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空想紅茶―BERRY VERY BERRY NOTE
渚 十吾
4860201124

本てのはもちろん、「読む」ためにあるんだけれど、トシを食ってからは少々考え方というか見方とでもいうものが変わってきた。
テクストというものがあって、それを印刷して綴じたモノ、というのが自分にとっては「本」だった。端的に言うと、内容が面白いもので、安価であってくれればなおいい、という感覚だったのだ。けれど、最近はただそれだけのものではなくなっている。

装訂と内容、本文の用紙に印刷の仕方、レイアウト、インクの色合いだとか写真や visual 要素、版の組み方、そういうものが一体となって「本」というカタチを為しているという「事実」そのものが愛しく思えるものでもある、ということが、ようやく、しみじみと、わかるようになった、のだ。

元々、装訂や本のデザインには興味があったけれど、工夫の結果、くらいにしか見てなかった気がする。そのテクストにとって、内容にとって、どんな風にデザインするのがもっともそのテクストを活かし、かつ邪魔をし過ぎないか、そういうことが配慮されていて、初めていい面構えの本になるのだ、と思うようになった。

この本、まずタイトルが好き。「空想紅茶」。空想がとけ込んだ紅茶? それとも空想の中にだけ存在する紅茶? ……まあ、「何だっていい」。このコトバの連なりがまずいいなあと思う。
一日を4つに分けて、その時々の移ろいや瞬間が「コトバ」になって綴られている、「ただそれだけの本」。

ハードカヴァなんだけど、本文の用紙はザラ紙。だからとても軽い。重くない内容にぴったり。インクののり方とイラストや写真、コトバの羅列がぴったり合ってる。上質の書籍用紙じゃないからこその味わいがあって、そこがとてもいい。

時間が流れていくみたいに、コトバが流れていく。それが気持ちいい。インクの色や挿入されたイラスト、コラージュ風に配置されているんだけど、そうじゃなければならないみたいに「決まってる」。

一日が必ずしも朝から始まるわけじゃない。夜から始まるひとだって居るし、昼から始めるひとだっている。夕方からがようやく活動時間なひとだって居るだろう。それと同じで、朝から夜へと徐々に時間――コトバが流れていくんだけど、関係なく、開いたペエジから楽しめる。
気まぐれに、チョコレイトをつまむみたいに。何となく紅茶を啜るみたいに。

装訂が可愛い。濃紺とグリーンが基調、ポイントにほんの少しの赤、だけどとても「可愛い」。洒落てる。

気まぐれみたいに見えるのに、きっちり計算されたようにも見えて、不思議な味わいがある。この装訂でこのレイアウトでこの本文用紙でこの色調でこの写真でこのイラストでなければ成立しなかったんじゃないかな、と思わせてくれる。
このカタチであることが、本であることが、最大のキモだなあ、と。生意気にも思ったりして。

「読む」というより「所有する」、「手元に置くこと」が大事なの、コレ。手元に置いて、ふと思い立って手にすることができる、ってのが、ダイジ。もちろん読むけど。
  
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