それはすぐそこにあるもの。
クラッシュ
サンドラ・ブロック ドン・チードル マット・ディロン
B000EUMM98

ホントの冒頭を見逃した↓ やはりガイドは必携なのだな、「スター・チャンネル」よ!(無いから何日の何時にどんな作品が放映されるかわからない状態で観ていたのであった。くそう!)

何らの関係も無い人々のようでいて、何処かである接点を持ち、関係性の連鎖が生まれる。誰もが他人で、誰もが隣人。物語は輪を描くように始まり、進む。様々な人種、様々な職種。それぞれの事情、感情、思惑。それぞれしか知らぬこと、関係することで見えてくるもの。
比較的富裕なアフリカン・アメリカン、貧しいけれど真面目に働くヒスパニック、人種差別意識を抱きつつ生きている白人、受け容れられぬことに苛立つペルシャ系、黒い部分を隠し持つアジア系――ルーツや背景、何もかもがそれぞれに異なっている。

「クラッシュ」――冒頭部で起きた交通事故、それから「衝突」。ひととひととの。人種と人種との。他人とワタシとの。配偶者同士の。親子の。恋人同士の。色々な意味での触れ合い、それによって引き起こされるものを意味している、らしい。タイトルから想像される激しさとは裏腹に、物語は淡々と連なりを見せてゆく。

あらすじは、長くなるので省略。興味のある方は是非レンタル・ショップに走るか、目の前のハコでぐぐってやって下さい。

何処にでもありそうな物語。日常に確かに潜んでいると思わせる説得力がある。よく練られた脚本だなー、とか、大して映画通でも無いのに思ってしまった。事故や強盗は異常事態であると同時に日常の至る所で発生している。それらが「ごく当たり前に」起きるのだけれど、それが見えない部分で繋がっていき、収斂してゆく。巧い。
結びつけるのが「人種差別」だったり偏見だったり思い込みだったりするのもまた、一概に「それはないじゃん」と登場人物たちを非難出来ないもので(「差別」意識の全く居ない人間なんて居るか?)、それもまたあれこれ考えさせられる。

ピアノの鍵盤を指でするすると辿るように、人々は繋がりを持ち、ぶつかり、触れ合い、新たな関係を生み出す。その「連鎖」が絶妙なのだ。それぞれの登場人物の属性や背景が明らかになるにつれて物語の面白味と深みが増してゆく様が素晴らしい。
この部分がアレに繋がって、あのヒトがあのヒトと関わりがあって、そのヒトとあのことが結びついて、とどんどん色んなことが見えてくる瞬間が来て、思わず呻らされる。巧いなー。ホントに巧い。

軽蔑していた人間に救われる。愛している人間に心が届かない。
見知らぬひとへの恐怖。誤解と思い込みから生まれる偏見。
誰にでもあるものが誰かを陥れ、誰かを救う。

群像劇としてうまくまとまっていて見応えがあった。どの人物にもイヤなところ・いいところがあって、――いいことも悪いことも起こる。感謝の気持が湧き起こるように、怒りが消えない時もある。誰かを恐怖すると同時に、愛しいと思う。どれほど歩み寄ってもすれ違うこともあれば、どれほど遠い存在だと思っていても通じ合うことがある。
LAという舞台設定もまた絶妙なのかもしれない。NYの持つドライさは無い。けれど、NYだからこそ持ちうる温かさとも微妙に違う何かがある。

触れ合わなくては判らない。それがどんな結果を招くのだとしても。
【2007/06/30 22:41 】 | えいが・DVD。 | コメント(0) | トラックバック(0)
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