血を飲み、肉を食むということの。
食べる西洋美術史 「最後の晩餐」から読む (光文社新書)
宮下 規久朗 
「最後の晩餐」から始まる、西洋絵画の歴史。故にというべきか、この本は絵画の中の「食物」「食事」を通して歴史を語り、概観する。
元々「食」に関する本や「食」がテエマの本は好きだったのだが、これも買って正解だった。平易な文章で解りやすく、時代を徐々に遡り変化と普遍性を辿ることが出来るのだが、大変興味深く面白い。
……などと言いつつ、まだ読んでいる途中、なのだけれど。
言われてみれば確かに、日本の絵画で食物や食事の風景を描いたもの、は少ない。しかも、見られるようになるのは近代以降。鮭がどーん! と描かれているだけのあの素朴で力強いのに何処か凛として品のある絵は、教科書等でもよく見られているし有名だと思うけれど、あれもやはり近代絵画(高橋由一氏の「鮭」ですね)。西洋の文化に出会ってからの作品。
生物としての魚、自然の一部としての魚、戯画化された魚はあっても、「食われるものとしての魚」は、そういえば見たことがない。けれど、西洋絵画ではこれでもか、と散見される。
古代ローマで禁教だった頃、キリスト教やその教徒がその名を口に出来ず「イクテュス(魚の意。イエス・キリスト・神の子・救い主、の頭文字を取るとそうなるのだそうだ。名著「クォ・ヴァディス」でも書かれていたなー)」ということばを暗号として用いていた。キリストの十二弟子の大半は元漁師だったし、彼等の食卓には頻繁に魚が上ったらしく、更には五つのパンと二匹の魚の奇跡もある。パンはキリストの肉、ワインは彼の血を表し、それを口にすることにはただ食べる以上の意味がある……とベタなところからちゃんと丁寧に語ってくれている。
宗教と密接に絡み合う食物、それが象徴するもの、絵画にある約束事、そういうものが少しずつ明らかにされていき、ミステリでも読むような高揚感を味わえる。
もう一冊、新書で似たテエマの本があって、それも入手しようと思っている。
描かれた食卓―名画を食べるように読む (生活人新書 216)
磯辺 勝 
久々に、私が思う新書らしい新書を読んでるなあ、という気分。手軽に読める容量・平明な文章でありつつも知識欲を刺激してくれる、というのが「新書」に対する勝手な印象なのだけれど、まさにそういう本。思わず朝方まで読み耽ってしまった。寝るタイミング逃しまくりである↓
2008/04/20 00:52 | ほん:えとせとら。 | Comment(0) | Trackback(0) Top






















