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クラッシュ
サンドラ・ブロック ドン・チードル マット・ディロン
B000EUMM98

ホントの冒頭を見逃した↓ やはりガイドは必携なのだな、「スター・チャンネル」よ!(無いから何日の何時にどんな作品が放映されるかわからない状態で観ていたのであった。くそう!)

何らの関係も無い人々のようでいて、何処かである接点を持ち、関係性の連鎖が生まれる。誰もが他人で、誰もが隣人。物語は輪を描くように始まり、進む。様々な人種、様々な職種。それぞれの事情、感情、思惑。それぞれしか知らぬこと、関係することで見えてくるもの。
比較的富裕なアフリカン・アメリカン、貧しいけれど真面目に働くヒスパニック、人種差別意識を抱きつつ生きている白人、受け容れられぬことに苛立つペルシャ系、黒い部分を隠し持つアジア系――ルーツや背景、何もかもがそれぞれに異なっている。

「クラッシュ」――冒頭部で起きた交通事故、それから「衝突」。ひととひととの。人種と人種との。他人とワタシとの。配偶者同士の。親子の。恋人同士の。色々な意味での触れ合い、それによって引き起こされるものを意味している、らしい。タイトルから想像される激しさとは裏腹に、物語は淡々と連なりを見せてゆく。

あらすじは、長くなるので省略。興味のある方は是非レンタル・ショップに走るか、目の前のハコでぐぐってやって下さい。

何処にでもありそうな物語。日常に確かに潜んでいると思わせる説得力がある。よく練られた脚本だなー、とか、大して映画通でも無いのに思ってしまった。事故や強盗は異常事態であると同時に日常の至る所で発生している。それらが「ごく当たり前に」起きるのだけれど、それが見えない部分で繋がっていき、収斂してゆく。巧い。
結びつけるのが「人種差別」だったり偏見だったり思い込みだったりするのもまた、一概に「それはないじゃん」と登場人物たちを非難出来ないもので(「差別」意識の全く居ない人間なんて居るか?)、それもまたあれこれ考えさせられる。

ピアノの鍵盤を指でするすると辿るように、人々は繋がりを持ち、ぶつかり、触れ合い、新たな関係を生み出す。その「連鎖」が絶妙なのだ。それぞれの登場人物の属性や背景が明らかになるにつれて物語の面白味と深みが増してゆく様が素晴らしい。
この部分がアレに繋がって、あのヒトがあのヒトと関わりがあって、そのヒトとあのことが結びついて、とどんどん色んなことが見えてくる瞬間が来て、思わず呻らされる。巧いなー。ホントに巧い。

軽蔑していた人間に救われる。愛している人間に心が届かない。
見知らぬひとへの恐怖。誤解と思い込みから生まれる偏見。
誰にでもあるものが誰かを陥れ、誰かを救う。

群像劇としてうまくまとまっていて見応えがあった。どの人物にもイヤなところ・いいところがあって、――いいことも悪いことも起こる。感謝の気持が湧き起こるように、怒りが消えない時もある。誰かを恐怖すると同時に、愛しいと思う。どれほど歩み寄ってもすれ違うこともあれば、どれほど遠い存在だと思っていても通じ合うことがある。
LAという舞台設定もまた絶妙なのかもしれない。NYの持つドライさは無い。けれど、NYだからこそ持ちうる温かさとも微妙に違う何かがある。

触れ合わなくては判らない。それがどんな結果を招くのだとしても。
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トッツィー
ダスティン・ホフマン ジェシカ・ラング ビル・マーレイ
B000KRN5NM

何年振りで観たんだろう。色褪せてない! 面白い! もう何度でも観られる、これは。というか、何度でも観たくなる。大好きだ。

実力派なのに売れない俳優が、女装して女としてあるオーディションを受けたところ見事合格。そこから二重生活が始まるのだが、彼の演技の素晴らしさ故に、「女優」としてどんどん人気が出てきてしまう。おまけに、共演者である女優に恋してしまったからさあ大変。役を降りてひとりの男として彼女に告白したいのに、人気のせいで「女優業」を止められない。どうする!?

もうひたすらダスティン・ホフマンの演技力に脱帽する。オカマちっくな男、ではなく、ちゃんと「女性」として存在してんだもの。にこやかに笑う顔、ちょっとした仕草、少なくとも人目を意識している時の彼は「女性」としてそこに存在する。同時に、その姿のまま、恋した女性の側で「男」の心情が顔を除かせると、「女性の格好をした男性」に見えるのだ。

ホフマンの、「売れない実力派俳優」としての演技と、「女優を演じる俳優」としての演技、「女優としての演技」が楽しめるというある意味とてもゴーカな一本。一応既に中年と呼べる年齢の女性ということにはなっているのだが、なかなかどうして美しいのもスゴイ。また、男性であるのに女性としての苦悩、女であるが故につきまとう厄介事・面倒に対する苦言が素晴らしく正論で、ひとりの男性としての彼が振り回す方便と対比させるとまた面白い(男性としての彼はごくフツーに小狡かったりする)。

目の前に好きな女性が居るのに男性として存在することすら出来ない苦悩、恋した女性の父親に言い寄られて必死にかわすおかしみ(「彼女」は色んな野郎に言い寄られる・笑)、女性として存在するために女性以上に手間暇をかけておしゃれをしメイクをしむだ毛を剃る(笑)手間を惜しまない素晴らしい無駄(大笑)。

隅から隅まで上質のコメディであると同時に、男性が女性として女性がなかなか出来ない様々な主張を堂々と言い放つ小気味よさに考えさせられる部分もあって(別に、その部分を「受け取る」必要はない。純粋にコメディとして楽しめるし)、盛り沢山なのに煩くない。ラストはどうなるのか、女優への恋心は受け容れられるのか、とちょっとハラハラさせる要素もよし。

80年代のあれこれを楽しめるのに、まったく古びた印象を受けない(懐かしさは感じるけども)。これはリメイク出来ないだろう(して欲しいとも思わないけれど)。久々に観たけれど、いやあ、観て良かった。
フォー・ブラザーズ 狼たちの誓い スペシャル・コレクターズ・エディション
マーク・ウォールバーグ タイリース・ギブソン アンドレ・ベンジャミン
B000EULV7C

最初は「この安易なタイトルはどうなの?」と思っていたのだけれど。観たら楽しめた。私はひょっとしたら復讐モノが好きなのかもしれない(「パパラッチ」もそれなりに面白いと思って観てたし)。運良く二度放映してくれて、その二度ともちゃんと観た(WOWOWで1回、「スタチャ」で1回。それぞれ字幕と吹替)。

血の繋がらない兄弟4人が、養母を殺され、自分たちの手で犯人を見つけ出し復讐することを誓い実行する。

血が繋がらないどころか、人種まで違う。白人と黒人、2人ずつ。皆引き取り手が無い程の札付きの悪ガキだった。養母はそもそもそういう子供たちに里親を見つけ出して送り出していたのだけれど、この4人だけは見つけられず自ら引き取って育てたエライひと。町の人々からも愛され敬われており、どーしようもない悪たれだった兄弟たちもそれぞれそれなりにマトモな生活を送っている(少なくとも、ドラッグや犯罪に手を染めてはいない、という意味で)。
コンビニ強盗によって偶然殺害されたものと思われていたのがプロの仕事であることに気づく4人。犯人探しのためにあらゆる手を尽くし、真相に迫ってゆく。

長兄:白人、次兄:黒人、三男:黒人、末弟:白人の見事な混成兄弟。けれど、養母はそれぞれにそれぞれの良さを見出して、分け隔てなく育て接したことが伺える。感謝祭という家族が集う時を目前に殺されてしまい、兄弟たちは久しく集まることすら無かったのに集まることになり、母を偲びつつ感謝祭の食卓を囲む。
母親の居ない空席を見つめながら、それぞれに思い出に耽るシーンは正直泣いた。みんないいトシして、やっぱり彼女は「ママ」でしかない、のが伝わってくるのだ(実際、吹替版だと「あんな素晴らしかったママを殺すなんて」とかいう台詞が。いかついワルだったオトコが「ママ」というのは何とも言えないせつなさを煽るねえ)。もっとも手のつけられない暴れん坊だった長兄が、兄弟たちとは離れ泣き出すシーンは単純に胸を締め付けられる。

厄災に見舞われて死んだのではなく、実はあることが元で敢えて殺害されたことを知ってからの4人は暴走しまくり。暴力だろうが脅しだろうが何でもアリ。真相に近づき過ぎて急襲され、末弟が命を落としてからは更に暴走。

止まらないし止めるつもりもねえよ、な勢いでばんばん突き進む彼等を観て、「ヤッチマイナー!」と思うか「そんなん『犯人』どもとやってること一緒やん!」と思うかはやはりひとそれぞれか。

あまぞんでのレビュウを読むと、割合この復讐モノには冷静に「そこまでするのはちょっと」という意見が寄せられることが多い、ような気がする。まあ確かに殺人はいかんわな。暴力もよろしくはない。多分、「お前等キリスト教的文化圏の人間じゃろうが!」という思いもあるのではないか。

日本だと、復讐を自ら、ってあるようで少ない気が。特にチカラにモノを言わせるパタアンは控えめかもしれない。頭脳戦で陥れるとか、地位や立場の逆転とか、そういうヤツ(勿論、海外作品でだってそんなんはいっぱいある)。
で、他人に依託するんだよな。「必殺」シリィズなんでモロにそう。立場や地位が違い過ぎて復讐する以前に側にすら寄れない、とかそういう理由もあるだろうとは言え、他人に頼んでやってもらっちゃう。復讐とは行かないまでも、より権威(と徳)のある人間に代行してもらったり(「水戸黄門」とかね)。
「自ら」という思想が無いな、あまり。寄らば大樹の陰? その点、自分たちで開墾した土地に住んだりしてきたヒトたちは違うのかもしれん。奪われたら奪い返す。頼れる者が無いなら自分でやる。そもそも誰かに助けて貰おう、という考えが薄いのかもしれない。

いやでも待てよ、仇討ちモノは人気あるよなあ。あれはやれ親のためだ主君のためだと立ち上がるハナシではないか。確かに人情的に支持されたり、当時は合法だったとか色々あるにはあるけど、早い話が復讐譚ではないか。そういうのは美化して終わり、つーこと? 「曾我物語」読んで「いや、いくら親殺されたからって、宿敵殺すってアリ~?」という批判をあまり聞かなんだ。イマドキのヒトたちなら「殺すことまでしなくても」と思うもんなんだろうか。


警察はアテにならんから、拳銃用意しておかねえとな! というのもその辺りと呼応するのか。自助・自立意識が強いんだろう、とも思う。
犯罪も殺人もいいことだとは思わないけど、この自助自立意識の高さだけは買いだな。
そういえば、この映画とか復讐モノを観て倫理的にどうなのかしら、と思うひとたちは、たとえば「必殺」シリィズみたいなのを観たらどんな感想を持つものなんだろう? アレもそーとーヒドイことしたとはいえ、ばんばん殺されてるんだが。しかもトリッキィに。お前等遊んでんのか、というツッコミは野暮だよなあ。

4人の兄弟の結びつきが何と言ってもこの映画のキモだろう。血の繋がりではない「絆」と、それを築くことに惜しみない愛と支えを与えた母親の愛情と。
もっとも、優しく、子供の万引きに気づくと見て観ぬフリをするのではなく、大人のあるべき態度としてそれをきちんと窘めるという行為を自然に出来た養母が、「息子たち」の行動を喜んだかどうかは少々疑わしいとも思う。
ラスト、長兄がにこやかに微笑む養母の幻を見るシーンがせつない。
パパラッチ
コール・ハウザー トム・サイズモア ダニエル・ボールドウィン
B000GDIB8O

