拠火園雑録

あの空に、この手が届くなら。

 

飛ぶのがフライ
ジル・チャーチル 浅羽 莢子
4488275125

オンライン書店ビーケーワン:飛ぶのがフライ
私にしては久々に入手直後かつリアル・タイムで読んだ。何と前作「エンドウと平和」から5年2ヶ月の歳月が流れていたとは……! 本国ではほぼ1年に1作は出されていたというから、ええ、これからもがしがし読めるのね、と楽しみは増えましたがね、あまりの長さに吃驚ですよ。

「主婦探偵ジェーン・ジェフリィ」シリィズもこれで9作目。邦訳を今か今かと待ち続けていたのもあって一気読み(また、するすると読めるんだな、これが)。久々に親友・シェリィとの掛け合い漫才を読めて楽しかった。

子供たちのためのサマア・キャンプの候補地に下見のために赴いたジェーンとシェリィ。
キャンプ場の下見に訪れていた数組の夫婦の内、2組は夫が兄弟。兄は何処かひとを寄せ付けない雰囲気があり、妻は内向的でおとなしい。弟夫婦はいずれも賑やか。1組は何にでも自分の主張を通そうとする強気な妻と、その妻が自慢の夫。4人の娘に恵まれた男も単身下見に参加している。キャンプ場を経営している夫婦と夫の母は皆気さくで仕事に熱心。
何も怒らなくても良さそうなのに、そこはそれ、歩けば死体に当たるジェーンが来てるので当然のよーに事件が起きる。
ジェーンとシェリィが死体を見つけ、それを大慌てで知らせに行くと、調査した保安官が言う。
「死体なんて、何処にもありませんでしたよ」。
確かに死んでいた。それなのに死体は無い。フライパンで頭を殴られて倒れていたのだ。しかし、殺されたと思っていた当人は頭部に軽い打撲の跡があるくらいで記憶を一部失っているものの生きて戻ってきたではないか。
だとしたら、見た筈の死体は? 何が起きたのか?

実は、推理小説の禁じ手(ヴァン・ダイン、ノックスに因って提唱されてるアレね)が思いっきり使われるのだが、それをうまく逆手に取ってどんでん返しに持っていっている。もっとも、かなり前から敢えてこの禁じ手を利用して自分なりにヒネリを利かせるものがフツーにあるんだけど。
読者は大抵このシリィズを「コージィ・ミステリ」として括って読む、あるいは「コージィ」として見なしていることが多いのだけれど、出版社サイドとしては「本格」と銘打っている……だけあって、謎解き要素に関してはなかなかのものだといつも思う。今回ちょっとだけ「……?」だけど。何となく物足りないものがあるのは何故かしら。やはりあの部分とかあの部分とかのせいかしら。
基本はフーダニットものなのだけれど、今作はホワイダニットでしかも○○○まであるときた(この部分に関してはやはり読んで頂かないと)。そう来たか!(この辺りかもな。ははは……) 

珍しく序盤で触れられていたある小さな事実を何故か克明に記憶していたので(笑)、「ははあん、これは犯人はこのひとだね」と判ってしまった。なので、多分ミステリを読み慣れてるひと・好きなひとならすぐに判っちゃっただろうなあとも思った。それでも「ホワイダニット」の部分が残ってるから、十分に楽しめたのだけれど。限られた登場人物の中の誰かが必ず犯人なんだから、誰でも判るんじゃね? とか言わないように(あはははははは。←渇ききった笑い)。

ジェーンの「重要な相手」(未亡人たる母に「カレシ」「恋人」が居る、ということを娘が恥ずかしがるのでこのよーの呼ぶハメになっている・笑)である刑事のメルが登場しないのはちょっと残念だけれど、その分(?)シェリィとのテンポのいいユウモア満載の会話が楽しめる。親しみが持てる口調なんだよなあ。これが苦手、というひとも居るらしいんだけど(それにしても、知り合ってから10年以上経つ友人にでさえ冗談なノリ以外で「あんた」という二人称を使用したことのない私には、成人し主婦となってから知り合った友人を「あんた」呼ばわり出来るこの2人が何だか羨ましい)。
おまけに、人里離れたキャンプ場、雨に降られて川が増水し橋が渡れなくなり殺人者と一緒に過ごすほか無い、とクロオズド・サアクル状態にもなってさすぺんすふるよ。まさに陸の孤島状態。
何でもないような所からするりと犯人に繋がる手がかりを導き出すのもお約束とはいえ手慣れたものでまずまず説得力もある。事件が発生するまでに、文庫の半分くらいは読まされるからね。あれこれと。でも、そこに伏線が張ってあるんだなー。何気ない部分の描写もまたいい(いや、そここそが醍醐味かもしれない)。

