拠火園雑録

緑ノ指デ、描ク庭。

ヒトノココロノナカナンテ。

天帝妖狐
乙一
4087473422

この間遅まきながらデビュウ作を読んで、「……追っかけてみるか」と思い、集英社文庫では2作めの「天帝妖狐」など(実はもう「ZOO」も1と2買ってある。サワリの「カザリとヨーコ」なんかはつい読んでしまった)。

2本の短篇――中篇、か? が収録されている。「A MASKED BALL」と「天帝妖狐」の2篇。どちらもまったく異なる世界観でありながら如何にも彼が書きそうだな、と思ってしまう物語だった。限られた空間・人間関係内でもこれだけ色々生まれてくるのか、と呻ってしまう。

「A MASKED…」は学校のトイレの落書きが発端となって起きた小さな、でも危険を孕んだ事件を巡る物語。ネットの掲示板的意見のやり取りと匿名性を持ったまま語り合う人々。ヒトの持つ「表」と「裏」がどんなひとにも等しく存在するのだと思わせる登場人物たち。

ミステリ的ではあるけれど、彼の物語のクセみたいなものや、ミステリの常套手段を知っていると、「犯人」は誰なのか結構すぐに判ってしまう。判ってしまいはするのだけれど、ずっと謎なままなのだ。「犯人」の「動機」とやらが。
でも、そもそも、何かをするのに「動機」を「探る」「知る」必要なんてあるのだろうか。それを知っていれば防げたのか? 止められたのか? 現実の事件にも少しばかり思いを馳せてしまったり。
謎めいた雰囲気のままどうなっていくのかは、淡々とした文章でありながら巧いと思わせる。
決して劇的な何か、ではない。日常の中にふ、と現れた「異常」な側面の持つ不気味さがひたひたとラストに向けて押し寄せるカンジが心地いいと言えば心地いい。

「天帝…」では病弱な少年が寂しさを紛らわすために行った「こっくりさん」によって、その後の人生まで大きく変えられてしまった物語。強いて言えばホラー風味。
小学生の頃、流行った。学校で放課後、ひと気のないホールなんかに集まって皆でやるのだ。その頃は「こっくりさんとはチガウもの」ということを強調したいのか、異なる名前で呼ばれていた亜種だったけれど、やることは同じだ。名を唱えて「降りて」きてもらい、質問をし、答えをもらう。遊び感覚でやる訳だ。本当は何処かコワイと思っていることを、人数で誤魔化している。
少年は、それを、家でひとりで行う。誰にも言えず明かせぬものを抱えてしまい、家を出るしかなくなってしまった少年。放浪の内に出会った、ただひとり優しく接してくれた少女。
彼が彼女に長い長い手紙を認めるのだ。

異形の者に付与される哀しみと理不尽さを、やはり彼も抱えることになる。そのために起こしてしまった事件と、そこからさらにもたらされる哀しみの大きさとを思うとせつない。
異形の者故に与えることの出来る恐怖、を描いているようでいて、実は誰もが秘めている残虐性を描いているようにも見える。それを思えばこそ、この物語は哀しいのだし、怖ろしいのだと思う。
何かを破壊する歓びに打ち震えてしまうひと、は、必ず、居る。たとえば、……たとえば、「人間」を。
とりあえず、「あなた」も絶対にそういう人間だ、とは言わないでおく。認めたくないこと、というのはあるのだ。認めてはいけない、と思ってしまうもの、というのは。

良くも悪くも彼の文章にはクセがなく、するすると読めてしまうので、時間はさほどかからない。その物語の中で何を描いて何を描かずにおくか、しっかりと心得ていることも判る――ので、無駄が無さ過ぎてすっきりあっさり終わってしまったな、と感じるひとも居るかもしれない。私は個人的に嫌いではない。ただ、これでクセのある、文章そのものだけで面白くてしょうがない、なんてものを書けるようになってしまったら一体どうなってしまうのか、と勝手に戦いている。
次はどれを読もうか、それが楽しみ。
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