深く考えなければ、2時間サスペンス番組的に楽しめる。ただ、あれこれ考えちゃうと「おーい……」と呆然とする、というかやや乱暴なつくりに見えるかと。

映画が当たったために突然有名になってしまった俳優。そのためにパパラッチに追いかけられ事故にまで遭い、息子は意識不明の重体、妻は心身共に病み、どんどん追いつめられてゆく。それでもパパラッチたちの追跡は止まずエスカレエトするばかり。偶然彼を追跡中だったひとりが事故で死ぬのを黙殺することに決めた(とは言え、最初は必死で救おうとしたのだけれど、死にかけてるってのにパパラッチがまだバカなことヌカしたりするもんだから助けるのをやめた、のだ)のを切欠に、それまで逃げるばかりだった彼は復讐という反撃を開始する。

故ダイアナ元妃の事故も、多分着想の一部なんだろうと思う。カー・チェイスの挙げ句の事故、というあたり。潰れた車内で苦しむ人間を平然と撮影だけして助けることはしなかったパパラッチの態度にはフィクションとは言え吐き気がする(勿論、てめえらの追跡もあっての事故なので、ある意味コレを狙っていた訳でもあり。おまけに、意識の無い子供の写真まで撮るのだ。そりゃないだろう……)。

この不幸な俳優の気持を慮って、捜査を積極的にしてくれる刑事も存在するけれど、パパラッチはその隙さえも縫って巧妙かつ卑怯・非合法な手まで用いて追いつめ続ける。が、今度は反撃に遭ってしまいオロオロ。

もう壊れちゃってんだな。徹底的にやってやんよ! とばかりに狂気すら纏って復讐を遂げてゆく俳優に「そうだやってやれ!」と思うか「そこまでするか!?」と思うかは個々人次第。私は「あー……ある意味目には目を、ってヤツ?」と思って、そこそこ主人公に肩入れして観ていたのだが。「復讐するは我に在り!」ってなもんかー? と。

ただ、あまりにも「それはないやろ」な点が多すぎてなー。一躍スターダムにのし上がった俳優の割に、所属事務所サイドは「有名税だよ」くらいのあしらいで、何らの対策も講じない、てのはアリか?(確かにまだスターとしてはぽっと出ではあるものの)
それに、個人でSPみたいなのを雇わないのも何だかフシギ。家族守りたいんだろうし、もっとそういう面に神経使うだろうに。セキュリティの強化とかもヌルいし。これでもかと異常なまでの「攻撃」を受けてる割には被害者サイドの意識がヌルい(もっと怯えてそんなことはしないんじゃ? なことをしちゃってる)。
更には、「刑事コロンボ」でコロンボも言ってたけど、殺人のプロじゃない犯人に対して、警察はそういう事件を扱うプロ。主人公の手口や行動にある程度気づいている人物すらいるのに止められないのも「?」(ただ、刑事もかなり同情的ではあって、ある意味復讐を遂げさせてやっちゃったか? と思えるフシもあるにはある)。

こだわらなければ復讐モノとして楽しめる、かな。社会派の映画ではないです。こう、何が正しい報道なのか、とかを問いかけるとかではない(そう読み取るひとが居てもそれはそれだけど)。
あとは、制作はメル・ギブソンなんだけど、……個人的な願望か? とうっすら思ったり(ははは…)。日夜追いかけ回されてたら、まあ恨みも持ちましょう、ええ。このくらいしてやりてえのかな、と。そして、そんな写真見て喜んでんじゃねえよコラとも思ってるのかなと。それは深読みか。

テンポよくさくさく進むので、観やすいのは確か。パパラッチのやり口には閉口するけども(「事実」に基づいていたらコワイ。故ダイアナ元妃に対する「取材」のあり方を思えばある意味「事実」かもしれないが)。それ故に「殺害」(復讐)を「カタルシス」にされてるんだとすると、微妙、なんだよなあ。
ロミー & ミッシェル
ミラ・ソルヴィーノ リサ・クードロー ジャニーン・ガラファロ
B000BKDRD6

観た記憶があったような無いような。「とりあえず」くらいの気持で見始めたら面白くて最後まで観てしまった。

ロミーとミッシェルは親友同士のやや勘違いちゃん。本人たちはイケてるつもり、つーかイケてるっつーの、と思っているのだが、ハタ目にはアヤシイ。我が道を行き過ぎていて、周囲は距離を置いて接し気味。イケてる職に就いてウハウハの筈なのに、一方は受付嬢一方は現在無職。そんな彼女たちの元に高校の同窓会の通知が来る。意気込むふたり。……が。華やかだった筈の「当時」を思い返せば返す程、過去の自分たちに対する疑問が生じ、また今の自分たちがヤバイことを痛感する。
そこで、バリバリのキャリア・ウーマンのフリをして颯爽と登場しあっといわせてやろうとショボい画策を始めるのだが……。

ロミーとミッシェル、どちらも悪いコではないのだけれど、自分たちを客観的に観ることが出来ない。どう見えているのか。どう思われているのか。それでもふたり一緒に愚痴ったり褒め合ったりしていればヘーキ。オトコ? 今は居ないけど、それは見る目の無いヤツらばっかりだからよん――そんな風に自覚してか無自覚なのか、誤魔化して来たのだけれど。
ふと思い返してみれば、アタシたちって何か除け者? さりげにイジメ受けてね? アレ? アレ? 
華やかだった筈の高校時代を思い返してみれば、いつも遠巻きに笑われてたり、小馬鹿にされていたり。
ふたりで過去を思い出すシーンはある意味痛々しい(勿論、かなりコミカルでもあるんだけど)。周囲はヘーゼンとかっとんだ格好をしていつもつるんでいるふたりを嘲笑してるし、気になる男の子はそんな女の子とデキてるっぽい。追いかけてきてくれる男の子は悪いコではないけれどイケてない(ある種のおたく、というカンジではある。でも、好きな女の子に対してどう対処していいか判らない初々しさとゆーのは、何時であってもなかなか女には理解されないものだよな……)。

偽のキャリアをでっち上げてふたりで「らしくない」黒のスーツに身を包み、いざ会場へ。本当のキャリア・ウーマンになった同級生も居れば、「女の幸せ」を掴み、「勝ち組」を誇る者も居て、何も無い自分たちを必死で良く見せようとする。
でも、そのメッキが剥がれてしまうことで逆に開き直り、自分たちらしいドレスで会場を闊歩する。当時バカにしていた女たちは今も同様にバカにする。それすらも軽くあしらえるようになる辺りは何だかスカッとする。

正直、おバカな女ふたりが、変わることも出来ずにずるずるオトナになっちゃって、情けないと言えば情けない状態な訳で、バカにされてもしょーがない、所はある。でも、「これがアタシたちだし」と本当の意味で思えるようになる様は、妙に観ているこちらも嬉しくなっちゃうのであった。何でなんだろうなあ。

ラストはあり得ねえ! の連続なんだけど、そこに至るまでにちらほらとある種のリアリティがある。
「わたしはわたし。コレでいーのだ」と清々しいまでに言い切れるくらいには彼女たちは「世間」というものに対して無頓着で居られる図太さがあると同時に、それ故に笑われてしまう「現実」がちゃんと描かれている。
手っ取り早く言うと、「勘違いバカ女」でしか無い、と言えば無い、のだ。ただ、それを「でもそーゆーのが好きだし、そうあるのがアタシなんだもん」と、ただ開き直るのではなく、主張すると同時に自らも改めて受け容れる。日常でその服あり得なくね? と言われようが、好きな服を着ていたいし、他人にどう思われようと楽しく居たい。

過去は良かった、という幻想から解放されるのと同時に、その過去から変わらない自分たちを全肯定してしまえるこの清々しさはやはりおバカの特権なんだろうか(笑)。……いや、その、まあ、かなりノーテンキでこうはなりたくねえよ、とも思うけれどもだな(はっはっは)。
でも、不思議とイヤな気分にならないんだよなあ。何でだろう。やっぱり「私は私だし」を貫いたもん勝ち、ということか?

彼女たちふたりにとっての「世間」視点から撮ったらこうはならない。確実に。「何だこの勘違い女ふたりは」としか思わないだろう、多分。アタマすっからかんでやや常識に欠けていて、ある種の羞恥心が足りないヒトたちを見てイライラせずに居られるだろーか? ……私には無理。

なーんのシガラミも気にせずに居られるのって、ラクでいいねえ、と奇妙なサバサバ感に包まれるフシギな作品だった。
ラストに流れるベリンダ・カーライルの "Heaven Is a Place on Earth" 、CMなんかで知って好きだったんだけど、懐かし過ぎるー!! いい曲。ラストにぴったりだった。あの曲の爽快さが絶妙にマッチ。
グレイテスト・ヒッツ
ベリンダ・カーライル
B000MQ515G
キャプテン・ウルフ
ヴィン・ディーゼル アダム・シャンクマン ローレン・グレアム
B000C98CVI

むう。まさにファミリィ・コメディといったカンジで、ベタな展開なのだが楽しんでしまった。くっそー(何故悔しがる?・笑)。

アメリカ特殊部隊SEALに所属するウルフ。要人である科学者を保護する作戦に成功したかに思えたものの、その科学者を殺害されてしまい結局の所失敗。彼に次に与えられた任務は、殺された科学者の五人の子供たちを守ることだった……。

という訳で。突然ゴツくてでけえコワモテが家に来て「お前らと一緒に過ごすことになったから。守ることになったから」と言われても拒絶反応しか出てこない子供たち(まあ当然だ)。最初のうちこそ反抗されていたものの、実際に危険に見舞われ、彼がそれに的確に対応するのを見、また子供たちに対しても誠実かつ親身に接してくれるようになったために次第にうち解けてゆく。

もう、ベタのおんぱれーどなのだけれど、そこはディズニー、あざとさを面白さに昇華出来るのであった。
子供と保護者、みんな一緒にわいわい楽しめるように、ということなのか、アクション・シーンはそれ程激しすぎることもなく。
子供たちに対しても、子供たちを取り巻く人々に関しても、基本的には軍人的態度しか取れないんだけれど、彼本来の優しさが子供たちと築いた関係によって引き出されていって、どんどんそれが小気味よくあたたかいものに見えていくのが良かった。

伏線の張り方もソツが無いし、テンポもいい。無条件に楽しいなー、と思える作品だった。
主演のヴィン・ディーゼルがきゅーと♪ 卑怯だよな、ゴツいけど心優しいのが丸わかりキャラなんてー!!(笑)子供たちの彼に心を開いていく過程がまたいいのだ。

妙にわくわくして見入ってしまった。いや、楽しかったです。
ブロークバック・マウンテン プレミアム・エディション
ヒース・レジャー アニー・プルー アン・リー
B000EXZA1W

公開前あるいは公開中、話題を攫った作品で、観たいと思っていた。運良く二度観られたのもラッキィ。ただ、吹替版しか観られなかったのだけが残念(吹替も決して悪くはないのだが)。

カウボーイ=強く逞しく、男の中の男。
多分、大抵のひとの中にそんな「幻想」がある。故に、同性を愛することなどあってはならないとすら考えるひとも多い、らしい。この映画が公開されるにあたり、ある種の「抗議」が寄せられたと何処かで読んだ。

彼等がカウボーイでなければ、批判は無かったのか? それも多分違う。同性愛そのものを否定したがる向きは世界中何処にでも居る。ましてやアメリカにおいてをや。何だかんだで保守的な人間は多いと聞くし、実際そうだとも思う。