が。気になってしょーがない点が。元々言われてもいたのだけれど、訳に際して、「ここまで日本語への置き換えにこだわるか!?」というのが散見されて、そこでちょっと躓いてしまうのだ。
「浴用塩」。うーん……バス・ソルトでもいいんじゃないだろうか。確かに入浴剤ほどの認知度は無いだろうけど。家政ネタに弱いかもしれない男性読者、欧米文化に興味の無いひとのために、だろうか。「浴用塩」、は確かにある意味明瞭なんだが。ううむ。自分にとって馴染みが無いから妙に思えるだけで、フツウなのか。自分の日常レヴェルに照らすと「浴用塩」は使わないなあ。というか、最初に出会った時に既に「バス・ソルト」と表記してあったからそれに慣れちゃって違和感があるんだろう。
「肉汁」。これ、「グレイヴィ」(「グレービー」がよくある表記か)じゃ駄目? まだまだメジャーじゃないか。アメリカじゃフツウなんだけど。
「逆さケーキ」は、 "up-side-down cake" のこと、かな。おフランスで言う「ランヴェルセ」。と思って調べてみたらビンゴ! だった。何でもかんでも英語をカタカナ表記に、てのも確かに芸がないんだが、「逆さケエキ」てのも何か言い得て妙(おまけに、このリンク先の Wiki で紹介されてる「パイナップル・アップサイドダウン・ケエキ」てのが作中登場する。……つまり、アメリカ辺りじゃぱぴゅらーちうこと?)。
「グラノーラ・バー」なんかは訳しようがないからかそのままで注釈付いてる。しかし私はかつて日本でも売られたことを知っている。「ハ○ス食品」から出てて、ヒデキカンゲキ! がCMソング歌ってたことまで憶えてるときてるよ。何このトシヨリ発言。
しかし、ショックと言えば「チェシャ猫」に註が付いてたことだ↓ ナンボ日本人でも知ってるひとが大多数だと思っていたのだが(それは私が中学生の時の英語の教科書で出会っているからかもしれない)。「チェシャ猫みたいに笑う」つーのが想像出来ないひと、いるのか? そりゃ皆無じゃなかろうけども。
表記も結構独特で(私ほどではないが。「ケエキ」とか「レエス」とか鬱陶しいよなー。私の場合、やや検索避けもしてるんだけどさ。だって折角検索してもらっても記事に内容らしい内容が・以下略)「ペイパーバック」は発音通りで好みと言えば好みなんだけど "pay-per-view" なんかの別な単語を思い出しちゃったりもしてやや微妙。シェリィ、ジェフリィの表記も好みだけど、ジェーンは「ジェイン」ではなくあくまでも「ジェーン」だったり、とか。法則性が独特(お前が言うな)。

しかし。そんな浅羽さんの名訳も今後新たなものは楽しめなくなる、のだ。それが寂しい。何とこの文庫の制作中に他界されていたというではないか(文庫を入手する前にネットで知った)。あの軽妙洒脱な会話を楽しめなくなるのか……。勿論、これまで翻訳なさってきた作品はこれからも残るだろうから、いつまでも楽しめるには違いない。でも、でも〜〜(涙)。

今後このシリィズをどなたが翻訳なさるのだろう。あの何とも言えず心地よく愉快なジェーンたちの会話を変わることなく楽しめるのだろうか。新たに携わる方の個性を発揮して頂いても、楽しめればそれでいいのだけれど、……。

楽しませて下さった浅羽さんの御冥福を祈ります。












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From 紫堂水玻。

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