朝は挨拶から。―S.S.S.15
2006'06'26(Mon)22:36
I Will See You in the Morning
Mike Jolley Mique Moriuchi

アメリカに滞在している間、ホーム・ステイ先とドーム(=寮。ドミトリィとも言うけれど、私たちは大抵 dorm と呼んでいたし、それがソコでは一般的だった。同じ単語何度も使いたくない時にドミトリィ使ったくらいかなあ)とに滞在した。
ドーム生活は気楽だった。私は当初一緒に楽しむ筈だった友人が、事故に遭って急遽来られなかったために、ほぼいつもひとりだった(なので、サビシくはあったけれど)。むろん、周囲がそれなりに気遣ってくれて「一緒にランチ食べてもいい?」なんて言ってくれるのだけれど、気遣わせてるなあ、とそれが気になって、結局ひとりで行動することを選んでしまう(英文科のコからは「日文なのにエイゴ出来てスゴイわねえ」的皮肉を言われるし、同じ日文のコからは「私たちなんかとはチガうものねえ」みたいに見られていた。それも何となく一緒に居づらかった理由。……私、別に堪能って訳じゃないし、それどころかダメダメだったからこそ研修に参加したのに)。
そういう訳で、部屋もひとりで使っていた。
基本は2人〜4人部屋、だったらしい。私が割り当てられていた部屋は2人用だった。夏休み中故に本来の寮生は居ない。家具はベッドと机が備え付けられており、後はチェストくらいなもので、こざっぱりしている。ひとりだったので余計広々としていた。
環境が変わると眠れないタチだし、自分以外の誰かが同じ部屋に居ても眠れない(余程疲れているか、気を許している相手だと別だけれど)。なので、ひとりはある意味好都合だった。シャワーは隣室との間にあって、ドアとドアとで繋がっていて、私の部屋の隣はちょうど誰も使っていなかったのでその辺りもラクで良かった。
最初の朝、ほとんど眠れず、ひたすら明るくなるのを待った。誰にも気兼ねも遠慮もなくて良かったから、空が赤みを帯びてくるのと同時にベッドから身体を起こし、身支度を開始。
まだ目覚めきっていないキャンパスを散策するのだ。それは自分の中で随分と前から計画の内に入れていたように思う。
そもそも夏休み。通常居る筈の学生たちはほぼ皆全米に散らばっている。私たちが滞在している州に家がある学生も居ただろうけれど、いずれにしても帰省中だ。
夏だけれど、日本のように湿度は高くない。朝はそれなりにすっきりと気持ちよかった。それに、誰も、居ない。
そう、思っていたのだが。甘かった。予想ぐらいついた筈なのに。
朝の散歩やジョギングを楽しむひと、に何人も出会った。そのたびに大抵は笑顔を向けて "Mornin'!" とか "Hi!" とか声をかけてくれる。学生らしき年齢の女性から、年輩の男性まで。
キャンパスは広い。日本の大学でも、某C大学くらいになると学部から学部への移動に自転車を利用するらしいが、アメリカはその比ではない。片田舎とはいえ総合大学、郊外にあり敷地はたっぷり取ってある。そして、誰もが道路に面した前庭とそのぐるりを取り囲むように敷かれた道路を自由に闊歩出来るのだ。
緑はたっぷり、空気も程良く、まさに風光明媚。ひとでごった返す筈もない時期に時間。
私だけの筈がない。楽しまなくてはもったいない。
私もそれ以降、朝の散策のたびに、出会うひと出会うひとに挨拶をした。時々「何だお前は?」と怪訝そうに見つめ返すだけのひとも居たけれど、大抵は穏やかに、あるいは快活に挨拶を返してくれた。
思うに、これは、互いに互いが「アヤシイモノではないですよー」という意思表示でもあったのだろう。そして、ひとに会ったら既知・未知問わずとりあえず挨拶をする、それが当たり前なんだろう。
すれ違う誰かと挨拶をする、なんて、日本での私には経験がほとんど無かった。見知らぬひとともなると尚更で、せいぜい向こう三軒両隣よりやや範囲くらい。妙に新鮮で、とても心地よかった。
翻って見るに、今の日本ではその「心地よい」行為はともすれば「危険行為」になってしまう。不審者の声掛け、というヤツだと思われてしまうのだ。こちらが大人で相手が子供だったり、相手が男性でこちらが女性だったりすると尚のこと避けた方が無難だろうか、と思ってしまう。
学校では見知らぬひとに声をかけられても答えるな、と指導しているらしい。その反面、「挨拶しましょうね」と言われてもいる子供が挨拶をしても、不審者と思われたくないが故に、それを無視する大人が居る。
ヘンな国になっちゃったな、と、少し淋しくなる。
知らない街で、知らないひととだって挨拶を交わすのに。
その後、私同様皆も朝の散歩をし始めてからは、なるべく他のエリアも見たいな、と思ったこともあって、出来るだけ毎日ルートを変えた。遠くから日本人同士の「おはよー!!」という挨拶が聞こえてくる。
