を使わずに、ゼリィをクレエプ状につくれるシロモノだそうで、……考えるもんだな、あれこれと。お値段、ある意味手頃?(どうもDVD-BOXなんかを買ったり、食玩等をコンプ・セット購入したりしてると金銭感覚がズレていくな……)火を使わないなら多少劣化の速度も遅いだろうし、その分長く使えるかも、と何故か実用性重視の私がイタイ。でも玩具とは言え実用性アリを謳ってる商品だからそれは期待してもいいだろう。

それにしても、私には未だに「ママレンジ」が憧れアイテムだとゆーのに(今でも欲しい・笑。復刻してくれないかなー。昔「探偵ナイトスクープ」で、今は西川きよし師匠の娘さんと結婚なさったシェフが、必死こいてプロの意地を貫いて「ママレンジ」で料理づくりに奮闘していたのう)。イマドキはチョコレイト・フォンデュが楽しめる「玩具」だの進化しまくりだからなあ。
進化はしてるんだけど、でもやはり全体的に何処かしらちーぷなのがまたイイです(ははは)。
夏と花火と私の死体
乙一
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読んでみたいなー、と思いつつ、文庫化から早6年経過してましたか。16歳で書き、17歳で衝撃的なデビュウを果たした乙一氏のデビュウ作+短篇の2篇を収めた本、ようやく読みました。

うまいなあ……。

ホントに、これを16歳で書けるのかあ、とちょっと落ち込んだ(笑)。16の頃の私と来たら……と思わず振り返ってへこむへこむ。頭の悪い子供だったしなあ。
素直に面白かったです。あまりにキレイにまとまってて、ちょっと呆然とするくらい。年齢じゃないんだ、要は才能なんだ、と言われればそれはそうなのかもしれないけれど(巻末解説の小野不由美氏も似たようなこと言ってた。やはり誰もが感じることなのだろう)、それでもやはり驚嘆と賞賛に値する出来であり、年齢だったと思ってしまう。

「9歳で、夏だった。」

五月のモノロオグからそれは始まる。彼女は、9歳の少女。同い年の友人の弥生に殺されて、冒頭であっけなく「死体」になってしまう。弥生の兄・健とともに彼女の死体は隠される――いずれ誰にも見つけられないように、完全に。
兄妹は死体を隠すために奔走する。奇妙なまでに冷静で、その状況を何処かで楽しんでいるような兄・健。自分が殺害したことに深い罪悪感を感じると共にこの状況をどうにかしなくてはと怯え焦る妹・弥生。

「夏」と「死体」でキングの「スタンド・バイ・ミー」を思い出すのは私だけではないだろう。勿論、キングのそれとはまったく異なる作品であり、テイストであり、空気を孕んだものである。
淡々と、五月は語る。死んだ後の彼女と、死ぬ前の彼女に、何らの差異もないように思える反面、確実に異なるナニカを持っていることが、何とも奇妙で不思議な味わいを醸し出す。
乙一氏はデビュウ作から既に「語り」というものを意識して作品を書いていたのか、とここでさらに驚愕・呆然。

物語は全編五月の「わたし」という一人称で語られる。現在のようであり、未来からの視点であるようにも見えるし、9歳の子供とは思えない(あるいは9歳なりに賢い「だけ」かもしれない)洞察力や冷静さを持ち、常に兄妹やその周辺につきまとう「霊体」ともまた違う存在であることの不思議さ。何となく落ち着かないのだが、その語り口こそがこの作品にはしっくりぴったりとはまっている(小野氏は「五月という少女でありながら『わたし』という神の視座によるもの」と評しており、まさにその通りだと思う)。

ミスリード等の構成上の技巧もなかなかのもので(読んでいる内に何となく作中の「事実」や「真実」が見えてはくるのだが、それはそれとして楽しめる)、最後はどうまとまるのか、どう落ち着くのか着地するのか、わくわくしつつ読み進めた。

