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いくつものジェラシー
ダイアナ パーマー Diana Palmer 村山 汎子
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これはヒドい……。そうとしか思えなかった。感動は出来なかった。強いて言うなら、それまで虐げられ続けたある人物がようやく救われたことが唯一「読める」ポイントで、それ以外は何一つ素直に首肯出来ないことだらけ。ある意味王道なダイアナ作品ではあったけれども、一点どうにもこうにも許し難い非道さがあるのが受け付けなかった。

児童虐待――ネグレクト、というカタチの(実際は暴力以外はあれこれと)。

ヒロインの不貞を信じたまま彼女の親友と結婚し、ヒロインはその「偽り」のために故郷を離れることを余儀なくされる。教師として働いていた彼女は自分が不治の病に冒されていると知り、体調を崩した父の元へ帰ることを決意。その町には当然かつての恋人も住んでいて――。

元さやモノ+難病モノ、とでも言うのか。
ヒロイン・アントニアもかなり一方的にヒーローに誤解され虐げられているのだけれど、それ以上に誤解され虐げられているのがヒーロー・パウエルの娘。
後味悪い、なんてもんじゃなく、もう胸糞悪い、の域に達していて、オトナの事情で何があろうが子供には関係ないだろうが! と終始厭な気分になった。

そもそもアントニアが、パウエルの何処にそんな惚れていられるのか、理解出来ない。婚約までした仲なのに、自分の親友が不貞の噂を流したのをアッサリ信じ込むような馬鹿。結婚式当日に破棄を言い渡され、しかもその噂を流した馬鹿女とソッコー結婚しやがった。

どんだけ馬鹿だ。

信じてもいない女と結婚まで考えることが出来たのか、この馬鹿は。で、この馬鹿は、馬鹿女と結婚せざるを得ない状況を自らつくりだす。
酔った勢いでアッサリ寝て、妊娠させてしまう、のだ。ああもう最低(おまけに、この件に関して、妻となった女の言ったことを、惚れた女に関する嘘は信じても、自分の子供である、ということは信じていなかった。最凶最悪…)。
で、戻ってきたら来たで、何だかんだリクツ捏ねちゃあアントニアにちょっかいは出してくる。ああ、鬱陶しい。

で。問題は娘・マギー。表向きは意地っ張りで素直さがなくガサツで乱暴……なように見えるけれど、実は自分が父親にも、母親にすら愛されていない、という「事実」に傷つけられたために、自分を鎧うことでどうにか平静を保っている、という女の子。自分をまともみ見ようともしない、知ろうともしない父親を、それでも愛している……のに、馬鹿(=ヒーロー・パウエル)はとことん馬鹿(形容詞的名詞)なのでそれにまっっっっっっっっっったく! 気づかず、とんちんかん通り越して子供をいたぶりたいのか、と問い詰めたくなる程冷淡かつあり得ない態度を貫いている。誰かこいつぶん殴れ!! 斧持ってこい、斧!!
そのマギーの辛さに気づいてやれたのが誰あろうアントニア。故郷で最期を迎える決心をしていたものの、誰にも病気のことを告げる気のないアントニアは、たまたま小学校に職を見つけて勤務するようになる。クラスにはマギーも居たのだ。自分を苦しめた親友の娘であるが故に、どうしても素直に他の子供のようには受け容れられないという事実を噛み締めながらも、それでも公平であろうとする。
あくまでも自分のやりたいようにやろうとするマギーと、それを許すまいとするアントニア(教師としても大人としても正しい態度である)。マギーが嘘の報告をすれば真に受け、それが偽りと判ると子供を責めるだけのパウエル(しかも、実は自分こそがそういう態度を取ってる、という自覚があるが故の八つ当たりだったりする)。傷が深くなる一方でひとり思い悩むだけのマギー。
このマギーがまたこれでもか、と可愛げ無い態度なんだけれど、子供嫌いの私ですら「何だこのガキ!」とは思わなかった。父親があまりに非道い態度を取るし、母親にすら「お前のせいで私は夫に愛されないんだ」とか罵倒されまくって成長してしまってる。誰が悪いか歴然としていて、この小さな子供(まだ10歳かそこら)はひたすらにオヤの罪悪感だの見栄だの、そんなクソみたいなもののために押しつぶされて虐げられてきたのだ。だからといってすべての子供が歪む訳でもなかろうけれども、事実パウエルの平生の態度は酷いの一言に尽きる。何しろ、ある程度自分でも自分の態度が何が原因で起きていて、それを子供に向けていいものではない、と知っているのだ。尚更タチが悪い。娘や学校長の談から言ってもカネと名声故に他者を黙らせるのは簡単と思われており、実際そういう態度も取ってきたんだろうから、単なる暴君でしかねえし↓

この馬鹿の元で、そして色々あって学校ですら孤立してしまう気の毒な少女がひたすら可哀想でならないのだ。ロマンスどころのハナシではない。

ヒロインが病気だと知るとその弱気さを詰り、自分が何でもしてやる、と意気込むのはいいけれど、実は難病ではなかった、と知るとあっさりベッドに引きずり込む。病み上がりは病み上がりだろうが!! 何処までも何処までも勝手過ぎて、どうしてヒロインがこんな馬鹿に惹かれるのか、許すことが出来るのかが、クリスチャンではない私にはまったく一切何にもまるっきり! 理解出来ないままであった(後に刊行され人気を博した「ちぎれたハート」と筋が似ている。この「ちぎれた…」もヒドイ話だった。興味ある方はブログ内検索で探して見て下さいませ。レビュウ書いてます。もっとも「ヒーローが馬鹿、鬼畜」と連呼してる記憶しかないレビュウですが。あくまでも堪え忍ぶヒロインが好評ではあったようです。でも耐え過ぎだってば)。

リンダ・ハワードの「流れ星に祈って」もヒドイ話だったが、これも負けず劣らずヒドイ話だった……(これもさらっとレビュウしてますが、やはり罵倒しまくりです)。

確かにね。最後にはマギーも可愛らしく、本来そうであっただろう姿を取り戻して、幸せ幸せ♪ てなもんなんですが。ヒロインの助けナシには実の娘とまともに話も出来ない馬鹿がチョーシぶっこきやがって子供孕ませるし。何その安易さ。そんなに種馬になりたけりゃテメエの牧場に今すぐ行って(以下自粛)。

ヒロインが虐げられ、傷つけられても、無償の愛でヒーローを振り向かせる、悔い改めさせる(まあ大抵はすでに自分の本心に気づいているんだけど、キッカケくれてやらんとダメ、というとことん付の馬鹿なのだ♪)というのはウツクシイ話なんだろうけれど、ヒーローの魅力が理解しづらいために「何でこんな馬鹿あっさり許すかな」としか思えない私には、……ダイアナ作品は本当は向いてないのかもしれない↓(でも、初めて偶然手に取った作品は楽しめました)
  
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いくつものジェラシー
最近読んだ本:   『いくつものジェラシー』   ダイアナ・パーマー   村山汎子・訳   ハーレクイン文庫僕だってたまにはハーレクインやロマンス小説も読むのだ.しばらくの間このブログは映画中心でいくつもりだけどたまには読書の話も.....
     
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