男女間であれば? 当然、罪の意識は無く、誰が責めることもない――少なくとも、個人的な理由等以外は。異性同士ならば惹かれ合うことなど何らの不思議もない。

牧羊業者に雇われた男ふたりが仕事と生活を共にする内に惹かれ合い、衝動的に――あるいはそうなるべくして――結ばれる。
「オレはゲイじゃない」。
「オレだってそうだ」。
ふたりは別れて、またそれぞれの人生を歩み出す。

ひとりはイネス。両親を早くに亡くし、兄姉に支えられて育った。ひとりはジャック。父親と反りが合わず、実家にはあまり居着こうとしない。
それぞれ別れてから結婚し家庭を持ち子供に恵まれ、「ふつうの」男としての人生を歩むものの、あのブロークバック・マウンテンで過ごした一時が忘れられず、また逃れられない。同時に、「世間の目」もまた彼等を囲い込んでしまうと同時に疎外するであろうが故に、人目を忍ばざるを得ない。

ただ逢って一緒に居たいだけなのに。理由なら明快にして単純。しかし、それを何の気兼ねも遠慮もなく出来る環境は何処にも無い。

ひたすら山や山林の広がるあの長閑で広々とした開放的な空間は、「エデン」のような一種の楽園なのだろう。そこにたったふたりで過ごす。澄んだ空気の中に生まれる濃密な親愛の情は、責められるようなものの筈ではないのに、ただ「同性」であるというだけで秘めるべきものになってしまう、のが悲しかった。開放的な場所でありながら、世界から隔離されたような、特別な場所で、互いだけを求める日々。

たとえ妻を迎え子供すら設けても、それでも互いへの想いが消えず、それどころか経年するにつれて募る思いが深く大きくなってゆく。
ジャックはイネスと過ごしたい一心で必死に説得しようとする。幼少父親にリンチにより殺害されたゲイのカウボーイの遺体を見た記憶が消えないイネス(彼の述懐によればどうやら彼の実父がやったらしい)は「末路」を思ってかジャックの申し出にすんなり同意出来ない。
その後訪れる終局があまりに切なかった。

物語そのものは単純であるが故に深く、色々を考えさせられる。イネスのジャックとの関係を知ってしまった妻の悲しみ、妻との仲違い、イネスの娘たちに対する愛情。ジャックを見下す彼の妻の父親、次第に離れてゆく夫婦としての互いへの執着心や愛情。
彼等を取り巻く全てが普遍的なものなのに、彼等の愛だけが異質なものとして存在してしまう。
彼等を見つめる観客だけが、彼等がただ互いを求めているだけであることを知っている。故に哀しい。

自然の美しさが、彼等の想いを写し取ったかのようで胸に残る。音楽も素晴らしかった。作り手や出演者の愛情・熱意を感じる。

小説版も好評らしので、いずれ読んでみたい。
ブロークバック・マウンテン
E・アニー・プルー 米塚 真治
4087604977
スパングリッシュ
アダム・サンドラー ジェームズ・L・ブルックス ティア・レオーニ
B000PAU2LW

「スター・チャンネル」で何度となく放映されたにも関わらず、その全ての冒頭を見逃したためにタイトルが判らなかった映画。内容が面白かったからタイトル知りたくてしょーがなかったのに、ガイド無いから放映時間ちょうどにうまいこと当たらなくて四苦八苦(ふいにTVのチャンネルを合わせるとやっていた、ということばかり↓)。
やっと判った! と思ったら「すぱんぐりっしゅ」……。そ、そんなタイトルだったのか。なんつーか、割合実直な(?)タイトルだったのね。スパニッシュ+イングリッシュ、アメリカに住むヒスパニック系のひとたちが使うスペイン語と英語の混ざり合った言語のコト(そういえば韓国のペンパルはハングルに英語交じりで話すことを「カングリッシュ」と言っていた。例として「今日は Dutch-pay にしよう」という文まで教えてくれたわ)。そのまんまカタカナに直しただけのタイトルのクセに「太陽の国から来たママのこと」という副題がついていることに唖然。何かこれで尚モヤモヤするではないか!

本当の冒頭部分を観られなかったものの、どうやらある女性が奨学金申請に付した手紙の内容を朗読する所から始まっている(物語の終わりでそれらしきことが判る)。物語はその女性と母の「かつて」のお話。
ヒスパニック系の女性フロールとその娘・クリスティーナが、(多分)よりよい生活を求めてアメリカに移住(不法移民なのか否かとかは私には判らなかった)。ある富裕な家庭の住み込みハウスキーパーとなる。夫・ジョンはは有名シェフ、妻・デボラはは良くも悪くもアグレッシヴでちょっとテンパり気味の快活な女性。子供は娘と息子がひとりずつ。バーニィはぽっちゃりしていて美人ではないけれどキュート。ジョージィはまだかなり幼い。また、妻の母親も同居している。

スペイン語しか話せない母と、英語をどんどん話せるようになる娘。クリスティーナは母の通訳として大人たちの間に介在する。
フロールはことばもままならないまま、住み込みで働くことになるものの、彼等を観察し、わきまえた態度と心遣いでどうにか接してゆく。しかし、やはりことばの壁があることの困難さを痛感して、自ら英語を学ぶようになる。
美しく母親としての慈愛に満ちた彼女に、ジョンが惹かれてゆく様、彼女もまた彼に好意を抱いてゆく様が描かれる。しかし、どちらにも子供があるので微妙な距離を保ち続ける。

デボラはひとは悪くないのだが、かなり独善的かつあまり他者の気持に対して繊細な考え方が出来ない所があり、自分の娘以上にクリスティーナを気に入り(クリスティーナはなかなかの美少女で、実子であるバーニィは比べると見劣りする設定)、母親の意見など無視してあれやこれやと施してしまう。フロールならずとも激怒してしまうよーなことてんこ盛りでやらかすんだな。クリスティーナにとっては有り難いパトロン的存在だけれど、フロールの必死な思いや努力を踏みにじってる(おまけに、娘のデリケエとさを理解していないし、娘をほっといてクリスティーナに入れあげまくり)。
このバカ女・デボラの浮気が明確になったために、ジョンとフロールの距離が一気に縮まる――けれど、一線は越えない。

自己中心的かつ女としての自分をメインに考えるデボラと、娘のため母としての自分を大切にするフロールが対照的。経済的にも裕福なデボラ、生活のために様々なことを耐えなくてはならないフロール、ダイエットが必要でスラリとしたボディを手に入れるためには努力の必要な娘を持つデボラ、しなやかな身体と頭脳明晰な娘を持つフロール……と全てにおいて対照的なふたり(ブロンドのデボラが浮気もしちゃうようなちょっとダメな女性で、ダーク・ヘアのフロールが情熱的というよりは理知的でしっとりした女性である、というのも敢えての演出だろうか)。何事にもがしがし行動的なデボラと、穏やかで物静かな(でも主張する時はする)フロール。
ジョンが何故フロールに惹かれるか、無理なく描かれる(だいたい、彼は仕事と家庭を彼なりにとても大切にしてるのに、妻はヘーキで遊び歩いていて、表面上は一方的に裏切られてる訳だし)。

ジョンと分かち合った短いけれど大切な時間と、母親としての誇りだけを持って、泣いて嫌がる娘を連れて彼等の元を去ってゆくフロール。再び母と娘だけになり、結局離れることなく再出発へと踏み出してゆく。嫌々ながらに、ではなくて、それが自分のもっとも大切にすべくことだから、女としてよりも母親としての自分の人生を自らの意志で選んで生きてゆくフロールの姿が美しい。義務云々でもなくて、ごく自然に当たり前のこととして受け容れている所が美しいんだろうか。

家族の絆や、家庭を持つ身の恋が描かれていて、物語そのものはそれ程華やかではないのに妙に惹き付けられて、放映に気づくたびに観ていた。子供たちの演技も自然で良かった。それと、デボラ役の女優さんの熱演ぷりにヒきつつも圧倒された(笑)。

ド派手な何が起こるでもない所が良かった。最初からちゃんと観たいものだ。
ハーレクイン 2007年 08月号 [雑誌]
B000RO3WUE

またしても一冊の雑誌にシークものが2篇同時に掲載。もう少し勿体つけてくれた方がいいんだけどなあ。大抵シークものは話型が同じだから。今回に限って言えば、多少趣の違うシークものが2篇になりはしたけれど。

シークの選択―砂漠の王子たち
アレキサンドラ セラーズ Alexandra Sellers 柳 まゆこ
4596008566


コミカライズ担当:星合操(巻頭カラー/描き下ろし)

前回掲載時、あまりのヒドさに「描きたくないなら描いてくれなくてもいいのに」とさえ思った星合さん巻頭にて登場。……少なくとも、前回のコミカライズ作品よりはマシか。一応ずっと手がけてきたシリィズでもあるし。でも、以前はもう少し丁寧だったと思ってしまうのは変わらない。ロングの絵であっても主人公クラスのキャラをアシスタント任せ、って……。

「砂漠の王子たち」スピン・オフ。2006年10月号で掲載された作品「恋するシーク」で、ヒロインを誘拐した盗賊が今作のヒーロー。しかも、ヒロインは「恋する…」のヒロインの実妹(故にそっくり。多分、姉妹でなくてもそっく・以下略)。
盗賊野郎、今は一応王族のひとりと認められてはいるものの、ヒロインにとっては姉を攫った憎い男。如何なる理由があってのことかは判らないものの、彼女の両親が経営するリゾート地で働きつつ、彼のガイド役を務めることに。
過去のあれこれがまったく引っかからない訳でもないものの、知らなかった面が見えて来るにつれて惹かれてゆく。一方男もまた彼女には出会った時から運命めいたものを感じていた。
そして、彼等の関係が深まると同時に、穏やかな日常に潜み始めた黒い影が動き出す。

アラブの小国の継承問題がどうなるのか、はそれ程読者にとって重要でもない気がするんだけど、4作目のコレに至るまで引っ張ってる。一応それが物語の流れを形成するコアにもなってはいるけれど、うーん……。
可もなく不可もないオハナシだった。

アフロディテの魔法
スーザン・マッカーシー 山田 理香
4596117500


コミカライズ担当:陽村空葉(カラー有/描き下ろし)

富裕な人物の付き添い、あるいは専属看護師となったがために、親族やその子供にカネ目当て乃至は愛人志願者と誤解あるいは思い込まれることから始まるロマンス。これもまーよくあるパタアン。

ヒロインは有能な看護師。厄介な富豪の男性のあしらいも上手く、それ故に彼からも信頼され看護師仲間からも頼られている。退院後の専属看護師になって欲しいと頼まれ、最初は断るものの、彼の息子に誤解されていると知るやわざと「そんな女」を演じてみせ、富豪の元で働くことになる。

ヒーローは件の富豪の息子。傲慢で尊大、そして自分の頭で考え自分で感じる能力に欠けてんのかこのバカ、と結局私に罵られる程度の野郎(笑)。父親が母親を裏切ったという思い込み故に女性に対する不審感が拭えずヒロインに嫌がらせ。そのくせ彼女に惹かれて関係を持った挙げ句、周囲にちょっと嘘を吹き込まれたくらいでヒロインを疑う。
またか、そんなバカ。
ヒロインが、自らの過ちを認めて謝罪してきたヒーローをそれでもはねつける所だけは溜飲下がって良かったかなー(ちょっと誤ったくらいで許すヒロインには「プライドねえのか!」と苛立ってしまうので)。
如何にもHQだよね、と思う反面、あまりにもよくあるHQで引っかかりが無かった。ソツなく描いてらっしゃるんだけど。

シークの罠 (ハーレクイン・イマージュ)
サラ モーガン Sarah Morgan 井上 きこ
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コミカライズ担当:よしだ斑鳩(カラー有/描き下ろし)

