「あなたの売りは何ですか?」
……と尋ねられたら、私には「何もないです」としか答えることが出来ない。今まで随分漫然と生きてきちゃったんだなー、としみじみ思う。スキルがない。才能もない(育てる努力、というものもしなかったし)。
そもそも、目的、とか、目標、というものを、持ったことがない。夢、とか将来の希望、というのも特になかった。だから、小さい頃に「大きくなったら何になりたいのかな〜?」と「無邪気に」尋ねてくる大人が大嫌いだった。
無いと駄目なのかあ。
いつもそう思っていた。そして、
何も無いんだよなあ。
とも思っていた。そして、今に至っている。困ったものだ。幼稚園の頃、どうしても「将来の夢」みたいなものを答えなくてはいけない時があって(確か、卒園記念の、小中学校で言う卒業文集みたいなもので、だった)、仕方なく「かんごふさん」と答えて茶を濁したことがある。そうしたら、案の定、数年後に母に「アンタ、子供の頃は看護婦(当時はまだ「看護師」という呼び方は無かったです)になりたい、って言ってたじゃないの」などと言われる始末。
言ったからにはならなくてはいけないような気がして、それが厭だった。なろうと思ったら、努力が必要で、才能もあった方がいいなんてことくらい、小さくたって解る。だから、物理的に、あるいは精神的に、いずれ「なりたい」という気持ちが摘まれてしまうのか、と何だか悲観してしまうのだ。
それと、無邪気に「およめさん」と答えられる女の子が結構居て、それも羨ましかった。まあ、「ヨメ」が本来持つ(あるいは負わされている)概念が無く、「綺麗なドレスを着た幸せそうなひと」になりたい、と思ってのことだったのだろうけれど。……ぶちゃいくだから、そんなもんになれる、なんて思うことすら無かったぜ(そして見事に現在に至っている・笑)。
幼少の頃から、どことなく生きることに疲れていたので(はっはっは)、目標だの目的どころではなかった。
……あった方が、やっぱり、良かったんですかねえ……。
「仕事」、というものに「生き甲斐」を求めたことがない。さらに言っちゃうと、「やり甲斐」もそれほど求めていなかった気がする。自分みたいなのでも雇ってくれて、働かせてもらえて、それで食っていければそんなに有り難いことはないやー、という感じであった。志、つーものがカケラもない人間なのだ。そして、未だに「やり甲斐」や「生き甲斐」を仕事に求めていない。多分、私がいつもふらふら海月よろしく漂っているのはそのせいなのかもしれない。
「ウチはね、賃金は低いけど、でも、やり甲斐はあるよ!」
などと言われても「え。実入り少ないんだ。そっかー。でも大変な仕事、ってことなんだね? なるほどー」と思ってしまうタチと来ている。
入りたての頃なんかに「思ってたよりキツいでしょ?」と声をかけられると「……大変じゃない仕事、なんてそんなに無いと思うんだけどなー」とぼんやり思いつつ、とりあえず疲れた顔で苦笑して見せる。
そりゃまあたとえば接客業であれば、お客様に喜んで頂けたら嬉しいなあ、とは思う。お金頂いてるんだから、頑張ろう、とも思う。でも、それだけ。一緒に働いてるひとに迷惑かけちゃいけないから、出来るだけ早く仕事覚えよう、でもって協力し合って早く終わらせよう、とも思う。でも、それだけ。
そういうツケみたいなものを、今支払わせられているよーな気がしている。貪欲さ、というものが無い。「まずは現状維持。それからじゃないかなあ、向上を図るのって」と何処か暢気というか、……使えない思考の持ち主だ。それと同時に、内心は「現状維持すら出来てないんじゃないのか!?」などと、ものすごく焦っていたりするのだが、どうもどんくさいので更に暢気に思われているような気がする。
やってみたい仕事、というものが無いでもない今は、多少マシになった気がするけれど、でも、それを「仕事」にするにはかなり時間がかかるだろう、何時になることやら、と何だか他人事だ。
これから、どうするんだろう、私、とやはり他人事みたいに何処か遠くを見ている。
何も見えないって。