過不足なく、すっきり淡々と語り、一切の無駄が無い。語られるべきことのみが整然とある。けれど情景が明瞭に脳裏に浮かび上がり、文章そのものは淡泊ですらあるのに印象深い。淡々と語っているのに、死体を隠そうと必死になっている兄妹の焦りや息遣いは伝わる。そしてそれを何処までも他人事のように語る少女、という存在。

併録の「優子」も面白く読んだ。やはりこれもかなり明確に「語り」について意識して書いたと思われる。下働きとしてある名家に仕えることになった清音という若い女性と、彼女を雇ってくれた優しく穏やかな主人と、その姿を一度も見たことのない妻・優子。これだけでも十分物語の骨子を想像出来るのに、ラストでちゃんとひっくり返してくれて、短いけれど読み応えを感じる。ホントに、無駄はないけれど必要十分はきっちり揃えてある。たいしたもんだなー。
最近疲れ気味で本を読む気力があまりなかったけれど、この本は寝る前に「夏と…」を読了、翌日「優子」も読み終えることが出来た。平易で分かり易い文章で、まったく面倒さを感じさせないけれど、簡単過ぎて読むに耐えないかというと逆で、短くて無駄に後引くことなく終わるけれど面白いときてる。久々に「読書」出来た。

今後も彼の作品を集めて読むであろうことが確定してしまったのでありました。また蔵書が増えるよ……↓
あまぞんからメエルが届く。「オススメ商品の紹介」というヤツだ。「○○を買った方には以下の商品がオススメ♪」と紹介してくれるのだが、続き物の続刊、みたいなものの刊行・発行予定の役割も果たしていて、コレのお陰で買い逃しが少なくて、ソコソコ助かっている。

「以前シンプソンズDVD-BOXを購入なさったお客様に…」みたいな文面で、ああ、とうとう来たか、と思った。何しろ、本国でのver.というかパッケエジだとかは既に見ていたし、そろそろ出る頃だろう、とも思ってはいたのだ。「シーズン6」。故に第6弾。来ちゃったかー。来ちゃうよなー(諦)。
早速リンクされているペエジを見に行く。ああ、本国みたいにダイカットなホーマーのお顔ケエスに入ってくる訳じゃないのかあ。ちょっと残念に思うと同時に安堵する(揃わない、というのは好きじゃないので。突然シリィズものの本なんかのデザインのテイストやサイズが変わるのって厭じゃないですか? 私はごっついこだわる。並べた時に美しくないではないか)。
ザ・シンプソンズ シーズン6 DVDコレクターズBOX
一城みゆ希 神代知衣 大平透
B000EWBDIC

ああ、またカネが飛ぶのねー、なんて思っていたら、メエルはまだスクロオル出来る余地がある。厭な予感。

ザ・シンプソンズ シーズン7 DVDコレクターズBOX
一城みゆ希 神代知衣 大平透
B000EWBDIM


何ですかこれは何ですかこれは何ですかこれは何ですかこれは♪(壊)

発売予定日を見る。……えーと。同じ、に見えるのですが気のせいですか違いますかそうですか。って、をい。

勘弁してくれ。

割引のことを考えると、あまり購入時期を延期したり出来ない。いや、待てよ、前に出たものは今半額じゃねえか↓ じゃあ寝かせておいた方がいいのか? でも一応数量限定、ってことになってるんだよな。……ビミョ~~~~~↓↓↓(売れてるようで売れてない、んだろうか。数量限定と言いながら今でもフツウに、それも半額で買える状態である、というのは)

買うには買うけどさあ。何となくモヤモヤしていると、メエルは更にスクロオルされるのを待っていた。おいこら待て。ちょっと待て。待ってくれよ。

ザ・シンプソンズ コンプリート・セット シーズン 1~7 (Amazon.co.jp仕様)
B000F7CKEC


頭の中でナニカが弾けた。

イヤガラセだろ。

何だよ、この1~7セットでおまけもつけちゃうVv な企画は!! このやろおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!!(血の叫び)今までこつこつ買ってきた時よりも価格低なってるやないかい!! 更にはおまけ付だああああ?(本国でのパッケエジ……。そっかあ、こういうカタチで日本ではお目見えしちゃうのかあ)