負債を抱える兄の会社。兄はとある中東の国にも支社を開いたが経営に失敗、撤退したものの、その時国庫から負債を補ってもらったがために莫大な借金をしたことになる。その返済が遅れる旨を兄の代わりに告げ、待ってくれるよう依頼するために訪れたヒロイン。だが、その国の王子は、ヒロインの兄が横領し、その代償として妹である彼女を送り込んだのだと言って聞かず、ヒロインは半ば人質として囚われの身に。
逃げ出すことに成功するも結局は捉えられ、誤解を利用した王子に結婚まで申し込まれるハメに陥ってしまう。その頃にはもうヒロインは恋に堕ちていた。

ヒロインは清楚かつ落ち着いた印象、ヒーローはなかなかの美丈夫、と絵的にもオイシイ一作。カワイイカワイイした絵が好きなひとには地味メに見えてしまいそうだけれど、HQコミカライズにはぴったりではないかと。強いて言うなら、ヒーロー、和のイケメン、なんだな。でも骨格が男性的で、男としての美しさがあってよい♪ ヒーローの父上がまた上品なじーさまに描かれていて、改めて絵の達者な方だなーと思ったり。
ヒロイン始め、女性キャラもキラキラしい美しさではなく、しっとりした上品さがあって好み。今度はワイルド系ではなく、アーバンなヒーローの作品も読んでみたいと思った。また執筆してくれるといいなあVv

物語そのものも、ヒーローが基本ゴーマン野郎なんだけど、繊細さや優しさが描かれていて、「何だこのクソ野郎!(失礼)」と思わずに済んだのも良かった。ああもう次回作期待しまくりだー!!
どうでもいいけどタイトル、またしても作品と微妙にかみ合わず。HQサイドももう少し考えてつけたらいいのに。

思いがけない結婚
ハナ バーナード Hannah Bernard 久坂 翠
4596216940


コミカライズ担当:伊勢崎とわ(カラー有/描き下ろし)

超多忙の新人弁護士ヒロインに、優しくて素敵な隣人のヒーロー。ある日彼女の部屋に赤ん坊が置き去りにされる。通報しようとした所、ヒーローに止められてしまい、数日2人で協力し合って面倒を見ることに。覚えはないと言いつつも、何故か赤ん坊に執着するヒーローと、それに付き合うヒロイン。ついには子供を引き取るために彼女に契約結婚を申し込み……。

えーと。主役ふたりの絵面が、小綺麗なの○゛めと、穏やかで優しい千○みたいなんですが(ヒロインは多忙過ぎて部屋の中荒れ放題、という設定もアリ。ちなみにヒーロー料理上手という設定も……)。意識してそーなった訳でもないんだろうが(激似、ということはナイ。何となく思い出させる程度)。
ヒロインもヒーローもイヤな所の無い人物なので、不快感は一切ナシ。何故ヒーローが赤ん坊にこだわるのか等のちょっとした謎が程良いスパイス。
……でも、絵が相変わらずぬりえか学年雑誌に掲載されるまんがの絵のよーでそこだけ微妙……。

全体的にはやや小粒な感じではあるものの、よしださんの存在が光った。また是非描いて欲しいと思う方のひとり(また御本人が謙虚な方で、そこも好印象)。とりあえずよしださん作品で今月号は買いとなったと言っても過言ではない。

来月は夏よしみさん(3部作の1作目。最近多いな、3部作……)、橋本多佳子さん(やた!)、くればやし月子さん(定着してきたなー)、宮本果林さん(こちらもどうやら3部作。原作が出て間もない印象があるからコミカライズ化に吃驚)。橋本さんに期待しまくり。
ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション
ドン・チードル テリー・ジョージ ソフィー・オコネドー
B000FOTK6Q

WOWOWで朝っぱらから「ルワンダ 流血の4月」と立て続けに放映したのには驚いた。どちらも観られる限りは観た(何しろ、病院内に居ると、院内のタイム・テエブルに従わないといけないので見逃す部分も多々ある)。朝からヘヴィな内容だったけれど、見逃したくなかった。

同じ国に住んで、色々なものを共有していただろうに、部族が異なるが故に隔てられ殺されるかもしれない恐怖に怯え、世界から救いの手が差し伸べられることもない状況で生きる、というのは、どんな心地がするものだろうか?

恥ずかしいことに、ルワンダの紛争のことはほとんど知らない。内戦めいたものがあった、ということは知っているのだが、何故起きたのか、どんなことが起きたのか、を、知らなかった。
実際にあった出来事、実際その中で生き抜いたある人物を中心に描かれたものではあるものの、ドキュメンタリィではないため、ドラマとしての見応えもあある。ただ、映像で描かれなかったもっと悲惨な事件や状況があったかもしれない、と思うと胸が詰まる。

ツチ族は少数派民族ではあるが、被植民地時代を経て独立を遂げてからは彼等を中心とした国家が成立。その後レジスタンスが発生し、対立し始めていたらしい。そして、フツ族によるツチ族大量虐殺が発生する。

ルワンダにある著名な高級ホテルの支配人を務める男はフツ族。その妻はツチ族だった。大量虐殺が始まったことを知り、彼は家族を守ろうと奔走するのだが、その内フツ族ツチ族関係なく、難民およそ1,200名を自らのホテルに受け容れる。

実在の人物の、誰にでも出来るとは言えない行い(彼が後に出版した本のタイトルは謙虚かつある種のウィットに富んでいる―― "An Ordinary Man" というのだ)を、血なまぐさい現実と共に描いている。祈りも嘆きも届かない絶望的な状況にあって、人脈と頭脳とで闘った姿に、ただ呆然とする。

対岸の火事に、興味を持ち同情はしても、実際に立ち上がって行動する人間は何人居るだろう?

国連ですら手出し出来ない状況にあって、死と隣り合わせの中、自分と家族だけで精一杯であろうに、彼はそれでも1,200余名の命を守った。
あまりに簡単にひとの命が奪われてゆくことに、何とも言えない絶望感を覚える。民族が違う、思想が違う、それだけが殺す理由。ある者は銃で、ある者は刀で。路上には死体が打ち捨てられ、さらに屍山血河が築かれてゆく。

観ていてやるせない気分になるし、辛くもなるけれど、でも目を逸らしてはいけない「過去の事実」。
これほどの状況下にあっても、自分以外の誰かを守ることに心血を注げる人間が居るということもまた事実で、希望というものが欠片も残っていない訳ではないことだけが救いであった。傍観者ですらなかったけれど、その傍観者にようやくなった自分には、何もかもが重かった。それでも、観て良かったと思う。
知らないままでいるより、知って、その消せない重みを噛み締めるべきであろうから。ほんの10数年前のことなのに、何も知らなかったという事実と併せて。

何でもないことのようにひとはひとを殺せるのだという事実と、自らも危険に晒されながら、それでも他者に手を差し伸べることが出来るのだという事実。その両方が描かれている。
手術当日。何の緊迫感もないままに手術室に向かう。
要は、出来てしまった悪い部分、を切除する、だけ、といえば「だけ」なので、手術そのものはそれほど時間はかからなかった(勿論、出来た場所がヤバかったり、進行しまくっていたりすれば、より面倒な手術になってはいたんだけれど、幸いそこまでではなかった)。

怖かったのは麻酔。……副作用あるとかさんざっぱらネットだとかで読んでしまったので、どうなることかと(おまけに、母が麻酔に負け易いのを知っているので尚更)。それと、なかなかポイントが定まらず、針は刺さってるし何やら薬品も流れ込んでるのは判るのに「うーん、入らないなー。あともう少しなんだけどなー」と医者がぶつぶつ言うのには参った。いやいやいやいや、痛いから。先生、入りにくいの判るけど、何回もぶすぶす刺されたら痛いから!

そんな訳で、麻酔効いてるから手術中は痛みを一切感じなかったけれど、事前の麻酔で苦しんだ、と。

勿論、麻酔が切れてからは傷の痛みでもんどり打っていたんだが。病巣部が思っていたより大きかったのと、そこそこその切開してえぐり取った部分が深かったんで、痛む痛む。個室に居たのをいいことに「痛み止めがもらえるのは(夜の)9時。あと30分我慢すれば看護師さんが来る!」と思って呻っていたら、向かいの病室の患者さんに気づかれて「すぐナース・コールして呼んだ方がいいよ~」と言われてしまった。ちょうど痛みMAXって時で、ふいに涙まで零れてくる始末。
「痛さで泣いたんだって?」と後に言われたのだけれど、ちょっとだけ違う。痛みも勿論泣けるんだけど(永遠に続くのか、と思う程痛い)、ひとりだしあれこれ考え込んじゃって「何だってこんな目に遭わないといけないんだ」とか思ってたら情けなくなって泣けた、のだ。

で。メス入れたからってのもあるだろうけど熱にやや浮かされつつ、気晴らしというか痛みから意識を逸らすためにTVをつける。

エリザベスタウン スペシャル・コレクターズ・エディション
オーランド・ブルーム キャメロン・クロウ キルスティン・ダンスト
B000HKDEUG

途中から観た。映画館で予告は観たことがあって、「父親が亡くなったことを切欠に、生まれ故郷に戻るハナシ」くらいの知識ならある(厳密にはもう少し色々あって故郷に戻る、のだけれど)状態で、痛みと格闘しつつぼんやり眺める。

父親の死、自身の仕事上の大きなミス+失業、と落ち込むしかないシチュエイションに陥った主人公と、彼に手を差し伸べるちょっと不思議なヒロイン。
彼と、彼の父親を取り巻く面々が、それぞれに個性的なんだけど突出する訳でもなく、南部の田舎町にはありそうだなあ、などと知りもしない私に思わせてくれる、何処か暢気な空気。同時に流れる、親しいひとの不在を悼む気持が伝わってくるのがいい。明るく送る葬儀、も、妙に切ない気分になった。

父の遺体を火葬にし、その灰の入った骨壺と共に車で走り続ける主人公。哀しみにあたたかい感情が添えられていて、悲しいシーンでもないのにちょっと泣ける。
ヒロインによってつくられた旅の案内用アルバム(?)とBGM集が本気で欲しくなった。あれ、リアルにつくってたらどんだけ時間かかるんだか!(詳しくは本編を御覧下さい。きっちり観てないので明確には判らないんだけど、主人公の青年が父の遺骨を撒くために、各地を巡るのだけれど、その行程等を地図や風俗等様々なコラアジュ等によってスクラップ・ブック仕立てにしたものをヒロインがつくってあげている。要所要所でポケットがあって、中にはCDが入っており、それもヒロインが色々な曲をチョイスして収めたオリジナルだった)
思っていたより楽しめたし、劇場公開時にちょっと「観たいなー」と思ってもいたので思いがけず観られてらっきー。でもやっぱり痛いよ……(涙)。

痛み止めの薬、効かねー効かねー↓ 朝までかけて3錠飲んでようやく眠れた……けど、当然7時までには起床を促される。
切っただけでも痛いんだから、患部をえぐり取ったらそりゃもっと痛いよな……と当たり前のことを噛み締めるのであった。
そんなこんなで手術前日。この日からの入院。受付であれこれ事前の手続きを済ませると、病室に案内される。最初は検査入院等で無い限りは皆個室に入ることになっているらしい。

荷物を運び込んで、収納庫にあれこれを移し替える。結構たっぷりめのスペエスがあるので大助かり。
TVのサイズがデカくて吃驚。……いや、何もここまで大きくなくてもいいんだけど。ちなみに、TVはコイン式でもカアド式でもない。無料(というか、まあ多分個室料金に含まれている)。いつでも何時間でも見られる、のはとてもとても有り難い。おまけに、ココは衛星放送等が充実しているので、あれこれ映画が楽しめそうなのだ。
「少しでも患者が快適に過ごせるように」ということらしい。何と特定のチャンネルは院サイドでチョイスした映画作品が特定の時間になると放映されたりもする(毎日作品は変わる。作品のジャンルも色々)。