ま、朝は挨拶からだよ。そう思いながら、その日一日の予定をあれこれ思い出しつつ、広いキャンパスをてくてく歩いた。
Mike Jolley Mique Moriuchi

アメリカに滞在している間、ホーム・ステイ先とドーム(=寮。ドミトリィとも言うけれど、私たちは大抵 dorm と呼んでいたし、それがソコでは一般的だった。同じ単語何度も使いたくない時にドミトリィ使ったくらいかなあ)とに滞在した。
ドーム生活は気楽だった。私は当初一緒に楽しむ筈だった友人が、事故に遭って急遽来られなかったために、ほぼいつもひとりだった(なので、サビシくはあったけれど)。むろん、周囲がそれなりに気遣ってくれて「一緒にランチ食べてもいい?」なんて言ってくれるのだけれど、気遣わせてるなあ、とそれが気になって、結局ひとりで行動することを選んでしまう(英文科のコからは「日文なのにエイゴ出来てスゴイわねえ」的皮肉を言われるし、同じ日文のコからは「私たちなんかとはチガうものねえ」みたいに見られていた。それも何となく一緒に居づらかった理由。……私、別に堪能って訳じゃないし、それどころかダメダメだったからこそ研修に参加したのに)。
そういう訳で、部屋もひとりで使っていた。
基本は2人〜4人部屋、だったらしい。私が割り当てられていた部屋は2人用だった。夏休み中故に本来の寮生は居ない。家具はベッドと机が備え付けられており、後はチェストくらいなもので、こざっぱりしている。ひとりだったので余計広々としていた。
環境が変わると眠れないタチだし、自分以外の誰かが同じ部屋に居ても眠れない(余程疲れているか、気を許している相手だと別だけれど)。なので、ひとりはある意味好都合だった。シャワーは隣室との間にあって、ドアとドアとで繋がっていて、私の部屋の隣はちょうど誰も使っていなかったのでその辺りもラクで良かった。
最初の朝、ほとんど眠れず、ひたすら明るくなるのを待った。誰にも気兼ねも遠慮もなくて良かったから、空が赤みを帯びてくるのと同時にベッドから身体を起こし、身支度を開始。
まだ目覚めきっていないキャンパスを散策するのだ。それは自分の中で随分と前から計画の内に入れていたように思う。
そもそも夏休み。通常居る筈の学生たちはほぼ皆全米に散らばっている。私たちが滞在している州に家がある学生も居ただろうけれど、いずれにしても帰省中だ。
夏だけれど、日本のように湿度は高くない。朝はそれなりにすっきりと気持ちよかった。それに、誰も、居ない。
そう、思っていたのだが。甘かった。予想ぐらいついた筈なのに。
朝の散歩やジョギングを楽しむひと、に何人も出会った。そのたびに大抵は笑顔を向けて "Mornin'!" とか "Hi!" とか声をかけてくれる。学生らしき年齢の女性から、年輩の男性まで。
キャンパスは広い。日本の大学でも、某C大学くらいになると学部から学部への移動に自転車を利用するらしいが、アメリカはその比ではない。片田舎とはいえ総合大学、郊外にあり敷地はたっぷり取ってある。そして、誰もが道路に面した前庭とそのぐるりを取り囲むように敷かれた道路を自由に闊歩出来るのだ。
緑はたっぷり、空気も程良く、まさに風光明媚。ひとでごった返す筈もない時期に時間。
私だけの筈がない。楽しまなくてはもったいない。
私もそれ以降、朝の散策のたびに、出会うひと出会うひとに挨拶をした。時々「何だお前は?」と怪訝そうに見つめ返すだけのひとも居たけれど、大抵は穏やかに、あるいは快活に挨拶を返してくれた。
思うに、これは、互いに互いが「アヤシイモノではないですよー」という意思表示でもあったのだろう。そして、ひとに会ったら既知・未知問わずとりあえず挨拶をする、それが当たり前なんだろう。
すれ違う誰かと挨拶をする、なんて、日本での私には経験がほとんど無かった。見知らぬひとともなると尚更で、せいぜい向こう三軒両隣よりやや範囲くらい。妙に新鮮で、とても心地よかった。
翻って見るに、今の日本ではその「心地よい」行為はともすれば「危険行為」になってしまう。不審者の声掛け、というヤツだと思われてしまうのだ。こちらが大人で相手が子供だったり、相手が男性でこちらが女性だったりすると尚のこと避けた方が無難だろうか、と思ってしまう。
学校では見知らぬひとに声をかけられても答えるな、と指導しているらしい。その反面、「挨拶しましょうね」と言われてもいる子供が挨拶をしても、不審者と思われたくないが故に、それを無視する大人が居る。
ヘンな国になっちゃったな、と、少し淋しくなる。
知らない街で、知らないひととだって挨拶を交わすのに。
その後、私同様皆も朝の散歩をし始めてからは、なるべく他のエリアも見たいな、と思ったこともあって、出来るだけ毎日ルートを変えた。遠くから日本人同士の「おはよー!!」という挨拶が聞こえてくる。
ま、朝は挨拶からだよ。そう思いながら、その日一日の予定をあれこれ思い出しつつ、広いキャンパスをてくてく歩いた。