何だろう、この何とも言えないブルウな気分は(笑)。

買うには買うので、まあもう少し悩むことにします。……くそう!
5人のイカレた…いや、怒れるばばあに囲まれ入院生活を送る母の元を毎日見舞う私。ほんの少し居ただけで疲れるんだから、24hほぼずっと一緒に過ごす母はもっと苦痛ではあるまいか、と思っているのだが。
ひーとりふーたりどーにか抜けた♪
退院オメデトVv もう戻んなよ♪
そう思っていた矢先だったのに。

ババアの補充完了してますた。きゃあああああああああああああああああああ!! 増えてる! また増えてるよ! 減った筈なのに! また元の数に戻ってるよ! てゆーか減っても減っても「ああいうの」がまた補充されるんだね!?

6人部屋から2人が無事退院と相成って旅立って(何か別な意味に取れそうに思えるのはアナタの気のせい。気のせいだってば。気のせいっつってんだろ!)いって、ああよかった、これで少しは静かになるわね♪ などと思っていたのだが。この高齢化社会、体調崩せば家で寝込み、元気な時は病院に集う彼等が、そのまま(院内から)消えてくれる筈などなかったのであった。そうよここは総合病院。ここらの地域じゃいちばんデカイ。入院したいが部屋はない、のが相場というもの。空いたら「次」を忘れずに補充してくれる訳ですよ、戦場における銃器の火薬・弾薬のよに!

それでもね。こう、おっとりした可愛らしいおばあさま、とか、お若いのに怪我をなさった方、とか、そういう方々だったらいいんですよ。「いいんですよ」ってお前ナニサマだ、ってなもんですが、何しろ大事な母を預かってもらってるもんで。でも個室に入れてやれるほど裕福でもないもんで↓

どうして母の入ってる病室にはどうしようもなく五月蠅いばばあばっかり入ってくるですか!

まあ、私の勝手な推測でいけば「他の病室には入れられないから」だろうが。いや、ホントに五月蠅い。ヨソの部屋はあんなに五月蠅くない。のべつまくなし喋ってない。皆それぞれにゆったりと楽しいとは呼べない時間と空間で過ごしている。何故この部屋ばかり五月蠅いのであろう↓↓↓
また「補充」されたばーちゃん×2が以前いらしたおばさま方を上回る土星サイレン(輪をかけた五月蠅さ、の意)。それも大サラウンドで。ステレオ放送で。デュアルで対応(もう何が何だか)。
ねえ、お願いよおばさま方。伏して申し上げるわ。

いいからちったあ黙ってろ。

痛い・苦しいと喘がれるのは理解出来るが、やれ痛いの何のと喚くと同時に何故そんなに元気いっぱいデカい声で話しまくってやがる。その元気あるんならとっとと失せ(以下自粛。って、意味ねー)。母の笑顔がどんどん疲れたものになってくのがわかって、存分に稼げない我が身が呪わしくなるぞえ。ゼニさえあればあんな土星サイレンどもの巣窟に置いてはおかぬものを!!

メシ食ってる時くらいなら黙るかと思ったらそうでもないし。食ってようが寝てようが喋る・語る・話す・喚く。いっそ二度と口も瞼も開けぬように(ホントに自粛♪)。

母はまだ手術が控えている身なので当分退院は無理。なので、ええ、どうぞオバサマ方、遠慮なくさっさと良くなって退院遊ばされて下さいませ。そして、二度とお戻り遊ばすな。戻ってきたら三途の川の此岸に連れてっちゃうぞ♪(私なりに壮健なれとのエールを送っております、誤解無きよう)
赤い花束―高橋留美子傑作集
高橋 留美子
4091847242

やられた……。大丈夫かも、と思っていたが、やはり泣いてしまった。うう。このヒトは本当に心の機微だとか心情の有り様だとかを描写するのが巧い。やっぱり、何年経っても好きなまんが家さんのひとりだ。老若男女を問わず、分け隔てなく、「ああ、こういうヒト、居るよね」「こういうこと、あるよね」なことを、時に滑稽に、時にしみじみと描き出す。ハデな展開など無くても、さまざまなひとが生きてそこに在る、それだけでドラマは成り立つのだ、と思わせてくれる。