「スター・チャンネル プラス」に加入しているらしく、吹替版のみにはなるが、一日中海外作品が楽しめるときた。することもないし、TVでヒマを潰そうと決める。……が、残念なことにガイドが無いので何時に何を放映するのかは謎(夜9時というゴールデン・タイムは一応何らかの予告もあるにはあるが)。そんな訳で、ある意味賭けというか運が必要らしい。
でも、今日はとりあえずらっきぃだったVv 劇場公開時見たかった「プライドと偏見」(つまり、キーラ・ナイトレイ主演作、の方。コリン・ファース版はどんななんだろう)が放映されるのだ。と言う訳で鑑賞決定。手術前の緊張感、皆無。

プライドと偏見
キーラ・ナイトレイ ジェーン・オースティン ジョー・ライト
B000HT2N4K

「ロマンス」作家として活躍している著述家で、読んでいないひとは居ないであろう「高慢と偏見(私はこのタイトルで知っていた。あとは「自負と偏見」、かな。この映画、敢えて「プライドと…」にしたのは、既に映画版「高慢と偏見」があったから、だろうか)」。それ以前に、本国では教科書にも掲載されるくらい有名な古典作品のひとつ。
……と言いつつ、まだ読んだことなかったり。どの訳がいいのか迷ってしまって未読のままだ。何てこった。
で。とりあえず、ロマンス読みにとっては「お約束」の原点であることくらいは辛うじて知っていたので、ソレをひたすら楽しみに。

時は18世紀末。ヒロインはやや困窮気味にして、娘ばかりが5人も居る貴族の次女。所謂「適齢期」であり、またその当時は金持ちの男性を捕まえることがある意味でのシアワセへの足がかりであったというのに、媚びることもへつらうこともしないヒロイン。折しも近隣に富裕な男性が越してきて、長女とどうやら恋が芽生えた模様。その富裕な男性の友人の尊大さに怒りを覚えつつも惹かれてゆくヒロインは――

……まさに、今ある「ロマンス」小説はこの作品を土台にしているのだな、としみじみと思わされる展開にして設定。依存するだけなんてするものかと言わんばかりのヒロインと、高潔であるが故に尊大に見える態度を取るヒーローが、如何に心を通わせてゆくか、という流れが淡々を描かれる。

常に抑えめで、しっとりした印象。ヒロイン・エリザベスを演じるキーラ・ナイトレイがとても美しかった。レビュウでは「知性より勝ち気さが勝って見える」という評を見かけたのだけれど、そう言われてみればそうかも。見てる時は「知的なカンジがしていいなあ」と思ったんだけれど。
顔立ちや表情が愛らしくて美しくて、かつ決然とした所があって素敵。家が没落気味だから華美な服装が出来ないのと、多分ヒロインの個人的な好みとしてきらびやかな服装はしないのとで(何しろ、贅沢なんぞ出来ない訳だから我が儘を言う筈もなく、また男に媚びたい訳でもないので着飾ることもしない、だろう)、地味めの服装ばかり……だけれど、美しい、のだ、ちゃんと。つましさがせつないっちゃせつないのだが。

また、ヒーローであるダーシー役を演じたマシュー・マクファディンもまた良かった。常に冷静かつ何処か不遜で堂々とした態度に、漂う品位と野性味。それでいて柔和で穏やかな顔立ち。
決して分かり易い意味でのベタな「ハンサム」ではないのだけれど、とても魅力的。演技で「いい男」を表現出来る、「いい男」になれる稀有なひとではないかと思った。

イギリスの田園風景、貴族(とは名ばかりの人々、なのがエリザベスたちの家。でも、メイドやら家に仕える人間が居るんだから「下々の人々」でもない訳で)の暮らしぶり(故に、ゆとりのある生活と、困窮している生活の差異もまた見ることが出来る)、纏う衣装の色合いや質感から伝わる彼等のそれぞれの状況や生活レヴェル・環境、音楽、とどれもそれぞれに楽しめる(早朝の草地に佇むヒロインの姿とそのバックに流れる音楽はとても美しい。もっとも、全編通して映像は美しいし色んな意味で見所だらけだ)。

キスひとつしなくてもこんなに美しくてこんなに浸れて官能美さえ感じさせる「互いの愛を感じ合う」シーンはつくれるのだ、と実感させられる。安易なエロなんてどうでもいいよな、としみじみ思った。

繰り返し見ても飽きないかも。少なくとも、見終わってから「もう一回観たい!」と思った(そしてそれは後に叶えられた)。

キーラ・ナイトレイ、改めて美しいひとだわー、と見入ってしまった。マシュウ・マクファディンも素敵だったし。脇を固める俳優陣も豪華で、極端に原作や別ver.に思い入れが無い限り楽しめるのではないかと。

しっとりした情感や、華やかさ、阿ることのない強い女性の美しさを堪能したい方は是非。
BURTON(バートン) WHEELIE FLT DECK SS TRUE BLK
B000PK5726

することそれなりにあるのに何だか手に付かず、暢気にぶろぐの記事なんて書いちゃったり。

何してんだか。

明日出発。荷造りしなくちゃ、なのに、途中までしかやってない。それよりやったはいいが、何よりもまず小さな段ボール箱に本を詰めたのは如何なものなのか(大笑)。いや、一応病院から指定されたものはほぼ集めてあって、どう持っていくかを検討するくらいなんだけど。

昔から、遠出する時に読めもしないくらい大量の本(子供の頃なら続き物のコミックス全巻、とか)を旅行だとかに持って行っては読まずに帰宅していた。それと同じことをするつもりなのかー!!(うん、まあ)

……多分、初日二日目以外はそうでもない、ような気がする。入院生活なんて時間持て余しまくりらしいし。なので、暇つぶし用のアレとかソレを用意しなくては! と妙に張り切っている始末。何してんだ。TVたって私が観る番組は深夜が多いし(……病院で「タモリ倶楽部」はアリだろうか……)、日中観てる番組なんて無い。そうしたら本読むくらいしかすることなんて無いではないか(残るはせいぜい音楽聴くくらい、かな)。
でもって、本を読む、という行為自体にまた飽きそうなんだよなあ。立て続けに読むと疲れてくるし(勢いづいたらばんばん読むけども)。

ああ、失敗した。クロスワード・パズルの雑誌でも買っておくんだった。あれはいい暇つぶしになる。
ワープロ持込したいけど、ノってくるのは夜だから出来まい。昼から打ち込んでても、それはそれで好奇の視線に晒されるのは必至。ちうか、昼日中からでもあのたかたか打ち込む音は五月蠅いわな……。

以前一応読んで、でも途中から読んでない「ブギーポップ」シリィズ全巻などを用意(作品が随所でリンクし合うので、記憶力の無い私は「あ、憶えてるけどはっきりはわからん!」になってしまっていて、途中から忘れ去りつつ読むのが悔しくて中断してしまった)。あとは「京極堂」シリィズ未読分2冊(手首痛めるのに)。エッセイ系も欲しいかな、と思って数冊新書を用意。さすがにあとはちょっと。ああ、「AW(アサヒ・ウィークリィ)」も持ってくか。翻訳もののコージィ・ミステリの未読分も持っていきたかったけど、ミステリ系ばっかりになりそうなので我慢。てゆーか我慢、じゃねえよ。

さて。明日に備えてまた支度始めます。あー面倒……。
SONY インナーヘッドホン [MDR-E931SP] B
B0000C90KO

手術と入院が決まってしまったので、それ相応の準備をすることに。母のように数ヶ月、という訳ではないものの、やはり手元にある程度あれこれ揃っていないと気が済まない私。
持っていくべきもののリストをつくって、家にあるものとないものを調べたので買い物へ。

そのほとんどは100均ショップで買う予定である、というのはどーなんだろうなあ(はっはっは)。

TV用のイヤホン(実はちゃんと受付で借りられるんだけど、自分にとって使い勝手がいいか謎なので購入することにした)、延長コオド(当初、CDプレイヤア持参の予定だったのと、携帯の充電に使うかもしれない、と思って。結局、持参はするけれどCDプレイヤアは持たないことにした。選べないまでも音楽は楽しめる環境が整っているらしいのだ)、入浴用のボディ・タオル、ソックスなどなど。気づいたらわっさー関係の無いものまで買い込んでいた(笑)。箸入れが無くて思いがけず慌てて買ったり(無ければ無くても困らないっちゃ困らないけど)。

二週間も家を空けるなんて久々のことで、妙な気分。仕事でも遊びでもなく、「入院」。……家族にとっては鬱陶しいのが消えてスッキリ、だろうけど(ははは)。費用は工面出来ないので両親に借金、てのがかなりひっかっかってる↓ 貯蓄ゼロなんだもの(自慢にならん)。思ったよりはかからないらしいけど、かといって気軽に支払える金額でも無い。くそー!!

とりあえず、行ってきます。当分ブログは休み。退院後、ちまちまと埋めていく予定。
ツバサ 19 豪華版―RESERVoir CHRoNiCLE (19)
CLAMP
4063646963

もう19冊目。でもすでに23巻までは確実に出ることが今回のコミックスで判明。……30巻くらいは続ける気満々なんだろうか。いい加減終わってくれ。引っ張る程のネタでもないものでどんだけ続けてきてると思ってるんだ(それはどの作品でも同じなのだが。同じエピをしつこい程に繰り返すんだよな)。

この巻では18巻に続き「アンチ・ダメヒロインとしてのサクラ」のかたくななまでの「決意」とそれに伴う行動、もういい加減にしてくれと言いたくなるくらい引っ張り倒しているファイの過去の、それもほんの一部が明かされる物語。

のーてんきさのカケラもないドツボ展開がCLAMPらしいっちゃらしい。はい、重い過去来ましたー。はい、「本当は強いのよこのコは」設定の見せ場来ましたー。

いつもある意味上手いね、と思えるのは、「人間の独善性の描かれ方」、かね。
サクラには先見(CLAMP作品に登場する「未来を見ることの出来る能力、またはそれを有する人物」で、「夢見」「星見」等の呼び方で他の作品にも登場する。どの物語でも、一貫して「定められた運命からは逃れられないということはない。未来は選べる、自分が決めるもの」という哲学が貫かれており、この能力は未来を確定させるためというよりも、期待・希望しない未来ならば自らの意志や行動で変えてゆける可能性のあるものとして描かれる)の能力があり、その力故に知ってしまった「未来」を変えるべく、これまで共に次元を渡ってきた「仲間」たちと離れひとりになることを決意する。

自己犠牲的行為・行動・考え方には、尊さと、自己を省みぬ「不遜さ」(自分を想ってくれる存在の否定)の両面性があるのだということを描くのは、上手い方だと思う(同時進行にしてリンクしあう作品に於ける「四月一日君尋」という少年もまさにその典型例であったが、「出会い」によって変化・成長を遂げている)。
サクラは仲間が大切だと思うからこそ自分だけ離脱することを決意するのだけれど、仲間たちがそれを快く思わないことについて考えないようにしている、のだろう(仲間の感情に全く気づかない訳でもないと思うのだが明瞭には描かれていないので実は何とも言えない)。
誰にも何も言わずひとりで勝手に決め、その「勝手」を貫こうとする。実際に貫き、彼女は「仲間」たちを置いていってしまう。

それはある意味では正しい。「誰かのために」が「偽善」だとすれば。いやまあ偽善だが。

ファイには「自分をいちばん大切にすると約束して欲しい」と頼み、サクラも自らそうしたのかもしれないし、そうした「つもり」なだけで結局は周囲を傷つけてしまったという罪悪感を消せないだろう(多分、だけど。あるいはまるっきりそういった感情を持たずに己の目的を完遂出来たらそれはそれで新たなヒロイン像になるだろう。CLAMP作品にとっては)。
「自分を大切にする」ことは悪いことではないのに、誰かの思惑と重ならない時には必ずしもそれが「いいこと」にはならない。それは仕方の無いこと。

