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ブロークバック・マウンテン プレミアム・エディション
ヒース・レジャー アニー・プルー アン・リー ![]() 公開前あるいは公開中、話題を攫った作品で、観たいと思っていた。運良く二度観られたのもラッキィ。ただ、吹替版しか観られなかったのだけが残念(吹替も決して悪くはないのだが)。 カウボーイ=強く逞しく、男の中の男。 多分、大抵のひとの中にそんな「幻想」がある。故に、同性を愛することなどあってはならないとすら考えるひとも多い、らしい。この映画が公開されるにあたり、ある種の「抗議」が寄せられたと何処かで読んだ。 彼等がカウボーイでなければ、批判は無かったのか? それも多分違う。同性愛そのものを否定したがる向きは世界中何処にでも居る。ましてやアメリカにおいてをや。何だかんだで保守的な人間は多いと聞くし、実際そうだとも思う。 男女間であれば? 当然、罪の意識は無く、誰が責めることもない――少なくとも、個人的な理由等以外は。異性同士ならば惹かれ合うことなど何らの不思議もない。 牧羊業者に雇われた男ふたりが仕事と生活を共にする内に惹かれ合い、衝動的に――あるいはそうなるべくして――結ばれる。 「オレはゲイじゃない」。 「オレだってそうだ」。 ふたりは別れて、またそれぞれの人生を歩み出す。 ひとりはイネス。両親を早くに亡くし、兄姉に支えられて育った。ひとりはジャック。父親と反りが合わず、実家にはあまり居着こうとしない。 それぞれ別れてから結婚し家庭を持ち子供に恵まれ、「ふつうの」男としての人生を歩むものの、あのブロークバック・マウンテンで過ごした一時が忘れられず、また逃れられない。同時に、「世間の目」もまた彼等を囲い込んでしまうと同時に疎外するであろうが故に、人目を忍ばざるを得ない。 ただ逢って一緒に居たいだけなのに。理由なら明快にして単純。しかし、それを何の気兼ねも遠慮もなく出来る環境は何処にも無い。 ひたすら山や山林の広がるあの長閑で広々とした開放的な空間は、「エデン」のような一種の楽園なのだろう。そこにたったふたりで過ごす。澄んだ空気の中に生まれる濃密な親愛の情は、責められるようなものの筈ではないのに、ただ「同性」であるというだけで秘めるべきものになってしまう、のが悲しかった。開放的な場所でありながら、世界から隔離されたような、特別な場所で、互いだけを求める日々。 たとえ妻を迎え子供すら設けても、それでも互いへの想いが消えず、それどころか経年するにつれて募る思いが深く大きくなってゆく。 ジャックはイネスと過ごしたい一心で必死に説得しようとする。幼少父親にリンチにより殺害されたゲイのカウボーイの遺体を見た記憶が消えないイネス(彼の述懐によればどうやら彼の実父がやったらしい)は「末路」を思ってかジャックの申し出にすんなり同意出来ない。 その後訪れる終局があまりに切なかった。 物語そのものは単純であるが故に深く、色々を考えさせられる。イネスのジャックとの関係を知ってしまった妻の悲しみ、妻との仲違い、イネスの娘たちに対する愛情。ジャックを見下す彼の妻の父親、次第に離れてゆく夫婦としての互いへの執着心や愛情。 彼等を取り巻く全てが普遍的なものなのに、彼等の愛だけが異質なものとして存在してしまう。 彼等を見つめる観客だけが、彼等がただ互いを求めているだけであることを知っている。故に哀しい。 自然の美しさが、彼等の想いを写し取ったかのようで胸に残る。音楽も素晴らしかった。作り手や出演者の愛情・熱意を感じる。 小説版も好評らしので、いずれ読んでみたい。 ブロークバック・マウンテン E・アニー・プルー 米塚 真治 ![]() |
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