6年ぶり、だったのか。そうかも。年に1本、描き下ろしの短篇が雑誌に掲載される。それがまとまるまでに6年。故にというか、今回の本には6篇収録されており、故に6年の月日がある意味凝縮されている。
世相や流行もちゃんと反映させつつ、普遍的なテエマと内容で描かれているので、何年経とうと読めるだろう。時に当時を振り返り懐かしみ、時に随分経つのに古びないなあ、などとと思いながら。

日帰りの夢
自分に無関心な妻と受験を控えた息子を持つ男・東雲。父の仕事の関係で転校を繰り返していた彼に、ある中学校時代の同級生から同窓会の通知が届く。幹事役の名を見て驚く。「志摩聖子」は初恋の女性の名だった。未だ名字も変わらずにいる彼女。もし再会したらどうなるのだろう。東雲はついありもしない妄想を抱き、出席を決意する。そこで待っていたのは。

おやじグラフィティ
家を新築して以来単身赴任をしていた林。7年ぶりに帰ってみると、見知らぬ犬と、知っている筈なのに何も理解できない成長した息子、妻が待っていた。息子の成長と変化に戸惑う林。ある日家の塀にラクガキをされ憤る。どうやら犯人は同じ町内に住む中学生男子。母親は「息子がやっていないというのだからやっていない」と何を尋ねるでもなく確認するでもなく決めつけて去っていった。その後も続く塀へのラクガキ。ある日林は夜の盛り場で働く息子の姿を見てしまう。

義理のバカンス
姑と旅行に行くハメになってしまった奈美子。正直あまり気乗りはしない。昨年夫を亡くしたばかりの義母は以前会った時とはまったく様子が違っていた。化粧っけすら無かったのに今では見違えたようになっている。思っていたよりも楽しいかもしれない、と思っていた矢先に知らされる姑の本音。怒りたいのに怒れない。旅の途中、予定していた秘湯のある旅館に向かうのだが何だかんだで滅茶苦茶な展開に。うんざりしていた所に、さらなる悲劇が降りかかる。

ヘルプ
5年前に倒れた父の面倒を見るために同居に踏み切った伊東。父の介護は妻に任せっきり。その妻がある日怪我をして入院することに。夜間は自分が面倒を見ると宣言し、努力するものの、どうやら父にはその気持ちが伝わっていない。厳格だった父が、今となっては介助なしには何も出来ない状態になってしまった。世話をしてもしても顧みられることがないのを感じ、苛立ちと虚しさを感じる伊東はある日感情を爆発させ、父と息子に八つ当たりしてしまう。

赤い花束
吉本は心筋梗塞でこの世を去った。その葬儀の日、彼はひとりごちる――上半身は裸で、腹部には腹踊りのために描いたマヌケな顔をつけ、頭に巻いたネクタイを左耳の側に垂らした姿で。あっけなく死んだ自分。葬儀に参列してくれた部下や同僚たちのことばや態度もさることながら、気になるのは妻と息子。特に妻は悲しむどころか清々したような冷淡にすら見える顔をしていた。思えば妻には浮気をしているのではという疑念を抱いていた。そこに、疑惑の相手である男性が真っ赤な薔薇の花束を持って現れる。妻は受け取るのだろうか?

パーマネント・ラブ
単身赴任が決まった神本。妻は引っ越し先に手伝いに来るでもなく、話題の韓流スターの追っかけなどに精を出している。何とも侘びしい気分になる。そんなある日定食屋で見かけた美しい女性が気になった。偶然再会出来たのは、彼女が勤めている美容室の前を通りがかった時。そんな気もなかったのにパーマなどをかけてもらい、話が弾みうち解けた雰囲気に。その後もちょくちょく会うようになり、神本はトキメキを感じるようになるのだが――。