「わたし」が「そうしたい」から「そうする」の。

これもまた一貫して貫かれるキャラの行動理念である(勿論、そういうキャラも居る、という意味であって、全てがそういう理念で行動している訳ではない……と思う)。

どうやらサクラは再び仲間たちと合流するつもりはあるらしいのだが、本意は彼等に対して語られぬままである(黒鋼などは「言わないヤツの本意なんぞどーでもいい」的に、「こっちはこっちで好きにやらしてもらうぞコラ」という態度を貫き、また宣言もしている。出しゃばりはしないが、主張はするし簡単には曲げない)。
今後はまだうだうだひとりとなったサクラの苦難に満ちた前進と、ファイの過去とやらがクロスして描かれるのでしょーかね。

目的のために乗り越えなくちゃいけない困難の多さは判ってるけど、どうにもこうにも同じモティフをアレンヂ変えて繰り返すだけなのでツライ。そんでいきなり妙に急展開させてみたり。
せめて25巻くらいで終わってくんねえか。
旅のおもいで雑貨教室―小さなスーベニールで作ろう!
すげさわ かよ
4309269478

ああ、本当なら先に旅日記系を買う筈だったのに。

大好きな杉浦さやかちゃん同様、イラストをふんだんに盛り込んだエッセイで楽しませてくれるすげさわさんの新刊(おふたりは先輩後輩の仲だったっけ? 御友人同士なのは確か、だと思う。一緒に旅行をされたりしてるくらいだし)。これまで旅にまつわる思い出をイラスト入りで綴った本を何冊か上梓していらしたけれど、今回はその旅の思い出の品々(主に紙モノ)を使って、自分だけのちょっとした雑貨に仕立てて楽しもう、という主旨の本。

とにかくまずは単純に可愛らしいその絵で楽しめるので、眺めるだけでもわくわく出来る。特に、私のよーな「ハンドメイドものはやってみたいが不器用だ」とか「楽しそうだけど見てるだけ~」というズボラ人間にはたまらなく楽しい。
そして、「旅行したその思い出を何か変わったカタチで残してみたいけど、……何かいいアイディアないかなー」と思ってるひとには持ってこいだと思う(単に写真をアルバムに、はありきたり過ぎてちょっと…という方とかに)。

それに、自分の手元に置いて楽しめるのと同時に、誰かに旅の思い出を伝えたい、楽しさを分かち合いたい時にも活躍してくれる。「ああ、こういうのもアリかあ」と、それ程複雑ではないし、身の回りにある道具とちょっとの手間でこういう楽しみ方もあるのね、と思わせてくれて、小さな発見がある。

実際につくってみたいひとのために、型紙等もちゃんと掲載されているのだけれど、「そうか、こういうカンジね」とちょこっとでも絵を描くのが好きだったりするなら参考にして全くのオリジナルもイケる(よりオリジナリティが出てぐーでしょー)。

すげさわさんが旅行中に手に入れたあれこれを見るのもまた一興。出来上がった雑貨も、てづくり感溢れるものばかりで見ていて和む。

困るのは、こういう本を読むといつもそうだけれど、旅に出たくなることだ。旅そのものを楽しむだけでなく、その余韻をカタチに残すためにあれこれ探しに行きたくなってしまうことウケアイ。

旅の楽しさ、てづくりのヨロコビ、思い出を残すちょっとの手間、そういうものがぎうぎうに詰まってます。可愛いよんVv
しずかなしずかなみずうみ
やまだ うたこ
4477019165

小さなひとにも楽しめる絵本。長~いお話がある訳ではなく、静かな静かな湖を舞台に、少しずつ移ろってゆく風景と、其処で聞こえるだろう色んな音を楽しめる、短くて小さなおはなし……というか、ことばの繰り返し、かな。

外国の絵本のような色遣いで、今まででいちばんシックな色味かもしれない。ちょっとくすんだ、ある意味渋めの落ち着いた上品な色合い。ド派手ではないけれど、独特の鮮やかさがあって綺麗だと思う。

夜眠る前なんかに、ゆーっくりゆーっくり絵を眺めたり文章を繰り返し読んでみたり。

限られた誌面に描かれた風景を楽しむのが好み。
ときめきを教えて
アン・メイジャー クリスティン・リマー 藤田 由美
4596611491

不本意ながらも買い続ける自分が情けないというか馬鹿というか。
「富豪一族の宿命」という、アメリカの大富豪一族・フォーチュン家の面々のロマンスを連作で綴るシリィズのひとつの第4話と、まったく関係無い物語が抱き合わせになっているために購入。

この本、HQの中では「スペシャル・エディション」というレエベルで、通常ラインに比べるとペエジ数があるため、より読み応えがあるのだが、元々はフツウに1作1冊だった。私が買い始めた辺りからつい最近までひと月に4冊発行されていたのだけれど、2007年に入ってから突然2作1冊にして出します、と言い始めた。一応ウリとしては「2冊買うよりお買い得だし読み応えもあるよ!」ということなのだが。

目当てが一方だけの私には何らのお買い得感もなく、しかもとりあえずコレに限って言えば、通常の2作1冊より高くついてる

のだ。通常ならば2作入って¥1,200前後。1冊ずつの刊行されている時は¥700+αという価格だったため、確かにお買い得ではある。でも、コレは一緒に収録された物語(私にとっては買う必要のなかった方)がよりペエジ数があるために、当然厚くなってしまって¥1,400+α。……そりゃあね。実際1冊ずつであれば、そのより厚い方はもう少し高めの価格で売られてたでしょーよ。しかしだな、私は本来それを自らの意志で買う予定つーのは無くて、一方的に押し売りされたよーなもんなのだ。
それがとてもとても不満。

それだけに、「シリィズの方は、これに先駆けて刊行されたシリィズも前の巻も読めてないからまだ放置だな」と思って、「買う予定の無かった方」が比較的楽しめたのは救いだった。これでどうにも我慢ならない展開過ぎて苛々するだけの物語だったらカネ返せ! と叫びたくなるところだった(実は未だに「何で買うつもり無かった本まで買わされないと駄目なんだよ」と根に持ち続けてるが↓)。

クリスティン・リマー「きみへのラブソング」

女優だった妹が子供を残して他界。派手でセックス・シンボル的存在だと思われていた妹に比して地味で落ち着いた(そしてある意味冴えない)ヒロイン。父親である男性に子供の存在を教えなくてはいけないと思いつつも、あまり評判の良くない男性であったために躊躇する。一計を案じつつ、彼と会い子供のことを伝えようとするのだが……。

ヒーローはナイトクラブ経営者にしてミュージシャン。アル中とまでは言わないまでも酒に逃げる傾向があり、女性関係もハデ。故にヒロインは快く思っていない。ヒーローにしてみれば、華やかで明るいかつての恋人と、その姉があまりに異なるためにややうんざりするものの、実はとても美しく魅力的であるのにそれを隠そうとしていることに気づく。
最初こそ互いに距離を置いてイヤミの応酬しまくりで「何やってんだか」なふたりなんだけど、そこはそれHQなので当然惹かれ合ってゆくのであった(まあこれはHQでなくとも惹かれ合っていく、つー展開でないとどーにもならんが・笑)。

イヤミったらしいし責任感あるんだかねえんだかはっきりしなかったヒーローに苛々させられたものの、最終的にはまずまずの読後感。

でも、いつも思うのだが、恋人だった相手の兄弟姉妹とも恋愛関係にアッサリ陥る、って、何となくイヤだなー……。リアルで想像すると特に。自分の姉とか妹とベッドを共にしたことのある男と自分も? とか、イヤじゃないんだろうか(男性はある意味ウハウハそーでなおイヤだ・笑)。違う個性でそれぞれにイイトコロがある訳だけど、それぞれの一方により自分にとって惹かれる何かを見出して選んでおきながらもう一方もイケちゃうんだ?(イケなくもないだろうけどさ)この物語の場合は、妹の生前(つまり、ヒーローとヒロイン妹が現役恋人同士だった頃)に姉とは面識が無かった、んだけど。故に、ある意味全く見知らぬ他人として出会ってはいるんだけど。うーむ。

妙な所で引っかかりつつ読んでいた。何してんだろ。

どうでもいいけど共通タイトル「ときめきを教えて」がどちらの物語にも対して関連無さそうで何とも言えない。だから抱き合わせはやめろって。
刑事コロンボ 構想の死角
スティーヴン・ボチコ 石上 三登志
4812425557

二作目に続いて三作目も読む読む。相変わらず文章が読みやすいな。相性がいいだけなんだろうか。

2人組の作家は連名でミステリを上梓し、それをベストセラア作品にのし上げた。シリィズ化もされ好評も得ている。ひとりが書く才能を持ちそれに専念し、ひとりはプロデュウス業に長け、映画化等に力を入れ、それでうまくいっていた、筈だった。書き手である方が「もっとシリアスな作品を書きたい。このシリィズは終わりにしたい」、そう宣言する。
一文たりとも書いたことのない男は激怒した。そして、決心する。手には、拳銃――

2人の脚本家によって生み出された「コロンボ」、その作中に登場する2人組のミステリ作家というちょいと毒の効いたハナシ(もっとも、この脚本は「生みの親」によって書かれた訳ではないのだが)。

相変わらず、登場人物、それも犯人の内面や、映像の中では描かれなかった過去等が盛り込まれ、同じ作品でありつつも別な角度や見方を新たにしつらえてあって、結末を知っていても楽しむことが出来た。

犯人の一流好みが何処より来るものなのか、とかが小説版では描かれていて興味深かった(また、それが殺意の引き金の一部をも担っている)。映像で観る分には、単純に成金根性というか、拝金主義というか、カネとステイタスにこだわりたい人物、くらいに思っていたのだが、小説版だともう少し深い「根」の部分が描写されるのだ。よって、ドラマ版では無かったコロンボとのやり取りなんかもあってその差異というか相違点がまた面白い。

それにしても。映像+音楽の「勢い」というのはやはりスゴイもんがあるのだな、と再認識させられた。

以前、「エヴァンゲリオン」の制作に携わったひとたちで座談会を行った模様を本にしたものを読んだのだが。この作品では14歳という子供ではないけれど大人でもない人物が突然世界規模の闘いに巻き込まれ、ロボットに搭乗しパイロットとなる、というある種このテの作品の伝統に則った所から始まる。
で。脚本やコンテの段階では、第壱話で主人公がロボット(正確には「汎用人型決戦兵器」)に搭乗するとは思えない、とスタッフの誰もが思ったそうな。ところが絵が動いて音楽がつくとアラ不思議。それなりに理解出来なくもない展開だな、と思わせられた、らしい。


映像で観ていた時は、それなりにある種の納得をして、コロンボが解決してゆく様を楽しんでいたのだけれど、文章で改めて読んでみたら、「あれ? あ? ん? あれ?」と困惑してしまった。

いつものコロンボならここぞとばかりに逃れようのない証拠、あるいは「捏造」して突きつけ(本当の証拠でなくとも、本人が認めざるを得ない状況を作り出してボロを出させる、ってヤツね)、犯人が認める、ということになるんだけど、文章のみで読むと、ちょっと微妙、なのだ。スッキリ感が薄い。コロンボが提示した「証拠」ではかなり弱いのだ。もうひたすら犯人の自己顕示欲みたいなものとか自尊心とか、そういうものに訴えかけて自白に導く、というカンジ。もし犯人がもっと賢くて冷静で居られれば、逮捕出来たかね、とまで思ってしまうような勢いなのだ。
ううむ。おそるべし映像。そして音響。