個人的にいちばん泣けたのは表題作にもなった「赤い花束」。上半身裸で腹踊りの顔つけたまま、頭にははちまき状のネクタイ、と酔っ払いおやぢの典型姿で自分の葬儀を、妻の態度を見守る吉本氏の姿の滑稽さと、それ故に引き立つせつなさとが何とも言えず。ものすごく笑えるのにものすごくせつなくて、胸にあたたかいものが宿るのを感じる。赤い花束に込められたのが誰のどんな気持ちで、それを受け取った奥さんの心情が判った後、もうどーしよーもなく泣けた。「リストラ」や「離婚の危機」といった要素がせつなさに拍車をかけるのだけれど、その要素が更にあたたかさをももたらす辺りは流石。

「日帰り~」は深夜放送されたアニメ版でうっかり先に観てしまった(「え、こんなの読んだことない。つーことは未読分じゃねえか!」とひとり怒り狂った↓)のがちょっと残念。遠い日の美しい思い出と中年男性の悲哀が描かれておりました。

「おやじ~」は単身赴任とそのために生じた息子との距離を、ヨソの甘やかされて育った馬鹿息子とその母との関係性を絡めて描いていて、実際こういう問題で悩んでいるヒトは多かろう、と思わせられるリアルさがある。ちゃんとコメディしてるんだけど。巧いなー。

「義理の~」では嫁・姑のビミョーな関係を。遠慮して言えない本音がどんどん溜まってストレスになってく過程に頷く既婚女性は多そうだ↓ 家族のようで家族でない、身内でありつつやはり何処までも他人同士でしかない、それも女同士。最後にはちょっとうち解けて、でもそれが完全ではないことを示唆して終わる辺り、ほんの少しだけ意地悪な現実を感じさせるのに、決して厭な気分にはさせない。

「ヘルプ」は老人介護。介護させられる妻の苦労、任せたまま仕事に従事していたがために誰の気持ちも理解していなかった夫、息子とその妻に面倒を見てもらわなくてはならなくなった厳格だった老父、それぞれの心中をそれぞれに想像してみると何とも言えぬ気分になる。「ヘルプ」に色んな含みを持たせてあって(たとえば、「ヘルプ」の後に続くのはダレなのか、とかね。そもそもは、もちろん「介護」に絡むんだけど)興味深い一篇。

「パーマネント~」も、タイトルが秀逸(「パーマネント」のそもそもの意味を知ってると笑える、ダブル・ミーニングが効いた題名なのだ)。さらには流行りの韓流スタアとそのおっかけおばさん、という事象も上手く取り入れていて、これも中年男性のちょっとカナシいマヌケさと悲哀、滑稽さをそつなく描いている。神本氏のパーマかけてからの仕草等にいちいち注目して読むべし。

この年に一度の短篇、主人公は大抵中年以上の男女である。ふだんなかなかスポット・ライトを浴びることなどない人々の、何でもない毎日にふと涌いて出た悲喜劇を活写している。せつないのにおかしい。おかしいのにせつない。その絶妙さはもうすでに短篇集も3冊目になるというのに衰えることがない。
何処にでも居そうなおじさんやおばさん、お父さんやお母さん、主婦やサラリーマンたちの日常の限られた一部をここまで面白く描けるのは稀有な才能であると思う。彼女は非日常的世界観で躍動する少年少女を描いてこそと勝手に思っていたけれど、「めぞん一刻」でそれだけではないことをアッサリと示してしまい(まあ、それでもあの世界はかなり独特にして異様な側面も過分に持ち合わせてはいるのだが・笑)、それが長かろうと短かろうとそれぞれに持つドラマ性をちゃんと描くことが出来るのだということを再認識させてくれるのがこの短篇集だ。ラムもあたるもらんまもかごめも犬夜叉もそれぞれに愛しいものの、ありふれた名を持つおじさんやおばさんたちもまた愛しい存在になる。

何度も何度も読み返しては、同じ所で泣いては笑う。よい本でした。

これも早く買わなくちゃ。「赤い花束」と同時に発行されたのに、「赤い~」ですら歳明けた今になってようやく買ったし、こっちなんてまだ先になりそう↓ 読みたいんだけどー(涙)。
Oの悲劇Oの喜劇―高橋留美子劇場副読本
高橋 留美子
4091847234

ムシキング ディスプレイ&アクションフィギュア カブトムシ
B0009J594Y

まさにぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶと羽音を響かせて去っていく時のよなポオジング。怖いよ、セガトイズ……。

今更になって「ムシキング」のアニメとやらを観てしまったのだが。こ、コワイ……アレは虫ニガテなひとは観ちゃいかんな↓ 思えばゲエムがオリジナルなんだから、察しがついても良さそうなものを、CGで甲虫たちのバトルが繰り広げられている、と気づかずにほえーっと観てしまった。
あの羽広げてぶぶぶぶぶぶと飛び立つ姿、ハラの部分のわきわきした感じ、木々を上るに相応しいあの足のぎざぎざ……

リアルなのに人間よりデカいなんて反則です

こえー(号泣)。こええよー!! でもとりあえず観ちゃった。地方なので放映開始が遅く、今まだ放映中なんだけど(それでも、来週だか再来週だかには終わるようだが)。
おとーさんがカブトムシなんですかそうですか。おかあさんはいきなり植物のような姿にさせられるんですねそうですか。
……地味にコワイ要素てんこ盛りじゃねえかよ。

でも、あのぶぶぶぶぶなシーンを観るたびに

斎藤さーん!

と叫びたくなる駄目な大人は私だけじゃない筈だ、と信じたい。出典は勿論コレね。
伝染(うつ)るんです。 (2)
吉田 戦車
4091923429

ちょーど表紙のヤツあって良かった(でも、本来の、祖父江慎入魂の壊れきったオリジナル装訂のがやはりイイと思う。あれは凄まじかった。読むだけならこの文庫版で十分なんだけど、やはり「本」として、作品として楽しむならオリジナルです。ええ、そのオリジナルで所有してますともさ)。カブトムシの斎藤さん。カナシイことやショックなことを言われたりすると涙を流して「ぶぶぶぶ」と飛び立ってくのよ……。

余談。椎茸が好きだ。ぬいぐるみ欲しかったなあ……。
伝染(うつ)るんです。 (4)
吉田 戦車
4091923445

オリジナルのこの表紙の椎茸、可愛いなー。
伝染(うつ)るんです。 (4)
伝染(うつ)るんです。 (4)


って閑話休題。でも、とりあえず子供たちには面白いんだろうなあ、とは思った。ホンモノのカブトムシとかクワガタ、自力で捕まえてくるのがまだ当たり前だった子供の頃を思い出したし(田舎だから、ちょっと外れに行くと神社なんかがあって、律儀に雑木林めいたものに囲まれてるから、うまく行けば山なんかに行かなくても捕まえられる)。
特に男の子たちにはたまらんのだろうなー。友人の子供も好きらしく、カプセル・トイをこれでもかと買わされ、ダブリも当然あるので、ケエスにアホほどムシが入ってるらしい。ムシニガテな友人は息子可愛さに耐えているが、……想像するとコワイ。透明な瓶だとかにわっさーハラわきわきの甲虫ぎっしり……(ひー!!)。カアドのコレクションも見せてもらった。彼の手には余る程の束だったよ。すげえ投資だ。でも、大枚はたいて中古屋とかでレア買ったりしてないトコがいいです。何としても欲しいという気持ちわからんでもないけど、何度もゲエムにトライして手に入れる方がずっと感激が強いと思うんだよなー。いや、食玩を大人な買い方してるヤツが言うなよ、てなもんですが。

デパアトで買うのはやはり間違ってると思うですよ。山行け、山!! あれは買うもんじゃねえ、苦労して自力で捕まえてこそなんだ! と昭和ヒトケタおやぢなことを言ってみる。あ、でも、カネにモノ言わせて買うよりも、生息地以外では手に入らない種のものを、こういうゲエム通して見たり知ったり、にはそれなりに意義があっていいのでは、とも思う。
アニメだのゲエムだのが消えたとしても、「ムシ好きなんだー」な子供たちが消えないといいなー(でも私の目の前であまり「ぶぶぶぶぶ」はやらんでくれ。←ヲトナの我が儘)。
  
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