これを読んだ後、わざわざ数ヶ月ぶりで見直したくらいだ。比べると尚面白い。それぞれの面白さが際立つ。
とりあえず「新・コロンボ」に至までの全作、文庫で全部出してくれることを望む。「指輪の爪あと」もついでに見直したことだし、文庫読んじゃおうかしら♪
Newtype (ニュータイプ) 2007年 07月号 [雑誌]
B000RE7P70

「時かけ」ピンキー(※)誌上通販のためだけに購入。久々にアニメ雑誌なるものを読んだのだが。

※この作品のヒロインをピンキー化。
時をかける少女 通常版
筒井康隆 細田守 仲里依紗
B000MEXAOM

原作の30年後、という設定なんだとか。快活そうなヒロインだのう。私にとってはやはりこっちだわ。
時をかける少女
原田知世 筒井康隆 大林宣彦
B000IU3A2M

「原田知世はいいっ!!」(byゆうきまさみ、出渕裕、とり・みき氏等。←このネタ知ってるってヤだなあ・笑)じゃないけど、何とも言えず好きだった。「もも~くりさーんねん、かきはーちねん♪」。はい、何が何だか解らないヒトは観る! レンタル・ショップにもあるでよ(あるよね?)。


読んだ、って言っていいのか判らない程読める記事がない。というか、ヴィジュアル要素の方が強いので、内容のある文章はそれ程多くない、気がする。
……思えば中高生時代買っていたのが「アニメージュ」で、あの雑誌は良くも悪くも文章が充実しまくっていたのだ、読者の投稿ペエジにしても記事にしても。もっとも、作品そのもののピック・アップ記事はそれ程分量が多かったとも言い切れないが。私の中では論説等が楽しめる、「硬派」な雑誌だった。そのせいだと思う。それ故に「あー、キレイな絵がいっぱいだねー、でも文章はそれ程読むべき所が無いなー」と感じてしまうのだろう(今の「アニメージュ」がどんな誌面作りしてるかは知らない。サイズがぬーたいぷと同じになった時「終わったな……」と呟いたのを憶えている・笑)。
そもそも最近アニメ観てないって。時々観てるのは「コナン」とか「結界師」くらいで、これはもう「角川」の守備範囲ではないし、敢えて特集組む程の作品としては捉えてないだろう、萌え要素少ないから(盛り上がりを見せれば時々ちょこっと取り上げたりはするだろうししてるだろうと思う)。

それにしても誌上通販め! 送料等の手数料が¥500はツライ。受注生産で、おそらくひとり3個までなら数個まとめて購入するひとだっているから、採算取れそうそうなのに(少なくとも在庫を抱える懸念は無いだろ)。
おまけに、「キャラアニ」(角川の、アニメもの通販会社。←何だかとってもいい加減な解説)限定ver.もあって、そちらもまた送料等の手数料が¥500。どちらも申し込むひとはこういう手続き踏んでくれればちょっとオトクになるよ、なんてサアヴィスは死んでもしない辺りが角川のエゲツな……いや、商魂逞しさを物語るなあ(いや、本来は人件費の問題とか事故防止のために煩雑になることを避けている結果だとは思うけど)。

表紙はCLAMP描き下ろし。まあゴーカ、と思う反面、自作品と同様のモティフ(「X」における俗な言い方をすれば天使の翼・悪魔の翼)を用いているのがちょっと微妙。「ギアス」という作品、CLAMPの自作品双方にとってどうなんだ、それは。いいのか?
でもって、コミカライズ作品だけで3本もあることに笑った。好きだねえ、こういうの。ファンにとって楽しめる出来だといいなあ。

参ったのが付録の「ギアス」ドラマCD(だっけか)。本作を観たことないのに楽しめるんだろうか↓(まだ開封すらしてないや)
そして巻末あたりに掲載されていた「たね」「たねし」(あえての平仮名)のSDキャラでの4コマはどうしていいかわからなかった。元ネタ知らないと寒い寒い寒い(涙)。元々の絵もニガテだしなあ(古い世代でのう。わしゃあ「あの作品」はせいぜい「だぶるぜーた」ぐらいまでしかアリだと思ってないんぢゃ。番外っぽいので数篇面白いのがあるとは思うけど。素晴らしい鬱展開なヤツとか)。

何はともあれ通販申し込みせねば。「せねば」て! ええいくそ!
ほぼ日手帳の秘密 2007
ほぼ日刊イトイ新聞 山田 浩子
4344012518

さて今年も既に半分を過ぎたためか、はたまた鬼が嗤いたいのに付き合っているのか、気になってきやがりましたよ、来年の手帳。

来年も生きてるかわかんないのになあ。

で、「たっけーよ!」と思いつつ、とうとう「手ェ出しちゃう?」と思い始めているのが「ほぼ日手帳」。「MOLESKINE」買えてコレ買えないてえこたぁねえだろうよ自分! と思い始めたら「そうだよなー」と。

しかし。送料がかかる。まあそれはいい。仕方ない。地元には「LOFT」なんて無いんだし。問題はだな。

明記してある頁を見つけられない可哀想な莫迦がココに居るので猿でも分かるくらい分かり易いとこに書いといてくんねえか

ということであった。既に4月開始分だとか、サイト上では販売終了らしいのだが、それにしたって本体価格以外に明記されていない、つーのはどういうことなんだ?

検索かけると、実際に購入したひとのブログなんかで初めて判るという始末。フツウ、通販サイトって送料云々についてある程度記載するものだと思ってたんだが。ねえよ。そんなもん。てゆーかアレだろ、賢いひとしか見つけらんねえようなとこにひっそり書いてんだろ?

検索かけてもひっかからないくらいひっそり書いてあるんだよな?

正直吃驚した。何処見たらいいのかしら。困ったわ。どうやら¥630くらいはかかりそうだと解ったんだけど。
買う時になって初めて判る、ようにでもなってるのかしら。迷惑よ。買う気満々なのに。そりゃねえだろ。参考のためにも、たとえ販売終了してよーが、送料がいくらならいくら、と書いておいてくれないもんだろーか。今回見てみたら明示されてたのはせいぜい特定の書籍くらいだった(受注販売という体制上、他のネット書店等で一定価格を満たせば送料無料となるのに書籍金額の半分程度の送料をもらわなくてはならないことに対する説明として、ちゃんと書かれてあった。でも、他の商品の頁もちらりと覗いてみたのだが、そんな記述は見当たらない)。

でもまあ多分、秋口になったら「さて、改めて検討するか」となるんだろう、と思う。「MOLESKINE」はどうも私には向いていないらしい、と日に日に思いが強まっているので、来年以降また軌道修正せねばならないのであった。
「MOLESKINE」だと、「日記」(私が使用しているのは1日1頁のダイアリィ)としてはおっけーなのだが、「手帳」としてはちょっと使い勝手が悪い。必要な情報を簡単に拾えない、のだ。日記だけに文章がだらだら書いてあるもんだから、端的に単語とかを拾えない(私は)。それに、持ち歩くにしてもちょっと。日記を記しつつ手帳として活用出来るタイプにシフトしなくては不便でならないのだ(勿論、「MOLESKINE」でだって出来る筈なんだけど)。

選ぶ・使う・極める!みんなの手帳
手帳愛好家委員会
4479791361

実は前々から「買うぞー」と言っていたコレ↑をようやく今日入手して読み始めているせいもあって、「来年の手帳」が気になっている、のでありました。単純でいいなオイ。
面白いんだけど、「〆切」とか「ミーティング」が頻繁にある人々が必然的に(?)多くて、「いや、そこまでの仕事してないから」な私にはショージキ「あー、うん、えー、まあ」な所がないでもないのだが、他人サマの手帳の使われ方がなかなか興味深く、読むのが止まらなくなってしまう(とか言ってこうしてブログに記事書いてんだが)。

日記は、とりあえず続けてから4年目。以前もちょくちょく1~2年くらいは続けていたのだけれど、飽きっぽいからか中断していた。ここ数年「書き留めておくこと」に執着している。今年も毎日こつこつと。

手帳云々を考え始めていたら、何とあまぞんで既に毎年購入しているカレンダアの2008年ver.が予約を受け付けていてまた吃驚。
The Simpsons 2008 Fun Calendar
Matt Groening
0061231320

鬼、呵々大笑。
厳密には「新作」ではないけれど。
Pinky:cosシリーズ Pinky ゆかた 座り姿バージョン リペイント
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浴衣ver.のリペイントが早速(?)登場。つーかよもやリペイント版出すと思ってなかったな、コレ出た当初は。何しろ、着物だから上下差し替えが微妙(袴と合わせる、てのは出来るけど)。

白地に紺(藍、かな)の柄、というアッサリすっきりな浴衣姿に黒髪。可愛いVv 黒髪パアツが増えること自体も嬉しい。

そして徒に増える、と。

6期の予約も開始したことだし、これも一緒に、と思っていたら、どういう訳か一緒にリリィスされるであろうコレ↓が「在庫切れ」になってやがるんで、二の足踏んでる状態。
Pinky:cosシリーズ Pinky ゆかた 立ち姿バージョン リペイント
B000RL7W4E

あまぞんの阿呆が何を思ったか、これも「座り姿」と最初表示していて、そのせいで予約開始にならないのか、と疑ってるんだがどうなんだろう(同じ品名で違うASIN、てのは何かマズイのだろうか、とか素人なりにあれこれ考えてはみるものの結局謎)。ネット出来ない環境下に軟禁(笑)される状況が迫ってる今、今予約出来ないと何だか安心出来ないんだが。どうしてくれるんだあまぞん(ほかの店でもいずれ買えるけれどもだな!)。

どうせなら一緒に予約しちゃいたいのに。鬱陶しいな。早く予約出来るようにしてくれ(そして多分、私がどうこう出来なくなってから予約はナニゴトもなかったかのよに開始されるのであろう……↓)。
ピンキーストリート #018 PK018
ピンキーストリート #018 PK018

6期ではこのコがいちばん欲しい。新ギミック・ウィッグ登場。このくるんくるんの巻き毛状態のところがすぽん、と取れるようになってる、という新機軸(ちなみに、取るとベリィ・ショートになる。後頭部がなっすぃん、という訳ではない。でも、その取った状態、宝塚の男役がびしっとセットしまくったよにタイトでちょっとだけ違和感・笑)。
いやー、可愛いー可愛いよーVv これからどんどん新しいヘアを出してくれーVv(まずはリペイント版で髪色の違うのが出る訳やね)

ちょっとレトロめながーりぃふぁっそんも、既存のパアツとどう合わせようか楽しみだし、スーツ姿も新鮮だ(かすたまいざーには何てコト無いだろうけど)。白のスーツがほすとくさいけど気にしない!

手元に届くのが楽しみだ。

これも一緒に予約予約♪
ピンキーストリート #016 PK016
B000RL7W1C

ピンキーストリート #017 PK017
B000RL2QM2

レゴ シティ 病院 7892
B000BVMAM4

病院もお世話になるせんせーも手術の日程も入院期間も何もかも決定。はーこりゃこりゃ。

てゆーか手術って。

とうとうカラダにメス入れる日が来ちゃったのかよ。はーこりゃこりゃ。おまけに2週間も病院に居っぱなしだよ。アッハッハッハ。えぐりとる部位の肉が盛り上がってくるまでに時間がかかるからだって。アッハッハッハ。そりゃあね、大きく切り取りーの、患部から不必要な部分を切除しーのだから、そうなるよね。はーこりゃこりゃ。

……ものっそい鬱々としてくるのは何故かしら(涙)。

救いと言えるのは、ふだんかかりつけの医者から「何で最初からオレに言わねえかなー。オレの専門外だとしても、ちゃんと『このひとなら大丈夫!』つー医者を紹介してあげるんだからさ。そういうもんなの」と紹介してくれた医師と私があれこれ調べて探し当てた医師が同一人物で、ものっそい丁寧に診察・問診をしてもらえたこと、であろうか(ほかの患者さんがわっさー待合室に居て、かなり待たせたらしいことが伺えたし、事実、ほんの数分でハイ終わりー、ということはなかった)。かかりつけの医者からは「腕も確か。オレが紹介するっつったらこのひとを自信持って推す」との太鼓判付(何でも以前大学病院で一緒だったらしく、それもあって腕の確かさを知っていたらしい)。
看護師さんたちもみんな丁寧。好印象。

でもそれと手術受けるっつー事実は別(ははは)。

とりあえず積ん読だった本をごっそり持ってくことにするわ。はーこりゃこりゃ。
ピンキーストリート #016 PK016
ピンキーストリート #016 PK016

通常ライン(勝手に呼んでる。主に版権モノのピンキー化及び版権モノのコスチュウムを纏うタイプのピンキー以外のもので、特定のキャラクタアではなく名前等は開発時の通称があるだけ、というもの)の第6期がようやくあまぞんにて予約開始。地元でマトモに扱ってる店など皆無なので、ネット通販を利用する以外に手立てが無い。むう。

6期、の016はちょっとレトロめのワンピとガーリィな上下の着せ替え付で。今までに無かったテイストだなー。ワンピタイプはがしがし欲しいところだったので嬉しい限り。ボトムス、というか下半身というか、そちらのパアツもこれまでのアイテムとどう組み合わせられるかが楽しみだVv

ふんわりしたヘア・スタイルも可愛いのう♪ という訳でそっこー予約したのことよ。

一緒に予約。
ピンキーストリート #017 PK017
B000RL2QM2

ピンキーストリート #018 PK018
B000RL4OS6

刑事コロンボ死者の身代金 決定版
ディーン・ハーグローヴ 三谷 茉沙夫
4812425255

よーやく読んだ。1作目と同様、文章が読みやすくてさくさく読めてしまう。しかも、映像で見たものと同じストーリィでありながら映像では描かれなかった部分が垣間見られて興味深い(それが蛇足というか、想像の余地を残さない野暮さにも繋がるだろうけれど)。

野心家の若手弁護士が、富と地位とを手に入れるためだけに結婚した夫を殺害。誘拐されたと偽装し、悲劇の妻を演じるものの、運悪く彼女の元にはあの一見うだつの上がらない男がやってくるのだ……。

ドラマ版では犯人のレスリーの過去などは詳述されない。ただ野心のために夫と結婚し、用済みとして殺害した挙げ句、夫が築いた地位や立場を己のものにしようとする女であることだけが解る。
が、この小説版では、彼女の過去や心理がより詳細に描かれる。富裕な親の元に生まれたというだけで簡単に地位を手に入れたかつての同期の女性のエピソオド、レスリーがセスナの免許を取得し個人で所有した「本当の理由」、結婚に至るまでの道程などが描かれるのだ。

単にカネにしがみつきたいだけの女だったのが、コンプレクスや過去の経緯のあれこれに縛られ続けたある種の悲哀をも抱える女であったことが見えてくる(これによって「ドラマで観た時にあれこれ自由に想像出来る余地が無くなったじゃないか!」と思う向きもあろうかと。小説版はやはり、まずドラマありきで、ドラマを堪能したひとこそがより楽しめるアイテムになってる、と思う)。
とは言え、コロンボの心中までも描写されたのは、ちょっと困惑してしまったけれど。コロンボのつかみどころの無さは犯人や登場人物同様共有していたい気もするなあ。

ラスト辺りはほぼドラマ版と同様に、絶妙にコロンボの手の内を明かさずに進むのでレスリーの心理を思いつつちょっとハラハラ出来る(もう何度となく観て知ってるんだけど)。

同じ筋を別な角度から、あるいはより掘り下げた形で再度楽しめる、というものは、個人的にあまり当たりが無かったりするのだけれど、これに関して言えば毎回楽しみである。

既に手元には未読分2冊あるので、読むのが楽しみ。
RT CRUTTO(クルット) トートバッグ トラッドA ボーダー イエロー 9060-03
B000NAQRJA

レヂ袋の有料化が始まったところもあるとか。「数円なら別に……」というひとも居れば、「前からエコ・バッグ使ってる」という持参派もそれなりに多数。大手のスーパーなんかではレヂ側で販売することも以前に比べて格段に増えてきた。

でも、男性が「これなら持ってもいいかな」と思えるものって、何か少ない気がする。

私が10代の頃って、男性がトート系のバッグを持つ、というのはあまり一般的ではなくて(少なくとも、私が住んでる辺りでは)、「男の子もトート!」が当たり前になりつつあった頃はちょっとばかり違和感があった。今では何とも思わないんだけど。
で、イマドキコンビニに行かないひと、買い物一切しないひと、なんて居ないでしょー。男性もしかり。

1枚何円か払えばいいもんにちまちましてられるかよ、なひとも多いだろうけど、エコ・バッグで男性が「いいな」と思えるようなデザインのって見たことがない。あったら使うひとも増えるんじゃないんだろーか。そうでもない?
とりあえず、無難なの、はそりゃ見かけるには見かけるけども。やたら可愛いキャラものや花柄だとか、女性をターゲットにしていると思しきものばかり。

大学生のオトコノコなんかがちょっと可愛いトート持つ分には何てことないけど、スーツ着た社会人にそれはちょっと辛いのでは、と勝手に心配。というか、持ってるひと見たことないし。

オトコノコとは呼び難い年齢・立場にある男性も気軽に、かつ気に入って使えるエコ・バッグがあればいいのに。嵩張らなくて、ひょい、と取り出せるヤツね。で、アクセサリィちっくになり過ぎないの。

そんなん出たら私も買うかもしれんが(あんまり可愛すぎるのは似合わないのでのう……。などと言いつつ結構パンチきいたの持ち始めたらどうしよう・笑)。

でも、あの買い物の時の袋って、ゴミ捨てるのに活用してたりするんだよな↓(それはそれで貧乏くさいけど)それこそ如何にゴミを減らすかを考えるいい機会なのかもしれないけど。
ジェニー ドール シャギーカットジェニー 2
B0002SRI32

何ヶ月振りだっけ。以前何時髪を切ったのか全く憶えてない(日記見たら多分分かるんだが)。確か去年は切ってなかった筈(前髪は自分でテキトーにカットする)。1年以上放置してたのか。でも腰くらいまでしか伸びないもんなのか。
とにかく久々にバッサリと。腰まであったのを肩をちょっと過ぎた辺りまで。とりあえず簡単に「準備」など。

それにしても軽い。随分髪の量が減ってしまって、昔ほどじゃなくなったとは言え、それでもやっぱり長い分それなりの「重さ」みたいなものはあった、らしい。切った後床にわっさー溜まってるのを見てちょっとヒいた↓ そ、そんなにたっぷりでろーんと(怖)。

あんまり暑くないといいなー。って確実に無理だな。イヨーに暑がりなのは多分私だけだ↓
熱中時間―忙中“趣味”あり
NHK「熱中時間」制作チーム
4309269532

真夜中に、地上波で放映されるものしか観られないけど、時々、観る。何かにのめり込んでいるひと、何かを熱烈に愛するひと、何かに夢中なひとが登場し、その情熱を傾けるモノ・コトへのコダワリや楽しみ方を語り、見せてくれる、それだけの番組。

中には「何だよ、そのヒトもうソレで有名じゃん!」なヒトもお見かけするのだが(マン盆栽とかねえ。というか彼は多彩/多才過ぎて語り所切り口も多いのだが)。でも改めてみる楽しさ、というのも、まああるかな、と思いつつ何だかんだで見入っている。

趣味、というのはそもそもこういうものだと思う。極めてこそ趣味、極めてこそ道楽。日頃手遊び程度にちゃらちゃらやるのではなく、好きでしょーがない、やらずにおらりょーか、くらいの勢いで、かつ自分なりのペエスで楽しく、というのが「趣味」ではないのかと。好きであるが故に凝らずにいられない、調べずにいられない、追い求めずにはいられない、そういうものこそが「趣味」と呼ばれるべきものなんじゃないのかな、と。

だから、「趣味は何ですか」と言われると私はことばに詰まる。極めてるもんなんて無いからだ。「時間があれば何をしますか?」とか「暇な時は何をしてますか?」には答えられるけど。

他人から見れば「ナニソレ?」なものを、それでも「好きなんだもんなー」と淡々と、でも熱っぽく求め続けるのを見るのはとてもとても楽しいのだ。
夜だけの恋人
シャロン サラ Sharon Sala 石川 園枝
4596632081

久々に読む気で読んだ。それもかなり前に読んだ作品のスピン・オフ。以前読んだ作品のヒロインの兄と、ヒロインの親友の物語。

前作ヒロインの結婚式で出会ったヒロインとヒーロー。お互いに惹かれているのにヒーローは彼女から逃げ出す。
ヒーローは警察官。この職業故に、結婚生活がうまくいかなくなったケエスを沢山知っている。また、危険と隣り合わせであるために妻となる女性が自分の職業とそれにかける情熱や誇りを理解を示せるかが気になっているため、ヒロインの魅力に参ってはいるものの、踏み出せずにいる。

今回はとにかくヒロインが積極的。積極的なヒロインは嫌いではないんだけど、あまりにおりゃあっ! と気負ってるというか狙ってまっせなキモチが見え過ぎるとちょっとヒいてしまう。積極的とは言いつつも、相手の立場や気持を色々慮ってはいるし、健気でもあるのだけれど。
……ちょろちょろと誘惑めいた真似するのも何となくヒく↓ 小悪魔気取りですか、とか思っちゃってなあ。それ以外は可愛いヒロインなんだけど。

ヒーローはヒーローで自分の職業とそれに纏わる危険、そこからもたらされる可能性のある不和に不安を持ち過ぎて、ある意味ものっそい臆病で、まあ無理もないかな、と思いたい所なんだけど。肉体的欲求には勝てないというかもうそればっかり(笑)。理性と下半身は別に考えろ、ということだな。

お互い悶々としまくりつつも、ヒロインとヒーローが巻き込まれたある事件とがある意味同時進行で、面白いんだか何なんだか。ちょっと読んでいて疲れた。やはりHOTな系列の話は向かないらしい(HOTなシーンがあるのは構わない。延々そんな描写だらけのクセにやれ誤解がどうの無理解がどうの、最後にやっぱり愛は勝つ、でシメるのが何となくダメ、なんだな)。

タイトル、微妙。何かこのタイトルだと如何にも愛人扱いされてるヒロインみたいじゃないか。実際は、ヒーロー多忙+ヒロインを避けがちのために不在が多かったり、日中働いてたり、家族と同居のためにおおっぴらにいちゃつけない、みたいな色んな要素があって、ようやくある夜結ばれた、というカンジなのに。
裏表紙の「わたしはあなたにとって都合のいい女にすぎないの?」というアオリも何か合ってないし。愛してるとは言ってくれないのね、と寂しく思ったり、結婚したいとは思ってくれてないの、と不安にはなってるけど、「アンタはアタシのカラダだけが目的なのねっ!」みたいなカンジでは無かったけどなあ。惹句だから誇張があってもしょうがないんだけど。

後半になるにつれて面白く読めるようになったけれど、最初はちょっと放り出しそうになってしまった。脇役(特に、ヒーローのすぐ下のPCオタク?の弟)がより魅力的に感じた、かな。何しろイロコイにハァハァしてないから(笑)。またスピンありそうな無さそうな。
  
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